施しの英雄    作:◯のような赤子

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難産でした…えぇ、難産でしたよ…。
正直完全な納得はいってません。ですがこれ以上はもう無理でした。
恐らくいつも以上に読みにくいと思われます。
(ちょっと題名重いですかね?)

過去最長です、でもただの前回の前語りで終わるという…もうね(汗
(文字通りの意味でのカルナさん無双は次の予定です)

多分読んでて色々気になる事や、少し読みにくいと感じる部分も多々あると思われます。ですがそれは今回の雰囲気作り、そして次回ちゃんと補間していく予定なので、どうか軽いスルーでお願いします。
(本当にこれ以上纏める事が無理です)

アザゼル先生目線から始まります。



屍へと向かひ(い)ける

異界からイッセー達が帰って来た。

かなりの激闘だったらしく、全員ボロボロになっていた為、今回皆の(キング)となってとくに頑張っていたであろうイッセーの肩に手を置きながら、俺は労いの言葉をかけつつ、こちらに駆け寄って来る救護班に指示を出す。

 

 

「よくやったなイッセー、お前は休んでろ。救護班!グレモリー眷属とイリナ、匙を見てやってくれ!ケガはともかく、魔力と体力の消費が激しい!」

 

 

頷いて即座に対応を始める彼らは、俺達聖書の三大勢力が今回の事件を京都妖怪から聞いたあの日から、セラが即座に用意した精鋭達だ。これで奴等“英雄派”を一網打尽にしてやろうとも思っていたが…確かレオナルドだったか?あの子供が宿した“神滅具”【魔獣創造】で生み出されたアンチ・モンスターが思った以上にこちらの防衛網を食い破り、そこから“英雄派”はまんまと逃げちまった。

 

 

(ま、それだけじゃねぇんだけどな)

 

 

本来この作戦は京妖怪達とも足並みを揃えてやるつもりだったが…。

 

九重が行方不明になった事で、動ける主要戦力はそっちに行っちまうし、間違いなく大戦力になったであろう、鞍馬の大天狗を筆頭とした京都守護を担う者達は、何かやる事があるという事で一切動けず、結局防衛網は完成出来なかったが…まぁ、今回の目的、八坂奪還は確かに達成できたんだ。大金星には間違いないだろう。

 

 

救護班がイッセー達から離れて行く。どうやらある程度は回復したようだな。

 

 

「よっ、今回はお疲れさん」

 

「あ、先生。俺もう疲労困憊っす…」

 

 

敵と戦ったという事で、まだ解けてない緊張をほぐしてやろうと敢えて軽い口調で話しかけると、ニヘラと笑い返して来た。ったく、本当に可愛い教え子だぜ。

 

イッセーの隣にいた木場も相当疲れたらしく、イッセーに先に上がらせてもらうと声をかけていた。その少し先では、今回もかなり無茶したんだろう。匙が気絶したまま、担架で運ばれて、周りでは匙と同じシトリー眷属が心配した声をかけている。愛されてんな。お前も可愛い俺の大切な自慢の教え子だよ。

 

 

「アイツ、かなり頑張ったんすよ。前みたいに『龍王変化(ヴリトラプロモーション)』で暴走しちゃったけど…でも必死に八坂さんを助けようと、先生が呼んでくれた玉龍と一緒に戦って」

 

 

「力使い切ったのか知らないですけど、いつの間にか『龍王変化』も解けてましたし」とイッセーは言うが…あの様子を見る限り、ヴリトラ自身が匙を強制的に止めたような印象を受けたが…いや、今はそっちよりもその後の方(・・・・・)だ。

 

 

「イッセー、俺が呼んだ初代はどこに行った?今回駆けつけてくれた礼を言わなきゃな」

 

 

この場に初代の姿は無い。てっきり一緒に戻ってくるもんだと思ってたんだがな。

 

 

「…異界が崩壊する直前に、『このまま“裏京都”に行く』って。…使者の人(・・・・)と一緒に」

 

 

っ!何!?

 

俺は“裏京都”でロスヴァイセと共に、インドラの話をイッセー達に聞かせた時からその使者を探し続けていた。あの予想出来ない動きを見せるインドラの使者の動向を知らねぇと、安心できないと思ったからだ。結局探し出す事はできなかったが…まさかイッセー達と【絶霧】に巻き込まれていたとはな。これもコイツの持つ、【龍の気】が成せた技か?いや、今はともかく。

 

 

「どんな奴だった!?特徴は!?どんな“神器”を宿していた!?」

 

 

あのインドラが寄こした人間なんざ、気になり過ぎてしょうがねぇ!

思わず肩を強く掴んで話を少しでも早く聞き出そうとすると。

 

 

「アザゼル総督!止めてください!彼がいくら冥界を代表するヒーローだとしても、体力までも無尽蔵では無いんですよ!?」

 

 

先程イッセーを見ていた救護班の女悪魔が再び駆け寄って来て、イッセーを庇うように抱きしめた!

確かに今の状態で聞く話でも無かったとイッセーに軽く詫びを入れるが…鼻の下が伸びて全然聞いちゃいねぇ…そのまま女悪魔の方はサインねだってるし…ただのファンだったんじゃねーか!

 

 

(まぁ、これくらいあってもいいか。頑張ったのは本当だろうしな)

 

 

本当に、お疲れさん。

 

 

 

 

 

修学旅行最終日。

アザゼル先生に労いをかけてもらった後、大激戦を終えて安堵したからか、寝てもまるで疲れの取れなかった俺達グレモリー眷属は、疲弊しきった身体を引きずって最後のお土産巡りを敢行した。…ぜーはー息を切らしながら京都タワーに登ったのは、意外と思い出に残るんじゃなかろうか。駒王町に戻るのが少し怖い…というのも、あの後すぐに部長から電話がかかってきて、事の顛末が向こうに伝わったのです。しかもその時はファンだと言っておっぱいを堪能させてくれた悪魔の女性が抱き着いている時!戻ったらじっくり話し合う事があるそうなのですが…俺、死ぬのかな…?

 

 

笑顔で怒る部長や朱乃さんが脳裏に浮かび、身体をガクブルさせているといつの間にか京都駅の新幹線ホームに着いていて、そこには見送りに来てくれたのか。元気になったと見える八坂さんが、九重と手を繋いで待っていた。

 

こちら――正確には一番偉いアザゼル先生だろう。俺達の姿を見つけると、八坂さんがアザゼル先生と何か話し出した。何話してんのかな?

 

 

「きっと協力体制について話してるのよ。イッセー君頑張ったから、良い方向に話が進んでると思うわ!」

 

 

昨日の疲れを感じさせない笑顔で、イリナが笑いながらそう言ってくれた。へへ、なら良いんだけどな。

 

 

「…おい、そりゃどういう事だ!?」

 

 

っ!アザゼル先生が急に大声を出し、俺達だけでなく、八坂さんの隣にいる九重もかなり驚いている。

そんな九重を安心させるかのように、八坂さんは優しく髪を撫でながら――今回の聖書の陣営との話合いはすでに終わり、そこでもセラフォルー様に伝えたと言う内容を話し出した。

 

 

「鴉天狗共に話は聞いておる。お主ら、特に赤龍帝の技がわらわの意識を覚醒させる事に、大いに役立ったと。それについては礼を申しあげよう。赤龍帝殿、感謝致す」

 

 

軽く会釈してくる八坂さんに続き、九重もペコリと頭を下げる。

 

 

「しかし協力体制についてはまた後日の機会とさせていただきたい。その旨は昨日(さくじつ)、すでに魔王殿には伝え申した。まずは須弥山との話し合いをしかと進めて(・・・・・・・・・・・・・・・・)からだと」

 

 

っ!ここでも須弥山かよ!

 

同じ事をアザゼル先生も思ったらしく、どうしてだと問い質す。何故そこまで須弥山に重きを置こうとするのかと。

 

 

「こちらから呼び出したのじゃ、通す筋というものがある。……お主達はあの男を見て、何も感じなかったのだな」

 

 

ん?最後の方は小さくてよく聴こえなかったけど、でも…っ!

 

 

「…分かった。協力体制についてはまた今度、できれば良い返事を聞きたい。…【禍の団】なんてテロ組織が活発に動き、アンタは利用されそうになったんだ。俺達は手を組んで、この脅威に立ち向かわなきゃならない」

 

「分かっておる、アザゼル殿。じゃがこればかりは通さねばならぬ道理じゃ。我等妖怪にも、義理はあるのでな」

 

 

「また京都に来て、九重と遊んでほしい。その時はぶぶ漬け(・・・・)でも出して、持て成すのじゃ」――そんなやり取りをして、俺達は新幹線に乗車した。発車するまで二人は手を振って見送ってくれたけど…何だろう、この納得のいかない感じ。だって俺達、あんなに頑張って八坂さん助け出したんだぜ?なのに…。

 

先生も納得がいってないらしい。でもこう言ってきた。

『お前達の旅行ついでに、いきなり話を持ち掛けたこちらも確かに悪い。前向きな返事を貰えただけでも御の字』だって。うーん、これが政治ってやつなのかな?

 

 

「よぉ、さっき何の話してたんだ?」

 

 

悩んでいると、昨日の疲れをまだ引きずっているっぽい匙が来た。なので先程の話をそのまま伝えると、「確かにそりゃ難しいわな」と返してきた。

 

 

「会長もいつも頭回転させて悩んでるよ。レーティングゲームで顔と名前が売れ出したとはいえ、俺達まだ学生だからさ、次期当主としての勉強や学校設立のパトロン探しと毎日書類と睨めっこして…もっと俺達眷属を頼ってくれてもいいのにさ、これは自分の夢だからって。ま、だからこそ支え甲斐のあるご主人様なんだけどな!」

 

 

…スゲェ、ソーナ様の話ばかりだけど、コイツ等はちゃんと夢じゃなくて目標に向かって頑張ってるんだ。俺達も負けちゃいられねぇ!

 

 

「今度の試合はあのサイラオーグさんだろ?俺の分まで頑張ってくれよ」

 

「―?何だよその言い方、何かあったのか?」

 

「あーはは…実は…」

 

 

頭を掻きながら、何だか少し恥ずかしそうな仕草をする匙。

どうしたと聞くと…何でも昨日から、ヴリトラの調子がおかしいらしい。何かブツクサ小声で、「何故…」とか「あのような姿を」とか…ホントにどうしたんだ?

 

「駒王町に戻ったら、アザゼル先生に相談する」と言って戻る匙を見送り、俺は窓辺に頬杖をついてこの三泊四日の旅行を思い返していた。

 

“英雄派”――曹操。

あの男は何というか…不気味だった。今まで戦ってきた悪魔や堕天使じゃない『人間』。そして初代と共に姿を消した、あの真っ白な外人。

アザゼル先生には朝一であの男の情報を話した。

初代と知り合いのようだった様子。炎の翼を生やして、眼から光線を放ち、あの頑丈な異界に罅を入れた事。話を聞いていた木場達によると、二条城に集まる前、俺達がそれぞれ別れて“英雄派”の相手をしている間、何やら破壊音が立て続けに聴こえ、煙が上がっていたとの報告もあったので、破壊力も相当持っていると分かった。それに…。

 

 

【真の英雄は――!!】

 

 

自分から英雄だなんて、曹操と元々は同じ組織だったのか?

同じ事をみんな思ったらしく、話を聞いた先生は「まさか“英雄派”のパトロンは…」っていつもみたいにブツブツ自分の世界に入っていったけど…でも、泣いている女の子にあんな言葉しか言えない奴が、英雄だなんてワケがない!

 

 

『相棒、あの男を曹操とか言うガキと同じように捉えない方が良い。俺のドラゴンとしての魂が叫んでいる…あの男は、下手をすれば“神滅具”所有者以上に危険な奴だと』

 

 

ドライグが忠告を心の中で入れてくれた。そうだよな、油断大敵ってやつだ!

 

ドライグが宿る【赤龍帝の籠手】が宿る左手を見る。

“神器”に眠っていた力と、【悪魔の駒】を組み合わせた俺の新しい力。まだ改善の余地は十分にある。また一から修行だな。

 

…サイラオーグさん、ヴァーリ…そして曹操。

 

 

(俺は負けない。もっと強くなる。もっと、もっと…!)

 

 

決意を新たに、最後にもう一度この綺麗な京都の街並みを見ておこうと窓の外を見る…ん、何か忘れているような――…あっ。

 

 

「うわぁぁあん!!八坂さんの、九尾のおっぱいぃぃぃぃぃい!!」

 

 

無念の叫びを出しながら、俺は扉に噛り付く!

こうして俺達、駒王学園2年の修学旅行は終わりを告げたのであった――。

 

 

 

 

 

イッセー達を京都駅から見送ってすぐ後、九重は熱を出した。

 

八坂が戻り、自分でも知らない内に張っていた緊張が切れたのだろう。八坂自身、己がいない間、九重が皆を纏めようと空回りしながらも頑張っていた事を知っているし、それを誇らしくさえ思う。だが八坂がそんな我が子にかけた言葉は――…叱責だった。

 

何故屋敷で大人しくしていなかった、何故行動を起こした、何故…この子を誰も止めてくれなかったのか…っ!

 

もう一つの事情もあり、八坂は人間達に空を飛ぶ姿を見られぬよう術を展開しつつ、胸にくたりと力無く項垂れる九重を抱きしめ更に急ぐ。その間、昨日起きた事を思い出しつつ――。

 

 

 

昨日助け出された異界。朦朧とする意識の中、聴こえて来た声に心揺すぶられ、覚醒した意識が捉えたのは今は亡き夫が唯一自分に残してくれた最愛の一粒種たる九重の姿。それだけではない、龍の気が混じる悪魔の童や他の悪魔、更には部下である鴉天狗や闘戦勝仏の大物までいるではないか。しかし、最も驚いたのはそんな多種多様溢れる様ではない。

 

自らがかつて祝いの席で授けた着物、それは所々が破れ、女の宝物である美しい肌を痛ましいものに変え、気絶する娘や妹のような存在、弥々――その傍で静かに佇む男。

一目見て八坂は思った。あれは人の姿をした日輪そのもの(・・・・・・・・・・・・)だと。

恐らくは太陽神である天照大神、その姪にあたる宇迦之御魂神に最も近い(・・)眷属である八坂だからこそ、その男――カルナがただの人間でない事に気づけた。

 

初代に促され、崩壊するこの世界の中、呑気にこちらに話しかけてきた悪魔達を半ば無視する形で急ぎ裏京都に戻り、八坂はどうしても気になるカルナの正体を知らぬかと、急遽召集した幹部達を集め…愕然とした。

 

聞かされたのは、彼らがカルナ…つまりはこちらから願い出た話し合いに応じた帝釈天が寄こしたとされる、使者に対する無礼の数々。(この時、この場にはカルナと初代はいない。異界からの帰りの道中、着いて来た鴉天狗の様子を不審に思った八坂が急遽、自らが用意できる中で最上級の旅館へと彼らを持て成したのだ)

 

 

先程気絶し、今はこの屋敷の一部屋で眠っている弥々の嫉妬から始まった使者への攻撃。そこからの勘違いから始まり投獄、更には己が影武者を用いた使者が目前にいる状況での監視の命――等々。

 

 

操られ、無理やりグレード・レッドを呼び出す人柱にされ疲労困憊の身体に鞭打ち、八坂はすぐさまこの場に集まる幹部に命ずる。

 

 

「今すぐこの地に来ている魔王セラフォルーを呼び出し、会合の手筈を整えよ。そして明日、最大限の謝辞を重ね、須弥山との会合に臨む。明日が本番(・・・・・)じゃ、今すぐ手配せよ」

 

 

その言葉に騒々しくなる幹部達、当然だろう。

 

かつての戦争により先代魔王、そして聖書の神を失った聖書の陣営は、最盛期と比べ没落の一途を辿っている。それでも最大級の宗教規模を誇る事には変わらず、更には“聖書陣営の同盟”という、各勢力をして胆を抜かれた出来事は新しい。なのに何故、聖書の陣営ではなく須弥山をと声が上がる事もしょうがない事だ。しかし八坂はそれを一蹴する。

 

 

「たわけが。キサマ等が人間風情と侮ったあの男は帝釈天の使者ぞ。ただの人間をあの神々の王が寄こすと本気で思うておるのか」

 

 

それは…と声が微かに上がる。堕天使総督アザゼル、赤龍帝のイッセーが来た時、妖怪達はカルナと比べ、確かに早まった行動だったと軽い後悔を起こし、今の八坂の言葉だ。徐々に今の自分達がいか程の状況に置かれているかを悟り出す。

 

 

「そうじゃ、このままでは下手をすれば戦争となる。我等京都…そして戦狂い(・・・)の須弥山とな」

 

 

『戦神に手を出すな』――これは各神話、全てが持つ共通認識であり、当然の事。

 

古い存在が少ない、古くから矢面に立ち続けた存在がアザゼルくらいしかいない聖書陣営ではあまり知られていない事ではあるが、少しでもまともな神経をしている者であれば、これは考えるまでも無い事だ。

 

インド神話という超級の武力神話。その隣にありながら、幾千もの年月淘汰されず、されど膝を屈せず首を虎視眈々と狙い続ける須弥山。頂点にはそのインド神話内ですら神々の王と畏怖された帝釈天、そんな男の下に集った益荒男達が、戦を楽しめないワケがない(・・・・・・・・・・・・)

 

考えてもみてほしい、“日和見主義の実力者の集まり”と“笑顔で殺し合いに臨む糞野郎共”

――一体どちらが恐ろしいのかを。

 

 

「ゆえに須弥山じゃ。…千年受け継いだこの京都、我等の代で終わらせるか?否、断じて否ッ!!次の千年、子孫に誉れと言われる為にも、明日を関ケ原とせよ!良いなっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

冷水に浸からせた厚手の布。それを絞り、水気を飛ばすなど本来大将のする事ではないのだろう、だがそれは母親ならば当然の事。

 

荒い寝息を吐く九重の愛らしいでこにそれを乗せ、八坂は林檎のように真っ赤に染まった頬を優しく撫で。

 

 

「許せ九重、母は…もう行かねばならぬ」

 

 

ひんやりとした母の手が気持ち良かったのだろう、安堵したかのような愛娘の笑みに、八坂は袖を引かれるような思いになるがそれを振り払い、九重が寝る部屋を出る。

部屋を出れば、そこには母の顔は存在せず、この京都に住む妖怪、それらを束ね上げる女傑としての顔があった。

 

何故ならば、イッセー達が京都を出た今日が須弥山との会談であり、すでに使者であるカルナと初代はこの屋敷に到着しているからだ。

 

お付きの者が廊下を歩く八坂の様相を整え、その大広間の前に到着した八坂は深く息を吸い、そして――。

 

 

「重ね重ね、お待たせしました。この京都の御大将、八坂と申し上げます」

 

 

そこにはスーツ姿のまま、胡坐を掻いたカルナ。それと誰がどう見ても不機嫌な初代が煙草を吹かし待っており、部屋の隅にはどこかバツが悪そうな幹部達が沈黙を守っていた。

 

 

「昨日と同じ気配…そうか、今回は影を用意してこなかったのだな」

 

「おう、まぁ嬢ちゃんが体調を崩したならしょうがねぇわな。いやぁ、中々良い時間だったぜぃ?面白い話(・・・・)も聞けた事だしねぃ」

 

 

八坂の姿を見て、互いに口を開いた後、畳で吸い終えた煙草を無造作に火消しを始める初代。

 

そう、彼はこの場に集うた幹部達のカルナに対する余所余所しい態度をおかしく思い、カルナに何があったかを問いかけたのだ。当然隠す意味など全くないカルナは初代の疑問に答えた。

 

 

『中々に刺激的だった。来ていきなり牢に連れられ、目の前で監視すると言われたのは、流石に初の体験だ』

 

 

カルナとしては悪気など毛頭ない。以前も言った通り、この程度は古代インドではごく普通の事であり、更に言えば難癖をつけてその場で殺し合いとなる事すら当然だったのだ。だからこの程度、気にするまでの事では無いとカルナとしては告げるつもりだったのだろうが…初代はこの言葉にブチ切れた。幹部達が今静かにしているのはただ単に、先程まで初代が殺気を振り撒きながら尋問していた為、しかし今は大人しくしているのはカルナから続けてこう言われたからだ。『お前はオレが与えられた使命を邪魔しに来たのか?』と。

こう言われては初代も黙り込むしかない。もとより帝釈天がカルナに全て任せると話している事は聞いている。その為に今は沸々と業を煮やしながら、不機嫌な様子は隠さずとも、こうして話し合いを見守ろうとしているのだ。

 

部屋に入った八坂は何故、闘戦勝仏殿はここまで…と身体を硬直させるが、すぐに思い当たり、こちらをじっと見つめて来るカルナの視線に耐え切れず、彼らの前に一先ず膝をつき。

 

 

「改めて自己紹介を、京都を総べる長をしております、八坂と申す。この度は我等京都がとんだ無礼を…」

 

 

頭を下げた(・・・・・)。本来、大将に就く者ならばそれはならぬ事だろう、だが此度の件、そして己を助け出してくれた恩に少しでも報いる為、八坂は躊躇いなく頭を下げ、部屋に集められた幹部達はそのような行動をとらせてしまった自身達の軽薄な行いに、三度後悔を見せた。

 

 

「そうか、お前が八坂か。ならばオレも、名乗りを返そう」

 

 

胡坐を掻いたまま、垂直に立てるかのように置かれた拳を解き、カルナはようやくと言った面もちでカフスに手を伸ばし、軽い動作でそれを取り外した…瞬間。

 

閉じきっているにも関わらず、吹き荒れる神威。肩にかけていた深紅のコートとダークスーツはどこかへと霧散し、神々しい黄金の鎧、その下にインナーのように着込んでいるかの如く見られるは、かつて悪鬼羅刹と恐れられた妖怪達ですら、怖気が走る程の禍々しい穢れが顕現する。

 

その時、神威に煽られ目を覆っていた幹部達は直感にも似た思いを抱いた。

この男を知っている(・・・・・)。いや、似たような男達を我等はかつて、見た事がある。それはこの国において、武士(もののふ)と称され、我等を闇へと閉ざした存在…英雄であると。そして思い出す。自分達がいかなる存在…闇に追いやられ、しかし光を恋い焦がれる事を忘れられず、いつしかその(人間達)身を焼か(退治さ)れる存在であることを…っ!

 

 

「では、名乗らせてもらおう。我が名はカルナ(・・・)。偉大なる太陽神スーリヤの息子にして、此度インドラの名代として、この地に参った人間(・・)だ」

 

 

顔にかかる髪がうっとうしいのか、首を軽く振れば、何故か今まで気にならなかった(・・・・・・・・・・・・・・)黄金に輝く耳飾りがカチャリと音を鳴らし、その音がカルナの放たれた存在感に飲まれていた八坂達京都勢を現実へと戻した。だが、誰もが先程のカルナの名乗りを思い返す。

 

 

カルナの名はこの日本では正直、そこまでの知名度を誇っていない。その武勇もまた然り。だが…たった一つ、須弥山と海を隔てる程度しか離れていないこの地にはただ一つ、カルナに関する逸話が聴こえていた。

 

曰く、帝釈天がまだインドラであった時代、彼が己が武器を与えてでも弱体化を謀った(・・・・・・・・・・・・・・・・・)埒外の実力者――更に今言った事が事実であれば、彼は主神天照大神と同じ太陽神の息子と聞く。“太陽”という、この星をあまねく照らす信仰の対象としては最大格。その系譜にあたる存在は皆、全てが想像できない程の実力者ばかり。

 

喉がひりつく…それは何も、急にこの部屋の気温が上がったが為ではない。

“何を差し出せば、この男の怒りを鎮める事ができる”――それを考えてしまえば、八坂はとにかく喉が渇いて仕方なかった。

 

しかしカルナはスっと手を前に出し。

 

 

「いや、お前が考えているような事なぞ、オレは望まん」

 

 

心が読めるのか!?と、誰もが驚くが違う。

『貧者の見識』は正しく今の八坂の心を見透かし、その上でカルナは言う。「何も求めなどしない」と。だがそこに待ったがかかる。初代だ。

 

 

「おいおいカルナ、それは駄目だ。いくらお前さんが良かろうが、ボスが黙っちゃいねぇ」

 

 

サイバーなサングラスのブリッジを上げ、初代はズイっとカルナより前に身体を押し出し。

 

 

「弥々とやらを出せ、それで半チャラ(・・・・)だ」

 

 

「やはりそうなるか…」――それが八坂が抱いた思いだ。

確かに此度の一件、使者であるカルナに対する数々の無礼は全て、弥々の浅はかな行動から生まれたもの。道理と言えば道理ではあるが、八坂はそれに対し、軽々しく頷けようはずがない。

 

『“血よりも濃い絆”――ゆえ持って我等は家族である』

これは京都に生まれた者が幾度も繰り返し聞かされ、魂に刻まれた言葉である。それは母から九尾の座を受け継いだ八坂とて同じ。更に言えば、今も自らの為に傷つき眠る弥々を渡すなど、義理人情を大切にする京都の女として、どうしても納得がいかなかったのだ。

 

沈黙を守る八坂。だが初代の隣、カルナがまたも京都側を庇うかのように口を開く。

 

 

「その必要など無い。斉天大聖、彼女を貰ってどうする?インドラが治めるあの地に、弥々が益をもたらす事など、できようはずが無い」

 

 

まるで役立たずのようなカルナの言葉に、怒気を募らせる京都側。しかしカルナと初代はその程度に反応すら見せず、初代はカルナに食って掛かり出す。

 

 

「おいカルナ、唾吐かれたからにゃケジメをつけなくちゃなんねぇんだ。それが組織ってもんなんだ。面子を保つって事なんだよ」

 

 

確かにそうだ。とくに信仰…ある意味では精神界における強さが、そのまま力に変わる修羅神仏。仏でもある初代はその大切さ、舐められたままで終わる事だけは絶対にならない事を良く理解している。

しかしカルナの論点はそこではない。

 

 

「それはお前の考えであって、あの男の考えでは無い。須弥山を率いているのはお前か?斉天大聖」

 

 

各神話にその名を轟かせる初代に対し、さらりと恐ろしい事を問い出すカルナ。しかしカルナとしてはこれは本心であり、またカルナにはどうしても、弥々を安全な場所に置く必要があった。

 

 

「…おめぇさん、何でそこまで…」

 

「恩がある。素晴らしき風景、素晴らしき贈り物を、彼女からは戴いた。与えられた恩に報いず、オレはクシャトリヤの称号を掲げるワケにはいかない。それだけだ」

 

 

続けてカルナは言う、「だから昨日も助けた」と。この言葉に、初代は昨日カルナが抱えていた女こそがその弥々なのだと気づき、悩まし気な顔を覗かせた。初代としても昨日の異界で、必ず助けるとカルナに誓った手前、この男との間に交わされた誓いを破りたくないという思いが浮かんできたのだ。

 

その様子を見ていた京都勢はかなり驚いた。それはまるで、初代よりもカルナのほうが地位が上のように見えたからだ。

勿論初代は別段、カルナの下についているというわけでも、そもそもカルナ自体が須弥山に所属しているワケでもない。だが一度は負け、生かされた相手。更に初代は不思議な友情にも似た思いをカルナに抱いており、それが今のような態度を取らせていた。

 

 

「…ッチ、分かった!分かったよ!オイラの負けだ。だがボスには報告させてもらうぜぃ?さっきも言った通り、おめぇさんには良くてもボスにとっては良くない事だろうからな」

 

 

文句は無いだろうとカルナを見るが、カルナは特に返事をしない。だがそれは是を示しているのだろうと、軽い悪態を付きながら初代は胡坐の上に頬杖をつきだす。それを見届け、カルナは再び八坂へと視線を向け、では話合いを始めようと言い出そうとした時――突如閉じられていた襖が開き、飛び出すように一匹の妖狐がこの部屋へと入って来た。

 

 

「何事じゃ!今は使者との話し合いの場、それをかき乱すとは…ッ!!」

 

 

弥々の処置が一端保留となり、ホッとした所に突然の乱入者だ。これには流石の八坂も怒号を抑える事ができず、近寄る同族を睨みつける。しかしそれすら気にしている場合では無かったのだろう。妖狐は息絶え絶えの様子で急ぎ知らせる事があると、この場にいる全員に聴こえるよう報告を始める。その内容とは――。

 

 

「…百鬼夜行がこの屋敷に向かっておる…じゃと?」

 

 

 

 

 

ザッザッと、草鞋が砂利を踏む音が、この裏京都の大通り、つまり八坂の屋敷へと進んでいく。それは軍隊のように整ったものではなく、ただただ歩くといったものである。が、その様相の凄まじき事。

 

錆びだらけの野太刀を鞘に戻す事なく肩に担ぐ者。人では到底振るえぬと、一目で分かる大槌を両手で握りしめる者。おおよそ人を殺す為の道具といえるものを持ち、彼らは大通りを練り歩く。その速度も様々であるが、最も目を引かれるのは彼らの姿だろう。

 

この場にいるのは人間ではない。“妖怪”――それも共通しているのは、誰もが年老い最盛期をとうに過ぎた者達であるという事。だが窪んだ眼元は爛々と怪しき光を放ち、それが百を超えている様子は、恐怖以外の何ものでもない。

 

先頭を歩いていた鬼と見られる赤い肌の老妖が呟く、「もう少し」だと。それに続くように、伝染し、熱に浮かされたかのように後続にその呟きは広がる。

 

もう少し、ようやく叶う、ようやく…待ちに待ったこの日が来たと。

 

 

カルナが昨日放った『梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)』。それは異界に罅を入れただけではなく、近くにあったこの裏京都、そして表の京都にまでその波動とも言うべき気配が伝わり、穏やかな余生を謳歌していたかつての益荒男達は目を覚ました。

そう、彼らはカルナに会いに行くためにこうして集い、その為に凶器を手にしている。

 

八坂の屋敷にたどり着く。護衛の者が必死に何とかお帰り下さいと懇願するが、誰もが糠に釘だと言わんばかりに一蹴し、ついには会談が行われている大広間へと到着する。

 

勢いよく開かれた廊下とこの広間を隔てる障子が開かれ、八坂を代表し、京都の者達は驚愕に目を見開いた。

彼らはすでに、終わりかけた(・・・・・・)妖怪…悠久の時に力を無くし、今や穏やかな死を迎える事を待つばかりであったはずの老妖怪達が…かつて今の幹部達がいくら集まろうと敵わなかった大妖怪(・・・・・・・・・)が、そこに並んでいた。

これには古くから彼らを知る鞍馬天狗も目を見開き、思わず呟く。

 

 

「お主等…何があった…」

 

 

だが彼らがその呟きに応える事はない、ただただ静かに会いたかった男を…カルナを見つめ。

 

 

「…問わせてもらおう、お前……強いか?」

 

 

突然の問いかけに、瞬時に身構えた初代ですら疑問を浮かべる中、『貧者の見識』で彼らが何を言いたいかをすぐに見抜いたカルナは言葉を返す。

 

 

「そうだ、オレは英雄(・・)だ」

 

 

本来ならば突拍子もない返しだろう。しかし廊下に並ぶ老妖怪達はその返事に、急に(いわお)を崩し、「そうか、そうか」とさぞ嬉しいと言わんばかりに、朗らかに笑い出し。

 

 

「じゃあ殺し合おう、儂等全員と殺し合おう」

 

 

まるで遊びに誘うような気軽さで、彼らはカルナに殺し合いを求め出した。これには流石の八坂も黙っていられず、立ち上がり何事かと問いただす。

 

 

「お主達、一体何を…っ!?いや……どうか帰られよ、手前方に手荒な真似だけはしたくないのじゃ、どうか…」

 

 

要求ではある、命令でもある。だがそこには敬意が込められていた。

事実、この場に集まったこの百鬼夜行。彼らは八坂達が生まれる遥か以前より存在した大妖であり、彼らがいなければ今の京都…千年京都を守り続けた、この太極図は完成しなかったのだ。人を食い、人を殺して殺される。それを平安の世から存在する彼らが行ってきたからこそ、今のこの地があるのだから。

 

黎明期を作り上げてくださった方々に、素晴らしき前任者達にそうような事をと、八坂は言葉少な目に頼み込む。それに対し、金棒を担いだ鬼が口にしたのは――。

 

 

「無理や、大将。だって儂等、妖怪(・・)やもん」

 

「…それは…どういう…」

 

 

『妖怪だから』それだけで納得しろとはどだい無理な話であり、八坂が疑問をていするのも当然と言えよう。だがその口火に続き、妖怪らしく(・・・・・)、誰もが好き勝手に話し出す。

 

 

「やな、無理や、無理」 「おう、ようやくやなぁ」 「やね、ずっと待っとったんや、この時を…」

 

 

――死ぬ時を…――。

 

 

一歩、また一歩と大広間、しいてはカルナに一人一人と近づきながらも彼らは語りを止めない。

 

 

「儂等はな、妖怪なんや。今は禁止されとるし、もうそんな力も無いけどな?妖怪なんよ。人を食って犯して、殺して殺されて…最後はこの首を取った人間に、見事天晴!!と、殺される事こそが妖怪なんや」

 

「全力で人間殺しにかかって、んで逆に殺してもらえたら…あぁ、最高に過ぎる(・・・・・・)。そう思わねぇかい?人間(・・)

 

 

ズンッ!!――とカルナの目の前に、巨大な金棒が振り下ろされる。しかしカルナは動じない。

 

 

「愚問だな、それはお前達の考えであり、妖怪ですら無いオレにそれを求めるのは、お門違いというものだ」

 

 

くっ、まるで息が詰まったような息が漏れ、次第にそれは呵呵笑いへと変わり出す。

 

 

「カカカッ!!おう、そりゃ違いない。でもな…」

 

 

ズイっとまるで脅すように、鬼の巌が眼前へと前のめりとなり。

 

 

「英雄なんだろう?だったらよぅ、殺り合おうや。…なぁ、頼むよ…強ぇ奴と殺りあって、死にてぇんだ」

 

 

その為だけに、今まで生き恥を晒して生きて来た。――年老い、今の中腰の体勢でもキツイのだろう、良く見れば足下は震え、今にも膝から崩れ落ちそうだ。しかし金棒を何とか握りしめ。

 

 

「昔は何度かあったんだ。強い…それこそ儂が住んでた大江山の鬼の大将がおっ死んじまった時なんざ、今思い返せば最高の瞬間だった。だがその頃に儂はまだ弱っちい子鬼でな?隅で震えてたらそいつ等、何時の間にかいなくなっちまってよぅ、生き延びちまった。その時儂の中の鬼の誇りは死んじまった…死んじまったんだ」

 

 

悲しそうに、今にも泣き出しそうな鬼に同情するかのように、後ろに控える老妖の中に頷く姿が見られる。

 

 

「人間が怖くて、そんな自身を誤魔化し、いつしか儂を見逃した連中のハラワタを食うてやろうとこの地で力を付けた。その間も陰陽師なんかに追われてな?そのたんびに逃げて次こそ、今度こそと言い訳を続けて…気づいたら…な?こんなにも生きちまった」

 

 

自身ではこう言うが、彼とてこの京都を恐怖に陥れた一角であることには間違いない。だが彼は後悔を口にする。こんなにも生き恥を晒してしまったと。

金棒から手を離し、座るカルナが見上げる程の巨体が…かつては分厚い筋肉に覆われていたであろう、今や皺で弛んだ腕を地に付け頭を下げ。

 

 

「頼む、儂等と殺し合ってくれ。でなければ儂等は…儂は…鬼の大将、仲間達と…家族に顔向けできねぇんだ…っ!」

 

 

次に頭を下げたのは、顔に深い皺を讃えた魍魎の類。

 

 

「誇れるもんが欲しいんだ。息子が…孫が誇れるような男になりたいっ!!」

 

「妖怪の在り方を、あいつ等に見せてやりてぇんだ!」

 

「今の世に、あんた程の力をもった人間なんざそうはいねぇ…っ!頼む、この通りだっ!!」

 

 

次々と頭を下げていく老妖達。その心境を一番に理解したのは今の京都を治める八坂達ではなく、意外にも初代だった。いや、ある意味ではこれは妥当なのだろう。

彼もまた、カルナと戦う以前はただ生きているようなものだった。確かに子孫が繁栄する様を眺めるのは、尊いと感じた。だが違うのだ。

 

“男として生まれたからには、強い奴と闘いたい”

これはもはや理屈ではない。『男だから』――この一言以外に、理由など存在しない。

 

 

「…“神器”というものが、今の世には存在するはずだ。それは人間しか宿せない物とも聞く」

 

 

カルナの言葉はもっともだ、しかし…。

 

 

「違うんだ。あれは赤の他人が授けたモンで、自力(・・)じゃない。儂等が殺りたいのは、誉れを抱いた戦士なんだ!!“神器”を宿していれば、嫌でも分かる。だがお前さんからはその気配が感じられん。あの波動、あの力は、お前さんが収めた武勇に他ならないんだろう?」

 

 

だからアンタなんだ――死にたいと物申す者とは思えない、力強い眼光が、カルナへと一身に降りかかる。すると今までその圧に飲まれていた八坂が口を開こうとする。

 

知らなかったとはいえ、尊敬する者達が実は死にたがっていたという事実は衝撃だった。だが家族とも言える彼らが殺されようとする様を、黙って見ていられようか。そう思い、何とか踏みとどまって欲しいと口にしようとすると。

 

 

「嫌じゃよ八坂、儂等とて馬鹿やない。それを越えた大馬鹿野郎だからこそ、この値千金の好機にこうして集まったんやからな」

 

 

百鬼の中から八坂の懇願を遮るように先の声が響く。その声に聞き覚えのあったカルナは、僅かばかりにピクリと身じろぎする。その様子は声の主からも見えたはず、だが声は変わらず八坂へと向けられ。

 

 

「妖怪っちゅうモンはな、所詮クソと同じや。しかも儂等みたいに便所にこびり付いた糞垢みたいな連中はな、綺麗サッパリと消えちまった方が良い。古い…弱いモンは淘汰される。それが妖怪っちゅうもんやろ?なぁ八坂、今の京都に儂等が必要かや?」

 

 

八坂は答える事が出来ない。それは彼女が幼い頃…この目の前にいる老妖達に言われ続けた言葉だからだ。

 

 

「『弱い奴が悪い』。善とはそもそもなんや?簡単や、“勝ったモンが正義”で“負けたモンが悪”や。妖怪っちゅうもんは所詮悪役で、誰かに退治されてようやく、その生を意味あるモンに出来る。鞍馬やったら、よう分かるんやないの?」

 

 

鞍馬(・・)と呼び捨てにされ、しかし鞍馬天狗が怒りを見せる様子はなく、その様はどこか、悩むような気配すら見えた。

その姿に声の主は「悪い、意地悪な質問をした」と謝り、再び八坂へと声が飛ぶ。

 

 

「どっちにしろあれやろ?お前等、何かこの御仁にやらかして、今この初代さんにケジメつけぇ言われとるんやろ?なら丁度ええやんか。儂等百鬼の首と引き換えに、許してもろうたら良いやん?」

 

 

カラカラと声の主は楽し気に語るが、その内容は凄まじい。身内(自分達)を売れと、暗に告げているのだから。だが…それ以外の最良の策が、一体どこにある?今のままでは間違いなく、須弥山との戦争になる。もしかすれば高天原から応援が来るやもしれないが…他人にケツを拭かせる程、彼女達は厚顔無恥ではない。更に言えば戦火には下手をすれば幼子、つまり将来を担う子らまで巻き込まれる可能性があるのだ。

老い先短い命と若い命…本来比べてはならぬはずが、この場では何と前者の軽い事か。

 

キュっと艶の良い唇が結ばれ、その端からは血が滴る。そうしているのは八坂であり、つまりそれは…肯定の意。

瞬間上がるは鬨の声。値千金であるこの日を幾日も待ち望んだ男達の歓喜の雄叫びが、怒号となって鼓膜を震わせる。その凄まじさはただの人間であれば、魂が抜けだしそうな程にそれは凄まじい。

 

しかし、当の本人。つまりカルナは立ち上がる事すらせず。

 

 

「待て、その闘争を行うなど、オレは一言も申していない。そも、オレは一夜の宿を借りた恩人(・・・・・・・・・・)となど…」

 

 

「殺し合いたくない」――そう続くハズだったカルナの言葉を遮り、八坂を諭した声の持ち主の意が、今度はカルナへと向かい。

 

 

「おう、だから返せ。儂等に満願成就の夢をくれや。…お前さんにやった()、あれの分も全部全部返せや」

 

 

それが恩返しだ。そう締めた。

何と言う厚顔無恥にも程があるのだろうか…その声の主はあれだけ畑を耕してもらいながら、随分と長い一人の夜を、たった一夜とはいえ誰かと酒を飲み語るという、カルナの好意を持ってしてもとても足りないとまだ要求してきたのだ!その声の…なんと悲痛が込められた叫び(・・)だろうか。

 

普通であれば、あれだけ人を使いながらと申し立てするだろう。しかしカルナは、僅かばかり目を閉じ。

 

 

「分かった、やろう。確かに貴方から戴いた恩に、まだ報いていないと気づかされた。まずは非礼を詫びよう」

 

 

見開いた時、その瞳には確かな闘志が燃えていた。その様子を静かに見ていた初代は、更にふてくされた姿で。

 

 

「…なんでぇ、オイラとはしてくれねぇのに、やけに軽く受けンだねぃ」

 

「済まない、だが…」

 

「あぁ!みなまで言うな!!くっそ、分かってんだ……塵殺してやれカルナ、満足に死に切れるまで、何度も…何度もコイツ等殺してやれ、オイラからの頼みだ」

 

 

コクリと僅かばかりに頷き、立ち上がる。その時カルナの手には、何時の間にかインドラが授けたあの槍が握られ、部屋に渦巻いていた妖気が槍から出る神気に掻き消され、それが凄まじく嬉しいと、老妖達はこれまたいと(・・)恐ろしい形相で歯を剥き出し嗤う。

 

 

「斉天大聖、ならばオレからも頼みがある。弥々の傍に、いてやってほしい」

 

 

お前は何を言っているんだ?と、初代の顰めていた顔が崩れる。自分が彼女にあまり良い感情を抱いていない事など、お前なら理解しているだろうと。

 

 

「無論。目を覚ましていないと先程聞いた。オレとしてもお前が彼女の傍にいてくれた方が、安心して戦える」

 

 

暗に愚行を起こすハズなどないと言いたいのだろう、信頼していると言えばいいのだろうが…。

初代もそこまで言われてはと、軽く照れくさそうに頭を掻きつつ了承する。軽く振り返りながらその姿を見たカルナは前を向き、己の身長を越える大槍を悠々と片手で持ち。

 

 

「では始めよう…殺し合いを」

 

 

その言葉に先程以上の雄叫びが上がる。

表と裏の京都、それを隔てる次元の壁すら突き抜け、表では雲一つない晴天だというのに、誰もが雷鳴が轟く音を聞き届け、普段は霊験あらたか、されど平安よりこの地を見守り続ける山々――そこで夢半ばで倒れたであろう、拾われる事なく打ち捨てられ、人々に忘れ去られなお、彷徨うだけであった霊魂達も理解したのだろう。

 

 

戦人(いくさびと)達が聴こえぬ声に呼応したのか、雷鳴は何時までも木霊する――。

 




死して屍拾う者無し 死して故郷(くに)の肥しとなり もって報国と成さん 

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