いつも誤字報告ありがとうございます。
ロア・ヴァリマールが引き起こした衝撃と土煙が周囲の土地を崩す中、リィンの中にあるのは警戒だった。
ARCUSを通話モードに切り替え、《ピース・オブ・パワー》を経由した分け身を数人生成して周囲に配置して潜伏、もしもの時の備えに用意しておく。
もしも、というのはルトガーが逃走し、リィンがそれを捕まえきれなかったときだ。
娘を置いていなくなった父親。それが生きていると知れば、リィンは是が非でもフィーにルトガーを会わせる気でいた。
土煙の中、ルトガーはその場から動いていない。負傷して動けないでいるか――否、リィンが感じ取った格上のイメージを信頼するのであれば、ルトガーもまたリィンを警戒しているのだろう。
(分け身は尾行用に温存、となれば手札は……親父、フィーと繋がったら教えてくれ)
(フフフ、息子よ。タイミングは任せておけ。それまでせいぜい派手に暴れるといい)
(了解)
頭の中で使っていい戦技、使ってはいけない戦技を取捨選択しながら咄嗟に体をずらす。
今までリィンが占めていた空間を穿った銃弾を認識した瞬間、リィンは抜刀してそれを迎撃した。
「はっ、会話しようって相手に不意打ちたあ、随分と
「格上相手に遠慮なんてしてられませんからね……!」
太刀と鍔迫り合うのは、身の丈ほどある大型の銃槍だった。
ルトガーの膂力と組み合ったそれは、その辺の相手なら一薙ぎするだけで勝負が決まるだろう。
だが本来は両手で振るうはずのそれを、ルトガーは片手で振るっている。
よく観察すれば、ルトガーは左腕をまったく使っていない。折れたのか、肩が外れたのか。
どちらにせよ不意打ちの甲斐あって、片腕を使えなくさせることには成功したようだ。
加えて鬼の力を使ったリィンの膂力は、片腕のルトガーに負けないほどに強まっている。
ルトガーの目が驚きに見開くと同時に、リィンは強引な力任せで相手を吹き飛ばした。
けれど相手もさることながら、上手く力を逃がしいなしている。
仕切り直しと銃槍を構えたルトガーへ、リィンと戦術リンクを繋いだロア・ヴァリマールの追撃が迫る。
「ゔぁん・く・おー」
掲げられた腕から光の雨が飛来する。
周囲の環境を顧みないそれにたまらず回避の一手を取るルトガー。
だが瞬時に攻撃範囲を見抜いてリィンへ殺到した。
しかしそれはリィンも承知済み。
ルトガーにも残像しか捉えきれないスピードで周囲を駆け巡り、ヴァン・ク・オーと合わせて緋空斬の連打を浴びせていく。
集中砲火を受けるルトガー。しかし連打どころか一撃も致命打を与えさせなかった。
(この人強いというより、上手い……!)
ルトガーが被弾しない理由は、ロア・ヴァリマールの光の雨を上手く緋空斬の盾に使っているからだ。
その逆もしかりで、緋空斬を銃槍で迎撃したと思えば、闘気の刃に干渉して上手く方角を変えて光の雨をやり過ごしている。
小さな傷こそある。
避けきれなかった光線や斬撃による擦過傷から、肌が赤く滲み緋色の雫を垂れさせているが、それだけだ。
行動に何の支障もないそれは、ダメージとは言えなかった。
片腕だけだというのに、信じがたい上手さ。
防御力に限れば、オーレリアよりも上なのではとリィンは感じ取る。
(ヴァリマール、近接戦闘にシフト!)
(応!)
埒が明かないと判断したリィンはロア・ヴァリマールを突っ込ませ、その巨腕を再び振るおうとする。
ルトガーはそうはさせじと、銃槍からマシンガンのように弾丸を乱射する。動きは止まったが、ロア・ヴァリマールの体が崩れることはない。
それを見たリィンは即座にロア・ヴァリマールを自分に降ろし灰の鎧を形成、銃弾の雨を浴びながらもルトガーへ接敵する。
全身に浴びる銃弾は流石にダメージがないというわけではなく、打撲のような痛みが走る。けれど構わず、リィンは走った。
その姿にルトガーは獰猛な笑みを浮かべる。
血気盛ん、才気溢れる若者を図るのは大人の特権だとも言わんばかりに。
「そぉらぁ!」
「おおおおおおおおおっ!」
防御を灰の鎧に任せてルトガーへ到達したリィンの太刀が銃槍とかち合う。
先程までは互角だった双撃はしかし、リィンに軍配が上がった。
目を見開くルトガー。
リィンは鬼の力の深奥を開いていた。
灼眼の瞳が黒く染まり、服の中にしまったペンダントが力強く明滅する。
鬼気とも言うべきそれを前にたまらずルトガーは自ら武器を離した。でなければ、持っていた右腕ごと使い物にならなくなったという判断からだ。
それは正解であったが、リィンを前に無手を晒すということになる。
その隙を、リィンは逃さない。
「終ノ太刀、黒よ――」
鬼気を閉じ込めた渾身の一撃がルトガーに迫る――その瞬間、リィンの右の頬が弾けた。
「がっ…………」
何が起きたのか、リィンにはわからなかった。
だが目の端に見えるルトガーが、黒い闘気を滲ませた左拳を引いているのを見て察する。
彼は左腕を使えなかったのでなく、使わなかったのだと。
おそらくはこの時のため。
一瞬で戦況を覆す起死回生のタイミングを図っていたのだ。
動きを止めたリィンの右手にルトガーの左手が添えられる。
渾身の握力は灰の鎧越しにもリィンに苦痛を与え、同時に太刀を満足に振るえないことを強制される。
無事なのはルトガーの右手とリィンの左手。
無手での勝負に持ち込んだルトガーは、ここが勝負どころと黒い闘気をさらに溢れさせる。
――だが、勝負どころと思っているのはリィンも同じだった。
「残念だったな、坊主――!」
「―――――――――団長?」
リィンはルトガーの攻撃に対して反撃も防御もすることなく、無事な左手でARCUSを取り出し、掲げていた。
通話越しに聞こえる愛娘の声に一瞬、ルトガーの動きに緊張が走る。
その躊躇の間に、リィンは体勢を整えていた。
速射砲のように迫るルトガーの右拳を額で受ける。
皮膚が弾け、額から血が溢れてなおリィンは目をそらさない。
ただ、ルトガーにフィーの声を届けさせていた。
「フィー、聞こえるか? フィーを置いていったロクでなし親父は、ここにいる」
同時に灰の鎧を解除、ロア・ヴァリマールを具現化させた。
「ゔぇる・だ・どぅーぷ」
夜空を割く灰色の光線。
ARCUS越しに息を呑むフィーの声に、ルトガーは今の攻撃が自分達の居場所を教えるためのものだと判断した。
「団長……!」
切羽詰まった声に顔をしかめるルトガー。
その間にもロア・ヴァリマールはその巨腕でリィンごとルトガーを抱え込んだ。
「これでもう逃げられませんよ……」
「かーっ、こんなガキにしてやられるとは、ヤキが回ったもんだぜ」
やれやれと首を振るルトガーに、リィンは無事な左手を伸ばして彼の耳にARCUSを添える。
「何の真似だい?」
「ここまでされてわからないんですか?」
「いやいやわかってるさ。俺が気になるのは、なんでお前さんがフィーのためにそこまでやってやれるんだ、ってことだよ。まさか、付き合ってたりするのか?」
ARCUS越しでフィーが叫んでいる。
何を言っているのかはわからないが、きっとそんな関係ではないと言っているのだろう。
「俺はただ、家族が一方的に離れ離れにされるのが嫌なだけです。お互いに納得してるならともかく、何も言わずに去るっていうのは、父親としてどうかと思いますよ」
「そのために、ここまでしたのか?」
「俺にとっては大事な理由です」
「そうかい、どうやらトールズでも周りに恵まれているようで安心したぜ」
「直接声をかけてやるのが、一番の安心ですよ……返事、してあげないんですか?」
「そういうのは、直接言うべきだろ」
なら、とリィンはフィーが来るまでは決してロア・ヴァリマールに離さぬよう言付ける。
その意図を察したルトガーは苦笑して豪快に笑った。
「そういやお前さん、なんて名前なんだ?」
「俺の名前はリィン、リィン・シュバルツァーと言います」
「そうか……なら
「この期に及んで逃がすとでも――」
「来な、ゼクトール」
ルトガーが聞き覚えのない名をつぶやく。
呼応するように、リィンの心臓が軋むような痛みを訴えた。
リィンが何事かと改めてルトガーを見た瞬間、言葉を失った。
拘束しているルトガーの背後、漆黒の闇より巨イナル影が現出する。
それは何度も見慣れた騎神の転移する光景。
だが、見慣れたのはそれまで。
リィンは拘束していたルトガーから光の粒子が溢れるのを見た。
直感の赴くままにロア・ヴァリマールの拘束を強めるが、光は止まらない。
やがてルトガーが光に包まれると、吸い込まれるように現れた影――紫色の騎士人形の中に転移していった。
「これ、は……!?」
拘束を解除され、呆然とその騎士人形を見上げるリィン。
すぐに意識を取り戻したリィンはロア・ヴァリマールに命じて騎士人形を捕まえようとするが、逆に騎士人形が振るった拳により胸を穿たれ、体を瓦解させてしまう。
修復自体は出来るが、その結果はロア・ヴァリマールでは目の前の騎士人形を止めることが出来ないことを示していた。
「悪いな、お前さんを放置すると色々まずそうだから……少なくともここに居る間は、大人しくしてもらうぜ」
「!? ヴァリ――」
「甘え」
ロア・ヴァリマールを紫の騎士人形に向けたと同時に、リィンの背中に衝撃が走る。
倒れ伏すリィンの背を、人間の重みが沈み込む――紫の騎士人形に乗っていたはずのルトガーが、いつの間にか背後に現れていたのだ。
「乗り込む動きを利用すれば、短距離の転移としても機能する……起動者としては裏技だが、使い方一つで色々出来るってもんだ」
「ぐあっ……」
いつの間にか回収された銃槍の弾丸がリィンの背中に打ち込まれる。
吐血し、びくん、と魚のように体を跳ねさせるリィンはしかし、大量の脂汗を流しながらも意識を決して失わない。
そのタフさに口笛を吹いたルトガーだったが、今度は銃槍が首に添えられる。
引き金一つでリィンの首に打ち込まれる銃弾。
それでも灰の鎧と合わせて、鬼の力を最大限に解放してなりふり構わず動けばまだ――
「――団長……!」
そこに、待ちわびた少女が到着する。
リィンは目的を果たしたことで、これ以上の無茶をする必要がなくなったと安堵する。
だが、フィーからすれば父親と再会出来たこと、そんな父がリィンを痛めつけているという事実に頭を混乱させていた。
「ようフィー、背は流石にそんなに伸びちゃいねえが、少し雰囲気変わったか? 可愛いのは相変わらずだがな」
「やっぱり、ヨウフィー……」
「リィンは黙ってて!」
フィーのかつてない激情の一喝にリィンは素直に黙る。
(フフフ、息子よ。親娘の対面を前に茶々を入れたお前が悪い)
ぐうの音も出ない正論に小さくなるリィンをよそに、フィーはルトガーへ手を伸ばす。
「団長、どうして生きて――ううん、どうして私を置いていったの!」
「あー……」
「ルトガーさん。報酬ってのは、自ら掴み取るもんだ、って言ってましたよね? なら、俺がその権利を使います。――フィーの質問に答えてあげてください」
「リィン……」
「おいおい、お前さんが首を突っ込むのか」
「少なくとも、あれは隠し玉ですよね? それを使わせた時点で、俺の勝ちです」
目線だけで紫の騎士人形を示すリィン。
ルトガーは頭を掻きながらも、それに応えた。
「やれやれ、子供は屁理屈が上手い……ま、いいだろう。フィー、俺が死んだ後にレオやゼノにお前を置いていくよう指示したのは俺だ」
「なんで……!」
「お前は俺が拾ったから、猟兵という道しか選べなかった。だから、俺達から離れて決断して欲しかったんだよ。お前が本当にやりたいことを、な」
「私は、みんなと一緒にいるだけで、それで……」
フィーはうつむき、その瞳から雫を溢れさせて嗚咽する。
ずっと一緒に居ると思っていた家族から置いてけぼりにされた少女の気持ちは、彼女にしかわからない。
けれど、深い悲しみがそこにあることはリィンにも察せられた。
「ずっと長いこと一緒に過ごした上で、それを選ばせるのは酷なことだとは思う。だが、どうにもお前さんは西風に依存していた節があったからな。荒療治でも、世間を知った上で選んで欲しかったんだよ」
それはひとえに父親としての愛。
猟兵という人でなしだと自覚しながら、まっとうに娘を育てようとした情がそこに伺える。
「世界を知りな、フィー。その上で俺と一緒に来たいって言うなら止めやしねえ。だが依存したままの答えなら連れて行くわけにはいかん。少なくとも学院を卒業するまで、自分ってやつを知って見聞を広めな」
「わた、しは……」
「なあに、トールズってのは帝国の名門なんだろう? 色々社会勉強も出来るだろうさ。それに、そんな学校によく合格した、フィー。流石は俺の娘だ」
「だん、ちょ……」
辛抱たまらずフィーはルトガーに抱きつこうと走るが、それより早くルトガーは転移して紫の騎士人形の中に入り込んだ。
重量がなくなったことですぐに立ち上がったリィンだったが、その動きと合わせて胸元に飛び込んできたフィーをつい抱きしめてしまう。
慌てて離そうとするが、フィーはリィンをルトガーと勘違いしているのか胸元に顔を埋めて泣くばかり。
「ちょっ、フィー!……ああくそっ、聞こえてない。ルトガーさん! あんた、娘の抱擁から逃げるって何考えてんだよ!」
「今回の出会いはフィーじゃなくて、お前が勝ち取ったもんだ。ほれ、報酬のフィーのハグだ、存分に堪能しとけ」
「娘を勝手に報酬にするな!」
「フィーをダシにした報酬なんだ、それくらいは役得ってやつだろ。ま、ゼノとレオには報告しておくから、次に会ったら覚悟しておくことだな。当然、俺もだが」
「だったら下りて直接殴りに来い、すぐに捕まえてやるから! ああもう、このわからず屋……! おいフィー、早く気づけ! 親父さんがまた離れちゃうぞ!」
リィンはフィーの肩を叩き、強引にゆする。
ようやくフィーは自分が抱きしめていた相手がリィンであることに気づき、夜でもわかるほど顔を赤くしながら離れた。
「俺から言えるのはここまでだ。じゃあなフィー、今度会う時はちゃんと答えを持ってることを願うぜ」
「あ……!」
フィーに出来たのは手を伸ばすことだけだった。
ルトガーは紫の騎士人形に乗ったまま、そのままノーザンブリアの夜に消えていく。
フィーはその姿が消えても、しばらくその方向を眺めていた。
やがて夜の静けさが戻る。
「えっと、リィン……」
気持ちも落ち着いてきたのか、フィーは先程の様子を思い出しリィンと顔を合わせるのが恥ずかしくなり顔をそむけながら声をかける。
「その、なんだかよくわからないけど、きっと団長を見つけて、私のために頑張ってくれたんだよね? なんでそこまでしてくれたのかわからないけど、その、本当にありが――」
フィーの言葉が途切れる。
いや、強制的に中断された。
どさっ、と誰かが倒れる音が聞こえたからだ。
フィーがその音を聞いてリィンを見れば、うつ伏せに倒れている。
どう考えても、先程の音がリィンであることは明白だった。
「リィン!?」
慌ててリィンを起こすフィー。
彼は気を失っており、口元から溢れる血や背中の服を破って撃ち込まれた銃弾により怪我を負っていることに気づいたのだ。
「おいおい、一体何事……ってリィン、フィー!」
そこへ騒ぎを知って駆けつけたトヴァルが合流する。
トヴァルはひと目でリィンが怪我を負っていることを見抜き、フィーに抱えられたリィンに近寄った。
「トヴァル、リィンが……!」
「こいつは……ひでえ、フィー、薬はあるか?」
「も、持ってない」
「ならすぐにサラん家へ戻って色々持って来い! 俺はその間にアーツで治療する!」
「わ、わかった!」
その後、懸命なトヴァルの治療と駆けつけたフィーの道具、こっそり乱入して手伝ったセリーヌの治癒によりリィンは意識を取り戻す。
灰の鎧で防いだといえ、銃弾を浴びたことによる全身打撲、背中に撃ち込まれた銃弾による負傷。
鬼の力やアーツ、薬、魔術と合わせた四種の回復力で重傷には至らなかったものの、リィンはノーザンブリア二日目の特別実習を、サラの自宅で療養することになる。
サラの説教を受けながらも、リィンは自分の行動になんら後悔はなかった。
フィーが父親と再会出来たのを見ることが出来たのが、何よりの成果だと思ったからだ。
そしてトヴァルはリィン・シュバルツァーという少年を一瞬たりとも目を離してはいけない存在だと遅れながらに認識し、サラは生きていた猟兵王という存在に頭を抱えるのであった。
ルトガーさんは強いというより上手い、目的を果たす力が高いと考えています。
猟兵王の由来は原作で明かされてましたが、個人的には依頼達成率の高さとかその辺もあるんだろうな、と。
まあ過程を楽しんだり、団を家族と考えるルトガーに対して、純粋にミラを稼ぐという行為に関しては北の猟兵達のほうが上かもですが…(なりふり構わないと思うので。