はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。出稽古か?

 今日は生徒会のヘルプもなく、自由に使える時間を手に入れたリィンは屋上でARCUSを取り出していた。

 連絡先はバルクホルン。

 普段は謎の行動力でゼムリア各地を駆け回る巡回神父であるが、以前解決した塩の杭の残留物の騒動で連絡先を交換しており、時折助言を求めていたりしている。

 今回はマクバーンの詳しい戦いを、武芸者目線でのアドバイスを欲してのことだ。

 ローゼリアからも当然彼の戦い方については聞いているが、あの時一瞬だけ受けた煉獄の如き焦熱の剣を直に受けたのはバルクホルンだ。

 直接切り結ばないほうがいい、とは聞いているものの実際に対峙した相手の言葉は貴重な意見である。

 

「ウフフ、頑張ってるようねリィン君」

 

 今まさにARCUSの通話ボタンを押そうとしていたリィンに、背後からベリルの声をかけられる。

 最近の忙しさのせいか、顔を合わせるのはなんだか久しぶりな気がするリィンだったが、まるで昨日別れたような気軽さで笑みを向けた。

 

「ああ、数ヶ月くすぶっていた目的に近づけているからな。そうだ、ベリルにも手伝って欲しいんだけど……」

「あら、私なんかでは戦力にならないと思うけど?」

「助言方面だよ。今の俺に必要なものって、何があると思う?」

「リィン君が他人に与える影響? でも、第八位にアドバイスを求めようとしていたのでしょう? 私のものが必要かしら。

 因果律がこぞって捻れているし、知らないうちに縁も増えているみたいだし」

「俺はベリルのアドバイスが欲しいの」

 

 相変わらず詳しい話をしていないのに、状況を把握しているベリル。

 魔女らしい物言いだが魔女ではないベリルにツッコミを入れながら、ARCUSをしまう。

 塩の杭の残留物捜索に置いても、真っ先にミュゼを頼るよう占ってくれたのはベリルだ。

 今回も友情的に頼りたくなるのは当然と言える。

 

「それとも何か対価でも欲しかったか? うーん、トールズ七不思議は調べたし、旧校舎の謎も解決済み。

 他にベリルの琴線に触れそうなものと言えば……」

「別に私達は依頼者と請負人の関係じゃないから、そういうのは別にいいわ。

 それに、対価という意味では十分にもらっているから」

「……? 何かベリルに渡したか?」

「ええ、随分と前にね」

 

 そう言って笑うベリル。

 笑ってもどこか胡散臭い雰囲気を持っているのが彼女の特徴なのだが、その顔には純粋な感情が込められている気がした。

 

「それに、リィン君は私を便利なお助けアイテムとして見ていないしね」

「友達をそんな目で見るわけないだろ」

「あら、エマさんのことはかなり便利に使ってると思うのだけど」

「それを言えばローゼリアさんもだな。でも俺に何か出来ることがあれば言って欲しいんだよなあ。

 あーせっかくだ、エマの手助けに対して何が出来ないかな? 占いじゃなくて、同性としての意見で」

「何事もなく日々を過ごせることが一番の対価だと思うわ」

 

 間髪入れずに答えるベリル。

 反射的とも言える即答は、エマの現状を語っていた。

 

「それってエマに手助けを求めるなってことか?」

「どうかしら。彼女の性分を考えると、放っておいても勝手に巻き込まれそう」

(フフフ、まさに理想的な起動者と魔女の関係だな)

(どらいけるすノ記憶ハマダ完全ニ思イ出セナイガ、ろーぜりあトノ関係ハそう言ッタモノデハナカッタト思ウノダガ)

(気のせいであろう、ヴァリ君)

「きっとかつての魔女も苦労していたのでしょうね。前世では盟友達の人間関係にやきもきして、当世ではその息子に重労働させられるのだから」

 

 ベリルの言葉はまるで実際に見てきたかのような謎さだ。

 さしものオズぼんも口を挟むことが出来ないでいる。

 

(しかし魔女の息子? ローゼリアさんの子供……ローゼリアさんが子供――じゃなくて、男の魔女……魔法使い、みたいなのはいなかったな。その辺、どういうことなんだろう)

 

 気になったリィンは、疑問のままに尋ねる。

 

「ベリル、今の話は――」

(フフフ、息子よ。それよりアドバイスの件はいいのか?)

「おっと」

(気になることを次々にたずねて、本来の要件をおざなりにするのは悪い癖だな)

「悪い悪い」

(おずボン。我ニモワカッタゾ、話題ヲ逸ラシタナ?)

(フフフ、さて、何のことやら)

 

 そのやり取りをベリルは薄ら笑いを浮かべて見守りながら、機嫌が良さそうに言う。

 

「ウフフ、対価はもらっていたって言ったけど、今のでも十分ね。……そうね、リィン君は騎神を最終的な切り札にしているようだけど、今のままでは足りないと思うわ。

 それまでに劫炎を追い込むには、直接的な手札が足りていない」

「直接的な手札?」

「貴方の作戦では、フォローをみんなに任せて自分が対峙するつもりなのでしょう?

 それではすぐに息切れするわ。……格上、それも今のリィン君でも勝てない人に助けを求めるのがいいわね」

「今の俺でも勝てない……」

 

 すぐに浮かぶのは先程連絡しようとしていたバルクホルン。

 だがバルクホルンはトマスの《匣》の支援に回ってもらう予定で、仮にその片手間に相手をしてもらうとしても劫炎相手では厳しいことを先の特異点で証明している。

 もう一人は直接対峙して敗北したオーレリア。

 五月の特別実習でも手合わせに恵まれず、なんだかんだ成長を見せる機会がなかった。

 かつて臨時武術教官としてトールズに招いてはどうだ、という考えの下にヴァンダイクに直談判したが、彼女はラマール州の総司令官でもあるため、なかなかスケジュールの都合が取れないとのことだ。

 ルトガーは現在地が不明であるため、候補から外す。

 

(加えて《貴族派》の内戦への備え。彼女も伯爵家として、当然そこに名を連ねているだろう)

「ミュゼの話じゃ、オーレリアさんは武勲を求めてむしろ戦の機会は逃さないだろうしな……」

 

 オーレリアは無辜の民を害する考えは一切ないだろうが、それはそれとして正規軍相手の己の力を振るい、存分に勇名を馳せようとしているはず、とミュゼは言っていた。

 オリヴァルトに頼ろうにも、彼は今月にクロスベルで行われる《通商会議》での準備に忙しい。

 かと言ってアルフィンやセドリックが言ったとしても、オーレリアが首肯することはないだろう。

 もちろん皇族に対する礼儀はあろうが、それとこれとは話が別だ。

 

「と、いうわけで私としてはウォレス・バルディアスを訪ねるのがいいと思うわ」

「ウォレス准将を?」

 

 直接戦ったことはないが、五月の特別実習においてガイウスとの稽古をその目で見ただけでも達人以上の実力だと推測している。

 それこそオーレリアに比肩すると言われた《黒旋風》の名に偽りはないとリィンは判断している。 

 

「ウフフ、火中の友を拾うことに直接繋がるわけではないけど、ヒントくらいはあるかもしれないわよ」

「いいやありがとう、助かったよ。でもウォレスさんか……俺だけじゃちょっと縁が薄いし、ここはやっぱり――」

 

 頭の中で、ウォレスに問題なく会うためのチャートを組み立てていく。

 その様子を見てくすりと笑うベリルは、くるりと踵を返した。

 

「ああそれと――お礼って言うならエマさんだけじゃなくて、セリーヌにも上げておきなさい。あの子もあの子で、リィン君に気を揉んでいたのだから」

 

 そう言ってベリルは屋上から去っていく。

 セリーヌには普段からミルクなどを与えていたが、改めて考えていいかもしれない。

 

「ウォレスさんに会いに行くなら、立場的に多分タイタス門にいるだろうから途中でパルムに寄って……何かセリーヌに似合いそうなリボンでも買っていくか」

 

 よし、と膝を叩いたリィンは早速今後のためにARCUSを再び取り出していった。

 

 

 ベリルからアドバイスを受けた週の自由行動日。

 リィンはウォレスに会いに行くために、列車に揺られていた。

 その手にはバルクホルンから譲り受けた書状が握られており、中身は見ていないが彼が弟子であるウォレスに宛てたものなのでリィンにとって悪いことは起きないだろう。

 

「しかし、まさかそなたまで一緒とは思わなかったぞパトリック」

「それは僕の台詞だ。まさかシュバルツァーだけでなく、他のⅦ組までいるとは」

「ふむ、俺達が一緒だと何か問題でもあったのか?」

「別になんでもない。ただ、シュバルツァーには少し個別に聞きたいことがあっただけだ」

「それは後で聞くとして、本来呼んだのはガイウスだけだったんだけど」

 

 リィンの席の隣にラウラが座り、対面にはガイウス。その横にパトリックという異色のメンバーが揃っている。

 あれからARCUSでバルクホルンに連絡を入れたリィンは、ウォレスへの一筆を認めて第三学生寮に郵送してもらい、その後ハイアームズ候へのツテを求めてパトリックへ面会した。

 直接本人ハイアームズ候を訪ねる手もあったが、最近のパトリックは前ほど平民を見下すこともなく、雑談が普通に出来る程度には距離を縮めている。

 

(それに、ここでパトリック君を通さなければ執事殿からどのみち伝わって拗れるだろうからな)

(ぱとりっくハ、りぃんヲ強烈ニらいばる視シテイルカラナ)

 

 その実力の差は歴然としているにも拘わらず、それでも諦めずにリィンを追い越さんとするパトリックの気持ちは剣士にとっても心地よい。

 故にラウラやガイウスも、パトリックのことを嫌っていない。ガイウスなどは蛮人と呼ばれたことも忘れて、ただ少し口が悪いだけの隣人とさえ思っていそうだ。

 

「でもハイアームズ侯が時間を作ってくれて助かったよ」

「父上は筋が通っていることなら、大抵のことは問題なく通してくれるからな。逆に言えば、道理のないものには厳しい」

「そうなのか? とても四大名門と思えないほど穏やかで、領民との距離も近い名君と思っていたが」

「それに違いはない。だが、それだけで生き残れるほど四大名門の名は安くないということだ」

「俺は直接会ったことはないが、仁義を弁えた方ということか?」

「うーん仁義って言うとなんだかヤクザものっぽく聞こえるのはどうしてなんだろうな」

「知らん! というか勝手に人の家を評定するな!」

 

 腕を組んでそっぽを向くパトリックをよそに、ラウラがリィンに首を向ける。

 

「だがリィン。いきなりウォレス准将に会いに行くなど、どういうつもりなのだ?」

「ベリルに占ってもらったんだよ。今後の俺にとって、あの人に会いに行くのが良いことだって」

「ベリルか。先日に占ってもらった件も含めてまたオカルト部へ顔を出しておかなければ」

「ラウラはベリルと知り合いなのか?」

「うん。モニカと一緒に少し」

 

 その内容を聞くことは出来なかったが、少し気恥ずかしそうに頬に薄い紅を塗ったラウラの表情から少女らしいものなのだろうと察する。

 

「だがラウラの用件はウォレス准将との手合わせだろう? 要請でもないのに叶うかどうか……」

 

 ガイウスの言葉に、ラウラが眉尻を上げる。

 

「そなた、私を何だと思ってるのだ」

「え、剣士だろ?」

「それはそうなのだが……私とて道理は弁えている。リィンならともかく、突然押しかけて果たし状を送る、といった真似はしない」

「だったらどうして付いて来たんだ?」

「私は、だがリィンがわざわざ出向くのだ。二人が剣と槍を交えることになる可能性は高いと踏んでな」

 

 ラウラの言葉にパトリックはおろかガイウスまで吹き出した。

 それは遠まわしに道理を弁えていない、と言われているようで不満を浮かべたリィンがラウラにジト目を向ける。

 苦笑しながらも、ラウラは謝罪して言い直す。

 

「そう聞こえたのならすまぬ。だが私が言いたいのは、そなたは道理を蹴って押し通すからな。きっと何かが起こる、そう予感しただけのことだ」

「パトリックー、これ道理になるのか?」

「父上に言え!」

 

 そんな風に談笑しながら到着したセントアークで、リィン達はパトリックの後ろを付いていく。

 ハイアームズ侯の屋敷、パトリックの実家へ入ると使用人達が一様に驚きの目を四人に向けていた。

 

「ぼ、坊っちゃんが自由行動日に帰ってきたぞ!」

「しかも、あれは確か同じ士官学院の生徒さん?」

「つまりあれはパトリック様のご友人なのか!?」

「最近性格が変わったと言っていたけど本当だわ」

 

 言いたい放題だった。

 直接パトリックに聞こえる声量ではないが、リィンの優れた聴覚はそれを聞いてしまい苦笑を浮かべてしまう。

 だが、使用人達の目が四月に比べて生暖かくなっていることに気づいたパトリックはどこか居心地が悪そうだ。

 

「お帰りなさいませ、坊っちゃん」

「セ、セレスタン! なぜここにいる!」

「私が坊っちゃんの使用人だからですよ」

 

 答えのようで答えではない。

 そんな執事セレスタンは恭しく一礼して四人を出迎える。

 学院に居たはずの執事が先回りしている、という事実に頭を抱えるパトリックを見やり、シャロンさんに振り回されるアリサと仲良くなれそうだ、とリィンは思った。

 

「こちらへどうぞ。すでに到着されておりますので」

「到着……?」

 

 気になる言い回しのセレスタンの背を追いかける。

 執務室の扉が開かれた先には、数ヶ月ぶりとなるフェルナン・ハイアームズがその場で出迎えてくれた。

 そしてその隣には、褐色の肌に黒髪を持った精悍な顔立ちの男――ウォレス・バルディアスが佇んでいた。

 

「ウ、ウォレスさん!?」

「久しぶりだな、シュバルツァーにガイウス。それにアルゼイドのご息女に、パトリック様におかれましては――」

 

 サザーランド州司令官であるウォレスが、パトリックとラウラに一礼する。

 その地位を考えて、タイタス門なりどこかへ出かけているものと思っていたリィンからすれば驚きの出会いだった。

 

「パトリックからの連絡を聞いて、勝手ながらこの場を設ける機会を受けさせてもらったんだよ」

 

 ハイアームズ侯がリィンに笑みを向ける。

 以前、この地を騒がせていた魔獣飼育施設の騒動を解決したのは確かだが、いち生徒の要望に答えるほどの恩恵なのだろうか?

 

「あまりおおっぴらに言えないが君達……それとも君かな? その行動によって振り回される《貴族派》もいれば、恩を感じる《貴族派》もいるのだよ」

「父上、それは一体……」

 

 理由を察せないパトリックが疑問を口にする。

 リィンも当然としてラウラやガイウスも同様で、ハイアームズ侯が何を言っているのかわからない様子だ。

 

(Ⅶ組が機甲兵、ならびに内戦への備えをことごとく潰していることだろう。

 特に《帝国解放戦線》、元は《貴族派》が《革新派》への妨害の暗躍のために支援をさせていたはずが、今では結社という犯罪組織の介入を許す結果となっているからな)

 

 なるほど、とリィンは穏健派で知られるハイアームズの名を改めて実感した。

 

「……いえ、ハイアームズ侯が穏健派……いえ、中立派で良かったと実感します」

「フフ、君は案外政治家に向いているのかもしれないね」

「御冗談を」

 

 気づいたのはオズぼんなので、リィンが政治家になど冗談でしかない。

 見えないので仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「まあ私のことはいいさ。それより、彼に用件があるそうだが」

「はい。ウォレスさん、こちらをどうぞ」

 

 リィンはウォレスにバルクホルンからの手紙を預ける。

 失礼、と言って中身を拝見するウォレス。

 読んでいる途中に目を見開いた驚きの表情を作ったものの、一瞬でその感情を鎮めてハイアームズ侯へその手紙を見せる。

 軽く眉を潜めながらも、ハイアームズ候もまた手紙に目を通し……やがて一つ息をついた。

 

「あの、バルクホルンさんは何を……」

「いや、手紙の内容自体はシュバルツァー、そなたにあることを教えてやって欲しい、そうだ」

「教え……?」

「なんでも、全力のバルクホルン師父でさえ勝ちが見えない相手と戦おうとしているのだろう?」

 

 その発言に驚き、リィンを見る一同。

 構わずウォレスは続ける。

 

「師父はその手伝いをしてやって欲しいということだが……」

「では、ウォレスさんが一緒に戦ってくれるんですか?」

「武人として手合わせを願いたい、という気持ちはあるがその願いには答えられない。

 ただ一人の武芸者であるならともかく、今の我が身はサザーランド州領邦軍を預かる故な。その折衷案として、我が武の一端をお前に預けたい」

 

 ウォレスの言うことは真っ当だ。

 彼は軍に所属している身であり、身勝手な行動を許されない立場。

 その上で協力してくれるのだから、リィンが残念に思うのは見当違いというものだ。

 

「では練武場へ行こうか。侯爵、しばし失礼します」

「ああ。若き獅子達の牙を存分に磨いてやってくれ」

「案内は私が務めさせていただきます。皆様、どうぞこちらへ」

 

 ハイアームズ候へ礼を言った後に、セレスタンの後を付いていく一同。

 リィンは背後でラウラの声を漏れていることに気づいた。

 

「どうした、ラウラ」

「ふふ、やはりこうなったであろう? 付いて来て正解だったと言える」

「まあ、ただの話し合いで済むとは思っていなかったが」

 

 ガイウスに答えるラウラに呆れるパトリック。

 何か不名誉を受けている気分になるが、今はウォレスとの稽古に集中しなければと気を引き締める。

 やってきた練武場で、リィンとウォレスが対峙する。

 見守るのはラウラにガイウス、パトリックにセレスタンの四人だ。

 興味を覚えた使用人も何人か居たようだが、二人の力量と被害を考えて武芸から遠い者には退室してもらっていた。

 

「さて、教えると言っても技というわけではない。いわば闘気を操るコツのようなものだ」

「コツ?」

「あの時は見ることが叶わなかったが、お前には鬼の力なるものがあるのだろう? まず、それを最大限(・・・)に引き出して欲しい」

 

 最大限、つまり鬼気解放のことを言っているようだ。

 おそらく、バルクホルンからの手紙に書いてあったのだろう。

 リィンは呼気を整え、それに答えた。

 

「おおおおおおおお…………シャアアアアァァァァァァァ!」

 

 リィンの黒髪が灰に染まり、瞳は灼熱を帯びて黒に覆われていく。

 禍々しい黒いオーラを発するリィンは、その一部をゼムリアストーンの太刀に集めて黒刀を生成した。

 攻撃の準備が万端……なのは、リィンだけ。

 闘気よりも寒々しい、突き刺すような鬼の力の深奥を前にウォレスはともかく初見の三人はその身を震わせる。

 まるで極寒の地に着の身着のまま放り出されたような寒気に、思わず己の肩を抱いた。

 

「っと、三人とも大丈――」

「構わん。続けるがいい、シュバルツァー」

 

 稽古であるが、殺し合いではないためリィンは鬼の力を通常形態に戻そうとする。

 だが他ならぬウォレスがそれを止めた。

 

「この場にいるのは武芸者だ。そうだろう?」

 

 暗に、気遣われる立場で居たくないならしっかりしろ、とウォレスは三人に激を飛ばす。

 肥沃なるノルドといえ、その環境は人々ほど優しくない。

 時に天候とも戦う生活を続けていたガイウスが、まず体の震えをこらえながらもしっかりとした瞳で二人を見据える。

 アルゼイドの誇りなのか、ラウラが歯を食いしばりながらも肩から腕を離した。

 リィンをライバル視する一人として、置いてけぼりなどゴメンだと態度で示している。

 最後に残ったパトリックは、一歩足を下げてしまうが……そこにセレスタンの手が彼の肩を支える。

 ぼそりとつぶやかれる一言。

 それが何なのかはわからなかったが、パトリックはセレスタンの支えがありながらも自力で恐慌状態から脱した。

 真の意味での初見ではないこと、使用者がリィンであったこと。

 彼の人柄を知っていたからこそ、この暴威が己に向かないと確信しているからこそ、三人は逃げることなくその場に留まることが出来た。

 

「それでいい。だがなるほど、師の《聖痕》の亜種と予想はしていたが、とんでもないな。……シュバルツァー、それにはどう至った?」

「どう、とは……」

「その力が凄まじいというのは初見でもわかる。だが、今お前は何の苦もなくそれを武器に集中させた。おそらく、何かしら参考にしたものがあるだろう?」

「慧眼、恐れ入ります。これは猟兵王と呼ばれたルトガー・クラウゼルが操った技術を参考にしています」

 

 思い起こすのは、六月のノーザンブリアでの特別実習。

 突然の邂逅だった猟兵王との出会いと戦いの中で学んだ、実戦で得た制御術だ。

 ローゼリア達魔女の手によって作られたエリンのペンダントも補助の一環であるが、力を一部に集めるのはルトガーを参考にしている。

 

「猟兵王……甦ったという噂は聞いていたが、本当なんだな」

「はい。そして、あの人が黒い闘気を腕に集めていたところを実際に見まして」

「見よう見まねでそこまで出来れば上等だ。そして、俺が教えるのはそれを確かな技術として授けることだ」

(フフフ、息子よ。ウォレス准将はつまり、鬼気解放の部分放出……それを極めろということだろうな。

 この状態は確かに強力だが、バルクホルン神父との対峙を思い出せ。短い時間でしかこの状態を維持出来ず、クレア嬢の介入がなければあとはジリ貧。

 ならば維持の総量を小出しにして時間を伸ばす、という腹なのだろう)

 

 その言葉で、リィンは黒く染まった鬼の刃はそのままに、闇を凝縮した鬼眼から灼眼へ切り替える。

 笑みを浮かべるウォレス。

 

「それでいい。使いこなせば、こういうことも出来る……まず、かかってこい」

「了解です……極・緋空斬!」

 

 リィンは鬼の刃による緋空斬を放つ。

 黒く変色した闘気の刃を前にウォレスは話が早い、と言葉にしながら闘気を発しながらその手に持った十字槍を旋回させた。

 

「ハアアアアアアアッ!」

 

 新緑の光が槍に集い、ウォレスから発した闘気が放たれた鬼の刃を弾いて砕く。

 その光景にリィンは目を見開く。

 武器で直接弾いたのでなく、旋回による闘気の層とも言える壁を極・緋空斬が超えられなかった。

 それはつまり――

 

「ッ!」

 

 ウォレスが槍を旋回させたままゆっくりとリィンに近づく。

 まるで竜巻が直接リィンへ襲いかかってくるような姿に、リィンは咄嗟に飛び退いて距離を取った。

 

「これが《黒旋風》の所以……?」

 

 颶風のごとき槍の払い。それを極めたのがウォレス・バルディアスという男なのだろう。

 

「さて、噂の劫炎とやらも黒焔の壁により近づくことが出来なかったそうだが……お前の太刀は、これを突破出来るか?」

 

 そのヒントは、鬼気解放の部分操作。

 ルトガーから模倣したものでなく、生きた《技》としての最高の参考資料が目の前にある。

 黒焔はその熱量故、息をするだけで呼吸器官に傷をつける。

 それは魔女の加護でなんとかなるとしても、劫炎の壁を抜けてマクバーンにダメージを与えなければならないことに違いはない。

 闘気と劫炎。

 似ているようで異なるが、その威力が引き起こす結果は同一であろう。

 リィンは改めて太刀を構え、宣言した。

 

「八葉一刀流・中伝。リィン・シュバルツァー」

 

 ウォレスもまた、応える。

 

「バルディアス流槍術・皆伝。ウォレス・バルディアス」

 

 リィンが腰を落とす。

 鬼気解放を太刀、そして足に込めた。

 巻き起こる黒旋風を前に選ぶのは、八葉最速の剣。

 

「参る!」

 

 神速を超えんとする一手と共に、リィンは喜び勇んでウォレスへ突撃していった。

 

 

「はー、流石に一発じゃダメか」

「なぜピンピンしているんだ貴様……」

 

 帰りの列車の中で、朗らかに笑うリィンに突っ込むパトリック。

 今日だけでは黒旋風の壁を突破することが出来ず、また手合わせをお願いするには時間がかかるだろう。

 けれども、ヒントは得た。ならば今日は大成果に違いない。

 リィンの鬼気解放の時間切れの後、ウォレスは観戦していた三人の稽古も請け負ってくれた。

 まさに疲労困憊、と言えるまで追い込まれた三人だったが、言うほどその目に非難はない。

 ガイウスも久しぶりにウォレスとの会話に華を咲かせ、ノルドティーのお土産を喜んでくれたことが嬉しいようで笑顔を見せている。 

 

「それに、オーレリアさんへの一筆までもらったしな」

「今度はラマール州へ行くのか」

「時間が取れればいいけど……」

 

 言いながら、リィンは不機嫌そうに腕を組むラウラへ向く。

 

「どうしたんだよラウラ」

「どうしたもこうしたもあるか。何故、帝国最強の剣士と言ってルグィン伯になる。いや、私もあの人の実力に不満など微塵もないが、そこは父上を訪ねるところだろう?」

 

 ラウラが頬を膨らませる。

 まるでリスみたいだな、と思ったリィンの行動は早かった。

 

「ほい」

「ぶう」

「ぐっ……くっ」

 

 リィンが軽くつついて、頬に溜まった空気袋をしぼませるが、ラウラの怒りをさらに買い、その姿にガイウスが声を漏らして笑った。

 

「いや、ウォレスさんも俺がアルゼイド子爵と知り合いじゃないことを気遣ったんじゃないか?」

「私が居るではないか! 娘の私が!」

「シュバルツァーじゃないんだから、突然今日のような依頼が出来るほど気安くはないだろう」

 

 暗に知り合っていれば、リィンなら普通にお願いしただろうというパトリックの意見は、誰も反論しなかった。

 稽古の後、バルクホルンからの手紙に劫炎対策の戦力確保の一環としてオーレリアの名を上げていた。

 ラマール州の総司令官であり、ウォレス以上に忙しい日々を送っている彼女はしかし、帝国でも屈指の武術馬鹿なのだと。

 

「目標こそ槍の聖女であるが、強者との対峙は武人の誉れ。かの劫炎とやらがバルクホルン師父すら超える相手であるなら、必ず彼女の琴線に引っかかるはず、か」

「リィンがそこで、帝国最強の剣士が加わってくれたら頼もしい、なんて言うからだぞ」

「悪かったって。実際には俺が見た中で、って意味だったんだよ」

「ふん、言葉ならなんとでも言える」

 

 父親を慕うラウラとしては、帝国最強の剣士という評価は《雷神》や《黄金の羅刹》ではなく《光の剣匠》たる父のものだと思っているのだろう。

 だと言うのに、リィンが頼る相手が父でなくオーレリアであることに不満を垂らしている、というのが怒りの原因である。

 けれどリィンにだって言い分はあった。

 会ったことがない《光の剣匠(ヴィクター)》よりも《黄金の羅刹(オーレリア)》を頼るのは仕方ないのだ。

 しかし、父を慕う娘にそんな理屈は通用せず。

 トールズへ戻るまでの時間いっぱい、そしてセリーヌへの土産を求めて移動したパルムで髪を束ねるリボンを買うなど、リィンはガイウスとパトリックの力も借りてラウラを宥める。

 特にパトリックは、リィンに話そうと思っていたことを尋ねることが出来ず、ラウラのこともあり普段以上に疲れた顔を見せていたが――

 友人とのやり取りでしかない一連の流れを、セレスタンによって家族とその使用人達に報告され、ハイアームズの絆はさらに深まるのであった。




流石に学院時代のラウラに口紅(カメリア・ルージュ)送って喜ばれるとは思えないので、ポニテに使うリボンです。
口紅送ったら送ったで、周囲が誤解して面白い反応はありそうですが。

黒旋風の由来は勝手に考えたやつです。
マクバーン相手に見せた動きがそれっぽいな、と。

ハイアームズ侯は基本的に優しくて良い人、って面しか見てませんが、仮にも四大名門だから結構やる時はやるイメージ。
とはいえ原作同様に、この作品でそれっぽい面が出るかはわかりませんが…

以下、今日の電撃ゲームフェスで明かされた、軌跡新作に登場するキャラ数名のネタバレ
興味ある方はどうぞ。ネタバレ嫌な人は注意





























電撃ゲームフェスの軌跡新作情報のコーナーで、ガイウスの弟トーマ?、リーシャ、スカーレットにヴァルドさん?が出てテンションアガット。
共和国編が濃厚のようですが、真の意味での十五周年である六月以降に続報とのことなので、期待するしかないですね。
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