やはりというか、ルーファスへの交渉はすぐというわけにはいかなかった。
ユーシスから直接本人に連絡を入れたところ、個人的にすぐに赴きたいところであるが時間を作るまで待って欲しいという旨を伝えられた。
ユーシス本人もだから言っただろう、と困った顔をしていたが兄を知る彼からすればルーファスはどこか高揚感を見せていた気がしたそうだ。
元々騎神という存在に興味を覚えていたため、その機会がやってきたことに思うところがあるかもしれない。
次の自由行動日には士官学院へ訪れてくれると伝言を受けたリィンは現在、練武場に足を運んでいた。
テロリストの中の一人、スカーレットと呼ばれる女性を連れ戻すという目標の出来たロジーヌは元々意欲の高かった稽古に磨きがかかっている。
とはいえリィンとの実力差は激しく、彼女に成長の実感が与えられないのではと危惧したリィンはフェンシング部を尋ねた出稽古を行っていた。
最初はパトリックが突っかかってきたが、リィンが頭を下げてロジーヌもそれに続くと出鼻を挫かれたように文句を引っ込めた。
それでもリィンとの勝負を申し出て来たので、喜んでそれを引き受け――今は練武場の床で座り込んでいる。
リィンの誕生日のさいにも剣を交えたパトリックは、あれからさらに剣術を上達させていた。
だが本人はリィンにかすり傷一つ付けられなかったことが非常に悔しかったようで、称賛の言葉を送るリィンにけんもほろろな態度を示していた。
(フフフ、息子よ。ライバル意識というやつだな。パトリック君は、お前に歯牙にかけられない己に怒っているのだ)
(別に相手にしてないわけじゃないんだけどなあ。誕生日の時にも突っかかって来たけど、悪いやつじゃないだろうし)
(四月のラウラ嬢のようなものだ。負けたくない、という気持ちが強いのだよ)
(なるほど)
話題に出たことで、ラウラに頼んでロジーヌと打ち合ってもらうのもありだな、とリィンはこれが終わったら水泳部を訪ねようと決める。
パトリックとの一戦を終えたリィンは、部長であるフリーデルに改めて頭を下げる。
「では、改めて……ロジーヌとの組手をお願いして良いでしょうか?」
「私は構わないわよ。ただ……私とも後で剣を交えて欲しいわね」
「はい、俺に出来ることでしたら」
「ならいいわ。それじゃあロジーヌちゃん、よろしくね?」
「はい、不躾なお願いを引き受けてくださり、ありがとうございました」
そうして稽古を始めるロジーヌとフリーデル。
フリーデルとしては、初心者に軽い稽古をつけてやろうという気持ちであったのは明らかだったが、ロジーヌが予想以上の実力であることを知って徐々にその細剣の冴えを上げていく。
ロジーヌには法剣のギミックとボウガンを使わない、純粋な剣技だけで戦うよう言っているため、フリーデルの剣を前に苦戦を強いられている。
それでも数ヶ月の間にリィンを相手に磨き上げた法剣は、彼女の努力に比例してフェンシング部最強の女傑の剣をしのいでいく。
その様子を見ていっそう悔しがるパトリックや同窓生のアラン、フリーデルと同じ二年のロギンスも感心の声を上げていた。
結局、ロジーヌはフリーデル相手に脅威の粘り強さを見せていたが、一瞬の隙を突かれて一撃をもらいそこで稽古は終了となった。
互いの健闘を称え合い、礼を交わしたロジーヌがリィンの下へ戻ってくると、彼は開口一番に告げる。
「法剣のギミックを思わず使おうとした隙を狙われたな。仮に使おうとしても、強い相手ならこれからギミックを使う、って察知されたり、意識を傾けた一瞬に割り込んでくるだろうから、もっと自然に法剣を使えるようになるのが課題だな」
「はい……」
「今までボウガンで牽制してその隙を強引に埋めていたんだろうけど、もっと上を目指すならその辺も意識していこう。戦術リンクならその隙をフォロー出来るけど、スカーレットって人には俺達は手出ししないほうがいいよな?」
「時と場合によるかもしれませんが……そうですね、私だけであの人に気持ちを届けたいです」
「なら、要特訓だな。……あとロジーヌは自分のスタイルの理想像があるみたいだけど、それはスカーレットさんなのか?」
意図的に小声になるリィン。
正体を知ったといえ、無関係な生徒にあえて聞かせる必要もないからだ。
その気遣いに笑みを浮かべながら、ロジーヌもリィンに寄って答える。
「いえ、スカーレットさんも尊敬している人ですが、私が参考にした戦い方はルフィナ・アルジェントという正騎士の方です。守護騎士というわけではありませんでしたが、状況に応じて様々な判断を下し、格上相手にも負けない戦いは《千の腕》とも称されていました。今はもう、亡くなってしまいましたが……」
「そっか……見たことないから何も言えないけど、剣術自体はすごく上達してる。ボウガンを併用していたら、勝負はわからなかったかもしれない」
「ふふ、ありがとうございます」
批評はしても褒め言葉はちゃんと忘れない。
基本的に人というのは褒められて伸びるものだ。
苦しさしかない特訓で上達出来るのは一部の人間や、そうせざるを得ない環境下で生きる者だけだろう。
エリゼも護身用の騎士剣術をテオから習ったさいに、リィンからの褒め言葉に嬉しそうにしていたことを思い出す。
だから同じように頭を撫でてやろうと手を伸ばし――相手がロジーヌであることに気づいて慌てて手を引っ込める。
ロジーヌからすれば、リィンが手を動かそうとしたら急に跳ねるようにびくりとさせたため、目を丸くしていた。
頭を撫でようとしたことには気づかれなかったようで、リィンはほっとする。
「―――っと。ロジーヌ、体力はまだ保つか?」
「は、はい。まだ大丈夫ですが……」
「なら、ちょっと助っ人呼んでくる。フリーデル先輩……というかフェンシング部だから技の剣が主体だけど、タイプが違う相手も居たほうがいいだろうしな。その間は、他の人達と稽古していてくれ」
そう言ってフリーデル達に、何故か照れていたロジーヌの面倒を見てもらうよう言付け、リィンはラウラを探しに水泳部へ向かう。
一年の女生徒の中ではフィーと二分する実力者の剣を体感させるのも良い修行になるだろう。
星杯騎士について調べるのは億劫だが、ロジーヌのためと割り切る。だからトマスからルフィナ・アルジェントという人物について聞いて来ようと思いながら、リィンは練武場を後にした。
*
練武場にラウラを呼ぶことに成功し、ロジーヌとの稽古の後にはリィンが彼女の体力が尽きるまで特訓に付き合っていた。
リィンとの稽古に熱中しすぎたせいか、最後は迎えに来たモニカに抱えられなければ歩けないほどに消耗したラウラだったが、ロジーヌという新たな好敵手の出現に不敵な笑みを浮かべていたのは記憶に新しい。
今度、ボウガンも併用した全開スタイルでの戦いを逆にお願いされていたくらいだ。フェンシング部の皆もその熱気に当てられて、稽古に身が入ったところを見ればお互いに良い刺激になったようで何よりだ。ちなみにリィンとフリーデルの稽古は、危なげなくリィンが勝利し彼女を悔しがらせた。
ロジーヌを第二学生寮に送り届けたリィンは第三学生寮への帰り道、見慣れた二人を見かけて声をかけた。
「アリサにガイウス、こんな夜更けにデートか?」
「違うわよ!」
夜でもわかるほどに顔を赤くしたアリサが喚いて反論する。その横で苦笑するガイウスは、何やら色んな荷物を抱えていた。
「荷物持ちか」
「アリサの祖父……グエンさんに何か贈り物をするということでな。隠居後の彼はノルドに住み着いているから、そこで色々意見を求められたついでに、な。俺もノルドの皆にお土産を選んでいたところだ」
「そう言えば二人はノルドの実習だったんだっけ。少し持つよ」
「俺は大丈夫だからアリサの荷物を持ってやるといい」
「ガイウスに比べたら全然平気よ」
「ニ対一で俺達の勝ちだ、観念して荷物をくれガイウス」
多数決により決定された荷物の軽減に苦笑しながら、ガイウスは礼を言ってリィンに荷物を預ける。
保存の効く食料や茶葉、馬の鞍やブーツなどノルドで必要になりそうな道具の詰め合わせといったところだ。
「トリスタは街の一つだというのに、この品揃え。帝国という国の豊かさを知るようだ」
「でも、ノルドは帝国にはない色んな魅力もあるわよ?」
「いや、卑下したわけではないのだ。当然、俺もノルドの土地が素晴らしいことは知っているからな」
「そうだったの、早とちりしてごめんなさいね」
「いや、俺も言葉が足らなくてすまない」
「フム、何ヤラ距離ガ近クナッタヨウダナ」
リィンでなくヴァリマールが二人の掛け合いに突っ込む。リィンもノルドでの実習以降、A班の皆が少し距離が近くなっていることが気になったのでちょうどよいと思いながら突っ込む。
ヴァリマールの声に一瞬だけ反応するアリサだったが、軽く眉をひそめただけに済む。彼女もヴァリマールという存在を受け入れた証拠であった。
「ちょっとノルドでみんなと星を見る機会があって。なんとなく、そこから自然体で接するようになれた、かしら?」
「へえ、ノルドの大地か……俺達も見る機会があればいいけど」
「特別実習で同じ土地へ向かうことはないだろうが、長期休暇があればぜひリィン達も案内させて欲しい」
「その時は頼むよ。帰ったら俺もユミルに皆を案内するよ」
「それは楽しみね! 早く長期休みにならないかしら」
女性というだけあって、アリサのテンションが目に見えて上がる。
ユミルの温泉は美容にも良いということなので、性別的に惹かれるものがあるのだろう。
「そう言えばガイウス、この間バルクホルンさんに会ったよ」
「本当か?」
「ああ。帝都でばったりとな」
「帝都って……ああ、先週休みっぱなしだったのって帝都に行ってたのね?」
「エマと揃って何をしていたんだ?」
塩の杭の残留物の捜査の間、リィンとエマの二人は体調を崩して休むという連絡が行っていたはずだが、どうやらアリサは元よりガイウスもまるで信じていないようだった。
「そもそも私達Ⅶ組の寮にもいなかったんだから当然でしょう? そうでなくとも、エマはともかくリィンが怪我以外で寝込んでるイメージまるで沸かないわ」
「確かに風邪は引いたことないけど、ひどくないか?」
「何、それだけ頑強で健康だと言っているのさ」
「そうそう、まあエマも最近は風邪は引かないんだろうなーって思ってるけど」
「そうなのか?」
「えーっと……魔女、なんでしょ? そういう人達なら健康になる薬も常備してそうだなって」
「あー確かにな。俺達、オルディスでマヤって子の母親を助けただろ? あの時用意した薬は魔女の秘薬だったんだよ」
「そうなのか? 一体どこから持ち込んできたと思っていたが、この間のエマの転移を見れば納得だな」
「そ、そうね。そうだわ」
ガイウスは納得したが、実はアリサは別のことを考えていた。
躊躇いもなく重大な事実を明らかにするエマにリィンの影響を見た、と言わないのはエマへの優しさである。
マヤと言えば、ミュゼを通じて近況報告を受けたが母親も順調に回復してつつがなく生活を送っているらしい。
父親へのわだかまりもあったようだが、母親が倒れたことをきっかけに少し心を入れ替えたのか定職に付いてくれたと聞く。
これも全部あの夜母を助けてくれたリィンさんのおかげです、という感謝の手紙を受け取ったが、マヤ本人が頑張った影響もあるはずだ。
(フフフ、イーグレット家で娘が働く中、何もせずに食べる食事は不味かったということだろう。決して愛情がないわけではないが、心を腐らせる時は何度も起こり得る)
(せっかく母親も助かったんだし、マヤには苦労にあった幸せがあって欲しいもんだ)
またミュゼのところへ顔を出した時に、返事をしたためておこうと思うリィンだった。
「そういえばアリサ。ふと気になったことがあるんだけど」
「なあに?」
「ストーカーに心当たりあったりするか?」
「は、はあ?」
素っ頓狂な言葉に目を丸くするアリサ。
ガイウスも首を傾げているが、リィンは気にせず言葉を続ける。
「いや、背後からちょっと視線を感じてな。最初は俺かと思ったけど、どうやらアリサに目を向けてるみたいなんだ」
「ちょ、ほんと?」
「待った、足を止めずにそのまま歩いてくれ」
アリサは足を止めようとしたが、リィンの言葉で一瞬だけ体を硬直させたものの指示に従って歩き続ける。
ガイウスは視線を探ろうとしているのか、少し周りに集中しているようだが相手の隠形を見抜けないのか険しい顔だ。
だがリィンは意脈……意識の脈、つまり力の流れを測る能力に優れている。
鬼気解放という鬼の力の深奥を覗いだことでその力は洗練され、空気を通じて混ざる感情に気づいていた。
「あ……こっちが気づいたことがバレたかも。どうする、追うか?」
だが相手はかなり手強いと予測する。
現にリィンは自分達が気づいた意図を漏らしていないはずだが、その空気の変化を感じ取ったのか視線の感情に変化があった。
「ううん、気になるところだけど……」
「視線の主はアリサに向いているのだろう? あまり放っておくのは良いこととは思えん」
「そ、そうね。でもどうやって捕まえれば……」
「それは俺に任せてくれ。二人共、トリスタの地形はだいたい把握してるよな?」
「え、ええ」
「迷うことはないはずだ」
「よし、なら人気の少ないところまで歩いて行ってくれ」
打ち合わせを済ませると、リィンは実体を持たせた分け身を生成し、自身は夜の影に潜むように自分の気配を殺していく。
傍目から見れば三人は荷物を抱えたまま歩いている光景に違いはない。アリサ達に気を取られている間にリィンが確保すればいいが、視線の主が意図を察することに加えて分け身を見抜けるほどの実力者であった場合は別だ。
そしてリィンの懸念は、後者となって現れた。
明らかに人気のない場所へ誘導しようとしていることに気づいた視線の主は、一端離れようとする。
だがリィンはそうはさせじと、アリサに合図を送った。
「だ、誰なの!?」
視線の主の方角に向けて叫び、同時にガイウスが振り向きざまに槍を投げた。
ガイウスの槍は方角こそ合っているが、投げた先は誰もおらず分け身が止めることで被害が出ないようにしている。
だがその声と動作に気を取られた一瞬、視線の主の動きが硬直した。その隙を放置するほどリィンは甘くない。
解放した鬼の力で即座に接敵。即座に何者かの腕を取って地面に叩きつける。
同時に相手に馬乗りになり、鞘に収めた太刀で首に押し付けた。
「さて、どうしてアリサを狙っていたか教えてもらおう……か……?」
リィンの言葉が徐々に下がる。
押し倒した相手は、白いヘッドドレスにエプロンを身に着けたメイドの女性だった。
目を丸くするリィンに、メイドの女性は身じろぎして艷やかな声を上げた。
「ああ、なんて強引な……」
「うえっ!?」
体に感じる柔らかな感触に気づき、咄嗟に離れようとするリィンを、オズぼんが止める。
(フフフ、息子よ。この女性の手癖は悪いようだぞ?)
その声に、リィンは己に迫った何かに気づいて咄嗟に首を傾けた。一瞬だけ視界に映ったのは、闇に溶け込む糸のようなもの。
目を見開くメイド。油断も隙もない、とリィンは一瞬で体を入れ替えて背後から羽交い締めするように地面へ押しつける。
それでもまだ抜け出そうとするメイド。予想以上に巧みな体捌きに、拘束を抜け出されかけたリィンは鬼の力を再び使おうとして――そこに場外の声が混ざった。
「シャ、シャ、シャ……シャロン!?」
「え、知り合いか?」
「それよりリィン、ちょっと……いやいささかその体勢は外聞が悪いぞ」
傍目から見れば完全な婦女暴行にしか見えない構図に、アリサは色んな意味で顔を赤くしてガイウスも咎めるように指摘する。
気が抜けたリィンから、すっとシャロンと呼ばれたメイドが抜け出す。
あっ、とリィンが声を上げた瞬間、彼女はアリサに泣きついていた。
「ああお嬢様、お助けください!」
「ちょ、ちょっとリィン、どういうこと!?」
「いや、この人がさっき言ってた――」
「よよよ……一方的に地面に引きずられ、抵抗虚しく押し倒され――」
「ちょっと!?」
「リィン……」
「いやガイウスそんな目で見ないでくれ! だからこの人が――」
「危うくキズモノに……」
「ぶっ飛ばすぞあんた!」
「まあ怖い」
「リィン、女性にそう怒鳴るものではない」
夜のトリスタでぎゃあぎゃあと騒ぐリィン達。
アリサに泣きつく真似を見せながら、明らかに意趣返しです、とリィンにだけわかる舌出しを見せるメイド。
こうしてリィンは彼女、シャロン・クルーガーと突然の出会いを果たすのであった。
ついに登場シャロンさん。待たせた割にこの扱いである。
しかし軌跡の女暗殺者というのは、痴女でなくてはならないのでしょうかね…(Ⅳの衣装やリーシャを見ながら
女装するヨシュアがまともに見えるふしぎ。