決してヴァリマールとヴァンダールがごっちゃになって書きにくい、というわけではありません。
いつも誤字報告ありがとうございます。
「リリリリィンさん!?」
「おっとと、大丈夫か?」
急に手を取られ、黙っていれば凛々しい顔が間近に迫りミュゼは崩れ落ちそうになる。しかもそんなミュゼを見てリィンは彼女の左手を引っ張った。
その胸に抱かれるように体を支えられ、ミュゼはさらに動揺する。
ミュゼを支えるために背中に置かれたリィンの左手が、凄まじく熱い。
と彼女は思っているが、実際はミュゼとリィンの体温の差で熱さとなっているだけだ。
つい十秒前まで飄々とした態度で年上の友人二人を翻弄して紅茶を楽しんでいた少女の姿はそこになく、突然現れて真剣な顔と声で己に迫るリィンに目を泳がせながら困惑していた。
「突然押しかけてすまない。でも、ミュゼにどうしても伝えなきゃいけないことがあって来たんだ」
「うええええっ!?」
顔と顔の距離は五リジュもなく、少しでも動いたら互いの唇が触れそうだ。
混乱の極地にあるミュゼがそれでも最後の一線を決壊させないのは、テーブルに座る黒髪の女生徒の存在が支えてくれていると言える。
なんとか目を逸らそうと横を向こうとするが、実際には子鹿のように足を震わせながら目を潤ませ、息を荒げて頬を紅潮させている。
その姿は、男に迫られて照れる愛らしい乙女に他ならない。
畳み掛けるように迫り言葉を紡ごうとするリィンだったが、そこに何の感情も込められていない声が響いた。
「兄様」
「ん?……エリゼ! エリゼじゃないか! まさかここに居るとは思わなかったぞ」
「私はここに通っておりますから、居るのは当然ですよ兄様」
黒髪の女生徒――彼の義妹、エリゼ・シュバルツァーから発する謎の圧を感じ取った周囲が身を竦める中、リィンだけは義妹の姿を認めて破顔する。
だが、ミュゼの手と腰は取ったままだ。
エリゼの声音はかつてリィンが聞き、女学院で会話に興じるものと何ら変わりない。表情も義兄との再会に優雅な微笑みを浮かべているほどだ。
それが、逆に怖い。
荒れ狂う激情がエリゼの心に渦巻いているのは間違いない。
ただ、一線どころか何もかもの許容量を超えた感情が飽和して虚無っているだけだ。
喩えるなら破裂した水道の残骸が奇跡的に元の形に重なり、ツギハギだらけの姿を維持しているだけに過ぎない。
顔や瞳に出るべき感情が途絶され、それでもなお流れる激情がただの言葉になって紡がれているのだ。
そのため学院でエリゼと最も親しいと言えるミュゼと金髪の女生徒は、そんな親友の姿に二の句を告げなかった。
一歩、エリゼがリィンに近づく。ミュゼが体を震わせた。
それが爆弾に迫る導火線のように見えたクルトが、その空気を裂くようにリィンの肩を掴む。
「リィンさん、何をしてるんですか!」
が、動かない。
クルトの体格はヴァンダールの剛剣を振るえない細身であるが、それでも何年も鍛えた体躯は一人の人間を強引に振り向かせることなど造作もない、はずだった。
まるで岩を掴んでいるかのように微動だにしないリィンに、彼の研鑽が伺えるようで息を呑むクルト。
だが、視線の端にいる貴き血の少女に挨拶もせずにいる現状に守護職としての意識が刺激される。決して、先程から表情と口調を崩さない黒髪の少女にひるんでいるわけではない。
自分の手がリィンを崩す一手になりえないと判断したクルトは、ならばと身を裂く思いでその言葉を放つ。
「リィンさん、殿下が、アルフィン皇女殿下の前です!」
「…………? これは大変失礼しました、皇女殿下」
ここでようやくリィンがミュゼから手を離し、金髪の女生徒――アルフィン・ライゼ・アルノールに一礼する。
さすがのリィンも、帝国貴族として最低限のものは持ち合わせていることにクルトは安堵の息をついた。
帝国の至宝と称される天使のような容姿は困惑に満ちていたが、知り合いのクルトを視認して落ち着いたのか、胸を抑えながらリィンに声をかける。
「え、ええと貴方はその……」
「そちらにいるエリゼ・シュバルツァーの義兄、リィン・シュバルツァーと申します」
「義兄が申し訳ありません、姫様」
エリゼはくるりと反転し、アルフィンに謝罪する。
優雅にスカートをつまみ、アルフィンへの挨拶もそこそこにエリゼはリィンとミュゼの間に入るように身を寄せた。
「ねえ兄様、少しお話したいことがあるのですが……あと、ミルディーヌも」
「せ、先輩? 少し落ち着いてもらえると、私も嬉しいなー、なんて」
「ミルディーヌ? ミュゼの渾名か? それにしちゃ名前より長いけど」
「あ、あの、それは……」
「ねえミルディーヌ。いつの間に兄様と知り合っていたの?」
それは、何の違和感もないはずの事実確認。
怒っているわけでもない、ティータイムで雑談に興じるような穏やかな口調から漏れる声音。
ミュゼとアルフィンが何度も耳にした、エリゼの声だ。
だというのに、それは有無を言わせぬ判決を求める裁判官のような圧となって周囲に振りまかれていた。
ミュゼもリィンとエリゼを交互に見るばかりで、何も言おうとしない。
が、それをまるで意にしない男がここに一人いる。
「五月の特別実習の時に、オルディスで色々と世話になったんだよ。そこからの縁かな。二人は友達なのか? まさか皇女殿下まで居るとは思わなかったけど」
話題を振られ、アルフィンは帝国の至宝と呼ばれた愛らしい顔を笑みに変える。親友の意識を少しでもこちらへ向けさせるべく、両手を叩いた。
「ちょうどいいわ、今しがたティータイム中でしたの。よろしければリィンさんとの馴れ初めを聞かせてもらえませんか?」
アルフィンの目がクルトに向く。
時間にして一秒にも満たない一瞬の視線、しかしクルトの脳は何十倍も引き伸ばされた処理能力によって混乱と回復を繰り返し、辛うじて一つの言葉だけをつぶやいた。
「リィンさん、ここは……」
先に続く言葉はない。言えない。
今の一声でさえ、クルトには多大な精神の負担がかかった上でのものだったからだ。
可能ならば今すぐこの場を離れたい一心を、アルフィンの存在とヴァンダールの名で押し止める。
当のリィンは早くミュゼに事情を説明し、説得したいのだが他ならぬ皇女にそう言われてしまえば断れない。
いっそこの場で騎神を呼んでミュゼを連れていこうか、という考えが一瞬だけよぎる。
だが最後に彼を止めたのはオズぼん――ではなく、エリゼだった。
「兄様……」
ここで初めて、感情のこもった声がエリゼから漏れる。そっとリィンの制服の裾をつまむ仕草は、義兄を引き止めるにはあまりにも弱々しい拘束。
女学院に通う女生徒であっても、簡単に取り除けるほどの力しか入っていない。
兄妹として過ごしたリィンには、ここでようやく今のエリゼが不安定で揺れているように見えた。
何か言葉をかけなければ、決壊してしまう。
ロジーヌも大事だが、エリゼもまた他にない家族。
そんな義妹の顔を見てしまえば、浮かんでいた考えは即座に消え去った。
「かしこまりました。では、お言葉に甘えて」
リィンが承諾したことで、改めて少年達は姫殿下主催のティータイムの場に腰を下ろした。
元は三人で座っていた場所に二人が追加されたので、少し距離が近くなる。
リィンの左右にはミュゼとエリゼが座り、その横にアルフィンとクルトが続いた。
「では改めて。初めましてリィンさん。エレボニア帝国第一皇女、アルフィン・ライゼ・アルノールです」
「こちらこそ、初めまして姫殿下。ユミル領を預かるシュバルツァーが嫡男のリィン・シュバルツァーです」
帝国の至宝を前にして、何の気負いもなく挨拶を交わすリィン。
先程までの騒動などなかったかのように振る舞う胆力にクルトは尊敬の念すら浮かぶが、何か言うことはなく美味であるはずなのに味のわからない紅茶を飲んでやり過ごす。
「それで、リィンさんは一体どのような用件でこちらへ? どうも、彼女を情熱的に誘っておられたようですが……」
エリゼの空気が元に戻ったせいか、アルフィンの顔には隠せない好奇心が浮かんでいた。
常に余裕綽々な後輩が、ああも動揺して男に振り回されている光景が物珍しかったのだ。
親友の気持ちも考えても、あまり褒められた行為ではないかもしれないが皇女特権とも言うべき積極性で情報を引き出そうとする。
「ミュゼに話があり、そちらにいるクルトの手を借りて学院へ入らせていただいたんです」
クルトはこっちに話を振らないでください、と念を発しながら紅茶を飲んでやり過ごしたかったが、幸いにもすぐにリィンが言葉を続けた。
「俺はどうしても、ミュゼに話さなければならない用事があったのです」
その表情は真剣そのもの。
ミュゼの姿を認めるなり、アルフィンやエリゼにも気づかず真っ直ぐ向かったということはつまり、そういうことなのだろう。
アルフィンはそうですか、と受けながらミュゼに視線を向ける。
その瞳は二人の関係を話してください、という気持ちが込められていた。
ミュゼは淹れ直した紅茶で動揺を洗い流したのか、柔和な笑みを浮かべる。
「姫様、これは男女の間柄というもの。あまり深く聞かないでいただけると……」
そうやって蠱惑的に笑みを浮かべているが、頬の赤みが残ったままであり、先程の失態を見た手前取り繕っているようにしか見えない。
普段であれば煙に巻かれるであろうそれも、隣にいるリィン・シュバルツァーという少年の存在がその煙を払ってくれる。
そう確信しているアルフィンはなお突っ込んだ。
「リィンさん、ミルディーヌとはどこでお会いに?」
「俺が所属するトールズ士官学院・Ⅶ組には、他のクラスとは違うカリキュラムが設けられていまして。帝国各地に訪れて、その問題を見聞きし、時に解決する……そんな特別実習でオルディスに訪れた際、彼女に出会ったんです」
「……五月と言えば、急に実家に帰省した時だったわね? リィンさんに会いに行っていたのかしら」
「特別実習の予定に合わせてくれたのか? まあ、オーレリアさんならその辺りのスケジュール調整は余裕か」
何故か、突然かの黄金の羅刹の話題が出たことでアルフィンは訝しむ。
彼女の中では、授業をこっそり抜け出して秘密の逢瀬を行っていた妄想が繰り広げられていたのだ。
「……五月と言えば、事後報告でイーグレット家にお世話になったそうですね。それも、全身火傷という大怪我をした状態で」
エリゼが急に口を開いたと思えば、まさかの情報が提示される。
クルトもリィンがそんな事態に陥っていたと知らず、顔を隠していたティーカップを
「まさか、ミルディーヌに不埒なことをして……?」
「え?」
妄想が抜けきらないまま、口にしてしまってついそんなまさかと訂正する。
アルフィンの目に映るリィンは怪我一つない健康そのものだ。全身火傷なんて重傷を負えば、いくら導力魔法の恩恵があっても包帯の一枚でも巻いているだろう。
だが先程口付けまで何リジュ、というほどに近い二人の距離が妄想を刺激する。
そんなアルフィンの考えを否定するように、リィンは妄言にきょとんとした顔を向けている。
だからそんなことはない、と思ったのだがそれより早くミュゼが声を差し込んだ。
「そうなんです、夜のオルディスで私、リィンさんにすごく荒々しくされて……」
「え?」
「…………兄様?」
エリゼの首が人形のようにぐるりと廻る。
クルトは黒髪の艶やかさとエリゼの美しさから繰り出されるその動きに、東方由来の人形が動いているように思ってしまった。
ミュゼはこのタイミングでリィンが自分を訪れるとは予想していなかったため、とてもとても動揺していた。
さらに体に触れられ、指し手の理性と少女としての本能が激しくせめぎ合っている。
故にリィンを槍玉にあげて、冷静さを取り戻す時間を手に入れようとしたのだが……
「翌日は平気そうだったから気にしてなかったけど、確かにあれはキツかったか」
まさかの肯定だった。しかも自分が口にした妄想を匂わせる言い回しをさらに上乗せし、誤解を加速させている。
当のリィンは、ミュゼの言う夜のオルディスを思い返していた。
確かにマヤの母親を助けるためといえ、普通の女の子をロア・ヴァリマールで投げたというのは衝撃が大きいだろう。
聖アストライア女学院の生徒であるというならなおさらだ。
「体は平気か? ミュゼ一人の体じゃないんだから、気分が悪くなったらすぐに医者に行ったほうがいいぞ」
ミュゼはここに来て、言葉で翻弄しようとした選択が致命的な間違いだったと気づいた。
彼の考えは読める。
自分はオーレリアの世話をする使用人なのだから、自分が休めばオーレリアに迷惑がかかるだろうという意図を込めて言っているのだ。
だが今のリィンの言い回しはまるでその……本当に自分とリィンが『不埒』なことをしたとしか受け取られない言い方だからだ。
アルフィンやクルトは顔を赤くして言葉を濁している。
「あんなことした俺に怒りたいっていうなら素直に受け入れる。でも、何かあったら絶対になんとかするよ。君のご主人様がね」
当然リィンの言うご主人様とはオーレリアのことであり、ミュゼも偽りの身分で接した手前それを理解していた。
リィンから見るオーレリアは剣士の最高峰であり、加えて伯爵家の身分とラマール州領邦軍の総司令。自分の部下も当然守ってくれる、大抵のことはなんとかしてくれると思っているからこその言葉だった。
だが、それを知らない第三者から見れば、恋人に向けて愛を囁いている一面にしか見えない。
しかもご主人様呼びなど、主と従者、飼い主と飼い犬のような関係を築いていると思われかねない。
言葉が圧倒的に足りていない。
ミュゼは自分の事を棚に上げて、積極的に周りに誤解を振りまくリィンに顔の体温を上げながら体を震わせた。
それを間近で聞いているクルトが淑女とは……と呻くのは必然であった。
すぐに嘘です冗談です誤解ですと言おうとした刹那、両肩に重みを感じた。
「ミルディーヌ、ちょっとお話いいかしら?」
「ひっ」
いつの間に移動したのか、エリゼがミュゼの肩に手を添えている。
ミュゼはリィンと知り合う前から、エリゼが義兄に向ける想いを察しており、その都度からかってきた経験がある。
そのため、現状はエリゼの気持ちを知っていてリィンに手を出した(出された)という構図になっていることを、その優秀な頭脳がすぐに察した。
「違うんです、せんぱ――」
「うん、良いから、話して……ね?」
エリゼは力を込めているわけではない。
ただ、普通に肩に手を乗せているだけだ。
だというのに、ミュゼにとっては岩の下に押し潰されているような重みを感じていた。
怖くて振り向けない。
「エリゼ、実はな――」
「兄様はちょっとお静かに。女同士の問題なので」
リィンが仲介しようとするが、すげなく断られてしまう。
早くお茶会を終わらせて、ミュゼに用件を伝えたいというのに長くなりそうだと頭をかく。
顔を赤くしてまままあと激しく顔を振るアルフィンに助けを求めるわけにもいかず、リィンはクルトにこの状況を打破してもらえないか頼んだ。
「クルト、今こそ守護の剣であるヴァンダールの出番だ。なんとかしてくれないか?」
この惨状を作り出した元凶がほざくのんきな台詞に、我慢の限界に達したクルトは絶叫した。
「こんなのから守るヴァンダールの剣なんてありません!」
「でもさ、強さ以外のヴァンダールを知るいい機会だぞ?」
「こんなのが強さ以外のヴァンダールであってたまるか! それに心を守るとか言いながら、妹さんの心は荒れ狂ってるじゃないですか! もう壊れる寸前ですよ!?」
「いやいや、俺とエリゼは家族としての深い信頼で結ばれて」
「いません」
「単なる自意識過剰じゃないですか! どの口が心を守るって言うんだ!」
エリゼの明確な否定に、小一時間ほど前にリィンに言われた言葉に感銘を受けていたはずのクルトは、その態度を反転させて叫ぶ。
「エリゼ、そんなこと言うなんて兄は悲しいぞ……顔を見せなかったことを怒っているなら謝るから」
「それもありますが、今は違います!」
まるで場を理解していないリィンに、エリゼの感情が戻りついに声を荒げた。
ミュゼはエリゼの怒りの矛先がリィンに移ったのを見計らい、今まで自分が女学院で築き上げたイメージを廃棄することを決める。
それは今後を考えると面倒なことだったが、誤解を受けたまま先輩と慕う友人を失うよりもよほどマシだからだ。
「先輩! 真実を、誤解なき真実を一から話しますから!」
後にミュゼは、今までの人生で一番頭を使った時間だったと語る弁明を始めた。
ところどころリィンにしっかりと、言葉が抜けることなく正確に補足してもらったことでようやくエリゼやアルフィン、クルトにリィンとミュゼの本当の関係を理解してもらえることが出来た。
当然メイドの身分も偽りであり、ミュゼの正式名称であるミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン、すなわち現カイエン公の姪であることもリィンに説明した。
オーレリアからリィンのことを聞き及び、興味を抱いて近づいたことも全部、だ。
全てを言い終えて真っ白に憔悴するミュゼには、うってかわって同情の視線が送られた。
そして全ての混乱の原因たるリィンには、エリゼからの怒りの説教が続けられる。当然リィンはオズぼんからも嗜められ、言葉足らずで悪かったと謝罪した。
ヴァンダールの一門として恥ずべきことかもしれないが、後にクルトはすごく胸がすっとする時間だったとエリゼの頼もしさを語ったという。ミュゼは大いに同意した。
不幸中の幸い、と言うべきは聖アストライア女学院の薔薇園にはリィン達以外の女生徒はいないということか。
ただ、扉越しに怒号は響いているかもしれないとミュゼはかぶりを振りながら頭痛を堪える。
リィンにクルトといった、女学院では珍しい男子生徒二人を招いてからの叫び声。
それはそれはもう、向こう一ヶ月は続きそうな女学院中に駆け巡る話題の発生である。
「でも、どうしてミルディーヌは兄様に興味を? 有望な剣士、というだけならそちらにいるクルトさんも同じかと思うけど……」
「クルト、エリゼが欲しいならまず俺と練武場へ行こうか」
「何も言ってませんよ!?」
「兄様、話がややこしくなるので私がいいと言うまで黙っててください」
「はい」
「先輩、頼もしい……」
「元凶は兄様だけど、貴女も悪いのだからね?」
「はい、反省します……こほん。私がリィンさんに近づいた理由は当然あるのですが……姫様や先輩に言うには少し憚られると言いますか」
「ここに来て隠し事はなしよ?」
「いえ、その……あまり女学院に相応しくない、血生臭い話になるからです」
「え…………」
リィンはエリゼの裾を軽く引く。
喋らせてくれ、と無言で頼んでいるのだ。
エリゼは軽く息をつき、仕方ないですねと頷いた。
「ミュゼ、エリゼはともかく姫様には話しておいたほうがいいと思う。オーレリアさんじゃなくて、君がブリオニア島へ俺達を行かせた理由は、そういうことなんだろ? もしそうなら、姫様も無関係じゃないからな」
「気づいておられたのですか……」
「俺だけの力じゃないけどね」
「リィンさん、それにミルディーヌ様。一体何を……」
おちゃらけた雰囲気が消え去り、本当に真面目な話題なのだと察したクルトが間に入る。
エリゼは自分が除け者にされて軽く眉根を寄せる。
故にリィンに向けて、自分も聞かせて欲しいと言った。
「兄様、姫様は私の大切な友人です。彼女に何かふりかかるのであれば、私もそれを払いのける手助けをしたいです」
「エリゼ……」
「それにミルディーヌ? 私は、貴女のことも大切な友人だと思っているわ。だから、一人で抱え込まないで、話してもらえない? 直接の解決案を出すことは出来なくても、貴女の負担が少しでも軽くなるのなら、聞き役になってあげたいの」
「先輩……」
お互いがお互いを大切に想う三人の間にある確かな友情を感じ取り、リィンは口元を緩める。
自分がトールズで友人を得たように、エリゼもまた大事な存在をここで見つけることが出来たようだ。
(――だからこそ、ロジーヌは絶対に助ける)
リィンは決意を新たにし、ミュゼに告げる。
「ミュゼ。少なくとも俺のことは巻き込んでいってくれて構わない。むしろこれから迷惑かけるから、今のうちに無茶振りしてお返しを考えておいてくれ。――例えば、叔父を止めてくれ、とか」
「リィンさん……」
ミュゼが何を考えているかわからないが、彼女は《貴族派》が抱える《革新派》への対抗戦力のことを知ってその備えのために色々考えていることは間違いない。
そうでなければ、機甲兵という存在をリィン達に教える必要はないからだ。
彼女は戦力確保の主導派と思われるカイエン公の縁者。何らかの形で叔父の野望を知り、自分達にSOSを送ったと考えれば辻褄が合う。
「叔父……カイエン公が何か?」
「…………今から説明することは、私の推測です。リィンさん。貴方が、貴方達が得た情報と合わせて、これから精査したい、と言いたいところですが……」
「何か思うところがあるのか?」
「もう、時間です」
そう言うと、ヘイムダル大聖堂から四時を告げるチャペルの音が聞こえてくる。
夕闇の刻限が迫り、女生徒達は寮に戻らなければならない時間のようだ。
「……ミュゼ、夜に会うことは可能か?」
「普通であれば無理ですが……」
そう言ってミュゼはアルフィンに目線を送る。
その意図を察したアルフィンは、両手を合わせてこう提案した。
「では、私が皆さんを家にご招待致します。客間を使うことになるけど、そこならリィンさんやクルトさんも交えてお話が出来るわ」
「姫様の家って……」
「皇城……バルフレイム宮、ですか?」
まさかの展開にリィンも驚きを隠せない。
ミュゼに協力を取り付けるために入った女学院で、皇帝の住居への案内をされるとは夢にも思わなかった。
だがそこに待ったをかけたのはクルトだった。
「姫様、流石にそれは軽率がすぎるのでは……」
「あらクルトさん。セドリックだっているのだから、遠慮する必要ないのよ?」
「それは…………」
「セドリック……アルフィン皇女殿下のご兄弟でしたか」
「ええ、双子の弟になります。外部へ赴くさいは、クルトさんがヴァンダール一門として護衛の任に就いておりますのよ」
「クルトが言っていた、守りたい人っていうのはセドリック殿下のことか」
「…………………はい」
重く、苦しそうにクルトは肯定する。
そんな彼に眉根を寄せるアルフィン。
だが、それだけで何か言葉を与えることはない。
そこに複雑な空気というものを感じ取ったリィンに、ミュゼが耳打ちする。
(クルトさんはどうもセドリック殿下とは最近疎遠のようなのです)
(疎遠? どうして)
(詳細はわかりませんが、クルトさんのほうで悩みをお抱えになっておられるようで)
(……役者不足って言ってたな。多分、クルトは生真面目だから皇族守護役っていう大任のプレッシャーで色々感じているんだろう)
ミュゼからの情報で、リィンはクルトの悩みとセドリックとの関係におおよそのあたりをつける。
ラウラからの話では、クルトはヴァンダールの身でありながら家族のような剛剣を振るう体格に恵まれず、自身の線の細さに嘆いていると聞いたことがある。
だが、そんなラウラからの評価はその剣才が決して非才のものではない、とのことだ。
おそらく、ヴァンダール……家族への強い憧れこそ彼が歩みを止める理由なのだろう。
(ミュゼ、結局俺の話だけど……)
(お引き受けします)
(いいのか? カイエン公の問題と関係ないぞ?)
(いいえ、おそらく……詳細こそわかりませんが、リィンさんが私を訪れた理由と無関係ではない、のだと思います。それらも合わせて、改めて夜にお話いただければ)
どうやらミュゼの中ではバルフレイム宮へ行くことは確定のようだ。
リィンとしても願ったり叶ったりである。
リィンはアルフィンに頭を下げ、その申し出を受ける。
「姫様、そちらのお誘いありがたく受けたく思います。クルト、俺だけじゃきっとやっかみも多いだろうから、一緒に付いて来てくれないか?」
「え…………」
「知ってるかわからないけど、シュバルツァー家は俺が原因で社交界から遠のいてるんだ。俺一人だけだと、どこからそういった目があるかわからない。だからクルトが……ヴァンダールが一緒なら助かるんだが」
それは、ある意味でヴァンダールの強さなのだと遠回しにリィンは語る。
皇族を守護する武の名門という箔、培った信頼が下級貴族への妬みを守る盾になってくれるのだと。
元々地頭の良いクルトは、そんなリィンの意図をクルトは察する。
母からの言葉と、セドリックへの引け目。様々な思いがクルトの中で駆け巡り――やがて、彼はゆっくりと頷いた。
「そうと決まれば早速外出届を出さないとね。エリゼ、手伝ってもらえる?」
「はい、喜んで。兄様、それと……」
「ああ、また後で――」
別れの挨拶と思って軽く手を振ろうとしたリィンに、エリゼがすっと近寄る。
上目遣いというにはやけに刺々しい視線は、半眼にも拘らずリィンの動きを止める眼力として発揮される。
「本当にミルディーヌとは何もないのですよね?」
「ありません」
どこかの親ばか猟兵のような台詞を放つエリゼに、リィンが義妹の将来に不安を覚えるのも仕方ないことだった。
ロジーヌ救出編のはずなのに、新Ⅶ組というか年下組がメインになる不具合。
これも主人公の側にいない正統派救出系ヒロインの宿命なのか…