立食パーティーは基本的に原作の会話が済んだ後に行われている、と思っていただけたら。
「先輩、何黄昏てるんです?」
リィンは焙煎コーヒーをクロウに差し出しながら声をかける。
呼ばれたことでようやくリィン達に気づいたクロウが、ニヒルな笑みを浮かべながらそれを受け取る。
「なんだよ、酒じゃねえのか」
「女学院にそれを期待するほうが間違ってますよ。それを除けば、ジュースかハーブティーになりますが」
「清貧をモットーにしていても、調理次第で十分美味しくいただけますよ?」
リィンの右腕を取ったまま、ミュゼはもう片方の手にサンドイッチなど軽食を乗せた皿を持っている。
コーヒーと同じ差し入れなのだろうと理解しながらも、クロウは頭を掻きながら遠慮する。
「ワリぃな、あんまり腹は減ってねえんだ。えーっと……」
「ミュゼ・イーグレットと申します」
その名乗りに、リィンはミュゼを見やる。
(フフフ、息子よ。カイエンの名を出せばテロリストと繋がっている貴族なのかと疑われてしまう。
それを回避するための名乗りであろうよ)
(ああそっか、今はまだ知られてないけど、事情を聞けばカイエン公の身内には全員疑いがかかるだろうしな)
もしミュゼでなくミルディーヌと呼んでいたら危なかった。
リィンは息を一つつき、改めるようにミュゼにクロウを紹介する。
「こちらはクロウ・アームブラスト先輩。シュミット教室では一緒のメンバーで、トワ会長達の親友なんだ」
「リィンさんにとっても、ですか?」
「どうだかな。後輩とは思ってるが、仲の良さって言うならトワかジョルジュじゃねーか?
俺とこいつの接点なんかそんなにねえし」
「なんか距離感じるんですけど……まあ先輩に何かあってトワ会長とかが困るのは嫌、かな?」
面と向かって微妙な距離感だと言われると、続ける言葉に困る。
リィンは誤魔化すように皿の上のサンドイッチを取った。
「先輩がいらないなら俺がもらいますよ、っと。……んむんむ、エレガント」
「何よりです」
「なんだよ、見せつけに来たのか? ってゆーか手がはええな、意外……でもねえか」
クロウの目から見れば、リィンの腕を取るミュゼという男女の二人だ。
エリゼへのシスコンぶりはアンゼリカとのやり取りで理解していたようだが、義妹の友人に手を出す後輩の姿を前にしてもあまり深く突っ込んで来ない。
シュミット教室でも、普段絡んでいる相手が女性ばかりだったこともあり、クロウからハーレム野郎めと言われたこともあったリィンからすれば、そちらのほうが意外に思った。
(フフフ、息子よ。だが四歳も離れた相手とそういう関係になって違和感がない、と言われているわけだぞ?)
それは困る、と思ったリィンは即座に否定する。
「俺達はそういう関係じゃないですよ、ほら誤解されるから離してくれ」
「まあ、リィンさんはひどいお人。私はこんなにも想っておりますのに」
「やっぱ俺をダシにイチャついてるだけじゃねーか」
呆れ気味のクロウだが、やけに苛立っていた今日と比べると声に活力はない。
ミュゼから右腕を解放し、代わりに彼女が持っていた軽食が乗った皿を納めながらクロウを気遣う。
「元気ないですね、今日の活動で疲れました?」
「あー……なんでもねえよ。ただ、明日の競馬場が気になってるだけさ」
「未成年は馬券買えませんよ? 会長に見つかったら何を言われるか……」
「問題ねえさ、夏至賞に会わせてある雑誌で企画しててな。ハガキを送って予想してるってわけだ。
この目で直接確かめたいから、どうやって明日の活動を抜け出そうかって考えてたんだよ」
「俺が会長に告げ口するって思わないんですか?」
「お前そういうことすんの?」
「これでもモラルはちゃんとありますから」
嘘だあ、という目がクロウだけでなくミュゼからも注がれていることに、リィンは気づいていない。
「なんだよ、お前も実習抜け出す勢かと思ったのに」
「それはやむにやまれぬ理由があって……」
「そう言えば、リィンさんが捕まえたというテロリストはどうされたのですか?」
ミュゼが会話に割り込んでくる。
何を考えている、と目で訴えたが彼女の感情を読み取ることが出来ない。
いや、観の目は何か企んでいることを教えてくれているが、それが何なのかわからないのだ。
どちらにせよ、悪いことではないだろうとミュゼを信用しているリィンは続ける。
「
呪いなんて眉唾ものだけど、実際それに洗脳されて動いていたならどうするんだろうな」
「どちらにせよ、帝都を騒がせた以上は重要参考人に変わりはないと思いますが」
「それ、俺達も参加出来るのか?」
クロウがつぶやく。
直接ギデオンを確保したメンバーであるし、オリヴァルト殿下が許可すれば大丈夫じゃないでしょうか、と言う他ない。
直接聞いたほうが早いとは思うが、今のオリヴァルトはエリオットのリュート演奏に聞き入っている。
二つの意味で邪魔するわけにはいかないので、この立食パーティーが終わったら改めて相談すべきであろう。
真っ先に言うべきでは、と思うかもしれないが今回のテロリスト捕縛はルーファスやTMPの領域だ。
下手にオリヴァルトが口出しするわけにはいかない、というオズぼんのアドバイスにより今はパーティを楽しんでもらうことを第一としている。
考え込んでしまったクロウのように、リィンは二つ目のエレガントサンドを一噛みしながらギデオンについて考える。
「ディストピアへの途の著者、ミヒャエル・ギデオン……読んだことはないけど、批判本を発禁にされたからってテロに走るのは、まさに呪いですよね。
普通はやらないだろう、って理性の部分に魔が差した、というか」
「噂だけで判断するのは悪いことですよ? それに、私も読んだことはありませんが、内容は伺ったことがあります」
「いや、あいつ実際テロって行動起こしてるし……それにしても、よく発禁された本が読めたな」
「これでも貴族の娘ですからね。政治に関わるものはある程度は」
そう言ってゆっくりと啜るようにハーブティーを口に含むミュゼ。
彼女の読みは、情報が多ければ多いほどその精度が高まる。
知識の確保も、彼女にとっては武器なのだろう。
だが発禁本が読めるということは、という考えからリィンは目と口元を歪めた。
「ほうほう。つまりミュゼは不埒な本も実はこっそり読んでるむっつりな子だったと」
「んぶっ」
「うおっ」
「ごほっ、ごひゅっ……ご、ごめんなさい。でもリィンさんが悪いんですからね!」
盛大に、というわけではないが霧吹きのように撒かれたハーブティーがリィンの右腕を濡らす。
リィンが持つ皿にティーカップを乗せたミュゼが、ハンカチを取り出して濡れたリィンの腕を拭う。
自分で拭くと言うが、ミュゼは譲らない。
その姿を見て一言。
「他人にかかった自分の体液を拭くってなんかエロいよな」
「おやめください、そんなの入ってません! 純度百パーセントの紅茶です!」
「普通口からもの吹いたらよだれ混じってるだろ」
「ですから!」
顔を真っ赤に染めるミュゼをからかうリィン。
傍目から見れば不埒な年上に翻弄される哀れな女生徒という形だ。
だがミュゼもただではやられない。
せめてもの仕返しにリィンの手を掴んで揺らし、皿を落とさせようとする。
淑女として本当に落とす気はないが、落とすまいと慌てる姿を見て気持ちを相殺したかった。
が、彼の体は揺るぎない。
男女の体格差以前に、帝国でも上から数えたほうが早い剣士に成長しているリィンを相手にミュゼが肉弾戦を挑むには無謀がすぎる。
リィンにただでやられたミュゼは、様々な感情を飲み込みながら話を元に戻す。
「ろ、六年前に併呑された、特区になる前のジュライ市国、露骨な税制改革に敵意を募らせる大貴族、鉄道網拡張で犠牲になった一部の地域の人間……
それら全ては、ある目的のために操作されているといった内容です」
「ミュゼは伯爵家の娘だもんな、税制対策には頭を悩ませるか」
「ええ」
そう語るミュゼは会話の最中に動揺を消し去り、リィンでなくクロウを見据えている。
だがリィンの目から見れば、そんなフリをして、やり込められた仕返しを企んでいるようにしか見えない。
対するクロウはと言えば、先程までミュゼを警戒していたように見えたが、今はリィンへの警戒のみに切り替わっている。
リィンとイチャイチャ(クロウ視点)する姿に、こいつちょれえという目に変わっている。
奇しくもリィンのちょっかいが、クロウのミュゼへの警戒心を解いていた。
「クロウさんはどう思われますか? 彼の問いについて」
「どうってのは? 俺に聞く理由がないだろ」
「いえ、単に話の流れというものです。皆さんは本人を直接捕縛したとのことですからね。リィンさんはいかがです?」
リィンにはわからないが、わかる相手がいるので聞いてみる。
(どうなんだ、親父)
(フフフ、息子よ。数多の人々の怨嗟を薪に激動の時代……大きな戦いを呼び起こそうとしている。
それこそ、ノーザンブリアやクロスベル、共和国といった場所にも目を付けていることだろう)
「……共和国とか、周辺国家との戦争?」
いかに発展していても、国と呼べるほどの規模ではないクロスベル、塩の杭に国土を奪われ、資源乏しく生きるだけで精一杯のノーザンブリアはともかく共和国は帝国に引けを取らない大国だ。
そんな国との大きな戦いと言えば戦争をおいて他にない。
だが、リィンは驚きのあまりオズぼんが言ったことを意味するものに、言葉を漏らしてしまう。
ミュゼは軽く息を呑み、クロウはじっとリィンを見据える。
「リィンさん
「あ、いや俺は……」
ここでリィンは自分が言葉に出してしまったことに気づく。
なんと言おうか悩んでいると、ミュゼが心境を察したように言葉を重ねる。
「いえ、リィンさんがテロリストとの繋がりを持っている、なんて考えはありませんのでご安心ください」
「そうか? ギデオンを連れ去ったのは、結果として見れば捕縛から逃したとも取れるけど」
「こいつの行動はテロリストみたいなもんだが、お前はそうじゃねえだろ」
「クロウ先輩ひどくない?」
「予測つかねえ行動して相手を脅かす、テロそのものじゃねーか」
「いやいやそんなまさか。そうだよなミュゼ?」
風評を貶めるクロウの言葉を払拭してもらうべく、リィンはミュゼに助けを求める。
目をそらされた。
「おい」
「すみませんリィンさん、いくら私でも弁護出来るものと出来ないものが……」
「何で俺が悪いみたいな流れになってるの?」
「少なくとも、さっきこのお嬢ちゃんに悪いことしたろ」
そう言われるとぐうの音も出ない。
(コレガ日頃ノ行イトイウモノカ)
(真っ直ぐ生きてるつもりなんだけどなあ)
(ああ、そうだな。お前ほど真っ直ぐ走って生きている者も少なかろう。父としてその姿を誇りに思うぞ)
オズぼんに慰められることで多少収まったが、ジト目をミュゼに向けることは忘れない。
こほん、とミュゼはわざとらしく咳をつきながらクロウに目を向けることで視線から逃れる。
クロウは答えるまで離してくれそうにないな、と思いミュゼに言う。
「ま、嬢ちゃんの言葉に答えるなら……いくら言葉を並べても、やってることを思えば《私怨》だろ。
少なくとも、そう思ってるから動いたんだろうぜ」
そう語るクロウは嘘をついているように見えない。
呪いなんてものに動かされて動いているわけではない、と言いたげだ。案外、オカルトに否定的なのだろう。
ミュゼもそれを感じ取ったのか、にこやかな笑みを浮かべて礼を言った。
「ありがとうございます。ですが、心配することはないと思いますよ。今日みたいにすぐ解決するでしょうから」
「確かに、今日の動きを思えば解決しないほうがおかしいもんな」
依頼して一週間で、帝都に潜伏していたテロリストを割り出したルーファスの手腕。
帝都中に散らばるテロリストを人海戦術で追い詰めるTMPの存在。
そんなルーファスの戦術とクレアの指揮を前に、ただのテロリストが抵抗するのは無理というものだ。
何より、ギデオンが目覚めればローゼリアの魔術で情報を抜き取ることなどたやすい。
催眠魔術をかければ、一般人でしかないギデオンに抗う術はなく、その内容をルーファスかクレアに言えば後は時間が解決することだろう。
彼らの拠点にスカーレット、《V》と呼ばれた者達の情報も欲しいところだ。
何より、機甲兵の製造場所や《貴族派》が関わっている決定的な証拠も出てくるかもしれない。
そう考えると、早くギデオン目覚めないかな、と自身が大怪我を負わせておきながら、リィンはそう思った。
(フフフ、息子よ。楽観的だが、相手にヴィータ嬢が居るのを忘れていないか?)
(忘れてないさ。起動者だけは逃げられるかもしれないけど、ルーファスさんなら見つけられるんじゃないか?
特定さえしてもらえば、俺達でなんとかする。ヴィータさんにはエマやローゼリアさんに相手をしてもらえば、それで勝てるはずだ)
(私が言っているのは、魔術妨害といった情報漏洩への防御手段なのだがな)
(ローゼリアさんなら何とかなるなる)
人に頼り切ったなんともあやふやな願いと言えるが、実行出来る有能な人物に全て任せるというのは悪い手ではないはずだ。
問題は、自分とヴァリマールがテロリストの騎神に勝てるかどうか。
現状で紫の起動者であるルトガー相手に敗北したが、TMPの支援を合わせるなり一対一でなければ勝てる算段は多くなる。
いかに達人クラスの力量を持っていたとしても、数の暴力を前に勝つ確率はぐっと減る。
少なくとも、数
そのためには修行して強くなるしかない。
「そうだミュゼ、夏至祭にはオーレリアさんやウォレスさんは来られるのかな?」
「いえ、伺ってはおりませんが……どうかされましたか?」
「いや、機会があれば手合わせて欲しくてな。
特にオーレリアさんとは今度また手合わせを、って約束を二ヶ月、もうすぐ三ヶ月も果たしてない。
あれから結構成長したし、今なら気絶なんて無様な真似はしない」
「お忙しい身ですからね。一応私からもお伝えしますが、トールズへ武術指南として要請する、といった手段を取ったほうがまだ叶うのでは?」
「なるほど、そういうやり方もあるか……オリヴァルト殿下に聞いてみよう」
そうしている間に、立食パーティーも終わりを告げる時間となる。
本日は解散することとなり、リィンも空になった皿にクロウとミュゼが飲んでいたカップの器を乗せて運んでいく。
その背後で、ミュゼがリィンにだけ聞かせるように告げる。
「リィンさん。クロウさんから目を離さないようお願いします」
「え?」
「何か仕出かすのを
「そう言えば今日はなんかイライラしてたみたいだしな」
そう思ったリィンはこっそりが無理なら全員で競馬場へ行こう、などとのんきなことを考える。
すると、ミュゼが苦笑しながら言った。
「まあ、今はそれでいいです。そうそう、明日、競馬場へ行くならブラックプリンス、ランバーブリッツの4-5をサラ教官に買ってもらうのがいいですよ。
もう懸賞の締切は終わってしまっておりますので、来年はぜひご自分で買えるといいですね、とクロウさんにお伝えください」
息を呑むリィン。
先程のオズぼんへの驚きと違い、口に出していないはずなのに胸中を見抜かれていることへの驚愕。
(武術と知恵の違いはあれど、《理》に至る道は交差する。末恐ろしいものだな、あの子は)
ふと、オズぼんのそんな言葉にリィンはミュゼの頭に手を置く。
「え?」
「何考えてるかわからないけど、あんまり思い詰めるなよ? ミュゼはエリゼの後輩で女学院の生徒なんだから、学生らしく明日の園遊会や夏至祭を過ごしてくれ」
ぽんぽんと軽く叩くように一撫でして、空の皿を炊事場へ運んでいくリィン。
その後ろ姿を、ミュゼは呆然と眺め――エリゼとアルフィンに詰め寄られ、慌てて皿を落としそうになるリィンに、自分では動揺させることが出来なかった悔しさと、呆れるような苦笑を送った。
「やっぱりただ見せつけに来ただけじゃねーか」
そして、それら一連の行動を見ていたクロウは、色んな意味で寂しくなる光景に舌打ちを残しながら、憎らしいほど明るい月を見上げていた。
慣れてない組
「リィン君がミュゼ君にとな。ほうほう」
「まままあ! やっぱりそういうことなのね!」
「兄様とは学院のことも含めてちょっとお話しなきゃ」
「リィンさんは積極的だなあ」
慣れている組
「「「「ああ、目をつけられて可哀想に……」」」」