モチベの ちからって すげー!
しかしベリルがもう魔女とかそんなの超越した存在のような気がしてきました……
「緋空斬!」
「孤月一閃!」
「疾風!」
「螺旋撃!」
リィンの一撃一殺によって魔獣の取りこぼしなど皆無のまま四人は旧校舎地下を進んでいく。
老師との修行や毎日のマラソンによって肉体を、オズぼんとの鬼の力の制御訓練によって精神を鍛えられたリィンは八葉一刀流の中伝に至っており、太刀を手にした八葉の剣士にとって旧校舎の魔獣は取るに足らない相手だった。
そもそも
「滅・緋空斬!」
「滅・孤月一閃!」
「裏疾風!」
「滅・螺旋撃!」
だがリィンは張り切っていた。とても張り切っていた。
鬼の力も隠すことなく余すことなく、全てを見せつけていた。
何せ初めてオズぼんが見える相手とそのペット、見えるかもしれない相手、信じてくれる相手と一緒の共同作業。
ありていに言って、友達と遊んで楽しんでいる子供のような状態だった。
「もう全部アイツだけでいいんじゃないかしら?」
「そんなこと言っちゃ駄目よセリーヌ。否定はしないけど」
リィンの異常な戦闘力に呆れるセリーヌをたしなめるエマ。
事前に鬼の力という体質を聞き及んでいた二人からすると、その変化はリィン以上の驚きと納得を持って受け入れられていた。
「ウフフ、元々Ⅶ組への依頼で私達は今回限りなのだし、護衛に守られたお嬢様の優雅な散歩と思えばいいのではなくて?」
セリーヌが喋ることに対して当然と言わんばかりに無反応だったベリルは、旧校舎の地下を興味深そうに眺めている。
唯一武器を持ち込んだ様子もなく、持っているものと言えばその手に掲げた水晶玉くらいだ。
彼女は本当に散歩気分で旧校舎へとやってきている。
「でもリィンさん、すごく楽しそうで見ているこっちも釣られて笑ってしまいませんか?」
教会の手伝いで子供との付き合いに慣れているロジーヌから見ると、今のリィンはまさに子供だった。
万が一のフォローに備えてボウガンこそ握られているが、現状でその心配が杞憂であることをロジーヌ自身理解していた。
(フフフ、息子よ。はしゃいでいるようだが、彼女らを置き去りにするのはいただけんな。それに、気づいているか?)
「ああ。地下の構造がまるで違う」
一通り周囲の魔獣を駆逐したリィンは、高揚した精神を抑えて真面目な雰囲気を戻す。
その端正な顔立ちも含めてキリッとしていると思うのは本人だけで、他の三人と一匹は先程までの行動を思い返して苦笑と呆れを漏らしていた。
「リィンさん。まるで違う、とは?」
「前回、入学式に俺とエマを含めたⅦ組がここを使ったんだが、その時に入った入り口はもっと大きかったんだ」
「そうですね、前回より二回り以上小さく、私達が通った扉もなかったです。それに……」
エマの視線の先には、広い空間とその中心に位置する台座のようなものが鎮座している。
当然、前回にはなかったものだ。
加えて、なんらかの装置も置かれている。
「まるで昇降機ですね。タイプは違えど、似たようなものを見たことがあります」
機械に詳しいわけではない三人と違い、ロジーヌが台座に置かれたそれを鑑定する。
シスターに機械というのも妙な組み合わせだが、リィンもオズぼんや鬼の力を持っているので人が積んできた経験は色々あるのだろう、と一人納得する。
(フフフ、息子よ。私を台座に置いてもらえぬか?)
「? ああ、何をするんだ?」
そう言って、リィンはオズぼんを左腕から剥がして台座に置く。
それが見えているエマとセリーヌは「外せるんだ……」と、初めてオズぼんが離れたときのリィンと同じリアクションをしていた。
それに苦笑を漏らしていると、オズぼんが置かれた台座が光を放ち、周囲に霊子エネルギーが満ち溢れていく。
満ちていく霊子と共にどこか荘厳さを抱く感覚が部屋の中を埋めていく。
爆発のような急激な衝撃と勢いを持って広がるそれを前に、ベリルを除く三人と一匹は思わず後ずさった。
「親父! 何を……」
(フフフ、今のお前と彼女らの実力ならば試しの前座など不要。少し省略を施しただけに過ぎんよ)
「省略……?」
「ウフフ、なるほど。これが灰の試し……」
「ベリルさん」
ベリルのつぶやきに、エマが反応する。
その声はエマらしからぬ、どこか危うさを持っているようだとリィンには思えた。
(いや、危うさというより敵意寄りの警戒に近い?)
自然、リィンはエマとベリルの間に立った。
エマの眼鏡越しの目が怪しく光ったような気がしたが、リィンはそれを無視して静止の声をかけようとする。
だが、そこでオズぼんが待ったをかけた。
(エマ嬢、そう恐れることはない。ベリル嬢が何者なのかは私も気になるところだが、今重要なのは君が我々の誰かを起動者候補として導かなければならない事なのだから)
オズぼんの言葉にエマが絶句し、セリーヌが戸惑うように首を振ってはリィンとエマを交互に見やる。
「オズぼんさん……貴方は一体……」
(フフフ、義娘候補よ)
「黙ってろ」
それ以上言わせないと、リィンは台座の上のオズぼんをわしづかみ地面に叩きつける。
次の瞬間には当然のようにリィンの左腕に抱きついていたが、言葉を止めることには成功した。
「悪いなエマ。親父が変なこと言って」
「あー、えー、その……」
「ウフフ、何やら面白いことになっているようね」
「見えず聞こえずなのが歯がゆいですが、オズぼんさんがリィンさんをからかっている様子は浮かびます」
「からかうというより、エマに迷惑かけただけさ。ロジーヌ達に説明したいところだが……エマ、セリーヌ。親父の言葉の意味はどういうことなんだ? その……俺もエマが自分から言うまで待つつもりだったけど、流石にこの状況じゃ黙っていられない」
先程まで魔獣を駆逐していたテンションだったが、元よりリィンは観の眼といった優れた洞察力を持つ。
今の現象といい、この施設がいち学院の地下に存在すること自体、明らかにおかしいと気づいているのだろう。
押し黙るエマの葛藤の時間を稼ぐように、ロジーヌが口を出す。
「正解はわかりませんがおそらく大崩壊……暗黒時代かもしれませんが、その時代あたりの遺産ではないでしょうか?」
ロジーヌがそう補足する。
その眼差しは真剣そのものであるが、リィンにはその姿が『場慣れ』しているような雰囲気を感じた。
エマのような魔女ではないようだが、少なくとも只者ではない。
リィンがロジーヌをただの平民生徒として扱うことをやめた瞬間だった。
が、今はその疑問よりも事象に対する質問を行うと決める。
「でも、この学院はドライケルス帝が作ったんだぞ? どう頑張っても二百年くらいだと思うんだが」
「いえ、逆にこれがあったからこそドライケルス帝は地上にトールズ士官学院を設立したのかもしれません」
(フフフ、息子とロジーヌ嬢。答えを前に推測を止めぬ事は褒めるが、今は正解を知る者の覚悟を待つといい)
「親父にも後で説明してもらうからな?」
(フフフ、宿題――と言いたいところだが、まあその先は彼女を待つとしよう)
「遊星が宿星に交じる、か。ウフフ」
全員の視線がエマに集まる。
彼女はそれに体を震わせ、そんな主の姿を見たセリーヌがエマに代わり自身がこの場の正体を明かそうと語りだす。
「……ここは試しの場。エマ達魔女が昔からずっと見守ってきた巨いなる力の一つで――」
「セリーヌ。それ以上は、いいわ。私が言う」
「エマ…………」
「皆さんごめんなさい。いきなり過ぎて、心構えが出来ていなかったので。改めて、魔女の眷属が一人。エマ・ミルスティンが語らせていただきます。ここは――」
――正体不明のハッキングを観測。
――プログラムコードに従い――ヴヴヴヴヴヴヴヴ―――
――灰色ノチカラヲ顕現――
瞬間、世界が変わる。
一瞬で書き換えられた景色は旧校舎地下から異空間へと置き換わっていた。
リィンは咄嗟に納刀していた太刀を抜き放ち、全方向のどこから来ても迎撃が可能なように鬼の力を覚醒させる。
黒髪が灰色に染まり、赤黒いオーラを噴出させるリィンに呼応するように灰色に染まる戦場が震えだす。
遅れてロジーヌもボウガンを取り出し、ベリルは笑みを浮かべたまま無数の武器が突き立てられた世界を眺めていた。
「なんだ、ここ……」
――試シヲ放棄セシ者タチヨ――
そこに、巨大な影が現れる。
全長十アージュはあるのではないか、と錯覚する黒い陽炎のゆらめきをまとう存在。
四枚の翼を持った竜のような姿だ。
頭部であろう場所には明滅した光が浮かんでおり、文様のように刻まれている。
その影がまとうオーラは、リィンが放つ鬼の力に酷似していた。
「あれは……リィンさんと、同じ……つまり鬼の力の源泉……?」
「いいえ、あれは試しの場の守護者。この先にあるはずの力を守る門番です。でも今は、それを行わなかった私達を排除するための尖兵――」
「ウフフ、答案を前にカンニングはおろか問題を教師に解かせた生徒ですものね。怒るのも無理ないわ」
「のんきなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
――介入者ヲ発見。及ビ五名、共々ノ排除ヲ――
「介入者、それに五人って……」
「ウフフ、オズぼんさんを筆頭にセリーヌも含めた私達になるわね」
「戦いは避けられない、ということですね」
「なんなのよ、こんなの聞いたことないわ!」
エマ達が思い思いにその巨大な影について語る中、リィンは充満させていた闘気を散らしていた。
そのことに気づいたセリーヌが騒いでいるが、リィンにはそれよりも聞きたいことがあった。
「お前、親父が見えているのか?」
オズぼんを見せつけるようにリィンは左腕を掲げる。
影は律儀にそれに答えた。
――肯定。ソシテ介入者ノ排除ヲ――
その言葉を聞いたリィンの腹は決まった。
「親父、相談がある」
「リィンさん……!?」
エマの本日何度目かになる驚愕。
あろうことかリィンは巨大な影の前に一人近づいていく。
それを咎めるエマ達に手を伸ばし、静止するよう言った。
「ありがとうロジーヌ。あれが鬼の力の源泉っていうなら、試したいことがある」
「い、いえ。それが正解とは――!?」
「いいやロジーヌ嬢。それは正解であろう」
「この声……まさか、貴方がオズぼんさん!?」
ロジーヌの驚きの声に、リィンは口を歪めた。
まったくもって今の状況がわからないが、一つだけわかることがある。
オズぼんの声がロジーヌの耳に届くという状況は、間違いなく眼の前の影が引き起こしているということ。
ならば。
ならば。
ならば。
――あれを取り込んだら、他の人にも親父が見えるんじゃないか……?
荒唐無稽の思考だった。
だがリィンの頭にあるのは浮かんだ可能性を実行する、ただそれだけだった。
かつてオズぼんは鬼の力に対し、見えるけど見えないもの同士だから干渉が可能という屁理屈をこねて本当に行ってしまった。
実際は違うかもしれないが、同じ力が元というのなら自分にも出来るかもしれないとリィンは考える。
故にリィンは鬼の力をさらに引き出す。
「おおおおおおおおおおおお…………オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
さらなる性能を引き出したリィンは、己の内の心臓から溢れる力に浸る。
その瞳は深紅に染まり、黄金に輝く禍々しい光を携えてリィンを侵食していく。
「ひっ……」
眷属といえ、猫の姿を取るセリーヌは獣の本能とも言うべきそれでリィンの《鬼》に恐怖する。
エマは魔導杖を握りしめ、ロジーヌもまた震えを隠さずボウガンを思わず構えた。
ベリルからは薄い笑みが消え、始めてその瞳に警戒を浮かべた。
「怖がらせて悪い。でも大丈夫……ちゃんと理性はあるから。見た目がアレなのは謝るしかないが」
押し潰す威圧感とは真逆の穏やかな声に、少女達の緊張が少しほぐれる。
それでも震える声が止まらぬ鬼の力を前に、リィンはあくまで気兼ねのない、普段通りの声音で言った。
「エマ。セリーヌ」
「は、はい!」
「な、何……」
「あれを取り込もうと思うんだけど、その手伝いって出来そうか?」
『――――――――――え?』
エマとセリーヌの声が重なる。
あれだけ緊張を孕んでいた空間に静寂が満ちる。
今もなおリィン達を見下ろす巨大な影すらも心なし戸惑っているようです、とロジーヌは思った。
「ベリル。それが出来るか占えそうか?」
「ウフフ、どんな言葉を乗せても貴方の決意は変わらない。占わなくてもわかるくらいにね。なのに聞いてしまうの?」
「はは、少し不安だったのかもな。……ロジーヌ。もし俺が暴走でもしたら、そのボウガンで心臓を撃ってくれ。多分、そうすれば止まる。心臓を貫かれるのは二度目だから多分死なない、安心して撃ってくれ」
「全然大丈夫じゃありません! そんな、簡単に言わないでください……」
悲痛の声を絞り出すロジーヌにごめん、と謝りながらもリィンは動きを止めない。
その背中に変わらぬ決意を見出したエマ達は、半ばヤケクソの境地でそのサポートを決める。
「ウフフ、大きくない手伝いではあるけど……ロジーヌさん。撃つタイミングは私の指示に従って」
「ですが、大した力のない私に出来るのでしょうか?」
「ウフフ、今からすることに《聖痕》なんて必要ないから安心して」
「…………承りました」
ベリルとロジーヌの声が保険になる。
リィンは安心して、賭けを行うことが出来た。
戦場を構築する空間を震わせる鬼の力。それを余すことなく一刀に込め、リィンは今の己が持てる最大の戦技を放つべく影へ飛び込む。
それを迎え討つように影はその巨大な爪を振り下ろす。
刃と拳がぶつかり合う。
影の爪がリィンを引き裂き、両断する――だが、それは鬼の力を加えて練られた気の塊、分け身と呼ばれる分身であり本体ではない。
ならばともう片方の拳がリィンに突き出されるが、それはロジーヌが放ったボウガンの矢によって阻まれる。
その結果に驚いたのは、撃ったロジーヌ自身である。
自分が撃ったボウガンにあの拳を反らす力があるとは思っていなかったからだ。
だがボウガンの矢が最初に触れたのは、ベリルの指示に従って穿たれたリィンの分け身だった。
そこに練られた鬼の力が一矢を覆い、ロジーヌが予想していない威力となって包み込んだのだ。
それがロジーヌの矢が影の拳を止めた原因である。
本体であるリィンは仲間達のサポートを受け、全てを振り絞り影を取り込むべく力を解放した。
「灰ノ太刀――絶葉!」
全身全霊で放たれた刃が影の頭頂から股間までを一刀の下に斬り裂く。
両断された守護者――灰色ノチカラ、ロア・エレボニウスがエマとセリーヌの術によってリィン・シュバルツァーの心臓へと吸収されていく。
用意されたプログラムと、己の意志と魂で振るう技。
圧倒的質量の差を、磨き続けた技とそれを放つ心が跳ね除けた勝負の決着は、試しの場が崩壊する瞬間であった。
リィン
「俺自身が試しになることだ」
ヴァリマール
「コノ時代ハ誰ニモ乗ッテモラエヌカモシレヌ……」