みんなお待たせ、ようやくあの子がちゃんと再登場です。
「あの、本当にいいんですか?」
「何度も言っているだろう、家主として客人に手伝わせるわけにはいかないとな」
玄関を入ってすぐ目の前にある調理場では、もう何度目か分からないやり取りをカルナと小猫ちゃんが繰り広げている。それを居間にあたる部屋から俺達は期待と逸る気持ちを込めて見つめていた。
そんな俺達の鼻孔と部屋に広がり始めたのはそう、スパイスの香りだ。
二人は少し時間をおいて戻ってきた。初めは前回のこととさっきの小猫ちゃんの様子からかなり心配したけど、戻ってきた小猫ちゃんは軽く目元が赤くなってはいたけど、どこか清々しい表情だった。
その姿に安心して、俺は緊張感が抜けたんだと思う。昼飯が消化の良い蕎麦だけだったってのもあるんだろうけど、お腹が正直に音を鳴らしたんだ。
みんなもこっちを見て来るから顔が赤くなるのを感じながら腹を抑えていると、カルナが飯でも食っていくかって言ってくれたんで、せっかくだし甘えることにした。だって何を作るのか聞いたらカレーだって教えてくれたんだぜ?本場インド人が作るカレーを、それも出来たてを食べないなんて選択肢普通ないだろ?
それは俺だけじゃなかったらしく、カルナが他にいる者はって聞くと全員が手を上げてた。まぁこんなチャンス滅多にないしな。お言葉に甘えさせていただきます!
調理の準備をカルナが始めると、小猫ちゃんがすぐに手伝うと言い出した。でもカルナはさっきから同じことを言ってそれを断って、着々と香辛料を炒めていく。っと、小猫ちゃんがこっちに戻ってきた。
「おかえり小猫。だいぶ熱心に手伝おうとしてたけど、何かあったの?」
「そんな大したことでは…ただ謝って、それから少しお話をしてただけなので……あの、部長」
「なぁに?」
「その…いつかでいいので、もし黒歌姉さまとまた会う時があれば、少し二人にさせてもらえませんか…?」
…リアスだけじゃない、以前のパーティーでの襲撃の時一緒にいたアーシアと木場も驚いた表情をしている。それは俺もだと思う。だってあの時、俺達は危うく死にかけたし、小猫ちゃんも無理やり連れ去られそうだったのだ。なのに二人きりで話がしたいって……。
「ほんと、君達外で何を話していたんだい?ねぇ小猫ちゃん、それは僕達には言えないこと?」
「すみません木場先輩、でもこれは姉さまだけに言わなければいけないことなので。…大丈夫です。私が帰る場所はここですから」
笑いながらそう教えてくれる小猫ちゃんに無理をしているとか、嘘を言ってる感じは見られない。木場も聞いたけどほんと、外で何を話したんだろうか?
「分かったわ。その時は多分ヴァーリや美候も一緒でしょうから彼らにも話しておかないといけないわね」
ヴァーリか…アイツも今何してんだろう…いや、アイツのことだ、きっとすごい修行とかしてんだろうな。俺も負けないようにしないと。
「出来たぞ、食え」
料理をするためにつけていたエプロンと髪を纏めた姿のカルナが両手にお皿を持って来た。
目の前に置かれたその中を覗き込むと、俺が良く知るカレーじゃない、所謂スープカレーが入っていて、今までに嗅いだことがないくらい良い匂いが湯気と一緒に立ち昇っている。
「うぉ!すげぇ美味そう!!」
「ほんと、これが本場のカレーなのね」
「良い香りですぅ!」
「挽きたてだとこんなに香りが立つんだね、今度やってみようかな」
「ありがとうございます。すごく美味しそうです」
「あ、ありがとうございます…フヒ」
お皿を受け取って一人一人感謝をカルナに送る。あ、受け取ったロスヴァイセさんがプルプル震えてる。あの人ほんとカルナのこととなったら人が変わるんだなぁ…今も俯いてるけどここからニヤニヤしてるの見えるし。
「オレは外にいる。食べ終わったら向こうにおいてある、タライの中につけておいてくれ」
「あれ、食べないんですか?」
「あぁ、今のうちにやっておきたいことがあるからな」
俺が聞くと、そのままカルナは外に出て行った。何か悪い気もするけど、ここで出されたものを残すほうが失礼だ。一緒に持って来てくれたスプーンで掬い、軽く啜る。
「辛っ!でもウマ!」
ピリっとどころじゃない辛さが口いっぱいに広がるけど、その瞬間スパイスの香りが鼻を突き抜けていって、その後に中に入っているハーブの爽やかな匂いが広がる。それがまた大きめにカットされているチキンの脂身をくどくなくしていて、まさしく絶品だ。
「はふ!へはぁ…あたす、もう死んでもええだぁ…」
こればっかりは少しロスヴァイセ先生に同意だ。ほんと滅茶苦茶美味い!
そこからはみんな黙々と食べていた。元々の量は少なかったけど、食べ終わると何かそれ以上に満たされた感じだ。
「ご馳走様。みんなお皿貸して、僕が洗っておくから」
「いえ木場先輩、ここは私がやっておきます」
カルナは置いておけばいいって言ってたけど、こんな美味い飯貰っておいて何もしないなんてできない。俺も動こうとしたけど、それよりも先に木場と小猫ちゃんに抜かされた。みんな考えることは同じなんだな。
結局勝ったのは小猫ちゃんだった。流石に一度に全部持っていくと危ないので、みんなで流しに食べ終えたお皿を持っていくと…外にカルナの姿が見えた。
「――」
黙々と、でもザクザクと慣れた様子で土を掘っていた。肩にはタオルをかけていて、一段落ついたのか、頬についた土を拭っている。
その姿は誰がどう見ても農家の青年だった――。
「これでも農家に拾われた身だ。畑仕事は幼い頃から慣れ親しんでいる」
戻ってきたカルナが淹れてくれた紅茶…いや、チャイって言うんだっけ?それを飲みながら早速リアスが外のことを聞くと、カルナがそう返してきた。
「そ、そうなの?でもあなた、英雄じゃない」
「それとオレが畑を耕すことに一体何の関係がある」
いや…まぁそうなんだけどさぁ…なんか…ねぇ?
「え、じゃあさっき食べたカレーとかも?」
「いや、まだここに来て、種を植えたばかりなのでスーパーで買ったものだ。便利な場所だ。揃わぬものがない」
あ、当たり前のようにこの人スーパーって言ったけど違和感しかねぇ!
「えぇ…あなたって何ができないの?ちょっと万能すぎじゃない?」
「出来ることが出来るだけだ。元々一人暮らしが長いのでな。精々がこの家を建てるくらいだ」
え、この家ってこの人が建てたの?改めてとんでもないな!この人!!
「オレを拾い育ててくれた養父のほうがまだ凄い。こうして彼に恥じない身であろうとしているが、まだまだあの背中には届きそうにないな。養母もそうだ、オレに出来ないことを当然のようにしていた」
「…尊敬してるのね、ご両親のこと」
「あぁ。彼らに拾われたことこそ、今生で最も恵まれたことだとオレは思っている」
そう語ってくれるカルナの表情は、相変わらずの無表情に見えたけど、でも本当に家族のことが好きなんだって教えてくれた。だってその時の雰囲気がすごく優しかったんだ。……家族…か。
【一誠、何かあれば父さんに言えよ?父さん何があってもお前の味方だからな!】
【一誠、私達にとってあなたは一番の宝物なの。だから何かあれば言ってね?父さんも母さんも、何かあれば絶対に一誠のこと守るから】
父さんも母さんも…何て思うんだろうな。
息子が人間を止めて、悪魔になったって知ったら――。
「ふんっ!――はぁ!!」
チャイを飲んで一息つきながら、俺達は色々な話をした。最初はここに来た目的であるカルナとの連絡手段だったけど、それはリアスが使い魔をここに飛ばすことをカルナが了承してあっさりと終わり、その後はカルナに色々な質問をしていた。
特に叙事詩を読み込んでいたリアスとロスヴァイセ先生がその当時のことをかなり聞いてた。その中でも俺が特に気になったのは、カルナが永遠の友として契りを交わしたと教えてくれたドゥリーヨーダナって人のことだった。
リアスが言うには、叙事詩マハーバーラタの中で悪人の中の悪人と描かれている彼の人と成りはどうだったのか。それと描かれているとおり、本当に彼は悪人だったのか。カルナが教えてくれた一言目は、意外にも肯定だった。
「確かに当時においてあの男は最悪に近い極悪人だった。なにせ身分に囚われず、オレのような
この人友達のことすげぇこき下ろすなぁ!?
そう思っていると「ただ」って一言置いて話を続けた。
「ただ、あの男は家族の…弟妹達のことをひたすらに大切にしていた。だからオレは、あいつが家族を裏切る様を一度たりとて見たことがない。その弟妹達もそうだ。最後まであの男を尊敬し、敬っていた。オレのような戦うことしか取り柄のない男に、彼はアンガを任せてくれた。誰であろうと、等身でのみしか相手を捉えない…そんな男だからこそ、オレはこの命を預けたんだ」
それを聞いて俺は思った。
この人にとって…数千年の時が経とうと、その人は今も本当に大切な友達なんだって。
それからカルナがロスヴァイセさんになんかすごい事を聞き出した。
なんでも彼にはまだアシュヴァッターマンって友達がいて、その人がどこにいるか知らないかだって。
いやいや、何千年も前の人が生きてるわけがって思ったけど…なんとロスヴァイセ先生が言うにはまだ生きてるらしい。
え、生きてんの!?そう思ったのは俺だけじゃない、マハーバーラタに詳しくないアーシア達も目を開いて驚いてた。その人今どんだけお爺ちゃんなんだよ!?
「カルナ様も御存じだと思いますが、酷い呪いを受けたアシュヴァッターマン様はパラシュラーマ様にそれを解いてもらい、今も旅に出たままです。おそらく次元の狭間を今も揺蕩っているものかと。…申し訳ありません、このようなことしか知らず……」
「いや、こうしてオレが死んだその後を、正確に知る者から教えてもらえることほどありがたいものはない。そうか、本当にアイツはまだ生きているんだな。感謝する、リアス・グレモリーの
「へ…?いえいえいえ!!と、当然のことを言ったまででしゅ!ひゃい!」
その時のロスヴァイセ先生の顔が真っ赤だったのはもう言うまでもない。
「ふむ、その程度か?」
「くっ!まだまだぁ!!」
で、そこからなんだけど木場が質問というか、一つお願いをしたんだ。
「大英雄の力がどんなものか知りたい」って。
だから今、木場とカルナは外に出て、軽い模擬戦
まず初めに、木場は『
「いいものがあった。まだ至らぬ身ではあるが、たまには胸を貸そう。来るといい」
その一言に木場がブチ切れた。そりゃ誰だってキレるさ、俺だって正直ムカついたんだ。
…でもカルナの一言は正しかった。
今、俺の真正面で木場の魔剣とカルナの棒切れが鍔迫り合っていた。…
「さっきから…っなんで!こっちはこんなにも力を入れているのに…っ!!」
大粒の汗を搔きながら悪態を吐く木場に対し、カルナは涼しい顔で対応している。しかも木場は両手で渾身の踏み込みをしているのに、カルナは片手で俺からすれば突っ立っているようにしか見えない。
「おかしなことなど何一つない。その無駄な力をただ
いやいや!!何を!?どうずらして!?いなしてるの!?
「く…そ!!ならっ、これならどうだ!!」
悪態を吐きながら、木場が今度はカルナから少し離れた。――っ!と思いきやその場から木場の姿が消え、整地された地面を蹴る音が断続的に鳴り始める。木場のやつ、次は一番自信のあるスピードで攪乱するつもりだな!?しかもどうやらその戦法は当たりらしい。カルナはその場から一歩も動けずにいる。
確かに今までの“サーヴァントゲーム”を思い返しても、カルナがスピードタイプの対戦相手と戦ったことはない!いずれは試合で戦うと決まっている相手の弱点を見つけられたかもしれない!…そう思った瞬間だ。
「ここだ!とっ――――」
木場は背後を完璧に捉えていた。俺もよっしゃ!と叫びそうになって、それに遅れながら気づいた。
真正面を向いていたカルナがいつの間にか反転して、木場の眼球数ミリ程度前に、棒の先が突き付けられていることに。
「慢心が過ぎるな。お前はそれほどの使い手か?」
木の棒と共に突き付けられたその言葉は、二人の間にどれほど隔絶した力量の差があるのか…嫌と言うほど思い知らされる。
「…――ッ!!
それでも、矜持やプライドが俺や木場にもある。だからだろう。木場は再び少し離れて地面から大量の魔剣を生やし、それをカルナにぶつけようとした…でも、それはできなかった。
パキンと乾いた音が次々と地面から鳴り響く。すでに剣先が数十本と生え始めていた魔剣……その全てが根元から折れた音だ。それは木場の持っていた頑丈な魔剣も同じ。
何をどうしたのかは一切分からない。でもそれを成し得たのはきっと、この人しかいない。
「問おう。これ以上は腕試しではなく、尋常な殺し合いとオレは捉えるが…お前はどうだ?」
寒気がした。多分だけどカルナは殺気とか、闘気とかそういうものを発したわけじゃない。ただ認識をほんの少し変えただけ…それだけでもうこの場の誰も動けない。
「やめ…ときます。僕では絶対に届かないと分かったので…」
「そこまで自分を下卑する必要はない。万の時を生きる悪魔だ、いずれは追いつく」
「それは…いえ、すみません。お庭を荒らしてしまって」
頭を下げて、フラフラとした様子で戻ってくる木場の今の気持ちが痛いほど分かる。多分だけど、木場はこう言いたかったんじゃないかな。
つまり一万年かけて、ようやく追いつく場所に貴方はいるのかって……。
…なぁ、ヴァーリ…お前はいずれ、こんな化け物みたいな人にも挑もうってのか?
あいつの…ヴァーリの強さを俺は嫌というほど知っている。でも、どうしても…。
どれだけ頑張っても、俺にはこの人に勝てるヴァーリの姿が思い浮かばないでいた……。
◇
「では、気を付けて帰るといい。次はしっかりと準備してもてなそう」
「ありがとう。でも次は貴方のほうから訪ねてほしいわ。今日は色々と、もらうものが多かったから」
日が沈み始め、明日の学校ということもありリアス達は帰路に着く事にした。
山の麓までカルナが見送り、互いに挨拶を済ませて背中を向ける彼女達を見送るカルナ。
「Yo、いつからテメェは道端の糞と言葉を交わすほどのカスになっちまったんDa?」
この山にはもう、カルナ以外誰もいない。だがその背後から罵りの入り混じった声がかけられた。
「オレが誰と何を話そうと、お前に一体どのような関係がある。インドラ」
振り向きざまのその名を呼べば、そこには木に凭れ掛かり腕を組むアロハシャツに坊主頭が特徴的な男。
本来ならば須弥山にいるはずの帝釈天その人が笑いながらそこにいた。
「そりゃオメェ、ここは俺様がお前にくれてやった土地Da。元所有者様だZe?蛆が沸く糞が匂い撒き散らしてノコノコ来れば、そりゃ掃除もせずに何してんDaって文句の一つも言いたくなるってもんYo」
全て視ていた。この山の祠に置かれてある帝釈天像は、謂わば分体のようなもの。この帝釈天も本体ではない。
「インドラ、世間ではお前のようなものをストーカーと呼ぶらしいぞ」
「HAHAHA!!…殺すぞこのクソガキ」
掛けたサングラスの奥に光る紅玉が、言葉と共にカルナへと突き刺さる。それをカルナも睨み返し、その瞬間山に生ける全ての存在が呼吸を含めた動きを止めた。
絶対に逃れられない死を感じ取ったからだ。だがそれも帝釈天の一言に全て霧散する。
「誰のおかげで
ピクリと僅かにカルナの目元が細くなる。それに関しては帝釈天の言葉が正しい。
正確には
「それに関してはオレの落ち度だ。…アレと出会うべきではなかった」
「Han!違うね、アレはアイツの落ち度だ。勝手に色ボケして、勝手にこの俺様に喧嘩を売りやがった。仏門に帰すこの俺様だからこそ言ってやる。自業自得だとNa」
一人で勝手に勘違いを繰り返し、言われるがままにほんの僅かにその身に宿していた神格を手放しそして主人である豊穣神から死よりも辛い呪いを受けた。二度と日ノ本の土も踏めない呪いも。
それでもこうして戻ってこれたのは、偏にここを治めるのが日本神話ではなく須弥山だからだ。
今生において、最も自らと関わり堕ちていったのは彼女だ。己がいたからこそ彼女はこうして望まぬ目に合い続けているとカルナは考え、そしてせめて故郷に少しでも近いようにと帝釈天に望み、それを帝釈天が叶えた。勿論
それこそが最大限、彼女を苦しめる方法だと誰よりも分かっていたから。それで何か、この頑固一筋の馬鹿が変わればと刹那に望んだから…。
「用が済んだのならもう戻れ。そろそろアレが来る。彼女にとって、お前の存在はただの害悪にすぎん」
「ヒュー!通い妻ってやつかやるねぇ!!どうせ身も心もお前に捧げてんDa、ならさっさと適当に抱いて飽きたらゴミみたいに捨て――」
続けてその不快な口が開かれることはない。
何故ならカルナの手には、イッセー達には一度も見せることのなかった黄金の槍が握られていたのだから。
「全てを知った上で、まだそのような戯言を吐くか…だからお前のことは嫌いなんだ」
おおよそカルナらしくない、侮蔑の意がそこには込められていた。
首から上が消え、徐々に身体も霧散しながらも、それでも帝釈天はまるで注意するかのように、カルナへと最後に語り掛ける。
“あぁ、俺もだよ。置く事も、捨てる事も選べないお前が嫌いでしょうがねぇ。…なぁ”
“いつまで
「
「――…っけ、何が贖罪だ。クソガキが、何様だあのクソの中のクソ馬鹿ガキが」
須弥山の頂、善見城で帝釈天は先程のカルナの言葉に悪態を吐く。
右手に持った煙草に火を点け、だらしなくソファーに凭れ掛かるその態度は「やってらんねぇ」――その一言に尽きる。
「馬鹿が。あれはお前が死ななきゃ自殺なんざしなかった。俺様がお前を殺さなければ、お前の女は死ななかったんだ。それを……やってられるか、クソが。いつまでも死人に囚われて、それで一体
だからこそ、帝釈天は死んだ…もしくは殺された我が子らに囚われることはない。
悲しみもしよう、愛していたと心の底から叫ぼう。だがそれを過去だと前提に置き、そして前へ、愛しき人類のその先を見届けると心に誓っている。だからこそ今も生きていると前提を置くしかないアルジュナの事を気にかけている。だがカルナは違う。
彼は自らを遺物と称する。つまり彼の心は今もなお、あの当時に置いたままなのだ。
「だからテメェは重大な
ただの執着だ――。
「あっちのほうがよっぽどスゲェわな。何せ人理に
◇
リアス達が悪魔として活動し、その中で大英雄の凄まじさを確認しようと彼女達の本業が学生であることに変わりない。それは教師である、ロスヴァイセもだ。
「……うそ。ない…ないないない!?」
だがそんなことが霞むほど、今の彼女は焦っていた。その理由はただ一つ。
「ようやく入れた“英雄眼福の会”会員証がなぁああい!?」
それは一部(ほぼ全員)のヴァルキリーのみが許される秘密結社のような存在。
その存在は秘匿され(他神話のアザゼルが知るレベルで)、時には歴史の中に埋もれた英雄の素顔(全身の肉体美も当然強調)を知ることが出来る死後の英雄を導くヴァルキリーだからこそ許される会。
ロスヴァイセは自宅に英雄のブロマイドや抱き枕を多数所持しているが、実はそれらもこの“英雄眼福の会”経由で密かにロスヴァイセがコツコツと給料を溜めては散財してきた結果である。そしてこれがなければこれから先グッズやアイテムは一切手に入らず、そして失くした者には最悪の罰(全グッズ没収)が与えられるという恐ろしい()決まりがあるのだ。
ただし、ロスヴァイセがここまで絶叫し、職員会議を終えたばかりの廊下で灰になりそうな勢いを見せているのには理由がある。
「どうしよう…多分あそこだ。てか絶対あそこ以外で失くす場所がない……」
ブツブツと項垂れるロスヴァイセの脳裏に思い浮かぶのは、つい先日行った場所。
それは隣町にあるとある山…つまりカルナの家である。
「違うのよ…ちょっと今まで私を馬鹿にしてきた連中に自慢と言うかドヤりたかったと言うか…」
会員証には自動で持ち主が出会った英雄と何をしたかの情報が乗るようになっている。
カルナは特に大英雄、そして優れた逸話の持ち主ということでヴァルキリーの人気トップ5に常に君臨し続ける存在…だからだろう。
つい普段は絶対に自宅以外で出さないその会員証を、ロスヴァイセはカルナの家で“カルナの手料理を食べた”“カルナの自宅へお邪魔した”という表記がされているかどうしても確認したくてついリアス達に隠れてひっそりと財布(100均)から抜き出し見ていた。
だから失くすとすれば、どうしてもそこしか思い浮かぶ場所がなかった。
「まだ…まだよロスヴァイセ…!きっとあの方にはバレていないし見つかってもいないっ!きっとこの時間は出かけているはず…そう信じるのよ!!」
今にも崩れ落ちそうな身体を、自身に言い聞かせる(暗示ともいう)ことによって何とかその場を立ち上がる。まず真っ先に向かうべきは、社会人としてあそこしかない。
「リアスさんごめんなさい少し用事ができたので今日の参加は控えさせていただきますえぇどうしても重大な用事があって本当に申し訳ありませんがではこれで失礼いたします!!」
オカ研の部室の扉を勢いよく空け、顔もよく見ず捲し立てるように弾丸のような謝罪を一度も噛まずに去っていく…完璧な社会人の対応である(震え)
(飛んで行こうか?…いや、もし町中にカルナ様がいればすぐにバレる。そして飛んだ方角から自宅に私が向かっていると察するかもしれない。だってカルナ様なんだもの!だとしたら交通手段はごく普通の電車…そこからの全力疾走しかない!!)
決まってしまえば後は早い。
学校から発行された(させた)定期券で電車に乗り、周りの目も気にせず全力疾走。山を駆けあがるスピードは、戦闘時の木場に勝るとも劣らない。
「はぁ、はぁ…っ!つ、着いた…!!」
息を一端整え、そして今の自分の恰好がおかしくないか一通り調べる。万が一にも家の中にカルナがいてはいけないからだ。
「よし!…うわぁ、私、今から一人でカルナ様の家に…し、しかも家の中は私とカルナ様だけ…ふはぁー!テンション上がるぅー!!」
小さな声で叫ぶという器用な芸当を難なくこなし、ドキドキと聞こえる自分の心臓に落ち着けと言いながら、ついに玄関の前に立つ。
「も、もしもぉし…だ、誰かいませんかー?」
ノックの後にそう問いかけると…中からパタパタとこちらに駆け寄る足音が聞こえる。ただ、その足音は男性にしてはやけに軽いような気がしてならない。
カルナじゃない、別の誰かがいる。そうロスヴァイセが確信した時だ。
「はい、何方様でしょうか?」
「え…あ、あ……」
声が…出ない、何も考えられない。
そんなロスヴァイセの様子に気づいたのだろう。初めは怪訝な表情を浮かべていた女性は次第に薄っすらと笑みを浮かべ、そして丁寧な口調で自らを紹介した。
「はい、主様の従者をしております。