はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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いつも誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。真実の一端を教えよう

「ようこそお越しいただきました、オリヴァルト殿下。本来なら私のほうが出向くのが筋だというのに、申し訳ない」

「いや、体もまだ本調子ではないのだろう? それに、軍は君を血眼になって捜索しているからね。こうした秘境に隠れていてくれるなら、それに越したことはない」

 

 ローゼリアの館の一室。

 客間とおもしき部屋のベッドで横になっていた男、ギデオンが半身を起こす。

 すっかり憑き物が取れた穏やかな表情を浮かべて、頭を下げた。

 Ⅶ組A班がノルドで、リィン達が特異点で、帝都地下道で遭遇した時に見せた怒りは真っ白に消去されており、元の帝国学術院の助教授をしていた知性が戻っている。

 

「ですが、あの一撃があったからこその今かもしれません。色々な意味で、響きました」

「小僧の選択が捕縛で本当に良かったのう。生きていればいいや、くらいのノリじゃぞ」

「そんなにひどかったのかい?」

「普通に拘束すればいいものを、わざわざ鬼の力、それも鬼気解放を使っての一撃だったそうじゃからな。

 無論、こうして生きている以上手加減はされていたのじゃろうが、骨を何本も折った上に砕かれておった。まったく、どちらが呪いを受けているのやら」

 

 ため息をつくローゼリア。

 すぐに搬送されたこと、アウラの秘薬があったこと。

 諸々の要因はあるが、普通の病院で手当を受けていればまだベッドに寝たきりのはずだ。

 一応自力で歩けるようにはなっているが、それでも安静にしなければならないことに違いはない。

 

「さて、僕がここへ来た目的だが……」

「テロ活動……今はもう《帝国解放戦線》を名乗っておられるのでしたね。

 元々その予定でしたが、我々のあらゆる行動が先んじて封じられている上で未だに帝都を襲撃出来る戦力があったとは驚きです」

「ほう、つまり君たちは結社と元から協力関係ではなかったのかな?」

「いえ、我々の頭目である《C》が結社との繋がりがあったようなので、そこからの縁というものでしょう」

「ふむ……では、リィン君を見習って単刀直入に聞こう。君が持つ《帝国解放戦線》の情報を教えて欲しい」

 

 オリヴァルトの言葉にギデオンが目を瞑る。

 わずか数秒ほどの思考ながら、彼の頭には多くの選択肢が生まれて消えていく。

 やがて、ギデオンは静かに答えを言った。

 

「明かせません。正気に戻った今でも、時間が経てばきっと私は同じことを繰り返すでしょう。

 それだけ、あのギリアス・オズボーンが見ている先は危険なのです」

「……ディストピアへの途、だったか。拝見したことはないが、概要は聞いているよ」

「ええ。私は何を言われようとあれを訂正するつもりはありません。あの男はこの帝国を煉獄へ連れて行こうとしている」

「その課程で多くの血が流れるとしても?」

「最悪の中の最善……ギリアス・オズボーンを殺すことさえ出来れば、どんな犠牲を払おうとも覚悟しています。

 この場でヘイムダルへ連れて行かれて、TMPに引き渡されたとしても私は最後まで抵抗することでしょう」

 

 その決意を秘めた目に、オリヴァルトは説得が困難であると悟る。

 言った通りじゃろう、とローゼリアが目で語る。

 そして一歩、ギデオンに近づく。

 ローゼリアの瞳が黄金に染まっていくのを見やり、ギデオンは息を呑んだ。

 催眠魔術。

 エマも時折使用する、いわゆる洗脳だ。

 ローゼリアほどの使い手ならば、仮にヴィータがギデオンに魔術防御を仕掛けていたとしても、必ず解除して全ての情報を暴くだろう。

 

(だが、それでいいのか? こんな鉄血宰相と同じような強引さ……従わなければ奪う、力で強引に事を進める手段を認めていいのか?)

 

 オリヴァルトとて、セドリックのように政治を知らない無垢な子供ではない。

 謀略闘争の駆け引きやクロスベルにおける暗躍など、人の闇を理解しているつもりだ。

 けれど、鉄血宰相と同じことをして彼に勝てるイメージが沸かないのだ。

 だからと言って、ここでローゼリアを止めなければ《帝国解放戦線》のメンバーの正体をはじめ内戦の種を一気に潰すことが出来る。

 ならばどうしたものか、と思案したところで震えた声が乱入した。

 

「……兄上」

 

 そこに立っていたのは、先程別れたはずのセドリックだった。

 弟はこちらを選んだのか、と思ったオリヴァルトだったが、その後ろからリィンが付いてきていた。

 

「セドリック。それにリィン君も」

「うん、なんじゃお主ら。もう作業は済んだのか」

「休憩中です。それに殿下が何やら悩んでいたようなので、案内させていただきました」

「なるほど。それにセドリック、何か彼に言いたいことがあるのかな?」

 

 セドリックが逡巡するようにギデオンとオリヴァルトを眺めていることに気づき、オリヴァルトが指摘する。

 その意図を読んだリィンは無音でローゼリアに近づき、その脇に両手を差し込んでギデオンから引き離した。

 

「こらシュバルツァー、何をする!」

「いえ、殿下が話したいことがあるみたいですし」

「妾は魔女の長なんじゃぞ!」

「俺、帝国人なので」

「ぐぅぅ」

 

 振りほどこうにも、リィンとの筋力差を覆すことが出来ずに唸るローゼリア。

 本気なら軽く引き剥がせるのにしないのは、ローゼリアもリィンが読んだ意図を察したからだろう。

 それでも悪態をつくのは、リィンから己への敬意が感じないことへの不満だった。

 

(フフフ、ロゼ嬢。敬意なら我らからのものを受け取りたまえ)

(ろーぜりあヨ。我々ハオ主ヲ尊敬シテオルゾ)

(数百年もの間、ロゼ嬢が守り抜いてきた里と技術があったからこそ、こうして緋の呪いを剥がすまでになり、君が育てた娘が息子と出会ったことでこうして縁が結ばれた)

(我トりぃん達ノ出会イハ、イワバろーぜりあノオカゲト言エヨウ)

「本当ですよ。親父が見える人達を育ててくれて、本当にありがとうございます」

「ええい頭と耳と背中へ声を吹きかけるな!」

 

 位置的にオズぼんとヴァリマールの声はそこに当たるらしい。加えて純粋な褒め言葉に顔を赤くするローゼリア。

 だが二人ともローゼリアにしか伝わらない声のため、突然暴れだしたローゼリアに目を向ける三人。

 しかもオリヴァルトが特にニヤけている。 

 リィンとローゼリアの体勢から、耳打ちされて初な小娘のように気恥ずかしくなったように見えてしまったのだろう。実際は古娘なのだが。

 そんな視線と、ローゼリアからすれば年端もいかない子供達の前で行った自分の行動に、突然の羞恥に襲われ顔を赤くしながらうつむいてしまう。

 

「あ、続けてください」

 

 そう言ってリィンは邪魔にならない、少し離れた位置にあった椅子に座る。

 ローゼリアも一緒だったが、彼女は体を震わせるだけでセドリックの邪魔をすることはなかった。

 

(フフフ、さすがの器の大きさだなロゼ嬢)

(魔女ノ長ノ余裕ダナ)

「やめよやめよやめよ……」

 

 若干涙声になりそうだったので、三人は黙った。

 オリヴァルトはリィンがローゼリアの魔術行使を止めてくれたことに安堵を覚えながら、セドリックの背後へ周りその背中を押す。

 ギデオンへ近づいたセドリックは、胸に手を当てながら言う。

 

「初め、ましてギデオン……さん。僕はセドリック・ライゼ・アルノールと申します」

「もちろん、存じております。この国の尊きお方の一人よ。さん付けなど恐れ多い。私のことを名で呼んでいただく必要も……」

「では、ギデオン。僕は鉄血宰相から与えられる恩恵しか知らない。……だから、その恩恵を作る上で糧になった、された側のことを教えて欲しい」

 

 オリヴァルトは軽く目を見開く。

 セドリックは己の弱さを自嘲し、その上で強引でありながらも確かな成果を上げ続ける鉄血宰相に憧れていたフシがあった。

 先日のテロ以降、皇族として何か出来ることはないかと自覚し勉強を初めていたのは知っていたが、憧れを憧れだけで見ることを止めたようだ。

 その成長に口元をほころばせながら、弟が言葉を受け止める様子を見守る。

 

「――以上です。細かなことを上げれば増えますが、帝国の発展の上で犠牲になったものは、これだけあります」

 

 ギデオンが話を終える。

 当事者の口から語られる以上、主観が含まれると思ったが理性を取り戻したギデオンは驚くほどに公平な事実のみを告げた。

 その疑問を察したのか、ギデオンが補足する。

 

「《帝国解放戦線》においては、私が例外ですからね。皆、基本的には鉄血宰相によって生まれた犠牲者達なのです。

 家族や友、恋人、例を上げれば様々がありますが、共通しているのはその怒りを抑えきれなかったということです。

 私が今、こうして冷静に話が出来ているのは、他に比べて怒りが薄かったのかもしれませんね」

「君は根本が愛国心から来るものだったからね。手段こそ褒められたものではないが、怒りというよりは焦りからくるものだったからだろう」

「……過分なお言葉です」

 

 ギデオンが頭を下げる。

 セドリックはかきむしるように胸を掴みながらも、震える声を紡ぐ。

 

「……僕はそんなこと、知らなかった……」

「当然でしょう。下賤の者の事情など慮ることなどない。殿下達のような優しきお方の耳に届けば、手は出せずとも言葉を与えられたかもしれませんが……

 それでもあの男が止まることはなかったでしょう。

 激動の時代。

 言葉こそよく耳にしますが、その行き着く先は究極のディストピア。おそらく、国民一人一人残らず巻き込まれるような何かが待ち受けているはず。

 私はそんな帝国の未来を見たくない。そう思い、行動しました。……私から言えるのはこれが全てです」

 

 もう語るべきことなどない。

 そう言わんばかりのギデオンに、セドリックはうつむいて何も言えない。

 

「どうして、オズボーン宰相はそんなことを……」

「わかりません。帝国を一つにして、ゼムリア統一という夢物語でも見ているのか。

 どちらにせよ、奴が血と闘争に支配されて動いていることに変わりはないでしょう」

「いや、根本的にはアンタと同じじゃないか?」

 

 ここでリィンが口を挟む。

 一方的に父のことを悪く言われて、少し不満を覚えた。

 と言ってもオズボーンがやっている行為を羅列されたことで、リィンも少なからず心にダメージは受けていた。

 あんなに会いたいと思っていた父の所業の一片に、何も感じないはずがない。

 オズぼんがいなければ、きっとセドリックと同じようになっていただろう。

 

「同じ……? 私があの男と同じだと?」

「ああ。どっちも、強い意志力を兼ね備えた人間だよ」

 

 けれど、今のリィンは違う。

 オズぼんから捨てられた理由を教えられ、父が息子へ持つ確かな親の愛を知っているからだ。

 

「俺が捨て子だったというのはご存知でしょうか?」

「ああ……シュバルツァー家が君を拾った、という話は社交界で一時期噂になっていたからね」

 

 なら話は早い、とリィンは告げた。

 

「リィン・オズボーン。それが、俺の本当の名前です。この意味がわかりますか?」

「え、オズ……」

 

 セドリックは最初、リィンが言っている意味を理解することが出来なかった。

 ギデオンもまた、目を見開いてリィンを見ている。

 元々知っていたローゼリアを除いた三人の中で、一番復帰が早かったオリヴァルトがかすれた声で問う。

 

「リィン君……君が鉄血宰相の実子だと言うのか!?」

「はい。父さんは鉄血宰相として戦うために、俺という弱点を弟分だったテオ父さんに預けることで、政界から遠ざけたんです。

 知られていたら、シュバルツァー家ともども貴族からの圧力や物理的な行動があったでしょうからね」

「そうか、あの時に君が宰相に詰め寄ったのは……そういうことだったのか」

 

 オリヴァルトは納得と同時に大きな安堵を覚えた。

 正直、今まで隠していたがリィンが敵に回る可能性が頭の片隅から離れず、気が気でない日々が続いていたからだ。

 今日の会合も、ギデオンとの話し合いの後にリィンと個別に時間を取ろうとしていたほどだ。

 そして、リィンは自分がシュバルツァー家に預けられる経緯を話す。

 百日戦役の前日にオズボーン家が襲撃され、致命傷を負ったリィンを救うためにオズボーンは己の心臓を託して自分の命を救った、と。

 なぜ心臓がないにも拘わらず、今もああして生きているのかはわからないが、確かな息子への愛情と幸せを願うオズボーンがいたからこそ、リィンはここにいる。

 やはりというか、その話に動揺したのはギデオンだった。

 

「そんなまさか……あの男がそんな、まるで人間のように」

「人間だろうさ。やったことを庇うつもりはないけど」

「だ、だが何故だ! なぜ君はその事実を平然と受け入れている! 仮にシュバルツァー卿から教えられたとして、納得しているのか!?」 

「子が親を信じなくてどうするんだ、って話だよ」

「なっ…………」

 

 確かにオズボーンは血まみれた道を歩み、目の前のギデオンのような《帝国解放戦線》といった存在を生み出したのだろう。

 オズぼんという存在がいなければ、きっと納得なんていくはずもなく、何年も疑念を抱いて生きていたことだろう。

 だが、彼の複写体と言えるオズぼんと過ごした日々は確かな絆を生み出した。

 だからリィンは、胸を張って言えるのだ。

 

「でも、こうして被害者の会みたいなのを実際に見ると父さんの所業に何も思わないはずはない。

 ……まったく、早く教えてくれればいいのに」

 

 とはいえ、犠牲になった相手に言ったとしても怒りを煽るだけで何の解決にもならない。

 リィンの愚痴とも言えるつぶやきは、オズぼんに向けられていた。

 

(フフフ、息子の幸せを第一にしただけだ。それに、こうして友を探して動いていたからこそ、生まれた縁があるだろう?)

(まあそれは、感謝してるけど)

(とはいえ納得がいかないのも事実だろう。故に、一つ知恵を授けよう)

 

 そう思ったオズぼんが、ここで新たな情報を提示した。

 

(フフフ、息子よ。黒の史書……それがあの男と皇帝(・・)の繋がりを示すものだ。それを言ってやるといい)

(黒の史書?)

(フフフ、ロゼ嬢。少し協力してもらうぞ)

 

 オズぼんから簡単にその名と概要を聞いたリィンは、代弁するように三人に言う。

 

「前提として、父さんが色々しでかしている理由は『黒の史書』なる預言書に従って動いているそうです。

 これはエレボニア皇室に伝わるアーティファクトのようなもので、皇帝はそれを知ったからこそ実行手段を父さんに託したと聞いています」

「父上が?」

「皇帝は父さんを宰相に任命し、その動きを咎めることなく丸投げと言っていいくらいに放置しています。

 これは父さんこそ、黒の史書を予言通りに進めるためにもっとも効率が良いと判断したからだと思います」

「ま、待ってくれリィン君。なぜ君がそんなことを……」

「それは、妾が教えた。今まで黙っておったのは、元より皇子達の来訪のさいに告げようと思っていたのじゃが、先の衝撃発言のせいで霞んでしまったぞ」

 

 肩をすくめるローゼリア。

 オズぼんの声が聞こえる彼女だからこそ取れる連携だった。

 そして、ローゼリアはオズぼんからリアルタイムで教えられる情報に顔を歪めながらも、努めて平静に予言の内容を語っていく。

 数百年を生きる魔女の言葉は、厳かな空気と共にそれが真実であると彼らは認識する。

 

「予言……なら、彼らの動きも全て仕組まれて……まさか、それが、呪い?」

「察しがいいのは何よりじゃ。おそらく、鉄血宰相はあえて預言書に沿って動くことで、どうにか呪いを出し抜こうと考えているのではないか?」

「俺も、そう思います」

「だ、だが本当にそんなものがあるのか?」

「原本を所有しておるのは皇帝らしいから、直接尋ねる他あるまい。写本という複製品が存在するが、教会の連中のほうが詳しいことを知っていよう」

 

 ローゼリアが言葉を止めると、沈黙がその場を包む。

 彼女は背中越しに、リィンの心臓が激しく脈打っている音に片目をつむった。

 散々に魔女達を振り回した存在も、未だ二十も生きていない少年なのだと実感する。

 己を掴み、力が込められたリィンの腕を軽く撫でながら、ローゼリアは続ける。

 

「近年で言えば百日戦役、リベールで起きた《導力停止現象》といったものも記載されていたそうじゃ」

「我々の行動が、全て予言されていた……?」

「では、《帝国解放戦線》も、私達の怒りも全て……」

「いいや、細かな課程までは指定しておらぬ。じゃが、お主達が起こす行動の結果が描かれているとは伺っている」

「伺う? 魔女殿は中身を見たのでは?」

「あいにく、ドライケルスからのうろ覚えでの。伝聞のようなものじゃ」

「そうか、かの獅子心皇帝の……」

 

 彼もまた皇帝。

 ローゼリアは聞いていないが、盟友が隠し持っていた可能性もある。

 すでに亡き相手、存分に知名度を利用するローゼリアだった。

 

「つまり、お主らが《帝国解放戦線》なるものを作らずとも、おそらく《貴族派》が何かしらしでかし、予言通りに動いたのではないか?」

「な、ならすぐに父上に謁見して、預言書と照らし合わせて今後の行動を――」

「ならぬ。黒の史書はその宣言からずれた行動をすると、大きな反動が生まれるらしい。そして、その反動が避けられず、予測出来ぬのなら……」

「機を伺い、逆襲のチャンスを待つ……」

 

 オズボーンが起こす行動の理由を聞いたギデオンは顔面蒼白に近い。

 当然だ。

 国を破滅に導くと思っていた相手が実は、皇帝自らその舵を取らせていた、などと国を憂いて立ち上がった彼には衝撃が大きすぎた。

 ともすれば、それは皇帝への反逆とも取れるからだ。

 鉄血宰相さえ止めればいい、と考えていたギデオンにとってそれはショックという言葉では例えきれないものだ。

 そして、意外にもここで声を出したのはセドリックだった。

 

「ギデオン。……お願いがあります」

「でん、か?」

 

 呆然とつぶやくギデオンは、次にセドリックが起こした行動に目を見開いた。

 

「僕を、助けてください」

 

 セドリックは、そう言ってギデオンに頭を下げた。

 ギデオンからすれば青天の霹靂、ただでさえ混乱していた頭が思考停止に陥っていた。

 

「セドリック……」

「あ……頭をお上げください! 貴方がそんなことをするなど――」

「僕には、何もありません。リィンさんのような力、兄上のような魅力、ローゼリアさんのような知識……その全てがありません。

 なら、こんな僕に出来ることなんて、助けを乞うことしか出来ないんです」

 

 悔しさに溢れた、震える声。

 何一つ出来ない。

 選択一つ自分には選べない。

 ローゼリアの館にやってきたのも、リィンが居たから。

 セドリックは自分で成し遂げたことが、何もない。

 なら、そんな自分に出来ることとはなんだろう?

 そう考えたセドリックは、自然と頭を下げて頼み込むしかなかった。

 

「…………西ゼムリア通商会議」

「えっ」

「そちらのオリヴァルト殿下が参加される《通商会議》。そこに参加する鉄血宰相の首を求めて、《帝国解放戦線》が襲撃を仕掛けます」

 

 発された言葉に目を剥くオリヴァルト。

 それは己が求めた情報の一つであり、ローゼリアが引き出そうとした情報であり、洗脳まがいのことをして入手するはずだったもの。

 ベッドからギデオンが降りる。

 まだ痛みはあるのか、顔を歪めながらも寝床から降りた彼は跪くようにセドリックの前に身をかがめた。

 

「私には、まだ完全に今の話を信用しきることは出来ません。ですが、殿下に乞われたことに対して、その手を取りたいと思った自分もいます。

 ですが、仲間を裏切ることは出来ない……その、妥協です」

「ギデオン……」

「しばし、お待ちいただけないでしょうか。気持ちの整理、預言書の真偽……もろもろ、全てに決着をつけるまで、私に時間をいただきたい」

「…………はい。すぐにではない、というのは残念ですが、僕はその言葉を信じます。

 その時が来たら、僕を助けてくれますか?」

「必ず」

 

 セドリックが差し出した手を、ギデオンがしっかり両手で握りしめる。

 オリヴァルトは、オズボーンにも自分にも出来なかった行為をセドリックが成したことで、彼の中に《光》を見出した気がした。

 

 

 その後、ギデオンは傷の完治もままならぬ状態で黒の史書の複製を探すべくエリンを去っていった。

 ロジーヌ経由でトマスからの協力を求め、連携して探していくそうだ。

 写本はいくつか存在しているそうだが、その全てを集めて読み解いた時に必ずセドリックの下へ馳せ参じると約束した姿をリィンは思い返す。

 《帝国解放戦線》に戻る懸念もあったが、ギデオンより彼を信じて送り出したセドリックを信じて手を出すことはしなかった。

 また、ローゼリアが因果律操作を施して、彼が軍に見つからぬよう加護を与えている。

 ヴィータが本気で見つけようとしなければ発見されないそうだが、彼女はそんなことをしないので実質的に彼は自由に捜索を行える。

 当のセドリックはあれから、政治の勉強を本格的に始めるそうだ。

 今、皇帝に黒の史書のことを尋ねてもはぐらかされる、教えてもらえないだろうと予測し、なら教えてもらえる、託すに値するよう自分を高めるらしい。

 オリヴァルトもそれに同意し、その行動を見守ることに決めた。

 そして今、トールズ士官学院の学院長室に呼び出されたリィンは、オリヴァルトからある要請を受けていた。

 西ゼムリア通商会議における、オリヴァルトならびにセドリックの護衛。

 ――魔都クロスベルに、リィンは足を踏み入れようとしていた。




最後の文章的にこの後クロスベルへ行くみたいな感じですが、特別実習が先になります。
原作では時期的に被ってますが、そこはご都合主義でリィン君どっちにも参加します。

ちょっとあっさりかな、と思いつつ原作ルート回避です。
テスタ=ロッサさんの今後にご注目ください。

あとたつき監督ありがとう。ケムリクサ本当にめっさ面白かった!
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