裏バルフレイム宮は幻獣の巣窟だった。
魔獣より強力な彼らが徘徊している裏皇城は、バルクホルンという味方を得ても進軍を遅らせる多さだった。
そこでバルフレイム宮をよく知るクレアの案内で、リィン達は幻獣に遭遇しないルートかつリィンとバルクホルンの霊視によりマナの乱れと高まりのある場所へと進んでいく。
やがてたどり着いたのは、翡翠庭園と呼ばれる帝国でも重要な行事に使われてきた空間だった。ここは特異点なので、裏翡翠庭園と言えよう。
全面のガラス張りに加え、滝などが流れる綺羅びやかで帝国の豊かさと高貴さを象徴するような場所だった。
「この時間なら小鳥なども解放されているのですが……」
「小鳥、なんて生易しいものじゃありませんね」
空には竜型や鳥型の幻獣が美しき庭園に舞っている。
ある意味で神秘的なのだろうが、人々の指に止まり鳴き声を鳴らすような愛らしさは微塵もなく、一口で人々を害する脅威を秘めていた。
「だが、当たりのようではあるぞ」
そうつぶやくバルクホルンの視線の先に、幾人かの人影が見える。
光の蔦、とでも表現すればいいのだろうか。
茨のように蠢き輝く蔦が四人の男の体にまとわりつき、鼓動を響かせるように脈打っている。
リィンは鬼の力を目に集めてみると、男達から光の蔦に向けてエネルギーが吸い取られているように見えた。
「あれは……行方不明になっていた星杯騎士だ」
「え?」
まさかの発言に、クレアが驚きの声を上げる。
リィンは消息を絶っていた星杯騎士を視認し、あの男達の先走った行動のせいでロジーヌが冤罪を受けている事実に拳を強く握りしめる。
見た瞬間に先走らなかったのは、ひとえに先のバルクホルンとの戦いやクレアの諭しがあったおかげだ。
癒えた鼻を痒くしながら、リィンは一つ息を小さく吸い込んだ。
「バルクホルンさん。彼らを確保すればロジーヌの冤罪は晴らせますか?」
「……少なくとも自白してくれたのなら手引きをしたわけではない、という冤罪は晴らせるだろう」
「どちらにせよ、重要参考人です。確保いたしましょう」
頷きあい、三人は裏翡翠庭園の幻獣を切り伏せ、穿ちながら進んでいく。
どれも強力な相手だったが、紋章――聖痕と呼ばれる力を解放したバルクホルンと、遊撃と囮を引き受けたリィン、そんな彼に戦況を俯瞰したクレアの指示が合わさりさして苦労もなく星杯騎士の下へたどり着く。
ノーザンブリアでは一体の幻獣に対して総掛かりだったことを考えれば、バルクホルンの聖痕の強さと異様さがありありと浮かぶ。
その力の源が何なのか気になるが、今は確保が先だとリィンは視線を星杯騎士に向ける。
「……紅葉切り」
神気合一により引き出した鬼の力を刃にまとわせ、光の蔦を切り裂く。
鋭い一閃は星杯騎士達の体を傷つけることなく、鬼の刃に呑まれて消えた。
斬り裂いた瞬間、生命力を吸われる感触があったがそれも一瞬のこと。逆にエネルギーを奪い返したことで、鬼気解放が再び使えるようになった気がした。
お見事、と言いながらバルクホルンは四人の星杯騎士の状態を確かめる。
命に別状はないが、ひどく衰弱しており放置しておけばその限りではない、とのことだ。
「でも、どうしてこんなところに。それも生命力なんて吸われているなんて」
「……見たところ、さっきの光の蔦は裏翡翠庭園全体に流れ込んでいました」
「私も同じ見立てだ。おそらく、彼らのエネルギーで特異点を強化している」
「強化? それはまたどうして……」
「リィン君のサーチ爆撃のせいで特異点が揺らいだため、その補強では?」
「あー……」
そう言われると納得する。
けれど、それならそれでどうして彼らがここにいるのか、という理由が浮かぶ。
サーチ爆撃によってこんな使い方をされているということは、それまで別の理由で拘束されていたはずだ。
「それを考えるのは後にしよう。色々と情報が足りないからな、目覚めた彼らに直接聞いたほうが早い」
「では、こいつらどうしましょうか。ここに放置しておくより、一度外に連れ出したほうがいいのか……俺個人としては、早くロジーヌの冤罪を晴らすために帝国に突き出してやりたいんですが」
「私個人としても、一刻も早くロジーヌの冤罪を晴らしてやりたいが、この特異点を生み出した犯人の確保もしたいところだ」
「難しいところですね。彼らを抱えて進むのは愚策……どちらにせよ、私は憲兵隊に持っていきたいところですが」
「帝国に引き渡せば、ちゃんとロジーヌの冤罪は晴れるんでしょうか」
今回、政治という武力ではどうにもならない領域の話でロジーヌが拘束されたことを考えるリィンの顔は暗い。
一国に匹敵するレベルの武力を持てばあるいは、という考えも浮かぶがそれは女神の至宝、それこそ塩の杭に匹敵するものだ。
(フフフ、息子よ。力とは暴力と財力、権力のトライアングルで構成されている。突き詰めればそれぞれがそれぞれに比類するであろうが、モラルなき暴力など持ったところで不幸になるだけだ)
仮にリィンが一国を動かすレベルの影響力を持った武力を背景に法国へ乗り込んだとして、確かにロジーヌは解放されるだろうがその後に様々なものがリィンを縛るだろう。
むしろ世界の敵として法国の名の下に外法認定され、際限なき闘争を繰り返し結局ロジーヌの救出が無意味になるレベルの泥沼化が進む。
そう諭され、リィンは結局政治に関してオリヴァルト皇子に丸投げするしかないという結論に至る。
どうあっても自分にその分野での介入は出来ないからだ。
「大丈夫ですよリィン君。今回の件、少なくとも法国の幹部がおられるのです。悪いようにはならないはずです」
「私としても、全力で掛け合ってみる。……封聖省に殴り込まれたら、たまらないからね」
苦笑しながらも、バルクホルンは本当に追い詰められたならリィンは迷いなく実行するだろうということも確信していた。
深すぎる情が彼の持ち味であるが、その長所は同時に短所でもあるからだ。
「だがリィン。君は早い段階で魔獣飼育施設、機甲兵といったものを見つけて内戦への備えを皇子に与えた。それはある意味政治への介入だ。何も出来ないと決めつけるより、自分に出来ること、何を活かせるかにも目を向けてみてもいいだろう」
「……ありがとうございます」
「君達は一度外に出るといい。私は元より単独でここを調べるつもりだったからな」
「わかりました。何かあればすぐARCUSに連絡をください。かっ飛んできますので」
事前に連絡先を交換していたため(クレアとも)、ヴァリマールの下に戻ればその機能も合わせてすぐに戻ることが出来るだろう。
リィンは四人を結びつけるようにロープで縛り、引きずって運ぼうとする。流石にそれは、と止めようとするクレアだったが、それより早く庭園に声が響いた。
「侵入者が居るとのことだが……ここでもその制服を見るとはな。ノルドといい、つくづく嫌なめぐり合わせ……いいや、因縁があるものだ」
声に顔を上げると、そこには眼鏡の男がリィン達を見下ろすように佇んでいる。
その瞳にはリィンへの苛立ちで溢れている。
リィンは星杯騎士を投げ捨てながら、即座に抜刀。クレアとバルクホルンもそれぞれ導力銃と法槍を構えた。
「ノルド……お前がギデオンか?」
「《G》、と名乗っているがね。ようやく幻獣の操作にも目処がついてきたというのに、再び邪魔が入るとは」
「幻獣の操作……どうやら、昨今帝国を騒がせるテロリストと見受けられますが」
「TMP……鉄血の狗か」
クレアとその制服を見たギデオンが、リィンへの苛立ちとは比較にならない憎悪と呼べる激情を瞳に宿す。
クレアはそれを受けても涼し気な顔だったが、リィンは視線を遮るようにクレアの前に立つ。
「どちらにせよ、今回のテロリスト騒ぎや特異点と深い関係者に違いはありません。――確保しましょう」
「ふふ、それは困る。まだ私にはやるべきことも多いのでね。とはいえ遠巻きながら君達の戦力……特にその御老人の強さは把握させてもらった。故に専門家に任せようと思う」
「専門家?」
「――よう、灰の小僧」
ギデオンの隣に焔が渦巻いたかと思えば、その足元に浮かんだ緋の転移陣が現れる。
そこから現れ、耳に聞こえたその声はリィンにとって忘れえぬものだった。
「……なんで」
ここに居るべきはずがない男の登場に、リィンが呆然とする。
萌黄色の髪に、眼鏡の奥に隠される気だるそうな瞳が徐々に開かれていく。
かつてブリオニア島で遭遇し、最強の二文字をリィンに刻んだ劫炎のマクバーンがそこに立っていた。
「お知り合いですか、リィン君」
謎の男にクレアは訝しむ目つきだったが、バルクホルンは一切の油断なくマクバーンを見据える。
バルクホルンの警戒に真っ先に気がついたマクバーンは、愉快そうに口元を釣り上げた。
「《吼天獅子》が居るのはラッキーだな。予定と少し違うが、守護騎士がいるなら別の意味でも楽しませてくれそうだ」
視線の先にあるバルクホルンは先程から無言。
目の前の存在の脅威を、リィン以上に知っているためだ。
「ククク、やる気で何よりだ。ここと合わせてどれだけ『保つ』かわからねえが、せいぜい予想を覆してくれよ?」
「ま、待ってくださいマクバーンさん! なんで貴方がそこに……まさか、貴方がトールズを……ロジーヌを襲った犯人なんですか?」
「あーん? ロジーヌってのは知らねえが、ここにいる理由は雇われ護衛ってやつだ。普段俺達がいる次元から隔離されたこの特異点にも興味があったんでな」
一歩マクバーンが進む。
臣下に言葉を送る王のように堂々とした歩みと、掌から詠唱もなく発生した焔にクレアの体がこわばる。
「駆動準備が……ない?」
「俺は念じれば焔が出せる……そういう体質なだけさ。離れるなら待っててやるから早く行けや。巻き込まれても知らねえぞ」
「待て劫炎。生かして帰すなど何を考えている、その焔で全員焼き払ってしまえ」
「……契約内容はてめえを死なせないことと、別の相手だしな……が、ここで守護騎士を抑えておかないと、逆にてめえが死ぬぜ?」
水を刺されたと感じたのか、マクバーンは溢れる熱気とは裏腹に後方から自分に指示を出すギデオンにため息をつく。
「我が深淵にて煌めく金色の刻印よ……その猛き咆哮を以て我が槍に無双の力を与えよ!」
それを証明するように、バルクホルンの背後に王冠のように背負われた紋章が浮かび上がり、その体と法槍に黄金の力を宿していく。
びりびりと震える体に、リィンは自分が怒りのままに刃を向けようとした相手の本当の実力の一端を知る。
「ハッ、いいじゃねえか《吼天獅子》! そのまま俺をアツくさせてくれよ!」
マクバーンが嗤うと、彼はその姿を変貌させる。
リィンの鬼気解放と類似するような赤黒い瞳。全身に不可思議な文様が刻まれ、髪の色も変色し――何より、周囲に噴出される焔に漆黒が宿る。
「そらよ!」
挨拶代わりに放たれた焔がバルクホルンに向かうが、彼は力を充実させた法槍を旋回させその焔を防ぐ。
だが、法槍の範囲外に漏れた黒焔は容赦なく裏翡翠庭園を破壊していった。
「くっ……ここを破壊する気か!?」
「そいつは俺の管轄外だ。文句を言うなら、ここへ派遣させた深淵に文句を言うんだな」
「魔女めっ……!」
マクバーンがギデオンに向けて何か言っていたが、美しい庭園が瓦礫と炎の藻屑となる音にその会話は遮られる。
ただし、マクバーンの脅威をこの上なく知ったクレアの判断は素早かった。
「リィン君、サポートをお願いします。――バルクホルンさんの足手まといにならないよう、脱出を」
「………………はい!」
目の前に追いつきたい、友達になりたい男がいる。
だが、リィンは候補よりも今の友を選んだ。
転がした星杯騎士を引き連れて脱出しようとするクレアの護衛のため、リィンもその場を離れようとする。
だが、それをギデオンが阻んだ。
「逃さんよ――幻獣達よ、奴らを殺せ!」
ギデオンは手に携えられた笛を唇にくわえ、その魔笛を奏でていく。
すると周囲を徘徊していた幻獣達が、一斉にリィンとクレアに向けて襲いかかってきた。
「神気……合一!」
リィンは即座に鬼の力を解放し、クレアに迫る幻獣達を斬り裂いていく。
だが鬼気解放ならともかく、ただの鬼の力では幻獣を一撃で倒す攻撃力はない。せいぜい吹き飛ばし、朦朧とさせるだけだろう。
加えて尋常でなく数が多い。いかにリィンが幻獣達を足止めしても、雪崩のように襲いくる物量に稼げる時間はそう多くない。
鬼気解放をしても、全ての幻獣を切り伏せる前にタイムリミットが迫る。
焦るリィンに、オズぼんの助言が届く。
(フフフ、息子よ。この特異点での捜索はもう諦めよ)
(何を……)
(ヴァリ君を呼ぶのだ。星杯騎士のエネルギーによって強化されているというのなら、多少のキャパシティオーバーも問題ないだろう。ならば、召喚してクレア嬢達を乗せ、脱出する時間はある)
(…………)
(真犯人の手がかりを失うのは惜しい。だが、星杯騎士を確保できれば少なくともロジーヌ嬢は解放されるであろう)
(本当か?)
(オリヴァルト皇子は、生徒を助けるために全力を尽くすはずだ。それに《吼天獅子》の言葉もある。少なくとも、今お前が出来ることはクレア嬢を無事に外へ届けることではないか? このままジリ貧となって星杯騎士はおろかクレア嬢すら犠牲にするのは本意ではなかろう)
「…………わかった」
その言葉を信じて、リィンはクレアへ迫っていた竜の幻獣を斬り飛ばすと同時に腕を掲げた。
「来い、灰の騎神……ヴァリ」
「その必要はない」
聞き覚えのある声がリィンの耳をつく。
刹那、上空から生まれた緋色の魔法陣から放たれた極炎がリィン達の周囲に居た幻獣達を灰と化し、この次元から強制的に退去させる。
リィンの瞳にふわりとした金の髪がなびく。
小さな体躯に大きな杖を携えた少女が、上空からゆっくりと舞い降りた。
「ローゼリアさん!」
「うむ、待たせたの。そして妾だけではないぞ?」
「お待たせしました、リィンさん」
「まったく、相変わらず忙しない状況に居るわね」
「エマ、セリーヌも!」
遅れて転移してきたのは、エマとその使い魔セリーヌ。
リィンは輝くような笑みを頼もしき援軍に浮かべた。
「どうしてここに……」
「その答えはあやつが知っておる」
ローゼリアが向けた視線の先には、蒼いドレスをまとったヴィータが佇んでいた。
蒼の歌姫の登場に、裏翡翠庭園を破壊しながら戦いを繰り広げていたバルクホルンとマクバーンの戦いも一端なりを潜める。
「……ようやく本命の登場か。守護騎士ってのは確かにアツくなったが……予想よりは落ちたからな。こっちは楽しませてくれよ?」
「ぐっ…………」
「バルクホルンさん!」
「エマ」
「はい!」
エマが魔術を唱えると、遠距離転移によりバルクホルンが彼女の側へ召喚される。
全身に受けた火傷を見やり、即座にセリーヌが治癒術をかけていった。
「久しいな、ローゼリア」
「うむ、ご無沙汰である。じゃがやはり『今』の状態では厳しいか」
「だが、お前が来てくれたのなら可能性はあるだろう」
旧知の仲なのか、親しそうな会話をする二人の傍ら、リィンはバルクホルンでさえマクバーンには届かないのかと目指すべき頂きの高さに息を呑む。
窮地を脱したといえ、展開に置いてけぼりなクレアがリィンに疑問を尋ねる。
「リィン君、彼女達は……?」
「あ、すみませんクレアさん。友達のエマとその使い魔……ペットのセリーヌ。そして祖母のローゼリアさんです」
「なんで言い直してペットって言うのよ!」
「猫が喋った……!?」
「こうなると思ったからだよ」
治癒術をかけながら律儀に突っ込んでくれるセリーヌに妙な充足感を得ていると、エマが喋る猫に驚くクレアへ近寄り杖をかざす。
「すみません、事情は飛ばした先の人から聞いてください」
「え、ちょっと待ってくださ――」
有無を言わせぬ強引さで、エマは転移術を使いクレアと星杯騎士達をこの特異点から逃がす。
展開の速さに目を丸くするリィンがエマに質問しようとするが、彼女はリィンに向き合わずマクバーンの隣にいるヴィータを睨んでいた。
「姉さん!」
「…………まさか私の因果律操作を打ち破るなんてね。ずいぶんと成長して嬉しいわ、エマ」
(そうか、エマにとっては行方不明だったヴィータさんとの再会なんだ……)
エリンやアーベントタイムなどで身近に感じていたが、エマがヴィータと再会するの数年ぶりなのだ。
なら他のことがおざなりになっても仕方ない、とリィンは後でクレアに謝罪することを決める。
「深淵、改めて聞くが……俺が相手していいんだな?」
「ええ。元より婆様対策として、貴方を連れて来たのですもの。ここが壊れるまで存分に暴れて頂戴」
「妾対策……じゃと?」
「婆様が塩の杭の残留物の調査に協力していたのは知っていたわ。なら、そのための相手を用意するのは当然でしょう? まあ、リィン君はともかくエマまで来るなんて思わなかったけど」
「全ては、貴女に追いつくためです」
エマが眼鏡を外す。
黄金の双眸はリィンでさえ話しかけるのをためらう迫力を秘めていた。
「フフフ、息子よ。美人が怒ると怖いとは本当らしいな?」
「茶化すな茶化すな……でも、これで俺も動ける」
リィンはそう言って、幻獣達を一瞬で燃やされて驚愕するギデオンへ目を向ける。
その視線に気づいたのか、ギデオンはうろたえながらもリィンを睨み返す。
その間に魔笛の音は止まり、幻獣達が操作されないことに気づいていないようだった。
「エマ、セリーヌ、ローゼリアさん、バルクホルンさん。ちょっと耳を……」
リィンは四人に考えた案を伝える。
するとエマは眉間にシワを寄せながら鋭利なままの目でリィンを見た。
「本気ですか?」
「それぞれ相手は決まってるみたいだからな。邪魔するつもりはないけど、俺もビビってるだけじゃないところを見せたい」
「…………そうですよね、貴方はそういう人でした」
そう言うと、エマは仕方ないと言わんばかりにため息をつく。
ただ、目の険は取れてどこかリラックスした印象を与える。
その変わりようにバルクホルンは苦笑を漏らした。
「なるほど、友か」
「やんちゃ小僧じゃが、こういうことを無意識にやるのはドライケルスを思い出す」
言いながら、ローゼリアは杖を振るってリィンの太刀に魔術をかける。
エマとセリーヌもそれに倣い、太刀の刀身に赤い刻印のようなものが刻まれた。
「これは?」
「お守りみたいなものじゃ。少なくとも、無遠慮に折られることはなかろう」
「リィンさん、いつも武器を壊してますからね」
「剣士って言うなら、もっと武器を大事に扱いなさいよね」
「……善処する」
「二度としない、とは言わないのだな」
「嘘はつきたくありませんので」
話が済んだことで、リィンもまたマクバーンとヴィータに向き直る。
律儀にリィン達を待っていてくれたようだ。
それは余裕の現れなのだろう。
だからリィンはおそらく答えてくれると信じて言った。
「ミスティ……いえ、ヴィータさん。貴女が、今回の事件の犯人なんですか?」
「協力者、という意味なら間違っていないわ」
「どうして……!」
「それはこちらの台詞よ。塩の杭の残留物、なんてものを持ち帰るなんて……予測のつかない子だと思っていたけど、とびきりね」
「そのせいでロジーヌが……!」
「そもそも、あれを持ち帰らなければ今回の事件は起きていなかった。違う?」
「解析していた! ローゼリアさんやシュミット博士が管理していたのに、盗む必要はない!」
「あれは人の手に余るものよ」
話は平行線だ。
言葉では終わらない、と判断したエマが割り込む。
「それを決めるのも、貴女じゃないわ姉さん」
「そうね、貴女達から見れば私はただの盗人一味だもの。なら、どうするの?」
「今回の件だけじゃありません。色々聞かせてもらいます……そのために、私はここにいるんだから!」
エマが杖を構え、マナが周囲に満ちていく。
その魔力の多さにヴィータは目を軽く開き、マクバーンは笑う。
「魔力だけならお前に迫るか?」
「ええ、本当に頑張ったのねエマ。……でもごめんなさい。やり合う気はないの」
ヴィータが蒼い杖を掲げると、自身を含めたギデオンの足元に転移陣が生まれる。
逃げる気か、とリィンは焦燥に駆られたがローゼリアがそれを止める。
「シュバルツァー、安心せよ。奴らは逃げられん」
「それは、どういう……」
その言葉に眉をひそめるリィン。
ヴィータもまた、杖を掲げたまま目を見開いた。転移術を使っているはずなのに、一向に発動しないのだ。
その様子を見やり、ローゼリアは犬歯を見せながら大笑いした。
「はーはっはっは! 耄碌したかヴィータ! ここはすでに《匣》の中、転移は使えんぞ!」
「《匣使い》……!? でも、彼単独では」
「単独、ならな」
「《吼天獅子》……そうか!」
「気づくのが遅いぞ、放蕩娘! 余裕かましたツケじゃのう! その顔が見れただけでも、この数年の蒸発ぶりを許せてしまいそうじゃ! いややっぱり許さんが、それはそれとして愉快痛快に違いはない!」
悔しさを滲ませるヴィータに、心底愉快そうに笑うローゼリア。
その姿についていけず、リィンは状況の把握が出来ずにいた。
「ど、どういうことです?」
「トマス教官……星杯騎士団の副団長で、ロジーヌさんの上司が外に居るんです。彼の能力は独自の時空間を作ること……そこで特異点を《匣》の中に封じ込めたんです。ちなみに、ここへ来れたのもトマス教官のおかげなんです」
「特異点を……そんなことが出来るのか!?」
「普通はできん。だが、私の聖痕と合わせれば、この規模の特異点の収納を可能にした」
「……なるほどな、思ったより弱いと思ったが他に力を回してたのか。それなら納得だ」
マクバーンの言葉に、リィンはバルクホルンが一方的に手傷を受けていた理由を悟る。
(だが、残留物といえ塩の杭を起点とした特異点を抑えられるのか……?)
「今はそんなこといいよ、親父」
トマスへの力の譲渡が行われていた、というのもそうだが転移を封じて逃走手段が消えたというのが大きい。
ローゼリアに釣られて笑っていたマクバーンは、ヴィータを慰めるように言い放つ。
「ま、転移がなくてもあのお嬢ちゃんをなんとかすりゃいいだけだ。姉妹喧嘩に割り込む気はねえ、存分にやるんだな」
「…………ええ、そちらは婆様と《吼天獅子》をお願い。《G》、貴方はさっさと逃げないとリィン君に捕まるわよ」
「逃げるだと?」
「ええ。彼は負けないだろうけど、ここが保つ保証はゼロだから」
「逃がしません!」
ヴィータはそう告げて転移する。そのマナの流れを見極め、エマもまた転移で後を追う。外には転移出来ずとも、特異点内であれば転移は可能のようだ。
セリーヌは消えたエマとリィンを交互に見たが、リィンはエマのほうに向かってくれと後押しした。
頷き、消えるセリーヌ。
後に残ったのは、マクバーンとギデオン。
そしてリィンにローゼリア、バルクホルンの五人。
「さて、それじゃあ……あん?」
ローゼリアとバルクホルンに目標を定めるマクバーンに向けて、リィンが歩み寄る。
太刀を構え、闘気を叩きつけるリィンにマクバーンは頭をかいた。
「ま、メインディッシュの前の前菜としては悪くねえか……」
「確かに前菜ではありますが、もう一度食べたいって思うくらいの旨さはあると思いますよ」
「へえ、言うじゃねえか」
「前とは違う――それを貴方に見せます」
そしてリィンは、鬼の力の深奥を再び開く。
目の前にいる劫炎のように、その瞳を黒焔へと染めるリィンが放つ力にマクバーンの口元が釣り上がる。
「ハッ、鍛えてきたじゃねぇか! しかも混じり方も半端ねえ、いいぜぇ小僧! その力――」
刹那、すでにマクバーンの視界にリィンは映っておらず――彼は劫炎の背で太刀を振り抜いていた。
「
遅れて斬撃の嵐がマクバーンを縦横無尽に切り裂く。
赤熱した太刀は魔女の加護により融解することなくその役割を果たした。
「っ……!」
「おおっ!」
「あやつめ、やりおった!」
背後からの称賛に振り返らず、リィンは真っ直ぐギデオンへ向けて駆ける。
マクバーンに一撃を与えたことで、ブリオニア島の時と異なると彼に印象を与えた。
今度会った時に存分に己の鍛えた力を見せつける。今はそれでいい。
「くそ、こっちに来るな!」
ギデオンは魔笛の音によって鳥型の幻獣を呼び寄せ、その背に乗った。
逃がすか、と足に力を込めたところで途方もない熱がリィンの背後から生まれる。
「灰の小僧。俺とダチになりてえって言うのなら……まずはこいつから生き延びてみな!」
視線だけ向けた先にいたのは健在なマクバーン。
それはわかる。あれで倒せたとは思っていない。
だが彼は、その右手に漆黒の剣を携えていた。
マクバーンが放出する黒焔が剣を象ったような、煉獄の如き灼熱の剣。
「《外の理》の剣――!」
ローゼリアの叫び声。
その声に意識を向ける余裕もなく、リィンは焦熱の剣から放たれた刃を咄嗟に受け流そうとし――逸らされた炎刃が開けた大穴の中に、吸い込まれるように落ちていった。
NGシーン
「ハッ、鍛えてきたじゃねぇか! しかも混じり方も半端ねえ、いいぜぇ小僧! その力――」
刹那、すでにマクバーンの視界にリィンは映っておらず――彼は劫炎の背で手を振り抜いていた。
マクバーンは襲い来る衝撃――なんてものはなく、
「俺のARCUSです。連絡先がわからないなら、そっちに通信するので暇な時は出てください!」
「こんな状況であんなの渡す輩に目をつけられて可哀想に……エマ、やはり友達って選ぶべきだと妾思う……」