施しの英雄   作:◯のような赤子
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何か最近、毎回難産な気がする…(汗

お待たせしました。そして皆様読んだ後、こう思うでしょう。
「また焦らしプレイかよぉ!!」って(スミマセン、どう考えても3万文字超えるんです(汗)

ちょっと今回グロいというかエグいかも?
そして結構文がくどいです。

一応後書きにカルナさんの挿絵を置いておくので許して…?



愛する者よ 死に候へ

手を伸ばす――そうすれば何かが変わる気がして。

手を伸ばす――そうしなければいけないような気がして。

 

そうしないと彼らが…大切な宝物(思い)が手のひらから零れ落ちるような気がして…大切な人がどこか、遠くに行ってしまうような気がして……手を伸ばす。

 

 

止めよ(・・・)弥々。妾達に許されるのはただ、彼らが死ぬ様を括目し、見届ける事だけじゃ」

 

 

ふと、何かを求めるように伸ばされていた弥々の手に、横から陰が重なり手が重なる。ほのかに香るは稲穂の匂い。耳に届くは幾度も聴きし、敬愛せし者の声――。

 

 

「八坂…様…?」

 

 

己と同じ、されど豊穣に実り、秋風に揺れる麦畑が魅せるが如し、金毛を讃えた九本の尾。おおよそ妖狐の種族…否、妖怪ではとくと出せぬ神格を確かに携えたこの京都を裏から束ねるこの女傑を、幼い頃行方を眩ませ顔も知らぬ父と母の代わりに、姉のように、母のように接してくれた彼女の気配をこの弥々が間違えようも無く――だからこそ、弥々は先の言葉を信じられなかった。

 

 

「止めよ…とは…八坂様、貴女様程の方があの方々が死ぬ様を…家族に死ね(・・・・・)と申すのですか!?」

 

 

【血の繋がりは無く、されど絆により、我等の繋がりは血よりも濃く】――そう教えられた、それを何よりも大切にしてきた。そう教えてくれたのは他の誰でも無い、八坂だ。

 

己の襦袢が着崩れる事も気にせず、彼女は八坂に縋り付く。

どうか止めてくれと、あの方と戦う事だけはあってはならないと…弥々は己の時のように、きっとこれは何かの勘違いが起きた(・・・・・・・・・・)からこその、認識の違いが生んだ状況だろうと思ったのだ。きっとあの方の…カルナ様の正体を知らぬからこそ、ただの人間と勘違いしているからだろうと――だが…。

 

 

カルナ殿(・・・・)…じゃろう?知っておる。とくと理解しておる。故に…あの者達には、この場で死んでもらわねばならぬ」

 

 

八坂は目線を合わせ、決して聞き間違えぬよう、頬に手をそえながら断言する。その際、何故その名をと微かに呟いた弥々の様子に、やはり気づいていたかと八坂は思う。でなければ彼らに死んでもらうと言った己の言葉に、弥々は止めてほしいと、つまり戦えば死ぬのは使者(カルナ)ではなく、老妖怪達であると弥々は反応を示したからだ。そして八坂は弥々の揺れる瞳をしかと見つめながら、何故このようになったのかをとうとう(・・・・)と語り出す。

彼らは常々此度、つまり確かな強者たる人間(・・)との、命を賭した真剣勝負を望んでおり、その中で死ぬ事を焦がれ、つい先刻、カルナがその命の取り合いを了承し、現状に至ると。

この時、八坂はとある事実を隠し(・・・・・・・・)弥々に語り掛けた。もうこれ以上失わぬように、これからを担う(・・・・・・・)であろう若人(わこうど)を失わぬように、もうこれ以上…家族を失わぬよう…家族(弥々)をもうこれ以上、帝釈天へと捧げずに済むように。

 

隠居していたとはいえ、こちらは今回の一件で多大な貢献、そして膨大な経験を積んだ戦人(いくさびと)達を大勢失う。八坂としてはこれで手打ちにしてもらい、最悪己の身を好色としても有名な帝釈天へと捧げる気であった。その際、おそらくこの京都の地脈は乱れるだろう。だが今は己の娘、次代の九尾たる九重がいる。今は亡き夫だけに捧げた操であり、きっとあの子はまた泣くだろうが…。

 

爛々と輝く眼がある。

屍のように朦朧と生きていたような、老妖怪達の確かな息吹。おっ()てる事すらもはやままならぬと諦めを受け入れた者達が、そうあってなるものかと再び(いき)り勃たせたのだ。熱い滾りを胸に抱き、再び夢に恋い焦がれたのだ。

 

 

これに充てられないのであれば(・・・・・・・・・・・・・・)それは京都の女ではない(・・・・・・・・・・・)

 

 

だが…それは話を聞き終え、顔を俯かせていた弥々とて同じ。

 

八坂としてはこの状況へと向かったその際たる理由を茶を濁して話していたのだろうが…弥々は少々、(さか)しすぎた。

 

震える手で八坂の肩を掴み、瞬間――。

 

 

「――ッ!弥々!!」

 

 

八坂を横へと押し倒し、その反動と言わんばかりに目の前の百鬼夜行をすり抜ける。その際、老妖達の一匹が握っていた薙刀を奪い。

 

 

弥々はカルナへと得物を向けた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「…弥々」

 

 

途端、老妖達へと掲げていた鎧と同じく黄金輝く長槍を、お前と戦う意志は無いと暗に告げるように降ろすカルナ。だが弥々は(さか)しまの如く、薙刀をカルナの喉元へと突きつけ。

 

 

「構え…っ、構えろ…人間(・・)ッ!!」

 

 

「構えてほしい」「構えてくださいまし」――思わず懇願、敬語が出そうになるのを何とか抑え、弥々は強い口調と共に、更に喉元へと突きつける。

 

彼女は気付いたのだ、この状況へと貶めた元凶に。

彼女は気づいたのだ、全てはこの弥々にこそ責があると。

 

揺れる感情が滂沱の汗となりて、柔肌を滴り落ちていく。その後ろには命を賭してでも守らねばならぬ、家族があった。そして目の前には…初めて恋をした人の姿。

 

弥々の両親は彼女が小さい頃に殺された…人間に殺されたのだ。しかし彼女が人を呪い、恨む事は無かった。彼女は見たのだ。

綺麗に(なめ)された毛皮。それは両親を撃った猟師から商人へ、商人から大名へと渡り歩き、その家の世継ぎが幼少期、母の腕の代わりに赤子を優しく抱く“御包(おくる)み”として、その大名家が維新の波に付いて行けず、没落するその最後まで大切に使われ続けた、両親の死してもなお、立派な最後を――だから決めた。

 

もう二度と奪われてなるものか、もう二度と、家族を奪われてなるものか…っ!!

その為に男と肌を通わせ、悦楽に一度も身を委ねる事なく彼女は己に厳しくあり続けた。いつか己も父と母のような立派な最後を遂げるよう、報われぬ献身へとその身を費やし、いつしか彼女は今だ男尊女卑、封建社会の風習が残るこの京都で、家族が暮らすこの地を守る守護者へと成り、彼女は出会ったのだ。

 

極彩を奏で、後ろで揺らめく外套は陽炎の如く儚く、さりとてその佇まいは目を瞑っていても鮮明と言わざるを得ない存在感。

誰もが己の容姿を褒めた、誰もがその目に邪な色を映し、この清きを保った我が身を穢す事を思い描いた。でも…彼だけは違った。

 

初めて戦人として褒められた。家族でも無い者に。

無骨な手に惹かれ、気付けば短い間ではあるが、常に目でその手を追っていた。

その素朴さに惹かれ、気付けば彼の後ろ姿だけを追っていた。初恋だった。

 

以前、色にうつつを抜かす同僚を叱咤し、「弥々も恋をすれば分かる」と言われた事がある。同時にそれが初恋なら、それは叶わないだろうと。初恋は基本、叶わないものだと言われ、あの時はだからどうしたと鼻で笑ったが…あぁ、確かに彼女の言葉は正しかった。だって…っ!

 

 

「どうした、何故構えない?今更になって怖気づいたかや?ふん、これが帝釈天が名代ぞ?神々の王と謳われ、戦神と呼ばれた男もお前に似て、さぞ胆の小さい男なのだろう!!」

 

 

知らなければ良かった、気付かなければ良かった…っ、だって…だってこんなにも…胸が苦しいなんて…っ!!

 

視界が揺らぐ、手が震える。自分は…自分は今、笑えているだろうか?さぞ馬鹿にしているかのように…きっとこちらを見ているであろう、帝釈天すらも馬鹿にしているのだと、分かってもらえているだろうか?

 

頬を伝い、滴が落ちる。表情は歪み、口元は歯を一生懸命食い縛り、必死に嗚咽が漏れぬよう、耐え忍んでいる。

その様子を、今の今まで静かに見据えていたカルナは一言「弥々」と彼女の名を呼び、弥々が僅かばかりに身じろぎした瞬間、薙刀へと手を添え近づき――。

 

 

「お前の勇ましい行動、背負う覚悟を決めた心無い暴言。その全てにもはや、意味など無い」

 

 

通り過ぎた――彼女の暴言に反応する事なく、守るべきものの為に立ち上がったその行動を肯定も否定もすることなく、カルナは通り過ぎ、その視線は変わらず彼に闘志を向ける老妖達へと真っ直ぐ向けられていた。

そう、カルナの言う通り、弥々の行動にはもはや全て、意味など無いのだ。何故ならばすでに闘争の約定は交わされ、その間には何人も立つ事など不可能。

 

覚悟を見た、絶対の覚悟を――それを否定し貶める事も、肯定し言葉にするには余りに重いその家族への愛深さ故に、カルナはかける言葉など持ち得ていなかった。

 

 

敷き詰められた砂利を鳴らし、何かが崩れ落ちる音がカルナの背後から聴こえた。弥々だ。次に薙刀が落ちる音が聴こえ、しかし弥々がそれを再び握る様子は無い。

 

彼女は悟ったのだ、もはや自分の手の届かぬ場所に、事は行ってしまったのだと。

 

項垂れる弥々に、カルナが振り向く事はなく、その視線は真っ直ぐに老妖達へと向けられている。その力強い、弥々とはまた違う、背負う者のみが持ち得るその眼を向けられた老妖の一匹が、まるでそれに応えるかのように。

 

 

「…なぁ兄ちゃん、良い女だろ?」

 

「あぁ、良い女だ。間違いなく、彼女と出会えた事こそが僥倖以外の何ものでもない」

 

 

このような状況でも、ふざけるのかと問いただしたくなるような問いに、カルナは真面目に受け答えする。その様子がどこか、可笑しく感じたのだろう。夜の帳の如く張詰めていた殺気が霧散。怪しい光を帯びた目は三日月状に歪められ、真一文字を描いていた口元は抜けた歯を覗かせ、そして――。

 

 

 

「…ありがとなぁ(・・・・・・)弥々、ほんまに…ありがとぅなぁ」

 

 

感謝を告げた。その声はこれから死にゆくとは到底思えない、優しさに溢れたものであり、弥々はかけられた言葉に、蹲り誰にも見えぬ(まなこ)を見開く。

 

 

「お前さんのおかげで、ようやっと向こうに逝けるわ」 「おぅ。感謝や、感謝やで」 「長生きぞ、してみるもんや」

 

 

一人、また一人と弥々の横を通り過ぎ、声と共にその先にある大通りへと続く門へ、砂利を踏み鳴らす音が増えていく。その度に…皆口々に感謝を告げる。

 

違う!感謝されるような事など何も…っ!この弥々のせい、この弥々が貴方達を、殺したのだと、そう叫ぼうとする…が、嗚咽を噛み殺し続けた喉はとうに枯れ、まるで金縛りにあったかのように動かない身体で弥々はただ、首を横に振るしかない。だがそんな様子を見ても…何という人でなし(・・・・)共なのだろうか。

誰も感謝を止めようとしないのだ。暖かい表情、暖かい言葉を掛ける事を止めようとしないのだ。

きっとそれが最後なのだろう、一つ残った足音が、弥々に言葉をかけた瞬間――。

 

 

「あの世で先に逝っとった連中に自慢してくるわ、儂等の孫(・・・・)はまっこと、これ以上無い孝行モンやって」

 

 

決壊した。

さめざめと流れゆくは、家族の情が籠った涙。砂利はその色を鈍いものに変え、雨は止めどなく流れ続ける。しかし老妖達は決して振り向かず、前を向く。曲がった腰をそのままに、弱り切った足腰はしかと大地を踏まぬままに、それでも男達はこれからを任せる者達にその背中を見せ、ひたむきに前へ前へと…終わりを目指し顔を上げる。

 

そんな彼らの後姿を、カルナは一言も発さず見守り続けた。

覚悟を背負い、矜持を抱いたその勇ましき…されど曲がり二度と張る事の無いその背中が、カルナには尊く感じられたからだ。それは似たような背中(思い)を持つ初代もまた同じ。

 

カルナは一度、まるで今見たその光景を刻むかの如く瞼を閉じ誰となく――。

 

 

「では行って来る」

 

「おう、殺して(行って)来い」

 

 

その呟きを拾ったのは初代だった。

己の代わりに、己もまたいつか…サングラスに隠されたその瞳を見る事叶う者がいれば、その奥に浮かぶ憧憬を確かめる事ができただろう。

初代がかつて戦ったカルナはまだ、身体が出来上がっていない童と称せる年頃だった。だがこれから死にゆく者達は、真の不撓不屈、神々でさえ魅了した大英雄とその矛を交えようとしているのだ。これに羨望を覚えない者など、益荒男とさえ唱える事すら烏滸がましい。

 

砂利が三度(みたび)踏み鳴らされ――弥々は手を伸ばす。

 

もう二度と失わぬよう、もう二度と抱く事の無いであろうこの思いを失わぬよう、彼女は手を伸ばす。

守るべきものがある。その手はカルナ程ではないが、女にしては無骨で、しかしどこか美しさを感じさせるものであった。しかし伸ばされた手は次第に、止まり木を失い、寄る辺無く彷徨い力果てた渡り鳥のように降ろされていく。目覚めたばかりに晒された、濃密な殺気とこの僅かな時間は彼女の体力を削りきり、閉じられていく瞼の中、弥々の耳に届いたのはこちらに駆け寄って来る八坂の足音と――。

 

 

 

 

「あーあ、やっちまった(・・・・・・)。馬鹿だねぃ、ホント…どいつもこいつも、仏でも救えねぇ馬鹿しかいやしねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷へ赴いた時同様、百鬼夜行が練り歩く。石畳を踏むその足は時折擦るように、歩く事さえままならぬと言わんばかりに…されど歩みを止める事なく、ただ前へ前へと進みけり。次第に足下は整えられたものではなくなり、どこか退廃した雰囲気漂う長屋へと辺りは変わる。

そこは彼らが晩年過ごした我が家。

すでに老いさらばえ、老害となり果てる事を嫌がった彼らが、家族の止める声を無視してでも住み着いた思い出深い…しかしどれだけ壊れようと、もはや構わないこの場所こそが最後を飾るに相応しいと、無意識に彼らの足を、そこへと向かわせていた。

 

 

「…悪いね、付き合ってもらって」

 

 

隣を歩く老妖がカルナへとそう呟く。こんな骨と皮ばかりの死にかけを殺そうとも、お前には何の特も無いと、視線を前へ前へと向けて…言葉を掛けられたカルナもまた、ただ前だけを見て。

 

 

「お前達程の強者(・・)を相手に、この(わざ)を振るえる。ならばこれ程の栄誉、そうは無い」

 

 

強者(・・)と、カルナは讃えた。

この歩くだけで息を荒げ、上がらぬ足を擦るように歩くだけのこの老妖達を、カルナはその精神、在り方を強者(つわもの)と讃え、全力を出すに値すると認めたのだ!

 

その言葉を聞いた老妖、周りにいた者達もまた、弥々に向けた笑みとは違う、歯を剥き出しにするように表情を変え、改めてカルナを取り囲む。

ある者は下げていた武器を構え、ある者は空を飛び、またある者は目を爛々と怪しく輝かせ――。

 

 

「おう、頼むわ。でもな…勘違いすんなや」

 

 

嗤う。

彼らは皆、殺される為に馳せ参じた。だが…違うのだ。

 

 

「ただ死ぬんじゃ意味がねぇんだ…そうだ、本気で来い。でなきゃ…」

 

 

儂等がお前を殺すぞ――?

 

 

耳まで引き裂かれるように描かれた弧、その下弦から滴るは、げに卑しきと称する他無き滂沱の唾液。

 

 

「簡単にこの首、取れると思うなや」 「せや、お前聞いた所によると、神と人の相子(あいご)やろ?」 「美味かろうなぁ、どんな味やろうなぁ…」 「あぁ、さぞ美味かろうて…そのハラワタ(・・・・)

 

 

ジリジリとその包囲網を縮めつつ、彼らはもはや我慢ならぬと、溢れ出す涎を隠そうともしない。

先程まで殺してくれと言いつつ、今はカルナが喰いたくてしょうがないと言い出す老妖達。好き勝手極まるが…勘違いしてはいけない。

 

これこそが妖怪(・・・・・・・)なのだ。人の都合も考えず、自分の意見を押し付ける彼らはまさに、妖怪の中の妖怪。今では手を取り合う事ばかりを重きに置く、この世界でもそうそうお目にかかれぬ、昔ながらの妖怪の理に従う姿がそこにはあった。

 

 

「原初の理か…成程、これが妖怪、これがお前達が望む、お前達が求めた死に方か」

 

「そうや、これが儂等妖怪(・・)ちゅうもんや」

 

 

これしか知らない。こういう方法でしか、人と語る術を持たない…これしか知らなくていい、最後まで己を貫き通し、彼らは逝くのだ。

 

数々の化け物を退治した神々の王インドラ――その槍を掲げ、人間(英雄)妖怪(化け物)を退治する…ならばこれはもはや、偶然では無く必然なのだろう。幾度も遠回りをし、ついにここまで来てしまった老妖達。だが…全てはこの瞬間、夢のような一時と出会う為だとするならば…それは決して、無駄などではなかった。

もはやカルナと彼らの間に交わされる言葉など存在しない。これより先、それは無粋極まり、言葉よりも多く彼らは語り合うのだから。

 

この時、カルナは槍を構えた(・・・・・)

4年前の初代の時のように――英雄派との戦いでは見せなかった構えを、この時カルナは見せたのだ。

つまり、それはつまり、彼らとのこれからの戦いが、初代の時に相応するという事。

 

 

カルナは構えたままその場から一歩も動かず、だが老妖達もまた動けない(・・・・)。カルナはこの勝負を挑んで来たのは彼ら――つまり挑戦する側から来る事こそが、戦の作法と捉えているが故。無論、彼らは臆病風に吹かれたワケではない。今の現状を生みだした理由はまさにその逆。

 

この男の心、カルナの魂に己を残したい。ただただ死ぬのではなく、この男に認められて…互いに見事と讃え殺されたい。

 

 

あの者達は見事に散っていったと…カルナ(この漢)の口から家族にそう言わせたい――。

 

 

カルナが微動だにせず静かに構える一方、老妖達は夥しい汗を搔き、荒い息が止まらない。それは歳という事もあり、同時に改めて理解したからだ。この男、カルナの余りに過ぎる武人としての格、そして積み上げて来た技量の高さに…!

 

どれほど経っただろうか、硬直が続き、誰かが握る武器を握りしめ直した…その時。

 

 

「――!――――っ!!!」

 

 

それは声だった。誰かが…包囲する彼らの誰かが発した、開戦を告げる鬨の声。だが誰もその声を声と思う事ができず、風のさざめきとしか捉える事ができない。それほどに小さな鬨の声。それを発した(つわもの)共は…足下に現れた。

 

それはまさしく魑魅魍魎。名も無き小さな小さな魍魎共だった。

小さな小さな彼らは包囲から前に出て、駆け荒ぶその足並みは、赤子が這う姿以上に遅く、手に持つ武器をいくら掲げようと、それは爪楊枝程度の大きさしかない。その程度しか持ち得ぬ力無き極小の魍魎(つわもの)達。

駆ける足音、喉から発せられる叫びすら、誰も聞く事叶わぬ中、ついに魍魎(つわもの)達はカルナの絶対殺傷圏へと足を踏み入れた――直後。

 

 

「ふん――ッ!!」

 

 

カルナは一切の躊躇なく、一片の容赦すら見せず、神速で槍を振るい、彼らを悉く殺し尽す。

 

老いたからか、眼を擦り、小さな魍魎達をようやく老妖達が捉えた時にはすでに槍を振り終えた後。

振るった槍の穂先、そしてカルナの顔にはらしくない(・・・・・)僅かばかりの血が付着していた。その穂先へとカルナは目を細め――。

 

 

「――見事」

 

 

讃えた(・・・)。誰もが気づけず、そもそもいたかどうかすら知られず参戦していた魍魎達をカルナは確かな敵として認識し、一切の手加減なく、その武勇を彼らに振るったのだ。

 

見事――と呟かれた確かな賛辞。それは小さな呟きであった。だが…。

 

 

 

「う…ぉ…ッ!!」

 

 

それは再び止まりかけていた時計の針を動かすには、充分に過ぎた。

 

 

『ウォォォオオオオオ゛――ッ!!!』

 

 

動けなかった自分達を恥じり、しかし死んでいった彼らに対する確かな憧憬の感情混じる鬨の声が上がり、誰も彼もがカルナへと殺到する。その様子は見る者が見れば、まるで篝火に我が身を投じる愚かな羽虫にも見えた事だろう。馬鹿だと嘲笑う事だろう。

 

しかし、それでもきっと、後ろ指を指されようと彼らは是正し、なお向かうだろう。

これは夢なのだ。幾歳を重ね、なお死に場所を求めた大馬鹿野郎共が、ただ(ひとえ)に望んだ最後の夢の舞台。

 

終わらぬ()を覚ます為、彼らは最後の(終わり)を求めいざ向かう。この()に先に、きっと素晴らしい何かがあると信じて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは直感にも等しかった。

体力が尽き、気絶していた時間はおおよそ四半刻にも満たぬだろう。

 

意識が浮上した弥々がまず気づいたのは、周囲に漂う夥しい血の匂い。霧のように辺りを包み、そのあまりに濃すぎる香りに弥々はむせ返る事を我慢できず、口元を抑える。

 

 

(これは…まさかッ!?)

 

 

嘘であってほしい、この(うつつ)こそが夢であってほしい。これが…この光景を生み出したのがあの方であり、この血霧が家族の成れの果て(・・・・・・・・)などと受け入れられるワケなど無い。

咄嗟に立ち上がろうとする弥々。だが立ち上がり、辺りの様子をしかと視界に捉えた時、彼女の身体は硬直した。そこには…。

 

己と同じように、その身を血霧により朱に染める者達。その容姿は皆若く、どこか先程行ってしまった老妖達と重なるが、さもありなん。

彼らは皆、先程の老妖達の子や孫、血族なのだ。その中に…弥々は見つけた。

 

胸元を抑え、眼には涙を浮かべ、地べたに蹲る小さな姿。その臀部には母親とよく似た実りきった稲穂色の尾――九重が吐瀉物を何度も何度も嘔吐している姿を。その傍には九重の母である八坂が背後に幹部達を連れ、そのような様子の愛娘を悲痛の面もちで見つめ、八坂の横では大天狗が幹部、そしてこの場に集いし若人と同様、ただ一点を見つめている。いや、正確には垣根が存在する為、見えてはいない。しかし断続的に続く倒壊音、彼らはその音を一心に聴い()ていたのだ。その倒壊音の間に聴こえる何か肉を切り裂くような音…それが僅かばかりに聴こえる度、霧は更に濃密さを増していく。それが今もなお、殺し合いが続いている証なのだと、回り始めた頭がようやく理解した…その時。

 

 

「――ッ!!いかん!!八坂!!」

 

「っ、はい!!」

 

 

普段とは立場が逆転したかのように、大天狗――鞍馬が八坂へと命を出すかのように大声を上げる。八坂もまた、それが当然と言わんばかりに大天狗の声に反応し、両手で印を組み始める。大天狗も然り、沸々と汗を浮かばせ両手を勢いよく合わせれば、柏子木のように乾いた音が周囲に木霊する。

この京都において、絶対と称せる程の強者二人が見せた焦りの色。何事かと気づいた者達が口にしようとした瞬間――それは起きた。

 

 

ぞわりと肌が粟立つ。気づけば音は完全に途絶え、垣根で見えないはずの景色が音の聴こえていた方向から色を変えて迫って来るではないか。

 

円形状に、まるでこの千年をかけて築き上げた“裏京都”を覆い尽くそうとするもの…その正体は、あり得ぬ熱量を誇った熱風(・・)であり、触れた途端色を変えゆく景色は漂う血霧があり得ぬ速度で乾いたが故のものだった。

 

触れた物全てを劫火に包み込む熱風はついに弥々達がいる、この八坂の屋敷まで到来し、しかし屋敷が焔に晒される事はない。鞍馬の神通力、八坂の地脈操作でこの場には一瞬で強固な結界が張られ、凌いだのだ。だが…。

 

 

「むぅ…ッ!!あの男、この地を炎獄に変えるつもりか!?」

 

 

鞍馬の言う通り。

確かに屋敷は守られた。しかしそれは屋敷のみ。

呼吸するだけで咽頭が張り付く程に、空気中の水分は枯渇。空気を燃やしながら進んで来た熱風はもはや炎の壁となって、“裏京都”中を燃やし尽していく。

 

だが…彼らは勘違いしていた(・・・・・・・)。そして知らなかったのだ。これが――…まだ始まりですら無い事を――。

 

 

炎の壁が屋敷を通り過ぎ、あまりの熱に塞いでいた眼を皆がようやく開いた時。

 

 

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)――ッ!!」

 

 

一条の光、まるで太陽の紅焔と見紛うことある極焔がこの“裏京都”を――。

 

 

 

世界を穿った。

 




次回が正真正銘カルナさん無双です


【挿絵表示】


今のカルナさんの鎧はこんな感じです。
(2019・5/5 描き直しました)

腰の羽のようなものは宝具の真名開放の時に現れる設定なので、今回は描いていません。
弥々の絵、また数点を今描いている最中ですが、そちらはこの京都編が終わった後の活動報告でやる予定のボツ案晒しや、作者の軽い愚痴の際に晒す予定です。


次回投稿はいつになるのかなぁ…(涙


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