はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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七月の特別実習は短くしようと思ったのに、無駄に一話加わりました。そんな回です。
いつも誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。七月の特別実習だ⑧

 立食パーティーを終えてⅦ組の皆と別れ、ハーシェル雑貨店に戻って来たリィンは、案内された寝室の布団の中に入ろうとしたところで、覚えのある気配を感じた。

 

(あれ……ヴィータさん?)

 

 窓からは見えないが、確かに彼女の気配がハーシェル雑貨店の近くにある。

 どうしてここに居るかわからないが、ヴィータが居るのならちょうどいい。

 暗黒竜の呪いについて聞いておきたかったのだ。

 リィンは早速ジョルジュ達を起こさないように布団から抜け出すが、ここでクロウの布団がもぬけの殻になっていることに気づく。

 

(フフフ、息子よ。彼は外へ出ていったようだぞ?)

(競馬場はまだ入れないはずだけどな)

(アノ者ハ何ヤラ悩ンデイタ様子。フト、夜空ヲ見上ゲナガラ歩キタクナッタノデハナイカ?)

 

 リィンが抱くクロウのイメージとは似合わない気がするが、アンニュイな気分の時は色々やりたいのかもしれない。

 ともかく、リィンは足と気配を殺しながら外に出る。

 ヴィータの気配があるのはハーシェル雑貨店の近くではなく、数十アージュは離れた場所だった。

 しかしリィンの気配察知能力はずば抜けているため、問題なく見つける。

 近づいていくたびに、途切れ途切れながらヴィータの声が聞こえた。誰かと話しているようだ。

 

「――興味ない――げんえん計画――本命――」

 

 ところどころ、聞き覚えのない単語が聞こえてくる。

 一体誰と話しているのかと顔を出そうとするが、それより早く気づいたヴィータが驚いた様子でこちらへ近寄ってきた。

 

「こんばんは、ヴィータさん。こんな夜更けにどうされたんですか?」

「それはこっちのセリフ……なんでここにいるのよ」

「え、そりゃあヴィータさんの気配がしたからですよ」

「け、気配?」

「ええ。慣れると人の顔みたいに見分けつきますよ」

「それは君だけよ」

 

 出会うなりため息をつくヴィータ。

 大胆にスリットが入ったドレスは、おそらくオペラ歌手としての姿なのだろう。

 リィンはまじまじとヴィータを観察する。

 全身を見抜かれるような視線にさらされたヴィータは、どこか落ち着かない様子を見せながら言う。

 

「どうかしたの? もしかして、お姉さんに見惚れちゃった?」

「ええ、雑誌のモデルよりすごいスタイルだと思いますよ。でもヴィータさん、健康のためにも塩分はある程度取ったほうがいいですよ?」

「へ?」

「だって減塩計画って話してましたよね。取りすぎると確かにアレですが、体に必要な成分ですよ?」

「あ……そ、そうなのー! ありがとうリィンくんー!」

「すごい棒読みですね……誰かと話してたならお邪魔でしたかね」

「いいえ、もう済んだわ」

 

 ARCUSのような通信機を持っていないようだが、ヴィータは魔女なので念話が可能なのだろうと察しをつける。

 だが手が空いているならちょうどいい。

 

「そうだヴィータさん。聞きたいことがあるんですけど」

「なんだか良い予感はしないけど、一体何?」

「人を狂わせる暗黒竜の呪いって知ってます?」

「……………………」

「ヴィータさん?」

「ううん、なんでもない。呪いって?」

 

 ヴィータも知らないようなので、リィンは帝都の地下道においてテロリストを捕縛したさい、暗黒竜の瘴気と同質のものがギデオンから発生したと語る。

 現状、テロリストに協力しているヴィータがそれを知っているのか知らないのか、それを確認するためにこうして会いに来たのだと。

 

「呪いの内容は変貌……ですかね。ヴィータさんはギデオンがミヒャエル・ギデオンということは知ってましたか?」

「ええ。でも、私が見た時は何もなかったけど、可視化するほど強くなったというのなら、それは貴方が原因よ、リィン君」

「え?」

「貴方が使う鬼の力が呪いと同質のものだと気づいてる?

 瞳が灼眼を超えた鬼眼とも言うべきものへ切り替わるほど侵食されたそれを近くに受けていたら、干渉されるのも当然というものね」

「……色々と知ってるんですね?」

「教えてあーげない」

 

 それはヴィータらしからぬ、大人というには幼すぎる声。

 作った声というのはわかるが、ヴィータ・クロチルダという魔女が発するにはあまりにも子供だった。

 

「当然だろう。彼女は全て知っている上で足掻いているのだから」

「親父?」

「やっぱり貴方は知ってるのね。普通、ありえないって言うところなんだろうけど、不思議と貴方ならまあそうよね、って気分になるわ」

「君のような女性にそう褒められるのは照れてしまうな」

「せめて表情の一つでも動いてくれたら愛嬌があるんだけどね」

「よく見ると愛嬌が伺えますよ?」

「うん、それ妄想ね」

 

 何年も共にいるリィンは真実を告げたが、あえなく流された。

 

「元々帝都には暗黒竜の瘴気が沈殿している。

 そこに鬼の力によって刺激された余波で、ミヒャエル・ギデオンの理性に寄生していた呪いが活性化したのだろう。

 ロウソクの炎以下、火種でしかない一瞬のそれをお前が抱える焔によって感情の藁に着火した。それがギデオンから呪いが溢れた原因だ」

「それって俺の――父さんの心臓が原因ってことか?」

 

 リィンはそう言いながら心臓を抑える。

 服の下には、治癒魔法でも消すことが出来ない、貫かれたような傷跡が今もなお残っている。

 自分が怪我を負った理由もオズぼんから聞いているが、それでも自分が今も生きて存在しているのは実父であるギリアス・オズボーンのおかげだ。

 だから鬼の力も親の力と思って使うことに躊躇がなかったが、暗黒竜の呪いと同期してギデオンのように理性を焦がすというのであれば別だ。

 そんなリィンの懸念に、オズぼんは静かに否定する。

 

「現状、帝都で鬼の力を使うのは控えたほうがいいだろう。

 今回は暗黒竜の遺骸の側で使ったことで起きた事故のようなものだ。

 そのおかげで、ギデオンが影響を受けていたことを発覚させたわけだが」

「それ、擦り傷だったものを大きく広げて怪我させたようなものだよな」

「否定はせんよ」

 

 相手がテロリストといえ、なんとなく申し訳無い気分になる。

 そこに空気を変えるようなヴィータの声が割り込んだ。

 

「ギリアス・オズボーンの心臓……? その力が、そうだっていうの?」

「え、ええ……」

 

 先程の冗談のような声音は消え去り、真に迫ったヴィータの問い。

 困惑しながらも、リィンは幼少時に心臓を穿たれて死にかけたところを、父の心臓を移植されることで生きながらえたと教える。

 答えを聞いたヴィータは唇に手を当てて考え込む。

 

「てっきりリィン君が《贄》だと思っていたけど……なるほど、《贄》であり万が一の時の保険。

 だとすると、すでにギリアス・オズボーンは……」

「父さんが何だって言うんです?」

「……悪いわね、君は良くも悪くもエマが世話してるけど、確認しなきゃならないことがあるから、失礼――」

 

 転移の気配を感じたリィンが咄嗟にヴィータの腕を掴む。

 驚きに目を剥くヴィータに、リィンは言外に逃がさないことを告げる。

 

「離してもらえない? 強引な男の子は嫌われるわよ」

「せっかくなので、教えてもらいますよヴィータさん。貴方が導いた、テロリストの起動者を」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

「ローゼリアさんからのアドバイスです」

 

 本当はミュゼが発端であるが、補足したのは彼女なので間違いない。

 それにミュゼを前面に押し出す気はないので、カモフラージュとしても有効だ。

 

「塩の杭の残留物の回収だけが目的なら、あの特異点を作る意味がないですからね。

 むしろ余計なことをした、と思っていたはず。

 それでも貴女が協力していたのは、起動者がそこにいるからだ。

 もちろん、ヴィータさんにも何らかの目的があるのでしょうが、現状テロリストは俺の敵です。

 エマのお姉さんだから荒っぽいことはしませんが、付いて来てもらいますよ」

「フフ、鬼の力は使うなって言われたばかりなのに私をどうにかしようとするの?」

「試してみますか?」

 

 静かに灰のチカラを滲ませる。

 鬼の力が封じられたとしても、自身が鍛えた八葉一刀流やヴァリマールの力もある。

 

「転移も無駄ですよ。使うより早く俺が動くから、逃しません」

 

 だからチェックメイトだ、と目で語るリィンにしかし、ヴィータは余裕の笑みを崩さない。

 

「随分と迂闊……いえ、慢心ねリィン君。

 私が何の対抗策も持たずに話していたと思わなかったの?」

 

 ヴィータの紫色の瞳が怪しく光る。

 催眠魔術か、と思い咄嗟に丹田に力を込めて対抗しようとするリィンだったが、掴んだ腕とは反対側の手で逆にリィンの腕を取られてしまう。

 まさかの行為に、リィンは次の行動を許してしまった。

 

「大丈夫、魔術じゃないわ。ただ、魔女を……いいえ、女を甘く見ないほうがいいわよ?」

 

 そう言って、ヴィータはすぅっと息を吸い込み己の手ごとリィンの腕を上げ――

 

「この人痴漢です!!!」

 

 男にとって致命の一声を発した。

 

 

(フフフ、息子よ。女は魔女と言うが、魔女も女だったな)

(何が言いたいんだよ)

(意外過ぎて何の対応も出来なかったのは不覚だったと言うことだ。

 うむ、流石にセクシャル・ハラスメント疑惑の視線は私にも効く)

(おずボン。せくしゃる・はらすめんとトハ何ダ?)

((知らなくていいことだ))

 

 親子揃ってヴァリマールに教えてはいけない知識を遮断しながら、リィンはTMP管轄の牢屋の壁に背を預けていた。

 まさかの反撃手段に呆然としたのもつかの間、オペラ歌手として活動しているヴィータの量と質に優れた声は神速で憲兵を呼び寄せ、抵抗の間もなくリィンを拘束した。

 去る直前、

 

「事を荒立てるつもりはないけど、女を強引に誘った罰は受けておきなさい」

 

 そう言って颯爽と夜の闇に消えていった。

 今にして思えば、因果律操作によって憲兵の巡回場所を誘導していた可能性すらあった。

 リィンには通用しないが、それ以外は問題なく通じる上に相手が法であるなら力ずくで逃げるわけにもいかない。

 よってリィンは夜を留置所で過ごすという三日目を迎えていた。

 ただ、幸いなのは……

 

「アンタってほんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっと普通に過ごせないの?」

 

 セリーヌがこれでもかというため息をついて項垂れていた。

 牢屋での睡眠から目覚めれば、セリーヌがこっそり様子を見に来てくれたのだ。

 何やらヴィータからの念話が届いたとのことで足を運んだようだが、その先で主が導くべき起動者が牢屋に入れられている光景を見て卒倒しかけていた。

 

「いや、ヴィータさんを見つけたから捕まえようとしたんだが、この有様だ」

「あの女から連絡が来た時は何事かと思ったけど、まさかの仕返しね」

「転移さえ封じればなんとかなる、って思ったけどダメだったな。

 加えてここはヴィータさんのホームだし」

「ほーむ?」

「ヴィータ・クロチルダ。オペラ界では《蒼の歌姫》って呼ばれる、帝都歌劇団が誇るトップスターとして活動中なんだよ」

「あいつもあいつで何やってんのよ……」

 

 知り合いがことごとく自由奔放なことに、セリーヌはもうくたくただ。

 そして報告を受けたエマも、それ以上にいっぱいいっぱいであったらしい。

 今は現実逃避して二度寝しているとはセリーヌの言である。

 

「っていうかあんたものすごい呑気にしてるけど、大丈夫なの? 牢屋に捕まるって、人間にとっても問題じゃないの?」

「普通に考えれば社会的に死ぬ。停学か退学か、シュバルツァー家やエリゼにも迷惑がかかって気まずいなんてレベルじゃない。

 これなら普通に怪我したほうが幾分もマシだよ」

「マシであってたまるもんですか!」

 

 だがリィンはこれと言って心配していなかった。

 それと言うのも、セリーヌは話し相手以外にもちゃんとした助け舟を持って来てくれたからだ。

 

「でも、そういう心配はないんだろ?」

「ええ……ヴィータ曰く、牢屋で反省させるだけで、大事にはしないって言ってたから、何らかの対処はしてると思うわ」

「だからだよ、安心してるのは」

「ヴィータの言葉を信じてるの? 牢屋に入れられたのって、あいつなのに」

「エマの大好きなお姉さんだからな。なら信用するさ」

「………………ったく、お人好し」

「でもセリーヌも心配してくれてありがとな」

「うるさいわね……」

 

 セリーヌの頭を撫でるが、跳ね除けられることはなく黙って受け入れてくれる。

 パルムでもそうだが、牢に入れられるのが二度目で、あの時もセリーヌと一緒だったのでなんとなく同じことの繰り返しに笑ってしまうのだ。

 そんな和やかな空気の中、軍靴が響いたと思えばリィンの牢屋の前で止まった。

 

「おはようございます、リィン君」

「あ、おはようございますクレアさん」

「災難でしたね……冤罪で拘束してしまって本当に申し訳ありません。

 管轄は違いますが、謝罪させていただきます」

 

 そう言って真摯に頭を下げるクレア。

 仮にも鉄道憲兵隊の大尉というエリートにそんなことをさせてしまったことで、リィンは慌てて手を振る。

 

「いえ、クレアさんが謝る必要なんてありませんよ!

 俺も不注意に夜中に出歩いてしまったのが悪いですし」

「ですが…………」

 

 心底申し訳なさそうなクレアに、リィンのほうがいたたまれない。

 

「えっと、冤罪というのは……」

「貴方を連れて来たのは、ヴィータ・クロチルダの熱狂的なファンでして……

 夜中に二人が手を取り合っていたと勘違いして、不当にリィン君を拘束したようです。

 一晩経って、本人(・・)から誤解の連絡を受けて冤罪だと発覚した、というわけです。

 元々少し過激な面もありましたが、本当にもう……」

「あ、いえ……」

「幸い、私が現場を仕切ることで情報を止めました。口止めもしておりますので、外に漏れることはないでしょう。

 もしまた不当な扱いを受けたら、連絡をください。すぐに駆けつけますので」

「クレアさんこそ、テロリスト捕縛任務で忙しい中、本当にお手数かけました」

「気になさらないでください。たまたま(・・・・)ここへ訪れたおかげ、タイミングが良かったというものですから」

 

 因果律操作の力を実感しながら、リィンはセリーヌを抱えて牢から出る。

 眩しい日差しに目を細め、ぐっと伸びをするとたっぷりと太陽の光を浴びようとして――怒号と衝撃に迎えられた。

 

「リィン・シュバルツァー! ヴィータ・クロチルダに不埒なことをしたとはどういうことだあああああああああああああああああああああ!!!」

 

 マキアスがリィンの胸元を強く掴んでくる。

 まるで四月当初、貴族というだけで全方位に敵意を振りまいていたマキアスに戻ったかのような殺気すら感じた。

 涙目にも見える絶叫に困惑していると、肩に手が置かれた。

 

「やあリィン、迎えに来たよ。みんな待ってるから、ゆっくり歩きながら帰ろうか」

 

 肩に手を置いたのはエリオットだった。

 だが、入学してそれなりに鍛えられたエリオットの握力が服に皺を作り、肩にかかる圧力は態度に出さないだけで内面の怒りを感じる。

 サラやトワでなく、男二人だけがリィンを出迎えた理由を、その言葉と共に強く実感する。

 

(この二人も、ヴィータさんのファンだったのか……)

 

 言葉にならない声を上げるマキアスと、顔は笑顔なのに圧を発するエリオットに囲まれながら、どう言い訳したものかとセリーヌを撫でながら考える。

 女の一声に騒ぐ男達を見やり、セリーヌはエマをどう慰めるのか考えながらため息をつく。

 そんな少年達を、クレアは苦笑とも呆れとも取れる表情で見送るのであった。




ミュゼ
「目を離さないでと言った翌日どころか数時間で目を離すなんて……」

(身分的に)格上相手に(社会的な)大怪我を負って、そのまま七月の特別実習終了展開もありましたが、流石にあんまりすぎるので一晩で回復しました。
これも政治で追い詰められる原作再現…?
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