施しの英雄    作:◯のような赤子

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本来このような場で言うべきではないのかも知れませんが、昨日の日刊ランキング一位になることができました。
夢だろ…?とか、いや無いって…いつチート・バッカーズの邪眼喰らったっけ?と何度も見直しましたが、これも全て皆様のおかげです!本当にありがとうございます!
どうしてもお礼が言いたかったので、少しこの場をお借りしました。申し訳ありません。
(ジャスト一日だ。良い夢見れたかよ?)

今回までが、伏線張りという名のカルナさん以外の状況説明です。

数々の作者のねつ造や妄想が繰り広げられますが、どうか生暖かい目で御覧ください。



英雄とは是、即ち

 

「――くっ、はは!あれが赤龍帝、上級悪魔リアス=グレモリーの眷属達か!」

 

 

青年とおぼしき笑い声が、辺りに木霊する。

ここは京都であって京都でない。冥界で暮らす悪魔達の娯楽の一つ、“レーティングゲーム”で使用される技術を用いて作られた、謂わば異界だ。

 

嬉しそうに笑うこの男こそ、4年前に帝釈天と袂を別ち、その身に最強の“神滅具”【黄昏の聖槍】を宿した青年――三國志にその名を残す英雄、曹操 孟徳の血を受け継ぎ、自らも曹操と名乗る彼は先程ここ京都の渡月橋にて、イッセー達に初めて自分達“英雄派”の姿を晒した。

 

 

そんな曹操の笑い声に、彼の周りにいた仲間は一人、また一人と嘲りを含む笑みを浮かべていく。そこには人であるという誇りなど無く、ただ己より下…つまり弱い者を見つけ、嬲れることへの暗い歓喜があった。

 

 

その証拠に、曹操の傍にいる幹部と見られる少年少女達は、思い思いに口を開く。

 

 

「良いね君は、楽しそうで。まぁ気持ちは分かるよ?あれは確かに、予想外の塊だ」

 

 

曹操と共に、渡月橋にてイッセー達と相対した、魔剣士ジークフリートがそう口にする。するとその言葉に呼応するかのように、分厚い筋肉に覆われた肉体をこれ見よがしにと晒しあげ、己をかの大英雄“ヘラクレス”の魂を受け継いだ存在であると思い込み(・・・・)、父と母から授かった名を捨て、自らをヘラクレスと名乗る巨躯の男。その隣にて、僅かな残滓を確かに受け継いでいるものの、すでにその高潔な精神を無くし別人と化した聖女、ジャンヌは残念そうに首を振り。

 

 

「おう、見させてもらったが何だアレ?このヘラクレスがあの場にいりゃ、俺様一人で余裕で全員ぶっ殺せたぜ」

 

「私も行きたかったなー、特にあの金髪の可愛い男の子。【魔剣創造(ソード・バース)】の“神器”なんて…お姉さんを挑発してるのかしら♪」

 

 

“驕り”と“慢心”――だが曹操はそれを止める事も、注意を促すこともなく。隣にいつの間にか現れた、己に次ぐ実力者にして、この“英雄派”の参謀とも呼べるゲオルグと、まだ幼いながらも、その身に宿す“神滅具”【魔獣創造】は、数の暴力という点を見ればこの中でも随一であると認めるレオナルドの二人に見向きもせず、ただ誇らしげに彼等を見据える。

 

 

そうだ、これこそが英雄(・・・・・・・)だ。

絶対の自信を持ち、自らの力を好き勝手に振る舞い、他者をそれにて魅了する。【力】こそが弱者を導き、ゆえに…――“最強の【力】を持つ己こそが、真の英雄である(・・・・・・・)”。

 

 

だからこそ、この“英雄派”を築き上げた。

弱い人間の中でも、特異な力を宿す彼等を探し出し、いつしか英雄と呼ばれるであろう存在をまとめ上げ、その先にて“英雄をまとめ上げた大英雄(・・・・・・・・・・・・)”として名を残す為に……あの神々の王に、今度こそ認めてもらう(・・・・・・)為に――。

 

 

「おい曹操、そういえばあの狐を連れた男はどうすんだ?」

 

 

知らず知らずの内に握りしめられていた拳は、ヘラクレスの投げかけた問いに気を取られ、彼は気づかずそれを解く。

 

 

「あぁ、あの帝釈天が寄こしたとされる須弥山の使者か」

 

 

彼等はカルナがこの地に足を入れる前から潜伏しており、曹操はかつて住ごした古巣である須弥山の内情に多少詳しいこともあって、スパイを幾人か送りその情報をこちらに流させていた。

ただこのスパイとは、カルナの情報を流させた直後に連絡が取れなくなっているが…曹操がそれを気にすることは無かった。

 

初めから捨てる気でいた駒(・・・・・・・・)のことなど、気にしてなどいられない。何よりこうして自分達、真の英雄となる者の為に役立ったのだ。ならば彼らも満足だろう――…そう思って。

 

 

トントン――っと、彼を知る者ならば見慣れた最強の“神滅具”で肩を叩く仕草をしながら、曹操は思考する。

 

スパイに掴ませた情報から、あの白く細い男が、須弥山側が寄こした使者であることは間違いない。だが幾つか解せないことがあると、曹操は肩を叩く仕草を止め、視線を聖書の神の意志が宿る“神滅具(ロンギヌス)”――その由来となった【黄昏の聖槍】へとやる。

 

 

(帝釈天は、いと名高き武神…その頂点だ。だから弱っちい…どう見ても“神器”を宿しているとは思えない、ただの人間(・・・・・)としか見えないあの男を何故…自身の名代として寄こした?)

 

 

曹操はいつしか、帝釈天へと挑まんと心に決めている。それこそが拾ってくれた恩義を、返す唯一の方法であると。その為に、すでに“禁手(バランス・ブレイク)”できる状態にも関わらず、長い時間をかけ“亜種”へと変質させ、その能力を更に研鑽している状態だった。

 

だが…まだその時ではない。曹操は理解しているのだ。

 

【今の段階では、悪魔や堕天使程度は相手できようと、神々を滅ぼすにはまだほど遠い】と。

 

誰よりもあの神を見て来た。いつしか超えんと――だが時間は待ってくれない。何より今の彼は、【禍の団】。その中で、今や最大派閥となった“英雄派”を率いる長なのだ。

 

軽く流すように視線をヘラクレス達へと向ければ、誰もが『やらせろ』と声に出さず、目で訴えて来る。『人外と共にいるのであれば、それはもはや人でありながら人の敵である』と。

 

 

かつて広大な地に生まれた三國において、彼等と比べることすら烏滸(おこ)がましい、英雄達が群雄割拠した時代に、その英雄達から魔王と恐れられた曹操 孟徳であればその時を理解し、この流れにも似た雰囲気を一喝し塞き止めることができただろう。だが…――。

 

 

「じゃあ、やろっか」

 

 

ただ血を受け継ぐ子孫でしかないこの若造に、それを理解しろというのは、どだい無理な話だ。

 

 

「…良いのかい、曹操?帝釈天は僕等のパトロンでもあるのだろう?」

 

 

若干の不安を見せるゲオルグに、曹操はもはや癖となったそれを再び始めながら。

 

 

「何だいゲオルグ、不安か?問題ないさ、むしろ俺達弱っちい人間に攻められて、負けるヤツなんかここで殺してやったほうが幸せというやつさ」

 

 

誰よりも、理解しているという自負がある。

かの神々の王は、英雄たる者が誰しも崇める英雄神でもある。つまりは強い存在…英雄を誰よりも好む。だというのに、あの男は何だ?

 

 

曹操はカルナがこの京都に入って以来、監視しておくよう構成員に命じ、時折ゲオルグに魔術を使わせ、その映像を見させてもらっていた。

 

確かにこの京都守護に名を馳せる妖狐との戦いは曹操をして、思わせる所のある戦いだった。

見た事もない形状の、己と同じように槍を使った戦闘。そのスピードは確かに目を見張るものがあった。

 

だが、それだけだ(・・・・・)

焔狐の熱に耐えるだけなら、この“英雄派”にて耐熱の“神器”を宿す者なら誰でもできるし、単純な威力だけでも己の聖槍のほうが、遥かに上だ。更に勝者でありながら、敗者を辱める権利を放棄し、あまつさえ、今やその敵と隣を歩き案内を任せ、更には背中を晒して土遊びに興じていると来た…ッ!!

 

 

(何故だ、帝釈天よ…何故…英雄であるはずの俺には、何の音沙汰もくれず、あのような男を自らの名代としたっ!?)

 

 

再び気づかず握り拳を形成する曹操。そこには強く握り過ぎた為か血が滲み出ていた。

 

誰よりも…あの神々の王を理解し、好む英雄であると自負(・・)がある。

だがこの地に馳せ参じたのは、【西遊記】に名を刻む仙術の担い手でも、三國にその名を轟かせた大英雄でもなく…誰とも知れぬ、まるで農家のような男ときた。

 

これが嫉妬であることなど、曹操は理解している。だが我慢できない。何故ならそこは本来、自分のような者にこそ相応しい(・・・・・・・・・・・・・・)からだ。

 

気配が変わった己の傍から離れる部下になど目もくれず、殺意を周囲にばら撒く。

 

 

「…曹操、怖い…よ?」

 

 

だがそれは人外に追われ、人の悪意に晒され迫害された者にしか理解できない事であり、望んでいなかった力を手にし、曹操達に連れて来られたその日から道具(・・)としか見られていないと自覚するレオナルドには通じない。

恐怖を覚えてしまえば、それはもはや道具ではない。そう彼等に思われては今度こそ、自分は一人になると…恐怖を覚えるという矛盾を抱えたまま、彼は感情の込っていない声音と共に、曹操の裾を引っ張る。

 

 

「っと、すまないレオナルド。俺らしくなかったね、ごめんよ?」

 

 

裾を引かれたことにより、自らが英雄らしくない行いをしていたと理解し取り繕いながら、「ん」と短い返事をするレオナルドを少し後ろに下げ、曹操は逆に少し前に出て、これからの予定を語り出す。

 

 

「さて、まずは当初の予定を思い出そうか。ゲオルグ、『龍殺し』の調整と、八坂姫の調教は順調かい?」

 

「当然さ、この僕はあのゲオルグ=ファウストの子孫だよ?甘く見てもらっては困るね」

 

 

曹操の問いかけに、遺憾であるといわんばかりに顔を歪ませパチンと指を鳴らす。すると霧のようなものが発生し、その中からどう見ても、正気とは思えぬ八坂が出て来るではないか。

 

 

「調教たぁ、良い言い方だな。これで娘産んでるんだろぉ?スケベな大妖怪だなオイ」

 

 

ヘラクレスが軽口を叩き、下品な笑い声がそこらかしこから上がる。

 

霧の中に手足を隠したままの八坂は、その瞳に光を映さず、口元からは淫靡な銀糸が落ち続けている。それだけではない。

成熟した女の色香。乱れた着物から覗く豊満な胸と、程良いと思わせる肉付きをした太ももは、思春期の彼らが抱く欲求を、目に見える形となって意識の無いであろう彼女へ熱い視線となって降り注ぐ。

 

 

「ま、妖狐ってのは、男を誑かすことでも有名な妖怪だ。だからって手をつける(・・・・・)なよ?これは大事な道具(・・)だ」

 

 

念を押すような言葉と共に、軽く曹操が彼等を一睨みすれば、獣欲に駆られた者達が一歩下がる。その光景に軽く悦を感じつつ、ゲオルグに確認を再開する。

 

 

「ふむ、様子を見る限りでは問題なさそうだね。では予定通り、赤龍帝達を君の【絶霧】でこの異界におびき寄せ、彼等がいかに無力で俺達人間が、どれだけ素晴らしいか見せつけるとしよう。それとゲオルグ、あの目障りな狐と農民擬きも招き入れよう。あと今回はこの場への接続深度を更に深くしておいてくれ、ヴァーリ達にまた邪魔されたくないからね」

 

 

問いかけですらない、それはもはや決定事項のように、さも当然と言わんばかりに曹操は己の新たな考えを右腕たる彼に伝え、ゲオルグもまた当然と返す。

 

 

「【絶霧】に不可能なんかないよ。いくら君の聖槍より一段劣るとはいえ、上位“神滅具”と呼ばれるコレをあまり舐めないでもらいたいね」

 

 

「ならば良し」と曹操は順に、ヘラクレス達幹部と末端の構成員達を見据え。

 

 

「ヘラクレス達は俺達と共に、二条城にて彼等を待っていよう。助ける直前に俺達が現れ、絶望するその姿を笑ってやろう」

 

「おいおい、それじゃあ俺達がまるでゲームに出て来る魔王みてぇじゃねぇか」

 

「はは!魔王ならすでにいるじゃないか!俺達は何をしようと、どれほど人外に絶望を味あわせようと――英雄以外にはなれないよ」

 

 

“大儀は我等に在り”――そう曹操は言葉巧みに思考誘導し、ただ手にした力に(・・・・・・・・)(はしゃ)ぐ子供達(・・・・)は、熱に浮かされたように頷く。

 

 

「その間はお前達に任せる。ついでだ、須弥山の使者の相手もしてやれ。そうすれば、神々の王は、俺達を真の英雄として称賛するだろう。神の使いとして選ばれておきながら、人外と隣を歩く、人の誇りも忘れたあの男の横っ面を、お前達の手で思いっきり殴って囲んで蹴ってやれ。強者が悪いんじゃない、弱者が悪いんだ。それを俺達は味わい、そして証明してきただろ?なに、いつものように…英雄らしく、弱者を甚振ってやれ」

 

 

これで話は終わりだと告げるように、曹操が後ろを振り向けばその瞬間、異界に若く猛々しい怒号が上がる。

まだ何も成していない。だというのに、彼等はもう勝ったと、最強の“神滅具”がこちらにある。誰もが恐れる上位“神滅具”が3つもある。だから負けるわけなど無いと、特に理由もない自信に身を委ね、鬨の声を上げる。

 

彼等の目的は、大儀を掲げ悪魔に成り下がった者への忠罰。

しかしその中心。曹操はもはや、イッセー達のことなど見ておらず――。

 

 

「さて、お手並み拝見だ。須弥山、帝釈天の名がどれほど重いか、その身をもって味わうといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七海八山に囲まれた須弥山、その中心にそびえ立つ“善見城”。

その頂点にして主、帝釈天は豪華絢爛、これぞ贅の極みであると一目で分かる、数人かけのソファーのような座椅子に一人ダラけるように腰かけながら、煙草を咥え一言。

 

 

「遅ぇ。あの馬鹿、いつまで道草食ってんだ?」

 

 

カルナが京都に旅立って、すでに3日が立つ。本来であれば、初日で終わる予定のものが中々帰って来ないのだ。もう子供では無いと理解はしているが…相手は叙事詩【マハーバーラタ】の時代から、紀元前50世紀も隔て遡行して来た古代人。いかなる事も是と認め、基本断るという考えの無い大馬鹿野郎だ。

 

ジャラジャラと首から掛けた数珠を鳴らし、不機嫌な様子を隠すことなく胡坐を掻く帝釈天。基本彼は待つ事が嫌いではないのだが…この程度のおつかい(・・・・)、ちゃちゃっと済ませろというのが本音だ。

 

 

その様子に、流石にこちらも迷惑だと、軽い用事を済ませる為に来ていた初代は、帝釈天から貰った煙草の煙を吐き出し。

 

 

「まぁまぁボス、あのカルナだ。心配するだけ無駄だって、分かってんだろい?」

 

 

まるで子供をあやすような初代の言い方が、今は酷く気に食わないのか。

帝釈天は煙を吐き出しながら、濃密な殺気をこの小柄な老猿に向けるが…あの日以来、釈迦にすら喧嘩を売った当時に戻りつつある(・・・・・・・・・)初代にはまるで意味を成さず、かつて天すら征すると誓いを立てたこの老猿はただニヤニヤと笑うばかりだ。

 

 

「…チッ、面白くねぇ。おい猿、あんま調子乗ってると、閻魔帳から名を消していようがマジ殺すぞ」

 

「呵呵っ!そりゃ怖いねい!カルナと殺し合う前に、アンタとなんざ股座がいきり立ってしょうがねぇ!」

 

 

互いに軽口の応酬。だがこれはカルナに初代が敗れて以来、何度も繰り返された彼等のお決まりのようなものだ。

いつものお決まりを済ませた後、彼らは同時に煙草の火を消し帝釈天は、初代が来た理由をもう一度確認する。

 

 

「んで?確かアザ坊から、お前にテメェ等の膿(・・・・・・)の後始末を手伝ってほしいだっけか?」

 

 

『膿』とは即ち、【禍の団】の事である。

彼らの殆どが、かつて聖書の三大勢力のどれかに所属していたことは、各神話が皆知ることであり、それをどの面下げて助っ人に来てほしいと言ってるんだというのが、帝釈天の素直な感想だ。

 

くだらねぇ、自慰で死ぬなら最高じゃね?と、帝釈天は新たな煙草に火を付け、大口を開けてプカリと煙を吐き出す。

だが初代はその言葉に首を振り。

 

 

「ボス。残念ながら、今回はオイラ達も他人事じゃねぇぜ?何せ今京都で暴れてんのは、“英雄派”だって話だ」

 

 

アザゼルはその食えぬ性格と優秀な研究者という一面で、各神話の個人と多くの連絡先を交換しており、今回初代は直接アザゼルから助力の願いを出されていた。

そこで聞かされたのは、八坂の行方が分からずその犯人が、【禍の団】に所属する“神器”を宿した人間達。その頭目が、己を曹操と名乗っているという情報。これには今まで、いつかカルナを今度こそ本気にさせる為、修行と称して各地でテロリスト相手に大立ち回りを繰り返していた初代も迷い、こうして一度帝釈天に意見を仰ごうと立ち寄った。

 

しばし天井へと立ち上る煙を見やり、すぐさま帝釈天はニヤリと笑う。

 

 

「あぁ、ようやくそこか(・・・・・・・)。八坂は確か、龍王クラス程度(・・)だったな。クラブ活動(・・・・・)にしては、まぁまぁじゃねぇの?」

 

 

及第点だと言わんばかりに、煙草を咥え直す。

 

【禍の団】は何も、それだけで活動しているワケではない。

聖書の陣営…その中の一勢力、悪魔の陣営に個人で彼らに出資している者がいるように、この須弥山もまた、帝釈天がかつての約束を守り、“英雄派”の背後(バック)として名前と資金を与えている。

 

 

「…興味なさそうだねぃ。アンタ、それなりにあの坊やに目ぇかけてたんじゃねぇのかい?」

 

 

かつて帝釈天は、いつか来るであろう破壊神シヴァとの戦いに備え、各地に散らばる“神器”を集めていた。それは各神話、誰もが知る程に有名であった。

 

 

「おう、だって興味ねぇからな」

 

 

だがそれは、かつて(・・・)の事だ。

 

カルナを引き取り、暫くして思った。

 

【己が求めたものは、使いきれない数の武器ではなく、一騎当千の(つわもの)――即ち英雄である】と。そしてすでに己は、その英雄を数多く所有しているではないか。

 

目の前に存在する、天を征すると己が名に定めた初代 孫 悟空。

世界中に信仰され、人の身からその忠義と武威により、神の座にまで召し上げられた関帝、関羽 雲長。

そして…――。

 

 

 

 

ズン――ッ!!と突如、この須弥山が揺れた(・・・)。それは中国全土の信仰を集め形を成し、最高位の神格を有する帝釈天が存在するこの神域では決してあり得ない事。

 

ズンッ!!と再び須弥山全域が揺れ、徐々にその震源は、この“善見城”に近づいていることが分かる。

 

 

「おーおー、珍しいねぃ。あの三男坊(・・・)が、山から降りてくるなんざ」

 

 

だが初代は焦ることも無く、煙で輪っかを作り、帝釈天もまた、座椅子から立ち上がる様子はない。

理解しているのだ。この地鳴りを起こし、こちらを目指し、七海八山を越えやって来る存在が誰なのか。

 

 

 

地鳴りが止む。そこは今現在、帝釈天と初代がいる部屋の前。

4回のノックの後に扉が開き、入って来たのは少年としか思えぬ華奢な背の持ち主。

 

そのまま彼は、敢えて初代を無視するように、帝釈天の前まで赴き膝を着き、左手で右の拳を包む“拱手の礼”で敬意を表す。

 

それをまためんどくさそうに帝釈天は、再びプカリと煙を吐き出し。

 

 

「相変わらず、動くだけでこれだ(・・・)。もちっと神格を隠しやがれ。何しに来た――哪吒(・・)

 

 

哪吒――と呼ばれた少年は、そこでようやく顔を上げる。

 

【哪吒】、または【哪吒太子】

インドにおける財宝神クベーラ、後に仏教に取り入れられ、名を毘沙門天と改めた神の子にして、己もまた【托塔李天王】という武神として崇められ、かの“西遊記”においては弼馬温(馬の世話役)の役職に不満を覚えた初代孫悟空が天界にて暴れた際、その討伐に向かうも敗退。だがその後は彼等、三蔵一行の数々の窮地を救い、その旅を成功へと導いた立役者でもある。

 

 

「決まっている、天帝よ。昨日(さくじつ)この“善見城”の方角から、ただならぬ強者の気配を感じた。ゆえにこうして是非、武芸の競い合いをと馳せ参じた」

 

 

立ち上がった哪吒太子は、確かに全力の戦闘を想定してか…その身に纏うは己が代名詞とも言える蓮をあしらった衣服。その上からは“混天綾”を纏い、腰には“乾坤圏”、手には“火尖鎗”を持ち、足下にはすでに回転している“風火二輪”と、お前今すぐ牛魔王退治行って来いと言いたくなるようなガチ装備の姿がそこにはあった。

 

 

「呵呵っ!!オメェ!今その気配が無いことなんざ、簡単に分かるだろい?牛魔王が復活してるかもしれねぇと、蓮の池から今まで動かなかったってのにご苦労さん。ブァッッッカじゃねぇの!?」

 

 

そのあまりに遊びの無い装備を見た初代は、こりゃ面白れぇと腹を抱えて笑い転げる。

 

 

「…エテ公風情が…キサマのような毛むくじゃらの、子種をばら撒く事しか能の無い無能が、このいと高き善見城に何用か」

 

 

この時初めて哪吒太子は初代の方を見る。その眼は心底侮蔑と怒りに満ち満ちていた。

そのまま哪吒太子は、“火尖鎗”を初代へと振りかざす。だが初代はそれをいとも簡単に受け止め、更に煽り出す。

 

 

「おやぁ?おやおやぁ?そのエテ公風情に止められるなんざ、武神ってのは安い格だねぃ。オイラが貰ってやろうか、ん?」

 

「キサマ…ッ!!」

 

 

そのままかつての【西遊記】のように、二人は目の前に帝釈天がいる事も忘れ暴れ出した。

確かに哪吒太子は【西遊記】において、三蔵一行の窮地を幾度も救っている…が、それはこの帝釈天が命じての事。彼的には、殺したくてしょうがない程には初代を嫌っていた。

 

初代もまた同じ。恩は確かにある。だがそれ以上にお高く留まったこのクソガキが気に入らねぇと、二柱の武の境地に至った神仏は、部屋の調度品をじゃんじゃんブチ壊しながら会話をし出す。

 

 

「まぁだあの時ぶちのめした事を根に持ってんのかい!?ったく、女々しい武神だ!立派に育った兄達が聞けば、玉ナシ(・・・)だって言うぜきっと!」

 

「兄者達は関係無い!!キサマのような弼馬温ですら勿体無い山猿が、この場にいる事自体甚だ不愉快だ!!」

 

 

火炎を振り撒き、如意棒がそれを掬いあらぬ方向へと飛ばし、神々の王に相応しい部屋の様子は、まるで強盗に荒らされたようになっていく。それを見ながら帝釈天は――。

 

 

(…あー、スーリヤの馬鹿やアグニと、誰がプリティヴィーが作ったメシを最初に食うかでケンカした時思い出すわ)

 

 

思考放棄していた。

たった今、哪吒太子が壊した調度品は、確かオーディンから貰った物。その横で初代が踏んでいる花は、冥府でしか咲かない珍しい花だったはず。

他にも須弥山に所属する者達が、是非自分にと見繕った宝物の数々が、この瞬間にも壊れていく。

 

 

「だいたいキサマ、何故ここにいる!?まさかあの気配の持ち主を、キサマも追って来たのか!?」

 

「ハンッ!テメェと一緒にすんな阿呆!4年も前からカルナとは、闘争の約定を交わしてらぁ!!」

 

 

急に哪吒太子の動きが、ピタリと止まる。

 

 

「……カルナ(・・・)だと…?」

 

 

何を馬鹿なと哪吒太子は思うが、初代の表情が本気のそれであると分かり、ここでようやく帝釈天の方を向く。

 

 

「…どういう事だ。何故【マハーバーラタ】に刻まれし、施しの英雄がそこで出て来る。それは貴方にとって、不倶戴天であるスーリヤの息子の名だ」

 

「おう、そのカルナで間違いないぜ?取りあえずお前等、後で説教な?兄貴達と三蔵には、もう連絡しておいたから」

 

 

良い笑顔に青筋を浮かべ、帝釈天はいつの間にか持っていた携帯を、グシャリと握りつぶす。

瞬間二人は顔を合わせ、不味いと表情を浮かべるがすでに遅い。今頃哪吒太子の兄達は、釈迦如来や観世音菩薩に頭を下げ、三蔵は玉龍を酷使して凄まじい速度でこの場に来ていることだろう。

 

 

取りあえずの溜飲を下げるように、帝釈天はもはや何本目か分からぬ煙草を咥え、一息で根元まで吸い、凄まじい量の煙を正座する二人へと吐き掛ける。

 

 

「後で溜めこんだ財全部出せやコラ。誰ン家壊したか分かってんのか?ア゛ァ゛!?」

 

 

サングラスをずらし、その奥に隠された神性の証である紅玉のような瞳を覗かせ恫喝。まるでチンピラのようではあるが…それをするのが武神の頂点クラスでは、まったく話が変わる。

 

 

上司のメンチに完全にヤベェと久方ぶり…それこそかつての牛魔王と対峙した時に感じた“死”の気配に焦るこの昔から仲が変わらぬ馬鹿二人をしばし見つめ、帝釈天は溜息を吐き。

 

 

「ハァ…何か、アイツ拾ってから溜息が増えたな…歳か?まぁいい。おい猿」

 

「…へい」

 

「三蔵の説教の後、玉龍連れて京都入りしろ。カルナの事だ。どうせあの言葉足らずな言動で、相手が何か勘違いしてんだろ。お前も使者として赴け」

 

 

カルナに会える!

あの死闘以来、初代はカルナと会っていない。今だあの域(・・・)に到達していないこの身で挑めば、またカルナに気遣われてしまうと自重していたのだ。

だがやはり、武に生きる者の業か…落ち込んだ姿は、もはや曹操達の事など頭から離れ、腕試しが出来ると喜々と飛び上がる。

 

 

 

 

そこから数刻も立たぬ内に、身内が迷惑をかけたと兄達と三蔵(保護者達)がやってきた。

 

哪吒太子は、尊敬する兄達からの説教に更に落ち込み、初代はもう我慢できねぇ!と三蔵の説教の最中、玉龍を強奪しそのまま京都へと向かった。

 

 

罰として、せめてこの部屋の片付けくらいしろと兄達から言われた哪吒太子は、部屋に帝釈天と二人残り。

 

 

「その…天帝よ、先程の猿の話…あれは真か?」

 

 

そう、どうしてもこれだけは問い質したかった

カルナの名はこの中国…しいては須弥山においても、絶大な知名度を誇る。何しろ帝釈天がその高潔さに感激し、自らの武器を授けた大英雄なのだ。

 

 

「本当だ。あの馬鹿…スーリヤの野郎が、何を思ったのか輪廻の輪に入れやがった。あのカルナが、あいつ以外に生まれ変わるはずもねぇのにな」

 

 

掃除の手を止め、哪吒太子は思考する。

かの施しの英雄は、確か目の前に座す天帝の御子息と不倶戴天の間柄であったはず。だが天帝はその宿敵の子を保護し、あまつさえ先程の話を聞いた限りだと、自らの名代として京都に向かわせたらしい。そこから考えられることは一つ。

 

 

「…御身はあの施しの英雄を、この須弥山に入れるつもりか?」

 

「なワケゃ無ぇだろ?…こっちにも、色々あんだよ」

 

 

理由を話すつもりは無いと、暗に告げられ、哪吒太子もまたこれ以上は問い質すまいと、掃除を再開する。しかしその心は三界すら征するとされた、自らと同じ神々を父に持つ大英雄との腕の競い合いを思い描き、中々掃除は思うように進まない。だが理由は、それだけではないのだ。

 

 

思わず目が行くのは、何か考えるように視線を浮かす帝釈天…――その後ろ。

 

 

 

そこには己と初代がどれほど暴れようと、決して傷一つ付く事の無かった黄金の鎧(・・・・)。その横には、破壊神シヴァが彼の息子へと与えた()が、決して失わぬようにと大事に安置されていた。

 




一応この作品では、型月で語られた紀元前5000年前説としています。

次回投稿予定はクリスマスだよっ!!(あーヒマ人で良かったわー、予定ガラ空きで本当に良かったッ!!(泣)

皆様に「キター!」となってほしいので、次回のタイトルだけネタバレしておきます。



次回――【真の英雄は眼で殺す】

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