ミリアムと意気投合したその日以降、リィンは調理部に入ったミリアムが手の空いた時間を使いテロリスト捜査に付き合っていた。
ヴァンダイク学院長にも協力を要請したものの、当時の事件以降から不審な行動に出た生徒はおらず、トマスに尋ねてもアーティファクトなどが発動したことはなかったようだ。
つまりスパイがいるとすれば、通信機を片手に指示だけ出したかそもそも今回の件はこれを見越して動いていない、という可能性もある。
さすがに生徒全員の細かな会話など拾えるわけがなく、かといって学院全体に受信デバイスを設置して盗聴するのは却下された。
そのため地道な捜査が要求されることとなり、捜査は何の進展もなく数日が過ぎていく。
その中でアガートラムが光学迷彩や飛行機能を持っているということで、リィンもミリアムのようにアガートラムの腕に乗せてもらったり、一緒に消えてエマを驚かせたりと何もしなかったわけではない。
かねてよりの懸念を調べる機会がやってきたのだ。
ちなみにアガートラムの光学迷彩中に声をかけられたエマはびっくりして飛び上がり、多くの生徒にも動揺が伝播して一時期学院がパニックに陥った。
どうやらエマに声をかけるためにアガートラムから降りたリィンが、光学迷彩の範囲から少しズレていたようで、彼女や生徒達の視界には何もない空中から赤い制服を通した腕が手を振っているという怪談じみた光景だったらしい。
当然のように目立つ真似は控えてください、そもそもアガートラムで校内を移動するななど、色々な説教をされた。
途中、マキアスがエマに差し入れてくれたマカロンを食していたが、分けてはくれなかった。
その後は何故かマキアスに誘われてキルシェへ赴き、三人で色々な話をしたが結局何の用件かはわからなかった。
さらにその翌日、ベリルから今回の件を新しい学院七不思議に追加するべきか相談されたので、こっちは別に構わないぞと答えておいた。
「それで、ボクもそのルーファス・アルバレアとの交渉に付いていくってこと?」
「ああ。でも直接姿を見せるわけじゃなくて、光学迷彩で隠れてこっそり様子を伺っていて欲しいんだ」
グラウンドの一角、体育倉庫の裏手でリィンとミリアムはシャロンからの差し入れと、調理部で作ったというお菓子を片手に今後の計画を練っていた。
シャロンのクッキーはともかく、ミリアムが用意したクッキーは型崩れもなく中々に美味しい。意外と料理が上手いんだな、と言えばそれは調理部部長のニコラス作のもので、ミリアムのものは黒い消し炭となったそうだ。後で礼を言いに行こう。
「貴様ら……部活動中に呼び出したと思ったら何を話している」
「ん、ユーシスも食べたいのか?」
「そうなの? しょうがないなあ、ボクが食べさせてあげるよ。はい、あーん」
「いらん! こっちに寄るな!」
愛馬であるシュトラールの面倒を見ながら、馬術部の散歩時間中に時間を作って来てくれたユーシスが呑気な二人に怒鳴る。
リィンはクッキーを口で半分だけ割って飲み込みながら、ユーシスに用件を言う。
「ルーファス卿との交渉に、ミリアムも同伴させたいんだ」
「何だと?」
「大丈夫、邪魔はしない。ほら、ガーちゃんは光学迷彩で消えることが出来るだろう? ミリアムにはこっそり様子を見守っていてもらうんだよ」
「その理由は?」
「……話を蒸し返す上にユーシスには嫌な気分にさせるけど、アルバレア家が《貴族派》なら、カイエン公と繋がってる可能性がある。もちろん、ルーファス卿じゃなくてヘルムート卿が手を引いてる、ってことも十分あるだろうけど」
「それは……」
ユーシスはそれを否定出来なかった。
いかに兄が《貴族の義務》を謳おうと、現時点でのアルバレア家の当主は父であるヘルムート・アルバレアでありルーファスはまだ当主というわけではない。
当然次期当主にはなるだろうが、家としての決定権を持っておらず、ルーファスもまたユーシスと同様に父の判断に従う可能性だってある。
(フフフ、息子よ。四大名門とは名ばかりで彼らは自らが率先して抜け駆けを行おうとするだろう。突くならそこだ)
(ハイアームズ侯やオーレリアさんがすごく気の良い人だから勘違いしがちだけど、貴族ってどこもそんなもんなのかな)
(お前が今まで出会った貴族は、良識派が多い)
(ミュゼはああ見えて伯爵令嬢だし、エリゼが仲良くなったのはまさかのアルフィン皇女殿下だもんな)
(りぃんヨ。オ主モおりゔぁるとニせどりっくヤくると、何ヨリらうらニゆーしすト知リ合ッテイルデハナイカ)
(パトリックも根っこは悪いやつじゃないしな。そう考えると、出会いに恵まれて嬉しいことだ。残ったログナー侯爵も良い人だといいけど)
(フフフ、出会わない相手のことより、今は目の前のことを考えるがいい)
(そうだな、悪い)
静かに口元を緩めながらも、オズぼんのアドバイスを受けたリィンは、そこでこう提案する。
「仮に俺達……俺が離反交渉を行ったとして、その場で不敬罪やらなにやらで拘束されてもおかしくないわけだ。ミリアムにはその時に、俺の状況を外に伝えてもらうための保険になる。当然、何事もなければそれでいいけどな」
リィン単独でもその場でロア・ヴァリマールなり騎神なりを呼べば脱出は可能だろうが、それではシュバルツァー男爵家に敵意が向く可能性がある。
士官学院でわりとやり放題でも矛先が実家に向かわないのは、ハイアームズ侯やオーレリアとの関わりも大きい。
だが公爵家ともなれば格としては皇族を除けば最上位、感情はどうあれ彼らの権威に屈することはなく、どころかアルバレア家の味方にならざるを得ない者達が多くなる。
実際、リィンはその場にいなかったが五月の特別実習のさい、バリアハートでマキアスが不当な拘束を受け、ユーシスも軟禁されたようだ。
その時はルーファスのとりなしで解放されたが、今回の交渉次第ではそのまま敵対する可能性だってある。
そのことを伝えると、ユーシスも実体験から難しい顔をしている。ミリアムは気にせずお菓子を貪ってるが、逆にその図太さが頼もしく見える。
「だから今回の件でカイエン公の失態をつきつけて、失脚を狙わせる」
ようはカイエン公の弱みを見つけてくれたら、騎神の情報をあげますということだ。
ただ、試しを受けるのはルーファスなので彼の実力が足りなければ起動者の資格を得ることは叶わないが、そこまでは面倒は見れない。
とはいえユーシスによれば宮廷剣術の達人だそうなので、そんな強者であれば問題なく試しをクリア出来るだろう。
「驚いたな。お前はそういったものには疎いと思っていたが」
「実際、俺のアイデアじゃないからな。頼れるブレインがいるんだよ」
「……なるほど、帝都での縁か」
リィンとエマがここ数日学院を休んで帝都で色々していた、というのはアリサやガイウスを通じてユーシスにも知られていたようだ。
ミュゼのことは秘密なので、オリヴァルト皇子のツテなのかと考えているのかもしれない。実際は左腕に居るのだが。
(だが、そう上手くは行かないだろう。カイエン公からすれば、テロリストを切り捨てれば傷はないも同然なのだからな。しかし……)
(でもテロリストがそれでなくなるなら、問題ないさ)
事実、リィンはそこまで多くを求めていない。
サラやヴァンダイクからオリヴァルトへ情報が渡って軍に働きをかけ、ナイトハルトからも保証を行い大人達は正規軍を上手く動かして領邦軍の動きを牽制していると聞く。
特に機甲兵が作られているであろうルーレ周辺も色々探っているようで、元より地方の治安維持を務める領邦軍に介入していた鉄道憲兵隊という目もある。
サラが言うように、大人がすべきことをして表で睨み合っているのだ。
だからテロリストを使った裏での動きを封じてしまえば、それだけでもカイエン公の手を潰すことが出来るだろう。
加えて、ルーファスがテロリストが所有するという騎神も倒してくれれば万々歳だ。
《貴族派》に与したまま騎神を与えるだけになってしまうかもしれないが、事前にオリヴァルトに調印付きの契約書でも書いてもらえば、皇族の信頼を裏切るということになる。名誉を重視する貴族にとって、それは避けたいはずだ。
そう言うと、今まで黙っていたミリアムが感心した声をあげる。
「はー、リィンってば意外なくらい考えてるんだね。ボクちょっとびっくりしたよ、まるでオジさんみたい」
「そうか? なら嬉しいな」
「あはは、オジさんに似てるって言うと大抵の人が恐縮したり、顔をしかめたりするのに、やっぱりリィンはおかしいね」
「褒めてる?」
「褒めてるー」
けらけらと笑うミリアム。
リィンとしては会ったことはないが、実父に似ていると言われるのは悪くないと思っている。
ユーシスはそんな彼を見て、兄が本当に目をつけていたのは騎神でなくリィンだったのではないか、という考えが浮かんだ。
再び胸に湧き上がる嫌な感情を押し殺すように、ユーシスはリィンに言う。
「兄上だが、今度の自由行動日にトールズへ来てくれるそうだ」
「ん、俺がバリアハートを尋ねるんじゃなくていいのか?」
「騎神の試しは旧校舎で行うのだろう? それにトールズ士官学院はドライケルス大帝が創設した学び舎だ。格式というのなら十分だろう」
「そっか。なら、俺は学院長とかにも報告して来るか。ありがとうなユーシス、ミリアムはどうする?」
「ボクはボクで色々やるから、必要になったら連絡してくれたらいいよ」
「わかった。それじゃあまたな」
そう言ってリィンはヴァンダイクやオリヴァルトへことの次第を報告するべく、学院長室へ走っていく。その後ろ姿を、ユーシスは遠い目で見つめていた。
「どしたのユーシス、リィンに用事なら追いかけたほうがいいんじゃない?」
「そういうわけでは……」
「ならちょっと後ろに乗せて~」
「おい、話を聞け」
だがミリアムは勝手にシュトラールへ飛び移る。
しかし乗られた白馬は身じろぎしてミリアムを振り落とそうとする。主の許可なく急に乗られたことを嫌がっているのだ。
「わわっと」
「勝手に乗るな」
ミリアムは勢い良く地面へ――落ちなかった。ユーシスが落馬しそうなミリアムを受け止めてくれたからだ。
「へへ、ありがとねユーシスー」
「こら、顔に抱きつくな!」
全身で礼を表現するように、かつてリィンにしたように腰に足を絡ませて全身でユーシスに抱きつくミリアム。
ユーシスもまた同じように力づくで引き離し、はしたない真似をするなと説教する。
「お前も仮にも女なら――」
「それよりさー、この子賢いからきっとユーシスの許可がないと乗れないよね? だったら後ろに乗せてよ」
「話を聞け!」
リィンとは違う意味で頭痛を覚えるユーシス。自由奔放なあの男の世話を焼くエマの姿に同情したものだが、自分が似た立場になるとは思わなかった。
「でもさー、ユーシスってなんか難しい顔してるよね。だったらボクが慰めてあげるから、遠出しようよ」
「ただシュトラールに乗りたいだけだろう……」
「へへ、バレたか。でもだめー?」
「…………今は部活動中だが、シュトラールを歩かせる時間でもある」
「じゃあ決定だね、早く乗って乗って! ユーシスが乗らないとボクが乗れないからさー」
ぐいぐいとシュトラールにユーシスを押し付けるユーシス。
人の感情のことなど気にしない行動は、小さいリィンを見ているようだった。
だが、それでも彼の破天荒ぶりに加えればミリアムのそれは子供のワガママにしか見えない。
ユーシスは観念して乗馬し、彼女を前に乗せてシュトラールを歩かせる。
「おおー、すごいねー。ガーちゃんとはまた別の視界も新鮮。もっと早く走れないの?」
「お前は乗馬が初めてなのだろう? 事実、さきほど落とされたではないか」
「だいじょぶだいじょぶ、二回目はないからさ。ほら、あそこから街道へ行けるよ」
奇しくも以前リィンと馬を並走させた似ているな、と思いながらもユーシスはミリアムの安全を図りながらシュトラールのスピードを上げた。
「うーん気持ちいいねー、こうした風を切りながら進むのって気分良い」
「……そうだな、良い感覚だ」
乗馬にはしゃぐミリアムの姿に、ユーシスはかつてルーファスに教えられた最初の記憶を思い返す。
今の自分を作るのは、ルーファスから与えられたものばかりだ。
だから頼まれた騎神の調査に加え、その搭乗に関する情報をユーシスが入手し、ルーファスに渡せるというのは彼の助けになる良いことのはずなのに、どこかもやもやとした気持ちが渦巻く。
ごーごー! と呑気そうなミリアムの声をどこか遠くに感じながら、ユーシスは迷いを振り払うようにシュトラールを疾走させる。
ただ、ミリアムの楽しそうな声が揺れ動く心に染み渡ったかどうかは……少し緩まったユーシスの口元が証明していた。
最後はもう少しミリアムに突っ込ませて、ユーシスの悩みを出し切ろうかとも思いましたが、この時期のミリアムはそこまで心情察せられないかな…と思ったのでそのままに。
早くミリアムおねえちゃんに進化して欲しいものです。