施しの英雄    作:◯のような赤子

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ただいま。


誓いの数は多けれど、守る者はただ一人。

パーティー会場へと繫がる廊下を、フラフラと彷徨う影がある。その表情はまるで死人のようでさえあり、後ろに付き従う幽鬼のように色白な青年に負けず劣らずと言えるほど、その顔色は悪い。

 

 

「ア゛―…タマイテェ…完全に飲みすぎたな」

 

 

ウプっと口を押え、壁に寄りかかるその正体は最強の武神と称される帝釈天に他ならない。彼がこれほどまでに弱っている理由は単純明快。

 

 

ただの二日酔いである。

 

 

「まさに道理だな。調子に乗りすぎだ」

 

 

その後ろで腕を組み、どこか呆れたような表情を向けているカルナ。彼も昨夜はこの帝釈天(酔っ払い)に付き合わされ、かなりの量のアルコールを摂取しているのだが、今にも口から汚いヴァジュラを吐き出しそうな帝釈天とは打って変わり、こちらはケロリとした表情でいつも通りの調子を見せている。

 

 

「ウルセェこのボケ。てかテメェどんだけ酒強ぇンだよ!?明らかにそのガリガリの体に入る容量超えてただろ!?」

 

「知らんよ。今生では飲む機会がまるで無かったが…そういえば前世において、一度も酔った覚えがないな」

 

 

ふと思い出すのは友であり、主君だったドゥリーヨダナと酒を酌み交わした時のことだ。彼が潰れる直前「お前とはもう二度と飲まない」と回っていない呂律で確かに言われた。

あれはかなりショックだった。ただ自分はごく普通に飲んでいただけなのに……。

 

 

 

「マジかよ…お前とはゼッテェ二度と飲まねぇわ」

 

「お前もかインドラ…ドゥリーヨダナといいお前といい、全て自業自得だ。オレはただ、普通に飲んでいただけだぞ?」

 

「ペースが尋常じゃねぇんだよお前!!しかも顔色一切変えないまま黙々と飲むから潰したくなンだ~~っ!?…あぁクソ、頭に響くから叫ばせんなよ…」

 

 

事実なのだろう。そう言って帝釈天は壁に寄りかかり、こめかみを掴むように顔全体を手で覆う。

 

 

「インドラ」

 

「あぁ?ンだよ、くだらないことだったらマジヴァジュるぞテメェ…」

 

 

名を呼ばれ、思わず振り向くと、その眼前には水の入ったペットボトルが迫っていた。いくら二日酔いに悩まされようと反応できない帝釈天ではない。咄嗟に身構えパシンと空中で掴む。最初は体が反応しただけであり、頭が追い付かず訝し気な表情を浮かべていたが、合点がいったとその場で蓋を開け一気に飲み干し、ゴミとなった空のペットボトルをその場に捨ててまるで何事もなかったかのように歩き出す。カルナはそんな帝釈天に小言の一つも言わずに拾って後を追う。

 

 

「…先程から思っていたが、誰とも会わないな」

 

「だろうな。普通にもう遅刻の時間だ」

 

 

なら急いだほうがいいのでは?とカルナは思うが、そもそも分かってやっていることだ。ならばこれは、一々言うことでもあるまいと口を噤み、廊下には互いの足音だけが木霊する。

 

 

その沈黙が嫌だったワケではない。そもそもカルナという男は、無駄に話すこともなく、どちらかというと行動で語る男だ。

だがどうしても、帝釈天には聞いておきたいことがあった。

 

 

「なぁ、覚えてるか?」

 

 

突然の問いかけ、そこには主語も何もない。しかしカルナは、彼が何を聞きたいかすぐに把握する。

 

 

「あぁ、オレがお前の世話になるのは、今日この時をもって終わりだ」

 

 

それは血の繋がらぬ己を我が子と育ててくれた養父母の元から離され、一人畑を耕し、現世の知識を蓄え、学べる素晴らしさに歓喜していた日々。それが終わりを迎えた日、帝釈天が口にした一言。

帝釈天としては続けて、これからどうするんだと聞きたかった。親の元へ帰るのか、それともまだ見ぬ強者を求め、研鑽を続けながらこの広がった世界を旅するのか。

 

正直どれでも良い。己としてはスーリヤの元へ必ず返すという誓いさえ守れれば。

後はコイツの自由だ。その為に可能性を広げ、神々でさえそうおいそれと手を出せなくなる程度には鍛え上げた。

 

帝釈天は必ず否定するだろう。だがそれは人を導く、神としての在り方だった。

 

 

だからだろう、帝釈天が問いかける前にカルナはこの10年近くの出来事を思い出しながら、ポツポツと彼の背中へと声をかける。

 

 

「アルジュナの父であり、我が父スーリヤの宿敵たるお前にあまり言いたくはないが……感謝している」

 

 

まさかあのインドラが己を保護し、こうして世話を焼いてくれるなど、この【貧者の見識】と名付けられた(スキル)を持つ自分でも想像していなかった。あの時、眼前にこの神々の王が現れた際、カルナはこの男に殺されることすら覚悟していた。

 

むしろそうでなければおかしい――それこそが普通だといえる関係性なのだ、この二人は。

 

 

まだ血の繋がらぬ己を本当の息子として慈しんでくれた父と母の元にいたあの時は、こうして見分を広めることができるなど想像すらしていなかった。毎日土を弄り、見守ってくれる(スーリヤ)に感謝し祈りを捧げ、誰に見せるでもなく自らを鍛え続け……そのままひっそりと天寿を迎えるつもりだった。

カルナは幼少の頃から、心のどこかで気付いていたのだ。

 

 

「お前の言う通りだ。この世界にはもう、英雄は存在しない。()()()()()()()()()()。世界の情勢を教えてもらい、改めてそう思えた。人々はもう、自らの足だけで歩いて行ける。オレ達は必要ないのだと」

 

 

今のように機会がなければ、カルナは先程の記述のように世間に知られず生活していただろう。だがカルナはこうして、彼が知らなかった土地を歩いている。そのきっかけを与えてくれたのは間違いなく目の前の男なのだ。だがその帝釈天は、カルナの感謝の言葉に何も返さない。いつものように、背中を彼へと向け歩くだけ。

 

カルナはこの光景が少しだけ好きだった。別れの時が近づきようやく気付けた。

カルナは父であるスーリヤの姿を知らない。彼が一度もカルナの前に姿を現さなかったのだから当然だ。

 

だからだろう。

 

 

 

カルナは知らず知らずの内に、何かと世話を焼いてくれたこの()()に、父の姿を重ねていた。

 

 

「そうか…恩を感じるというのなら、それは返してもらわなきゃならねぇ。――だから誓え、カルナ」

 

 

感謝の言葉を最後に、沈黙を破るかの如く帝釈天が口を開く。だが視線は前に固定され、決して後ろ(カルナ)を振り返ることはない。

 

 

「何があっても()の槍と、スーリヤの鎧を手放すな。良いか?それが僧侶(バラモン)だろうと誰に頼まれようと…それが俺であったとしても、決してその二つだけは施すな」

 

「分かった。お前の名に誓おう」

 

 

「もう一つ」――そう言って帝釈天はようやく振り向く。その顔にはいつもかけているサングラスはなく、紅玉と称せる程に燃え滾る赤い瞳がカルナを射抜いていた。

 

 

「もう一つ…誰であろうと、決して負ける事は許さねぇ…。何と言おうと、お前は英雄なんだ、カルナ。このインドラが認め、そして我が槍を授けた英雄なんだ。お前の行く先には必ず戦いが待っている。お前もそれを望んでンだろ?なら負ける事は許されねぇ…()()に恥を掻かせんじゃねぇぞ…ッ」

 

「愚問だな。それは父からこの木槍を受け取った際、すでに誓っている」

 

 

そう言ってカルナは、空間からあの木槍を取り出す。

父が削り出して早20と幾余年。大英雄が振るうにはあまりにもお粗末としか言いようのないその木槍こそ、カルナが自らに立てた誓いの証。

 

 

「我が父が授けてくれたこの木槍、そして今も我が身の安全を祈ってくれているであろう我が母。否、前世を含めた4人の父と()()()()に、そして我が好敵手たるアルジュナに誓おう。オレは…もうあの男にさえ負けないと…っ!!」

 

 

ふわりと肩にかけたコートが揺れる。風でもなければ魔力を放ったワケでもない。カルナの確固たる意志が目に見える形で放たれ、それは暖かな日差しのように彼らが存在する廊下を包み込んだのだ。

 

覚悟を見届けた。誓いを確かに立てた。ならもう言うことはないと、帝釈天はサングラスを掛け直してふと、思い出したかのように一言。

 

 

「…あぁ、出立する前に一度須弥山に寄れ。お前に渡すモンがある。傍に置くも、捨てるも()()もテメェの自由だ。()()()()()()()()()()()()()

 

 

何を指しているのか答えるつもりはない。彼の背中がそう語っていた。

気にはなる。が、主が話すつもりがないなら、それでいいのだろうと、再びカルナは後ろに付き添う。

 

 

いびつに歪んだ…でも、確かな温かさがあった日々が終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

朗らかな笑みを浮かべ、己に話しかけてくるこの魔王サーゼクスは確かにこの冥界における英雄と称して良いだろう。だが違う。

 

先のレーティングゲーム。以前、直にこの目で見た赤龍帝は、確かにこの短期間で凄まじい成長を見せ、優勝確実とされていたバアルの跡取りとの殴り合いに勝利し、名実ともにこの冥界におけるヒーローとなった。だが違う。

 

 

違うのだ。…北欧の主神、オーディンが見たいのはこの程度の存在ではない。英雄がその程度で良いはずがない。

 

 

「どうでしたかなオーディン様、我々が誇る若手悪魔達の試合は」

 

 

ニコニコと上機嫌なこの魔王(サーゼクス)は、さぞ彼らを褒めてほしくてしょうがないのだろう。

 

 

「ほっほ、うむ。あの赤龍帝、また面白い技を身に着けておったのう」

 

 

髭を撫でつつ、無難な言葉を選び口にする。それ以外に何を言えばいいのか…褒めろとでも?確かに近年稀に見る戦いではあった。

 

知恵勝負も良し。ゲーム性を競うも良し。だがこのオーディンが最も好むのは、あのように熱い血潮を滾らせ無我夢中で互いを打ち合う原始の決闘。その点ではまぁ、良かったとこの目の前にいる若造に告げても良いやもしれない。

 

だが…もう無理なのだ。

 

簡単な話を済ませ、そそくさとその場を後にする。その際、オーディンはお付きとして連れてきたバルキリーに問いかける。()()()と。

 

 

「はい、須弥山から帝釈天様、及びインド神話のシヴァ様の姿はまだ見えておりません」

 

 

事務的な、このように目と耳が多くある場だからこそかもしれない、無機質な返答に思わずオーディンは舌打ちをしたくなる。

 

ロスヴァイセを悪魔に()()()()()()のは間違いであり、早計だった。同盟を求めたからこそ此方は差し出し、また彼女自身があまりにも若年かつ、早く結婚したがっていたにも拘わらずその小姑染みた言動と行動から、北欧でロスヴァイセを欲しいという男が皆無であり、その様子があまりにも可哀そうに見えたから送り出したのだが…。

 

後ろに付き従うこのバルキリーは見た目は良い。胸もでかいし仕事も遥かにロスヴァイセより出来る。しかし何というか…面白味がない。

 

揶揄い甲斐が無い。だからセクハラしようとも思えない。男受けという点では、遥かにロスヴァイセの初心な反応の方が良かっただろう。

 

 

そしてあの大英雄――()()()()()としても。

 

 

我慢が出来なかった。そもそも我慢できるような気質なら、時間をかけて全ての知恵を収集している。この目をミーミルの泉へと捧げる事もなかった。

オーディンは帝釈天がその視線に気づき、パスを切った僅かな時間で見えたカルナの正体をすぐさま看破し、その高潔さ、その英雄としての格の高さにすぐに欲しくなった。もはや()()()()()()()()()()のこのパーティーですらどうでもよく、早く終わってほしくて仕方なかった。

我慢など出来ない、会いたい。向こうが此方に来ていると分かっていても、今すぐ()()()()()()()()()()()()したくなる程に……っ!

 

しかしそんな事が不可能な事など、態々考えるまでもない。【知識】に繫がり見たマハーバーラタ。巨石に潰されようと何事もなく復活した姿と、そもそも破壊神シヴァ本人が破壊困難と謡うスーリヤの鎧がある限り、カルナはまさしく不死身の英雄だ。

 

 

ならどうする?どうすれば、あの輪廻の理すら跳ね除ける強靭かつ高潔な魂をグラズヘイムに招き、永遠に自らの手で愛でる事ができる?

 

 

 

 

 

「どうするって言われてもなぁ…そもそもオーディン、お主天帝が連れてきた男があのスーリヤの子であるなど、どうやって知った?なぁ、ポセイドン」

 

「俺に話を振るでないゼウス。だが…そうか、我等はあの男が“青銅”か“鉄”かを見極めに来ただけだが…ハデスが帰ったところを見るに、まぁ“鉄の種族”なのだろうよ。しかしとんでもない名前が出てきたものだな」

 

 

答えは簡単。欲しいから、手放さざるを得ない状況に(多方面から)追い詰めれば良いじゃない…!

 

 

三大勢力の思惑とは異なった理由で来た各神話の代表達。件の男が英雄に属する者と当りを付けていた彼らだが、流石にあのインド神話でおいてすら、十指に入るとされるカルナの名に驚き、またそれ程の力を帝釈天が所持していたことに難色を示し出す。その様子にニヤリと裏で笑うオーディンの姿は流石、古い時代アイルランド(イギリス)に根付いたケルトの英雄、彼が所持していた槍の原典とされるグングニルを持つとさえ言えよう。

つまるところオーディンは“英雄狂い”気質を見せつつも、狡猾に政治でカルナを手に入れようとしていたのだ。

 

だがそれはカルナの名を教えてもらった神話の代表者達も予感していた。それ程の英雄…この()()()()が求めないワケがないと。

 

主催者である魔王サーゼクスやその他悪魔、招待されていた上級天使と堕天使達に気取られず牽制し合う中――その違和感に気づいたのはやはりというべきか、各勢力に顔合わせの為早く会場入りしていたこの男(アザゼル)だった。

 

 

「よぉお偉いさん達!何話してんだ?俺も混ぜてくれや」

 

 

アザゼルは入ってすぐに気づいていた。

彼らの意識は会場内にも、ましてやこのパーティーの主役であるイッセー達にすら向けられていないと。思わず憤慨しそうになったが、伊達に長をやっていない。軽い雰囲気で近寄り何があっているのか早急に知ろうとするその姿は、この男の有能性の表れ以外何ものでもない。

だがアザゼルは幾つか見落としていた。いや、この場に集まる代表者がアグレアスに来る以前から得ていた情報。最も必要な大前提――“帝釈天が英雄を連れて来る”というこの一つを、アザゼルはどうやっても得ることができなかったのだから、これはしょうがないことなのだろう。

 

問いかけた先はオーディン。そして返ってきたのは……まるで憐れむような表情。

 

 

「可哀そうに…おぉそうか、お主達は何も知る事すらできなかったんじゃよなぁ。それさえ知っていれば、何故これ程神々が集うたのか分かっただろうに…。儂等がお主等聖書の陣営が掲げる理想に、本当に感銘を受けたとでも?あぁ、確かに儂も初めはそれも良いと思うた。じゃからロスヴァイセを置いて行ったが、お主達は最後まで気づかなんだ。その幸先に須弥山じゃ。ほれ、無理じゃろ?」

 

 

主語など無い。何のことだか聞かされるアザゼルは理解することすら出来ない。いや、そもそもオーディンは聞かせるつもりなど端から無い。ただただあしらいたいからこうして話しているだけだ。

 

語り始めは穏やかな口調。だが須弥山の名を出し、神話を相手にただ一人立ち向かったあの雄姿を思い出したのか、徐々に隻眼は血走り、その口調は激しくなっていく。

 

 

「儂のものじゃ…誰にも渡さん。あれは儂のものじゃ…っ!あれをグラズヘイムに連れ帰り、我がエインヘリヤルとして永久に愛でるのはこの儂なのだ!!あれはッ!()()()はこの儂のものじゃ!!」

 

「カ…ルナ…?なんでいきなり、施しの英雄の名が出てきてンだよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そりゃオメェ、俺様がそいつを連れてきてるからNA。アザ坊」

 

 

掠れるようなアザゼルの呟きに、会場入り口から答えが返ってきた。その声量は決して大きくないが不思議と響き、瞬間オーディンがグリンと明らかに首の可動範囲を超えた動かし方をし、その声へ視線をやる。周りは異様な動きに特に反応せず、しかし釣られてこの“英雄狂い”が首を向けた方を見る。

 

 

「YO、雁首揃えて馬鹿みてぇに待ってたか?テメェら」

 

 

鍛え上げた胸筋を開けたアロハシャツから曝け出し、首からジャラジャラとまるでアクセサリーのように数珠を掛けた坊主頭のサングラスという普段の恰好…しかしこの面子を前にしてもなお、最強の武神の称号が相応しい雰囲気を携えた須弥山の代表――帝釈天がそこにいた。

 

 

「お…おぉ……!!」

 

 

だが違う。ポッケに手を入れ大股でサンダルを鳴らしながら近づく帝釈天に、誰も目を向けていない。その後ろに従う男にこそ神々の視線は集まり、オーディンは涙さえ流していた。

 

 

「あん?何だアレか、もう我慢できないってか?」

 

「そうじゃ!そうじゃ!!さぁ早う!早うその名を口にしてくれ、我がエインヘリヤルよ!!」

 

 

オーディンの魂から出た渇望に、帝釈天は「テメェのじゃねぇだろ」と半ギレになりつつ訂正するが、もはやその声すら届いていない。

逆にエインヘリヤルと呼ばれた男はどこか戸惑っているように見えるなと、突然の出来事にむしろ冷静になったアザゼルはこの時、改めて見たその従者の姿にようやくピースの一つ一つが繫がるような気がし、オーディンが出した古代インドの英雄の逸話を思い出した途端、突如ブワリと冷や汗が滝のように溢れ出す。

 

 

「アザゼル!いきなりどうした?」

 

 

神々が一点に注目を見せる中、ヨロヨロと急にその輪の中から出てきたアザゼルに思わず駆け寄るサーゼクス。倒れかけたアザゼルは支えてくれた彼には感謝を告げなければならないのだろう。だがアザゼルはもうそれどころではない。

 

 

人間でありながら主神に匹敵する神格…あり得るとすれば半神半人。更にインドラに関係があり……何故今まで気づけなかったのか…よく見れば叙事詩に登場していないあのカフス。あれが存在を覆い隠すような働きを持っていたのだろう。とにかく気づいてしまった今はハッキリと視界に捉えた金色に…太陽のように輝くあの耳飾り。

 

気づいてしまった…そんな英雄、全神話においてただ一人しかいないと。だがそれは絶対にあり得ないと()()()()()()()。誰だってそうに違いない。

 

()()()()()()()()()が、自らを殺した()()()()()()()が広げた手の中にいたなどと、一体誰が想像できるというのだ…ッ!?

 

 

目を開き、口元に手を置く。動悸が止まらない。天地が引っくり返ろうと、それだけはあり得ないと目の前の光景があってもなお、聡明な頭脳だからこそ、キャパオーバーを繰り返し、チカチカと視界が点滅を繰り返している。

 

 

「HAHAHA!!そうかそうか!アザ坊ももう待てないってか!良いぜ、“待て”は終わりだ。派手に凱旋を告げろ、施しの英雄」

 

「その称号はオレには不釣り合いだと、何度言っても理解してくれないのだなお前は。だが…(マスター)から最後の命令(オーダー)だ。期待に応えさせてもらおう」

 

 

腕を組み、これ程の大物達を前に緊張する様子を一切見せず、普段と変わらぬ様子でコツコツと革靴を鳴らし、威風堂々とした姿で帝釈天より一歩前へ出る耳飾りの男。彼の瞳はまるで鏡のように会場を映し、その全てを見渡し終えた後――。

 

 

「聞け、この場に集いし全ての者よ。我が名はカルナ。太陽神スーリヤの子」

 

 

 

 

 

 

 

「――それが全てだ。お前たちが到着する前にあったのは」

 

 

アザゼルは大まかにイッセー達が到着するまでに何があったのかをポツポツと語り、それを聞かされた彼らの反応はまさに様々なものとなった。

 

イッセーはそもそもカルナという人物自体が分からず、話を聞かされた今も疑問を頭に浮かべているが、元より如何に世界三大叙事詩で語られる大英雄と言えど、この辺境、極東とさえ比喩される日本に生まれた彼にとって、その名は全くと言っていいほどに馴染みがなく、また悪魔として生を謳歌する今も、その知識の大半はこれからの長い悪魔生を見据えたものに重きを置かれた教育を受けている為仕方無しと言える。

それは神道系の家に生まれた朱乃も同じであり、グレモリー家の次期当主たるリアスに仕えるとはいえ、ヨーロッパ生まれの木場、ギャスパーも似たような感想を抱いていた。

 

しかしとあるキーワードに反応したゼノヴィアとアーシアとリアス、そして彼女たちとはまた違う反応を小猫とロスヴァイセは見せていた。

 

 

「…“神の子”だと?それをこの私の前で口にするのか、先生」

 

「そ、そうです!だって“神の子”は、あの御方しか…っ!」

 

 

敬虔なカトリック教徒であったゼノヴィアとアーシアにとって、“神の子”とは即ちただ一人のみに許された言葉だ。悪魔に身を落とそうと、主を敬う気持ちを忘れられない彼女達にとって、その一言は決して聞き逃せるものではなかった。

 

 

「ゼノヴィア達に続くワケじゃないけど、信じられないわね。グレモリー家の次期当主として各神話に関わる書物はある程度網羅しているわ、勿論マハーバーラタもね。だからこそあり得ない…だってカルナが生きた時代は紀元前…今から()()()()()()()の英雄よ?」

 

 

リアスもまた浮かんだ疑問をアザゼルへとぶつける。聖書の陣営に属しているとはいえ、彼女は悪魔。当然“神の子”と呼ばれる存在が一人だけではないことも知っているし、それを言い出せば世界中で英霊として召し上げられた者達はどうなると逆にゼノヴィア達を諭し、納得させていた。

 

 

「ということは部長、彼もまた“英雄派”と同じ、生まれ変わりや血を受け継いでるんじゃないですか?」

 

「リアスの言う通りだ。お前たちが戦ったその魂を受け継いだと言っていたヘラクレスなんかの大本は、あそこにいるゼウスの子だぞ?それと木場、俺も初めはお前と同じ事を思ったさ。最近世間を騒がせ、俺達の前に現れた曹操と同じじゃないかとな。けどな、それを否定し、なおかつあの男がその叙事詩に描かれたカルナ本人だっていう証明が、この場に来てやがンだよ」

 

 

リアスの後ろで「7000年前!?」と驚くイッセーの姿に、いつもの調子を少し取り戻したらしいアザゼルはそう言って神々が集まる輪を指さす。どういうことかと差された方向を見て、リアスはそこにいたとある人物の姿に驚愕する。

 

 

「HAHAHA!!YOクソ野郎共!ありがたく思えよNA!散々見てぇと言ってたコイツを連れてきてやったのは誰だ?SO!この俺様DA!HAHAHA!!」

 

「……帝釈天ですって…っ?確かに信憑性が出て来るわね…」

 

 

場違いなアロハシャツという恰好、坊主頭にサングラスをかけ、首から数珠をジャラジャラ鳴らし馬鹿笑いする者など、世界広しといえどただ一人しかいない。

即座に叙事詩における彼らの因縁を思い出したリアスは、だからこそ本人なのではと思考するが、その傍で置いて行かれているイッセーや、他神話にあまり深く触れてこなかったゼノヴィアが何故と聞き、リアスとアザゼルは交互にカルナと帝釈天…つまりインドラの逸話を語り出す。

 

 

「良いか、よく聞けよ?簡単に言うとだ。叙事詩における、カルナが死んだ原因があのインドラなんだ。いや、殺した張本人とさえ言える」

 

 

「え?」と短く今も母の面影に後ろ髪を引かれ、父であるバラキエルと完全な和解を果たしていない朱乃は呟くが、周りの喧騒に邪魔されそれが他の者に届くことはなく、アザゼルは続ける。

 

 

「カルナには纏う者に不死の加護を与える鎧があった。父親であるスーリヤが与えたモンだ。それがある限り、カルナを殺す事は神々でさえ不可能だった。当然敵対するインドラの子、アルジュナでさえもな」

 

「だから彼から奪ったの、その鎧を。鎧は奪われないよう、カルナの皮膚と同化し、カルナは求められた鎧を手に持ったナイフで、全て自ら剥いだとされているわ」

 

「ヒッ、そ、そんなことしたら、ただ事じゃ済まないですぅ!」

 

 

ギャスパーがその壮絶な内容に叫び声を上げ、他の者達も()()()()()()()()()()()()()の様子に気づかず、頷く。

 

 

 

「インドラはその際、バラモン…僧侶に化けていた。何故ならカルナはスーリヤに捧げる沐浴の最中、バラモンからの頼みを断らないと自らに誓っていたからな。だがカルナは見抜いていた。そのバラモンが、インドラだと理解した上で、鎧を差し出したんだ」

 

「そしてカルナは全身から夥しい血を流しながら、宿敵たるアルジュナと戦うわ。その際彼は、インドラがその高潔な行動に感激し与えた“神槍”があったのだけれど…一度だけであれば如何なる敵をも貫く力を、アルジュナと戦う前に彼はすでに友軍のピンチを救うために使っていたの。更に味方と思っていた者達は皆、アルジュナ側であるパーンタヴァに傾倒していた…満身創痍、武器も味方もない中、彼は独り最後まで戦い…」

 

 

「そして死んだ」――リアスが最後を締めくくったその直後、ドサリと最後尾で何かが崩れ落ちるような音がした。

 

 

「っ小猫さん!一体どうしたんですか!?」

 

 

まず真っ先に声をかけたのは小猫の横で、彼女と同じく眼を見開きカルナを見ていたロスヴァイセだった。他の者もその声に小猫の異変に気づき、傍へ駆け寄れば、小猫は肩を震わせ俯き口を押え、まるで信じられないものを見たかのように荒く息を吐き、動揺を見せていた。

イッセーやリアスが大丈夫かと声をかけ、先程までカルナの過去に悲鳴を上げていたギャスパーも何かと面倒を見てくれる彼女のことが心配なのだろう、まるで自分のことのように心配した顔で小猫に声をかけるが、彼女が彼らに返した言葉はこれだ。

 

 

「こんなの…絶対にあり得ないです…あの人の氣…何なんですか…星が…まるで太陽そのものがあそこにいるような…っ!?」

 

 

それはある種、仙術使いである彼女だからこそ出た言葉だった。仙術とは即ち、この世界そのものに己の身を任せ、同化するようなもの。だからこそだろう。

 

だからこそ小猫は人類史にその名を刻む大英雄――その存在のあまりの大きさを他の者と違い、直に触れていた。

 

 

騒ぎに気づいたボーイの悪魔が近づき、何があったのかとアザゼル達に声をかけるが、目の前の最新の話題と触れ合っている神々はそれに気づくことなく戯れる。

神々は気付けない。何故なら最早“神器使い”や将来有望な悪魔などに興味を持っていないのだから。

 

 

「――失礼する。どうやら今宵の主賓が今ようやく到着したようだ」

 

 

神々()気づけなかった。だがスキルと称せる程の卓越した観察眼を持つカルナはこの喧騒の最中でもその騒ぎに気づき、自らの足で彼らの元へ歩み寄る。イッセー達もまた同様にカルナが此方にやって来る様子に気づきリアスが小猫を守るようにカルナの前に立ち塞がるが、カルナは従者を通さず主とすぐに挨拶を交わせるとは幸いだと、その一通りの行動を気にせず話しかける。

 

 

「お初にお目にかかる、カルナという者だ。主役が登場する前に、目立って悪かったな」

 

「えぇホント、気に食わないわ。頑張ったのは私達であり、これはその報酬の為に開かれたパーティーだったはずよ」

 

「道理だな。オレもそのように聞いていた。だがいざ来てみれば、ご覧のあり様だ」

 

 

カルナとしては誠心誠意な態度で接してるつもりだ。だが彼が口を開く度に、リアスやその眷属達の表情は硬くなっていく。その様子にカルナは理由が分からず何故だと疑問を呈するが、リアスの後ろで隠れるように此方を見る小猫の姿に合点がいったと再び口を開きだす。

 

 

「なるほど、確か試合の中でその少女が希少な妖怪たる猫魈という情報が出されていたな…仙術使いか」

 

スっと僅かに細めた目は、いつまでも色あせる事のない、今生で初めて出会った確かな強者である初代を思い出したのだろう。だがリアス達にはそのような事が分かるはずがなく、短く悲鳴を上げ、更に顔色を悪くしていく小猫の姿が更なる勘違いを生み出す事となった。

 

 

「っ貴方、私の可愛い下僕に一体何をするつもり!?この子は私の眷属よ!絶対に渡さないわ!!」

 

そう、何と彼女達はカルナが希少な種族である小猫をカルナが欲しがったと邪推したのだ。無論カルナはそんな事を微塵も思ってないし、むしろ彼の中で妖怪という種族は一度背中を預けた存在であり、彼らが最後に見せた益荒男の表情を思いだす度、敬意を抱かずにはいられないものとなっている。

 

 

勘違いだと言おうとし、いつもの調子を見せようとした時、カルナがこの十数年、幾度も聞いた呵呵笑いが彼の後を何事かと着いてきていた神々の輪を割り込んできた。帝釈天だ。その横にはもう一人――。

 

 

「HAHAHA!!オメェはどこに行こうとホント、騒ぎの渦中だNA、カルナ!」

 

「ふむ、どうやら本当にかの施しの英雄のようですな。いや、無論帝釈天殿を疑っていたわけではないが…流石に叙事詩に描かれた彼を貴方が従者として引き連れてきたとは、マハーバーラタを読んだ者からすれば晴天の霹靂以外何ものでもないものでして」

 

 

その髪色から『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』と称される()()()()()にして悪魔達の象徴、リアス・グレモリーの実兄でありながらもその実力から、この場に今だ到着していない3人を含めた4大魔王の一角を担うサーゼクス・ルシファーの姿が。

 

 

「お兄様!?いえ、魔王様!今の言葉は本当なのですか!?」

 

突然のサーゼクスの登場に思わず素面で兄と呼んでしまい言い直したリアスに、サーゼクスはいつも浮かべる柔和な表情を更に緩めそうになりながらも、流石にこの場ではと何とか思いとどまり最愛の妹の疑問に答える。

 

 

「本当だよリーア。私自身、彼が本当にカルナなのかと疑ったが、此方にいる帝釈天殿が私に教えてくれたんだ。何よりアザゼルから聞かされた京都の件と須弥山の一件は、【禍の団(カオス・ブリゲード)】に所属すると報告を聞いた英雄派でも不可能と言わざるを得ない、まさに英雄の所業だ」

 

「おいサーゼクスの()()、ンなごっこ遊びで満足してるガキ共とコイツを比べンなや。そりゃ遠回しに俺様の息子を馬鹿にしてんのと同意義だZE?言葉は選べ」

 

 

その言葉に、思わずムっとした表情を浮かべそうになるリアス達だが、既での所で我慢した。相手は何せ所謂国賓として招待されており、アザゼル自身が危険だと態々忠告した程の男なのだ。何より言われた当人であるサーゼクスが怒ることなく受け流しており、それを差し置き勝手な行動は、流石の彼女達でも出来ないでいた。

 

 

……次の瞬間まではだが…。

 

 

 

「挨拶が遅れ失礼した、カルナだ」

 

「此方こそカルナ、君の活躍は叙事詩で幾度も読み返させてもらっているよ。是非とも今度、君の口からその英雄譚を聞いてみたいものだ」

 

 

主賓への挨拶が遅れたと謝罪するカルナに、サーゼクスは変わらず朗らかに笑みを浮かべながら受け取り、会話を交わす起点としてマハーバーラタでの活躍を当人から是非と口にする。カルナとしても、友や好敵手達を語れるのは嬉しいことだと、()()()()調()()()つい返してしまう。

 

 

「面白い。オレも他者が見る、オレ達(あの時代を生きた者)を聞いてみたいと思っていた。楽しみにしておこう――この小さな箱庭でさえ、一人では満足に治める事の出来ぬ王よ」

 

 




冒頭でただいまと言わせてもらいましたが、下手すれば今回で年内締めかもです。
もう一話投稿したいんですけどね、綺麗に区切れるので。
(ただコミケ用のイラスト終わってねぇんだよなぁ…(汗)

あとツイッター始めました。もし興味があれば活動報告に詳しく記載(?)しておくのと、少し愚痴に付き合っていただければと思います。

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