「エマ、あれが何かわかるか?」
不死の王を打倒したユーシスは寝入ってしまい、マキアスも疲れた様子を見せる中、リィンは部屋の台座に鎮座する巨大な宝珠を指す。
明らかに先程の魔物はこの宝珠が原因であることは明白だからだ。
エマもリィンがふざけている様子がないことから、真面目にその宝珠を観察する。
「これは……異界化を作り出している?」
「異界化?」
魔女であることは明かしたが、その知識の多くを知らないままでいるラウラが怪訝な声を上げる。
マキアスも似たような表情だったので、合わせてエマは説明した。
「特異点とも言い替えていいですね。先程リィンさんが戦っていたあの魔物達を呼び出した元凶です」
「なんでそんなのがここに?」
「……本来は違う目的で設置されていたのでしょう。おそらく騎神の試しの地を作り出す補助機能を持ち合わせていたのではないでしょうか?
例えば、召喚地の座標をここに持ってくる、というように」
(フフフ、エマ嬢。流石の優秀さだな)
オズぼんのその言葉は、エマの推測が正しいことを証明していた。
つまり、あの巨大な宝珠は空間を操作することが出来るものというわけで。
「よし。悪いけどラウラ、二人を少し預かっててもらえないか?」
「うん?」
「あれを持ち帰る。解析して使えるようになれば、あの時の灰の戦場をいつでも呼び出すことが出来るかもしれないからな」
「あー…………」
エリンの里でオズぼんが見える魔女達と知り合ってからなりを潜めていたが、そもそもリィンがマクバーンと友になりたいきっかけがなんであったかを思い出すエマ。
ごくごく自然に宝珠を持ち帰ると言うリィンに、反論どころか何の違和感がないことを受け入れていたエマ。もう、今更ですねと思う彼女だった。
「うぐ、すまないラウラ君……」
「気にするな、そなたももっと体を寄らせていいぞ」
「い、いやそれはちょっと……」
そしてラウラに預けられ、うめき声をあげるマキアス。
寝入ってしまったユーシスほどではないが、マキアスもかなり疲労困憊でラウラの手を借りなければ立つことが出来ないでいた。
すぐ済むから、と預けられ物のように扱われたことと、異性に体を預ける羞恥心がマキアスを襲う。
武人肌で下手な男より男らしい彼女であるが、均整の取れたスタイルや凛々しい容姿は紛れもなく男の目を集める魅力を持っている。……彼女の場合は同性も、だが。
好みは年上なマキアスであるが、彼自身は思春期の少年であり、同年代といえそんな異性と距離が近いことに赤面するしかない。
そんな
「エマ、あれって強引に外せるかな?」
「単純に固定されているのでなく、霊力によって楔が打ち込まれているようなものですからね。まず、錠を外すので少し離れていてください」
そう言ってエマが魔術を行使せんと、足元に魔法陣が展開される。
転移術以外の魔術を初めて見るラウラは目を見開き、マキアスも思わずそちらに注目する。
リィンもエマの邪魔にならないよう、宝珠から離れて彼女の傍に寄る。
だから、
「……あ」
そして、それが放たれた瞬間、リィンは迎撃ないし阻害が不可能だと判断。
鬼気を足に集めて一瞬でそこへ駆け上がる。
瞬間、放たれたそれ……騎兵槍が宝珠を貫く。
砕け散った宝珠から溢れた霊力が騎兵槍を投げた人物の元へ集っていき、同時にリィンはその風貌を認めた。
「アンタ、一体何者……」
問いただそうとしたリィンが、その素顔を前に言葉を失う。
月光に照らされた黄金の髪が、蒼銀の輝きを放ちながら背中に流れる。
夜風に舞い上がる金糸を彩るような、彫刻品のように整った、整いすぎた人外の美しさを備えた顔が顕になる。
むしろそういった仮面である、と言われたほうが納得出来る、神細工の如き美貌の女性がそこに佇んでいた。
だが、その姿でいられたのは一瞬。
その女性は、リィンを見て軽く目を瞬かせ――刹那、左腕に抱きつくオズぼんを認めて大きく目を見開いた。
「ほう、まさか貴女と出会うとは。伝説に導かれたということかな?」
「え……」
リィンの語彙力では絶世の美女としか表現出来ない女性が、呆然とした声を漏らす。
どうやらオズぼんは目の前の女性を知っているようだが、一体何者なのだろうか。
「あ、貴女は……まさか、親父が見えているんですか?」
「おや……じ……?」
オウム返しのように、女性が反芻する。
リィンは目の前の人物が本当に実在している人物なのか、と疑うほどの浮世離れの雰囲気が一瞬で崩れたことに動揺する。
「声まで聞こえるんですね!」
自然と、リィンは現状も忘れて満面の笑みを浮かべた。
マクバーンと友達になるまでは、エマから勧誘は控えてくださいと言われていたが、実際にこうして新しい出会いがあるのならその限りではないと言い訳する。
「親父、この人は一体誰なんだ?」
「フフフ、そうさな。ある意味でお前の母親のようなものだ」
オズぼんからの言葉に、リィンは女性を見やる。
どう見ても血の繋がりがあるように見えないし、リィンの母親はカーシャ・オズボーンのはずだ。
そこを突いてみると、オズぼんはこう言った。
「フフフ、実際に血の繋がりがあるわけではない。だが、彼女はお前の成長を見守り、息子のように思っていた女性なのだ」
「父さんと同じで、昔の俺を知っていたけど事情があって離れていた人ってことか」
「まあ、ざっくばらんに言えばそうなるであろう」
「……………母さん?」
「!?」
首を傾げながらも、リィンは女性のことをそう呼んだ。
次の瞬間、まるで最初からそうだったかのように、彼女は鉄仮面をまとう。
一瞬の早業、という言葉を置き去りにするような速度だった。
同時に、彼女が手を上げる。
途端、世界がズレた。
以前、ローゼリアが初めてリィンと遭遇した時にも使った時間停止……という名の因果律操作。
今この場から世界が切り取られ、三人と一人だけがローエングリン城から隔離される。
「…………」
幻想的な容姿に見惚れるのも一転、ふるふると震えだす彼女。
仮面越しでどんな表情をしているかわからないが、その視線はオズぼんとリィンを交互に向いている。
「えっと……俺は元リィン・オズボーン、現リィン・シュバルツァー、です。こっちは親父のオズぼん。それから」
「何者カ知ラヌガ、ゔぁりまーるダ。ヨロシク頼ム」
「は、灰……? まさか、黒のように思考システムが独立した……? それに、この世界に何の抵抗もなく入っている……」
「フフフ、ヴァリ君に関しては意志だけが息子の中にある。本体が傍にあるのは、君も理解していよう?」
どうやら目の前の女性は、ヴァリマールのことを知っているようだ。
となれば騎神にまつわるあれこれも知っているのだろう。
しかし、今は名前を聞くほうが先だと判断する。
「貴女が俺の母さんなら、名前を教えてもらえませんか?」
「私は、その……」
「何、気にすることはない。素直に教えてやったらどうだ? それとも、私の口から言ったほうがいいかな?」
「い、いえ…………」
美貌に加えて女性にしては長身、という意味ではオーレリアを想起させるが、目の前の女性はそれよりも随分と幼く感じる。
どこか少女らしさがある、と言えばいいのだろうか。
最初に感じた雰囲気はすでにそこにないが、リィンとしては隔絶した存在感のあった先ほどよりも、オズぼんの言葉の一つ一つに反応する彼女のほうが良いと思った。
「私は……アリアンロード、と呼んでいただけたら」
「母さんじゃ駄目なんですか?」
「っ…………」
「お袋のほうが良いですかね」
「違います……その呼び名は、本来の母親を差し置いて呼ばれるものではありません」
「でも俺はギリアス・オズボーンのことは父さん、親父のことは親父って言ってます」
だから別に母さんと呼んでいいのでは、と遠回しに告げる。
普通に考えれば初対面で母を自称する女性など、不審者以外の何者でもない。
だが、リィンは初対面で父を自称する人形に救われた。
故に彼は感性が普通でなく、オズぼんが保証する女性に何の不信感も抱かずに接していた。
「母さん」
「アリアンロードです」
「母上って呼んだほうがいいですか?」
「そうではありません」
「ママって言うのはちょっと恥ずかしいんですけど……」
「話を聞いてください」
「りぃん、ありあん。コレ以上ハ平行線ダ。今ハありあん、オ主ガココニ居ル理由ヲ教エテハモラエヌカ」
機械に諭されるなんて、という声が仮面越しに聞こえた気がしたが、仕切り直しの提案は願ったり叶ったりと言わんばかりにアリアンロードは威厳を取り戻すような声を響かせる。
「……単に、古巣に異変を感じて、駆けつけたまでのことです」
「俺のことを見守っていてくれた、ってわけではないんですか」
「偶然です。それに、見守るなど過ぎた言葉です。結局、私は貴方達家族を救うことが出来なかった」
「気にするな。こうなる運命だったに過ぎんよ」
オズぼんの言葉に押し黙るアリアンロード。
今度は、彼女が質問を投げた。
「貴方は、一体何なのですか?」
「ギリアス・オズボーンを元にした分身、とでも思ってくれたらいい。つまり、記憶もしっかりあるということだ。
それでいて、私の前でアリアンロードと名乗るのかな?」
「…………」
「アリアンロード……アリアンロード……」
リィンはオズぼんの言葉に黙るアリアンロードをよそに、母という印象を外してその名をつぶやく。
以前、どこかで聞いた覚えがあるのだ。
その響きは、リィンの脳内に茶髪の女性を思い浮かばせた。
「あっ、アリアンロードさんって、確かデュバリィさんが所属する鉄機隊の主……」
「ええ、その通りです。デュバリィから貴方のことは聞いておりましたよ。かなりわんぱくに育っている印象でしたが、まさにその通りでした」
「ってことは、貴方は結社の人間……」
「はい。結社《身喰らう蛇》の第七柱、鋼のアリアンロード……それが、今の私の全てです」
リィンがそう言うと、アリアンロードの体が静かに闘気を帯びる。
犯罪結社の幹部なのだ、と主張する彼女にしかし、リィンは気軽に言った。
「マクバーンさんの連絡先って聞けますか? アーベントタイムに送ってもヴィータさんは知らないようですし、デュバリィさんとは連絡先交換出来なかったので、どうやって接触しようか悩んでいたんですけど……」
「…………」
「どうしました?」
「それだけ、ですか?」
「何がです?」
「私に何か言うことはないのですか?」
「母さん」
「だから違います」
声を上擦らせながら、アリアンロードの闘気がしぼむように縮んでいく。
お互いにその気がないという前提であるが、リィンの言葉はアリアンロードの予測をことごとく超えていた。
聞くべきものがずれている、としか言えないが、一体どんな教育をすればこんな育ち方をするのだとオズぼんに目を向ける。
「フフフ、私は特に何もしておらんよ。ただ、息子は私が見える相手を探していたらこうなった、というだけだ」
「……確かに、《外の理》に触れていなければ貴方を感じることは出来ないでしょうね。それに、件の話は本人から雑談混じりに聞いていましたが、本人も冗談と思っておりました。
しかし、その意志は本物のようですね」
「もちろんです。それで、親父が見えるマクバーンさんと友達になりたかったんです。……最初は親父のためでしたが、今はあの人のためにも、記憶を取り戻してあげたいです」
「彼の事情を知っているのですね」
「か……アリアンさんは、マクバーンさんの記憶を取り戻すことは出来ないんですか?」
「私と彼では、お互いに倒しきれない相手です。加えて、彼の本気は下手に出されてはかなわない。世界を壊しかねない力を、そう簡単に出されては困ります」
互角、という言葉にリィンは体を震わせる。
目の前の女性に異能の力は感じない。
あるのは、気当たりなどせずとも理解出来る、極限を超えて凝縮された武人としての存在感。
つまり、老師やヴィクターにオーレリアといった《理》へ到達した剣士に並ぶ――否、ともすればそれを超える相手なのかもしれない。
最強更新の多い日だ、と武の道のりの長さに苦笑しながらも、リィンはアリアンロードに言う。
「あ、そこは考えてます。被害なく、マクバーンさんに本気を出させて、記憶を取り戻すために色々考えてますから」
「フフフ、息子よ。せっかくなら今練っていることを教えてやるといい」
「いいのかな?」
「彼女なら構わんだろう」
「わかった、俺は――」
オズぼんからの援護もあり、リィンは隠すことなくアリアンロードへマクバーン対策を語る。
具体的な戦術こそ明かさなかったが、ブリオニア島を戦場として、守護騎士や魔女、帝国最強の剣士といった様々な力を集結させつつあることを語っていく。
仮にも同じ組織に属する仲間であるが、リィンはマクバーンを害する気が一切なく、記憶を取り戻すための戦いをしようとしているに過ぎない。
そのためか、彼の言葉には一切の悪意や駆け引きが存在しないことをアリアンロードは見抜く。
「……………本気、なのですね」
リィンの言葉に嘘偽りがなく、真実しか話していないことを感じ取り、アリアンロードはほう、と息を漏らす。
かの魔人相手に本気で友好を結ぼうとして、そのために動く者など今まで見たことがないからだ。
相手と目的を考えれば首を傾げるかもしれないが、友になるために真っ直ぐ走るという空気は気持ちの良い若者であることに違いはない。
「それで、どうですか?」
「…………条件次第では、承りましょう」
「条件?」
「ええ。尋ねますが、明日、時間はありますか?」
「今日と明日は特別実習で、終わり次第クロスベルへ行くのであまり自由に使える時間は……」
「では、明日の夜。この古城へ再び来てください。そこで、ある相手と決闘をしていただきたいのです」
「決闘……」
まさか、とリィンはアリアンロードを見るが彼女は首を横に振る。
「私ではありません。ですが、貴方とは浅からぬ因縁の持ち主ですよ」
「デュバリィさんですか?」
「フフ、さてどうでしょう」
「デュバリィ嬢であろうよ」
「まだ何も言っていません」
「でゅばりぃトノ決闘ダナ」
「貴方達はもう少しもったいぶる、ということを覚えたほうがいいと思います」
どこか拗ねた雰囲気のアリアンロード。
つまり相手はデュバリィで間違いないとリィンは確信する。
しかし、とリィンは思う。
デュバリィとは共闘こそしたが、決闘するほど何か因縁があるように思えない。
そんなリィンに、アリアンロードは優しく告げる。
「そこは当日に本人から聞くのが一番でしょう。それに、彼女に勝つことが出来たなら……それこそ、私も劫炎の記憶を取り戻す手伝いをするのもやぶさかではありません」
その発言に、リィンは目を丸くする。
よほどデュバリィの勝利に自信があるらしい。
だが、リィンとて剣士のプライドがある。
そこまで言われてしまえば、負けん気が刺激されるというものだ、
しかし、仮にデュバリィに勝利したとして、アリアンロードがマクバーンとの対決に協力してくれるというのなら、リィンはむしろ自分が邪魔にならないか心配になる。
何せ現状でヴィクターとオーレリアという帝国を代表する剣士の二人が協力を約束してくれている。
リィンとて鬼気解放状態ならば足手まといになることはないが、それでも見劣りするのが現状だ。
さらにそこにアリアンロードが入るなら、完璧という言葉すら生温い布陣の完成だ。
思うところがないわけではないが、マクバーンの記憶を取り戻すのが優先だとリィンは意識を切り替える。
「その言葉、忘れないでくださいよ」
「ええ。それではまた明日の夜に」
「時間の指定はしなくていいんですか?」
「貴方がここへ来る頃には、待ち構えていますよ」
そう言うと、アリアンロードの足元が光る。
転移陣、と思った瞬間には彼女の姿が消えていく。
「それと……貴方とは明日、じっくり話し合いをしたいですね」
「フッ、楽しみにしていよう」
「ええ。とても……」
最後にアリアンロードがリィンを向いた気がした。
リィンは何か言おうと思ったが、明日会うのだからと手を振って彼女を見送る。
アリアンロードが消えると同時に、世界が元に戻る。
バルコニーに駆け上がったリィンの下では、エマ達がこちらを見上げており、一体何があったのかと疑問を目に宿している。
素直に先程の全てを伝えれば、きっとややこしいことになる。
そのため、リィンは騎兵槍を投げた相手を見たが転移陣で消えてしまった、と事実だけを伝えるのだった。
いつか遠くの可能世界
アリアンロード
「確かに息子のように夢想してましたが、実際に母と呼ばれるとなんて答えればいいのかわかりません……だから決闘をダシに時間稼ぎますね……」
オズぼん
「娘のように思っているであろう彼女と息子を決闘させる、か。それはまさか、決闘と書いてお見合いと読むというものではなかろうな?」
アリアンロード
「……違います」
オズぼん
「成功すれば母と呼ばれることに抵抗がなくなるからな。なるほどなるほど、随分といじらしくなったものではないか」
アリアンロード
「………………聖技――」