施しの英雄    作:◯のような赤子

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30日…うん、まだクリスマスだな!!(迫真)

いやお待たせしてスミマセン(汗)
年末という事もあり、会社の忘年会や最後の追い込み、あとは書き直しとか書き直しとかどこで区切るかとかで時間がかなりかかりました。

恐らくこれが、今年最後の更新となると思います。なので少しお時間をもらいまして、少々お付き合いください。

自分は初め、何となくの思い付きでこの『施しの英雄』を書き始めました。
ですが皆様からの予想以上の評価、『面白い』『続きが読みたい』との励ましや、『ここは少し変えたほうが良いのでは?』『インド神話、カルナさん関係の逸話はこんなのがあるよ』との意見や誤字報告もたくさん(毎回すごい見直してるんですが…(汗)いただき、自分はこの作品を作者一人ではなく、読んでいただいている読者の皆様と一緒になって作り上げていっているものだと思ってます。(無論、『もっと愉悦を!』『ワインの味が変わらねぇぞ!!』な愉悦部も、じゃんじゃん募集しています)

更新速度もそこまで早くなく、物語の進みも遅い作者ではありますが、一歩一歩ちゃんと踏みしめて、止まらず歩み続けようと思っていますので来年もどうか、このカルナさんを主役とした、原作hsdd『施しの英雄』をよろしくお願いします。

(たま)のような赤子より~m(__)m 皆様良いお年を



真の英雄は眼で殺す

異界に作られた、まるで鏡映しの如く存在する京都の街並み。その建物の上を、須佐が起こす神風の如きにて疾走するカルナ。

 

 

「…ここにもいないか」

 

 

この地に引きずり込まれた際、背後にいたはずの弥々の気配はすでになく、急ぎカルナは彼女を探し出そうとしたのだが…空さえ飛び、弓兵でもあった彼の眼を持ってすれば、人探しなど容易く出来る。しかしすでにこの異界に入り込んで、30分程が経過していた。何故ならば――。

 

 

急にカルナは見渡していた建物から飛び降りる。直後、爆発音と共に先程までいた家屋が倒壊したではないか。

 

身軽な曲芸師のように、ふわりと地面に降り立つカルナを待っていたのは、手を前に掲げるかのようにする男…だけではない。大勢の様々な国籍の者が、彼を取り囲んでいた。

 

 

「へへ、追いかけっこは終わりか使者サマ?チョロチョロ逃げ回りやがってよぉ!!」

 

 

先程家屋を倒壊させたリーダー格と思える男が吠え立て、周囲もその声に釣られ、思い思いにカルナを罵倒する。

 

「この腰抜け」「逃げ足だけは上等だ」等々――。それは聞く者によっては激昂し、中にはこの暴力的ともいえる人の数に、委縮する者もいるだろう。

 

 

「逃げたわけではない、探していただけだ。何よりお前達の相手など、時間の無駄だ」

 

 

だがこの男に、『貧者の見識』を携えたこのカルナに、まるで中身のない言葉など無意味。

『クシャトリヤとして、オレは戦う意志の無いお前達と矛を交えるわけにはいかない』と、いつものように言葉少なく返すカルナ。

 

そう、彼らにはそもそも戦う意志など、はなから存在しないのだ。

 

 

「テメッ…!?この俺達“英雄派”を…選ばれた人間(・・・・・・)である俺を馬鹿にしたな!?」

 

 

誇りはあるか?――否。

己がこれから、殺し合いをするという自覚はあるか?――否、断じて否。

 

あるのは“神器”という武器に選ばれた(・・・・・・・)という自負。彼らは殺し合いをしに来たのではない。ただ一方的に、曹操から言われた通りに、嬲りに来ただけだ。

 

 

カルナの自覚の無い煽りに、彼は顔を真っ赤にさせ頭上に手を掲げ合図する。すると周囲の者達は“神器”を発現し、次々とアザゼル曰く「世界のバランスを崩壊させる」と言わせた禁手(バランス・ブレイク)を行っていく。それはこのリーダー格と見える男もまた同じ。

 

これが選ばれた俺達の力だと、彼は再び吼える。しかしカルナの瞳に映るはこの多様さを見せる“神器”使いに対する恐怖でも、興味ですらない。

 

ニタニタと下卑た笑みを浮かべ近づく彼らに、カルナは待てと告げる。その眼には疑問が浮かんでいた。

 

 

「そもそも何故、お前達はオレを攻撃する?オレにはその理由が、皆目見当がつかないのだが」

 

「んだよ、そんなの決まってんだろ?俺達は英雄(・・)だぞ?」

 

 

人外である妖狐と仲睦まじくしていた。だから殺す。

英雄である自分達に恥を掻かせた。だから殺す。

イケメンが気に食わない。だから殺す。

誰かを虐めるのが気持ちいい。だから…殺す。

 

 

すでに勝った気でいるのか、彼らはどこか和気あいあいとした雰囲気すら見せ、そうカルナに告げる。他者を貶める悦楽はどうやら、つい最近までただの一般人であったはずの彼らをここまで堕落させるのに、そう時間を与えなかったらしい。

 

その様子を黙って聞いていたカルナの手にはいつの間にか、黄金に輝く日輪をモチーフにしたと見れる装飾が施され、長身の彼すら超える長さの槍が握られていた。

 

 

「…もう一つ、問わせてもらおう。お前達は自らを英雄と称したな?では何を持って、その誉れを掲げんとする」

 

「ハァ?馬鹿かお前、これを見ろ!!」

 

 

手を前に突きだし大きく振るう。するとカルナの後ろで爆発音が響き、彼が羽織るコートが大きくたなびく。

 

 

「これが俺の神器、【重きを持って、爆発と成す(グラヴィティ・ブラスト)】だ!!超重力で圧縮を起こす!生物には使えず範囲は狭いが爆風に巻き込めば何の支障もない、更には俺の視界であれば場所は自由!!分かるか?これが聖書の神から授けられた“神器”!つまりは選ばれた存在…英雄に相応しい力と証拠だ!!」

 

 

明らかに自分に酔いしれていると分かる声音で、彼はこの時ようやくカルナが握る槍に気づき。

 

 

「それがお前の“神器”か?無駄にデカイな。そんなの振るえるワケもねぇし、何の力も感じねぇ。へっ!逃げるしかねぇお前に相応しいな!ソレ!!」

 

「…そうか、確かにこの槍は、神々の王であるインドラが授けた物に相違ない。しかし今のオレは、あの男の名代として赴いている。その程度の力しか持ち得ぬ“神器”とやらと比べた侮蔑を、彼は決して許しはしないだろう」

 

 

カチャリと耳飾りを鳴らし、カルナはその大槍を悠々と水平に掲げ(・・・・・・・・)つつ、穂先を男へと向け。

 

 

「そしてオレは英雄(・・)だ。ならば先達の一人として、静かに眠る英霊達(彼ら)に代わり、お前達を今、我等英雄の敵として認めよう…ッ!」

 

 

そのまま一閃――大地に深々と、地平の果てまで続く一筋の線が刻まれる。

 

 

「ここから先、一人でも越えようものならその瞬間、お前達を殺し尽くす。英雄と自らを称したのならば、その真偽をこのオレに見せるがいい」

 

 

片目を閉じ、もう片方の揺れぬ水面のような瞳が彼らを捉えて離さない。

 

誰かがタラリと冷や汗を流し、それはいつしか全員に伝播した。魂が、心が理解してしまったのだ。

 

 

この男は本物(・・)であると――しかし…。

 

 

「~~ッ!こ、虚仮脅しだ!!数はこっちの方が上なんだ!!ビビッてんじゃねぇ!!」

 

 

男が今まで間違った方法で積み上げた自信。それが彼らの心に浸透し、理解した思いを上書きする。

 

「かかれ!!」という声と共に、誰もがその線を越える。普通ならば遠距離からでも攻撃すればと思うだろう。しかしまともな司令官もいない、更にカルナが解き放った英雄としての威圧にやられた彼らはすでに、まともな思考などできようもない。そもそも今まで誰かに流され、熱に浮かされたまま悪魔や堕天使など、人とそう変わらぬ姿の命を絶つという重さも理解せずに殺して来た彼らだ。誰もが意味のない叫びと共に、次々とその英雄としての資格(・・・・・・・・)らしい“神器”を解き放とうとするが…。

 

 

「――是非も無し」

 

 

神速で振るわれた槍は、その穂先に血が付着する事すら許さず、瞬時に目の前の10人程の首を斬り落とす。

後ろにいた者達は何が起きたか理解できず、ピチャリと頬に跳ねた血を見てようやく今、自分が命の取り合いをしようとしていたと理解し、瞬間反転。そのまま逃げようとするが…時すでに遅し。

 

 

「言ったはずだぞ。一人でも線を越えれば殺し尽くすと」

 

 

再び一閃すれば、彼らの身体だけでなく、視界に入る全ての建物すら二つに別たれる。すでにリーダー格として振る舞っていた男は、カルナの初撃により、無様にその骸を晒して横たわっていた。

 

そのままカルナは魔力放出などの特殊な攻撃方法を使わず、己が重ねた技量のみを持って、五分もかからぬ内に、その場にいた50人程を宣言通り殺し尽した。彼が羽織るコートは肩から落ちるどころか、血の一滴すら着いていない。

 

血の海と成り果てた光景を一瞥し、カルナは再び移動を開始する。そのスピードは先程の比ではない。もとよりカルナは目的すら分からない、こちらを追って来る彼らの正体が分からず、問うために速度を合わせていたのだ。だがその目的が分かった今、わざわざ遅く移動する道理もなく、何より先程彼らは同じ人間である己ですら躊躇いなく攻撃してきた。ならば妖狐である弥々こそが最も危ういと、カルナは先程からこの異界で感じる数多の闘争の気配から、彼女の存在を探ろうとする。

 

 

「……そこか」

 

 

集中する為に閉じていた眼を開き、更に速度を上げる為に魔力を纏い、目の前に存在する建物を幾つも倒壊させつつ彼女のもとへ向かうカルナ。

 

 

凄まじい爆発音を鳴り響かせ、ついに到着したカルナを待っていた弥々。その姿は…。

 

 

「…弥々……?」

 

 

先程のカルナと同じように、大勢の刺客に囲まれ、着ていた着物は酷く損壊。美しい肌にはワザとらしく切り傷が無数に付けられ、嬲られた後と見られる姿がそこにあった。

 

 

「ッ!弥々!!」

 

 

名を叫びつつも、カルナは彼女を更に痛めつけんとしていた、これも“神器”と思える炎を手足に宿した蜥蜴をすぐさま切り捨て、周りにいた“英雄派”もその余波で全てが死に絶える。

 

 

「弥々、しっかりしろ。お前程の女が何故このような…」

 

 

生きた者がこの場にいないと確認し、カルナは彼女を抱きかかえ、名を呼ぶ。だが彼女は気絶しているらしく、更に顔色は優れぬまま滂沱の汗を玉のように浮かべ、呼吸も酷く浅い。

 

 

「…毒か」

 

 

先程カルナがいとも簡単に切り捨てた蜥蜴型“神器”。名を【火食い蜥蜴(サラマンダー)】と言い、その名の通り、炎を取り込み己が力とする、まさに弥々との戦いの為に曹操達が送り込んだものだった。更にこの【火食い蜥蜴(サラマンダー)】は、大型の蜥蜴に見られる特徴…つまりは毒すら保有しており、弥々は今まさにその毒に犯されていた。

 

無論、彼女もやられるばかりではなかった。

焔狐を召喚し、耐熱性の無い者を悉く屠り、時には爪で、時には牙で喉元を食い千切り、すぐにでもカルナを探そうとしていたが…あまりにその相性が悪く、更に彼女の苦しみ喘ぐ様をもっと見ようと、彼女を囲んだ“英雄派”の男達はワザと時間をかけ、彼女を追い詰めていたのだ。

もし…もしカルナが間に合わなければ…彼女は八坂に代わり、死よりも辛い、女としての辱めを受けていただろう。【敗者は辱めろ】と、曹操が大儀を与えた(・・・・・・)者達の手によって…。

 

 

「…っぁ……し…しゃどの…?」

 

 

ようやく目を覚ました弥々だが…やはり、酷く苦しそうに息を吐く。

「出口を探す」とカルナが彼女を、今は己が纏う穢れすら気にしていられないといわんばかりに抱きかかえようとするが…弥々はそんな彼を引き留めるように、力なく袖を引き。

 

 

「置いて…くだ…まし。貴方…けでも…はや…く」

 

 

無様を晒した自分を見ないでほしい――そんな思いすら込め、弥々は自らの安否さえ気にせずカルナに逃げるよう言う。だが…全てを是と捉えるこの男でも、それだけは看過できない。

 

 

「それはできない。お前には、この地を案内し素晴らしき景色を見せてくれた恩がある。それを忘れ見捨てるなど、我が父と母の名を穢す最低の行いだ」

 

 

『だから必ず助ける』――毒に犯され、潤む彼女の瞳をしかと見据えカルナはそう宣言し、今度こそ抱きかかえ、駆け出す。

 

なるべく彼女に負荷の掛らぬよう、だが速度を落とさず広い視野をと屋根を(つた)い、カルナは飛ぶように駆ける。

 

 

徐々に人化も解け、狐耳と尻尾が現れ霞む視界の中弥々は、抱きかかえられたカルナの腕の中で身を委ね、その(いだ)かれた胸へと耳を当てる。

 

聴こえてくるのは静かでありながら、当てた耳が火傷しそうな程の熱き血潮を全身へと送る鼓動の音。

寄せては返すさざ波のように、一定のリズムを刻むカルナの心音。そこには突如連れ去られ、敵の攻撃に晒されたにも関わらず、微塵の恐怖や不安も抱いていないと分かる、彼の心情が有り有りと映し出されていた。

 

無意識に顔をシャツに擦りつけるような仕草を弥々は見せ、ようやく彼女はこの不動の大木が如き安心感を与えてくれる、施しの英雄の名を心中にて呟く。

 

 

(…カルナ様……)

 

 

今も身命が削られているこの最中、弥々には恐怖などなく、まるで暖かな日差しに包まれたような気すらしていた。それもそうだろう。なにせこの男は、常にこの星をあまねく照らす太陽の御子なのだから。

カルナの名を心の中で唱えた次の瞬間…――彼女はついに自覚する。

 

 

「…お慕いしております…――愛してます」

 

 

トクリと心音が、彼と重なる。

男を時に誑かす、妖狐としての生を受けて以来、人から向けられるのは欲情の視線。女だから…それだけで京都守護を任せられぬと侮辱され、それは拾ってくれた八坂と鞍馬天狗が推薦してくれるまで続き、ようやく持てた誇りは先程、人の手によって地に堕ちた。しかし…それでもこの男だけは、己を素晴らしき戦士だと褒め讃え、暖かく包んでくれた。

 

『愛している』――だがその思いを綴った言霊は、駆けるカルナの耳には届かず、遥か後方へと流れていく。しかし弥々はそれでいいと力無く、カルナには分からぬよう笑う。

 

理解した。理解してしまった。

神々の王インドラとその格を同じくして、この日の本の主神天照大御神とまた同じ太陽神であるスーリヤ。その息子に自分は知らなかったとはいえ、一度矛を向けたのだ。まさしく万死に値する蛮行だろう。更に…その身分はあまりにも違いすぎるのだ。

 

主神とほぼ同じ格を有した大英雄と、神々の眷属の一員とはいえその末端…更には妖狐にまで格落ちした自分。

くたりと力無く彼に抱かれる今の自分のどこに、少しでもこの英雄に相応しいと誇れる箇所があるというのだろうか。それに…それに自分は今でも、この京都を守りたいという思いがある。つまりはほんの刹那とはいえ、この素晴らしい英雄とこの地を天秤にかけ、更には思いをしかと告げればこの英雄は、応えてくれるやもと酷い愚妄が頭を()ぎった。何と…何と自分は、卑しい女なのだろうか…っ。

 

 

叶わぬ初恋、揺れる心。焦がれる程の恋慕は涙となって、彼女の頬を伝う。その複雑に過ぎる心境は、この『貧者の慧眼』を持つカルナでも、分からぬものだ。だから少しでも、苦痛をほんの僅かばかりでも忘れられるようにと、彼は語り掛ける。

 

 

「弥々、お前が何故泣くのかは、オレには分からない。だが母は言っていた。辛い時は、とにかく涙を流すものだと」

 

 

叫びたい、愛しているのだと。今にでもこの唇を重ね、貴方に思いを告げたい。でも…。

 

 

「はい…はい…っ、少しだけ…胸を借りとうございます……っ」

 

「構わない。それくらいの器量はあるつもりだ。辛いだろうが…もう少しだ」

 

 

顔を隠すように、ギュっとスーツを握る弥々。カルナは更に、出口を探さんと速度を上げる。

 

その後方にて宙を舞うは、彼女の(思い)――風に舞う花弁如く、それは流れ(捨てられ)ていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…おかしい、これだけ駆けまわろうと、その綻びすら無いとは…もしやここは、閉じられた空間か…?)

 

 

10分ほど後、カルナは弥々を伴い、京都タワーから辺りを俯瞰していた。そこから見えるのは薄暗い空と、陰鬱とした表情を見せる京都の街並み…そして数か所から昇る闘争の気配。だがどうやらそれは終わったらしく、今は遠くに見える二条城へと何らかの力が集まっていることが伺える。

 

そこに恐らくは、今回の首謀者がいるだろう。しかしカルナは敢えてそこへは向かわず、更には焦りすら見せていた。何故ならば――。

 

 

「ハァっ、ハァ…ッ!ア゛ぐ…ッ!!」

 

 

弥々を蝕む毒が更に彼女の全身へと回り、今や抱きかかえる事すら難しい程に、苦しみもがいていたからだ。

 

どうにかせねば…このままでは間に合わない。

 

 

(…なりふり構ってはいられぬか)

 

 

覚悟を決め、弥々の肩をそっと抱きかかえる。

 

 

「弥々。オレはこれから、お前を連れて敵の首魁へと乗り込む。…危険に晒してしまうが……」

 

 

置いて行くという選択は出来ない。ここへ来る道中も彼らは追撃に見舞われ、その全てをカルナは弥々を抱いたまま、突破してきたのだ。

 

もしかしたらと、置いてゆけば今度こそと不安が彼を襲う。

しかしまるで死人のような土気を見せる顔色でありながら、弥々はカルナを安心させるかのように微笑みを浮かべながら、彼の頬を撫で。

 

 

「し…じます……あなたに…身を…委ね…から」

 

 

掠れる声で囁き、再び気絶したのか…添えられた手が地面に落ちようとする。が、その手を落としてなるものかと握りしめる、肉刺(まめ)だらけの手がそこにはあった。

 

 

「その覚悟、しかと受け止めた。ならばオレも応えるとしよう」

 

 

宣言するかのような声音で、カルナは弥々を横たわらせ、父スーリヤから今生でも再び授けられた耳飾り…その上に取り付けられた、虹色に輝くトヴァシュトリ神が作りしカフスへと手を伸ばし、僅かばかり外す。

 

瞬間、カルナの足下に具足が出現。そして――。

 

 

「…ッ――!」

 

 

あらん限りの膂力を持って、その一部を引き剥がす(・・・・・)

拷問に等しき痛みがカルナを襲うが…その表情を僅かばかり顰めただけで、足から流れる血すら気にせず弥々にその具足の一部を持たせる。すると死人のような顔色が、軽くではあるが回復したではないか。

 

その様子に安堵した表情を見せ、いざ向かわんと二条城へと視線を向けると。

 

 

「っ!この気配…斉天大聖殿か」

 

 

かつて相対し、いつか再び相まみえんと約定を交わしたあの老猿の気配があるではないか。

 

確か彼は、『氣』や『仙術』という回復術を使えた覚えがある。

 

 

逸る気持ちで魔力を放出。炎で形成された翼を生やし、飛翔しながら向かうとそこには三年坂で出会った悪魔達、更には“裏京都”の屋敷で見た覚えがある妖怪が幾人か見える。その中に、あの小さくも存在感を放つサングラス姿を確認し声をかけようとするが――。

 

 

『グルォォォオオ!!』 『グルルァァアア!!』

 

 

猛々しい獣の咆哮が響く。

そちらに目を向け、カルナが見たのは美しい金毛を靡かせる巨大な九本の尾を持つ狐、おそらくあれが八坂なのだろう。その証拠に、金色に輝く巨体からは、弥々とよく似た神気(・・)を微かに感じる。

それと相対するかのような位置取りで、威嚇するは二匹のドラゴン。

 

カルナはその姿を視界に捉え、驚愕の表情を浮かべる。

片方はまだあの老猿がいるから分かる。あの時見逃した、確か玉龍(ウーロン)だっただろうか……だがもう一匹、その姿を見てカルナは、心に抱いた思いを口にする。

 

 

「ヴリトラか、何と……憐れな(・・・)

 

 

古代インドに生まれた者ならば、誰もが知る偉大なる蛇(アヒ)。その巨体は天地を覆い、生命を営む上で大切な、水を覆い隠す者として恐れられ、最後は壮絶な死闘の上、インドラの手により殺された。しかしヴリトラの死後暫くは、インドラはこの大いなる蛇(アヒ)を退治したにも関わらず恐れ、我が名声を高める素晴らしき者であったと彼は『ヴリトラハン』(ヴリトラを退治せし者)の名を掲げ、至上の誉れとした。

 

だが…あの姿は何だ…?

 

あの程度であれば、クシャトリヤであれば誰でも殴殺できるほどに弱く、更には己であっても殺しきる事が難しいと断言できるその不死性は、今や微塵も感知できない。何より…。

 

 

「大いなる蛇(アヒ)よ、何故お前が現世に存在している。…これでは誇り高きあの死闘の全てが、無意味な泡へと消えてしまう」

 

 

何より目の前に存在するこの邪龍は、完全に一度死んだのだ(・・・・・)。それがこうして目の前に存在し、まるでかつての誇り高き姿を忘れたかのように、無意味に黒炎を撒き散らし、八坂程度の実力者(・・・・・・・・)を相手に苦戦している。

インドラの実力、その権能である槍を持つがゆえに…偉大なる武神が恐れた、かつてのヴリトラの実力を理解できるがゆえに…カルナにはまるで、無理やり生きる真似を強要されているかのような、今のヴリトラの姿があまりにも憐れで仕方なかった。

 

 

だが今は、ヴリトラに憐憫を感じている場合ではない。

 

カルナが弥々を少しでも、早く治してもらおうと初代がいる地上に降下しようとした時――。

 

 

 

「曲がれぇぇえええ!!」

 

「――ッぐぅぅう…ッ!!目が…ッ、赤龍帝ぇぇえええっっ!!」

 

 

二つの若い男のものと思える叫び声が響き…瞬間、カルナの方向(・・)へとイッセーが曹操へ放った魔力弾(・・・・・・・・・・・・・・)が飛んできた。

 

カフスの影響で、初代がカルナに気づけぬまま仙術で目覚めさせたイッセーの全力。しかしこの程度(・・・・)では彼の鎧、【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】に掠り傷一つ付ける事など不可能。だが…今カルナの腕の中には、弥々がいる。

 

避ける?――否、それでは彼女に負担が掛かってしまい、更に症状が悪化する可能性がある。

武器を取り出して弾く?――否、それでは腕の中の彼女を落としてしまう。

鎧を全て剥ぎ、彼女に?――否、そのような時間など無く、だからあの時も一部しか持たせなかった。

 

目前に迫る魔力弾を見ようとも、カルナは一切焦る事なく、どうすれば最解適かを思考し辿り着いた答えは即ち…――ならば、武器など不要(・・・・・・)

 

 

 

「真の英雄は眼で殺す……!梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)――!!」

 

 

真言(マントラ)と共に、放たれるは目に映る全ての景色を朱に染める古代インド奥義。ヴィシュヌ第6の化身パラシュラーマから身分を偽ってでも教わり、しかしその身に受けたかつての呪いはすでになく、十全で放たれた真の英雄の眼光は向かってきたイッセー渾身の魔力弾を蒸発させ、更には遥か地平の彼方…つまりはこの京都を似せて作られた、異界を形成する“世界の壁”ともいえる空間そのものに罅を入れる…だけではない。

 

 

「むんッ!!はぁ…ッ!!」

 

 

万が一、初代の治療の際、追撃を受けて施術が失敗せぬようにと、カルナは“梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)”を放ったまま周囲を睨みつけ、溶解した地表はマグマとなって激しい爆発と共に、辺りを文字通り火の海へと変えていく。

 

しばらくし、これで安心して降りられるとカルナはパチパチと全てが燃え堕ちる地獄のような光景の中、弥々を抱きかかえ。

 

 

「この場でお前に会えた幸福に感謝しよう。斉天大聖よ、どうか彼女を助けてほしい」

 

 

初代の前に降り立つカルナ。そこには初代だけでなく、突然の事に唖然となり、身動き一つ取ることも出来ず、ただ見ているだけしかできなかったイッセー達の姿もあった。

 

 

『施しの英雄』と『赤龍帝』

人と悪魔、英雄とヒーローはこうして邂逅し、再び紡がれる事となった叙事詩は新たな章へと突入しようとしていた――。

 




一応もう2~3話でこの京都編終了の予定です。
区切りがついた際は、活動報告にてボツ案晒しでもやる予定です(メチャありますからね、ネタには困りませんよ?)


あと…書いてて思ったんですが、何でこの弥々って子、ヒロインじゃないのん(´・ω・`)?
おい誰だよ、この子ヒロインじゃないなんて言った馬鹿は(感想を書いてくださる読者は次に、『お前だよ!!』と言う)←ジョセフ風

こんな感じで最後を締めくくりましたが…済まない、本当に済まない。
今回はまだ、顔合わせ程度ですませる気なんだ(汗

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