一日寝かせて見直したほうがいいかな、と思いつつ勢いで生まれた作品なので、ノリが大事だと言ってみたり。
「どういうことですか!!」
リィンは学院長室でヴァンダイクへ向けて机を叩きながら詰め寄っていた。
その顔に浮かぶのは、初めて見るリィンの怒りの感情だ。
半ば殺気じみたその矛先を流しながらも、ヴァンダイクはリィンを落ち着かせるよう、努めて優しい声音で言う。
「先程も言った通りじゃ。塩の杭の残留物が盗まれ、その容疑者がロジーヌ君である、と」
「だから、どうして……!」
「当然、その理由も話す。博士、いいかね?」
ああ、と傍で腕を組んでいたシュミットが口を開く。
目が据わり、瞳孔が灼眼に染まりかけるリィンを前にしてもシュミットは一切の動揺も見せずに語る。
「塩の杭の残留物は基本的に私と魔女で管理を行っていた。収める箱を移し替え、パスワードキーと魔術の鍵で厳重に保管し、どちらかが席を離れる時は片方が監視することも加えている。――が、それでも相手は上を行った」
「場所が旧校舎……というより霊的な場であったのが迂闊じゃったな。襲撃者はこの霊場に干渉し、塩の杭の残留物を間接的に利用して一時的な特異点とさせたのじゃ。当然、妾はすぐに事態は収拾させたが、そのために一時的にシュミットの傍を離れる必要があった」
「そこを、狙われた」
シュミット曰く、ソナーのように霊的な場に干渉する特殊な波長を浴びせることで遠隔からの干渉を可能にしたらしい。
加えて特異点は二つに別れており、ローゼリアとシュミットはそれぞれ別の場所に飛ばされた、とも。
ローゼリアだけならすぐに帰還出来たが、シュミットを救出する間に犯行は行われたそうだ。
話を聞いたリィンは、まるでノーザンブリアで起きた特異点のようだと感じた。
「まさか妾の結界を逆利用してくるとは……」
「逆利用?」
「結界を反転させ、身を守る盾となるはずのそれをそのまま妾への封鎖結界とする特異点へと変えた。ようは結界という器に特異点という水を注ぎ、妾の動きを封じることだけに生み出したということじゃ」
ローゼリアが悔しそうに歯を食いしばっている。
リィンは鬼の力の制御などで彼女の力の一端を知っている。
さらに追跡に関しても、残留物を収める箱にしか効果がなく現物にはあらゆる干渉が弾かれたという。
その上で出し抜かれたということは、相手もそれだけ上手だったということだろう。
「私はふいに意識を失った。今思えば強制的に眠らされたのだろう。そして、気づけば魔女に助けられ塩の杭の残留物が紛失していることに気づいた」
「賊の姿は見つからなんだが、現場に折れた法剣が残されておった」
「法……剣……?」
なぜ、そこでその名前が出るのか、リィンにはわからなかった。
「法剣ってその、ワイヤーがついた剣で、軌道の変化を行える……?」
「それとボウガンの二つは、多くの星杯騎士の標準装備というべきものだと聞く」
「星杯騎士団はアーティファクト回収のさい、ときに殺人すら考慮する。七曜教会は確かにゼムリアにおける法の守護者かもしれぬが、女神の使いか何かと勘違いしているのでは、という輩もおるがな」
ローゼリアの言葉に、リィンの意識が空白になる。
なら、ならば、だ。
それはつまり、ロジーヌが――リィンの友人が、そこに所属しているということではないか。
(ロジーヌが、星杯騎士? 荒事の、表沙汰に出来ない事件の担当者? 時に殺人すら執行する? あの優しい子が?)
リィンの中でぐるぐると情報が錯綜する。
法剣が見つかっただけで、ロジーヌが疑われる理由がわからない。別の星杯騎士の持ち物かもしれないのに。
そのことを問い詰めてみるが、帰ってきたのは残酷な答えだった。
「現場に残っていた現物がこれだ」
「………‥!?」
そう言ってシュミットが目配せすると、リィンを痛ましそうに見るヴァンダイクが机に折れた法剣を乗せる。
一見してわかった。
細かな傷の具合と位置、すり減った柄の摩耗度など、リィンの視界からもたらされる外見の情報が、ロジーヌの法剣だということを証明していた。
「あの娘は旧校舎入口であるが、当時の現場にいた。主武装が法剣とボウガン。最後に身辺調査の結果、奴の本来の身分は星杯騎士の一員と判明している。疑うな、というほうが無理だ」
その事実にリィンは押し黙る。
彼女は今、最重要容疑者ということである場所に隔離されているらしい。
場所はリィンにも知らされておらず、知っているのはこの場ではローゼリアだけのようだ。
「じゃが、あくまで容疑者というだけじゃ。そもそも本当に星杯騎士だったとしても、襲撃の実行部隊として見ればお粗末にすぎる」
「つまり、利用されたと?」
「その可能性は高い。だが、あの娘が教会に属する者という部分は否定出来まい。教会の手伝いというのも、生徒として通っている間のカモフラージュだろうからな」
「…………ロジーヌと話をさせてください」
「無駄じゃ。今のあ奴は、誰にも手出しが出来ぬようになっておる。妾達にも、犯人にもな」
「それじゃあ、ロジーヌが冤罪のままそこに閉じ込められているのを黙って見ていろと!?」
「落ち着け、シュバルツァー君。ワシとしてもロジーヌ君が本当に犯人だとは思っておらん。が、利用されるだけの立場にはあることは否定できん」
「……何が言いたいんですか」
感情を押し殺すリィンに、ローゼリアが指を四本立てた。
「シュバルツァー。タイムリミットは四日じゃ。四日後には、皇子が呼んだという星杯騎士がトリスタを訪れる。その時にあの娘は参考人として連れて行かれることじゃろう。下手をすれば実行犯としての罪をなすりつけられる。その先は……言わずともわかろう?」
「……真犯人を四日で見つけない限り、ロジーヌはこのまま尻尾切りってことですか」
「先に言っておくが、法国や教会に行っても無駄だぞ。そもそもの証拠がない」
「ロジーヌを拘束しているのだって状況証拠じゃないですか……!」
「じゃが、無関係でもない。他ならぬあの娘が、己が星杯騎士であることを偽っていた。その事実がある限り、追及の手を止めることは叶わぬ」
あくまで冷静な大人達に、リィンは深く深呼吸をする。
神気合一の境地で心を落ち着かせようとするが、鬼の力は反比例するようにそのオーラを濃く噴出させる。
「ふざけんな……」
ビキ、とローゼリアからもらったペンダントにヒビが入る音を、ローゼリアの耳が捉えた。
(まずいのう……まさかここまで感情を荒げるとは。確かに友の危機であるのなら、心穏やかではいられぬことはわかる。が、これが続けば抑止のペンダントがもたぬ)
ローゼリアは一歩リィンへ歩み寄る。
ここは無理矢理眠らせておくか、と空間から杖を取り出そうとして――
(フフフ、息子よ。お前はそうやって何もせず、ただ怒りを撒き散らすだけでいいのか?)
オズぼんの言葉がリィンとローゼリアにだけ響き、鬼の力の流出が収まる。
その一言が聞いたのか、リィンの灼眼も元の色に戻り呼吸も落ち着いていく。
(りぃん。ろじーぬノ無念ヲ晴ラセルノハ、オ主ヲオイテ他ニナイ)
(事実を受け入れ、そこから何をすべきか考えるがいい。ロゼ嬢は言った。あと四日あると。お前がこうして喚いている間に、貴重な時間は減っていくぞ?)
オズぼんとヴァリマールの慰めではなく、叱咤の声がリィンに当てられる。
(何より――お前は本当にロジーヌ嬢が塩の杭の残留物を盗んだと思っているのか?)
「そんなわけない!」
突然叫びだしたリィンに、ヴァンダイクとシュミットが訝しむ。
故にオズぼんとヴァリマールの声が聞こえているローゼリアが、その疑問を埋めた。
「何を以てそんなわけない、とのたまう?」
「俺は、ロジーヌの友達です。疑わない理由なんてそれだけです」
「じゃが、お主にも星杯騎士であることは告げなかったようじゃが?」
「人は誰しも秘密を抱えてるものです。ただ、それが人に迷惑を与えるか与えないかの違いで、ロジーヌは人に迷惑をかけることは絶対にしません。――それを、証明します」
リィンの目に決意の焔が宿る。
一礼して去ろうとするリィンに、シュミットが声をかけた。
「シュバルツァー」
「……なんですか?」
「灰の騎神に、新しいEXオーブを組み込んでおいた。そのデータ収集をしてこい」
それは、遠回しな騎神の使用許可。
意図に気づいたリィンの声が弾む。
「……………?……………! わかりました。データは後日提出しますので、今は失礼します」
そう言って、今度こそリィンが学院長室を後にする。
後に残るのは、ヴァンダイクの重々しいため息だ。
「ふう、若者には辛い現実となったな」
「で、実際はどうなっている?」
「どう、とは?」
「とぼけるな、魔女よ。本当に星杯騎士団の犯行とは、思っていないのだろう?」
「うむ。……小僧が出ていったのは確認したじゃろう? もうよいぞ」
ローゼリアがそう言うと、学院長室がノックされる。
ヴァンダイクが許可を与えると、入ってきたのはトマスだった。
いつもの太いメガネと飄々とした笑みを浮かべる彼が入室してきたことに、軽く眉を潜めるヴァンダイク。
シュミットに至っては時間を無駄にする気か、と言うほどだ。
「いや~事情はローゼリアさんから聞きました。とりあえず、事件の話をするとしましょう」
そう言ってトマスはぱちんと指を慣らした。
瞬間、学院長室であったはずの部屋が消え去り、周囲が黒に染まっていく。
海中に浮かぶ泡のように、光が黒い天へと昇っては消えていくさまにヴァンダイクは息を呑み、シュミットは目を細めた。
何よりトマスの横には、シスター服に身を包んだ少女が佇んでいる。
その少女の名はロジーヌ。
現在、塩の杭の残留物の盗難事件における最重要容疑者その人であった。
「ロジーヌ君!?」
「どういうことだ?」
「《匣》を使いました。今、この時空間を認識出来るのは私達五人だけです」
改めてご紹介を、とトマスは語る。
「七耀教会・
「――同じく、七耀教会・星杯騎士団所属。ライサンダー卿をサポートする星杯騎士の見習い、ロジーヌと申します」
にこやかな笑みから一転、歴戦の兵のような表情を浮かべるトマス。
その横では、
「妾のツテの正体、と言っておこう」
「つまり――今回の事件、犯人は星杯騎士団ではない、と? ならばなぜ――」
「そこは色々と事情はありますが、語らせていただきます。今回の我々の立ち位置をね」
そう言ってトマスは今回の事件について説明する。
ローゼリアから連絡を受けたトマスは、当然塩の杭の残留物という危険物を即回収しようとしたが、一週間後に同じ守護騎士の第五位が来ることに加え、教会にとっても未知数である塩の杭を、帝国最高の頭脳と魔女の長に調べてもらうチャンスだったため状況を見守ることと決めた。
事実、事件発生まではそのための根回しに奔走していた。
ロジーヌには元々潜入調査の一環で士官学院に通わせており、変わらず生徒としてシュミット教室に所属するよう言った。
だが、事件は昨日起きた。
ロジーヌがトリスタの教会の手伝いから寮に戻ると、トマスから旧校舎に来て欲しいという伝言を受け取り向かう。
当然トマスはそんな指示を出した覚えはなかった。
「ロジーヌ君はあの日、旧校舎前で何者かに襲撃されました。リィン君との稽古の影響か、襲撃者は仕留める気がなかったのか。どちらにせよ攻撃を防ぎきったものの、折れた法剣はその名残です」
つまり、折れた法剣のことも含めて第三者に利用されたのだと明かす。
ただ、とトマスは苦い顔をして告げる。
「星杯騎士団がこのトリスタへ強引に押し寄せようとしたのは事実なのです。どこから話が漏れたのか……いえ、この場合は真犯人が情報をリークしたのでしょうね。結果として教会の一部が暴走しました。塩の杭、その残留物となれば必然だったのかもしれません。加えてその者達は全員行方不明でその対処に追われています。……これが我々の立場から見た、この事件の現状です」
説明を終えると、シュミットの眼光はトマス――ではなく、ロジーヌに向けられる。
「それで、何故貴様がここにいる?」
答えたのはトマスだった。
「ロジーヌ君が容疑者に上がったさい、身勝手ながらこの《匣》に避難してもらいました。彼女は今、教会からも追われる立場でありますからね」
「先走った一部が起こした、見つからない犯人の責をロジーヌ君に負わせるためか」
実際、星杯騎士団は士官学院に襲撃などかけていないが、トリスタに侵入したのは事実らしい。
犯行を起こしていない、未然の事態であるが……ロジーヌへの襲撃による痕跡がその疑惑を偽りの事実に上書きした。
「はい。とはいえ、私の能力を知る者からは匿っているのだろうという暗黙の了解が出来上がっていますがね。ですが、こう見えて私は星杯騎士団の副団長でもありますので、強引に捜査の手が入ることはありません。……少なくとも、あと四日は」
「帝国への建前のために、己の騎士を切り捨てるか。胸くその悪い話じゃのう」
「水面下でオリヴァルト殿下が交渉に臨んでおられるそうですが、《革新派》なり《貴族派》なりにつけ込まれたら泥沼となってしまいます。特にかの鉄血宰相にも動きがあると聞いておりますので。彼ならばこの機を逃さず、帝国における教会の活動制限に対する手を打ってくるでしょう。……襲撃の真実はさておき、星杯騎士が動いた事実によって帝国での活動は難しくなりそうですが」
「ならば、後はシュバルツァー次第ということか」
「察しの通り、そこであの小僧をけしかけた、というわけじゃ。あやつほど狂った因果律の持ち主も珍しい。膠着した状況において、良くも悪くも場を変化させる最強の一手となるからな」
「いささか希望的観測と言うほかない、と言いたいが……他ならぬシュバルツァー君が塩の杭の残留物、などというものを見つけておるからのう……」
「そもそもあやつが持ち込んだ案件、ならば小僧にも走ってもらおう――それでそこな娘よ、言いたいことがあるなら言うがいい。別に咎めはせんぞ?」
好き勝手に語る大人達の言葉に、ロジーヌが強く我慢を抱いていることを見抜いたローゼリアがそう告げる。
それでも口を開かぬロジーヌに、トマスは許可を与えた。
「構いませんよ、君の気持ちを吐き出すといい」
「っ! どうして、リィンさんに全て明かさなかったのですか!? あれでは、あの人が追い詰められるだけではありませんか!」
それはロジーヌらしからぬ、切実で悲痛を訴える声だった。
根っからの星杯騎士というわけではなく、鍛えられた強靭な自制心の下は普通の少女でしかない、ということを改めてローゼリア達は理解する。
ここに至って偽る理由もなく、ローゼリアはその真意を話す。
「お主と会わせたら、シュバルツァーはそこで良からぬことを考えそうじゃからの」
「良からぬ……?」
「騎神に貴様を押し込んで逃亡、くらいはしてのけそうだ。あれは塩の杭の残留物よりも、お前のほうが大事のようだからな」
「士官学院にもそこまで愛着は湧いておらんじゃろう。もちろん学院生活を満喫していることに偽りはないが、いざという時は
「さらに厄介なのが、それを押し通す力があるということ。シュバルツァー個人やヴァリマールはさておき、あの人形が本当に読めぬ。故に逃げ道をなくし思考を一つに絞らせた」
「…………真犯人を見つけること、ですか」
「見つかるかもしれん、見つからんかもしれん。じゃが、この状況を変える一手にはなり得よう」
「それでも……!」
「落ち着け、娘よ。何も一切協力せん、というわけではない。……妾達も調査は行う。が、全てを覆すにはあやつ
ロジーヌはローゼリアが語るら、という複数形の意味を正確に読み取った。
リィンだけではない、彼と共にある存在を。
「妾の魔術に介入出来る存在、という時点で一人に絞られる。のう、放蕩娘よ」
牙を見せながら笑うローゼリア。
ロジーヌが息を呑む。
その笑みの裏に、隠れた獰猛な獣性を見たような気がしたのだ。
……エマのような純正な魔女ではなさそうだ、とロジーヌは従騎士として培った経験でそう判断した。
「どうやら、ローゼリアさんのほうでも有効な手がかりはあるみたいですね」
「当然じゃ。よって小僧にはそれ以外を当たらせたに過ぎん」
「一緒にいるとお考えではないので?」
「あやつの性格上、すでに放置したか記憶操作をして解散させておろうからな。妾は直接出向く」
「候補、というのはわからんが、アテがあるのなら任せよう。博士はどうする?」
「どうもこうもない。実物を取り戻すまでは、今まで調査したデータを整理する」
「私は行方不明となった星杯騎士の調査がてら、オリヴァルト皇子と接触している封聖省の方々のところへ出向こうと思います。――ロジーヌ君。君には心苦しい想いをさせますが、しばし耐えていただきたい」
トマスの気遣うような声に、ロジーヌは言葉を返さずに呆然としている。
その姿を、ヴァンダイクが気遣うように指摘した。
「………………ロジーヌ君?」
「あ、いえ……てっきり、リィンさんだけに任せるのかと」
「馬鹿を言うでない。焚き付けるだけ焚き付けて自分はお暇する、なんて真似出来るわけなかろう。――小僧があれだけお主への想いと啖呵を切ったのじゃ。大人がそれを見ているだけ、なんて恥ずかしいことはせんよ」
「ワシは一斉捜査で生徒全員の検査をした言い訳でも考えておくわい。塩の杭、という言葉にはたどり着かんじゃろうが、生徒達からすればわけのわからない拘束じゃったしな」
「ふふ、そういうことです。頼りにならない大人のせいでこんな状況になってしまいましたが、頼りになる大人がその分をフォローしますよ。私とて、自分の従騎士を見捨てるなんてしたくありませんしね」
そう言ってトマスが指を鳴らすと、ロジーヌ以外の大人達が消えて彼女だけが匣の中に取り残される。
トマスの配慮なのか、ロジーヌにはリィンの声が一語一句全てを聞き及んでいた。
その全てに友情という篤い信頼が乗せられており、容疑者であるロジーヌにたいし、一切の疑いの気持ちが見当たらなかった。
こんな状況だというのに、そこまで自分を信じてくれるリィンにロジーヌの口元には喜びの笑みが浮かんでいた。
――実のところ、ロジーヌは精神的に参っていた。
自分の迂闊さを利用され、塩の杭の残留物というゼムリアを揺るがすアーティファクトを奪われる一因になってしまった。
星杯騎士の従騎士見習いとしても、個人としてもその事実は重くロジーヌにのしかかっていた。
だが、そこにリィンの言葉が届いた。
ロジーヌのために怒り、信じ、動いてくれている。
それが、彼女にとって大きな支えとなっていた。
ロジーヌは胸に湧く思いを繰り返しながら、祈りを捧げるようにひざまずき、両手を組んだ。
――人は誰しも秘密を抱えてるものです。ただ、それが人に迷惑を与えるか与えないかの違いで、ロジーヌは人に迷惑をかけることは絶対にしません。――それを、証明します。
「どうか、リィンさんに――我が友に女神の加護を」
敬虔な信徒の声が女神に届くかわからない。
だが何も出来ないロジーヌに許された唯一の祈りだけは、一切の横槍も歪みもない純粋な願いとして匣の中を静謐に満たしていった。
*
「リィン君」
「ベリル……」
旧校舎から出たリィンは、こちらへ悠然と歩み寄ってくるベリルの姿を捉える。
「博士から渡すよう頼まれたの。新しいEXオーブの詳細も書かれているわ」
そう言ってベリルは何枚かに分けられたレポートをリィンに差し出す。
どうやら今回の事件の資料をまとめたものらしい。
学院長室ではわからなかった事実がいくつか羅列されている辺り、リィンは自分が上手く乗せられていたことにようやく気づいた。
(フフフ、息子よ。彼らが本当にロジーヌ嬢を見捨てるような者達と思っていたのか?)
(……頭に血が昇っていたのは反省するよ)
(それでいい。さて、悩んだ後は動くだけだ)
オズぼんの言葉に頷き、リィンはベリルに向き直る。
「助かる。ベリルのところには顔を出そうと思っていたからちょうど良かったよ」
「ウフフ、残念だけど占いで真犯人を見つけるのは不可能よ」
「どうして?」
「これを見て」
そう言ってベリルがいつも持ち歩いている水晶玉を掲げる。
普段であれば水晶玉を通して見える光景は、今は真っ暗な暗雲の中に包まれるように黒く染まっていた。
「因果は一つではなく、複雑に絡み合っている。だから直接見ることは叶わないけど……その道筋だけは照らすことが出来るわ」
そう言って改めて水晶玉に念じるベリル。
今度は見慣れた光が水晶玉の中に浮かび、ベリルは口元の端を歪ませた。
「……家族の学び舎。盤外の指し手。離たれた縁からの新たな蕾。ウフフ、オルディスの縁を示しているわね」
「家族の学び舎……エリゼ? ってことはアストライア女学院か」
(オルディスの縁。つまりオルディスにおける指し手――要請を依頼した人物になるな)
「オーレリアさん? いやでも、女学院が関係してるなら……ミュゼか!」
リィンはすぐさまベリルの占いが示す人物にたどり着く。
以前、オーレリアとのやり取りの中、彼女は普段聖アストライア女学院へ通っていると聞いた覚えがある。
どうしてミュゼがこの状況で解決に導く人物なのかわからないが、リィンはベリルを信じて行動することにする。
まずは帝都へ向かい、ミュゼの助力を得るべく動く。
「来い、灰の騎神……ヴァリマール!」
呼びかけに応え、転移する灰の騎神。
そこでベリルが、新たなEXオーブの効果――光学迷彩の機能を持つカメレオンオーブの効果を説明してくれる。
霊力を消費して、騎神の姿を消す効果を持っているようだ。
これがあれば、おおっぴらに乗り回しても目立つことはないだろう。
相応に消費が激しいようだが、オズぼんの助力により飛行中に騎神の姿が他に見られることはないと断言してくれた。
「ベリル、ありがとうな。絶対にロジーヌを助けてみせる」
「ウフフ、私もお友達が疑われているのは心配だから、お願いするわね。あとエマさんはセリーヌと一緒にローゼリアさんを手伝うそうだから、直接の手助けは出来ないそうよ。申し訳なく思っていたわ」
「いや、構わない。ローゼリアさんと一緒なら遠回しに助けてくれるだろうからな。……行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
リィンの体が光に包まれ、灰の騎神に搭乗する。
すぐにカメレオンオーブの迷彩効果が発揮されてその姿が見えなくなるが、ベリルの目には空に浮かび上がり、高速で飛翔するヴァリマールの姿がありありと見える。
もう見えなくなったリィン達に向けて、ベリルは小さく手を振っていた。
コメディ皆無のシリアス回となりました。
やっぱロジーヌさんってキャラ崩壊から守護られてる…
あと感想でトマス教官疑われてましたが、彼は味方ですよ!
まあ軌跡においてメガネキャラと正面向くキャラは疑わないといけないから、仕方ないよネ!