園遊会に侵入した不審者と人形兵器を順調に片付けていくリィン達。
避難誘導も終えて、警備兵や協力者達の掃討戦に移ろうかというタイミングで鬼の灼眼が虚空への転移を確認した。
「ヴァリマール!」
「任セテオケ」
灰のチカラを使い、再びロア・ヴァリマールの腕だけを召喚したリィンは、転移してくる相手に向けてその巨腕を振るわせる。
転移陣から出現した相手に吸い込まれるように伸ばされたロア・ヴァリマールの一撃はしかし、何の手応えがないまま空振った。
まるで空気に向けて拳を打ち込んだような感触。
ヴァリマールの困惑がリィンに届く中、それは姿を現した。
「ままならないものだな。不確定といえ、これは
その声音は何かに遮られるような、かすれた音だった。
それもそのはず、その男は黒い仮面で顔を隠していたのだ。
目から下を隠すように備え付けられた、赤いミラーシェードの奥に隠れた表情は強化されたリィンの目でも把握することが出来ない。
だが、男の状態とも言えるものは把握出来た。
(どうやら、魔法で姿だけをこの場に送り込んでいるようだな。幻影を喋らせているようなものだ)
確信させるように、オズぼんも肯定する。
なびく風が、黒いマントが揺らす。
彼はただ地上を見下ろすだけで、何か行動を起こすことはしなかった。
「後輩!」
「リィン君!」
「シュバルツァー!」
そこへクロウとトワ、遅れてアンゼリカとジョルジュ、パトリックも駆けつける。
警備兵も含めた、会場にいる全員の視線が仮面の男に集まる、
空に刻まれた魔法陣の上に立つ仮面の男はそれらを一瞥し、この場でもっとも厄介な相手と見たリィンに顔を向けていた。
「テロリスト……なのか?」
「なら敵ってことだな!」
パトリックのつぶやきに、クロウが双銃を構えるがリィンがそれを止める。
「クロウ先輩、撃つだけ無駄です。あいつからは気配を感じない……さっき、ロア・ヴァリマールの一撃もすり抜けました。姿だけ投影しているようです」
「何だって……」
(親父、なんとかならないか?)
(分け身を倒しても本体に傷がつかないように、無意味な行為であろう。
消耗という意味なら同じかもしれぬが、そもそも魔法を消したところで使用者にダメージがフィードバックする、ということは出来ないわけだからな)
(フィードバック……)
リィンはその言葉に、少し試してみたいことが出来た。
それを実行すべく動こうとしたところで、仮面の男が言葉を投げた。
「まさか、ただの学生がここまで場を乱すとは思わなかった。
トールズ士官学院。予想以上の益荒男ぶりだ」
「一体何者……?」
質問でなく、呆然と疑問を言葉にするようにつぶやくトワ。
それに受け答えるように、仮面の男は言った。
「仲間からは《C》と呼ばれている。
そして我らは《帝国解放戦線》――本日よりそう名乗らせてもらおう。
静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す……そんな集団だと思ってもらえればいい」
「結社じゃない……?」
リィンのつぶやきに、仮面の男が反応するが、内容には触れず続けた。
「今回はあくまで我々の存在を認知してもらうためのアピールだ。これ以上の消耗を強いるつもりはない」
「フフ、消耗はどちらの台詞かな? 現状で言えば、追い詰められているのは君のほうだと思うが」
アンゼリカが周囲に目を向ければ、人形兵器の残骸と赤いプロテクターをまとった襲撃者がそこかしこに倒れている。
警備兵達にも怪我人は出ているが、アルフィンを筆頭に避難誘導もすでに終わっている。
この場においては、少なくとも勝利者は誰が見ても明らかだ。
「確かに人数の差においてはこちらが不利だが……では逆に問うが、我々が襲撃したのがここだけと思っているのかな?」
その言葉を証明するように、トワのARCUSに連絡が届く。
それはサラからの連絡で、A班・B班ともに競馬場や大聖堂といった帝都における主要の場所で起きた爆発と人形兵器の群れを相手に応戦しているらしい。
C班にもその応援要請のための連絡だったが、犯人を目の前に対峙していると伝えると驚きの声とともにすぐにこちらへ向かうと言って通話が途切れる。
「さて、現状は把握出来たかな? 紹介も済ませたところだ、ここで手打ちと行きたいところだが……ただで逃してくれる気はないだろう? 故に――」
仮面の男が指を鳴らす。
瞬間、仮面の男を囲んでいた警備兵の一人が突如として炎に包まれた。
「う、うわああああああああ!」
「熱い……熱いいぃい!」
連鎖するように、警備兵の中から火だるまに包まれていく光景に一変してパニックに陥ってしまう。
トワ達が慌てて導力魔法による消火をしようとするが、一向に消えない炎に混乱を増していく。
そんな中、鬼の力による灼眼は警備兵達を包む炎に違和感を覚えていた。
「あの仮面の男は幻影……なら!」
リィンは警備兵に駆け寄ってレキュリアをかける。
すると、警備兵の体を覆っていた炎は消え去り、本人にも火傷といったものは見当たらない。
「これは幻覚です、レキュリアなどで治してください!」
「わ、わかった!」
「私達も手伝います!」
まだ無事な警備兵に声をかけ、トワ達も救助へ奔走する。
錯綜する状況の中、リィンはすでに姿を消した仮面の男がいた場所を睨み、クロウへ声をかけた。
「先輩、俺がさっき預けた男はどうしてますか?」
「あん? それならふん縛って――」
クロウが青髪の男を見せようとするが、そこには誰もいない。
同じく、リィンが警備兵へ投げ渡したはずの襲撃者も誰一人として残っていなかった。
あるのは爆発によって崩れたクリスタルガーデンの土地と、人形兵器の残骸だけ。
「してやられましたね……」
「みたいだな……だが仕方ねえ、今は怪我人にあたっていこうぜ」
あるいは、襲撃者の大半まで幻だったのではないか、という疑惑すら浮かぶ見事な手際。
頭を振り、クロウの言葉に従ってリィンは場を収めるために動き出した。
*
こうして、夏至祭初日に起きた混乱は収束した。
幸いにも怪我人の数は少なく、傷を負う前に避難することが出来たレーグニッツ知事の陣頭指揮の下、夏至祭は無事に三日間行われた。
その間にも様々な要請をこなしたが、結局テロリスト――帝国解放戦線が関わったのは初日だけで、あとは至って普通の特別実習となった。
とはいえ夏至祭の混乱の中での要請だったため忙しいことに変わりはなく、てんてこ舞いになりながらもⅦ組と上級生達は無事に七月の特別実習を終える。
そしてバルフレイム宮第二迎賓口に集められたⅦ組は、揃ってアルノール兄妹に見送られることとなった。
「みんな、今日までの活動お疲れ様。特に夏至祭初日は各地の混乱を沈め、僕はA班に助けられ、B班はセドリック、C班のリィン君はアルフィンを助けてくれた。足を向けて寝られないよ」
「あの時は慌てるばかりで、ろくなお礼も言えませんでしたが……本当にありがとうございます、リィンさん」
「恐縮です。ただ俺の力だけじゃなく、先輩達も居たおかげです。会長達もここに居れば良かったんですが……」
元々クロウの出席日数を補うための参加だったため、C班の上級生達は夏至祭最終日にはフリーとなり、昨夜のうちにトリスタへ戻っていった。
クロウなどはまるで自棄を起こすかのように遊び倒し、うっぷんを晴らすように夏至祭を楽しんでいた四人の姿は記憶に新しい。
そして三日目の園遊会でエリィやマクダエル議長と友好を結んだトワは、エリィと連絡先を交換したそうだ。
リィンもマクダエル議長から名刺を渡され、クロスベルへ赴いた時は便宜を図ってもらえるようになったのは嬉しいことだった。
休暇が出来たらぜひユミルへお越しください、と言ったがいつか特務支援課というエリィの仲間ともども遊びに来て欲しいものである。
「うん、学院に帰ったら彼らにもちゃんとお礼を言っておくよ。
だが、一斉拿捕したテロリストがまさか結社と繋がっているとはね……」
「殿下もリベールで戦ったとお聞きしましたが」
「ああ。厄介な犯罪集団……その目的にも多くの謎に包まれているが、彼らの目的は《至宝》絡みのはずだ。
なのに、どうして帝国を揺るがせるテロリストに加担しているのか……」
「《至宝》なら帝都にもあるから?」
フィーが指摘し、その目をアルフィンに向ける。
帝国の至宝と呼ばれた彼女なら、確かにそうかもしれないが……
「フィ、フィーちゃん。そんなわけありませんよ!」
「エマ、お姫様にそんなわけって言っていいの?」
「ああもう、リィンさんみたいなこと言わないでください!」
俺、そんなこと言うかな? 言う、と隣にいたラウラから肯定され、背後のマキアスからも念が届いた気がしたので、ガイウスに慰めてもらった。
「ハハ、うちのアルフィンをそう呼んでもらえるのは光栄だが、それでもこの子を狙いそうな人物はいなかったから違うだろう」
「静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す……《C》と名乗った男はそう言っていました」
「我らが鉄血宰相殿は、相変わらずおモテになるようだ」
(フフフ、照れるな)
(((お静かに)))
リィンだけでなく、エマとセリーヌからも言われたオズぼんは素直に黙った。
「皆さん……!」
「セドリック殿下に、父さんも」
声に振り向けば、クルトとレーグニッツ知事を伴ったセドリックがこちらへ駆け寄っていた。
彼もまた、B班に助けられたとのことでお礼を言いに来たそうだ。
「このたびは、僕達家族を救っていただき、本当にありがとうございました。皆さんのような頼もしい方々と知り合いになれたことを、光栄に思います」
「全員が揃っているわけではないようだが、代表してリィン君にお礼を言わせてくれ。ありがとう、あの時君が助けてくれなければ、怪我は免れなかっただろう」
「リィン、僕からも礼を言わせてくれ。父さんを助けてくれてありがとう」
他のみんなが班員に対して言う感謝が、トワ達のいないリィンに集中した礼は気恥ずかしさを上げる。
誤魔化すように頬をかいていると、そこへ
「どうやら皆さん、お揃いのようですな」
こつ、こつ、と足音がバルフレイム宮殿に響く。
白髪混じりの黒髪、鍛えられて膨らんだ体格の良い肉体。
厳つい表情の中に浮かぶ感情は、喜び。少なくとも笑みを浮かべたそれに疑いの余地はない。
リィンの視線はその人物に固定され、目を離すことが出来ないでいた。
「え…………」
「リ、リィンさん……」
エマの声が右から左へ流れるように通り過ぎていく。
あまりの不意打ちの出会いに固まるリィンの硬直を解いたのは、左腕から囁かれる低く艷やかな声だった。
(リィン)
はっとして、リィンは意識を取り戻す。
Ⅶ組一同は、突然固まったリィンの再起動に眉をひそめるが、もっとも驚愕したのはこちらへ歩いてきた人物――鉄血宰相、ギリアス・オズボーンその人だった。
彼は、疑うことなくリィンを――オズぼんを見ている。
互いの驚愕を無視して、リィンはオズボーンへ歩いていく。
まるで互いに対峙するかのように二人は進み、帝国の皇族を前に不敬だということはこの瞬間、リィンの頭の中から消えていた。
かくて、十年以上ぶりとなる親子の再会はここに果たされる。
(フフフ、私よ。初めまして)
親子が語らぬ沈黙の中、オズぼんが先手を取る。
息子の左腕に抱きついた、己の顔を模した人形が確実に自分に向けて語りかける事実に、さしもの鉄血宰相も言葉を失った。
(貴様には息子夫婦と孫に囲まれながら老衰で死んでもらう。覚悟しておけ)