はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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いつも誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。八月の特別実習だ②

「我が娘よ、どうやら一回り大きくなって帰ってきたようだな」

 

 自然とラウラに近寄り、抱擁を交わして頭を撫でるヴィクター。

 ラウラは父親の突然の行動に赤面した。

 

「お、幼子扱いはやめてください。ですがその、父上……ただいま、戻りました」

「ああ、おかえり」

 

 挨拶もそこそこに、父娘の再会に目を細めるA班。

 ユーシスなどは街を見ていた時よりも、さらに眩しい様子で目を細めている。

 ひとしきり娘との再会を堪能したヴィクターはラウラから離れて、Ⅶ組を瞳に収めた。

 

「話は伺っている。要請自体は遊撃士協会(ブレイサーギルド)へ行けば渡してくれるが、先に挨拶に来てくれたことを嬉しく思う」

「いえ、領主にまず挨拶を交わすのが当然ですので」

「武の界隈に名高い《光の剣匠》とこうしてお会い出来たのは光栄です」

 

 叶うならそのまま稽古をお願いしたいところだが、まずは要請が先だ。

 パルムのことを思い出せば、きっと門下生との稽古の要請があるはずだから。

 それにかこつけてお願いすればいい、とリィンは先程感じた寒気を忘れて頭を切り替える。

 

「私も老師から伺っているよ、リィン・シュバルツァー。八葉を完成させる者として、最も習得難易度の高い漆の型を授けられ、わずか数年で中伝に至った才気溢れる若者だと」

「開祖である老師こそ八葉の完成系だとは思うのですが、その期待には応えたいところです」

 

 リィンも老師からヴィクターのことはよく聞いている。

 好敵手の一人であり、アルゼイド流の宗家たる帝国最強の剣士の一人。

 かのオーレリアの師匠、と聞けばその強さは図らずともわかる。

 強者を感知する気当たりも、光の翼によって薙ぎ払われるイメージが浮かんでいた。

 

「精進するがいい。それはそれとして、リィン。少し話が――」

「では父上、爺。我らはギルドへ行って参ります。……うん? 何か話がありましたか?」

「――いや、後で構わない。クラウス、準備は整っているか?」

「はい。皆、意気軒昂(いきけんこう)です」

「そうか。ではラウラやⅦ組の諸君、特別実習に励んでくれ」

『はい!』

 

 激励の言葉を受けたリィン達はそう応えて館を出ていく。

 ギルドへ向かう途中、マキアスが顎に手を当てて唸っていることにリィンが気づいた。

 

「どうしたマキアス。何か気がかりなことでもあったか?」

「ああいや……うん、気がかりと言えば気がかりだな」

「父上に何か不備でもあったか?」

「いや、不備というか違和感というか……程度の差こそあれ、あんな空気を昔感じたことがあってな」

「あんな空気? どういうことだ」

「娘を近寄らせたくない父親の空気って言えばいいのか? 無論、僕がかつて感じたものとは次元が異なると断言出来るんだが」

「私達の受け応えに問題があったとは思えませんが……」

(ひょっとしてアタシがいたから?)

(いや、他の貴族ならともかく子爵閣下がそんなこと気にすると思えないけどな)

 

 てくてくとエマの隣を歩くセリーヌが疑念を抱く。

 ユーシスが語るアルバレアの実家、ミュゼから聞いたカイエンが自分の館に足をつける黒猫を不快に思うことがあっても、ヴィクターはそんなことしないだろうとリィンは言う。

 ラウラやユン老師から聞いた人柄、実際に対面していた時もセリーヌに文句を言わなかったことからもそれが伺える。

 

「娘を近寄らせたくない……まさか、アルバレアか?」

「まさか、父上がそんなみみっちいことなどせぬだろう。だから気にすることはないぞ、ユーシス」

 

 実家が何かしでかしたのか、と顔を曇らせるユーシス。

 レグラムは公爵の威光など物ともしない、と言ったものの最近の《貴族派》の動きを考えれば強引に何か干渉があったとしても不思議ではない。

 ラウラの慰めに一時の納得を得たようだが、それでもユーシスは考え込むように渋面を作ってしまう。

 

(ユーシスのところは本当に大変なんだな……貴族って以前の問題な気がする)

(フフフ、我が家はそんな心配がないからな)

(シュバルツァー家は言うに及ばずだし、俺には親父が居たからなあ。今じゃヴァリマールも増えたけど)

(フフ、嬉シイコトヲ言ッテクレルモノダ)

 

 家族を通り超えて肉体の一部になっている二つの存在を前に笑うリィン。

 エマは騎神のようで騎神でない、でも一応騎神なヴァリマールを家族と呼ぶ彼らの会話を聞いて、なんとも言えない表情を浮かべていた。

 全員でユーシスの気分を紛らわしながら雑談していると、やがてレグラムの遊撃士協会(ブレイサーギルド)支部へ到着する。

 扉に手をかけようとするリィンは、覚えのある気配を感じて手を止めた。

 

「ん、この気配は……」

「リィンさん、どうかされました?」

「知り合いの気配がしてな。マキアスも知ってる人だよ」

「僕も?」

「――ったく、相変わらず学生離れした少年だこと」

 

 ドアノブをひねる音と同時に、扉が内側に開く。

 ギルドから出てきたのは、金髪に白いコートを羽織った精悍な顔立ちの青年――かつてノーザンブリアの特別実習で顔を合わせたトヴァル・ランドナーがそこにいた。

 

「トヴァルさん!」

「お久しぶりです、トヴァルさん」

「おう、あれからたった二ヶ月しか経ってないっていうのに、随分昔のように感じるぜ」

「そうですね……」

 

 塩の杭の騒動のこともあり印象が劣るかもしれないが、六月の特別実習は、ノーザンブリアの土地の厳しさに合わせてルトガーとの戦い、そこに住む人々やデュバリィ達との出会い、リィンが初めてヴァリマールの本体に搭乗したこともあり記憶にいまだ新しい。

 特にマキアスはノーザンブリアとエレボニアの違いにひどくショックを受けていたこともあり、そんな実習での出会いは大きく印象に残っている。

 

「見ない顔もいるかもしれないから改めて挨拶を。遊撃士のトヴァル・ランドナーだ。実はバリアハートでもお前らを見ていたから、そこの眼鏡のお嬢ちゃん以外は一方的に知ってはいるんだけどな」

「バリアハート?」

「サラに頼まれて色々と、な。まあそこはいいさ、リィン達が居るなら今日の要請も問題ないだろう」

 

 そう言ってトヴァルは早速要請の内容をまとめた書類をリィンに渡す。

 内容はエベル街道の手配魔獣討伐に、街道灯の一斉交換。そしてリィンが待ち望んだアルゼイド流の門下生との手合わせだ。

 

「クラウスからの依頼か。ふふ、成長した私を見せつける良い機会だろう」

「ラ、ラウラさんがなんだかすごい気合です」

「おそらく子爵閣下も拝見なさるだろうからな」

「そいつは楽しみだ」

「気合という意味ではこちらも負けてないな」

 

 闘気を立ち昇らせるリィンとラウラ。

 

「よし、行くぞ!」

「うん!」

 

 お互いにニヤリと笑みを浮かべながら、早速要請を片付けるべくトヴァルへの挨拶もそこそこに走り出す。

 

「ま、待ちたまえ!」

「ええい今回はラウラまでもか!」

「えーっとセリーヌのこと……」

「おお、今日と明日限定の看板猫として働いてもらうわ」

(あれ、アタシの予定埋まってる?)

 

 苦笑しながらA班に手を振るトヴァルと、解せぬと言いたげなセリーヌを置いてA班は速攻で要請を片付けていく。

 だが、エベル街道を進むリィンはマキアスが導力灯を交換する傍ら周囲に首を巡らせていた。

 

「リィンさん、どうかしましたか?」

「やけに視線を感じてな」

「魔獣か?」

 

 リィンのずば抜けた気配察知能力を知るユーシスが抜剣して警戒する。

 霧の中にも拘わらず、ほぼ一方的に奇襲を仕掛けて魔獣を駆逐していたため、訓練にならないと声を出さないよう自粛するほどだった。

 逆にそんなリィンが声を出すほどの魔獣なのかもしれない、とユーシスが構えるのも無理はない。

 

「いや、この視線は人だ。しかもさっき街で感じた気配もあるような……ラウラ、レグラムでは霧で迷った人を保護する救助隊みたいなのは編成されてるのか?」

「うん、時に門下生の修行も兼ねてそういった部隊は居るな。だが、鉄道が出来てからそう出番はないとも聞く」

「久しぶりにラウラ君が戻って来たから、心配になって見に来たんじゃないか?」

「なるほど、領民の皆さんに慕われているラウラさんなら考えられますね」

「むう。見守ってくれるのはありがたいが、信頼されていないとも取れて複雑だ……」

 

 視線の主は一定の距離を取って付いて来るだけで、こちらへ近寄るつもりはないらしい。

 害はないだろう、と判断したリィンはユーシスに剣を収めるよう言いながら、導力灯の交換作業を続けていく。

 霧の中での戦闘にも慣れた頃、手配魔獣もリィンは参加せずに周囲の警戒に努めた。

 本当は旗を振って応援しようと思ったが、自分達の力だけでと言うラウラ達に合わせて本当に声だけ送っている。

 それはそれでなんか妙な気分になる、とは戦闘終了後のユーシスの発言だった。

 

「マキアスも解説役に応援に回れば良かったのに」

「君は僕をなんだと思っているんだ!」

「眼鏡キャラ」

「エマ君だってそうだろうが!」

「いやエマって伊達眼鏡だから」

「何ぃ!?」

「そ、そんなに驚くことでしたか?」

「要請を果たしたのだからさっさと戻るぞ!」

 

 すでに意識は門下生との稽古に傾いているのか、ラウラが率先して先頭を走る。

 普段はちゃんと落ち着いた性格なのだが、己の成長を見せる良い機会と思ったラウラはリィンとまでは行かないが若干暴走していた。

 リィンという学院での目標を掲げ、同士にして戦友であるフィー達といった実力伯仲した相手との切磋琢磨は、ラウラに確かな成長を与えていた。

 彼女自身、強くなったと実感しているが基準がリィンと共に伸び続けるフィーなのでいまいちどのくらいかわからないのだ。

 そういう意味で、かつて幾度となく床に倒されたクラウスを相手にしたい、と考えるラウラ。

 果たして、その願いは叶えられる。

 

「――そこまで!」

「ふう、こんなところか」

「……初伝といえ、さすがのアルゼイドといったところか」

「ふふ、息切れせずにそう言うのはいささか皮肉にも聞こえるぞ?」

「いや、そんなつもりは……」

「冗談だ、それに彼らもこの程度を気にする者達ではない」

 

 クラウスからの要請であるアルゼイド流の門下生との稽古は、彼らの予想を超えてA班の生徒が圧倒していた。

 今しがた試合に出たユーシスとマキアスのコンビは、四月の頃からは考えられない戦術リンクの連携により、ニ対四という不利な人数相手にも勝利を収めた。

 二人は初伝といえ、仮にも武術に打ち込んできた彼らに圧倒出来たのはARCUSに加えてリィンとの稽古が原因だと理解していた。

 

(言ってはなんだが……)

(強さ、巧さ、速さ。どれを取ってもリィンとは比べるまでもない)

 

 定期的に行われるリィンとの稽古は、一瞬でも気を抜いた瞬間に気絶の繰り返しでもあるので、まずリィンの動きを理解することから始まった。

 

 膂力と技術であらゆる敵を薙ぎ払うラウラの攻撃ごと吹き飛ばす強さ。

 小柄で俊敏性にかけては学院内でも随一と言えるフィーを捉える巧さ。

 その頭脳で上位属性も軽々と扱うエマのアーツの範囲から脱する速さ。

 

 トールズの上級生はおろか教官にすら迫るリィンのそれらに付き合い、時に鬼の力すら加わった達人クラスの強さと速さを前に、まず目を慣らしていった。

 自分達以外がリィンと戦っている間にもその稽古を見て観察力を磨き、それが思考力からの反射に繋がり動きをより鮮明にしていく。

 彼らは気づかぬうちにそれが基準となっており、その指針から外れた相手と戦うことで今の自分の強さというものを実感していた。

 

(フフフ、よくあるパーティの控えにも経験値が入って強くなる仕様というやつだな)

(何言ってるんだ?)

(フフフ、気にするな)

 

 オズぼんの言葉に首を傾げるリィンをよそに、ラウラもパルムでの特別実習のメンバーの一人として二人の成長に口元を緩めていた。

 

(速くて早い、とはフィーの言葉だったか)

 

 そして、そんな二人を見ながらラウラは思う。

 先手を取られる上に自分達が動く間に何回も行動するリィンと『戦闘』を行うには、いかに行動を阻害するかにかかっているのだが……それが、ここに来て相手の強さを封殺する手段として機能した。

 元より、実体を持つ分け身というふざけたクラフトを使うリィンに付き合っていたⅦ組。複数人相手の稽古は不得手どころか慣れていた。

 試合を監督していたクラウスは元より、ヴィクターもまた若獅子の強さに軽く驚いている。

 

「凄まじいものだな。あちらも単独のアーツ使いと侮ってはいなかったようだが……」

 

 ヴィクターの視線の先では、同じアルゼイド流の初伝の門下生数人の膝をつかせたエマの姿が見える。

 ユーシス達の稽古もあって全てを見ていたわけではないが、エマは流麗とも見える受けと回避によって詠唱を邪魔されることなくアーツを完成させ、同時に戦闘を終わらせた。

 魔法の強さもそうだが、何より立ち回りの上手さに目を見張るものがある。

 

「魔導杖とは、アーツの威力を向上させるという通説を覆るものだった。その杖術や体術は独自に?」

「は、はい。参考にした相手はいますが、基本的にそれを基にしただけで……」

「うむ、研鑽の後が見える見事な技の冴えだった」

「きょ、恐縮です」

 

 光の剣匠自らの言葉に照れるエマ。

 彼女が理想とするヴィータの立ち回りと違い、彼女は舞うように魔導杖を操り複数人からの攻撃を捌きアーツを完成させた。

 門下生の一人取ってもエマよりも力強い者達なのだが、その膂力に負けることなく柔よく剛を制す、の一例を見た気がするヴィクターだった。

 

「さて、次は私だが……クラウス、頼んでいいか?」

「おや、私をご指名ですかな?」

「私の成長が楽しみと言ったのだ。直接確かめて見てくれ」

 

 ラウラからの宣戦布告に、クラウスは口元をほころばせる。

 ヴィクターに横目を送り、頷くと同時に細剣を手にラウラへ歩み寄る。

 挑むのはラウラ一人。

 リィンは元より、エマやユーシスにマキアスのサポートすら不要だと言い切った彼女の覚悟を邪魔する者はいなかった。

 

「では、始め!」

 

 ヴィクターの宣誓。

 だが彼らの予想に反して、ラウラは静かに大剣を構えるだけで攻めて来ない。

 数ヶ月前の彼女なら、届く届かないは抜きに果敢に攻めてくるのが常だっただけに、それが成長の前触れなのだとクラウスの体に武者震いが走る。

 そしてヴィクターは感じる。

 己の愛娘は、自分の予想以上の成長を遂げていることを。

 

「クラウス、久々の手合わせだけに様子見していたようだが……甘いぞ!」

 

 ここでラウラが一瞬で全身に闘気をみなぎらせる。

 闘気が天に上り、舞い散る光の羽根をアルゼイド流の門下生はその目に見た。

 

「洸翼陣……なんと静かなる立ち上がりか」

 

 アルゼイド流にアレンジされた、自己強化の戦技。

 それを使うさいは、どうしても『溜め』が必要で、今までのラウラならば準備段階で潰されることが多かった。

 特にクラウスの細剣から繰り出される速さを前に、闘気を充実させることなく回避を迫られるラウラには戦いづらかったことだろう。

 それが今、クラウスの剣に対応しむしろ反撃すら行う余裕があった。

 

「おお……見事、お見事ですぞお嬢様!」

 

 ラウラはリィンとの稽古の中でまず無駄な動作を一切排除した。

 己の剣は力こそあれどリィンの前には鈍重な亀のようであり、一度剣を振りきる頃にはリィンの剣は己の体を打ちのめす、ということが多々あった。

 そのため、ラウラはまず剣を止める、ないし流す動作の中に洸翼陣を取り入れた。

 自己強化に対し、溜めを必要としなくなった、と言うべきか。

 どちらにせよ、わずか数ヶ月で一回りどころかさらに大きく成長した姿にクラウスは目を細める。

 

「これだけではない、我が成長とくと見よ!」

 

 その宣言は対峙するクラウスに敬愛する父、門下生……そしてリィンに向けられていた。

 ラウラの強化された一撃を嫌い、即座に大剣の命中範囲から逃れるクラウス。

 老人と思えぬ速度であり、何度も煮え湯を飲まされた仕切り直しであるが、今のラウラはひと味違う。

 闘気が形を変える。

 クラウスはあれを放たれてはならない、とラウラに迫る。

 が、そこで自分が動かされたことに気づいた。

 まるで吸い込まれるように吸引されるクラウスの体を前に、かつてリィンの足踏み一つで崩された戦技を、ラウラはさらなる進化を伴って放った。

 

洸閃牙(こうせんが)!」

「っつぅ!」

 

 その一撃をなんとか細剣で防ぐクラウスだったが、腕に痺れが残り柄の握りが甘くなる。

 無論、成長したラウラは好機を逃さない。

 

「はああああああ……!」

 

 今度こそ本当に闘気が変わる。

 洸翼の気は獅子を形取り、それがラウラの体に宿るように満ちていく。

 腰だめに構えた大剣に獅子の闘気を充実させたラウラの縦横無尽の剣を、クラウスは真正面から捌いていく。

 だがその老獪な剣の冴えを、若獅子の牙が捉えた。

 振り上げからの急激な反転、切り返しによる光の刃がクラウスの体勢を崩す。

 同時に、ラウラは飛んでいた。

 

「吠えろ……奥義・獅子洸翔斬(ししこうしょうざん)!」

 

 獅子の咆哮を思わせる荒々しい剣が振り下ろされ、クラウスは咄嗟に細剣を構えたがラウラの剣は武器を弾き飛ばし、クラウスの喉元に剣を突きつけていた。

 

「……参りました」

 

 クラウスの宣言と同時に、パルムでのそれを大きく超えるアルゼイド流門下生達の歓声が地震のように響く。

 リィン以外は思わず耳を塞いでしまったが、それを受けるラウラはいまいち納得がいっていない不満顔だった。

 

「お嬢様、勝者がそんな顔をなされては敗者が惨めになりますぞ?」

「そうは言うがクラウス、最後の一撃はわざと受けたな? そなたなら、回避を選んでいたはずだ」

「いえいえ、これは稽古ですし……何より、私自身お嬢様の剣を受けてみたいと思った次第。結果は予想以上であり、私も本当に喜ばしいものです」

「むう、何やら誤魔化されているような……」

「はは、そうクラウスを責めるなラウラ。相手の剣を受けてみたい、というのは剣士の性だ。そなたとて、そういう気持ちはあるだろう?」

「…………まあ、今回は私がそういう気持ちにさせた、ということで我慢しておきます」

「いやいや、その成長、見届けさせてもらった。素晴らしかったぞ、ラウラ」

 

 そう言ってラウラの頭を撫でるヴィクター。

 ラウラは照れながらも、決してその手を払おうとしなかった。

 

「だ、だから幼子扱いは……そ、それに皆が見ています!」

「まあまあラウラ、今はたっぷり甘えておけって。明後日からはまた堪能出来ないんだからさ」

「う、うん……」

 

 リィンの言葉に、数日後には再び士官学院に戻ることを思い出したラウラはされるがままになる。

 ヴィクターは笑みを浮かべる反面、リィンの相手をどうするか思案する。

 しばらく撫でられていたラウラだったが、そこでふと思い出したように言った。

 

「そうだリィン、あのことを尋ねてはどうだ?」

「うん?……ああ、でも許可してくれるかな?」

「普通は無理かもしれんが、父上もそなたのことを良くも悪くも意識している。打ち明ける価値はあるだろう。何より、言ってみなければ始まらんぞ?」

「確かに、そう――」

「私に言いたいことがあるのかな?」

 

 ラウラからの提案に頷き、ヴィクターへ話しかけようとしたリィン。

 だが機先を制するようにヴィクターが言葉を重ねた。

 何故かその言葉には棘……どころか受けごたえするだけで斬れそうな切れ味を覚えた。

 

「は、はい……子爵閣下に、ぜひお願いしたいことがありまして」

「ほう」

 

 ズン、と物理的な重さを感じるような威圧感がヴィクターから迸る。

 具現化された闘気とも言うべきそれにリィンは息を飲み、成長に喜んでいたラウラ達を、未だ井の中の蛙と言わんばかりに体を硬直させてしまう。

 

「ち、父上? 一体何を……」

「いや、リィンの相手を誰にするかと思っていたのだが……」

「叶うなら、ヴィクター・S・アルゼイド子爵に『手合わせ』をお願いしたいです」

 

 ざわり、と周囲が騒ぎ出す。

 指南でなく手合わせ……その言葉が意味することをわからない者は、この場に居なかった。

 

「待てリィン。確かに貴様は強いが、相手は《光の剣匠》……無謀がすぎるぞ」

「いや、どの道これからを思えば避けては通れない。指南、なんて手ぬるい真似じゃきっと認めてもらえないだろうしな」

 

 その言葉に周囲がさらに騒然として、中には殺気じみたものすら感じた。

 帝国の武の頂点を前に、恐れ知らずな馬鹿の言葉なのだと思ったのだろう。

 だがこの程度の視線、臆するに及ばず。

 リィンは周囲を黙らせるように、鬼の力を解放する。

 鬼気解放ではなく通常の鬼の力だが、それでも髪と目の色が変わるというインパクト、何より先のヴィクターの威圧感を相殺するように生み出される黒いオーラ。

 そんなリィンの変化は、言葉以上の懇願を練武場に響かせた。

 

「必要なら、この道場にいる全員と戦った後でも構いません。ですから――」

「その必要はない。ここは練武場であって、蹂躙する場所ではないからな。だがなるほど、胆力に見合う実力は持っているらしい。――クラウス、《ガランシャール》をここに」

「なっ……」

 

 ラウラが驚愕を顔に刻む。

 クラウスが頷き、ラウラとの一戦の疲れを見せぬ様子で退室していく。

 門下生一同がヴィクターの言葉に驚く中、エマがラウラに尋ねる。

 

「ラウラさん、《ガランシャール》とは?」

「槍の聖女が率いた鉄騎隊の副長を努めていた我らが祖先、シオン・アルゼイドが使っていた、アルゼイド家に伝わる宝剣だ。

 つまり、父上はリィンの提案を受けたことを意味する」

「な、なら本当に行われるのか……! リィンと《光の剣匠》の対決が……!」

 

 マキアスの言葉が館内に染み渡る。

 決して大きい声ではないが、これから行われる事実を確かなものとしてA班と門下生の頭の中に響いた。

 リィンは静かに練武場の中央へ移動する。

 自然、他の面々はその場を囲うように離れ、ヴィクターと大きなトランクケースを抱えて戻ってきたクラウスがその場に残された。

 ケースの中から取り出されたのは、蒼を基調とした黄金の細工が施された見事な装飾の大剣だ。 

 美術品としても通用しそうなそれを、ヴィクターは片手で持ち上げる。

 

「あんな大きな剣を片手で……」

「ラウラの獲物と同じ大きさということは、両手剣のはずだが……信じがたい膂力だ」

「技術は当然として、力も相応に持つというわけですね……」

「――なんだなんだ、やけに街の人気が少ないと思ったら、大騒ぎしてるじゃないか」

「トヴァルさん」

「セリーヌまで……」

 

 そこに仕事でやってきたのか、手元に書類の束を抱えたトヴァルがやってくる。

 セリーヌもその傍らにおり、ギルドの仕事を抜け出して来たのではなく、何らかの要件でやってきたことを知る。

 マキアスがトヴァルに事情を話すと、セリーヌは呆れたようなため息を。トヴァルは面白そうに声を上げる。

 

「こりゃあなかなか気になる一戦だな。普通に考えれば子爵閣下に勝てるはずはないが……」

「相手はリィン、だからな」

「だが、ルグィン伯を前に倒れた姿を私達は知っている。いかに強いリィンとて、決して最強でも無敵でもないのだ」

「ですが、リィンさんですからね。きっと何かしでかすと思いますよ」

「それを言われると、僕達としてはリィンを応援する他ないな。……他の人達はどうやら子爵の応援のようだし」

 

 そんな会話をしている間にトランクケースを抱えたクラウスがラウラの傍へ戻ったことで、練武場には二人の剣士が対峙する。

 すでに互いの実力はある程度見切っている。

 当然リィンが不利であるが、それを理由に諦めるつもりは毛頭なかった。

 

「八葉一刀流・中伝。リィン・シュバルツァー」

 

 ゼムリアストーンの太刀が静かな音を立てて抜き放たれる。

 垂れ下げた太刀を構えたリィンは眼前の《武の至境》を見据え、有角の若獅子の挑戦をヴィクターは悠然と受け止める。

 

「アルゼイド流筆頭伝承者、ヴィクター・S・アルゼイド」

 

 沈黙は一瞬、されど同じ時間を以て両者は宣言した。

 

『参る!』

 

 下段からの斬り上げ、上段からの振り下ろし。

 鬼の刃と光の剣の初衝突は、その軌跡を描いて始まった。




エマの受け流しは、Ⅲ以降のSクラでくるくる回ってるあの動きを想像してもらえたら。
あの動きすごく可愛いですよね。其は流麗。

次回、閃のチート親父との対決です。
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