八月の特別実習のために早起きし、トリスタ駅に集まったⅦ組一同は列車の時間までいつもの談笑を行っていた。
普段と異なるのは、ガイウスの肩にミリアムが乗っているということか。
「ミリアム、さっさと降りるがいい。ガイウスに迷惑をかけるな」
「ぶーぶー、なにさユーシスのケチー。ガイウスは許可してくれたもん。ねーガイウス?」
「ああ。実家でも、小さな妹達によくこうしたものだ。俺はこういうことに慣れているから気にしないでくれ」
「それなら構わんが……」
「あはは……起きたらミリアムがベッドの上に乗っていた時は本当に驚いたよ」
「何してるんですか、ミリアムちゃん!」
エリオットが朝から疲れた顔をしていると思えば、どうやらミリアムから早朝に襲われたようだ。
「帝都の時はフィーを起こしに行ってあげたのに、ベッドに乗った瞬間に起きちゃったからリベンジしたかったんだけどねー」
「寝起きからの即時行動は猟兵の嗜み。ただ、これやると朝から疲れる」
「ああ、それで私に伝言頼んだのね。助かったわフィー」
アリサはフィーから自分を起こして欲しいと伝言を受け、早起きして彼女の部屋へ行っていたため被害は免れたようだ。
普通に起きようとしたら、エリオット達の二の舞になっていたことは想像に難くない。
「ボクの予想通りのリアクションって意味ではエリオットは百点満点だよ? ガイウスはなんかほっこりっていうか、頭撫でてくるくらいに冷静だったし」
「末の妹と似たようなものだからな」
(肉体的にも精神的にも、日曜学校に通っていて違和感ないもんなあ)
ミリアムに知られたらぷんすかと怒られそうなことを思いつつ、リィンはわざとらしくハンカチで目を拭っているシャロンを見やる。
「で、シャロンさんは何してるんですか?」
「お嬢様の朝は私が起こすのが常だったのですが、今回は自分で起きた上にフィー様まで起こしに行くなんて、その成長につい目から忠誠心が」
「感極まって鼻から出さないようお願いしますよ」
「嫌ですわリィン様。端女とはしたないとかけているなんて」
「箸足りない、なんていうオチに繋がります?」
「流石にそれは強引ではありませんか?」
苦笑しながら、シャロンは器用に片手で二つ持っていたバスケットの一つをリィンに渡す。
中身はそれぞれの昼食用にと、サンドイッチやつまめる唐揚げ、冷めても美味しいおかずが色々揃っている。
「おお、今回も美味しそうだ……ありがたくいただきます!」
「はい、今日の特別実習のエネルギーに変えてくださいませ」
「もちろんです! 粉一つリジュ以下の繊維まで味わって!」
割り込むように近づいてくるマキアス。
その顔は朝とは思えない活力があった。
相変わらず年上の女性に弱い男である。
リィンはシャロンがマキアスに慣れた対応をしているのを見て離れようとするが、彼女はこっそりウインクを送ってくる。
ややあって、その意図を理解したリィンはシャロンに親指を立てて返した。
彼女の背後へ周り、後ろ手で受け取ったもう一つのバスケットをアリサに渡す。
本来なら自分で渡したかったのだろうが、マキアスの話は長くなりそうなのでしばらく付き合ってやって欲しい。
あれもまた、マキアスが
「フフ、今回は一緒だな。よろしく頼むぞセリーヌ」
「リィンさんに連れ出されることなく駅に来た辺り、貴女ももうすっかりⅦ組の一員ね……」
(慣れてきた自分が怖くなるわ)
ラウラの腕に抱かれるセリーヌは諦観の境地でエマに念話を送る。
普段はリィンが連れて来るのだが、今日はエマと一緒にトリスタ駅へ足を運んできたのだ。
だんだんとこの状況を受け入れた結果、順応してしまった黒猫の姿がそこにある。
そんな風に談笑を交わすⅦ組に、聞き慣れぬ男の声が届いた。
「ようミリアム。ちゃんと学生生活を送ってるみたいだな」
「あ、レクター!」
声をかけてきた赤毛の青年、レクターと知り合いなのかミリアムはガイウスの肩から降りて彼に近づく。
笑みを浮かべる彼女と、それに応じるレクターは初対面でなく顔見知りということを伺わせる。
「どうしたのさ、こんなとこで。まさかボクに会いに来たの?」
「おお、俺も明後日クロスベル入りするからな。今生の別れになるかもしれないし、こうして顔を見せに来たわけだ」
「相変わらず冗談が先に入るねー。オジサンとレクターがそんな簡単に死ぬわけないじゃん」
「いやいや、あのオッサンはともかく俺はか弱いんだぜー?」
そうして世間話へ移り変わる彼らに、Ⅶ組もそこに目を向ける。
(あの人誰だ?)
(帝国軍情報局の、レクター・アランドール大尉です)
(六月の特別実習で、ノルドの地に来た人物だな。共和国軍との交渉を成功させて戦争を防いでくれたそうだ。俺にとってはノルドの恩人とも言えるな)
(フン、原因がノルドにないならむしろ被害者だ。それを恩人とは言わんだろう)
やけにユーシスの言葉にトゲがある気がした。
(フフフ、息子よ。彼はミリアム君と同じ《
オズぼんの声はどこか誇らしげにも聞こえる。
見た目だけで言えば、スーツを着ているだけの飄々とした男だが、オズぼんが言うのならクレア共々頼もしい存在なのだろう。
レクターはⅦ組に気づくと、ミリアムとの会話を終えて近寄ってくる。
「知らない奴も居るだろうから、改めて挨拶しておくぜ。レクター・アランドールだ、よろしくな」
全員に言っているようで、その目はリィンに向けられている。
明らかにレクターはリィンを意識していた。
「ま、怪しさてんこ盛りだろうが、せいぜい普通に付き合ってやってくれ。何かしでかしたら、容赦なくお尻ペンペンとかしていいからな」
「だってさ、ユーシス」
「俺はミリアム係じゃない」
「…………」
「無言で肩を叩くなエマ!」
その目は優しかった。
「はは、仲良くやってるようで何よりだ」
「いい子ですからね、ミリアムは」
「そーそー、良いこと言うねリィン!」
「そう言ってくれるのはありがたいが、本当の良い子は銀色のデカイのを無闇に振り回さないんだよ。ったく、どれだけもみ消しやら情報工作をやってると思ってるんだ」
「え、アランドール大尉がそういうことをしてくださってるんですか?」
「ああ。と言っても、学院の中じゃそういう仕事はそこまで回って来ないから、大人しくしてるんだなってのはわかるぜ。正直意外だったが……
あと、俺のことは書記官って呼んでくれ。こう見えても、帝国政府の二等書記官でもあるからな」
「そ、そうだったんですかーあははわかりましたアランドール書記官」
エマの渇いた声。
学院でアガートラムが起こす騒動などは、エマによって事を必要以上に荒立たせないよう立ち回っているおかげだ。
ミリアム本人はまだなんとかなるにしても、アガートラムまでは流石に大きすぎる騒動になるため、時に洗脳魔術すら用いて火種を鎮火していた。
四月からリィンが起こす問題によって鍛えられた、エマの悲しい強さだった。
『間もなく、一番ホームにケルディック経由バリアハート行きの旅客列車が到着します。ご利用の方はそのままホームでお待ちください』
(いけない、アナウンスの声が姉さんが言ってるように聞こえてきた。いっそ乗り換えまで寝ちゃおうかしら……)
(アタシもそう聞こえたわ。疲れてるのかしら……)
そんな二人をよそに、リィン達はそれぞれ別れの挨拶をしてホームへと向かう。
最後にリィンは、レクターに挨拶を済ませて去ろうとするが、すれ違いざまに耳打ちをされた。
「クレアから色々聞いてたけど、今は時間がないから本格的な挨拶はクロスベルでさせてもらうぜ。リィン・オズボーン」
「え……?」
振り向いた先には、レクターが背中越しに手を振る姿しか見えない。
追いかけようとするリィンだったが、ラウラに腕を掴まれてしまう。
「リィン、忘れ物なら今回は諦めろ。早く行くぞ」
「あ、ああ……」
「エマはまだ夢の中のようだからな。私がしっかりせねば」
リィンの視界にはシャロンとレクターの他に、サラの姿が見えたような気がしたが、それを探ることなくラウラによってホームへと連れ出されて、確認することは出来なかった。
*
揺れる列車の中で、A班はそれぞれレグラムに到着するまでの間を雑談が埋める。
そんな中、やはり大きく取り扱われたのはアルゼイド流と領地問題からの《革新派》と《貴族派》の問題だ。
「アルゼイド流は私が使う両手剣以外にも、槍術や弓術に通じる者もいる。エマの魔導杖辺りは参考になるやもしれんな」
「アーツと合わせる、って意味ではユーシスの宮廷剣術にもアルゼイド流が入ってるのか?」
「さてな。アルゼイドとヴァンダールの良いとこどりは百式軍刀術のほうで、宮廷剣術はどちらかと言えばアーツ主体の剣だからな」
「ふーん。まあせっかくレグラムに行くんだし、俺としては、ラウラの父さん……《光の剣匠》との稽古をしたいけど」
「それが叶えば光栄だろうが、難しいだろう。子爵閣下は正規軍や領邦軍の武術師範も務める。そも、領地に居ることも珍しいのではないか?」
「うん、その通りだ。一応、レグラムには特別実習で帰省するとは手紙に認めたが、果たして父上が居るかどうか」
「支部といえ、パルムでのヴァンダール道場があの賑わいだったからな。本場は一体どれほどの……」
マキアスが腕を組んで唸る。
四月の頃、ヴァンダールの初伝相手に戦術リンクありといえ辛勝した記憶が蘇っているのだろう。
アルゼイドもまたヴァンダールに並ぶ双璧。その実力が勝ることはあっても劣ることはない。
リィンも帝都のヴァンダール総本山へ足を運んだことがあるが、本人がおらずともオリエのような達人級の実力者は居るかもしれない、と楽しみを見出す。
「なるべく武の本場というものを見せてやりたいが……執事からの手紙では最近は父上の元に《貴族派》からの勧誘が激しいようだからな」
「クロイツェン州だし、アルバレアからの干渉が激しいのか?」
「いや、子爵閣下……というよりレグラムは独立独歩の気風で知られる領邦だ。州を管理する公爵家の威光など気にもしていないだろう」
「だが、増税の問題など何もないとは言わさんぞ?」
「む……」
「おいおい、君達まで世間と同じ貴族の反応をするのか?」
マキアスが不安そうにユーシスとラウラを見るが、その姿に二人は苦笑する。
「な、何を笑う!」
「いや、くく……まさかマキアスに心配されるとは思わなくてな」
「フン、案ずるな。この程度のやり取りは貴族としては日常茶飯事、干渉と呼ぶにはおこがましいものだ」
「四大名門の権力は絶大だけど、それでも領地の管理はそれぞれの領主の意向が適応されるからな」
ユミルの管理を任され、領民との距離が近いのもシュバルツァー家の特色だ。そこに他貴族からの干渉はほとんどない。
とはいえ、僻地だからとも言えるが。
温泉を除けば、そこを管理するメリットなど皆無なのでいわゆる『旨味』のない土地がユミルとも言える。
「でも税収問題か……確か帝国政府が掲げるお題の中で、《革新派》と《貴族派》が争う最大の要因の一つだったか」
「俺の父に言わせれば、ありえないそうだがな。不当な搾取は、帝国では未だになくならない悪病とも言える」
「だから父さんや宰相達《革新派》の行動は、一番の恩恵を受ける平民が多く、反面搾取される側となる貴族からは蛇蝎の如く嫌われている」
「普通に考えれば、全てを平等にする政府側に付くべきなんだろうけど……」
リィンは思い出す。
スカーレットが《帝国解放戦線》に流れた理由、他にもギデオンから語られたオズボーンが起こした改革の犠牲者の声を。
「風習や伝統までも飲み込む、となれば頷けないよなあ」
「レグラムにおける精霊信仰など、残すべきものは多いからな。かの槍の聖女など、妖精の取り換え子と言われるほど――」
そんな風に会話を行いながらも、Ⅶ組は無事にレグラムへ到着する。
なお、会話に参加していなかったエマとセリーヌはぐっすり寝入っていた。
乗り換えの時はリィンの手に引かれるエマと、ラウラの腕に抱かれて移動するセリーヌ。
シャロンからの差し入れに関しても、エマは口元に持っていったサンドイッチをもしゃもしゃと小さく咀嚼する姿は小動物のようで、完食して中身がなくなったバスケットの中で眠るセリーヌの姿は、ユーシスとマキアスも揃って口元を緩めたものだ。
当の本人は目覚めた時に顔を赤くして小さくなっていた。
「あ、霧が……」
「霧と伝説の街レグラム。霧がなければ、湖が輝いた姿を見せてくれるのだが……反面、今日は涼しくなりそうだ」
レグラムへ足を踏み入れたA班を待っていたのは、霧が覆う街の姿だった。
八月の暑い時期にも拘わらず、気持ちの良い涼しさが肌を撫でていく。
「貴方が案内の人ですか?」
ふと、湖の景色に見惚れるA班をよそにリィンは別の方角に向く。
その視線の先から、少し驚いた表情の老人が姿を現した。
「爺、出迎えご苦労」
「い、いつの間に……」
「まるで気配を感じなかったな……」
「お久しぶりです、お嬢様。いやはや、驚かせるつもりが逆に驚かされてしまいました」
「いや、隠形の技は衰えておらぬようで何よりだ。私は気づけなかったからな」
「ハハ、寄る年波には勝てぬものですが。この年になると、お嬢様の成長だけが楽しみですので」
「戯言を。そうだ、皆に紹介しておこう。家令を務める執事のクラウス。同時にアルゼイドの師範代としても世話になっている」
「初めまして、トールズ士官学院Ⅶ組の皆様。執事のクラウスと申します。さっそく、館のほうへご案内させていただきます」
一礼したクラウスの後に続き、街を一通り巡りながらリィン達はレグラムを歩いていく。
リィンは走りたかったが、案内人が居る手前その速度に合わせている。
彼にも老人に無茶をさせられない、という愛護精神があったらしい。
そんな中、甲高い声がラウラにかけられる。
「ラウラお姉様!」
それも、一つでなく複数ある。
声に目を向けてみれば、あっという間に三人の町娘がラウラを囲んでいた。
「皆、久しぶりだな。特別実習で数日ほど戻ってきたよ。後ほど、挨拶に伺わせてもらう」
「はい、お待ちしてます!」
「学院の話とか、たくさん聞かせてくださいね!」
ヴァンダールの練武場でも似たような光景があったのを、リィンとユーシスとマキアスは思い返す。
アイドル気質とはまた違うが、どこでも慕われる姿はラウラの性格を示していると言えた。ただ、異性よりも同性から慕われるのが彼女らしいと言うべきか。
領主の評判もあり、レグラムという場所が領民に愛される場所であることを言葉なく伝えている。
その姿を、ユーシスは眩しそうに見つめていた。
「それじゃあラウラお姉様、また後ほ――」
会話を済ませた三人娘の一人が、途中で言葉を切る。
何事かと思えば、三人娘はA班……というよりリィン、より正確に言えば腰に帯びた太刀を睨むような目つきで追っている。
首を傾げるリィンに、三人娘の一人が言う。
「あの、貴方はまさか八葉一刀流の剣士……?」
「え? ああ、そうだけど……」
「こ、この男が……!」
リィンが頷くと同時に、三人娘の視線に殺気じみたものが宿る。
ラウラは言うに及ばず、エマやユーシス、マキアスにはわからないリィンにだけ飛ばされたものだ。
だがすぐさまユーシスとマキアスにも注目する。
町娘から突如殺気を飛ばされた二人は、当然のように体をびくつかせた。
視線はユーシスの剣と、マキアスの散弾銃を認めたことで解ける。かと思えば、リィンに戻った。
睨むという姿まで隠すことは出来ず、その突然の変貌にラウラが戸惑いの声を上げる。
「ど、どうしたというのだそなた達」
「お姉様、お姉様はこの男――」
「皆様、どうか今はこらえてください。裁判は、また後ほど確実に行われますので」
「クラウスさん……」
咎めるようで咎めていない、むしろ同調するようなクラウスの物言い。
ますます首を傾げるリィン達をよそに、クラウスは静かな足取りでアルゼイドの練武場、つまりラウラの自宅へと案内する。
久しぶりの実家に、ラウラも感慨深そうに目を細める。
「家を離れて半年も経っていないのに、随分と懐かしく感じるものだ。しかし、父上もおられればよかったのだが」
「いえ、おりますよ?」
「何? 駅に居なかったということは、父上はおられないのではないのか?」
「いいえ――」
クラウスが言葉を切って、館を見上げる。
それに応じるように開かれた扉から、一人の男が佇んでいた。
「ち、父上!?」
「久しいなラウラ。壮健のようで何よりだ」
穏やかな表情は家族への愛情に溢れたもので、一見すれば父と娘の喜ばしい再会の一時に見えた。
だが――
「初めまして。私はヴィクター・S・アルゼイド。このレグラムを預かる領主の身を努めている。娘からは
その挨拶に、リィンは謎の身震いを覚えていた。
クルト
「なんだろう、急に寒気が」
セドリック
「通商会議まであと少しなんだから、夏風邪なんて引かないでよ?」
クルト
「あ、ああ……」