鳴響高校 〜君と奏でる九重奏〜 作:Layru
「…吹奏楽部の人間が、ここまで動けるとは思わなかったでやんす。」
「えぇ、実力を見せつけられたのは私たちの方でしたね…。」
吹奏楽部の部員の思った以上の動きの良さに、思わず落胆してグラウンドの隅にしゃがんで「の」の字を量産している矢部と玲美。
「き、気にする事ないよ。吹奏楽部って見た目以上にかなりハードな部活だもん。
重い楽器を持ち続けたり、肺活量のトレーニングをしたり…」
あまりの落ち込み様に、奏もフォローするのが精一杯だった。
ー数分前ー
神成先生からの衝撃的な発表の後、野球部は吹奏楽部と合同で練習を行うようになった。
曰く、全国常連の名門である吹奏楽部のやり方を導入すれば、成績の振るわない不甲斐ない野球部も少しはマシになるのではないかと言うことらしい。
納得はいかないが試みの意図は理解した。しかし、矢部くんや光といった殆どの野球部員は、不満そうな顔を隠しきれていない。
そこで、神成先生は
「フン、不満そうだな…。
まぁ気持ちは分からなくもない
なら、今日のところはうちの部員と練習をしてみるといい。百聞は一見にしかずだ。」
というわけで、吹奏楽部との合同練習が始まり、今に至ると言うことだ。
ただ、あまりに吹奏楽部員の動きが良すぎて辟易した野球部員も何名かいるようで、特に矢部くんとシドレミは先述したとおり、かなり落ち込んでいる。
「それにしても、吹奏楽部の面々はみんな機敏な動きをしているでやんすが…」
奏のフォローもあって機嫌が少し戻り、矢部と玲美はバッティングケージに目を向けた。
「どりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
(カキーン!)
「特に大越くんの声と打球の飛距離には圧倒されるでやんすね…。また柵越えでやんす。」
打席に入り、大声と共に柵越えを連発している男の名は
パワーに自信があり、先程から柵越えの当たりを何本も放っている。それもギリギリの当たりでは無く一目でホームランとわかるような当たりであることからその長打力が伺える。
「パーカッションは使う楽器によっては力も使うから、筋トレは欠かさないんだって。あと、声は家のお寺でお経を読んでいたらいつの間にかああなったらしいよ。」
「大越くんも凄いですが…」
(バシッ)
(キュイーン!)
(ズバーン!)
外野の方から、捕手に向けて矢のような送球が突き刺さった。タッチアップしていた3塁走者はホームベースの5mほど手前におり、捕手は余裕をもって走者にボールの入ったグローブを当てた。
あまりの肩の良さに走者はおろか捕手やノッカーまでも呆然と外野の方に視線を向ける。その視線の先にいたのは…
「 nett良い デス、ノッカーさん!!」
一人の小柄な女子生徒だった。
「もう一人の子の肩力が凄まじいでやんすね…。一体だれでやんす?」
「ラウラちゃんだね。吹奏楽部でユーフォニアムとピアノを担当しているんだよ。」
ラウラ・
「ドイツにいた時に野球をやっていたと聞きました。」
玲美の話によると、元々彼女はドイツでハンドボールと野球をやっており、その際に自然と強肩になったらしい。ちなみに先程、実際に遠投をやってもらったら100mオーバーの飛距離を叩き出して周囲を圧倒していた。
「?そういえば何で、志藤さんが吹奏楽部員の事を知っているでやんす?」
「矢部さん…。私も吹奏楽部と兼部しているのをお忘れですか?」
「あ!そうでやんしたね。いつも野球部にいるからてっきり。」
「……矢部さぁん。」
ジト目で矢部を見つめる玲美に少しの気まずさを覚え、急いで矢部は話を変えた。
「にしても、これはチャンスでやんすよ!!」
「チャンス?矢部くん、どういう事?」
「もし、大越くんと廣笠ちゃんが野球部に入ってくれれば…」
「戦力増強間違いなしですね。大越さんの打撃力と廣笠さんの肩は全国でも通用するレベルでしょうし。」
「一緒に練習することで、相乗効果で強くなれるでやんす!」
野球部勢が、期待に胸を膨らませながら盛り上がっていると…
「む?わしらのことを呼んだか?」
件の二人がそれぞれの練習を終え、こちらに合流した。
特に汗なども流していないことから、そこまで疲れていないことが見てとれる。
「やんす!2人が野球部に入ってくれれば、助かるって話をしていたんでやんす!」
「私タチがBaseball-Clubにデスか?」
「はい!実力の高いお二人に入って頂ければ、私たちはさらなる強化が見込めるのです!」
「そうか…」
「急なことだから、厳しいとは思うでやんすが…「分かった!野球部に力を貸そうではないか!」やんす!?」
一度も考えるそぶりを見せずに、大越は即答した。
「え、いいんですか!?私が言うのもなんですが…吹奏楽部との両立は難しいのではないでしょうか?」
「それを玲美ちゃんが言うんだね……」
苦笑しながら奏がツッコむと、玲美は視線を明後日の方向に逸らした。
一応、吹奏楽部にいながら野球部の練習にばかり出ている事は気にしているらしい。
「志藤のことはさておいて、ワシは二足のわらじを履いても構わんと思っておる。困りし者を救うのは仏の教えだからな!」
「やったでやんす!大越くんが加わってくれれば、千人力でやんすよ!」
「やりましたね!矢部さん!!」
あまりの嬉しさに、玲美と矢部はスキップをしながらその辺りをクルクル回り始めた。
「アノー、嬉しいトコロに水をサスのはとっても Verzeihenもうしわけない ナノですが…」
奇行を行う二人に、申し訳なさそうに声をかけるラウラ。
「あ、廣笠さんはどうですか?」
「私自身は大丈夫デスガ、神成センセーが許しマスカネ?」
「「あっ……」」
喜んでいた連中の動きが一瞬でピタリと止まった。
ーブルペンー
(ギュルルルーン!)
(ズババーン)
(シュッ)
(スパーン!!)
「凄いな、麗示。ブランクありで、その変化量とキレか。」
「一応自主トレは欠かさずにやっていたからね。それよりも、大野くんの方が凄いよ。
あの針の穴を通すコントロール、ピアノ協奏曲のソロパートみたいな正確性と安定感を感じるよ。」
「分かるような分からないような…。」
「ま、そのうち分かるさ。」
俺と会話する男の名前は伊能麗示。吹奏楽部のオーボエパートに所属している。学校で同じクラスということもあり、思った以上に会話は弾んだ。時々、何をいっているのか理解しづらい時はあるが……
野球自体は中学でやって以来と聞いていたが、思った以上に動けていた。左投で変化球のキレも良く、球速も138km/hはある。
何より、スタミナがあるのが非常にありがたい。正直、俺のスタミナだけで9回まで持つかどうかは調子と球数に左右される。球数が少ない時は完投までいけるが、多くなったときは7回でバテることもあった
「麗示は左投だから左右のエースを置くことができる。これが一番大きいよなぁ。」
「せやなぁ。伊能くんが野球部に入ってくれたら、投手のスタミナ配分とかリードの幅とかも広がるんよね…。」
この点に関しては、さっきまで麗示の球を受けていた光も同調する。左右のダブルエースというのは、打者の目線やボールの出方などが異なる事から相手にとって非常に面倒な存在たりうるのだ。ただでさえ、選手層が薄い俺達にとって相手を翻弄させることのできる麗示は喉から手が出る程欲しい人材だ。
「うーん、僕はいいんだけど神成先生がどういうかだね…。」
「「だよなぁ…。」」
幾ら本人が良い返事をしても、本来所属している部活の顧問が良い返事をしない限り、彼がこちらに来ることは難しい。
「助言はするから、説得してみようよ。大野くんと野球をするのは、君にとっても僕にとっても良い兆候になりそうだしね。」
「…そうだな。ありがとう、麗示。」
「そうと決まったんなら早く行きましょ!!甲子園に出るんなら、戦力増強の機会は活かさんといけんでしょ!」
そう言い残すと、光は脱兎の如き速さで校舎に向かっていった。おそらく、音楽室に直接向かって直談判するつもりなのだろう。
「…あはは、思い立ったら即行動。うん、悪くないね。」
「あいつの場合は、打算と欲にまみれた猪突猛進みたいなものだけどな…。」
「それだけ、この野球部に思い入れがあるって事じゃないか。僕はいいと思うけど。」
「そうか?まぁいいや、取り敢えずあいつの後を追うか。神成先生は音楽室にいるのか?」
「今は、パートごとの練習の時間だから音楽準備室でスタンバイしているはずだよ。」
「……先走ったあいつを捕まえることから始めるか。」
そう言って二人は光の後を追った。ちなみに途中で何故か固まっていた野手連中をスルーするかどうかで悩んだが、一応拾っておいた。
ー音楽準備室ー
「ダメだ。」
俺たちの願いを、神成先生は一蹴した。
「今、吹奏楽部は秋のコンクールを目前に控えている。そんな状況で、部員の引き抜きを許す顧問がいるはずがないだろう。少し考えれば分かることだ。」
「まあ、ごもっともですね。」
シドレミが冷静に返す。
「だが、神成先生。ワシも伊能もパート内で主力と言えるほどの立場ではないはずだ!ピアノも廣笠が主だった演奏者ではなかろう。」
「そういう問題ではない。コンクール直前でメンバーが抜けたら、俺たちの士気に関わる。それが響いて成績を落としたら、誰が責任をとる?」
確かに、神成先生の言うことは理解できる。野球部で言ったら、ベンチ入りメンバーが甲子園を前にして引き抜きをくらうようなものだ。到底納得できるものではない。
「しかし、先生!
3人からはすでに快諾していただいています。」
だからといって、この機会を逃すわけにはいかない。俺は唯一切れるカードを出して、先生との交渉に臨む。
「快諾か……そこも納得がいかないな。
伊能、廣笠、お前らはどうして野球部に興味を持った?」
「吹奏楽部より、野球部の方が綺麗な色をしていました。野球を通して見る音はすごく鮮やかで、僕や大越や廣笠が加わったらどんな色になるのか…僕はそれを見てみたい。」
「……廣笠はどうだ?」
「私も、ショージキBaseball Clubの方が、 Blaskapelle 吹奏楽部よりnettな音をしていまシタ。この音が、私タチが加わる事でさらなる変化を遂げるハズデス!!良い音を聞きたいと思うのは、演奏者としての当然の思いデス。」
(色?音?いったいどう言う事だ?)
(伊能くんは、共感覚の持ち主なんです。音を聞いた時に色が見えるそうですよ。)
(ラウラちゃんは、相対音感を持っているんだよ。基準とした音から、他の音の高さを判別できるから、音楽に関する美的感覚が鋭いんだって。)
(へ〜、凄い能力の持ち主もいるもんだな。)
そう小声で話している間にも議論は進み…
「実際、先生も気づいているのではないですか?野球部の秘められたチカラに。」
「秘められたチカラ、か…。おい、大野。」
「!?はいっ」
急に呼ばれてビックリしたが、間髪なく答える。
「仮に、伊能と廣笠、大越を野球部と掛け持ちさせるとしてだ。それで、甲子園に行けるか?」
「彼ら3人には、俺たちの弱点を埋めてくれるだけの力があります。行けます!
いや、絶対に行きますとも!!」
彼らが入ってくれることで投手不足・長打力不足・守備の安定感が一気に解決する。甲子園出場も夢物語では無くなるだろう。
「……やっぱり厳しいか。」
「大丈夫。この声色はシアン、青信号の色だよ。」
そう麗示が呟いた瞬間、仏頂面だった神成先生の口元が少し緩んだように見えた。
「フン、口で言うだけなら誰にでもできる……。
だから行くと言った以上、結果を出せ。伊能と廣笠、大越の3人と一緒にな!」
「!?それって、つまり…」
野球部にもたらされた朗報に、思わず光が先を促す。
「いや、言い間違えたな。3人だけではない。
俺たち吹奏楽部を甲子園のアルプススタンドへ連れて行け!!
それが約束できるなら許可してやる!」
「「「「はいっ!必ず甲子園に行ってみせます」」」」
俺、矢部くん、志藤、光の野球部勢4人の声が音楽準備室の中で拡散した。
(フン、即答とはな。今年のキャプテンは骨があるようだ。
となると…あの練習、試してみる価値はありそうだ。)
神成拓斗は、心の中でそう独りごちた。
オリキャラ2人目登場です。
オリキャラの能力値を考えながら執筆するのが、最近の楽しみになってきました。