はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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いつも誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。全てはこの時のために

 リィンの夢想覇斬は緋の騎神を切り裂き、柱に埋め込まれたその戒めを解く。

 吊り下げられるように束縛されていたテスタ=ロッサは何の抵抗もなく膝を折り――出血するように、その傷口から暗黒の瘴気を流した。

 当然、テスタ=ロッサを斬るために近づいていたリィンはヴァリマール越しにその瘴気を浴びてしまう。

 

「なんだこれ……」

「かつて暗黒竜を打倒したテスタ=ロッサだが、その死に際に呪いを与えられ帝都に封印されたという。つまり、この瘴気はその呪いに該当するものであろうな」

「そ、そんなの浴びてヴァリマールは大丈夫なのか!?」

 

 ここで自分でなくヴァリマールを心配することに、本人が喜びの声を上げる。

 

「コノ程度ナラ問題ハナイ。トイウヨリ、浴ビ慣レタ力ダ」

「浴び慣れた?」

「鬼ノ力。コレヲ付与サレテ強化シタ時ニ似テイル。ホボ同ジト言ッテイイ」

「ちょっと待て、それってつまり鬼の力ってのは……」

「暗黒竜と同じ呪われた力ということだな」

 

 オズぼんのあまりにもあっさりとした言葉にリィンは押し黙る。

 さしものオズぼんも簡潔に言い過ぎたか、とフォローの言葉を送ろうとしたが、それより早く瘴気に変化が起こる。

 流れ出る瘴気はやがてある個体となって形を整えていく。

 その動きを察知したリィンは素早くヴァリマールを避難させた。

 

「なんだ……?」

 

 煙るように広がる瘴気はヴァリマールより高く登っていく。

 やがてそれは漆黒の鱗を持った巨躯の竜として具現化する。

 

「ゾロ=アグルーガ……」

 

 オズぼんのつぶやきにリィンが叫ぶ。

 

「そんな! 暗黒竜っていうのは滅んだはずじゃ……」

「滅んだ。八百年前に確かにヘクトル帝と緋によって滅んだはずだ。だが、その呪われた血を浴びたことで緋は呪いに侵され、封印された。だがこの特異点の性質は再現……過去の因果を読み取り、受肉を果たしたのだ」

「ってことはあれは本物じゃなくて再現された騎神で、本物の緋も帝都の地下で眠ってる上に、何か起きたら本来の帝都に暗黒竜が蘇るってことか!?」

 

 まさかの事態にリィンはコクピットの中でうめく。

 ギデオンは幻獣を操る笛を所持していた。仮にあれが他生物を操る力を持っているのなら、暗黒竜が例外とは限らないかもしれない。

 

「バルクホルンさんが言ってたことが現実になるなんてな……どちらにせよ、目の前の敵を……!?」

 

 会話に夢中になっていたせいか、反応が一瞬遅れる。

 再現された暗黒竜は、高速で飛び上がりヴァリマールをその足元に踏みつけてきた。

 

「がはっ!」

 

 超重量の暗黒竜の下敷きとなり、騎神へのダメージのフィードバックによりリィンが肺の中の空気を吐き出す。

 その動きの止まった一瞬で、ゾロ=アグルーガに新たな変化が起きた。

 再びその姿をぼやけさせたと思えば、瘴気は真っ直ぐヴァリマールに向けて覆い被さってきたのだ。

 慣れたと言っていたヴァリマールだが、暗黒竜を形成するほどの密度を浴びてしまえばひとたまりもない。

 

「ぐあああああああああああああ!」

 

 そしてそれは、起動者であるリィンにも言えることだった。

 

「イカン!」

 

 ヴァリマールは咄嗟にサブの簡易思考システムへ指示して強制的にリィンを降ろす。

 複製された劣化の呪いといえ、塩の杭の残留物を起点にしたそれはいかに鬼の力に慣れたリィンでも危うい。

 その証拠にリィンの体は勝手に灰髪へ染まり、掻き毟るように引き裂かれた制服からはだけた胸元、心臓には生きているように脈打つ、痣のような赤黒い光が鳴動している。

 

「ヴァリ、マール……無事、なのか?」

「……………」

「ヴァリマール!」

「声をかけてやるな、息子よ。ヴァリ君は今、緋が受けた再現の呪いの大半を背負っている。ひたすらにじっと、こらえて、な」

「大丈夫、なのか?」

「さて、そればかりはヴァリ君次第と言えよう」

 

 リィンは自身を蝕む呪いに喘ぎながら、よたよたと鎮座するヴァリマールに近寄り手を触れる。

 

「ロア・ヴァリマール……」

 

 リィンの呼びかけに応じ、灰のチカラが顕在する。

 元は試しの門番だったそれは、今は騎神本体へ意識を移していることでただのエネルギー体だ。だが、これがあれば多少はヴァリマールを侵す呪いも軽減出来るのではないかと思ってのことだ。

 

「これで、少しでも、楽に……」

「――ならねえんだな、これが」

 

 それは、リィンやオズぼん、ヴァリマールではない第三者の声。

 呪いで視界がぼやける中、それは先の暗黒竜と変わらない重量感を伴った現れた。

 

「機甲兵……なんでここに!?」

(テロリストはここを拠点として運用しようとしていたのだ。移動基地として、様々なものを運んでいたのだろう。当然、機甲兵も)

「生身のところで悪いが、テメェは放置しておいたらとんでもねえジョーカーになりそうだからな」

 

 発言と同時に、かつて見た機甲兵よりもより鈍重に、巨大に作られたそれの一撃がリィンへ放たれる。

 咄嗟に本体へ渡そうとしていたロア・ヴァリマールによる灰の鎧をまとい、捌の型の応用で捌いたが相手のパワーが強すぎて転倒してしまった。

 そこに向けて機甲兵――巨人機の肩部に備え付けられた機関銃が斉射される。

 転がって避けようとするリィンだったが、呪いで重くなった体の負担では銃を避けるには到底鈍足だった。

 灰の鎧越しに撃たれたリィンがもんどりを打って倒れる。追撃の拳が放たれる中、リィンはロア・ヴァリマールに己を掴ませ、投擲することで強引にその一撃を回避した。

 

「ちぃ、なんて避け方しやがる」

 

 投擲した場所は巨人機の背後。

 飛び越すように投げられた体の鞭を打ち、なんとか受け身を取ろうとするが、足に力が入らず、踏ん張れなかった体は無様に転倒してしまう。

 普段であればそのまま身を隠すところだが、引いたことのない発熱による風邪の症状にも似た重さがリィンを蝕んだ。

 

「こ……んのぉ!」

 

 巨人機は見た目通りパワーに導力を振っているようで、咄嗟に後ろに振り向くことが出来ずにいた。

 その隙を狙い、リィンはロア・ヴァリマールによる拳で機甲兵へ殴りかかった。

 倍近くのサイズ差ながら、ノーザンブリアの特異点を経て進化したロア・ヴァリマールの一撃は巨人機を揺らがせることに成功した。

 

「こいつ……本当に生身なのか!?」

 

 とはいえ機動性を犠牲に得た体格だけあって、小破には至らないようだ。

 それでもチャンスだ、とリィンは滴り落ちる汗を払いながらロア・ヴァリマールに捌の型を取らせた。

 

「破甲拳!」

「なにぃっ!」

 

 ロア・ヴァリマールによる白い巨腕が巨人機の体勢を崩す。

 

(転倒させてしまえばあの巨体だ、起き上がるのは難しい。ここしかない!)

 

 ロア・ヴァリマールを操作し、指を組ませた両腕を振り上げ、ハンマーのように振り下ろす――

 

「油断しすぎよ《V》、流石に子供一人にその醜態はないんじゃない?」

 

 新たな乱入者、女性の声が響く。

 空気を割いて飛び込んだきた何かはロア・ヴァリマールが今まさに振り下ろそうとしていた両腕へ迫り、その巨腕を両断される。

 

「ごめんなさいね坊や。せっかくの切り札だっただろうけど、これでおしまい」

「伸縮する鞭……いや、あれは法剣!?」

「あら、知ってるの?」

 

 新手は巨人機よりも小さいが、かつて見た機甲兵よりもよりシャープな印象を受ける細身の機体だった。

 その手には機甲兵用にカスタマイズされた法剣が握られている。

 

「お前ら……法国か!? まさか《貴族派》と組んでるなんて……全部自作自演で、ロジーヌを嵌めるための嘘だったんだな!」

 

 何が星杯騎士は行方不明だ、とリィンは激しい怒りを燃やす。

 特異点で確保した星杯騎士、《貴族派》が所有する機甲兵に乗っている法剣の使い手なんて全てが馬鹿らしい。

 許せるはずがないと、リィンは痛みを無視して立ち上がる。

 心臓から全身に根を張る血管のように、赤黒い痣が顔にまで影響を与えていく。

 暗黒竜の呪いのみならず、自力でさらなる力を引き出しているせいだ。

 このまま力を解放し続ければリィンの体が保たない。

 それを止めるべくオズぼんが動こうとしたその時、リィンを止めた声があった。

 

「ロジーヌは今、どうなってるの?」

「はあ?」

「答えて」

「……手出し出来ない場所で拘束されてるって聞いてる」

 

 答えるつもりのなかったリィンだったが、細身の機甲兵に乗る女性の声があまりにも切実な感情を秘めていたため、つい口を開いてしまった。

 それが一体何を意味しているのか、その答えを求めるより早くリィンの体に鉄の塊が挟み込まれた。そう、背後の巨人機の腕によって捕まえられてしまったのだ。

 

「しまっ……」

「《S》、トールズでのミスはこれで帳消しにしてやるよ」

「……………」

「トールズの、ミス?」

 

 秒毎に自分を圧迫する巨人機の腕からもがくリィン。

 ロア・ヴァリマールを召喚し直し、巨人機の腕を振りほどこうとするが体勢を立て直し油断を消した相手はしっかりと防御を整え、さらに機甲兵の連携と合わせてロア・ヴァリマールが再び崩れていく。

 巨人機の左腕がリィンの全身の骨を軋ませ、右腕が頭を撫でるように押し潰す。

 打つ手はもう、なかった。

 苦悶の声すらあげられず、意識を闇に落としかけるリィンにオズぼんの声が届く。

 それが、この窮地を脱するのと引き換えに怒りの焔に薪を焚べる行為であることを承知の上で。

 

(――リィン。察するに彼らこそが塩の杭の残留物を盗み出した犯人で、機甲兵に乗る女性がロジーヌ嬢を襲った犯人だろう。殺しきれなかったことがミスで、法剣を折るに留めたのは個人的な知り合いだったか――)

 

 そこから先は、もうリィンには聞こえていなかった。

 

「これでしまいだ、小僧!」

 

 巨人機の両腕に最大のパワーが込められる、その瞬間――

 

「……………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「なっ!」

 

 巨人機は背後から(・・・・)の一撃に思わず手を離す。

 振り返ったカメラが捉える先は、全身から黒いオーラを立ち昇らせるヴァリマールが巨人機へ突進を仕掛けていたのだ。

 

「馬鹿な! 起動者はここに……まさかCの言ってた遠隔操作か!?」

 

 自律して動くヴァリマールに面食らう巨人機をよそに、拘束から解き放たれたリィンは怒りのままにロア・ヴァリマールで機甲兵を殴りつける。

 

「くうっ!」

 

 咄嗟にそれを避ける機甲兵。その俊敏な動きによって回避したと思ったのつかの間、白い影の一撃がほんの少しだけ機体にかすった。

 それだけで、機甲兵は数アージュ後退する。先の巨人機へ向けられた一撃よりも大きな破壊力を秘めた拳なのだと、身を以て知った。

 

「この子は、まずい!」

 

 ロア・ヴァリマールの一撃を必死で対処しながら、機甲兵は飛び上がる。

 当然ロア・ヴァリマールも追いかけるように上空へ拳を向けたが、機甲兵はさらに空を蹴った。

 その三次元的な機動力でロア・ヴァリマールの背後を取って再び法剣によって切り崩す。

 体を切り取られるロア・ヴァリマールはしかし、リィンの怒りを燃料に可動を続ける。

 それでも限界はあった。

 怒りのままに力任せな動きになってしまったロア・ヴァリマールに対し、機甲兵は法剣を巧みに使い冷静に分解していく。

 ついにロア・ヴァリマールがその体を瓦解させる。

 再召喚のクールタイムはまだ終わらず、距離は離れているものの相手の武器は法剣。多少の距離はそのギミックによって潰してくる。

 だが、怒りで動くリィンは無手のまま機甲兵に駆ける。いかに鬼の力で強化された体であっても、機甲兵の一撃を生身で受けてしまえば死の危険があった。

 オズぼんの声も届かず、どうすることも出来ないと思われたその時――リィンと機甲兵の間に届くものがあった。

 

「――――――――――――リィンさん!」

「――――――――――――――――え?」

 

 リィンの赤黒い瞳が元の色と感情を取り戻す。

 絶え間ない怒りの炎は、その声によって鎮火した。

 リィンの視界に、一人の少女が映っている。

 彼女は手に携えた、黒鞘に収まった太刀をリィンに投げる。

 時の結界が砕かれているのか、リィンの目にはそれがゆっくりとした動きに見えた。

 機甲兵が法剣を振りかぶる。

 リィンが太刀を受け止め、咄嗟に抜き放つ。

 その刀身は、七曜のエネルギーを内包する水晶が刃になったような神秘的な輝きに満ちている。

 自然と、リィンはそこに鬼の力を流し込む。

 先程まで湧き上がっていた殺意と怒りが飽和されたそれを手に、リィンは確かな力強さを持った足を踏み込んだ。

 心・技・体――その全てが合わさった境地に入ったリィンの剣は、機甲兵に乗る女性の肉眼で捉えきれない速さを以て放たれた。

 

「消え――」

「――夢疾風(ゆめはやて)

 

 それは弐の型と(しち)の型の合わせ技。

 縦横無尽の動きで迫っていた法剣をかいくぐり、機甲兵の手首を鬼の刃と八葉の技が斬り裂く。

 だがリィンに出来たのはここまでだった。

 機甲兵の手首を断ち切ったことで完全に力を使い果たし、崩れ落ちるように地面へ倒れ込み、その体を柔らかく暖かな感触が受け止める。

 見慣れたシスター服(・・・・・・・・・)に身を包んだ金髪の少女の微笑みを最後に見納め、リィンは子供のような笑みを浮かべながらゆっくりを目を閉じた。

 

 

 リィンの体を抱えた金髪の少女――ロジーヌの側に、灰の騎神が降り立つ。

 ヴァリマールの声は聞こえない。それでも思考システムは生きているのか、ヴァリマールはその機能を用いてリィンを抱えるロジーヌごとコクピットの中に転移させた。

 同時にリィンの夢疾風によって切り飛ばされた、機甲兵用の法剣を回収。ここ数ヶ月の間で身につけた剣技を目の前に迫っていた巨人機へ振るう。

 ヴァリマールのモニターに映し出された部分を重点的に狙えば、巨人機は事前にダメージを受けていたのか小破状態の手傷を負って離れた。

 離れる際、肩部から発射された機銃はしかし、ロジーヌが一閃させた法剣によりその全てが弾かれる。

 その技量に巨人機の搭乗者は舌を巻く思いだった。

 対してそのロジーヌはと言えば、銃を剣で弾くという自身よりも数段上の剣技を使えることに驚いていた。

 初めて乗ったにも拘らず、ロジーヌの頭にはどのように灰の騎神を動かすのかを理解していた。

 準起動者の恩恵、加えて鬼の力のような何かで強化されたヴァリマールの力なのだろうか。

 当のヴァリマールの意識はなく、リィンもまた気絶している。それでもロジーヌは力を貸してくれる灰の騎神に応えるべく、笑うのだ。

 ただ、可能なら戦闘を避けたい気持ちもある。

 生来の性格は元より、気絶したリィンを抱えた戦闘は、どれだけ彼の体に負担を強いるかわからないからだ。

 加えて……

 

「ちっ、次から次へと……」

「ロジーヌ……」

 

 《V》と呼ばれた男が巨人機が後退し、機甲兵と並ぶ。

 右手首を失った機甲兵は呆然とヴァリマールを……ロジーヌを見つめていた。

 それに対し、ロジーヌも応答する。

 

「その声、この武器……やはり、スカーレットさんだったのですね……」

「っ」

 

 ロジーヌの声に搭乗者――かつて法国において姉のように慕った女性がうめき声をあげる。

 スカーレットはかつて法国は封聖省からのスカウトにより、従騎士としての修行を積んでいた。ロジーヌとの縁もそこから始まっている。

 だが念願の従騎士となり、初任務を迎えるより早く彼女は姿を消し――今、こうして騎神と機甲兵で対峙することになっている。

 一体どうして、とロジーヌには聞きたいことはたくさんあった。

 それでも、一番聞きたいのは――

 

「スカーレットさん……どうして私を殺さなかったのですか(・・・・・・・・・・・・)?」

 

 そう、ロジーヌは理解していた。

 あの夜、塩の杭の残留物が盗まれる前日に呼び出され、襲ってきた相手がスカーレットであることを。

 正式な従騎士としての強さを持ったスカーレットと、リィンから剣の手ほどきを受けているといえ見習いのロジーヌとでは実力に開きがある。

 それでも殺されず、法剣を折られるだけで済んだのは明らかに手心があったからだ。

 

「……私が殺したいのは貴女じゃない、それだけよ」

 

 絞り出すように、感情を秘めた言葉がロジーヌを打つ。

 逆に言えば彼女には殺したいほど憎い誰かが居て、それが従騎士を辞めた理由になるのだろうとロジーヌは察した。

 

「なら、貴女が殺人を犯す前に……私が止めます」

「……《V》、悪いけど」

「ふん、やっぱり知り合いだったのか。道理であんなヌルい真似をしたわけだ」

 

 ヌルい真似――本来、スカーレットは呼び出した相手を仕留めて、法国内部の意見の食い違いにより争い合った形跡と死体を残して星杯騎士団へ帝国の目を向けようとしていた。

 だが、呼び出されてやってきたのがかつて親交を結んだ少女であると知り、彼女の法剣を折って気絶させ、旧校舎へ置き去りにした。

 ずさんすぎる処置の結果が、今であることをスカーレットは重々承知していた。

 だが、自分でけじめをつけたいと語るスカーレットを《V》は否定する。

 

「が、ダメだな。少なくともあの小僧は確実に殺しておく必要がある。生身でここまでする奴が、本格的に騎神を動かしたら俺達のほうがまずい」

 

 その理論を前に、《S》は力ない声で頷いた。

 

「ってわけだお嬢ちゃん。せめてそれから降りれば、命は助かるぜ?」

「それはリィンさんを見殺しにするということ。頷くわけがありません」

「おいおい、どう見たってそのガキはまともじゃねえ。お嬢ちゃんだって見てたろ? そいつは生身で機甲兵を相手に出来る化物の上に、あの伝説の暗黒竜ってやつの呪いを受けた。女神の使徒を謳う星杯騎士なら、それを放置するのはどうなんだ?」

「――リィンさんは、私の友達です。だから、どこから何をされようと絶対に守り通してみせます」

 

 奪った法剣を構えるロジーヌ。

 灰の騎神を覆う黒いオーラが収まった代わりに、清廉な闘気を感じた《V》は話し合いに応じる気はないと、巨人機の武装をヴァリマールに向ける。

 

「《S》、知り合いと殺り合うのが嫌なら下がってな。代わりに俺が――」

「――いいえ、結果的にあの子を見逃したことであの坊やを仕留められなかった。その甘さを、ここで断ち切るわ。でなければ、きっとあの男には届かない」

「ハッ、言うじゃねえか。なら、その覚悟を見せてもらうとするか」

 

 これ以上の言葉はいらない、と三人の乗り手は武器を構える。

 スカーレットは予備の武装を機甲兵の左手に備え、先陣を切らんとバーニアを噴射させようとした瞬間、それに待ったをかけるように特異点が大きく揺れる。

 

「なんだ!?」

「――《V》、《S》! ここは崩壊する、廃棄して逃げるぞ!」

「何ですって!?」

 

 そこに飛び込んできたのは、鳥型の幻獣に乗ったギデオンだった。

 彼の手には通信機が握られており、そこから低く厳かな声が聞こえてくる。

 

「――魔女の援軍がハシャギすぎたようだ。この移動特異点は拠点ごと廃棄する」

「いいのか、《C》?」

「惜しくないと言えば嘘だが、構わない。それに、そちらに向けてかの守護騎士と魔女殿の師が向かっている。いかに機甲兵といえ、特異点が終わる前に決着をつけるのは難しいだろう。早く合流地点へ向かったほうが賢明だ」

「ちっ、了解だ。悪運の強い嬢ちゃん……いや、その小僧か? どちらにせよ、引き上げだ、《S》」

「ええ……」

 

 ギデオンが駆る幻獣の案内に着いていく巨人機と機甲兵。

 ロジーヌは振り返らない機甲兵の姿をじっと見ていたが、その視線をリィンが上げたうめき声で中断する。

 

「うっ……」

「リィンさん!」

 

 抱きとめるように支えていたリィンがゆっくりと目蓋を開く。

 破れた胸元は傷痕がはだけていたが、それでも赤黒い痣は消えている。どうやら峠は超えたらしい、とロジーヌは安堵の息をついた。

 

「リィンさん…………」

 

 見れば、赤い制服をさらに濃く染めるように、ところどころ出血の後がある。

 破れた制服から覗く肌には内出血や腫れ上がった骨折の跡が見られ、頭部からも血が滲んでいる。

 一体、どれほど無茶をしたのかが伺える体だ。

 ロジーヌは無力感と罪悪感を押し殺し、静かに導力魔法――その元になった法術をリィンにかける。

 怪我ばかりする彼のために真っ先に習得した治癒の法術だ。

 《匣》の中での祈りにも通じた奇跡の光によってリィンの顔に赤みが差し、傷も重傷から回復していく。

 やがてリィンの瞳に焦点が戻ってくると、彼ははっきりと目の前にいる少女が誰であるかを認識した。

 

「ロ、ジー、ヌ……?」

「はい、ロジーヌです」

 

 彼が好きだと言ってくれた微笑を浮かべ、ロジーヌはそれに応えると――リィンの手が背中に伸び、痛いくらいに力強く抱きしめられた。

 

「痛っ……痛いです、リィンさん」

「っ……………っ…………っ……」

 

 リィンは言葉を発さない。いや、感情が言葉にならなかった。

 ただ、その想いが痛みを通して溢れている。

 互いにそこからの言葉はない。

 ロジーヌは、リィンが落ち着くまでされるがままに抱擁を受け入れ――彼の瞳から流れる暖かな雫の感触に、ゆっくりと瞳を閉じてリィンの背中に手を回すのだった。




塩の杭の残留物含めた色んな説明は次回のリザルトで。
ロジーヌの騎神戦はちゃんと書いても良かったかな、とも。
でもスカーレットとの因縁も出来たのでその時が来たらちゃんと書くと思うので、期待してくださった方がいましたら今回はすみません。
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