施しの英雄    作:◯のような赤子

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自分にしては早めにできた気がします。
割とギャグ多めにしたつもりですが後半は相変わらずシリアスです。



望まれた者同士

 ある休日の兵藤邸。リアスの手によりまさしく豪邸と呼べる魔改造が施されたそこでは、しばし穏やかな時間が流れていた。

 

 

 「ふぅ、めちゃくちゃ美味かったな。ごちそーさまでした!」

 

 

 パン!と両手を合わせたイッセーは満足そうに軽く腹を撫でる。食卓の上にはすでに食べ終わった丼があり、それは同じく昼食を共にしていたリアスとアーシア、木場と小猫、そしてロスヴァイセの前にも同様に空っぽの丼が置かれていた。

 

 

 「ほんと、すごく美味しかったわね。カルナの蕎麦」

 

 

 ふぅ、とリアスが息を吐きながら同意するが、その意図はなにもお腹いっぱいになっただけではない。

 食べ始める前は、誰もが戦々恐々としていたのだ。

 そもそもが太陽神(・・・)スーリヤの子、カルナが作った手打ち蕎麦。自分たちは悪魔で、太陽との相性は生粋の吸血鬼ほどではないが悪い。食べたら身体が溶けるかもしくは爆発四散するかもしれない…でも善意でくれたであろう物を、放置しておくのは相手に失礼ではないか等々…調理自体はアーシアとリアスがしたが、その時でさえも緊張した空気が流れ続けていたものだ。

 

 そんな中、良い意味で空気を読まず出来た蕎麦を即食べ始めたのが誰であろうロスヴァイセだった。理由は今のトリップした彼女を見れば単純明快だろう。

 

 

 「うへ、うへへへへ!食べちゃった…カルナ様の手作り蕎麦!うわぁ、北欧に帰った時なんて言って自慢しようかなぁ…!」

 

 「…ロスヴァイセさん、女性が人前でしちゃいけない顔してます…にゃあ」

 

 

 「あはは」と木場が少し困ったように笑うが、それはロスヴァイセ以外全員が同じだ。彼女がこうなる理由(ワケ)は、あの後アザゼルが全員に話してある。その為完全にとまではいかないが、ある程度の理解はしていた。

 

 

 「まぁ、普通で言えば憧れのアイドルから好意でプレゼントを貰ったようなものだろうからね。こうなるのもしょうがないと思うよ」

 

 「そこでなんだけど、少し私から提案があるの。みんな、聞いてくれる?」

 

 

 ポンっと柔らかく手を叩きながら、リアスは何か悪戯を思いついたように笑いながら注目を集める。きっと悪いものではないだろうとイッセーたちはそちらを見るが、約一名は未だに妄想という名のヴァルハラへと旅立っていた。

 リアスの視線はそんなロスヴァイセに向いているが、彼女は気にせず話を続けた。きっと食いつかずにはいられないだろう。そう思いながら。

 

 

 「みんな、お蕎麦すごく美味しかったと思わない?」

 

 「えぇ、まぁ。食べながら本物の英雄ってすごい器用なんだなぁって思ったりもしたし」

 

 「私もそう思いました!宗教と敬う神は違えど流石神の子。素敵な糧を与えてくれたことに感謝してます!」

 

 「ふふ、えぇそうね。だからお礼を今から言いに行かない?」

 

 

 「へ?」と声を漏らしたのは誰か分からない。ただ一つ言えることは今この瞬間、一人のヴァルキリーが自らYetzirah(形成)Briah(創造)したNicht Atziluth(流出絶対不可)グラズヘイム(妄想と悦びに満ちた世界)から帰還を果たしたということだ。

 

 

 「丁度アザゼルからカルナにお願いされてることがあるの。だからそれも兼ねて、ね?どう?古代インドで生まれ育った彼が、今この現代の日本でどんな生活を送っているのか…知りたくない?」

 

 「知りたいです!!私、もっとあの方がどんな人なのか気になります!!」

 

 

 ロスヴァイセ(妄想乙女)がガタン!と勢いよく立ち上がりながら挙手する。まるで絶対に負けられない戦いがそこにあると言わんばかりの興奮度合いに、リアスは我が意を得たりと笑いかける。

 

 

 「えぇ、私もよロスヴァイセ。それじゃあみんなはいいかしら?確かこの後は特に予定がない人に集まってもらったつもりだけど」

 

 

 オカ研の全員がこの場にいないのはそれが理由だ。

 朱乃は父であるバラキエルの元へ、ギャスパーは前回のバアル戦から行っている特訓に、そしてゼノヴィアはイリナと共に協会へ赴いている。

 

 

 「リアス…実は初めからこうする予定だったでしょ」

 

 「ふふ、あら、バレちゃったかしら?」

 

 「行くのは構いませんけど部長、そもそもカルナに今から行くと連絡はしてあるんですか?もししてないなら行き違いの可能性も出てしまいますけど」

 

 

 木場の言う事はもっともだ。しかしリアスは彼に、今度は少し困ったように笑いかけながらそれができないと教えた。

 

 

 「カルナとは連絡を取ってないの。だって彼、連絡手段を持ってないもの」

 

 「え、そうなんですか?」

 

 「えぇ、そもそもが私がアザゼルに頼まれた用事が、その連絡を取る手段を探すことなんだもの。携帯持ってないらしいのよね、カルナ」

 

 

 「へぇ」と少し抜けた返事をするイッセーを横目に、リアスは話を続ける。

 

 

 「一応アザゼルが携帯を渡そうとしたことがあるんだけど、その時は使い方が分からないし必要ないからって断られたらしいわ。まぁ、私たちからしたら珍しいわよね」

 

 

 ちなみにだが、その際断った理由としてはそもそも連絡を取る相手がほぼいないというものである。

 家族である養父母は海外、インドにいる。他に親しいと言えそうな相手はその殆どが一度は殺し合いに等しい戦いをした間柄であり、一応は保護者の立場である帝釈天は前世でアルジュナに殺された原因とも言える存在だ。その為貰っても意味がない、使わないのなら与えてくれるアザゼルに悪いとカルナは考えたのだ。

 

 

 「じゃあ、最後にもう一度聞くわね?何か用事がある人はいる?…よし、いないわね。じゃあ行くわよ!カルナがいる隣町へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 電車を使って兵藤邸から十数分で隣町に辿り着いたオカ研一行。駒王町より少し自然が多く感じられ、休日であっても落ち着いた雰囲気が流れている。

 

 

 

 「久しぶりにこっちに来たけど、相変わらず良い場所よね」

 

 

 元々別荘を持っていたこともあり、またイッセー達は一度行ったこともあるため場所は分かっている。なので一行は特に迷う様子もなく歩いていく。

 

 

 「そういえばここ、元浜が住んでんだよなぁ」

 

 「へぇ、私知りませんでした。じゃあイッセーさんはよくこの町に来るんですか?」

 

 「あぁ、前はよくもう一人の松田と一緒に来てたぜ。最近は忙しくて中々遊べてないけど…そうだな、今度誘われたら遊ぼうかな」

 

 「私も最近は全然桐生さんと遊べてないですし…そうですね、お互いお友達は大切にしたいものです」

 

 「だな。そうだ、アーシアも今度元浜のとこ来るか?アイツん家が八百屋経営しててさ、遊びに行くとよくおばちゃんやおっちゃんが漬物だしてくれたんだ。それがまた美味しくてさぁ!また食べたいなぁ」

 

 

 互いに相手の友達がどういう相手かよく知っているため、アーシアとイッセーの話は盛り上がり、徐々にこの町に来た目的へと話題が変化していた。

 

 

 「それにしても、インドの大英雄の日常か…やっぱ普段からカレーばっか食べてんのかな?」

 

 

 どうやらイッセーの中ではインド人=カレーらしい。だが意外とこれは的を射ている。

 というのも軽い雑学のようになるが、インド人がカレーなどの香辛料を好んで摂取するのは身体が気候に慣れすぎて暑くても汗が中々出ないかららしい。その為に発汗作用を促す香辛料を使った料理がインドでは毎食のように出て来る。

 

 

 「うーん、どうなんだろうねぇ。でもお蕎麦を手作りするような人だし、意外と日本食ばっか食べてるのかもしれないよ?」

 

 「あら、この前お昼の番組でカレー蕎麦ってものが特集されていたわ。もしかしてそれが食べたかったのかも」

 

 「わぁ、美味しそうですね!今度みんなで食べに行きませんか?」

 

 「お、いいなそれ!小猫ちゃんやロスヴァイセさんはどう?」

 

 「にゃあ、私は賛成ですけどその…ロスヴァイセさんが…」

 

 

 アーシアの提案をイッセーが後ろを振り返りながら二人に聞くと、少し困ったような小猫の声が返ってきた。どうかしたのかとロスヴァイセの様子を確かめると、何かをブツブツと呟いている姿が見て取れた。

 

 

 「こ、ここがカルナ様が住んでいる街!!お、落ち着きなさいロスヴァイセ!こういう時は深呼吸して素数を数えるのよ!!素数は孤独な数字、同じ独り身の私を癒してくれる…2、3、4、5!」

 

 「あ、はは…ロスヴァイセさん、その、大丈夫?」

 

 

 それは素数じゃない、ただ数字を数えているだけだ。それに独り身だと自分で自分を追い込むのかと聞かなかったのはただ単に木場が優しいからではない。その証拠に全員がなんかもう、どう言えばいいのか分からない眼差しをロスヴァイセに送っていた。

 

 

 「全くもう、ロスヴァイセったらほんとにカルナの事が好きなのね」

 

 「77、99、666…へ?す、好き?いえいえいえ!!そんな!私程度があの方にそんな!!その…これはヴァルキリーとしてしょうがないと言うかなんと言うか…」

 

 

 「あぅぅ」と声を漏らし顔を真っ赤にしながら目を逸らすロスヴァイセの様子は、誰がどう見ても恋する乙女だ。そんな彼女が凄く可愛いと思う反面、もう少し虐めたくなる嗜虐心がリアスの心の中に浮かぶが、彼女は大切な眷属だ。これ以上は取り合えず止めておこう。そう思った矢先。

 

 

 「リアス様、もしかしてあれ、カルナじゃないですか?」

 

 「え、ほんと小猫?どこにいるの?」

 

 

 小猫の言葉にリアスが尋ねると、前の方を小猫が指さした。全員がその先を見ていくと…確かにいた。

 

 以前学校を訪ねてきた時と同じワイシャツにスラックス姿。その手には何やらビニール袋を持っている。

 

 

 

 

 ――金髪の綺麗な女性と何かを話しながら。

 

 

 

 「え…誰、あの女の人………」

 

 

 愕然とするロスヴァイセ。何度か目を擦るも、カルナと話すその女性が消えることはない。

 黒のタートルネックにスキニーパンツとどこにでもいそうな恰好ではあるが、身体のラインの出やすい服装のせいか、彼女が女性から見ても魅力的な身体付きをしているのが遠くからでも分かる。その証拠にイッセーなどは鼻の下を伸ばして金髪の女性に釘付けとなっていた。

 

 

「うおお、すげぇ美人!いいなぁ、俺もあんな金髪お姉さまとお話してみてぇ!!」

 

「流石イッセー君、相変わらずだね」

 

「ほんと、見境ないですね。サイテーです先輩、にゃあ」

 

 

 イッセー達がいつものやり取りをしていると、カルナと話していた女性が頭を下げて徐々に離れていく。その様子にロスヴァイセが道を聞いていただけかと一人安堵し、はたと疑問に思う。

 

 どうして自分は今、安心したのだろうかと。

 

 

 「あ、カルナが歩き出したわ。みんな、後を追うわよ!」

 

 

 リアスの一言で全員が動き出す。

 物陰に隠れながらカルナを尾行していく内に、ロスヴァイセは先程浮かんだことなど忘れていた。それどころではなかったのだ。

 

 

 「はぁあ…歩く後ろ姿のカルナ様、カッコえぇだぁ…」

 

 

 頬を染めて恍惚の表情を浮かべながらロスヴァイセが呟き、同様にリアスやアーシアも頷く。

 本当にただ歩いているだけなのだが、武人として体幹がしっかりとしたカルナの背筋はピンと伸びており、片手をポッケに入れている様はまるでモデルがランウェイを披露しているかのようだった。

 

 

 「でも不思議ね。目立つ容姿だし、もう少し周りから注目されてもいいと思うのだけど」

 

 

 休日ともあり、それなりに人の往来はチラホラと見受けられる。しかし特に視線がカルナへと向かうことはない。

 これはカルナがピアスと共に着けているトヴァシュトリ神のカフスによる恩恵で、その効果は何も彼が身に纏う鎧や魔力を隠すだけではない。その本質は『着用者が魔力を流せばその本質を隠す』というものであり、酒の席で適当に酔っぱらいながら作ったものとは到底思えない凄まじい効果を持っている。例えを上げるならば存在感が薄くなると言えばいいのだろうか。今は魔力も何も流していないためリアス達のような人外にはカルナがそのまま当たり前に見えているが、一般人からすれば彼がどこにでもいるごく普通の外国人としか捉えることが出来ていない。京都?あれはその前にとあるネラーがネットに彼を上げていた為注目されていただけである。

 

 歩くカルナと彼を追うオカ研一行。端から見れば彼女達もかなり目立つのだが、そこは小猫が周囲の氣を操りなるべく目立たないようにしている。

 

 

 暫くしてついにと言うべきか、カルナの足がとある山の麓で止まった。そして――。

 

 

「それで、いつまで付いてくるつもりだ」

 

 「…なんだ、バレてたのね。お久しぶりカルナ。一体いつからなの?」

 

 

 隠れる場所もなくなったことで、リアス達が後ろを振り向いたカルナの前に姿を現す。それを見てもカルナは驚くこともなく、淡々と告げる。

 

 

 「いつからも何も、初めからだ。乱れた気配が近くにあれば嫌でも分かる。少し探ればお前達だと分かったのでな。特に何をする様子でもないから放置していた」

 

 

 まだ氣の操作が未熟だと言われたように感じたのだろう、小猫の出していた猫耳が少し下がるが、カルナはもう一度何をしに来たと問いかける。

 

 

 「この間蕎麦をくれたでしょう?そのお礼と、あとは貴方がこの国でどんな暮らしをしているのか気になったの」

 

 「オレの暮らしを?」

 

 「えぇ、まぁそれ以外にもあるのだけれど…尾行していたことは謝るわ、ごめんなさい」

 

 「尾行と呼べぬものを謝られてもオレが困る。だがそうか…オレの暮らしか」

 

 

 ふむと腕を組み、口元に手を当てながらカルナは何かを考える。少しすると「なら」と呟き、カルナはリアス達が思ってもいなかった…でも望んでいたことを提案してきた。

 

 

 「なら見ていくがいい。特に何もない場所ではあるが」

 

 「え、マジでいいんスか!?」

 

 「赤龍帝か。構わない。お前達はその為に来たのではないのか?」

 

 

 カルナのド正論に思わず返事が詰まる。取り合えずノリと勢いでここまで来た為、本当に良いのかといった感じだ。

 少し戸惑いを見せている間にも、カルナは再びその足を山の方へと向けていた。

 

 

 「別にどちらでも構わないが、今までの労力を無駄に変えるのがお前達の趣味か?オレはお前達に用などないが、お前達はオレに何かあるのだろう?」

 

 

 彼の物言いに少しムっとするリアス達だが、後を着いてきたという後ろめたさもあるため何かを言い返すこともない。代わりに出てきたのは落ち着くための溜息と、その言葉に甘えるというものだった。

 

 

 「えぇ、じゃあお言葉に甘えてお邪魔するわ」

 

 「そうするといい。だが少し、身体に力を入れておけ。この山は今、お前達には少々きついものになっている」

 

 「へ、それってどういう…」

 

 

 カルナの後を追って山に入る直前、イッセーが彼の言葉の意味を聞こうとしたが、それは杞憂に終わることとなる。何故ならそれはすぐに彼らへと降りかかったのだから。

 

 

 「は…えぇ!?」

 

 「うっ…なんだ…この身体にズッシリくる感じ」

 

 「はぅ…身体が重いですぅ…」

 

 「これは…まさか…っ!?」

 

 

 身体に悪寒が走り、重圧を感じる…それは転生悪魔であるイッセー達だけではない。寧ろ生粋の悪魔であるリアスは彼ら以上にその圧を感じ取り、少しだが膝が震えていた。だがカルナが何も問題ない足取りで上るのを見て、すぐにこの中では博識なロスヴァイセと共にその理由を思いつく。

 

 

 「まさかあなた…ここを神域に変えてるの!?」

 

 

 あり得ない――そう言いたげに叫ぶリアスの疑問にカルナは答える。

 

 

 「それほどのものではない。以前お前達の元を訪れた際教えたはずだ。この山には今、オレの魔力を少量ながら流してあるとな。そこのヴァルキリーは経験から分かったようだが、覚えてないのか?」

 

 

 その言葉に全員の視線がロスヴァイセへと注がれる。どうやら元ヴァルキリーである彼女だけは何故か平気な顔をしているが、ロスヴァイセは首を全力で横に振った。

 

 

 「これで少量など…っ!恐れながらカルナ様、今すぐ魔力をお収めください!!この場に溢れる神気は人間界にあってはならないものです!今はこの山だけで済んでいるようですがいずれ必ず周囲に影響を与えてしまいます!!」

 

 

 必死な訴えがそこにはあった。カルナとしてもまさかそれほどとは思わなかったのだろう。だが少し思い当たる節があったのか、小さく「だからあれは少し辛そうな表情をしていたのか」と呟き、眉根を伏せる。

 

 次の瞬間、彼らを覆っていた重圧が一気に軽くなった。

 

 

 「っ、ぷはぁ!…あー、しんどかった…」

 

 「はぁ、はぁ…こんなこと、もう二度とごめんだよ」

 

 「…すまない。所詮は半神半人の身から出すものだと甘く見ていた」

 

 

 荒い息を吐く彼らの上から、心の底から申し訳なさそうなカルナの声がかけられる。

 

 

 「ほんと、やっぱり少しおかしいです…あれでどれだけの量なんですか?」

 

 「言葉にするなら10分の1程だな。今は更に抑えているが」

 

 「…あれでですか?以前私が住んでいたヴァルキリーの里とあまり変わらない雰囲気だったのですが…」

 

 

 小猫の問いかけにカルナが答え、ロスヴァイセが愕然とした。だがこれでもカルナは()()()()()()()()かなり抑えていたほうなのだ。

 

 

 「詫びはオレの家でさせてもらう。歩けるか?」

 

 「えぇ、取り合えずは…今はもう、早くゆっくりできる場所に行きたいわね」

 

 

 徐々に息を整え歩き出す一行。山の中腹へ辿り着く頃には、全員の顔色が戻り、辺りに注意が向く程度には回復していた。

 

 

 「…何だかやけに祠が多い気がするわね。人間が置いたの?」

 

 「いや、前に言ったと思うが、オレが来る以前、ここは須弥山が手中に収めた土地だった。役割は人が入らぬようにすることと、それでもやってくる者の監視だと聞いている」

 

 「え、じゃあ…」

 

 「あぁ、インドラならお前達の入山に気づいているぞ」

 

 

 そう言われて気になったイッセーが祠の中を覗くと、そこには金剛杵を手に持つ帝釈天像が祀られており、その眼がギロリと睨んだような気がした。

 

 

 「うわ!今睨んだ!!ゼッテェこっち睨んできた!!」

 

 「大方かつて自分が治めた領地にお前達悪魔が入り込んだことが気に食わないのだろうよ。睨み返してやればいい」

 

 「あの…以前から気にはなっていたのですがその…帝釈天様とカルナ様はどのような御関係で…いや!以前何があったかはよく知っております!ただだからこそ余計にそのぅ…」

 

 

 勇気を出してロスヴァイセがマハーバーラタにおけるカルナと帝釈天…インドラ神との因縁をよく知る者だからこその疑問をカルナに向ける。それはリアスも気になっていたことであり、アザゼルからはおそらく保護者のようなものだと教えられてはいるがどうしても腑に落ちなかった。

 

 

 「お前達が想像する通りだ。まだ父と母と共に暮らしていたオレの元に、アレが来た。そして今のオレがいる」

 

 

 かなり言葉少なめであるが、そこには家族と引き離されたという感じや嫌な雰囲気は感じられない。寧ろ僅かばかりながら感謝の意も感じ取れる。

 

 

 「アレはオレに知らない世界を教えてくれた。…それだけは感謝している」

 

 「……あなたがかつて殺された原因なのに?」

 

 

 無意識に出してしまった質問に、リアスはすぐに顔を歪めた。あまりにも不躾すぎると感じたからだ。だがカルナは気にするでもないという風に返していく。

 

 

 「勘違いするなリアス・グレモリー。あの戦いでオレが負けたのはただ単にオレが弱かったからだ。殺し合いに必要なのは過程ではない、結果だ。この身がどれほどの呪いに蝕まれ、父から預けられた鎧を失おうと選んだのはオレだ。だからこそ父スーリヤはインドラに対し何の報復もせず、こんなオレを我が身へと迎え入れてくれた」

 

 

 そこにあったのは現代を生きるリアス達では到底理解し得ない、古代人類の黎明期、戦いの中を生きた一人の戦士(クシャトリヤ)の死生観。

 全てを受け入れてもなお高潔さを失わない、カルナその人の姿があった。

 

 

 

  「すげぇ…何て言うか…曹操達とは全然違うんだな、本物の英雄って」

 

 「はい。これこそが大英雄たる由縁…カルナ様です」

 

 

 カルナの後ろ姿を見つめるイッセーの視線には、本物の尊敬の念が浮かんでいた。果たして自分には出来るだろうか?殺された相手を恨まないなんてことが…。

 

 

 「きっと、そんなカルナさんのことを、お父様も誇りに思っておいででしょうね」

 

  アーシアが祈るように両手を胸の前に持っていくと、彼らは木陰を歩いている為気づいていないが、少し日光が強くなったようだった。まるで当たり前だと言わんばかりに。

 

 

 「ご両親とは連絡を今取ってるんですか?あ、神様のほうではないです。にゃあ」

 

 

 家族と離れて暮らす寂しさをこの中で一番よく知っているのは小猫だ。そんな彼女だからこその質問にもカルナは答えようとして、少し考えるような素振りを見せた。

 

 

 「…実の両親とは会ったことがないから、どこで何をしているか分からない。養父母にはそろそろ一度、顔を見せに戻ろうとは思っているが」

 

 「え…それってどういう…」

 

  

 すぐに彼の言葉の意味を悟ったのだろう。馬鹿正直に口から出る問いかけに小猫の顔色が悪くなる。だがカルナはそれをただ、当たり前の事実であると彼女に教えた。

 

 

 「あぁ。捨てられたんだ、生まれてすぐにな。それを拾い育ててくれたのが故郷に住む養父母だ。…どうした、もうすぐ家に着く。体調が優れないようだが、もう少し我慢してほしい」

 

 

 振り向きながらそう教えてくれるカルナに、返事が戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「着いたぞ。ここが今住んでいる場所だ」

 

 

 頂上が吹き飛んだ山頂付近、そこにある小屋のようなものをカルナが指さす。辺りは整備した上で均されており、近くには畑も見え近くを流れる小川から水を引いて用意された土で出来た桶に溜まる様子が見える。

 

 

 「少し外で用事がある。中で待っているといい」――そう言うとカルナは再び外に出ていき、中にはオカ研メンバーだけが残されたが、彼らの誰一人話し出す者はいない。それに耐えられなかった小猫が震えながら目に涙を浮かべる。

 

 

 「わ…わたし…ひどい…あ、あんな酷い…うぅ…っ」

 

 

 この中で家族を失う恐ろしさを…そして捨てられる恐怖を誰よりも知っているのが彼女だ。その心の傷は今も完全には癒えておらず、実の姉である黒歌との確執が彼女の事情を知った上でも中々取れていないのはそれが原因だった。

 

 

 「あの人…すごく苦労してるんですね」

 

 小猫のトラウマを刺激しないよう小猫の呟きを拾い上げたのは木場だ。彼もまた幼い頃に家族と呼べる者を大勢目の前で失い、それを行ったパルパー・ガリレイを自ら手にかけ復讐を達成している。だからこそ自身を捨てた両親を恨む様子のないカルナに複雑な心境を抱いていた。

 すすり泣く小猫と沈痛な面持ちを浮かべる木場に、他のメンバーは声をかけられない。皆それなりに苦労しているが、家族の問題となると踏み込めなかったのだ。

 

 それでもこの空気を変えようと、リアスは何かないかと家の中を見渡す。

 

 

 「…日本の作りとは違うのね」

 

 

 彼女が言っているのは家のことだ。

 流石にリアスも様式までは知らないが、カルナの家はインドの一般的な木造の造りと、縁側があることから日本の造りが融合したようなものとなっている。

 今彼女達がいる場所は居間で、簡素な机と椅子、ソファーが置かれていて、壁際には本が多めに置かれてある。その内容はタイトルを見る限り様々だ。

 

 

 「私…謝ってきます。これだけは絶対に謝らないと」

 

 「そう…分かったわ。私達も…」

 

 

 憔悴しきった小猫にイッセーたちが声をかけられないでいると、おもむろにフラフラと小猫が立ち上がり、表の方へ歩いていく。思わずとリアスが声をかける。悪いのは自分達もだと少しでも小猫の負担を減らそうとするが、小猫はただ首を横に振った。

 

 

 「いえ、皆さんはここにいてください。…多分皆さんがいると、甘えてしまうので」

 

 

 そう言われてしまうと返す言葉がない。

 リアスたちはただ、小猫の気持ちが少しでも軽くなればと祈るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出るとすぐに小猫はカルナを見つけた。いや、見つけたというよりは感じたと言うべきか。

 どれほど抑えようと氣を操る小猫がカルナを見失うわけがない。それほど彼が無意識に流す気配は大きいのだから。すぐに小川にいると足早に向かい、視界の端に入った瞬間申し訳なさで再び涙が零れ始め、視界が滲んだ。

 

 

 「あの、その、さっきは申し訳ありませんでした!」

 

 

 普段は滅多に上げない大声を出したのは、そうしないと言葉が出なかったのだろう。下げた頭は彼が許してくれるまで上げることができない。そう小猫は思っていた。きっと怒っているだろうと。

 

 

 「…いきなりだな。何に対しての謝罪か分からないが、取り合えず頭を上げてくれ」

 

 

 だが小猫が思っていたような感情はそこにはなく、ただ困惑したものが返ってきた。もう少しはっきりと内容を言うべきだったと内心後悔し、改めてちゃんと目を見て謝ろうと小猫は顔を上げ、すぐに固まった。

 

 

 「は…な、なな…!」

 

 

 そこにあったのは水浴びをする上半身裸のカルナの姿。彼としては日課であるスーリヤへと捧げる沐浴をしているだけなのだが、それは年頃の少女である小猫にはあまりにも目に毒だった。

 何せあばら骨が浮く程の細身とはいえ、そこにあるのは極限まで引き絞られた大英雄の肉体。耳に付けられた黄金のピアスがキラキラと水を反射させ、それをまた水面が反射する様子はどこか浮世離れした光景を生み出し、身体のラインを這うように水が滴る姿はどこか蠱惑的にも見えた。

 

 

 「――?あぁ、すまないが日課なのでな。もう少しで終わる。中に戻るといい」

 

 

 迎えに来たと思ったのだろう。腕に水を少量かけながら、カルナは再びスーリヤへ日頃の感謝を捧げ出す。初めは顔を真っ赤にしていた小猫だが、それもすぐに収まり、ただ目の前のカルナの姿を見つめていた。

 

 

 「…きれい」

 

 

 小猫は妖怪だ、そして今や悪魔の身。神との相性は悪く、そもそも自分が家族と引き離されたのは神のせいだと逆恨みしたこともある。そんな彼女でも目の前で行われる神聖な儀式…言葉の存在しない家族の語り合いが無垢そのもののように感じてそれだけしか呟けなかった。

    

 

 きっと時間にすれば数分と経たない間、小猫はカルナを見つめ続け、気づけば口が動いていた。

 

 

 「…恨んでいないのですか、自分を捨てたご両親のことを…」

 

 「何故、そんな事を聞く」

 

 

 カルナからすれば尤もな疑問だ。少し考えるように小猫は俯き、そしてポツポツと身の上を話していた。

 

 

 「…小さい頃、父と母を失いました。私には姉がいて、それからは姉と二人だけで生きて…」

 

 

 身を寄せ合うことしかできなかった。いや、正確には自分がただ安心したかっただけだろうと…当時は何の力もない、ただ庇護者である黒歌に縋り付く事しかできなかった。

 

 

 「でもその姉もまた、私を置いてどこかへ行ってしまったんです。今はその理由も分かります。ただ私を守りたかっただけなんだって……でも当時の私は姉からも捨てられたと思って……それで……」

 

 「…恨んだのか」

 

 「…はい。……恨みました、蔑みました。どうして私だけがこんな目にって全てを憎みました。だから私、さっきはあなたに酷いことをって…だから謝りにきたんです」

 

 「謝ることなど何一つない。オレが勝手に身の上を話しただけだ」

 

  

 カルナはそうは言うが、小猫の気持ちは何一つ晴れていない。むしろ疑問が沸々と湧いてくる。

 自分は恨んだ、ではあなたは…恨んでいないのか?――その思いがカルナに届いたのかは分からない。だがカルナは小猫を真っすぐ見つめ、そして問いかけた。

 

 

 「そもそもだ、何故恨む必要がある」

 

 「え…」

 

 「確かにオレは捨てられた、お前もだ。だがそこにはどうしようもない理由があったはずだ。でなければ――、

 

 

 

 

 捨てる以前に、殺せばいいだけの話なのだから」

 

 

「っ…!そん、な…」

 

 「だが事実だ。捨てれば恨まれる、当然の理だな。だがそれをお前の姉も、オレの母も理解できなかったわけではないだろう。だから今もこうして生きている。お前も、オレもな。だからオレは感謝している。オレを殺さず、恨まれてもなお生きることを望んでくれた彼女に」

 

 

 特にカルナの場合、彼は生まれてすぐの記憶を所持している。捨てられる瞬間をはっきりと覚えている。その記憶の中で…確かに母は悲しい笑みを浮かべ、こう言っているのだ。

 

 

 『どうか良い人に拾われてね』と――。

 

 

 

 

 

 「恨まれても…生きることを望んで…?」

 

 

 そんな考え今までしたことがなかった。

 ただ恨んだ、自分を置いて行ったことに。ただ…悲しかった。いつも二人一緒だったのに。

 

 

 『元気にしてた?白音』――そう声をかけてきた姉の表情は、どんなものだっただろうか…?また二人で暮らそうと言ってくれたのに、あの時自分は何と返して、姉はどんな表情を浮かべていたのだろうか…?

 

 自分は姉を…黒歌を憎んだ。でも私は小猫()を…何の力も持たず、ただ甘えていた白音()黒歌()が憎んでいる様子は一切なく、むしろ安堵していたように見えた。

 

 『元気にしてた?白音』――…あの言葉は、黒歌自身に言ったものではないのだろうか?白音に恨まれると分かっててもなお捨てた、たった一人の肉親は、ちゃんと正しく自分を憎んでくれているのだろうかという……。

 

 

 「…っさま…黒歌姉さま…っ!」

 

 

 気づけばもう、止まらなかった。あの時襲い掛かってきたのは、ちゃんと一人で生きていけるだけの力があるのか確認したのでは?リアス・グレモリーはちゃんと妹を守れるだけの力を、その眷属たちはちゃんと妹を思える仲間なのか…それを確かめたかったのではないのか?

 

 本当は謝りにきたつもりだった。でも今はただ…黒歌に会いたくてしょうがなかった。

 

 

 蹲り嗚咽を上げる小猫にカルナが優しく声をかけることはない。その様子を見つめているだけだ。だだ彼にも多少は感じるものがあったのだろう。その囁きを、小川のせせらぎだけが聞き届ける。

 

 

 「オレは今、ここで生きている。……貴女はどうなんだ?」

 

 

 

――ンティー

 




こんな感じで徐々に互いを理解し合う感じで原作組と絡ませていこうと思います。
最後は読者様にとって違和感だと思います。だって赤ん坊だったカルナさんが母親の名前を知っているはずがないのですから。
答えが分かったとしてもコメなどは控えていただくと幸いですm(__)m
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