はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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いつも誤字報告ありがとうございます。
《光の剣匠》とのバトル回です。


フフフ、息子よ。八月の特別実習だ③

 太刀と大剣のぶつかり合いは、体格的にも武器のサイズ的にもヴィクターに軍配が上がる。

 弾かれたリィンを追うヴィクターの剣が首に迫り、何の抵抗もなく切り抜けられる。

 エマは一瞬、リィンの首が斬り飛ばされたのではないかと軽く喉を鳴らしてしまったほどだ。

 ユーシスやマキアス、アルゼイドの初伝や中伝の実力者達もその光景を幻視していた。

 だがラウラやクラウスなど、一部の者にはリィンが腰を沈めて軌道上から逃れていることを確認していた。

 

「紅葉切り!」

 

 かがんだ状態からの切り上げ。

 狙いは小手。

 鬼の力によって強化されたリィンの斬撃は達人クラスに届く速さを持つ。

 

 が、相手はその達人達の中でも一握りの至境に到達した剣士。

 

 ヴィクターは《ガランシャール》を軽く傾け、柄でリィンの太刀を受け止める。

 加えて微動だにしないヴィクターを前に、リィンは腰の鞘に手を伸ばす。

 一気に引き抜いた鞘による強打はヴィクターの足を狙うが、《光の剣匠》は剣のみにあらずと言わんばかりに上がった足が己のすねを狙った鞘を踏み潰す。

 だがリィンの狙いは足への攻撃でなく、足を上げさせることにあった。

 片足では踏ん張りが軽くなる、と見込んだリィンは高速の引きで太刀を下げ、一気にヴィクターの胴へ突きこもうとする。

 今まさに鞘を踏んだ瞬間を狙い、胸元へ迫ろうとする刃に対し、ヴィクターは――

 

(ヤバッ!)

 

 剣を薙いだ。

 動作としては、そう見えるだけのなぎ払い。

 ただしそれを、八葉の弐の型を超える速度で振るわれた。

 リィンは咄嗟に攻撃を中断、体をコマのように回転して螺旋を描く。

 迫りくる大剣に対し抵抗するのでなく、自ら巻き込まれるように体を倒しながら太刀を差し込んで剣速を減速させ、振り抜かれた場所と同じ方向に地を転がる。

 即座に立ち上がったリィンへ追撃を仕掛けるヴィクター。

 それに対し、リィンは刀を腰だめに下げる。彼の選択は、回避でなく迎撃だった。

 

(同じことを繰り返す気か? さて、どう捌く)

 

 一瞬だけリィンの行動に対する疑念を浮かばせるが、己がすることに変わりはない。

 最初の一撃のように弾き飛ばすのでなく、太刀ごと折らんとする気迫の込められた剛剣が振り抜かれる。

 

「無月……一刀!」

 

 二度目の剣戟。

 手合わせを見ていたほぼ全員が最初の繰り返しであると予測した次の瞬間、その予想を覆しリィンは《光の剣匠》の一撃を受け止めていた。

 金属が噛み合う重々しい音を残しながら、込められた闘気が空気を震わせる。

 

「父上の剣を受け止めた!?」

「馬鹿な、なぜ止められる!」

 

 ラウラの驚愕と門下生達の疑念の答えを、エマとセリーヌ、そして直接対峙したヴィクターは見抜いていた。

 

(さっきとは比べ物にならないほど、アイツの体から霊力が溢れてる)

(リィンさんはもう鬼気解放を使っている。でも、瞳は鬼の力を使った灼眼のまま。なら、リィンさんが先日言っていた――)

(あの不可解な黒い闘気……攻撃の瞬間に、全身を包むそれを一点に集中させているのか。アルゼイド流を想起させるが、これはどちらかと言えばバルディアス流槍術の系譜……いや、他に何か参考にしているな)

 

 そう、リィンは先日ウォレスとの手合わせのさいに掴んだ鬼気解放の部分操作を使っていた。

 鬼気解放を全身でなく武器に伝わせることで、最小限の消耗で戦闘を継続することを可能としている。

 ルトガーから模倣し、ウォレスによって技へと枠組みしたそれを今、実戦さながらの強敵を前に使ったのだ。

 さらにリィンは鬼気を足にも付与、爆発的な踏み込みから生まれる推進力は最初と立場を逆転させ、ヴィクターを弾き飛ばす。

 どよめきが練武場を支配する中、リィンが攻める。

 

鬼疾風(おにはやて)!」

 

 リィンが消える。

 ヴィクターすらも視界の端に捉えるのがやっとのスピードは、もはや対峙する彼以外には見えていない。

 エマ達に理解出来るのは、ヴィクターがリィンの剣を弾く音だけだった。

 

「はあああああ!」

 

 リィンが突然現れたように見えるエマ達をよそに、ヴィクターは洸翼陣(こうよくじん)による自己強化も合わせて駆け抜けるように疾走するリィンの剣を防いでいた。

 影しか捉えられない斬撃の嵐を全て防ぎ、通り抜けたリィンへ振り返ると同時に、遠く離れた場所から焔を合わせた闘気の斬撃を放つ少年の姿が見える。

 

洸迅剣(こうじんけん)!」

 

 それに対し、ヴィクターはアルゼイド流の戦技を繰り出す。

 オーレリアとの戦いで格上の飛び道具の怖さを知るリィンは、己の放った緋空斬が食い破られることを予測していた。

 故に準備していた緋空連斬による連打を浴びせようとするが――二度目の緋空斬を放とうとする瞬間、すでにリィンの眼前にヴィクターの姿があった。

 

「速い……でも!」

 

 かつて、オーレリアは己の放った闘気の斬撃を追い越し重ね当てすることで威力の底上げを行っていた。

 ノーザンブリアでデュバリィと共闘した時に使った連ノ太刀・鬼焔万丈(きえんばんきょう)も、そこから着想を得た技だ。

 そしてヴィクターがオーレリアのアルゼイド流においての師匠であるのなら、同じことが出来ても不思議ではない。

 咄嗟に鬼気を足に集め、寸でのところでその一人連携を回避。

 だが、すでにヴィクターはリィンの前に回り込んでいた。

 

(さすがは《光の剣匠》といったところか。速さ自体はお前のほうが上だが、足運びや空間の使い方で、速い相手(・・・・)との戦いに慣れている)

(そうか、老師の好敵手ってことは、八葉一刀流の対策も当然バッチリってことだよなぁ!)

 

 未だ成長期のリィンは若さに加えて、マラソンで鍛えた強靭な足腰から繰り出される速さは老師を超えているという自負がある。

 けれど技の練度で言えば、老師にいまだ及んでいないという実感もあった。

 そして、そんな老師と互角以上のヴィクターが速い相手の追い詰め方に覚えがあるのは当然のことだった。

 しかし、それでも鬼気解放状態ならばヴィクターよりスピードが上という事実は、リィンの確かな武器となっていた。

 疾走するリィンは床に転がっていた鞘を回収。太刀を収め、その中に鬼気を溢れさせる。

 鞘に集まるオーラをヴィクターは正しく見抜いたが、それで止まるほど《光の剣匠》は優しくない。

 むしろその企みごと押し潰す、と意気込んだヴィクターはしかし、次の瞬間に勘としか言えない感覚が警報を告げ――鞘から放たれた光を仰け反るように体を崩して避けた。

 

「っ」

「体勢が崩れた! なら追撃――しない!?」

 

 この戦いで始めて見せたヴィクターの隙を前に、リィンは動かない。

 神速を以て放たれた伍の型、残月による抜刀はヴィクターを捉えることなく再び鞘の中へ納刀される。

 その間にヴィクターは体勢を立て直す。だが、先ほどと違いその場に佇み間合いを維持していた。

 あの《光の剣匠》が攻めあぐねているのだ、と観戦している者達は驚愕する。

 

「何故だリィン、今がチャンスだっただろう!」

「……単純に、動けなかったのでは?」

「何?」

「リィン様の抜刀はこの老骨には見ることが叶いませんでしたが、あれを連続して使っていればマキアス様の言うようにチャンスをものに出来たはず。

 その上で動かないということは……」

「連続して使えない技だったということですか」

「正確には、二度目は精度が違うから追撃が当たらないって確信してたんだと思います」

 

 マキアスの言葉に重ねて補足したのはエマだ。

 剣術に疎いといえ、彼女は鬼気解放と鬼の力を使った能力上昇の違いを知っている。

 視認すら許されなかった抜刀術からの一撃は鬼気解放を使ったものだ。

 しかし鬼気を即座に再装填は出来ない、クールタイムが必要なものだった、といったところか。

 それはつまり、鬼気解放の部分操作の練度が甘いということを如実に示していた。

 

(くそっ、こうして実戦で使うと至らないところがどんどん出てくるな……)

(フフフ、だがそれこそが稽古の醍醐味よ。問題点を浮かび上がらせる、という今のような未熟を一つ一つなくしていけばいいだけだ)

(ああ……)

 

 そして体勢を崩したヴィクターは、追撃が来ないことを見てその欠点を瞬時に把握した。

 だが仮にもアルゼイド流の筆頭伝承者とうたわれる己にすら届きうる牙を持つ有角の若獅子には、驚きを通り超えて称賛の言葉が浮かんでいる。

 

(見事なものだ。これでラウラと同年代とは、あやつも彼を意識するわけだ。手紙で知り得ていたが、娘の成長には確かにリィンが大きく関わっているのだろう。

 酒を酌み交わした時の、老師の弟子自慢も頷ける……)

 

 最初は娘を持つ父としてリィンに相対していたヴィクターだったが、ここに来てリィンを一人の剣士として認めていた。

 一撃だけといえ、ヴィクターを下がらせる武器がある。

 その事実は、帝国最強の剣士に挑んでいる少年が、ただの蛮勇や無謀ではなく確かな強さを持った『挑戦者』であることを示していた。

 

「その見事な闘気の操作は、バルディアス男爵からの薫陶かな?」

 

 ヴィクターが話しかけたことに眉をひそめるが、リィンは手合わせであることを理解していたためそれに乗る。

 

「はい。かの猟兵王、ルトガー・クラウゼルから見て学び、ウォレスさんの下で技として成立させました。

 とはいえ、先程のように完成しているとは言えませんが」

「ふふ、バルディアスの流れは理解したがまさか猟兵王という言葉を聞くとは。思いの外、君が見た世界は広いようだ」

「恐縮です」

「そして、その技を私との手合わせで完成させようとしている、と。フッ、私を超えんとする剣士は数多く見たが、踏み台にしようとする者は希少なものだ。弟子を思い出すよ」

「オーレリアさんのことですか?」

「そうだ、彼女は私を超えて伝説へ挑もうとしている。だが、まだまだ師として超えさせる気はないが……君もどうやらその手合いのようだ」

 

 ここに来てヴィクターは、この戦いが己に自分を認めてもらおうとする者の戦いではないということを理解した。

 リィンはラウラとの関係など、一切この手合わせに持ち込んでいない。

 ただひたすらに、胸の内に掲げた目標のために己を高めようとする武芸者としてのあるべき姿を映し出していた。

 

「そういうことならば、同じ剣士として是非もなし」

 

 故に、ヴィクターは座して待つことを止めて攻撃に転じた。

 《光の剣匠》を利用しようとした、その心地よい対価をその身に刻むために。

 そこから先は、打って変わって一方的な展開となる。

 

「……また避けた!」

「逃げてばかり、って言うのは簡単かもしれないが……」

「《光の剣匠》の剣をああも回避し続ける前提ならば、それは確かな脅威だ」

 

 二人の戦いはイタチごっこ、シーソーゲームのような様相を呈していた。

 ヴィクターが迫り、リィンが逃げる。

 わずか数十秒の攻防だが、見ているラウラ達でさえその何倍もの時間が経過しているように錯覚するほどだ。

 

 当然、リィンはこの場にいる誰よりも長く引き伸ばされた時間を体感していた。 

 鬼気は常に足に送り続け、回避を選ばされ続けている。そのため、攻撃のために使う鬼気を練れない状況だ。

 一瞬、いや無意識レベルで動かなければ即座に終わる領域。

 鬼気解放を部分操作することで継続時間を伸ばしたと言っても、それは自在に操ると同義ではない。

 

 どだい消耗が違いすぎる。

 ヴィクターがやっていることは、自己強化の戦技くらいで後は素の実力。

 対してリィンの鬼気解放は、強化の幅が大きい分時間制限が付いている。

 無論、これがなければここまでヴィクターと戦えなかった以上文句などないのだが、リィンはこの手合わせを申し込んだ理由を考えて焦りを覚える。

 

(こんなんじゃ、マクバーンさんとの戦いでも同じことになる)

 

 自分が見てきた中で、剣士に分類するのならヴィクターにオーレリア、ユン老師は頂点に位置している。

 だが、そんな枠を超えた先にいるのがマクバーンだ。

 それを相手にしようとしている以上、ジリ貧で負けるなんて選択はリィンには耐えられない。

 

(なら、この場で壁を超えるだけだ!)

 

 意を決したリィンが足を止める。

 灼眼に浮かぶ決意を前に、ヴィクターもまた動きを止めた。

 沈黙が訪れる。

 先程までの戦いが嘘であるかのような静かな光景を前に、マキアスが呆然としながら口を開く。 

 

「ど、どうしたというんだ? なぜ二人は止まってしまったんだ」

「リィンが何かしら覚悟を決めた、ように見える。そして父上は、何かやろうとしているリィンに応えるつもりなのだろう」

 

 ラウラは二人の胸中を見抜いていた。

 正確には父のほうを、だ。

 彼は今、とても楽しそうに剣を振るっていた。

 何故か妙な雰囲気で手合わせを始めた時は不安もあったが、今の父はリィンの動き一つ一つに喜びを見出している。

 先が楽しみな剣士、という枠を超えて剣を合わせる愉しさが今のヴィクターを動かしている。

 そのことがとても羨ましく、ひどく悔しい。

 それはつまり、ヴィクターはリィンのことを確かな好敵手として見ていることに相違ないということだから。

 それでも、そのことを言葉には出さない。

 そんなことで、この手合わせを見逃す馬鹿な真似をしたくなかったのだ。

 

「何かしでかす……となると、やはり分け身による数で攻めるのか? 今は一対一であの膠着状態なんだ、数を増やせばリィンなら……」

「……そう言えばリィンは分け身をまるで使わないな。何故だ?」

「子爵を前に、一撃で消えてしまう数は不要だと思った、とか?」

「だがリィンの分け身は従来のものとは異なる。ルグィン伯にすら通用した実績もある。使わない手段はないはずだが……」

「リィンさんにとってこの手合わせは、眼の前の相手を倒したいわけではなく、その先を見据えたものを見て動いているから、では?」

「確かに、この手合わせもあの力を部分操作する技術を極めるためのものだからな」

「え?」

 

 ラウラのつぶやきに、クラウスが呆然としながら振り向く。

 だが試合に集中しているラウラは、その反応が耳に届いていなかった。

 

「……っふぅー……」

 

 立ち会いの中にも拘わらず、リィンがゆっくりと息を吐き出す。

 鬼気を目と腕、太刀に集める。

 従来であれば漆黒に染まる刀身は今、赤熱するような焔をまといはじめる。

 同時にリィンの灼眼(しゃくがん)鬼眼(きがん)へと変貌し、寒気すら感じる禍々しい瞳がヴィクターを射抜く。

 それに対し初見のユーシスとマキアス、周囲の門下生達が言葉を失い、ヴィクターは軽く目を見開く。

 

(子爵の剣は確かにすごい。速いし、巧いし、強い。俺の上位互換みたいな剣士。けど……そんなの全て超えて燃やし尽くすものを、俺は知っている)

 

 想起するのは、帝国での特異点。

 ローゼリア曰く《外の理》によって作られた焦熱(しょうねつ)の剣。

 煉獄(れんごく)が剣を形作ったようなあの黒焔の刃。

 魔女の加護によって守られた太刀でなければ融解していて当然だったそれを、リィンはその身で体感していた。

 故に、名を掲げるならばこれしかない。

 

劫炎撃(ごうえんげき)

 

 八葉一刀流は参の型を基盤とし、鬼気を練り込んだ発展形。

 溶岩をその手に収めている、と言わんばかりの熱気にリィンの周囲が陽炎に包まれる。

 劫炎の名を授かり、鬼眼を思い起こす赤黒い太刀は、触れるもの全てを斬り溶かす威容を持って顕現した。

 対するヴィクターは《ガランシャール》に洸翼(こうよく)の気を込める。

 アルゼイドに伝わる宝剣が、ヴィクターの手に収まる片翼となって展開する。

《光の剣匠》の異名が示す光翼の羽ばたき。

 準備は整った。

 あとはこの膨大な力が解放され、激突する瞬間を待つばかり。

 

「……………………」

「……………参る!」

 

 宣言と同時に、リィンを覆う陽炎に変化が訪れる。

 まるで陽炎から生まれたかのごとく二体の分け身が左右からヴィクターに迫り、三人目のリィンもそこに連携するように突進した。

 

「ここで分け身!?」

「やっぱり勝つ気満々じゃないかあの男!」

 

 A班の声をよそに、リィンが疾駆する。

 足に回す鬼気がないため、その速さは先程までと違いヴィクターが余裕を持って視認出来る。

 当然、本体が掲げる赤熱の刀身に全てを注ぎ込んでいるのだろうと予測するヴィクター。だが、同時にある疑念も抱いていた。

 

(……否、それは後に全てわかることだ)

 

 ならば、己に出来ることは奥義で応えるのみ。

 

「絶技――洸凰剣(こうおうけん)!」

 

 一手、二手の洸凰の羽ばたきが分け身を消し飛ばす。

 足止めやフェイントはおろか、見向きもされない分け身が消えた今、残るはリィンの本体のみ。

 そこに、振りかぶった《ガランシャール》が叩き込まれる。

 当然、迎撃するのは劫炎の名を掲げた灼熱の剣。

 鬼の刃と光の剣は最後の衝突を起こし、輝く羽根がリィンを包み込むように覆い腕と武器を残して(・・・・・・・・)その体を消し飛ばした。

 その勢いにあおられ、劫炎を携えたゼムリアストーンの太刀が床に落ちる。

 

(これも分け身? だが武器と込められた力は本物――なら、リィン本人は――)

 

 答えは、陽炎を吹き飛ばした先にあった。

 振り下ろした《ガランシャール》を超えて迫るリィンが握るのは、腰に帯びていた鞘。

 そこに残った全ての鬼気、鬼眼状態で観察することで学んだヴィクターの闘気操作の流れを汲み取った技術を注ぎ込み、戦技(クラフト)の再装填を完了する。

 

「劫炎撃!」

 

 叩きつけられる一撃。

 リィンは今、不可能だった鬼気解放の連撃をここに成し遂げる。

 戦いの中で急成長する少年を前に、《光の剣匠》は笑う。

 

「見事」

 

 勝負が決まる。

 目撃した全員がその先にある光景を幻視し――その全てを、帝国最強は覆す。

 

「――――え?」

 

 そのつぶやきは果たして、誰のものだったのか。

 床に倒れ、頭から血を流すリィンを前に、ヴィクターは両手に握った(・・・・・・)《ガランシャール》をその首元へ突きつける。

 

「ぐ……が……」

「ほう、意識は残したか。あの状況での判断、実に素晴らしかったぞ」

「…………嫌味にしか、聞こえません」

「フフ、それはすまないな。ラウラ、宣言を」

「え…………」

「手合わせが終わったのだ。決着は、第三者が告げるのが良いだろう」

「あ…………」

 

 慌ててラウラが二人の間に立ち、勝者の名を告げる。

 

「そこまで! 勝者、ヴィクター・S・アルゼイド!」

 

 普段であれば、先のラウラとクラウスの戦いのように門下生達の歓声が響いたことだろう。

 だが、目の前の光景に頭の認識が追いつかず、その場にいる全員が言葉に出来ない沈黙で佇んでいた。

 

「リィンさん!」

(ったくアイツってばもう!)

 

 そこに駆けつけたエマが即座にリィンへ治癒魔法をかける。

 セリーヌも傍に寄り添い、エマの影に隠れながら魔術を駆使する。

 その光景を見て少し眉をひそめるヴィクターに、娘が詰め寄る。

 

「ち、父上。先程の立ち会いですが……」

「うむ、言葉にすれば簡単なことだ。私は――」

「――神速なんて馬鹿らしいレベルでの切り返しで、技ごと鞘を叩き折られて頭に一撃打ち込まれた。

 しかも、鞘を折った後は剣の腹に変えた上で手加減だ。そうじゃなきゃ、頭を輪切りにされるか頭蓋骨が砕かれてたかもな。少なくとも気絶はしてた。

 ともかく、この決着はそういうことだよ」

 

 恐ろしいことを言いながら、エマに支えられて上半身を起こすリィン。

 支えてもらわなければ立ち上がることも出来ず、出血は止まったが、意識はまだ朦朧としており曖昧な認識しか出来ない状態だ。

 それでも、劫炎をまとった鞘が消えた瞬間に頭部への痛みが生まれれば、何をされたかなんてすぐわかる。

 

(フフフ、息子よ。片手の時点であの速度が繰り出せるのならば、両手を使えば自明の理であろう)

(剣ハ両手ヲ使ッタホウガ強イ。当タリ前ノ理屈ダガ、ゔぃくたーホドノ剣士ガ行エバ一種ノ技トシテ機能スルヨウダ)

「今まで片手だったのは一種の縛り……帝国最強、この身にとくと刻みました」

「別に縛っていたわけではないさ。今までがその戦いに慣れていただけのこと」

「それを縛りって言うんですよ」

 

 気づけば、軽口を叩いていた。

 しかしヴィクターはそれを咎めることなく、むしろ面白そうに口元を緩める。

 リィンの説明でようやく戦いの決着を受け入れた門下生達が、改めて歓声を上げる。

 改めて、自分達が学ぶ流派の強さを思い知りその頂点に立つ剣士への尊敬の念が送られた。

 

「リィン、立てるか?」

「いや……ちょっと、厳しい」

「まったく、だから無謀と言ったのだ」

 

 ユーシスとマキアスがリィンの肩を支えて立ち上がる。

 だがユーシスの言葉は言い方に反して、労うような感情が込められていた。

 純粋な剣士というわけではないが、剣を学ぶ者として今の一戦に確かな敬意を覚えたのだ。

 マキアスも同じことを思ったからこそ、素直に手を貸しているのだろう。

 門下生達も、最初にリィンへ抱いていた怒りの大半が消えている。

 今では、己より若い少年剣士への称賛の拍手が送られるほどだ。

 彼らとて武芸者、同じ剣士として思うところがないわけではないが、そんなことより今はリィン・シュバルツァーという男を称えたかった。

 

今回は(・・・)俺の負けですが、次にやる時は最初から両手で戦わせますよ」

「楽しみにしていよう。ところでリィン、私に何か言うことがあるのではないか?」

「あー…………」

 

 勝負に持ち込まなかっただけで、ヴィクターはリィンの最初のお願いが手合わせ以外にあることを見抜いていた。

 そのことを知られて少し照れくさそうにするリィン。

 全てを任せる、というわけではないが目の前の少年ならば、とヴィクターは託す気持ちを浮かべた。

 

「じゃあ、改めてお願いがあります」

「ああ、聞こう」

 

 ヴィクターは構え、リィンが告げる。

 

「俺の友達作りに手を貸していだけませんか?」

「うむ、認めようではないか。だが学生のうちは清い付き合いを――」

「本当ですか、ありがとうございます! ええ、相手は大人ですが、自分はまだ酒とかは飲めませんからね。ちゃんとその辺の節度は守っていこうと思います」

 

 リィンは認めよう、の言葉を聞いて歓喜する傍ら、ヴィクターはリィンの台詞全てに違和感を覚えた。

 そしてリィンの目的を知るエマ達は、まさか《光の剣匠》すら巻き込むなんて……と表現出来ない表情を思い思いに浮かべた。

 

「うん? リィン、相手が大人とは……」

「俺が友達になろうとしてる相手ですよ。結社《身喰らう蛇(ウロボロス)》の執行者No.Ⅰ、劫炎のマクバーンって人です」

「そなたの目的は、ラウラではないのか?」

「………………………」

「………………………」

『え?』

 

 リィンとヴィクターは同時に疑問の言葉を発する。

 数ヶ月に及んだ八葉の剣士とヴァンダールの剣士の間に揺れる少女、という誤解はようやく解決の時を迎えようとしていた。

 が、その展開を乱入者が有耶無耶にすることを神ならぬリィン達は知るよしもなく。

 

「面白い話をしているな」

 

 割り込んだ声の持ち主にゆっくりと顔を向けたリィンは、まさかの珍客に驚きの声を上げた。

 

「オーレリアさん!?」

「久しぶりだな、シュバルツァー」

 

 長い銀髪を揺らしながら、五月以来となる帝国最強の女傑、オーレリア・ルグィンが威風堂々と立っていた。

 ぽかんとする一同をよそに、ラウラはオーレリアがここへ来た用件を尋ねる。

 

「ルグィン伯、一体どうして……」

「久しいな、ラウラ嬢。ここへ来たのは、アルゼイド子爵に用事があったのです」

 

 それは、《貴族派》関係の話題なのだと言葉の裏に用件を告げる。

 ヴィクターはリィンとの手合わせで昇華された心に、暗澹(あんたん)たる想いを抱えるように渋面を作る。

 だが、オーレリアはそんな師の胸中を見抜くように続ける。

 

「カイエン公の要請を受けて、師の引き抜きを頼まれたが……無粋、この勝負の前にはあまりに無粋」

「ほう?」

「断られた、と伝えておきますよ。むしろ、こんな状況で訪れてしまった己に忸怩(じくじ)たる思いであります」

「フッ、そなたもリィンと手合わせをしたとのことだが……」

「四月のことですが、当然今よりももっと未熟でした。ですが、その成長。確かに見届けさせてもらったぞシュバルツァー」

 

 猛禽類のように獰猛な笑みを浮かべるオーレリア。

 おそらくリィンが万全の体調であるならば、その場で手合わせを提案していたほどだろう。

 その証拠に、黄金の闘気が彼女の体から立ち上り、今まさに発揮されようとしているのだ。

 その姿にヴィクター以外の全員が一歩後ずさる。リィンはユーシスとマキアスに抱えられているため、自然とそれに巻き込まれた。

 高ぶった猛りを鎮めるべく、師と剣を交えようとするオーレリアを止めたのは、他ならぬリィンだった。

 

「オーレリアさん、なら見物料を要求します」

「ほう?」

 

 《黄金の羅刹》相手にも怯むことなく要求を告げるリィン。

 むしろ肩を支えることで巻き込まれた二人が、何を言っている馬鹿者と目で訴えていた。

 

「ズバリ言いますが、ちょっと子爵閣下やオーレリアさんより強い人と友達になるために戦うので、一緒に協力してください」

「よかろう」

「即答!?」

「我らを超える相手というのに興味がある故な」

「豪快ってレベルじゃないです……」

「何、最近は政ばかりに駆り出されてな。鍛錬こそ続けているが、全てを出し切ってなお届かぬかもしれぬ相手がいるなど、望外の喜びだ」

「これだから武芸者って生き物は……」

 

 成り行きを見守っていたトヴァルが、頭痛をこらえるように頭を抑える。

 勝負だけでも驚いたのに、オーレリアの乱入に加えて結社の執行者と友達になりたいと言い出したリィン、それを手伝うことになったヴィクターにオーレリアなど、情報量があまりにも多すぎる。

 

「その割にはあまり切羽詰った様子ではありませんが……」

「ちょっとね、リアクションが交通渋滞なの。多分時間が立てば倒れるよ俺」

 

 エマがそっと魔女の秘薬を差し出し、トヴァルは仲間を見つけたような目でそれを受け取る。

 奇妙な友情が、そこに生まれていた。

 

「ハッハッハ、楽しくなってきたなシュバルツァー」

「はい、すごく頼もしいですよオーレリアさん。ヴィクターさ……子爵閣下もよろしくお願いします」

「ヴィクターで構わんよ。ところで先程の話だが――」

「リィン、今はとにかく休め。幸い、今日の要請はこれで終わりなのだから夕飯まで休んでいるといい。ルグィン伯も、話があるのでしたら館へお越しください」

「うむ、邪魔をする」

「悪いね」

 

 ラウラが案内するように練武場を出ていき、ユーシスとマキアスに抱えられたリィンを慌てて追いかけるエマとセリーヌ。そして愉快そうなオーレリアが続く。

 その場に残されたヴィクターが、ぽつりとつぶやく。

 

「本命はヴァンダールの次男なのか……?」

 

 それに応える者は誰もおらず、騒がしい特別実習一日目の要請はここに終わりを告げた。




というわけで、マクバーン戦に《光の剣匠》と《黄金の羅刹》が参戦です。
特別実習の後はクロスベル編ですが、マクバーン戦もそろそろ実現が近づいてきました。


あと作品に関係ないですが、ケムリクサがまさかの12.1話に加えて、二期やたつき監督がツイッターに上げたイラストの光景を実現する可能性まで広げるなんて…
ケムリクサ、好きだ。
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