はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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いつも誤字報告ありがとうございます。
また、はぐはぐオズぼんとの軌跡、に推薦文をいただきました!
こういうのをいただくと、作者としてもCPが回復するので嬉しいです。
タングラムさん、ありがとうございました!


フフフ、息子よ。六月の特別実習だ②

 トヴァルと合流してサラが住んでいた街にやってきたB班は、そこで仮の拠点であるサラの自宅で一晩を過ごすことになるのだが……

 

「教官、なんでこんなに汚せるんですか?」

「サラ、故郷に帰って来てやることって寝るだけなの?」

「言いたくはありませんが、いくら自宅だからと言っても流石にこれは人様を案内する家ではありませんよ?」

 

 口々に語るサラの自宅、そして汚部屋ぶりに生徒達は非難の目をサラに浴びせた。

 

「ちょ、ちょっとトヴァル! 少し整理しておいてってお願いしたじゃない!」

「いやいや、生徒達にありのままの教官の姿を見せるチャンスを放っておくわけにはいかんだろ」

「私の尊厳が……」

「そんなのないよ」

 

 フィーのトドメの一言にがっくりと項垂れるサラ。

 ここは幼少の頃に過ごした本来の自宅というわけではなく、Ⅶ組が使う寮のような仮宿らしい。

 確かにⅦ組の寮のサラの部屋も綺麗とはお世辞に言えなかったが、自宅となるとさらに凄惨なことになってしまうようだ。

 

「知り合いが多いとか言っておいて、片付けてくれる人はいないんですか? さっきの女性なんか、えらく親しそうでしたし」

「えーっと……実は実習前に一度だけ帰宅しててね。その時はおばちゃんが綺麗にしてくれてたんだけど……」

「まさか数日……いや、一日でコレとは、思わなかったんだろうな……」

 

 トヴァルから自己紹介された後、共にサラが住んでいた街へ向かったリィン達。

 ノーザンブリアの第一村人発見、とのたまるオズぼんの言葉で住人に気づいたリィンは、痩せ気味ながらしっかり挨拶を交わしてくる女性に、ようやく活力というものを感じたものだ。

 むしろあんな女性に部屋を片付けさせて何も思わないんですか、と集中砲火を受けるサラである。

 

「いや、帰ったらなんかしんみりしちゃってね? 気づいたら持ち込んだお酒が……」

「まさか、こんな現状の故郷で部屋を汚せる贅沢をするなんて」

「お酒だけだから! お酒飲んだだけだから!」

「ノーザンブリアの人達ってお酒も割と贅沢なんじゃ……」

「頑張った自分へのご褒美よ!」

 

 しんみりした空気はどこへやら、すでにサラへの印象が駄目な大人を見るような目になっており、サラは絶叫した勢いもどこへやら指をつついて縮こまる。

 

「とりあえず、片付けようか。でないと、寝る場所も確保出来ない」

「他に部屋はないの?」

「残念、余裕のある部屋なんてノーザンブリアにはないわ。元が宿屋だったところも、難民の人達の共同部屋になってるし」

「じゃあ詰めれば六人寝られそうな教官の部屋は、恵まれているほうなんですね」

「少年、逆に言えばその広い部屋を無駄に汚す女がサラって女だ」

「ごらあああああああああああああ!」

 

 奇声を上げてトヴァルに飛びかかるサラだが、散らかされた酒瓶を手に取られるとすぐに大人しくなってしまう。

 酒癖が悪いとは思っていたが、やはり自宅ではもっと悪くなるようだ。

 

「あと俺は別の場所で寝るから、ここは五人で使ってくれ。そうすれば多少はスペースも取れるだろう」

「ここまで狭いと、男性陣と女性陣で分けたほうがいいんじゃないですか?」

「私は別に構わない。今までの特別実習は、みんな同じ部屋だったんだし」

「だが、男女別の仕切りの場所を取るのも大変だな……」

「着替えや風呂の時だけ男は外に出るか。俺達は……男同士、狭い風呂に一緒に入るか?」

「入るか!」

 

 阿呆なことを言うリィンへ絶叫するマキアス。

 エリオットは苦笑しながらも、散乱した部屋の片付けを行い……黒いブラジャーを手にとって固まった。

 

「あ…………あ…………」

「エリオット、固まってないで手を動かほああああああああああああああ!!」

 

 マキアスが絶叫する。

 その叫びに全員の目が集中すると、顔を赤くしたエリオットと下着を見て仰け反って倒れるマキアスが目に入る。

 リィンが咄嗟に目を瞑り、トヴァルはおいおい、とさらに残念なものを見る目でサラを見る。

 流石に生徒に下着を見られて動揺するサラをよそに、フィーが冷静にエリオットの手からブラジャーを取った。

 するとエリオットは再起動を果たし、土下座のように頭を伏せる。

 

「ご、ごめんなさい! そういうつもりじゃなかったんです!」

「謝ることなんてないよ、エリオット。悪いのは下着を放置したサラなんだし……にしても、おっきいなあ」

 

 小さな手がすっぽり入ってしまいそうなカップに唸るフィー。

 その様子を見たサラが素早く剥ぎ取り、適当な袋を見つけて中に投擲する。

 一瞬とはいえ大人の下着を見てしまったリィンも、軽くどもりながら妥協案を探る。

 

「えっと……とりあえず俺達、外に出ていたほうがいいですか?」

「そうなるとサラと二人で片付けすることになるから、だめ」

「で、でもまた見ちゃったら……」

「そりゃあもう駄目女が全面的に悪いんだし、良い思い出としてそっと頭に焼き付けておけばいいだろ、青少年」

「なら妥協案で行きましょう。教官とフィーは主に服、俺達男性陣は酒瓶とかジャンル分けして掃除ということで」

「そこのメガネの子はどうする?」

「どうしようもないので放置で」

「リィン、それはずるい。マキアスには私達の分のレポートを代理で書いてもらうべき」

「教官の前でそういうこと言わないの」

「ま、まあ明日の食事当番を担当、くらいで許してあげようよ……」

 

 色々あったものの、マキアスを壁に寝かせたリィン達はしばしの時間掃除に励んだ。

 おかげでサラの部屋は綺麗なものとなり、ベッドにサラとフィー、床にトヴァルが持ち込んだ布団と毛布にくるまって男三人が寝るという形となった。

 

「さて、それじゃあ夕飯だけど……」

「今までなら実習先が宿だったから自動で出てきたけど、今回はどうするんですか?」

「基本的にノーザンブリアは常に食糧危機だからね。専門の人が魔獣を狩ったりして、食材を賄っているわ」

「なら、私は魔獣から色々調達してくるね」

「初日から随分サバイバルな実習だね……」

「釣りとか出来ないんですか?」

「あるにはあるけど、手頃な魚はいないわよ? 餌の奪い合いが激化してて、下手な魔獣みたいな魚も居るし」

「ふっ、アングラーの血が騒ぎますよ」

「なら、俺と君は」

「リィンでいいですよ、俺もトヴァルさんとお呼びしますので」

「じゃあリィン。俺達は釣りで食料調達といこう」

「待って。釣り場には私が案内するから、三人で行きましょう」

「ははっ、随分過保護だねえ」

(目を離したらリィンがいなくなりそうだからね……)

 

 リィンとトヴァル以外の心が一つになった瞬間だった。

 そうして全員が行動を開始する。

 夜目が効かないエリオットは、料理当番として色々準備に取り掛かるようだ。

 フィーが一人になってしまうので、トヴァルかサラが付いて行くかと話題になったが、彼女は問題ないと言ってとことこと家を出て行く。

 ちなみにマキアスは寝たままなので、食事のさいには起こすが明日なんらかの作業の代行をしてもらおうと全員が無言で頷きあった。

 サラに案内された釣り場へ向かいながら、リィンは隣を歩くトヴァルと雑談を交わしていく。

 

「トヴァルさんは遊撃士でしたよね? 帝国では活動が出来ないものと思ってましたが……」

「あくまで規模が縮小しているだけで、いないわけじゃないんだよ。レグラムなんかにも遊撃士協会はあるからな。当のヘイムダルにおける、帝国ギルド襲撃事件は他国から派遣されたS級遊撃士のおかげで解決したが、そのせいで帝国に遊撃士への脅威を見せつけてしまった形になる」

「ちょっとトヴァル、子供に言う話?」

「ノーザンブリアにまで連れて来ておいて何言ってんだよ。帝国がどういう国かをわからせるための実習だろう?」

「まあそうだけど……」

「話を戻すが、そんなことで遊撃士自体は帝国に歓迎されてる感じじゃないな」

「主要都市では見かけませんしね」

(フフフ、国というわけではないが、大陸各地にある遊撃士協会による連携の妙手を見せつけた形になったからな。それだけ帝国が遊撃士を重要視しているわけだ。特に、件の事件を解決したカシウス・ブライトにはな)

 

 リィンはその名前に覚えがあった。

 ユン老師からも聞いたことがある、八葉一刀流の兄弟子だ。

 今は事情により剣を置いてしまったようだが、その存在感は決して落ちることはない、と。

 知らず、リィンは無意識に太刀の柄に手を添えた。

 そんな風に雑談している間に釣り場へ到着する。

 リィンはいつものように釣り竿を用意すると、見慣れないサラとトヴァルがぎょっとした目でリィンを見つめてくる。

 

「い、今どっから出したんだ?」

「え、普通に取り出しただけですよ?」

「普通なわけあるか! 明らかに――」

「トヴァル、この程度で驚いてたら持たないわよ?」

 

 リィン・シュバルツァーという少年について直接知るサラと、前情報でしか知らないトヴァルの差が、そこにあった。

 続けざまなにバケツを取り出し、餌を竿にくくりつける様子にトヴァルは唖然として口を開閉させる。

 サラもⅦ組の生徒達との雑談の中で聞いたことがあったが、実際に見るのははじめてなので神妙な顔を作ってしまう。

 

「トヴァル、あれって上位属性の力が働いてたりする? 空間干渉とか……」

「いや、導力魔法を使ってる様子はない。となると、異能か?…………なあリィン、お前さんそんな風に出し入れ出来る道具っていくつあるんだ?」

「数えたことはありませんが、結構ありますよ。一通りの回復アイテムとか、生活用品なんかも色々」

「一人導力車かよ……」

「案外、トラックくらいのボリュームあるかもね」

 

 どう考えても異能に分類される特技を平然と明かされて、トヴァルはサラが言ったリィンへの扱い方というものを実感してきた。

 天然、それも本人と周りのズレがひどい。

 

「あー、お兄さんからのアドバイスだが、そういうのはあまり見せつけないほうがいいぞ。知る奴が知れば、お前を捕獲するとかそんな手段に出る可能性だってある」

「あ、大丈夫です。俺も昔、親父から注意されましたので」

「全然隠せてないでしょうが……」

「そこはほら、信頼ってやつです。見せても問題ない人にだけ見せてるつもりなので」

 

 実際は全てのアイテムがオズぼん経由で取り出すため、彼が許可しなければアイテムを取り出せない、というルールがある。

 故に要注意の相手にはオズぼんが許可を出さない。

 

「おっと、それよりかかりましたよ!」

 

 大人達の不安をよそに、リィンはノーザンブリアでの初フィッシュを解禁する。

 釣った瞬間、糸を噛み千切って襲いかかってきたため、リィンは瞬時に伍の型・残月のカウンターを叩き込んで大人しくする。

 気絶した魚は結構な大きさがあり、一アージュ近いものとなっていた。

 

「見たことない魚だ……」

「新種ってやつか? 釣皇倶楽部か釣公師団に持っていけば種類がわかるかもしれんが……」

「あっ、よく見るとこれは多分元の魚が環境で変化したやつですね。食べられるやつです。とはいえ、なかなかやんちゃな魚が多いようで」

「アンタからヤンチャって言葉を聞くと無性にツッコミたくなるわね……」

「ですが、ノーザンブリアという気候と餌場の枯渇でも生き残った逞しい魚です。食べごたえはきっとあると思いますよ」

「食あたり起こさなきゃいいがな」

「とりあえず釣れる分だけ釣っていきましょう。教官、今回お世話になる人にはどれくらいあれば行き渡りそうですかね?」

「んー、近くに子供達も居るからね……あれからどれだけ数が増えたのかちょっとわからないし……」

「それじゃ、適当に釣って行きましょう」

 

 その後リィンは魚を五匹ほど釣ることに成功する。

 釣った魚の大半はかなり獰猛な種類が多く、魔獣を釣り上げているようだ、とはトヴァルの談。

 確かに釣り一つがこんな調子では食料の調達も難しいことだろう。

 加えて一匹一匹が十トリムを超えるボリュームのそれは、持ち運びも苦労しそうだ。

 だが鍛えたリィンにとっては百トリムあっても問題はない。

 しいて言えば、バケツに入らないのが困るところか。

 とはいえオズぼんのおかげで運送に問題はなかった。

 目の前で大きな魚達が瞬時に消える光景を眺めるサラは、トヴァルの肩を叩きながら真剣な声で語る。

 

「あれはまだ序の口だから。これくらいで驚いてたら身が持たないわよ」

「あー、よくわかった。こりゃ注意して見ておかないと何をしでかすか」

 

 食料を無事入手してほっこりとした顔をするリィンを見やり、二人の大人は互いに頷き合うのであった。

 

 

 それなりに手強いそうだが、問題なく魔獣を狩ってきたフィーと合わせていくつか食材を手に入れたリィン達は、サラの薦めで街の日曜学校を担当する教会に食材のおすそ分けを行っていた。

 すでに夜分であり、薄暗い導力灯に灯された教会の中にあっても食材の香りは魅力的なようで、教区長やシスターは感謝の言葉をサラに送っている。

 しかし何故か窓などを一切締めて、匂いを遮断しているようだが……

 

「魚をでんと渡されるにも困惑しそうだけどね」

「そういうフィーだって、魔獣の肉と油をででんと渡すのはどうなんだ」

「リィンよりボリューム控えめだし」

「まあまあ、お腹に入れば一緒ってことで」

 

 魚と肉を抱えるリィンとフィーの間に不穏な音を察したエリオットがやんわりと仲介し、目覚めたマキアスがトヴァルの指示の下に炊き出しを行っている。

 リィン達も改めてそれを手伝い、しっかり煮出し魚鍋を中心としたメニューを作り出す。

 あとは配るだけなのだが、サラの指示でリィン達は教区長やシスターに挨拶をしてからそこから離れていった。

 サラの自宅に戻る途中、エリオットが食事を作るだけ作って離れた理由を尋ねる。

 

「そのまま食料配給を手伝わなくていいんですか?」

「食料を配ってる、なんて知られたら街中から殺到しちゃうからね。それを全部相手にしていたら、特別実習が食料調達で終わっちゃうわ。そういった配分はあっちに任せて、私達は自分の面倒を見ましょう」

「ですが、飢えてる人を放っておくというのは……」

 

 マキアスは食い下がるが、サラは冷然とした態度でそれを断る。

 そもそも今回の下手な配給も、ともすれば火種になってしまう可能性があると言うのだ。

 

「マキアス、他のみんなもだけど施しっていうのはあんまり気軽に行っちゃいけないのよ。少なくともここ、ノーザンブリアではね」

「どうしてですか?」

「際限がないのよ。あんたのお小遣いで食材を買えたとしても、そんなのは数人の胃を満足させるだけで国はおろか街の飢えを満たすわけでもない。偽善にしかならないの」

「ですが……!」

「マキアス。あんたの気持ちは尊いものよ。けれど、それは余裕ある者の目線でしかないのよ。衣・食・住、充実した生活を送ってきたあなたにはね」

「なら、どうしてサラ教官は食材を渡すことを止めなかったんですか?」

 

 たとえ炊き出しを行っても根本的な解決にはならないというのなら、今回のそれも自分達だけの食料調達に留めるべきではなかったのか。

 そう言えば、サラはどこか寂しそうな顔で笑った。

 

「そこはマキアスにも言った、私の偽善よ。ただ、子供達が飢えて死ぬところを見たくないだけ……それが、目の前だけの範囲だとしても、ね。大々的に行うと、大人が子供を放置して我先に殺到するから、上手く配給してくれそうな教会の人達に任せたってわけ。だからねマキアス、あなたがそんな気持ちを抱くのであれば、その先に起こることを予想して動きなさい」

 

 そう言って、サラは明日のための準備がある、リィンから目を離さないようにと言ってでかけてしまう。

 残ったB班はサラの自宅で夕食を取ることになったのだが、直接サラから言葉を受けたマキアスの箸の進みは遅かった。

 

「帝国の貴族や、余裕を持ってる分をこっちに回せばいいのに……」

「そんなことをする義務なんかないから、無理だよ。貴族でなくたって、多少ミラを持っている人だって進んで渡す人は少ないと思う」

「一番ミラを持ってるラインフォルトやクロスベルのIBCがわざわざミラを渡すメリットがないからな。マキアス、お前の言葉は残念ながら子供の発言なんだ」

 

 共に夕飯を囲んでいたトヴァルの指摘にマキアスの顔が歪む。

 しかしそこでぐっと堪えるように手を握る。

 発言が子供じみていたといえ、彼は大人でなくとも幼くはない年齢なのだ。

 

「無償で何か出来るやつは尊い。でも、そいつは個人でのことだ。国家レベルの支援が必要なノーザンブリアで、それを無償で行う奴がいたら逆に怪しまれるってもんだ。それこそ奇跡でもない限り、そんなことはありえない。現実的に、なんらかのメリットがない限り国家がここへ目を向けることはないだろうよ」

「それは……そうですが……」

 

 結局、マキアスは何か上手い言葉を出すことが出来ずに食事もそこそこに布団に収まってしまう。

 明日からの実習を考えれば早めに休むのは悪いことじゃない、とフィーとエリオットもそれぞれ寝床に入った。

 時刻はまだ夜の九時を迎えたところだというのに、皆早いものである。案外、今日の移動と街の現状で精神的に疲れていたのだろう。

 リィンもそのまま寝床に入ろうとするが、眠れない。

 ぐっすり寝入ってしまった三人をよそにこっそり抜け出したリィンは、自然と教会のほうへ足を動かしてしまう。

 そんな中、閑散とした雰囲気を持った街に似つかぬ喧騒が聞こえてきた。

 

「どっかいけ、悪魔の子め!」

「これは俺達のもんだ、お前に渡すものなんてない!」

「私は、別に――」

 

 見れば、子供達やリィンより年下にも思えるやせ細った人々が一人の少女に詰め寄っている。

 何やら諍い事のようだ。

 口々に非難を浴びせて少女を罵る様は、見ていて気分が良いものではない。

 

(フフフ、息子よ。施しは気軽に行うものではない――と教官は言ったが?)

(それはノーザンブリア全体のことで、個人を助ける分には問題なし!)

(ヨクゾ言ッタ)

 

 リィンはアーツを使う時間も惜しいと判断し、灰のチカラによるロア・ヴァリマールを召喚し、被害が出ないように真上に灰の光線を放った。

 ヴァリマールがクラフトにアレンジしたのか、光線は何かを貫くことなく中空で爆発し、白亜の輝きを持って弾けた。

 夜闇を照らす突然の光に、人々は思わず空を見上げる。少女も例外ではない。

 リィンはその隙に人々を掻い潜って少女にたどり着くと、その手を引いて有無を言わせず抱きかかえて走り去る。

 ただし少女の負担にならぬよう、その手付きは優しかった。

 

「きゃっ……!」

 

 全ては一瞬で終わっていた。

 人々は少女が消えたことに気づいて騒然とするが、その頃にはリィンはすでにその場から走り去っており、サラの自宅へとたどり着いていた。

 運が良いのか悪いのか、ちょうどサラが家に入るところでありリィンは周囲を警戒しながら声をかける。

 

「教官」

「っと、リィン? また勝手に動いて……」

「今回は非常事態です」

「……え……?」

 

 そう言ってリィンは抱きかかえた少女を地面に下ろし、サラに紹介する。

 目まぐるしく変わる光景に目を瞬かせていた少女は、リィンとサラを交互に見るばかりで上手く舌が回っていない。

 

「その子が街の人から暴行を加えられそうになっていたので、保護したんです」

「暴行……?」

「正確には一歩手前でしたけどね。口々に彼女を罵って、悪意を持って囲んでいました」

「そう……貴女、名前は?」

「………私は、ヴァレリーと言います」

「家は? この近所?」

「近所ではありませんが、用事でこの近くに……」

「リィン、それじゃあ私はこの子を送ってくるから、今度はちゃんと寝なさい」

「わかりました」

「あ、あの……」

(貴女が裕福層なのはわかるわ。早く戻らないと困るんじゃないの?)

「っ……あの、ありがとうございました」

 

 ヴァレリーと名乗った少女はリィンにぺこりと頭を下げてお礼を言うと、サラに連れられて去っていく。

 勢いのままに連れて来てしまい話す機会もなかったが、今は何事もなかったことを安堵しようとリィンは切り替え――弾かれたように明後日の方向へ駆けた。

 即座に百アージュに迫る距離を詰めた先に居たのは、リィンの知らない相手だった。

 

「俺に何か用事ですか? ご丁寧に待ってくれていたようですが……」

「ほー、まさか見破られるとは思わなかったぜ。しかも認識してすぐに迫ってくるその血気盛んさ、嫌いじゃない」

 

 そう言って現れたのは、老人……というには若い、初老を少し超えた男だった。

 黒いコートの下にある膨らんだ筋肉は鍛えられて体格の良さを示し、体中に見える傷痕は熟練の戦士のような雰囲気を放っていた。

 無意識に探った強者へのイメージに対して、男は全てを呑み込む竜巻のそれを以てリィンの波紋を呑み込んだ。

 

「貴方は……」

「通りすがり、と言いたいところだが実は光の騒ぎを見ていてな。つい年甲斐もなく追いかけて来ちまったわけだ。ま、軽くオジさんの雑談に付き合ってくれよ」

「そうでしたか……」

 

 警戒心を解かないリィンに対して、男は飄々とした空気を崩さない。

 

(親父、誰か知っているか?)

(フフフ、息子よ。彼はかなりの有名人だぞ。西風の旅団の団長、ルトガー・クラウゼル。つまりフィー嬢の父お――)

「確保――――――!!」

 

 オズぼんがその名を告げると同時、リィンは鬼の力と灰のチカラを起動させ――呼び出されたロア・ヴァリマールはその両の巨腕を全力でルトガーに叩きつけた。




やっぱり夜は宿にいないリィン。
自宅前だからと油断して、リィンから目を離した結果がこれだよサラ教官!
そんな感じでトヴァルに続いてルトガーさんの登場です。
マヤに続いて登場した分校生、ヴァレリーの印象を速攻で吹き飛ばすリィン君。
今回は顔見せでまだノーザンブリア編での出番はあるので許して…
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