七月のある自由行動日。
トールズ士官学院学院長室に、帝国の今後を決めると言っても過言ではない会議が開かれていた。
ルーファス・アルバレアの対面には、その弟ユーシス・アルバレアと隣にいるリィン・シュバルツァー。
横の椅子にはヴァンダイクとリィンの連絡を受けて急遽顔を出してくれたオリヴァルトと――なんとセドリックが座っている。
この場にはいないが、護衛としてクルトや魔女であるエマも部屋の外で待機している。さらにリィン達とは別にミリアムも光学迷彩で消えながら待機させている。
本来は騎神についての交渉だったはずのそれは、皇族を巻き込んだことでそれ以外の問題も含めた話し合いへ変化していた。
頃合いを見計らい、交渉の席に呼んだリィンが声をかける。
「まず、ご多忙の中でご招待に応じていただきありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ。私もこの学院の理事の一人、今回の件については関わりがあることだからね」
頭を下げれば、ルーファスは貴公子然とした優雅な笑みを浮かべながら答える。
一つ頷き、リィンはさっそく話を切り出した。
「今回はセドリック殿下とオリヴァルト殿下にもお越しいただいたため、まず改めて今回の案件について語らせていただこうと思います」
名目上の呼び出しは、士官学院に潜入したテロリスト対策というもの。
その実、アルバレア家とカイエン公の連携を測るためであり、リィンにとっては憎きテロリストを追い詰める一手である。
「盗難物は取り返したものの、そのせいでシュミット博士はこの士官学院を去ることとなり、名前は伏せますが生徒にも被害が出ています。そして再犯の危険がなくなったわけではありません。先日帝都を騒がせた一件も含めて、ぜひこのテロリスト達の拿捕にルーファス卿のご助力をお願いしたいのです」
塩の杭の残留物について知るのはリィンとオリヴァルト、ヴァンダイクの三人のみ。
そのためリィンは盗難されたものを、シュミット教室で実験・開発によって得たデータの紛失を提示した。
そんなリィンの問いに、ルーファスは表情を崩さずに言う。
「帝国を騒がせた一件については承知している。アルバレア公爵家としていち帝国人としても、それは当然の行動だろう。……だが、そんな既知のことを言うために私を呼ぶ必要はあるまい?」
「はい。俺はアルバレア家……ルーファス・アルバレア卿ではなく、
そこで笑みを一つ深めるルーファス。
隣に座るユーシスやオリヴァルトの横にいるセドリックは顔を強張らせ、その体を固くする。
だがリィンは気にせず言葉を続けた。
「ユーシスからお聞きしましたが、ルーファス卿は次期当主にはなりえても、現当主ではありません。その場合、現当主のヘルムート・アルバレア卿の言葉一つで貴方の行動は縛られてしまうと思いました」
「そうだね、私は未だに正式な当主となったわけではない。アルバレア公爵家の兵や富も、私の一存で全て扱うわけにはいかないだろう」
それは結果として、テロリスト対策への貢献が難しいというものだった。
大々的にアルバレア領邦軍の兵や資産を使えば、ヘルムートがその動きに気づく。ルーファスがいかに望んでも《貴族派》としてカイエン公と繋がっているのなら、表では捜査を続けていると言えばこちらには手を出せないのだから。
そして現状、その繋がりは把握出来ていない。
オリヴァルトはそれを掴むために同席したのかもしれないが、正直なところリィンにはそれを引き出す言葉を持たないので、そちらは任せるしかない。
「ですが、目的こそわかりませんが、帝国に対するテロというのでしたら、ヘルムート卿も全面的に協力してもらえるのではないのですか?」
そこへ割り込んだのはセドリック。
彼はまだ政治への理解に疎く、皇族と四大名門……というより《貴族派》と《革新派》のバランスを正確に理解していない。
ましてや水面下では帝国人同士で争っている、ということも知らないだろう。
すぐに教えても良い気がするが、少なくともこの場では控えているようだ。
そこへユーシスが口を開く。
「恐れながら殿下。四大名門と呼ばれる貴族は、それぞれ帝国各地での治安維持に努めております。仮にテロリスト探索に動員を割いた場合、クロイツェン州での治安維持に必要な兵力が足りなくなるのです。前回、テロリストは帝都を騒がせましたが、その矛先が他で起こらないとは限らないのですから」
「だからそこまで多くの兵を動かせない、と」
「管轄の領地を守るのは、言うなれば皇帝より託された使命とも言えます。そのことは殿下にも理解いただけたら」
「い、いえ。口を挟んで申し訳ありません」
「こちらこそ、差し出がましい真似を申し訳ありません。ですが力なき民に代わり領地を……住む場所を守る。そのことも貴族が行うべき義務と思っております」
ルーファスに教えられたらしい《貴族の義務》を語るユーシス。
頭を下げようとするセドリックを諌めながら、オリヴァルトが代弁する。
「それを理解した上でリィン君はルーファス卿のみに助力を求めたようだが、その理由はあるのかい?」
オリヴァルトが場を整えてくれたことに感謝しながらも、リィンの理由は至極単純なものだ。
(フフフ、息子よ。ルーファス・アルバレアの能力は群を抜いている。彼に手腕を振るわせれば、テロリストなどすぐに確保出来ることだろう)
と、オズぼんが太鼓判を押したから。それだけに過ぎない。
そうでなければ、リィンもセドリックとそう大差ない知識量しかないのだ。どころか、騎神の情報を渡すのでさっさとカイエン公とアルバレア公の癒着を吐いてください、などと直球に尋ねた可能性さえあった。
(それに、ヴィータ嬢がテロリストに協力しているというのなら、下手な動員などカモでしかない)
オズぼんはそう言うが、ヴィータの協力があの時限りなのか、継続して続いているのかはわからない。
エマやローゼリア、セリーヌに聞いても芳しい答えはなかったからだ。
塩の杭などという案件だからこそ手を出したのであって、積極的に協力をしているわけではなく、どちらかと言えば同盟に近いそうだ。
何故ならテロリスト側が騎神を持っているのなら、それを導いたのがヴィータに違いないとローゼリアは言った。
あくまで起動者がテロリストだから、それを見守っているのだろう、とのこと。
(因果律操作がある以上、ヴィータさんに出会わない因果を打ち破る質が求められる。親父がルーファスさんならそれを可能とする男っていうなら、頼らない選択肢はないな)
それでも、テロリストを追い詰めればその起動者は逃されるというのが彼女達の意見であるが、リィンにとってはテロリストはロジーヌの知り合いであるスカーレットさえ確保出来ていればいいと思っていた。
最初はリィンが処理しようと思っていたが、ロジーヌが決着をつけたいというのなら彼女に任せるのが筋だろう。
そのため、ルーファスにテロリストを任せている間に、情報をもらってスカーレットだけロジーヌに引き渡すのが理想と言える。
生徒の知り合いということであれば、理事としての籍を置くルーファスにも無碍には出来ないはずだ。いざとなれば、こちらで勝手に確保するのみ。
「はい。ユーシスからよく聞き及んでいるのですが、昨今平民のことを蔑ろにする貴族が多い中、《貴族の義務》を遂行する本物の貴族と見込んでのことです。テロリストという卑劣な手段で帝国の民を脅かす相手に対して、立場の違いはあれどかの鉄血宰相に迫る手腕を発揮していただけるのではないか、と思った次第です」
他ならぬオズぼんがそう言っていたので、リィンはそれを疑うことなくオリヴァルトに答える。
オリヴァルトは口元に手を当てて言葉を噛みしめるように頷き、セドリックは頼もしいと言いたげな瞳をルーファスに向けている。
隣のユーシスはどこかこそばゆいと感じているような、妙な居心地の悪さを感じていた。
対して称賛を浴びるルーファスは不動。
リィンにはどこか、笑顔という仮面という印象が浮かんだ。まだ本音は見えない。
「そして、それに対して報酬……と言ってはなんですが、見返りとしてある情報を用意しています。それこそ試し――帝国にうたわれる巨いなる騎士の力を手に入れるための試練と、その場所ですね」
「騎神と呼ばれる、機甲兵の原型になった騎士人形のことですよね?」
「はい、その通りですセドリック殿下。帝国に災厄ある時に現れるという古の巨人が一つ。それを報酬としてテロリストへの対策を依頼したいのです」
オズぼんから聞いたが、ここで重要なのは《貴族派》からの寝返りの提示を絶対に行わないことだった。
当初は離反工作じゃないのか、と思ったがそんなものは無意味であると教えられた。
そもそも彼にそんなことをしても意味がない、とさえ言われた。
故にお互いわかっていることは口にせず、この場合はお互いにとってのメリットを提示するだけでいいそうだ。
どちらかと言えば交渉というより要請では、と思ったが帝国からアルバレア家でなくルーファス個人への依頼なのだから間違ってはいない。
そしてそのことを、ルーファスは言わずとも理解していた。
さらにリィンは対策の中にスカーレットと呼ばれる女性だけは捕縛ないし、手を出さずにおいてもらえたらと付け加える。少なくとも連絡は絶対に欲しいと告げた。
やがてその全てを聞き届けたルーファスは言う。
「フフ……まさか子供と思っていた相手からこのようなものを持ち込まれるとはね。だがその報酬、確かなものなのかな?」
「はい。この後旧校舎へ案内し、実際に確かめて見ていただこうかと」
「で、伝説の騎神がこの場に……?」
「元より士官学院にシュミット博士を招いたのは、その騎神を発掘したからですので」
「そ、そうなのですか!?」
「オリヴァルト殿下、ご説明していなかったので?」
「いや、この話の最中に説明はしようと思っていたよ。でも、セドリックも男の子だね。やはり伝説とかそういったものには目を輝かせる」
「あ、ははは。やっぱり『英雄』というものには憧れを抱いてしまいますので……」
照れながら笑みを浮かべるセドリック。
そこへヴァンダイクが咳を一つつけば、慌ててルーファスの顔を見た。
だがルーファスは機嫌を損ねることなく、むしろ嬉しそうな顔で頭を下げる。
「いえ、殿下に気を遣わせてしまったのでしたら申し訳ありません。さて、結論としては……その話、引き受けさせていただこう」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。ユーシスから君のことはよく聞いている。こういった交渉に……いや、そもそも基本的に嘘を好まず、感情のままに動く悩ましい男だと聞き及んでいるのでね」
「ユーシス……」
「あ、兄上!」
まさかの暴露にユーシスが動揺する。
感情のままに、という言葉に何故かヴァンダイクが心底同意していた。
「故に試しに偽りの騎神……それこそ、話題の機甲兵をそれらしく外装を施して渡す、ということもないだろうと踏んだだけさ。シュミット博士なら、ただの機甲兵も騎神に迫らせるものを作り上げても不思議ではないからね」
「そうですね、本当にそう思います。あの人はデータさえあれば、何でもやり遂げてしまいそうなので。それこそ騎神ならぬ
今はエリンで魔女達に導力技術についての教鞭を振るっているころだろうか。
会いに行きたいが、接触を禁じられてしまったためシュミットの許可が出るまでは待つ他ない。
とはいえ、テスタ=ロッサをエリンへ送り届けるときには否応なしに会うのだから、その時を楽しみにしていようとリィンは考える。
「では、改めて旧校舎へご案内します……ユーシスが」
「ほう?」
予め打ち合わせ通りなので、リィンの言葉にユーシスは動揺しない。
だが、てっきりリィンが案内すると思っていたルーファスは眉をひそめた。
「俺は旧校舎に試しの場を召喚するべく、直接の案内が出来ませんので、ユーシスに任せました。ルーファスさんの弟であるユーシスの助力があれば、より確実な達成がお約束出来るかと」
多少のおべっかはあるが、リィン自身灰の試しやそれが変質したノーザンブリアの特異点において多くの絆に助けられている。
ロジーヌ救出など最たるもので、リィン一人では決して成し得なかった様々があった。
だからリィン個人にはこの話に何の意図もなく、兄弟の絆パワーでクリアしてください、というお節介に過ぎなかった。
ユーシスも最初にそれを聞いた時は顔をしかめたが、その心遣いは嬉しいものだった。
「気遣い感謝するよ。アルバレア……いや、トールズ士官学院理事の一人としてこの力を振るおう」
そう言うと、ルーファスが手を差し出してくる。
思わぬ展開にリィンは目を丸くした。
「おや、私の手は不満かな?」
「あ、いえ……ただ、まだ何もしてないのにその手を取っていいものかと」
「ならば、この手はテロリストを捕まえたその時に取っておこう」
「こちらとしては、騎神との契約後でも良いのですが……わかりました、その時によろしくおねがいします」
そう言って交渉は終わる。
見届け人として、オリヴァルトとセドリックという豪華な契約書も残したルーファスは、その後リィンからの質問という名の雑談にも全て答えた後、ユーシスを伴って旧校舎へと入っていった。
*
「ミリアム、どうだった?」
「んー、完璧すぎるって気もするかなー?」
現在、旧校舎前。
旧校舎は光に包まれ、侵入者を拒むような壁が覆われている。
現在、ルーファスとユーシスが試しを受けている頃合いだろう。
リィンは必要なマナ……エネルギーとも言うべきものを賄い、それを元に今も隣で魔術を使っているエマが試しの場を召喚し続けている。
事前にヴァンダイクを通じて旧校舎の異変は通達されており、トリスタで騒ぎが起きることはない。
むしろまたシュミット教室の実験かな、と住人には受け入れられていた。
博士本人はもう学院にいないが、場の中心にいるのがリィンであると知るとまた何かしてるんだな、程度に思われている。
そんな中、リィンは部屋の中に潜んでいたミリアムに尋ねる。
テロリストのスパイがいるなら、ルーファスも候補であるという推測は当然ミリアムにも伝えており、情報局のエージェントとしてルーファスがどう映ったか評価していた。
「完璧すぎる?」
「リィンがあえて言わなかった、スパイ疑惑も理解していたみたいだし、見通す力がすごいかな。ユーシスの話だと、達人クラスの剣士なんでしょ? 加えて《貴族の義務》をうたう貴公子……それって普通に完璧超人だよね。でも、なんだろうなー」
「何か引っかかる?」
「うーん……」
頭の側頭部に両指をつきたて、ぐるぐると回すミリアム。
悩んでいる表現なのだが、外見が幼い少女のミリアムがすれば可愛らしいと言う他ない。
「内通を疑われている、って知ってなお普通なのが気になる、かな」
「社交界によく出てるんだ、内心を隠すのが上手いんじゃないか?」
「んー……どちらかと言えば、
「興味ないってことか?」
疑われてもこゆるぎもしない自信があるからか、それとも……と考えたところでミリアムが言った。
「うん、ボクと似てるのかなー?」
「…………そうだな、ミリアムは頭良さそうだもんな。さすがは《鉄血の子供達》だ」
「ニシシ、でしょでしょー?」
子供らしく対抗心でも湧いたのかな、と思いながらリィンはユーシスの安否を願う。
「ですがリィンさん……本当に、よろしかったのですか?」
そこでエマが魔術を使いながら会話に割り込んだ。
「何がだ?」
「ルーファスさんを、騎神の起動者にすることです。ユーシスさんもいるといえ、本当に彼を案内してよかったのか……だって、姉さんが導いたっていう騎神の起動者が居るとして、それが《貴族派》の協力関係にあるなら、裏切られたら相手は騎神が三体になってしまいますよ?」
「そのために、オリヴァルト殿下とセドリック殿下に見届人になってもらったんじゃないか。貴族なら皇族の信頼を裏切ることはしないだろ。ユーシスが慕うお兄さんなんだし。エマだってテロリストに関わってても、ヴィータさんのこと好きだろ?」
「そ、それは……そうなんですが……」
とはいえエマの心配ももっともだ。
騎神という巨大な力を軽々しく扱うリィンがおかしいのであって、本来起動者というのは厳選な調査などを行った上で導く必要がある。
(フフフ、エマ嬢。それは私のアドバイスでもある。彼……ルーファス・アルバレアはそういったバランスには一切興味がないゆえ、そこは気にしなくても良い。それに、オリヴァルト・セドリック両殿下の元、騎神の寄与はテロリスト問題が解決した後という契約だ。少なくとも君の言う一対三の騎神対決になることはあるまい)
(そ、そうなんですか?)
ミリアムがいる手前、エマは念話で答える。
やはり親父の声が聞こえて返事をしてくれる友達はいいなあ、とリィンは改めて感じていた。
(私も息子のお節介が移ったか――彼という個人を引き出す上で必要なものだったのだ。それに君は口で言うほど反対はしていまい?)
(ん? そうなのか?)
(ち、違います! 違いますから!)
目を閉じて魔術に集中しながら顔を赤くするという器用な真似をこなしながら、エマは思う。
(こうして反対意見があっても、リィンさんに言われたら素直に実行してしまったなんて。未熟、未熟です――)
これでは起動者を導く魔女でなく、起動者に導かれる魔女である。
そう感じたエマは、これからはリィンに振り回されないようにしなければ、と都合何度目か数えるのも馬鹿らしくなるほどの決意を固めていた。
ゴリ押し契約ですが、クロスベルでの試しも結構強引だと思うのでタグにあるご都合主義が発動したと思ってください。
出会いを引き伸ばしておいてあれですが、今回は紹介みたいなものなので、本格的なルーファスとの絡みはまたいずれ…