施しの英雄    作:◯のような赤子

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色々悩んだのですが、閑話は無しということで(汗

本編です。
幾つかの疑問は活動報告で書かせてもらう予定ですし、いづれ明かしていく予定です。
(読者様への質問などもあるので、できればお付き合いいただけると幸いです)

ではどうぞ。



悪を背負う神々の王

須弥山――7つの金山に鉄囲山、8つの海が間に存在するそこは、まさに神仏が住むに相応しい神界と言える。

カルナがそんな須弥山に翔けたのは何も、戦をする為ではない。帝釈天と話をする為だった。

 

あの素晴らしき益荒男達との決闘を捧げてもなお、まだ所望するのか。弥々という妖狐が一体、お前に何を与える事ができようかと言った事を聞こうとし、同時にきっと問いかけようとすれば帝釈天は時間を稼ぎ、答えを先に提示する――つまり全てを終えてから己に会おうとするとカルナには分かっていた。その為先手を打とうと急ぎ須弥山へと向かっていたのだが……。

 

マハーバリが差し伸べた手をカルナが握り返す事は無かった。それに対し、マハーバリは酷く驚いた様子を見せ問いかけた。「貴方はインドの大英雄ではないのか」と。だがカルナはこう返した。

 

 

【英雄であることと、神群に属する事のどこに繋がりがある?何よりあの男を討つと言うならば、阿修羅神族が王子マハーバリよ、お前はオレが討つべき敵と成り果てる】

 

 

マハーバリには理解できなかった。

インドラが憎くないのか?あの男が貴方の国を、友を、その命さえ全てを奪ったに等しいというのに…っ!?そう思いを湧き上がらせ、カルナにぶつけた。だがカルナにとって帝釈天(インドラ)は、決して憎むべき相手だとは一度でさえ思った事すらない。

 

確かに宿敵たる彼の息子、異父兄弟の三男との決闘を邪魔され、結果己は鎧を差し出し、アルジュナの放った弓で首を刎ねられた。しかしその行い自体は、息子を思う父親の行動だった。彼は後にかけられる侮蔑の声すら恐れず、神である前に一人の父親であっただけ…その行いは施しの英雄と称されるカルナであっても酷く尊く感じ、また彼に一定の敬意すら浮かべていた。

 

 

何故なら同じ父親として、自分は家族を守る事ができなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)のだから…。

 

 

更に言えば今生において、カルナはインドラに多くの授かりを受けている。

カルナが望まずともインドラは彼に一定の教育ができる環境を与え、知識を授けた。また今もインドに残した義父母がいる土地に加護を与え、彼らを悪しき者達から守ってくれている。

きっと、この話を何の事情も知らぬ者が聞けば、それはインドラがお前を利用する為だと言うだろう。

 

 

【それでもなお、たとえあの男がオレを利用する為に傍に置いたとしても、それがインドラに矛を向ける理由には、到底成り得ない】

 

 

実際に誰もが思い浮かべるであろう、インドラへの不信感からマハーバリはそう言い、上記のように言い返された。カルナはそれを最後ずっと黙り込んで見守っていた玉龍と共に、再び須弥山へ急ごうとするが、マハーバリは何度も考えを改めてほしいと懇願し、最後まで首を頑なに縦に振らないカルナに対し「いつからスーリヤの子は、インドラの犬へと成り下がった!!」と吐き捨て怒り心頭に踵を返した。それは僅か、一時間にも満たぬ出来事。しかしその僅かな時間が……カルナに間に合わせる事を許さなかった。

 

須弥山の神界へと足を踏み入れたカルナを待っていたのは、帝釈天の手足とも言える多くの闘神仏と、彼を拒絶するかのようにそびえ立つ山々、間に隔てる大海。そして…――。

 

 

一日目――迫り来る神仏に対し、カルナは逃げの一手を打った。亜音速で飛行し続けるも、韋駄天等を筆頭とした足の速さに自信がある者達に追いつかれ、幾度も先へ向かう事を邪魔される。だがカルナはこの時、相手に攻撃する事はなかった。己は戦いに来たのではなく、ただインドラと話がしたいだけだと、何度も口下手ながらそう伝え、その度に何故かカルナを攻撃する手は激しくなっていった。

 

二日目――流石にこれでは埒が明かないと、迫る相手にこちらも攻撃を加える事となる。だがそれは気絶や戦闘不能にする程度であり、その証拠に意気揚々と迫って来た毘沙門天(クベーラ)の子、哪吒に対し、カルナは彼を山間部へとめり込む程度の蹴りで済ませている。(なおその際、兄者達に見せる顔がないと嘆いた哪吒に対し、カルナが呟いた一言が更なる猛追のきっかけとなった)

 

三日目(・・・)――反撃してくるカルナに、須弥山側はそれまで追い詰めるような形を、カルナの遅延へと目的を変更し、消耗戦へと移行する。その頃にはもうすでにカルナはだいぶ疲弊し、それでも迫る相手への反撃の手を休めず、最外縁部の海と金山のそれぞれが消滅(・・)。海は完全に蒸発しきり、止まぬ雨を降らせカルナの喉を潤し、時折まだ残る山に実る果物等で飢えを辛うじて防いでいた。

 

四日目(・・・)――ついに須弥山側の神仏の大部分が消耗(・・・・・・・・・・・・・・)。これには流石の闘仏神達も驚愕を隠せなかった。たった一人の英雄に、神群の殆どが手を抜かれているという状況でなお、壊滅寸前に追いやられているのだから。しかし消耗しきっているのはカルナもまた同じだった。

絶えず迫る敵を前に、常人ならばとうの昔に根を上げ、足はふらつき大雨が生みだす泥に身体を沈ませているだろう。しかしカルナは気力のみで槍を振るい、魔力を放出し雨を霧に変え視界を奪い、それでもなお帝釈天がいるであろう善見城を目指し続けた。

ほぼすでに時遅しだろう、だが間に合わないと決まったわけではない。だからカルナは更に山を二つ程、消滅させて先を目指した。

 

 

そして……五日目(・・・)

 

 

 

「おーおー、こりゃスゲェ、何も無くなってらぁな」

 

 

今まで沈黙を守り続けていた帝釈天が善見城から降りて来て、辺りを見渡す。そこには他神話からさえ絢爛豪華と謳われた景色は存在せず、金や鉄で出来ていた山々はその残りを二つまで減らし、外縁部から数えて3つ目までの海は完全に干上がり煙と陽炎が絶えず昇る灼熱の大地が延々と続いていた。

 

さてと呟くと帝釈天はゆっくりとした動作で、何かを探すような仕草を見せ――見つけた。

上から見れば、まるでお菓子に群がる黒蟻の群れに見えるだろう。だがその真実は神仏達が荒く息を吐き出し、天を仰ぐように倒れ伏せていた。円状に広がるその中央には二つの影があり、倒れた部下を労う様子すら見せず、帝釈天はその内の一つ、カルナへと話しかける。

 

 

「流石のテメェでも、まぁそうなるわな。どうだったカルナ?俺様の軍勢は」

 

 

そう問われたカルナは身体中に槍や弓(・・・・・・・)刀剣の類が突き立てられ(・・・・・・・・・・・)、槍を支えに辛うじて立ちながらなお、力強い眼差しを帝釈天へと向ける。

 

 

「オレの声は聴こえていたはずだ、何故今まで姿を現さなかった?」

 

「そりゃオメェ、用事が全部済んだからな(・・・・・・・・・・・)

 

 

肩を竦め、どこか演技染みた仕草をしながら帝釈天は小馬鹿にしたような態度を見せ、次にカルナの傍にあったもう一人へと声をかけた。

 

 

「ご苦労さん、関帝聖君――関羽雲長」

 

 

そこには見事な長髭を蓄えた偉丈夫、義に生き義に参じ、義によって神々の座へと召し上げられた、三國を代表する大英雄(・・・)関羽雲長が膝をついて帝釈天を見上げていた。

 

 

「…命は確かに全うし申した。が、これが戦であれば我々はこの御仁相手に全滅していましたぞ」

 

「当然だ、この馬鹿(カルナ)だからな。これが俺様達が敵対し続けるインドの実力だ。最近お前等驕ってたろ?なら丁度良かったじゃねぇか」

 

 

そう、京都での事案を帝釈天は使えると判断したのだ。

確かに須弥山は、全神話でも指折りの強者の集いだ。だが時間の流れというものは戦士の勘や腕を鈍らせ、それは時折やってくるはぐれ悪魔や、中国で発生する妖怪達相手では、到底落とせぬ錆びへと成り果てた。結果がこの有り様だ。しかし帝釈天がその光景を叱咤する事はない。何故ならこうなるだろうと帝釈天は考えていたからだ。

何度でも言おう。そう帰結した理由はただ一つ、相手がカルナだったから。

 

神話の時代においてなお、呪いさえなければ数ある神々を差し置いて、三界制覇すら確実と言われた大英雄は伊達ではない。そして帝釈天が今、姿を現した理由もまた分かり切っていた。

 

 

全て終わったのだ(・・・・・・・・)

 

 

 

「インドラ、オレはお前に話があって急ぎ戻った。あの女がお前に…」

 

「あぁ、中々良かった(・・・・・・)ぜ?若い女ってのは、元気があってつい気張ってしょうがねぇ」

 

 

「何の益を与えられる?」そう聞こうとしたカルナを遮るように、帝釈天は首をゴキリと鳴らしながら気だるげに、しかしニタニタと下卑た笑みを覗かせる。

 

 

嘘だな(・・・)、オレに嘘が通じないことなど、お前が一番良く知っているだろうに。そこまで余裕を持つ事すらできないか?」

 

「あぁ、()だぜ?何せ俺様の領土がここまで荒れちまったんだ。それに、怖ぇ狐の親玉(・・・・)にまでこの数日間狙われ続けたんだ。下らねぇジョークでも言わねぇとやってられないんだよ」

 

 

「クソ猿も生意気言ってくるしな」と笑みを消し去り、如何にもイラ立っているという様子を見せる帝釈天をよく見れば、その頬には痣があり、更に首に当てていた右手には、覆い隠すよう全体に包帯が巻かれていた。

 

 

「不必要なら、お前の下に置く理由など無いだろう。弥々を京都に返すべきだ」

 

「確かに、俺様はあんな女いらねぇぜ?また他の女に手を出したって、カミさんから小言を言われたくねぇからな」

 

 

けどな――。

 

 

「あっちから俺様の女にさせてほしいと言われていたら、どうする?」

 

「何…?」

 

 

思わず聞き返してしまったが、【貧者の見識】は確かにそれが真実である(・・・・・)と告げていた。

 

 

差し出せ(・・・・)とは言ったが、花嫁として(・・・・・)とは一言も言ってねぇ。差し出さなくとも、何かする(・・・・)とは一言も言ってねぇ。向こうから頼んできたんだぜ?俺様に身を捧げたいとな」

 

 

裏がある(・・・・)。だからこうして今ようやく、この男は己の目の前に現れたのだから。しかし真実しか述べていないのもまた…事実だった。

 

 

「…そうか、ならばしょうがないな(・・・・・・・・・・)。一度はオレが背中を預けた相手だ。どうか丁重に扱ってやってほしい」

 

 

それはあまりにもと言える是正だった。だがカルナは以前、京都で初代にこう言っていたではないか。「長はお前ではなく、決定するのは帝釈天ではないのか」と。

 

帝釈天が決めた。帝釈天(インドラ)がそう決めたのであれば、須弥山に所属すらせずただ一方的に世話になる身が一体、何を言えようか。何より彼女(弥々)は、自ら決めたのだ。その意志を尊重せず、手前勝手な考えを浮かべる選択肢など、このカルナには存在しない。

 

 

「ぬん―っ!!」

 

 

力を込めるように鼻から息を吐き出し、鎧の隙間を縫いまるで針鼠のように突き立てられた武器の数々を、カルナは魔力を放出してその悉くを燃やし尽くす。その瞬間、【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】は即座にカルナの身体を治癒。その身に纏った炎が鎮火した時、カルナの傷は全て消え去り全快していた。

 

 

「ホンットに…ッ!ふざけんじゃねぇぞテメェ!何で神仏である俺から見てもチートとしか言いようがねぇんだよ!?」

 

 

その様子を、ゼェゼェと息を吐き出しながら見ていた韋駄天が叫ぶ。今の快復したカルナを見て、この五日間が全て意味の無いものに変じたと理解したからだ。

 

 

「神が理不尽を嘆いてンじゃねぇよ阿呆が。テメェも追いかけ回した捷疾鬼にそう言われた口だろうが」

 

 

そう言われてギシリと歯噛みを見せる韋駄天。

天部の一柱であり、伽藍の護法神である韋駄天の逸話で最も有名なのは、仏舎利を盗み出した捷疾鬼からそれを追いかけ取り戻したものだろう。

他の者達も皆、悔しそうにその表情を歪ませている。それもそうだろう、カルナは立ち、己達はこうして座り込んでいるのだから。これに屈辱を感じない戦士など、この須弥山には存在しない。何より彼らは帝釈天からカルナが来ると聞き、どうしてもカルナを打倒したい思いがあった。

 

突然だが、この須弥山には迦楼羅天という仏神がいる。この仏神はインド神話における神鳥ガルーダという神が帰依した姿として認識されているが、それは本来あり得ない事だ。

何故ならばガルーダは帝釈天…つまりインドラの天敵中の天敵とされ、故にガルーダ神たる迦楼羅天が帝釈天の下に着く事はまず無い。だが事実、迦楼羅天はこうして須弥山に所属し八部衆、後に二十八部衆として名を馳せている。

これは“こうであってほしい”という人々の願いにより発生した、謂わば彼らが分霊であるからだ。故に由来となった本神とは別の存在として、こうして成り立っている。

 

 

【本霊がいるインドにだけは負けたくない】【己は己であると証明し、確固たる己を持ちたい】――故に今回のカルナの相手というのは、良い経験程度に彼らは考えていた。所詮は半神半人(・・・・)、神には敵うはずがないと。

 

舐めていた(・・・・・)、恥を覚えた。この様で本当に、己は本体と相対した時、自らを高らかに名乗り上げられるのかと疑心暗鬼さえ覚えた。

 

 

「なら、また戦えばいいじゃねぇか。暫くコイツを須弥山(ここ)に置く。所属させるわけじゃねぇぞ?あくまで俺様の食客だ。カルナ」

 

「了解した。オレは彼らの相手をすれば良いのだな?インドラ」

 

 

名前を呼ばれただけでカルナは帝釈天の意志を汲み取り、その場で再び槍を構え出す(・・・・・・・・・・・・)。サァっと地面に身体を委ねていた者達の表情が青くなるが、帝釈天はそんな彼らを気にせず言い放つ。

 

 

「疲れたから休ませてくれなんざ、戦場で通用するワケねぇだろ。腹ぁ減ったら戻って来い」

 

 

カカカと笑い、帝釈天はその場をカルナに任せ関羽を連れて後にする。背後から「いつか殺してやる!!」と神仏が彼に呪いの言葉を吐くが…まぁこれはいつもの事だ。

 

帝釈天がその場を離れてすぐ、カルナは回復した身体の調子を確かめるように槍を振り、まだ信じられないと表情を引きつらせる者達に対し一言告げる。

 

 

「インドラから了承を得たのでな。次は本気で(・・・・・)行かせてもらおう」

 

 

多くの神仏が悲鳴を上げる中、ここに第二ラウンドが開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「して、何故手前だけを連れ出したのですかな?」

 

 

カルナの紹介とも言えない紹介を終えた帝釈天の背中に、関羽が問いをかける。何故天部ですら無い、己を傍に置いたのかと。

 

 

「簡単な話さ、連中だと絶対マトモに答えないだろうことを聞くためだ。関羽、今の須弥山でインド神話を相手取って勝てるか?」

 

 

「あぁ」と理解したように関羽が軽く息を漏らす。元々が人であったからこそ分かる。神々は傲慢の塊で、認めたくないものは絶対に認めない。だから己なのかと関羽は帝釈天が求めるであろう答えを提示する。

 

 

無理(・・)ですな。人々の信仰により派生した者達を多く抱える我等は、確かに宗教としては確かな力を持っています。ですが純粋な闘神が相手となれば話が変わる。何より経験が違い過ぎる(・・・・・・・・)

 

 

仏教勢力は世界三大宗教と言われる程に、信仰する者が多く、信者の数だけ力が変わる事は、聖書の三大勢力である天使達を見れば一目瞭然だろう。だがそれはあくまで宗教として箔を付けたりする意味合いの方が大きく、純粋な戦闘能力という意味合いでは三大勢力は神話を覗いてみてもどうにか中堅程度となる。だがインド神話は人類の黎明から存在し、常にその歴史は闘争に置かれていた。

 

関羽の言う通り、積み上げた経験(しかばね)の数があまりにも違い過ぎるのだ。

 

それでも、インド神話の隣にありながら睨みあう事を可能にしていたのは他ならぬ、今現在計画通りに事が進んで楽しくてしょうがない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と、歯を剥き出しにして笑うこの男がいたからに他ならない。

 

 

以前から帝釈天は思っていた。今の須弥山はぬるま湯に浸かり、己という絶対の庇護に甘える赤子に逆戻りしていると。同時に幾度かのカルナの戦いを見やり、カルナが前世と比べ弱くなっている(・・・・・・・)と感じた。

確かに技は以前と比べ鋭くなっている。だが思い出せばカルナは今生において、まともな対戦は初代くらいしかおらず、初代を通して視た(・・・・・・・・)京都では、たかだか奥義を防がれた程度で硬直を見せていた。

 

 

あれでは駄目だ(・・・・・・・)。あの程度でスーリヤの下へ返すなんざ、俺様の誇りが…その程度でアルジュナの好敵手だなんざ認めねぇ――。

 

 

「だからまずは、我々をあの御仁へぶつけたのですな?確かにいくら貴方であろうと、いきなりインドの大英雄を置くと言われては、拒否しかねない。何より貴方と何かと因縁のある、あのカルナですからな」

 

 

帝釈天(インドラ)とカルナの逸話は、インドの隣に存在するこの中国にまで伝わっている。だからこそ前回、帝釈天はカルナを入山させなかったのだから。

 

前回はそのきっかけ、理由が存在しなかった。だが。

 

 

「全く、本当にあの小娘には感謝しかねぇ。獣臭ェ女なんざ、抱きたくもねぇが…今なら礼に俺様のガキを仕込んでやっても良いくらいだぜ」

 

 

弥々という妖狐の存在が、そのきっかけを与えた。所詮路傍に転がる石ころ以下の存在が、この須弥山と帝釈天の誓い(カルナ)に大いに影響を与えてくれたのだ。

 

 

「ふむ、その言葉を聞くに、貴方らしくないですな。下半神(・・・)とさえ称されるゼウスと同列視される程の、生粋の女好きの貴方が、花嫁を抱かなかったと?」

 

「まぁな。てか今はあのジジィの悪口は止めとけ、視てる(・・・)からな」

 

 

そう言って帝釈天は、天に向かって包帯を巻いた右手で指差す。だが関羽の視線は差した天ではなく、その右手にこそ注がれていた。

 

 

「気にはなっていたのですが…その手は?」

 

「あぁ、宇迦のクソアマに祟られた。流石日本神話、俺様の領域だろうと構わず呪いを通して来やがった」

 

 

そう、今の帝釈天は絶賛呪われその右手は包帯の隙間からも、酷い腐臭とジュクジュクと肉が絶えず腐り落ちていく音が漏れていた。

カルナが言った「余裕を持つ事すら」、そして帝釈天の「狐の親玉」とは全て、この事を指していた。

 

 

「大概放置しておいて、いざ奪われたら過保護を見せやがる。眷属が大切なら、初めからしっかりと加護を与えておけってんだ」

 

 

そう言った途端、パァン!と帝釈天の右手が腐り爆ぜた。「あのアマァ…!」と憎々し気に帝釈天が呟く様子を見るに、どうやら更に彼は祟られたらしい。

 

 

「…良いのですか?」

 

「あん?あぁ、この程度ならカミさんに全身女陰だらけにされた時のほうが…」

 

「いいえ違います。先程言われたではないか、視られている(・・・・・・)と…この須弥山は天帝、貴方の存在があるからこそ。それを…」

 

 

「弱った姿を視られて、果たして大丈夫なのか?」――関羽の言葉はそう告げており、しかし言われた帝釈天はクツクツと愉快気に喉を鳴らす。

 

 

「カカ!それができねぇんだよなぁ、今は(・・)。俺様は先程の戦いを、敢えて他神話でも見られるよう、カルナのバカげた神格を隠す事なく垂れ流した。無論、あの英雄好きで知られるオーディンのジジィにもだ」

 

すると…どうなる?

 

「絶対に欲しがる。必ず欲しがる。あの英雄狂い(オーディン)のことだ、フリズスキャールブ(世界を見渡す高座)に座ってカルナの正体もすぐさま見抜き、正攻法で手に入れようと…即ち俺様か、もしくはカルナに恩を着せて北欧に迎えようとする。例えば他神話が今の疲弊しきった須弥山を攻めたりとかな。だがそうなればインド神話が黙っちゃいねぇ。必ず孫弟子であるカルナを気に掛けるシヴァが出向いて来る。クカカ!(まつりごと)ってのは性に合わねぇが、世界を掻きまわすとなっちゃこうも面白ぇ事なんざねぇわな」

 

 

やってみろや(・・・・・・)――天に向けた手の中指を突き立て、帝釈天はどこまでも傲慢不遜な笑みを浮かべる。

 

 

(あぁそうだ、これでどこもカルナに手が出せなくなる(・・・・・・・・)。誰もアイツの命運に手をかけられなくなる。これで良い(・・・・・)。どこに行き、どこに所属するかをアイツだけに決めさせる事ができる。これで…カルナは自由だ)

 

 

浮かべた笑みはいつの間にか消え、口は真一文字に結ばれていた。

 

 

(これでも元は悪神(・・)だ。今更他人の悪口が怖いワケなんざねぇだろ?)

 

 

誓いは果たす。今度こそ必ず、あの高潔に過ぎる男の生を全うに終わらせ、父親(スーリヤ)の元に返す。その為ならば、あらゆる悪名を背負おう。

 

 

 

 

施しの英雄の存在が世界に明るみになったこの時、その裏では一人、神話間に存在した平穏を壊してでも、彼を守ろうと覚悟を決めた男がいた。

 




一応(?)一連の流れはこれで終了です。

帝釈天の喋り方ですが、あの独特の「~ZE」や「~DA」は、馬鹿にしたり、試している相手にのみという独自設定です


次回を挟んでようやく原作主人公側と触れ合う予定です。
(ではボツ案晒しへどうぞー)

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