いつも誤字報告ありがとうございます。
「アルフィン、エリゼ。それに……クルト。内戦って一体、どういうこと?」
「セドリック殿下……」
「ミルディーヌ? それに……えっと、貴方は?」
リィンとミュゼが戻った客間は緊張に包まれていた。
入室した少年の素性はミュゼがつぶやいたことで、リィンもその名前にたどり着く。
アルフィンの双子の弟、エレボニア帝国の第二皇子セドリック・ライゼ・アルノール。
リィンはおそらく、使用人か誰かに姉がクルトを誘ってお茶会をしている、という話でも聞いてやってきたのだろうと察しをつける。
ただ、間の悪いことに内戦についてこぼしてしまったのを聞かれてしまった。
「殿下、今のは別に――」
「初めましてセドリック殿下。ユミル領を預かるシュバルツァー男爵家が嫡男、リィン・シュバルツァーと申します。このたびはアルフィン皇女殿下からのお誘いを受け、
クルトの言葉にかぶせるように、リィンはセドリックに挨拶を告げる。
リィンが言った友人という反応にセドリックは一瞬だけ嬉しそうな顔をしたのを、リィンは見逃さない。
見知らぬ相手がクルトの知り合いということを理解したセドリックは、空気を気にせず切り込んできたリィンに面食らいながらその挨拶を受ける。
「は、初めまして……シュバルツァーさん。シュバルツァーということは、エリゼの……」
「義兄です。エリゼ、姫様の体調はどうだ?」
「は、はい。姫様は……」
「私は……大丈夫です、リィンさん」
エリゼから受け取った水を含み、一息つくアルフィン。
ミュゼはやはり話すべきではなかった、と表情で語る。
「ミュゼ」
そんな彼女に小さく言葉を送る。
ミュゼはリィンの声で反射的に顔を上げた。
「後は俺がやる。ミュゼは姫様を、心配してくれた友達を見ていてあげるといい」
リィンは、ミュゼにソファーに座るよう促しセドリックへ声を投げる。
ミュゼは何か小さくつぶやいていたようだが、もう聞こえていなかった。
「殿下、先程の件を立ち話で説明するものではありませんので、ひとまず座られては?」
「リィンさん!」
明らかにセドリックへ詳しい事情を説明しようとするリィンに、クルトが口調を荒げて詰め寄ってくる。
その姿に驚いたのは他ならぬセドリックだった。
制服の襟元を掴み、怒気すらにじむクルトにリィンは冷静に対応する。
「クルト、この状況で誤魔化すのは無理だ。姫様だって聞き届けたのだから、セドリック殿下だけ省くのは違うだろう? それに、殿下の判断を決めるのはお前じゃない」
「ぐっ……く……だが、それでも」
言いながら、リィンは襟を締めるクルトの手を外す。
あっさりと己の膂力を剥がされたクルトは悲壮感を覚えるが、それ以上にセドリックからの視線に焦燥感が浮かんでいた。
ゆっくりと振り向くクルトとセドリックの視線が絡み合う。
互いに言葉を発することはない。
そんな二人を、リィンが後押しした。
「――でも、言葉を伝えることが出来る」
「それは、どういう……」
「お前が真剣に殿下の身を案じているのなら、それを言えばいい。その言葉を受けて、どう思うかは殿下次第だ」
呆然とするクルトの背中を叩く。
クルトは軽く足を乱しながらも、セドリックの前に突き飛ばされた。
「殿下……」
「クルト……君たちは一体、何を話していたんだい?」
セドリックは場の状況を把握出来ず、混乱しているままだろう。
それでもクルトという親しい相手が側にいることで、すがりつくように説明を求めた。
そんなセドリックに対し、クルトはうつむくだけで何も言えなくなってしまう。
そこにリィンの援護が飛ぶ。
「殿下。俺達が話していたことを知る、というのは姉君のように決して平常ではいられない案件、とお思いください。その上で知りたいと仰るのであれば――」
「ダメです!」
リィンが紡ごうとした言葉をクルトが塞ぐ。
セドリックは目の前で大声を出されて身をすくめるが、構わずクルトは続ける。
「殿下は知らなくていいことなんです……」
「どうして」
「だって、知ったら、殿下は、思い悩むことに……」
「殿下は理由を訪ねている。説明を望んでいるぞ?」
「でも、そうした、目から、遠ざけるのが、僕の、ヴァンダールの、役目で」
たどたどしくも、クルトがセドリックを引き離す理由をぽつぽつと語っていく。
感情が波濤のように溢れ、膨れ上がった感情はいつ決壊してもおかしくない。
リィンはそれらを踏まえた上でクルトから言葉を引き出し、セドリックに目を向ける。
セドリックはかつてないクルトの姿に動揺していたが、リィンが自分を見ていることに気づく。
「殿下。内容は不明瞭ではありますが、クルトはこうして殿下の身を案じて遠ざけようとしています。……その気持ちを考慮してなお、知りたいと思いますか?」
セドリックはリィンの言葉にクルトとアルフィンを交互に見るだけで、自分から何か言うことが出来ず迷っている。
――どれだけ時間が経っただろうか。
絞り出すように、セドリックがつぶやく。
「仮に……仮に、そこで頷いたら、どうなるのでしょう」
「特に、何も。疑問に答えてくれる日まで、殿下は変わらぬ生活を過ごす日常が待っているだけです」
それが唐突に崩れるまでは、という言葉にセドリックは息を呑む。
クルトが振り返り、リィンに再び詰め寄った。
「その言い方は卑怯だ! そこまで言われて、姫様がこんな現状で、お優しい殿下がみすみす引き下がるはずがない!」
「それだけ殿下のことがわかっているのに、遠ざけようとしているのはクルトだぞ」
「っ!」
クルトの目に激情が宿る。
爆発寸前の導火線を前に、一つでも選択を間違えれば皇族の前でありながら抜剣してしまうほどの熱を感じた。
その熱を感じ取ったのか、世界で唯一今のクルトを止められる存在が動いた。
「クルト、いいんだ。そこまで心配してくれるのは、嬉しい」
「殿下……」
力なくセドリックに振り向くクルト。
かすれた声に応えるように、セドリックは言う。
「でも、僕はそんなふうにクルトやアルフィンが思い悩む日常が待っていると知ってしまったら、耐えられない。だから……教えて欲しいんだ。僕に出来ることは全くないかもしれないけど、少なくとも、クルトがそんな顔をせずに済むのなら……知りたいよ」
それは、奇しくもアルフィンがミュゼに語った言葉に類似していた。
友のために歩み寄る、ありふれているようで実行が難しい尊い感情。
セドリックの想いを前に、クルトが揺れる。
リィンはそんなクルトの背中をぽんと叩いた。
「まだ、何か言うか?」
「…………………いいえ、ありません」
まだ納得が行っていないのだろう。
だが、それでもクルトはセドリックの意志を尊重することを決めた瞬間だった。
「それで、一体何が……」
「セドリック。それは私から話すわ」
そのやり取りを見守っていたアルフィンが言葉を挟む。
エリゼとミュゼの介護を受けて、落ち着きを取り戻したアルフィンの瞳に動揺は見られない。
頷き、セドリックがそんなアルフィンの対面のソファーに座る。その両隣に、リィンとクルトが座った。
そこからアルフィンによって語られる内容は、リィンとミュゼが明かした《貴族派》と《革新派》の対立の表面化、その先にある内戦への警戒だった。
アルフィンと同じだけの情報を知ったセドリックが顔を青くしながらうつむく。
それを慰めるように、リィンは彼らの兄についての情報を語った。
「幸い、オリヴァルト皇子や正規軍もこれらの情報を知っています。だからそのための対策も行っておりますので、何の備えがないわけではありません」
「そうですか、兄上が……」
尊敬する兄の名前が出たことで、皇族姉弟の顔にようやく笑みが戻る。
精神的支柱、に近しい相手なのだろうとリィンは思った。
「リィンさんも、兄上の要請で帝都に来たのでしょうか?」
「……殿下の要請が入っていることに違いはありませんが、間接的な用件ですね」
「間接的な用件?」
「士官学院で盗難騒ぎがありまして。その犯人が最近帝都を騒がせている者と同一犯の可能性があるため、オリヴァルト皇子から派遣された形になります」
ミュゼの推測によれば、それが巡り巡って内戦に絡むとのこと。
これら全ては彼女のおかげでたどり着けました、と言おうと思ったが、彼女を表に立たせるわけにはいかないと思い控える。
行動だけ見ればミュゼの成果を隠蔽するような輩になるが、他ならぬ彼女が自分の動きを悟られたくないと思っているのだから仕方ない。
その意図を込めてミュゼに頭を下げると、意図を察した彼女は薄く微笑んだ。……何故かエリゼの目が細まった。
「そうですか、兄上に……リィンさんは学生なのに、すごいんですね」
セドリックの声には、リィンへの感心があった。
隣のクルトの目が釣り上がる。その目は、未だリィンへの怒りが残っているのだろう。
「僕も、いずれ兄上から何か任される男になれるでしょうか……」
そんなオリヴァルトへの憧憬に、ふと、リィンはあることを思いつく。
そこでオズぼんにセドリックについて尋ねた。
(…………親父、殿下のことは詳しいか?)
(フフフ、息子よ。動くのだな?)
(いいから、わかるか?)
(当然だ。彼は――)
一通りの情報を聞いた後、エリゼに目配せをする。義妹は先程のミュゼとのやり取りで少し頬を膨らませていたが、真面目なリィンの顔に表情を切り替える。
すっと人差し指を口に当てる。口を挟まないでくれ、という合図だ。エリゼは軽く目を瞬かせたが、やがてゆっくりと頷くと同時に、リィンはその考えを実行した。
「直接というわけではありませんが、その願いを叶える方法はあります」
「え?」
「良ければ殿下、ご協力願えないでしょうか? 犯人の確保とまでは言いませんが、これもオリヴァルト皇子を悩ませる案件。殿下のご助力が解決の一助になれば……」
「何を言ってるんですか!」
当然のようにクルトが割り込む。
事情の説明すら危うい状況だったのに、これ以上セドリックを振り回されてたくないという思いがありありと伺えた。
それを無視してリィンは続ける。
「協力してもらうのは道案内だよ。正規軍が多く見回りをしていても、殿下がご一緒ならある程度見逃してもらえるかもしれないしな」
「だからって!」
ここだ、と思いながらリィンはクルトにとっての残酷な事実を告げた。
「それに護衛なら俺がする。クルトより強い俺がやるなら、殿下の安全は問題ないし、クルトも安心だろう? 守護の剣をうたうなら、より強靭な守りを選ぶのが当然だ」
あえて挑発的に、リィンはそう断言した。
まさかの言葉にアルフィンやミュゼまでも驚いて声を挟もうとしたが、そこにエリゼが二人を抑え込んで口を封じる。
エリゼに心の中で礼を言いながら、二の句を告げさせない勢いでリィンは迫る。
「どうでしょう殿下。オリヴァルト皇子の要請にご協力いただけないでしょうか? オリヴァルト皇子には俺から伝えますし、明日一日だけでいいのでお願い出来ないでしょうか?」
「ぼ、僕は……」
そう言うとセドリックは思い悩むように唇に手を当てる。
自らの護衛役であるクルトを下がらせる意見にも拘らず悩むのは、彼の願いが根本にあった。
(フフフ、息子よ。殿下の心を見事に見抜いたか)
(ミュゼほどじゃないけど、これくらいはな)
(ドウイウコトダ?)
ヴァリマールの疑問にオズぼんが応えた。
(殿下はな、自分に自信を持てていない。幼い頃からアルフィン殿下と比較され、オリヴァルト殿下の才覚と立ち振る舞い、皇太子を譲られたことへの罪悪感。――自身への弱さがコンプレックスなのだ)
(そこで、自分でも出来そうなことがあれば動くかもしれない。そして……)
道案内といっても、その内容はテロリストの探索。
危険なことに変わりはなく、クルトは当然黙っていない。
だが、それでセドリックを押し留め何もさせないというのは、違うとリィンは思うのだ。
力があろうとなかろうと、せめて選択は自分の手で、と。
押し黙るセドリックに、リィンは最後の一手を打つ。
「ああ、実際に見ていない俺の強さが不安でしょうか? でしたら……わかりやすくするために、そちらのクルトと立ち会いの許可をいただければ、すぐにでも比べることが出来ますが」
こう言えば、おのずと結果は導き出せる。
「殿下、僕からもお願いします」
「ク、クルト?」
「ここまで言われて黙っていられるほど、僕は人間が出来ていません」
「当然だな。それじゃあバルコニー下の広場へ行こうか。セドリック殿下は審判、立会人をお願いします」
一触即発の空気は剣を交えなければ消えることはない。
オリヴァルトが居れば剣を納められただろうが、アルフィンやセドリックでは二人が発する空気に割って入る言葉を持っていなかった。
土地の使用許可を与えられた二人は、皇族姉弟や女学院の先輩後輩の四人に見守られる中進み――当然のようにクルトは地に転がされた。
「がっ…………」
「クルト!」
「まだ、だあ!」
すぐに立ち上がり、双剣を構えて突進してくるクルト。
「レインスラッシュ!」
両手から繰り出される双剣の乱舞は縦横無尽の軌道を描いてリィンに迫る。
だがリィンは、そんなクルトの剣をむざむざと見せつけるように手で直接掴んだ。
「っ! ぐっ…………うっ…………」
「そんな…………」
クルトは双剣を動かそうとするが、びくともしない。
闘気を溢れさせ、全身全霊を込めて振りほどこうとするがリィンは不動だった。
当然ながら初伝といえヴァンダールの剣を手で掴む、ということは出来ても怪我は免れない。
リィンが余裕を持って止めることが出来たのは、ロア・ヴァリマールによる灰の鎧をまとっているせいだ。
純粋な一対一でも問題なく勝てる。だが、それをあえて使うのは圧倒的な差を見せつけるためだ。
ロア・ヴァリマール自体はクルトもパルムで見ているはずだが、彼は今己の剣を打ち砕かれようとしている焦りから、その考えに思い至らない。
「どうした、こっちがお留守だぞ」
「がっ…………」
リィンはがら空きになったクルトの胸に蹴りを打ち込む。
八葉一刀流は無手による
とはいえ全力で蹴り抜けば骨が折れるではすまないので加減はした。それでもクルトは強引に双剣から手を離され、大きく後退した。
「あっ……」
「ほら、返すぞ」
無造作に放り投げられる己の双剣が地面を転がり、クルトは目を剥いた。
リィンは攻めて来ない。
それ以前に、今まで腰に帯びた太刀すら抜いておらず、無手のままクルトを圧倒していた。
双剣を手で止めたのは灰の鎧あってこそだが、それも一度だけ。セドリック、というより周囲への印象のためだ。
それ以降は純粋な体術でクルトの上を行く。
その実力差は、誰がどう見ても明らか。
そんなことは誰より何より、クルトが一番わかっている。
(それでも――)
クルトは立ち上がる。
ここで負けてしまえば、彼が守るべきセドリックと誇りがどちらもなくなってしまうと、わかっていたからだ。
だが気力だけでリィンとの実力差を埋めることは出来ず、クルトはそれから何度も地面を転がされる。
その無残な姿を、セドリックは言葉を失ったまま見続ける。
「リィンさん、もう……!」
アルフィンはセドリックが動けないことを知り、自分が中断のために割って入ろうとした。
だが、それを彼女の親友が止める。
「姫様、ダメです。クルトさんがまだ諦めていません」
「エリゼ、でも貴方のお兄さんは……!」
そこでアルフィンは、エリゼの手が震えていることに気づいた。
アルフィンの勢いが止まったことで、エリゼは彼女の手を両手で包み込む。
まるで懇願するように、エリゼはアルフィンに訴えた。
「お願い姫様、見ていて、あげてください……」
「で、でも……」
アルフィンは親友の姿に動揺するが、それでもリィンを信じ切ることが出来ない。
それも当然で、彼女はリィンと会って間もない。
エリゼのように家族として過ごしたわけでもなく、ミュゼのように事前に逢瀬をしていたわけでもない。
ならば弟の友人であるクルトに感情移入してしまうというものだ。
「兄様は意味なくあんなことをする人ではありません。何か、お考えがあるはずです……でなければ、あんな無表情でいるはずない」
エリゼの言う通り、リィンはクルトとの対峙……いや、その前から一切感情を表に出していなかった。
幼少期に過ごし、女学院に来るまでの兄はよく感情を表に出す人だった。
血が繋がっていないということを知り、自分の感情を持て余し距離を取った義妹に対して、こちらが悲しくなるくらい辛そうな顔をしていた。
そんな義兄が、一切の感情に蓋をしてこうしているのは、何か理由がある。
そうエリゼは信じていた。
「先輩の言う通りですよ、姫様。あの人は無茶苦茶な人ですが――他人を本当に悲しませる真似はしないと思います」
そして、その理由をミュゼはその優秀な頭脳で見抜いていた。
彼は元より、友人を救う対価に叔父を――内戦を止めると言い切った男だ。
塩の杭の残留物よりも友情を大事にする彼が、こうしているのはひとえにクルトとセドリックのためなのだろうとあたりをつける。
お互いがお互いに本音を出さない二人のために、悪役を演じているのだ、と。
つまりは面倒見の鬼なのだ。
自分のような小娘が躊躇していた様々を、一身に引き受けるほどに。
友人達からそう言われてしまえば、アルフィンも強く言うことは出来ず結局二人の戦いを止めることが出来ず、見守ることしか出来ない。
唯一この戦いを止められるのは――
「はあっ、はあっ…………」
大の字に倒れるクルト。
もう何度、十を超えた辺りから数えることが億劫になるほど噛みしめる土の味が慣れてしまった。
それでも立ち上がろうとするが、小さくないダメージと大きな疲労の蓄積がクルトからその力を奪う。
「俺の強さはおわかりでしょうか、殿下。護衛役としてクルトより役立つと思いますが」
「そ、それは……」
「ち、がう……殿下の護衛は……僕、だ……」
それでも、心は折れていなかった。
賢明に立ち上がろうとするクルトに、セドリックが震えた唇を開こうとする。
が、それを見越したリィンが先んじて封じる。
下準備が整い、クルトの本音を引き出すための言葉を重ねた。
「クルト。護衛の役割は俺のほうがもっと上手に出来る。殿下を危険から守るなら、俺のほうが適役だってわかっているはずだろう?」
「違う! 僕は……僕は役割だから殿下を守ってるんじゃない――」
クルトは立ち上がる。
もう双剣を握ることすら出来ない体をふらつかせながら、一歩一歩リィンへ歩み寄る。
脳裏に浮かぶのは、今から随分と昔の光景。
初めてセドリックと出会い、顔を合わせた時のことだ。
――僕のことはセドリックと呼び捨ててください。
――僕もそれに応えた。
――兄上とミュラーさんのことが羨ましくて仕方なかったんです。
――僕も同じ気持ちだった。
――代わりにクルトと呼ばせて欲しいんですけど……いいですか?
――そして僕は、セドリックと呼んだ。
――貴方の、友として。
「――あの時、友達と言ってくれたから――守りたいと思ったんだ!」
「クルト…………!」
まるで力の入っていない、手を伸ばしただけに過ぎない右手がリィンの頬に伸びる。
大人はおろか赤ん坊ですら痛みを感じることはない、ただ触れるだけの拳。
「ぐああああああああああああああ!」
しかし、それを受けたリィンは絶叫した。
さらに一瞬だけ顕現させたロア・ヴァリマールの拳をわざと後追いで受けて、本当に吹っ飛んだ。
棒読み大根演技から五アージュ近く殴り飛ばされたリィンに唖然とする一同をよそに、その意図に気づいたミュゼがセドリックに囁いた。
「殿下、戦いは終わりましたよ?」
「あ…………」
ミュゼに促され、セドリックがクルトに駆け寄る。
その顔は泣いているように歪んでいたが、不思議とクルトには久しぶりに見たセドリックの笑顔のように見えた。
「―――――でん――――セド、リック」
「! はは、久々だね、名前で呼んでくれたのは。それにやっぱり、僕の護衛役は君しかいないみたいだ」
「…………こんな、譲られた、もの、で」
クルトはここでようやくリィンの意図に気づき、倒れた義兄に駆け寄るエリゼの姿を見やる。
全ては自分から本音を引き出すための演技だったのだと、クルトは遅れながらに知った。
「いいんだよ。たとえ《雷神》や《光の剣匠》であったとしても、僕の護衛役は務まらない。だってそれは、クルトにしか出来ないことなんだから」
(…………ああ)
――クルト。次男といえ貴方もヴァンダールの男。ヴァンダールは守護にして破邪顕正の剣ではありますが、貴方には強さ以外のヴァンダールを知ってもらいたいのです。
(母上、僕にもようやくわかりました。強さ以外の、ヴァンダールというものが……)
セドリックの心からの笑顔は、マテウスやヴィクターといった帝国最高峰の武では決して浮かばせることは出来ないのだろう。
自分だから――セドリックの友であるクルトにしか出来ないことだった。
それを理解したクルトもまた、セドリックへ向けて本当に心の底からの笑顔を向けた。
「当然です。僕は、セドリックの護衛であり――友達なのだから」
「――――うん!」
セドリックの泣き笑いのような表情を見ながら、クルトは友に体を預け、心地よい眠気に身を委ねていった。
いつかの聖アストライア女学院のティータイム
アルフィン
「距離を置いた幼馴染に変わって、自分に強引に迫る年上!」
ミュゼ
「失いそうになって初めてわかる主――いえ、友への感情!」
アルフィン&ミュゼ
「尊い……」
エリゼ
(兄様は私が守護らねば……)