はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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今回のシリーズも結構なボリュームになりそうな予感。
いつも誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。周りはしっかり見るがいい

 文字通りトリスタから帝都ヘイムダルへ飛んできたリィンは、サンスト地区にある聖アストライア女学院の近くの空にヴァリマールを待機させ、誰もいないところへ転移して降り立つ。

 

(適当な場所に待機しててくれ。必要な時に呼び出す)

(頼ンダゾ)

 

 ヴァリマールの意識こそリィンの心臓にあるが、ノーザンブリアで怪異を吸収したことで騎神本体にも簡易ながら思考が備わっており、簡単な指示なら従ってくれる。

 騎神がどこかへ飛んだのを見計らい、リィンは改めて義妹が通う女学院へ目を向けた。

 ふと、そう言えば今までエリゼに会いに行ってなかったな、という考えが頭によぎる。

 トリスタ駅から帝都中央駅まで約三十分、サンスト地区まで導力トラムを使えば約二十分。

 その程度の時間を割いてリィンがエリゼに会いに行かなかった理由は……単純明快、浮かれていたのだ。

 オズぼんが見える友人を得たことで、唯一の懸念が解消されたリィンは人生を面白おかしく過ごしていると言っても過言ではない。

 現に四月の入学から現在まで本当にあっという間だった。

 決してエリゼをないがしろにするつもりはなかったのだが、手紙も送っているしやり取りをしていないわけではない。

 加えて四月のパルムでの特別実習のさい、重傷を負ったリィンの見舞いに訪れてくれた時に顔は合わせたのだから、無理に顔を見せなくてもいいかなあとか、優先順位を少し間違えてしまっただけなのだ。

 だが、今はその優先順位を覆してでもロジーヌを助けるためにミュゼに面会する必要がある。

 人生の絶頂期と言える今を構築する一人であるロジーヌを、冤罪から救い出すために。

 家族が通っているといえ、貴族はおろか皇族も学ぶ由緒ある女学院にアポなしで向かうというのはいささか厳しいものがあるが、いざとなればこっそり侵入してミュゼを連れ出せばいい話だ。

 バレたら勘当どころかシュバルツァー家お取り潰しの危機なので、そこは本当に侵入する時になったら改めて考えることにした。

 

「しかし……なんだか軍人が多い気がするな」

(それもHMPでなくTMPのようだな)

 

 TMPというのは、リィンの実父であるギリアス・オズボーンの肝煎りで設立された、正規軍の精鋭部隊、鉄道憲兵隊のことだ。

 帝国全土に張り巡らされた鉄道網を駆使して各地の治安維持を行っているため、貴族勢力の領邦軍と対立することが多く、現在の帝国においてかつて無いほど緊張が高まっている。

 HMPというのは帝都憲兵隊のことであり、文字通り帝都の安全を守る軍人のことである。

 

(TMPが出張る何かが起きている?)

(塩の杭の残留物の紛失を考えれば、水面下で何か起きているとも予想出来る。だが、現状ではあまり良いとは言えんな)

 

 オズぼんの言葉の意味を図りながらも、今は自分の用事が優先である。

 リィンは改めて女学院へ向かおうとするが、それより早く導力トラムから出てきた女生徒を見かける。

 同じ学院なら入るより聞いたほうが早いか、と思い声をかけようとするが、その行動をオズぼんが止めた。

 

(フフフ、息子よ。ここは貞淑・清貧をモットーとする男子禁制の園だ。突然見知らぬ男に声をかけられては、話せるものも話せなくなるのではないか? 加えて、正門を見てみるがいい)

 

 言われてリィンが正門へ目を向ける。

 すると、門の横に配置された警備員と伺える二人の女性が物珍しそうにリィンを眺めている。

 士官学院の制服を身に着けたリィンが、聖アストライア女学院に居ることを疑問に思っているのかもしれない。

 加えて佇まいからでしか測れないが、かなり強いと見える。

 名門女学院の警備を担当するのであれば、達人とまでは行かずとも相応の実力の持ち主が選ばれるのだろうから当然ではあるのだが。

 エリゼの通う学び舎の安全を守っているのだから、お疲れ様ですと一声かけようかとも考えた。

 

(あの警備の目の前で女生徒に声をかけてみよ。不審者と思われて尋問を受ける羽目になるぞ)

(素直にここに通っているエリゼ・シュバルツァーの義兄です、って言えばよくないか?)

(お役所仕事、というわけではないが確認のための時間にどれだけ拘束されるかわかったものではないぞ? 加えてエリゼ嬢がいなければ、そのまま憲兵所行きの可能性もある。タイムリミットまで四日あるとはいえ、無為に時間を浪費するのは避けたほうがいい)

(む……でも、そうなるとミュゼを探す目的が果たせないぞ)

(事前にオリヴァルト皇子へ連絡していれば良かったのだが、流石に今の時勢で個別の連絡を入れるのは難しいだろう。ならば、だ。他の信ある者へ仲介を頼めばいい)

(他の信ある者……?)

(フフフ、息子よ。帝都にはヴァンダール流の総本山があるだろう?)

(ヴァンダール……クルトか! でも、クルトに女学院と接点なんてあるのか?)

(この女学院の警備員はヴァンダール流を収めた女傑達だ。近くに総本山があり、皇族の守護役も務める武の名門。同じく名門の女学院に派遣されていてもなんらおかしくない。そして本家の息子から一言あれば、おそらく連絡が可能となるだろう)

(なら、まずはヴァンダール総本山だな)

 

 リィンは早速ヘイムダルマラソンを始めることにした。

 オズぼん経由で取り出した帝都の地図を片手にライカ地区へ移動し、苦もなくヴァンダールの練武場へとたどり着く。

 今思えば最初にここへ来れば良かった、と少し反省するリィンだった。

 

(問題は塩の杭のことをどこまで話すか、だが……友人を助けるために女学院の生徒に面会したい、って言って納得してくれるかな?)

(初対面の相手ならいざしらず、クルト君は特別実習での縁もある。それに彼に行ってもらうのは女学院へ入る手段だけだ。お前が真に頭を悩ませなければならないのは、ミュゼ嬢を巻き込むことだ)

(……ベリルの占いの結果といえ、ただの女の子(・・・・・・)に塩の杭の破片を盗んだ犯人探しを手伝ってくれ、って言うんだもんな。オーレリアさんの従者だから口は固いだろうけど、断られる可能性は高い。でも、何を引き換えにしても協力を取り付けて見せるさ)

 

 そうしなければ、危ないのはリィンでなくロジーヌなのだから。

 対価がなんであれ、それを考えるのは後にする。

 リィンが練武場へ近づくと、稽古の真っ最中なのか空気を震わせるような掛け声が扉越しに響いてくる。

 建物の中にある熱気が、見なくても伝わってくるようだった。

 休憩時間でないのは残念だが、クルトが居ることを願いつつリィンはヴァンダールの門を開く。

 パルムの支部の何倍もの規模の広さを持った道場には数多くの門下生が専用の道着に身を包み、剣を振って汗を流している。

 リィンはその中で蒼灰色の髪の少年を探そうとするが、それよりも早く声をかけられた。

 

「ようこそ、ヴァンダール練武場へ。見かけない顔ですが……その制服、学生さん?」

 

 リィンに話しかけたのは、清楚な雰囲気を持った蒼灰色の髪の女性だった。

 整った顔立ちは綺麗と評する他なく、どことなくクルトに似ている顔立ちは姉か血縁者なのだろうと察しをつける。

 ちょうどいい、と思いつつリィンは用件を伝えた。

 

「初めまして。トールズ士官学院・特科クラスⅦ組所属のリィン・シュバルツァーと申します。このたびは、ここに在籍するクルト・ヴァンダールを訪ねて参りました」

 

 爵位は低いといえ、リィンは仮にもシュバルツァー家長男なので一通りの礼儀作法は身につけている。

 丁寧な挨拶に笑みを浮かべた女性は、ああ、あの……と言葉をこぼした。

 

「失礼ですが、お会いしたことはなかったと思われますが……」

「いえ、私が一方的に知っているだけですのでお気になさらず。……クルトに用事でしたね、すぐに呼んで参りますので、しばらくお待ちください」

「ご丁寧にありがとうございます。では、お言葉に甘えて待たせていただきますね」

 

 一礼して道場の人混みの中へ消えていく女性の背中を見ながら、リィンは彼女が只者ではないことを見抜いていた。

 体の重心にブレがなく、自然体でありながら澄んだ闘気が目に見えるようだった。

 全員を見たわけではないが、道場の中でも指折りの強者なのだろうと見る。

 今の状況でなければ、マクバーンに追いつくための稽古を申し出て手合わせを願いたいくらいだ。

 観察するリィンに、周囲の門弟達の視線が突き刺さる。

 士官学院の制服であることもさることながら、あの女性を観察していたのが不躾だったのかもしれない。

 ただ、不埒者を見る目というよりは好奇心に加え、どこかリィンの強さを測ろうとする視線が多い。

 武の名門の総本山なので、相手が誰であっても強さへの嗅覚訓練の一環なのかもしれない。

 リィンはそれらの視線に対しておかまいなく、と頭を下げてやり過ごす。

 あまりにも自然に返されたそれに気が抜けたのか、門下生達はすぐに稽古を再開した。

 そんなヴァンダール流の剣を見取り稽古したり、何故か住み着いている猫と戯れていると、女性が目的の少年を連れて戻ってきた。

 稽古の途中だったのか道着に身を包み、汗を拭き取ったタオルを肩にかけたクルトはリィンを見て驚きに口を開いた。

 

「クルト、久しぶりだな」

「リィンさん! こちらこそお久しぶりです。どうして帝都に? また特別実習の一環でしょうか。その割には他の皆さんがいないようですが……」

「実は頼みがあって――」

「リィン君。話があるというのでしたら、席を設けますのでどうぞこちらへいらしてください」

 

 そう言って女性が奥の部屋へ案内する。

 リィンはまさかの申し出に軽い驚きを見せた。

 

「え、ですが……」

「立ち話というほど軽いものではなさそうですからね」

「……そこまで言われたら断るほうが失礼ですね。では、ご好意に甘えさせていただきます」

「ふふ、では改めてご案内致します。クルト、貴方はその間に汗を流していらっしゃい」

「え、ですが稽古の時間はまだ……」

「今日はここまでで構いません」

「……わかりました、母上」

 

 クルトは一礼し、リィンにまた後ほどと言って再び道場の奥へ引っ込んでしまう。

 リィンはと言えば、まさかの女性の正体に目を見開いていた。

 

「クルトの母親だったとは、しかし随分とまたお綺麗で……」

(フフフ、息子よ。確かに見目麗しい夫人だが、カーシャ以上の女はいないぞ?)

(はいはいごちそうさまごちそうさま)

(りぃんヨ。えまヤろじーぬ、たいぷハ違エドべりるモ見目麗シイ女性ダト思ウゾ?)

(知ってるからお静かに)

「ありがとうございます。それでは、クルトが戻るまで少しの間、お話に付き合っていただけますか?」

「あ、はい」

 

 どこかペースを掴まれているな、と思いながらもリィンは女性の後を着いていく。

 案内された部屋で軽く紅茶を用意され、リィンは礼を言いながら口に含んだ。

 

「改めて紹介させていただきますね。マテウス・ヴァンダールが後添い、オリエ・ヴァンダールと申します。どうかお見知りおきのほどを」

「……貴女が噂に名高い《風御前》でしたか。ご高名はかねがね。こちらこそ、ご子息にはパルムでお世話になりました」

「ふふ、それはクルトが生まれる前のことです。それにお世話になったのはこちらのほうです。パルムでの経験は、あの子が殻を破るきっかけになったようですからね。今では初伝でありながら、中伝の門弟から一本を取るようになるほどに」

「自分が何かした覚えはないのですが……」

「謙遜を。アルゼイドの息女と共同であったといえ、パルムでの師範代との立ち回りは伺っております。さらにその若さでありながら、かの黄金の羅刹との一騎打ちを行い一撃を入れるほどの技量と聞き及んでおりますよ。達人の技量を持った剣士達の真剣な戦いを間近で見ることが出来た。それがあの子の成長のきっかけであると思いますから」

「色々助けがあった上に、膝をつかせることが出来ない敗北でしたが……そう言っていただけるのなら、それにも価値はあったということですね」

 

 あの時は助けがあった状態でも負けたが、あれからリィンも腕を磨いた。

 三本中一本くらい取って見せる、という決意を物語る目に、オリエは笑みを浮かべながら目を細めている。

 

「機会があればぜひ貴女とも一手ご教授願いたいところですが、それはまたの機会に。今日は別件で参っていますので」

「差し支えなければ、教えていただいても?」

「クルトには迷惑をかけるかもしれませんが、実は聖アストライア女学院へのツテとなってもらいたいのです。警備がヴァンダールの剣士とお見受けしたので、クルトのほうから声をかけてもらえば、入ることが出来るのではないかと思いまして」

「女学院に?」

「はい。義妹の学び舎ではあるのですが、事前の連絡を入れていないので仮に生徒の兄と伝えても、相手にしてもらえない可能性が高いですからね」

「それで警備員が信用出来る相手を求めて、と。……リィン君。良ければそのツテ、私が引き受けましょうか?」

 

 まさかの提案に驚きつつ、リィンは叶うならばとお願いする。

 ヴァンダール当主の奥方であるならば、クルトよりも確実だからだ。

 

「それで、お探しの相手は妹さんなのかしら?」

「いいえ、ミュゼ・イーグレットという子です」

 

 リィンは口頭ながらミュゼの名を伝えるが、オリエから帰ってくる反応は芳しくない。

 何か間違っていただろうか?

 

「ミュゼ・イーグレット……イーグレット家から女学院に通う生徒なんて居たかしら……」

 

 オリエはそうつぶやいて首を傾げている。

 今度は名前だけでなく、その容姿や特徴を伝えてみた。

 

「その特徴に思い当たる方を知っていますが……そのミュゼという少女とは、どういったご関係で?」

「特別実習でオルディスに訪れたさい、オーレリア将軍の部下として働いている彼女と知り合ったんです」

「オルディス……それにオーレリア将軍の部下……」

 

 オリエは軽く目を閉じると、どこか愛嬌を感じさせるように軽く両手を叩いた。

 

「ああ、思い出しました。確かにおられますよ。ごめんなさいね、年のせいなのか物忘れがあったみたいで」

 

 そんなオリエに、リィンは何か違和感を覚えた。

 何かを逸らすような、そんな意図を感じる。

 だとしても今のリィンからすれば、そんなことより学院に入ってミュゼに会うことのほうが重要だ。

 だからオリエの仕草には気づかないフリをして、先を進めた。

 

「では、その子に……」

「お待たせしました」

 

 そこに汗を流したクルトが戻ってくる。

 彼は青いシャツに紺色のベストを重ね着した私服姿で、いつでも外出の準備は出来ているといった具合だ。

 

「お帰りなさい、クルト。リィン君、今から一筆を認めるので、しばらくクルトとお話ししていってくださいな」

「ええ、構いませんよ」

「母上?」

「ふふ、なんでもないわ。しばらく、お客様の接待任せるわね」

 

 そう言ってオリエは席を立ち部屋から出ていった。

 言葉通り、女学院へ入るための一筆をしたためてくれるのだろう。

 

「改めてお久しぶりです、リィンさん。今日は一体どのような用事でこちらへ?」

「さっきオリエさんにも話したんだけど、ある用事で聖アストライア女学院に入りたいんだ。でも何のアポもないから入れてもらえない可能性が高くてね。そこで、警備員がヴァンダールの剣士だったから、クルトに頼んで俺の身分を証明してもらおうと思ったんだ」

「なるほど……確かに女学院の警備はヴァンダールの高弟が行っていますからね。その推測は正しいです」

「俺の義妹も通ってるから、今後ともよろしくお願いするよ。そう言えば、帝都にはやけに軍人の姿が目立ってるけど、何かあったのか? 夏至祭にはまだ早いし、見回りというにはすごく物々しい雰囲気だったけど」

「……それについては僕も知らされていません。父上や母上、兄上や叔父上はおそらく知っていると思うのですが……」

 

 家族が揃って何かに動く中、自分だけ取り残されていることへの不満を顔に出すクルト。

 理性では未熟な自分を関わらせるわけにはいかない、という配慮に気づいているが、それでも何も出来ない気持ちを晴らすことは出来ない。

 

(行方不明の星杯騎士が帝都にでも紛れたか? あるいは別の一件か)

 

 最近起きた騒動と言えば塩の杭の残留物、そしてそれを回収せんとする星杯騎士団について他ならない。

 リィンがすべきことは塩の杭の残留物を盗んだ犯人探しと、渡された資料に乗っていたロジーヌを襲撃した人物に破甲拳ないし終ノ太刀を叩き込むことだ。

 同一犯であるのなら、ロア・ヴァリマールからの騎神本体の一撃も辞さない。

 そんな物騒な気配を放ちはじめたリィンに、クルトは冷や汗を垂らす。

 

「リ、リィンさん?」

「ん? おっと悪い、なんでもあるけどなんでもないぞ」

「いえ、そこまでされてなんでもないというのは……」

「……実は俺の友達が厄介ごとに巻き込まれて、冤罪を受けているんだ。その解決のために、女学院にいる女の子に協力を求めに行くんだ」

 

 協力を依頼する相手に隠し事はしたくないが、流石に塩の杭の残留物のことは言えないので話せることだけを話す。

 クルトはだから怒っていたのか、と先程のリィンの態度を察してくれた。

 

「クルトはどうなんだ?」

「どう、とは?」

「パルムで言ってたじゃないか。守りたい人がいる、って。友達なのか?」

「………………」

「クルト?」

「友達……あの方はそう言ってくれていました。ですが、僕では役者不足なのではないかと……」

 

 雑談のつもりで気軽に聞いてみた話題は、リィンの予想を裏切ってクルトの顔を曇らせる。

 予想以上に繊細な問題のようだ。

 

(お前にとっての、鬼の力のような負い目といったところか? オリエ夫人の話では四月から剣の腕が上達したとのことだが……根本的な解決には至っていないようだな)

(俺にとっての鬼の力……)

 

 今でこそ自在に操り、ローゼリアの助力を得て完全制御に至った鬼の力だが、もしオズぼんと出会わずにいれば今のクルトのようにリィンの心に深く影を落としていたのかもしれない。

 だからなのか。

 ロジーヌを助けるために、他のことに時間を割くべきではないはずだが……リィンは気づけばこんなことを言っていた。

 

「さっきも言った通り、俺は友達を冤罪に追い込んだ奴を捕まえるために動いてる。たとえそいつが俺より強い相手だったとしても、逃げるつもりは一切ない。クルトは実力が追いつかないからって、守りたい人を置いて諦めるか?」

「まさか! そんなこと……」

「そういう気持ちがあるなら平気さ。守りたい気持ちに嘘がないなら、自信なんて後からついてくるものだって俺は思う。というより、その友達のほうからクルトに友達になって欲しいって言ったんだよな?」

「はい、恐れ多いことではあるのですが……」

 

 どうやらやんごとなき身分、貴族か何かだろうか。

 だからといって、リィンが言うべきことは変わらない。

 

「なら、それを否定……はしてないかもしれないけど、曖昧に濁しているのなら、クルトはその人の心を守っていないことになる。それは、守りたい人に対して誠実な態度じゃないぞ」

「それは…………」

 

 押し黙るクルト。

 好き勝手に言うリィンに反論しないのは、彼の生真面目な性格故か。

 

「お待たせしました」

 

 そこにオリエが手紙を持ってやってくる。

 クルトは何かを考えるように俯いており、リィンは声をかけるべきか悩んだが先にオリエから手紙を受け取った。

 

「すみません、息子さんを落ち込ませる話をしてしまいました」

「いいえ、構いませんよ。ところでリィン君、女学院との繋ぎをする対価なのですが」

「あ、そうですね。俺に出来ることがあれば……門弟の皆さんとの立ち会いでしょうか? もしそうなら今は時間がないのでお断りさせていただきますが、後日であれば――」

「いいえ、クルトをぜひ連れて行って欲しいのです」

「え?」

「母上?」

 

 思わぬ対価にリィンは呆けた声を出してしまう。

 クルトも同じく疑問の声を上げた。

 

「ヴァンダール一門であれば、クルトの顔も見知っておりますからね。手紙だけで納得されない場合の対処と思っていただけたら。もちろん、足手まといになるとリィン君が判断されましたら置いていって構いません」

 

 いかがですか、とオリエの提案は変わらない。

 正直に言えば、クルトを連れていく理由はない。

 女学院に入ってミュゼと会うことができれば、あとはリィンの問題だ。

 クルトに手伝ってもらったとしても、短い時間で済む。

 そんなことはオリエも承知のはずだが、あえて対価として提案している。

 その意図を考えようとするが、それより早くクルトからの疑問が上がる。

 

「母上、一体どうして? 僕が付いていっても、何の役にも……」

「クルト。次男といえ貴方もヴァンダールの男。ヴァンダールは守護にして破邪顕正の剣ではありますが、貴方には強さ以外のヴァンダールを知ってもらいたいのです」

「強さ以外の、ヴァンダール?」

「そして、それはきっとリィン君に付いていくことで見えるかもしれない、と私は考えています」

 

 そう言ってリィンを見るオリエ。

 リィンはなぜ彼女がここまで信頼を寄せるのかわからなかった。

 だが、ここで悩んでいてもロジーヌ救出のタイムリミットが近づくだけだ。

 もし塩の杭の残留物を盗んだ相手がリィンの手に余るのなら、クルトには騎神の中に避難してもらうなりして、危険から遠ざければいいと考える。

 

「わかりました。短い時間かと思いますが、しばらく息子さんをお預かりします」

「ふふ、よろしくお願いしますね」

「リィンさん、母上……」

「クルト、早速だけど女学院へ行こう。あんまり時間がないからな」

 

 そう言ってリィンはクルトを急かし、再び女学院へ向かう。

 クルトはリィンとオリエを交互に見ながらも、何も言わない母親に見切りをつけリィンの後を追った。

 そんな息子の様子を見ながら、オリエはつぶやいた。

 

「貴方に面と向かって『友』を語ってくれる人なんていなかったものね。殿下との関係、これを機に改善してもらえるといいのですが……」

 

 オリエは息子とリィンとの会話の中で、彼が語る心を守るという言葉に感心を抱いていた。

 あの年頃にして、護衛を担うに辺り必要不可欠な境地へ至っていると思ったのだ。

 

(体でなく、心も守ってこその守護職。クルト、友のために動いているというリィン君から、その気持ちを少しでも汲んでくれることを願うわ)

 

 子を想うオリエは、母としてクルトの成長を願うのであった。

 

 

 リィンは聖アストライア女学院へ戻ると、早速クルトに頼んで警備員の女性に手紙を渡してもらう。

 坊っちゃんと呼ばれ慕われるクルトに、来てもらって正解だったな、と思いながら警備員にねぎらいの言葉をかけ、案内に従い女学院の門をくぐる。

 警備員に連れられて歩くリィンとクルトを見て、周囲の女生徒が大いに騒いでいる。

 その黄色い声に居心地を悪くするクルトに、リィンは会話を投げて緊張をほぐすが、何故か女生徒の声はさらに大きくなった。解せぬ。

 

「お探しの方は現在、この先の屋内庭園でティータイムを嗜んでおられると思います」

 

 案内の先の扉をくぐる。

 果たして、その先にミュゼは居た。

 同じ女生徒とティータイムを嗜んでいるようで、上品そうに笑って雑談に興じている。

 そんな彼女がふとこちらに気づいて顔を向け――リィンと目が合った。

 

「え?」

「ミュゼ、久しぶりだな」

「リ、リィンさん? どうしてここに」

 

 淑女らしからぬ、椅子の音を立てて立ち上がる動作の後、呆然とリィンを見るミュゼに近寄る。 

 横に誰か居るようだが、気にせずリィンはミュゼの手を優しく取った。

 

「ええっ!?」

 

 ミュゼが淑女らしからぬ悲鳴を上げる。

 誰かの息を呑む声が聞こえたが、流した。流してしまった。

 

「ミュゼ。今は何も言わず、俺に付いてきてくれ」

「えええええええええええ!?」

 

 あたふたと周囲を見回すミュゼだったが、リィンの目には彼女しか映っていなかった。

 故に、ミュゼと同じテーブルに座る黒髪の女生徒と金髪の女生徒(・・・・・・・・・・・・・)の姿に、リィンは全く気づかない。

 

「……ラウラさん。貴女の手紙の話、今ようやく本当の意味で理解しました……」

 

 リィン・シュバルツァーという男はよく周りを振り回す変な奴だ、という話をあの夜の列車の中と、ラウラからの手紙で聞いていたクルト。

 彼の中のリィン像は、悩む自分にアドバイスをくれる頼もしい年上という印象だった。

 だがここでようやくクルトはその幻想から覚め、リィン・シュバルツァーという存在について知ってしまう。

 それが避けられぬ苦労を背負う瞬間であることを、今のクルトは知る由もない。




帝都なので以前カットされたクルトの出番からの爆弾発言。
初登場からのオーレリアといい、彼の立ち位置が決まってきた気がしないでもない。
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