はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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いつも誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。八月の特別実習だ⑦

 すでに日付変更を迎えていたが、仮眠を取ったリィン達A班は特別実習二日目を迎える。

 まずグローグラスと呼ばれる白い花を採取し、ラウラを慕う三人娘の一人に届けた。

 その御礼として『遠く離れた地での勝利の約束』を意味する鉄騎隊のお守り……そのレプリカを受け取ったリィンは、今夜のことを考えて妙な因縁を覚える。

 

 手配魔獣を討伐した後は、釣りの要請だ。

  

 サモーナの亜種であり、幻の魚と呼ばれたゴルドサモーナを釣る要請の中、エマは四月の特別実習先であるケルディックで出会った旅行者のアナベルと再会する。

 旅の食料は魚を釣って補うというなかなかのチャレンジャーから、何故かゴルドサモーナをどちらが早く釣り上げるかの勝負へと発展した。

 

 リィンはどうせなら、とマキアスも巻き込み三人での釣果を競うこととなる。

 白熱したアングラー勝負を制したリィンは、アナベルと再戦の約束を交わしゴルドサモーナを届けた。

 そこでせっかくなら、と幻の魚を味わって舌鼓を打ち、午後からの要請も終えて特別実習の締めとなるギルドの書類仕事を適当に終わらせていく。

 

 やがてギルドの本日の業務も終了となり、八月の特別実習も終了となるのだが――あまりにもつつがなく終わったため、リィン以外の四人は首を傾げてしまうほどだった。

 

「馬鹿な……何の波乱もなく一日が終わるなんて」

「騒動らしい騒動と言えばあの旅行者くらいだな」

「何故だろう。どこか物足りなさを感じてしまう」

(途中で呼び出されることなく一日が終わったわ)

「皆さん、少しリィンさんの影響受けすぎですよ」

 

 かくいうエマも、実は心の中で同意してしまいそうだった。

 一日目に比べればあまりにも変哲がない。

 Ⅶ組のメンバーは、リィンが絡まない特別実習もちゃんとこなしてきた。

 当然、こんなこともあるとわかっているが、彼が一緒なのにこんな何事もなく一日が終わることが信じられない様子だった。

 

「ですがリィンさん、いつもなら街を走るはずなのに今日は控えめですね」

「んー……子爵との稽古出来ないかって考えてたからな」

 

 一日目は実際そうなのだが、ヴィクターとの手合わせを済ませた二日目にもレグラムマラソンをしないことにエマは疑問を抱く。

 その理由として、A班と別れた後にレグラムへ戻った後、夜までの時間をマラソンしようと考えていたからだ。

 リィンは夜中にデュバリィと決闘を行うことを四人に告げていない。

 従来であれば見に来るか、などと言うところだが、今日は違う。

 それは、オズぼんへの配慮があった。

 

(親父はアリアンロードさんと話したいみたいだからな。あんまり、割って入るのはやめたほうがいいだろうし)

 

 二人の関係はわからないが、余人を交えない場所であるほうが好都合なのだろうとリィンは考える。

 オズぼんの思考の全てを読むことは出来ないが、彼がアリアンロードに抱く感情は一言で済ませられないほど特別なものに感じたのだ。

 

 どこか腑に落ちない気分のまま、A班はヴィクターやトヴァルに別れの挨拶を済ませるべく館へと向かった。

 

「そうか、もう発ってしまうか……」

「わずか二日の間でしたが、良い帰省となりました」

「えらい大騒ぎだった昨日に比べれば、随分と静かな二日目だったしな。仕事量自体に変わりがあるわけじゃないんだが、密度が薄いっていうかなんというか」

「その気持ち、わかります」

 

 トヴァルがそう言って笑い、同意するA班。

 彼もまた、ノーザンブリアの特別実習をリィンと共に過ごした、いわば同じ釜の飯を食った仲間。

 それがリィンに関わった者が抱く共通の意識なのかもしれない。

 

「アルゼイド流の門下生達にも良い刺激となったことだろう。ラウラは、成人を迎える前には皆伝が見えるかもしれんな」

「そう、ですね……学業を放棄して修行にのめり込みたい、と言いたいところではありますが、学院で学ぶこともまだまだあります故、もう少しトールズでの生活を過ごそうと思います」

「フッ、以前ならばすぐに修行を申し出ていたところだろうに、子の成長は速いものだ」

 

 その後、主にラウラとヴィクターの親子の会話がしばし行われるが、それに茶々を入れる者はいない。

 エマを筆頭にユーシスとマキアスは親子の話を邪魔するつもりなどなく、リィンは夜のことに思考がシフトしており、話を振られても静かに頷くのみ。

 そんな彼の行動に、ラウラは違和感を覚えていた。

 

 それでも別れの時間が訪れ、ヴィクターやクラウス、名残惜しさを顕にするレグラムの住人達と別れの挨拶を済ませて駅のホームへと向かうA班。

 先導する三人をよそに、ラウラは歩くペースを落としてリィンの隣に並んだ。

 

「リィン、そなた……近日に他の誰かとの手合わせでもあるのか?」

「え?」

 

 まさかの言葉に、リィンは顔を上げる。

 やはりか、と鷹揚に頷くラウラはその理由を語る。

 

「昨日に近い雰囲気を感じてな。何かに備えている、と言えばいいのだろうか。私も道場での昇段試験や試合がある時などに、似たものを抱いたからな」

「まさかそこから見抜かれるとは」

「私にはエマのように、魔的なものの見方は出来ぬが、同じ剣の道を志す者としての視点は持ち合わせているつもりだ」

「……なんだかんだ、Ⅶ組の武芸者って俺とラウラだけだからな」

 

 リィンがトールズでよくつるむ相手はエマを筆頭に星杯騎士見習いのロジーヌに占い師のベリル。そして特別実習を通じて絆を深めてきたⅦ組のクラスメイト。

 ラウラを除けば、剣士とは対に位置する者達ばかりである。

 

 ロジーヌは法剣にボウガンも習っているが、それでも武芸者という視点で見れば異なる。

 ユーシスやガイウスは剣や槍を兄や師から学んでいるが、その道を極めるというより、必要最低限の力を得るためと見える。

 アリサの導力弓やマキアスの導力散弾銃も同じで、ミリアムの強さはアガートラムに依存するものだ。エリオットはそもそも例外とする。

 強さという意味ではフィーが近いが、彼女の力の源は猟兵の技だ。これもまた武という言葉でくくるのは違うだろう。

 

「これから向かうクロスベルで、何か親善試合でもするのか?」

「んー……」

 

 ここでリィンは、ラウラになら教えてもいいかと思った。

 仮にも決闘場はローエングリン城、ラウラの故郷を勝手に使おうとしているのだ。

 一言くらい告げるべきか、と悩むリィンにラウラは静かに口元を緩める。

 

「言わずとも良い。リィンが口にしない、ということは秘匿されるべきもののはずだ。そなたは『あけすけ』だからな。

 おそらく、自分以外の相手のために口を閉ざしているのだろう? ならば、私が勝手に聞くわけにもいくまい」

「ラウラ……」

「まあ、そなたがそこまで気負う相手というのが気にならないわけでもないし、悔しさもあるが……それでも、私はこう言おう」

 

 すう、と息を吸い込み、ラウラは告げる。

 

「勝って来い。異なる相手といえ、連続して負けるのは嫌な気分になるからな」

「……ああ」

 

 決闘相手であるデュバリィと会っていないラウラに、彼女の強さはわからない。

 それでもヴィクターに勝つ気で挑み、敗北したリィンが迎える二度目の戦いへ意気込む気持ちは汲み取ることが出来る。

 ラウラはすっと手を掲げる。

 リィンは自然と彼女の気持ちを察して、同じように手を握った。

 こつん、と二人の拳が合わされる。

 剣士の激励を受け取ったリィンは、そのままA班と合流しケルディックの駅まで同行する。

 そして後日改めてガレリア要塞へ赴くものの、一度トールズへ帰る四人とクロスベルへ赴くとされるリィンへ別れを告げる。

 

「リィンさん、クロスベルではせめて殿下に悪影響を与えないようにしてくださいね」

「まあ、君のことだから絶対何かしでかすんだろうが……せめて会議の邪魔にならないようにな」

「今回は個人でなく、周辺国家を含めた大陸規模の重鎮が揃う。……エレボニアの恥はさらしてくれるなよ」

「私が言うべき言葉は告げた。クロスベルでも似たようなことがあるなら、それに応じて戦ってくるがいい」

(今回は流石にアタシを連れてかないようだけど、なんだかその分心配ね……アンタら、こいつを煽らないようにね)

 

 それぞれ別れの言葉を受け取ったリィン、そしてセリーヌから守られるとは思えない言葉を受けるオズぼんにヴァリマール。

 それらの気持ちを胸にしまいこみながら、リィンはクロスベルへ向かうフリをしてレグラムへ帰還、その後中断していたレグラムマラソンを行うのであった。

 

 

「来ましたわね、シュバルツァー」

 

 夜のローエングリン城。

 結界が壊され、鍵がかけられているはずの扉が開かれた先にあるエントランスホールには、一人の女性剣士が待ち構えていた。

 

「デュバリィさん」

 

 予想していたはずの顔だが、リィンはそこにかつての彼女にはなかった気迫を感じた。

 剣に盾、鎧に羽兜(はねかぶと)

 鉄機隊筆頭を務める彼女の完全武装である。

 敵意にも似た戦意を受けながらも、リィンはそれを向けられる理由がわからない。

 

「なんでそんなに不機嫌なんですか? 俺は何かした覚えがないんですが」

「フ、フフフ……貴方はそう言いやがりますか」

 

 怒りで体を震わせるデュバリィ。

 すぐに気持ちを切り替えたのか、鋭い視線と抜き放たれた剣の切っ先をリィンに向けながらその理由を語る。

 

「マスターから拝命された我が渾名《神速》……それを超えるものなど、許しておけるはずがありません」

(フフフ、息子よ。どうやら彼女は、共闘以前の最初の戦いのことを言っているらしい)

(鬼気解放ヲ使ッタ時ノコトカ)

 

 言われて、リィンは最初に鉄機隊と交戦したさいに人形兵器の数を減らすために鬼気解放を使ったことを思い返す。

 確かにあの当時、デュバリィは反応出来ていなかったようだが……それが彼女には大変気に入らない様子だ。

 

「強さで劣ることはあっても、この自慢の速さで二の足を踏むわけには参りません。何より、マスターの手を煩わせた不手際は、勝利で(そそ)ぐのみ」

「私は気にしていない、と何度も申しましたよ。デュバリィ」

 

 いつの間に立っていたのか。

 窓から差し込む月光を受け、その兜と鎧を輝かせながらアリアンロードが現れる。

 すぐにデュバリィが跪こうとするが、アリアンロードはそれを手で制する。

 

「再戦の機会を設けたといえ、むしろ手を煩わせたのは私のほうです。謝罪すべきはこちらですよ、デュバリィ」

「いえ、そんな! マスターが謝罪することなど!」

 

 慌てて謝罪するデュバリィをよそに、リィンはアリアンロードへ近づいていく。

 威嚇するように歯をむき出しにしながら唸り声を上げるデュバリィをよそに、リィンはこう言った。

 

「お母様」

「……………………は?」

 

 先程まで滲ませていた気持ちを全て霧散させ、デュバリィは呆けた。

 目の前の生意気な年下は、事もあろうに崇拝する主を母と呼んだ。

 その事実を、脳が理解を拒む。

 

「…………ですから違います、と」

 

 主も否定した。

 だが、数年の付き合いがあるデュバリィにはあれが照れから生まれた台詞であることに気づく。

 それはつまり、彼女は。アリアンロードは。

 リィンから母と呼ばれること(・・・・・・・・)を満更でもない、と思っていることに違いなかった。

 それを理解した瞬間、デュバリィの中で決定的な何かが切れた。

 

「うーん、やっぱり駄目ですか。まあともあれ、決闘が終わるまでは二人の時間を過ごしてください」

 

 そう言ってリィンは左腕からオズぼんを外した。

 

「え」

 

 外せるのですか、というニュアンスが多大に込められた一文字をよそに、リィンがアリアンロードの左腕へオズぼんを押し付ける。

 オズぼんはアタッチメントなので、当然付け替えは出来るのだ。つまりリィンは好んで四六時中オズぼんを身に着けている。

 けれどアリアンロードは兜の下が妙齢にして絶世の美女であることを踏まえると、なかなか危ない光景のような気もするが、ひとまずリィンはその気持ちに蓋をした。

 

「親父、しっかり話して来いよ」

(フフフ、気を遣われてしまったようだな。ともあれ、この場を離れようではないか。おそらく、数秒後に爆発するぞ)

「え。ええ…………」

 

 戸惑いしかない光景を見せつけられながら、アリアンロードが跳躍する。

 バルコニーに繋がる高さまで一足で飛び上がった身体能力の高さに、リィンは感心の声を上げようとして――その口元に突き込まれた騎士剣を瞬時に回避した。

 

「まままままままま、ますたあを、事もあろうに、我が主を、かの御方に向けて……」

 

 リィンは飛び退きながら鬼の力を解放して抜刀。

 すでにデュバリィは目の前に迫っていた。

 

「お母様などと!!!! 身の程を知るがいいですわああああああああああああああああ!!!」

 

 騎士の誇りはどこへやら。

 決闘の合図は、そんな絶叫(ふいうち)と共に告げられた。

 

 

「フム、デュバリィ嬢は随分と鍛えてきたようだ」

 

 眼下で行われる戦いを見下ろしながら、アリアンロードは己の左腕に取り付けられた人形が喋ることに、未だに困惑していた。

 昨日は逃げるようにして去ってしまい、今日もここに来るまでの間に心を落ち着かせて来たはずなのに、どうしても目の前の光景を認めにくい。

 

「貴方は、己を彼の分身と語りました。一体、なぜそのように生まれたのです?」

「さて。私自身、気づけば息子の左腕に抱きついていた。女神の悪戯としか答えられんよ。何せ本人も輪廻の輪から外れてしまったものだからな」

 

 くつくつと、真顔の人形が笑う。

 笑っているはずなのに、人形の表情は常に真顔なのだから可笑しさしか浮かばない。

 それに加えて、ギリアス・オズボーンの秘密を間違いなく知っているこの人形の言葉はアリアンロードを震わせるほどのものなのだが……どうしても、気が抜けてしまう。

 主導権を取られたままではいられない、と意を決して質問を投げようとするアリアンロードだったが、オズぼんのほうが機先を制した。

 

「ところで、何か聞きたいことがあるのではないか?」

「それは……」

「うむ、わかっているとも。これまでの私と息子の日々を知りたいのだろう?」

「え? いえ、気にならないと言えば嘘になりますが、私が聞きたいのは――」

「まずあの日だ、鬼の力に目覚めた息子の左腕にくっついて生まれた私は――」

 

 これは、駄目ですね。

 と、アリアンロードは一度満足するまで語らせるしかないと諦め、人形が語る彼らのこれまでに耳を傾けるのだった。

 

 

 デュバリィの剣閃がうなるたび、リィンの顔や手足に浅い切り傷が作られる。

 手加減など一切ない、慈悲も躊躇もない相手を殺すための一撃。

 元より決闘とはそういうもので、リィンも手合わせで怪我を恐れる段階はとうの昔に過ぎている。

 それでも、殺す気でなく確かな殺意(・・)を持った相手との決闘はリィンにとって初めてだった。

 

「…………す。………ます、わ」

 

 喜怒哀楽がはっきりとした、感情豊かな女性であるデュバリィ。

 その彼女が爛々と目を輝かせて己を抹殺せんと迫る姿に、リィンはアリアンロードとの問答が彼女の逆鱗に触れたのだと否応なく理解する。

 

「無礼も何も、あの人は俺にとって母みたいな人、ってことですからね。そう呼んで何が悪いんです?」

 

 けれど、そのこととリィンが呼び方を改めることには何ら関係がない。

 むしろデュバリィにとっては煽り以外の何者でもない台詞を吐く始末。

 

「自分が嫌だってだけなら、はっきり言ったほうがいいですよ! 崇拝と押しつけは違うんですから!」

「やかましいですわ!」

 

 神速と疾風の剣が交差する。

 鬼気解放を目と足に集めて動くことでようやく互角、いや僅かにデュバリィが上回る速度戦。

 もしアリアンロードとオズぼん以外の観客が居れば、リィンとデュバリィの姿を見ることが敵わないほどだ。

 六月以降、腕を磨いて来たのはリィンだけではない。デュバリィもまた、アリアンロードへの師事で実力を伸ばしていた。

 

 互いの斬撃が肉や鎧を切り裂く音が、行動の後に生まれていく。

 足を止めたかと思えば、頭からつま先に至るまでの何十箇所にも走る刃の軌跡を、ほぼ同等の切り返しで対抗する。

 互いの腕は見えず、太刀と騎士剣が噛み合う火花と窓から差し込んだ月光だけが両者の顔を照らして認めていく。

 

 互角。

 総合的な差を数値化すればまた別かもしれないが、少なくとも現状でリィンとデュバリィの剣術の差はない。

 膂力はリィン、速度はデュバリィ。

 デュバリィが先に差し込んだとしても、リィンが強引に弾くことで生まれる均衡。

 実力が伯仲した相手との戦いは、リィンとデュバリィをより高みへと連れていく。

 

「疾ッ!」

 

 鬼気解放から繰り出される疾風の斬撃がデュバリィの顔に迫り、彼女は首を傾けて避けるが翼を模した兜の一部が切り飛ばされる。

 片翼の兜となったことに見向きもせず、返す刀でリィンの胴元を薙ぎ払う。

 制服を超え僅かに肉を切り裂き、剣の切っ先に僅かな血が付着するが、それだけ。

 逆に突き込まれた太刀を盾で軌道を反らし、袈裟懸けに剣を払う。

 

 だが鬼気を装填させたリィンの肘が騎士剣を上から押し込み、同じく鬼気を送り込みながら上げた左膝に受け止められる。

 肘と膝による変則的な白刃取りを前に、デュバリィは殺意を溢れさせながらも冷静に剣を手放し、両手に握った盾で思い切り突進を仕掛ける。

 ミシ、と鉄塊で肉を叩く鈍い音が響くと同時に、剣の戒めが緩む。

 それと同時に剣を取って押し込むが、その時すでにリィンは刀身の範囲外へ逃れていた。

 

 そこから、リィンは鬼気を足に集める。

 屈んだ体勢からの踏み込みを前に、デュバリィはすぐさま迎撃せんと突っ込もうとするが、視界に入ってきた光景に目を見開く。

 

「ど……らぁ!」

 

 リィンが踏み込む。

 だがそれは前に進む速さを得るためでなく、敷き詰められた石畳の一部を蹴り出すためのものだった。

 敬愛する主の城の床を破壊する行為にさらなる激昂状態となったデュバリィだが、壊さぬよう石畳を盾で払い、同時に飛んできた緋空斬を怒りの刃で切り裂く。

 すぐに怨敵を見据えようとするが、リィンの姿はそこにない。

 即座に頭を下げた瞬間、鬼の太刀が横切った。

 背後からの急襲に羽兜が両断され、まとめていた髪がふわりと舞い上がる。

 だがそれを気にせず、デュバリィは足に力を込め、背面に剣を振るった。

 

影技(えいぎ)鬼炎斬(きえんざん)!」

 

 かつてノーザンブリアにおいてリィンと共闘した時に開眼した剣帝を模倣した一撃を、決別を以て走らせる。

 リィンは太刀を振るった直後、避ける手段はない。

 焔の刃はリィンを両断せんと首に迫り――デュバリィは正面から感じる衝撃に体勢を崩した。

 それは剣撃の減速を意味し、リィンに太刀で防ぐ時間を与えていた。

 一瞬の火花が炸裂すると同時に、デュバリィの頬に粘着性のある何かがかかった。

 鉄の匂いが混じるそれを感じながら、その場を離れる。

 月光によってもたらされた灯りによって、デュバリィは自分の鎧が切り裂かれ、赤熱していることに気づいた。

 忌々しく感じながらも鎧を分離、がしゃりと音を立てて崩れるそれに自分が受けた衝撃の正体を察する。

 

「遅延とは小賢しい真似ですわね……」

 

 先程石畳を飛ばしたのと同時に放たれた緋空斬。

 リィンはそれの連射が可能であることをデュバリィは知っている。緋空連斬、というやつだ。

 だがリィンはその二撃目をワンテンポ遅れて放った。

 自分達の戦いが速度を競うものである以上、どうしても攻撃の遅効を禁忌するものとする中、彼はあえて遅らせた緋空斬で罠を張ったのだ。

 そして遅行の緋空斬を追い越した、背後からの急襲を避けられた時のための備えだったのだろうが、それがリィンの命を救った。

 

「策略と言ってください。デュバリィさん、貴女を倒すためのね」

「意外ですわね。この決闘は、私の一方的なものと思いましたが」

 

 リィンが軽く眉をひそめる。

 会話に付き合ったデュバリィに驚いたのだ。

 デュバリィ自身、受け応えをした自分に驚いた。

 

「報酬のために戦っていることは否定しませんが、それ以上に思うんですよ。――同じ剣の道を進む者として、純粋に、目の前の高みにいる相手を倒したいって」

「…………」

「貴女の剣から、今まで練り上げた修練を感じます。それは、こうして怒りに支配されているだけじゃ決して至れないし振るえない。

 でもまあ、そんな難しいこと並べずに素直に言ってしまえば、こうして互角の戦いが出来る相手がいることが嬉しいんですよね。

 ――だから、その上で俺は貴女に勝ちます。勝って来い、とも言われてもいるので」

「…………生意気な」

 

 デュバリィは頬にかかったリィンの血を拭い、目の前の相手を睨む。

 白い制服の一部を赤く染め、影技・鬼炎斬による首からの流血はいつの間に止血を施したのか、すでに止まっていた。

 ダメージは与えているが、決定的ではない。

 対するリィンは、彼女にダメージらしいダメージを与えられないでいる。

 現時点で言えばデュバリィが優勢と言えるが、彼女は羽兜も鎧も失った。

 リィンの斬撃を防ぐ手段が減るならば、今後は優勢が続くかわからない。

 

「……………っふぅー…………」

 

 ここでデュバリィは呼吸を整える。

 リィンは訝しげな目をしているが、なぜか攻めてくる様子はない。

 その間に、デュバリィは意識を切り替える。

 

(……この戦いは、マスターを母と呼ぶ恥知らずのシュバルツァーへの制裁――もあるかもしれませんが、切り離しましょう。

 この男は、純粋に私を倒そうとしている。私という剣士を超えんとしている)

 

 怒りながらも時に冷静にリィンへ攻勢を仕掛けていたデュバリィだが、彼の剣からは自分をおちょくる気は微塵もなかった。

 ただ、己を超えるさまを誰かに見せつけたいのだろう。

 それがリィン自身か、他に見せたい相手――アリアンロードなのかはわからない。

 

(……けれど、それは貴方だけが抱く気持ちではありません)

 

 元より、アリアンロードこそきっかけであるが、デュバリィがリィンに負けたくないと思ったからこそ生まれた決闘なのだから。

 

 デュバリィの呼気が整えられると、視界がクリアになる。

 だらりと剣と盾が下がる。全身が脱力しているためだ。

 それでもリィンが攻めなかった理由――それは、デュバリィが笑っていたからだ。

 先程までは殺気まみれだった様子から一転、淀みが晴れていくように戦意が純化されていく。

 

 デュバリィが差し出すように騎士剣を伸ばす。

 リィンは首を傾げたがデュバリィが、ん、と促すようにつぶやくと、意図を理解して太刀を伸ばし、彼女の騎士剣に合わせた。

 

 ついばむように、重ねるように交差した太刀と騎士剣が、小さな音を立てる。

 

 互いに修めたのが異なる流派ながら、剣士としての礼儀は自然と共有していた。

 仕切り直しを認め、互いにバックステップで距離を取る。

 リィンの太刀に焔が宿り、鬼の力が合わさっていく。

 劫炎撃(ごうえんげき)と名付けた灼熱の剣に対し、デュバリィは再び影技・鬼炎斬の構えを取った。

 今、互いに抱える気持ちを一番表現出来るのがこれなのだと、示し合わすことなく選択する。

 同時に地を蹴る。

 二人の剣士は互いに引かれるように距離を縮め――ここから、本当の決闘が始まった。




オズぼんと適応した聖女様との会話。

オズぼん
「そこで息子はこう言ったのだ。
 『エリゼ、随分と顔が赤いぞ。あー雪が降ってるから、かじかんだのか? ほら、早く温泉行って温まろう』と……」
アリアンロード
「なんてお約束な……! そこは女として鈍感と言わざるを得ません。まるでかつての貴方を見ているようです」
オズぼん
「いや、私はもっとしっかりしていただろう」
アリアンロード
「そう思っているのは本人だけです。カーシャさんの苦労が忍ばれますね。あの時も(・・・・)――」

以下、観戦しながらもこんなやり取りが決闘終了まで続く――
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