強化人間物語 -Boosted Man Story- 作:雑草弁士
ベルファスト基地の空港で、俺とレイラは搬入される補給物資の検品をしていた。いや、俺たちだけじゃないんだが。各小隊の小隊長は、全員同じ仕事をやってる。副官がついている俺だけズルい気もしなくもない。
「そんな事ないですよ、少佐。少佐は自分の小隊の補給物資をチェックしたあと、全小隊のソレを書類上だけとは言え、チェックしないといけないんですから。」
「そんなもんか。」
「はい。」
レイラはお仕事モードだから、部下の口調だ。
「……。」
「ユウか。」
「……。」
「そうか、問題無い様で何よりだ。では後は出発まで自由にしててくれ。ではな。」
「……。」
この無口男との「会話」も、すっかり慣れたもんだ。もっとも、俺やレイラがニュータイプ能力を持ってなければ、もっとずっと手間取ったんだろうな。例えばィユハン曹長とか、クリス少尉とか、ウェンディ伍長とかみたいに。
おっと、そのクリス少尉が来た。
「チェック、終了か?」
「はい、要求部品は全て揃っています。特にウェンディ伍長機の右脚がちゃんと来ていて、ほっとしました。」
「ああ、まあそれは分かる。俺もィユハン曹長機の左腕と手が来てなかったら、困り果てるところだったからな。他に用は無いか?」
「はい、大丈夫です。」
「では出発まで自由にしてていいぞ。ではな。」
「はい!」
うーん……。
「なあ、クリス少尉はいまいち硬いんだが、まだ慣れないのかね?」
「あまり柔らかくなられても、困るんですけれど……。」
「あ、そう言う事か。」
「はい。」
レイラは普通の口調だが、少しむくれている。まだ本気で怒ってはいないが。危ない危ない。そうだな、クリス少尉にあまり柔らかくなられても、困る。うん。
だが、やきもちを焼かれるのも、少しだけ嬉しかったり。でも、やきもちを焼くところ見たさに意地悪をするのは、何か違うからな、うん。
あ、その気持ちを読まれたっぽい。いや、なんか最近レイラのニュータイプ能力が、ほんの時々だけ、一瞬跳ね上がる気配があるんだよな。それはともかく、レイラの精神が俺の心に触れる感触がして、彼女の耳が赤くなった。
「……。」
「……。」
「……あのー、中隊長。ゼロ少佐。あと副官さんやい。いい雰囲気のとこ申し訳ないんだけど、書類持って来たぜ。」
「「うひゃあ!!」」
互いの精神が、100%完全に互いの方を向いてたから、周囲の事がわからなかった……。すごく驚いた。こんなに驚いたのは、本気でひさしぶりだ。これから、いちゃいちゃするのは……精神的にだけでも、いちゃいちゃするのは、周囲の安全を確かめてからにするべきか……。
俺たちは、フィリップ中尉から書類を受け取ると、逃げる様にミデア改1番機へ搭乗した。そしてすぐに戻って来る。シロー中尉の事、忘れる所だった。
「済まんな、シロー中尉。」
「?……なんの事です?はい、補給物資、異常や欠品、ありませんでした。」
「うん、ご苦労。あとは出立まで自由にしてて大丈夫だ。」
「そうですか。了解です。」
「うん、ではな。」
俺はため息を吐く。レイラもため息を吐きたかった様だが、部下であり副官なので、上官で上司の俺がいる前では我慢する。そこへ声がかかった。
「え?レイラ、レイラでしょ!」
「どうしたの!?ベルファスト基地に再配属!?そんなわけないわよね。任務で来たの?」
「ちょっと、任務だったら聞いたらまずいでしょ!」
「あ、ごめんごめん。ところでそっちの人は彼氏?かっこいい子じゃない!」
いきなり姦しくなった。レイラは泡を食って、俺の顔と、話しかけて来た娘2人の顔を交互に見回す。どうしようかと困っている顔は可愛らしかったが、いつまでも困らせておくのも本意じゃない。俺は苦笑しつつ、レイラに頷いてやった。
レイラはひきつった笑みで、彼女らに返事を返す。
「ひ、久しぶり……ってほどじゃないかしらね。2人とも……。ホリー、リディア。」
「ちょっと、こっちの彼氏紹介してよ!」
「そうそう!」
「え゛。」
レイラの笑みが、更に引き攣る。俺は再度苦笑して、自己紹介する。
「俺はゼロ・ムラサメと言う。レイラとは、結婚を前提にお付き合いさせてもらってる。だがこんなご時世だからな……。お互いに、少し待とうと言う事にしてる。」
「「きゃー!!結婚を前提!!」……って、ぜろ、む、ら、さ、め?」
「……。」
2人は黄色い歓声を上げる。だが少々年長のリディアと呼ばれた娘が、俺の正体に気付いた様だ。レイラが顔を押さえて、とうとうため息を吐いた。
「ねえ、2人とも。この人の階級章、よく見てね……。」
「「少佐!?」って言うと、あのレビル将軍の直卒部隊にいた、超エースで切り込み隊長の!?」
ホリーの方も気づいた。俺が頷くと、2人は硬直し、ビシッと見事な敬礼をする。
「申し訳ありません少佐殿!自分は連邦宇宙軍ベルファスト基地宇宙港警備隊MS部隊所属、リディア・ターラント少尉であります!」
「も、申し訳ありません少佐殿!じっぶんは連邦宇宙軍ベルファスト基地宇宙港警備MS部隊所属、ホリー・ヴィンセント少尉でありましゅっ!」
ホリーと呼ばれた娘の方は、噛み噛みだった。俺も答礼を返し、再度の自己紹介をする。
「うむ。自分はジャブロー基地所属ツァリアーノ連隊第01独立中隊中隊長、ゼロ・ムラサメ少佐だ。副官のレイラ・レイモンド少尉と共に、以後よろしく頼む。」
「「はっ!」」
「さて、俺は少し外そうと思うが……。レイラ少尉、貴官は残って、旧交を温めるといい。」
「え゛。」
ひきつった彼女と、アイコンタクトと後ろ手のハンドサインで会話。
(……気を使ったつもりだったけどさ、嫌だったならすぐ戻って来るぞ?)
(い、嫌なわけじゃないけれど……。かなり、いじられそうで……。)
(む、んじゃあ早目に戻って来よう。変に気を使って、失敗したなあ。)
(いえ、そんな事ないから、気にしないで。)
俺はそそくさとその場を去り、ミデア改1番機に搭乗する。そして数分ヒマをつぶし、ちょっと慌てた風を装って彼女たちのところへ戻った。
「あー、さっき言ったばかりの事を翻す様でわる……?なんだ?なんか雰囲気暗いが。」
「あ、少佐。いえ、ちょっと……。」
雰囲気が重苦しく、思い切り暗くなっていた。俺はレイラに訊ねる。
「なあ、何があったんだ?」
「……実は。」
「ちょ、レイラ!少佐には直接関係のない……。」
「いえ、これは将来的に少佐にも関わって来る可能性がある話だから、話させてちょうだい?」
レイラが2人を説得し、事情を説明してくれた。それによるとこのベルファスト基地に、コリニー中将派の将官が新司令官として着任したのが始まりであった。レイラが転属した直後あたりの事だ。そしてその新司令官は、がちがちのアースノイド至上主義者で、スペースノイド差別主義者だったのである。
その後ベルファスト基地では、アースノイド至上主義たちが幅をきかせる様になりつつある様だ。スペースノイド出身者の将兵は、徐々に肩身が狭くなりつつある様だし、ターラント少尉、ヴィンセント少尉たちの様に、対スペースノイド穏健派である者たちも同様であると言う。
事実、スペースノイド出身将兵は上官から辺地へ飛ばされるとか、あるいは自分から転属願を出すとかで、当基地を出て行く者も多いらしい。対スペースノイド穏健派の将兵もまた、同様にこの基地から姿を消しつつある。
雰囲気が暗かったのは、そう言った今現在の事情を、彼女たちがレイラに教えていたからだった。
「まいったな……。俺にとっても、この基地は潜在的な敵地か……。」
「は、はい……。」
「言われてみれば……。その認識で、間違い無いかと。」
ヴィンセント少尉、ターラント少尉が俺の言葉に同意する。レイラの様子を確かめると、彼女が2人の事を心配しているのが強く感じられた。
「貴官らは大丈夫なのか?ターラント少尉、ヴィンセント少尉。」
「自分たちはこの基地に配属されてはおりますが、所属は宇宙軍ですので……。」
「正直、様々な手続きとか面倒くさく思う事もありましたが、今はそのおかげで基地内のいざこざとは距離を置けているんです。今のところは、ですが……。」
レイラは少しまだ不安そうだったが、多少気持ちは落ち着いた様だ。
そういやアレン少佐……ディック・アレン少佐は地球連邦陸軍ヨーロッパ方面軍に配属されてるはずだったが……。あの人の部隊は便利屋的にあちこち飛び回ってるはずだし、ベルファスト基地にはあまり寄り付かないだろうが……。今度手紙出して、聞いてみるか。
「……さて、そろそろ仕事に戻らないとな。レイラ、いやレイラ少尉。」
「はい、了解しました。……気を付けてね、ホリー、リディア。」
「うん、大丈夫。いざとなったら、転属願出すから。」
「わたしもそうするわ。ジャブロー勤務とか、無理かしらね。うふふ。」
この娘らの力量次第では、無理とは言えないなあ。いや、ツァリアーノ連隊の第4大隊とか、未だ欠員だらけだし。そこにMSパイロットとして引っ張って来る手が使える。ただし広告塔である第1大隊には、まっとうな任務が回って来るけれど、第2、第3、第4大隊は色々便利に使われるんだよなあ……。まあ、便利屋そのものの独立中隊を率いてる、俺の言う事じゃないが。
俺とレイラは、敬礼と答礼を交わして2人の少尉と別れた。
大西洋のただ中で、ベルファスト基地所属のTINコッド戦闘機5機と、フライマンタ戦闘爆撃機9機が帰還して行く。そして護衛を引き継いだニューヤーク基地所属のコアブースターⅡ5機とドン・エスカルゴ対潜哨戒機5機が、俺たちのミデア改5機編隊の周囲に、綺麗に編隊を組む。
……これで一安心だ。特にドン・エスカルゴ対潜哨戒機は心強い。ジオン残党の潜水艦隊が来ても、なんとかなる。いや、フライマンタでも一応は海中の敵に爆撃はできるよ?できるけど、一応程度でしかないし……。それに、出立前のターラント、ヴィンセントの両少尉の話を考えると……。
一応お義理で出したと言わんばかりの旧式機部隊。通信で話した指揮官は真面目で堅物っぽかったし、士気も低くは無かったが……。旧式機を宛がわれている部隊って事は、今の司令官から冷遇されている部隊って事だよな、つまりは。はぁ……。ため息の回数が増えたなあ。
そして何事も無く、俺たちはニューヤーク基地に到着した。海の上では基本、俺たちMS部隊には何もなす術が無いので、ヒマではあったのだが心が疲れる。まあ、そんな様子は指揮官として、部隊の者に見せるわけにはいかない。俺は頑張って虚勢を張る。
ウィリアム整備長が、整備の報告にやってきた。おそらくィユハン曹長のジム・キャノンⅡの修理が終わったんだろう。
「たいちょ、ィユハンのジム・キャノンⅡの左手は、もう完璧ですな。ィユハンに言って、操縦感覚を確かめさせてくださいや。
それと、ウェンディ嬢ちゃんのジム・カスタムの脚も、こちらはあっちのミデア改に乗っていた部下がやったんですが、修理完了だそうです。今からチェックに行ってきますがな。
何か失敗してやがったら、ぶんなぐってやる。」
「大丈夫だったら、たまには褒めてやれよ?」
「そこらへんの呼吸は、わきまえてますわな。」
本当に大丈夫だろうか。ジム・カスタムの右脚じゃなく、修理した整備兵が。満足な出来でも、何かしら文句つけて殴りそうな気がするのは、はたして気のせいだけだろうかね。
とりあえず俺は、レイラと共に基地のPXへと向かった。無論、甘味を食いに行ったのだ。
その後、俺たちのミデア改5機編隊は護衛機を付けずに、陸の上を飛んでいた。アメリカからメキシコへ、途中の連邦軍基地で燃料補給と必要物資の補充を行い、たまに空中給油もして、ひたすら飛び続けた。以前一度オデッサの中央基地で入念な整備を行ったものの、そろそろまたエンジンか何かが機嫌を損ねかねない。まあ、ジャブローはもうすぐだ。
しかし、護衛機を付けない、か。もしジオン残党がいたら、襲えと言わんばかりだな。まあ南北アメリカ大陸からは、ほぼ完全にジオン勢力は排除されているんだが。アボット少佐は、平然としている。襲われる心配をしていないのか、襲われても俺たちが何とかすると信じているのか、それとも……。自分の死すら計算に入れているか、だな。
と、俺の部屋に当のアボット少佐のおでましだ。俺はノックに応えて彼を迎え入れた。
「ゼロ少佐、どうも。さて、そろそろパナマ運河ですが……。いえ、やはり分かっておいでの様だ。」
「ええ、襲われるとしたら、この辺でしょう。まあ、パナマ運河そのものでは、襲って来ないでしょうが。」
「それはそうでしょう。あそこは重要施設ですし、連邦軍のMS部隊が警備してますからね。」
俺はパイロット用のノーマルスーツに着替えながら、アボット少佐に受け答えする。とりあえず、用意しておくに越した事はあるまい。と、そこへレイラが戻って来る。やはりパイロット用ノーマルスーツ姿だ。
「少佐、「オニマル・クニツナ」隊と第01独立小隊すべてに、戦闘準備態勢を整えさせました。……あら?これは失礼しました、アボット少佐。」
「ああ、かまいません。いると思っていなかったのでしょう?」
そんな事は無い。レイラも気配を読む事ぐらいは容易にできる。だが普通人にゃ不可能だしな。だから演技したまでだ。
「と言うわけで、俺とレイラ少尉はMSで待機します。申し訳無いのですが、これで……。」
「あ、少し待ってください。本題を忘れるところでした。いえ、危険な場所を抜けてからで良いのですがね。
キシリア・ザビが、ゼロ少佐に会ってみたいと言っているのですよ。どうしますか?」
「いいですよ。」
即答した俺に、アボット少佐は一瞬右眉を上げる。いや、それだけで済ませた自制心はたいしたもんだ、でもね。俺とレイラはあんたの感情が動いたの、はっきり感じたんだわ。ごめんなさい。
「理由を聞いても?」
「即答のですか?まあ、予測してましたからね。キシリアの心が折れてなかったら、そのぐらいのパフォーマンスはするでしょう。折れてたら、何も無いでしょうけれどね。」
「ふむ……。いや、失礼しました。ではご武運を。」
ふふふ、縁起でもない事を言う。このおっさんは。ま、襲われる可能性が高いんだろうな。
「いえ、まだ戦闘待機ですから。何かあるとは……。」
「おや、そうでしたね。縁起でも無かったですな。では改めて、何事も無い事を……。」
「ありがとうございます。」
俺とレイラは、アボット少佐に敬礼をする。向こうも答礼を返して来る。そして俺たちは、コンテナ内のMSへと歩き出す。
「なあ、アボット少佐だが……。警告じみた事、言ってたけどな。」
「警告なんじゃないかしら。」
「だがなあ。いくら俺たちに気付かれてると思ってても、確証も無しに言うか?あ……いや、確証を掴むためにカマかけてみたりとかかもな。」
「かもしれないわ。」
ニュータイプ能力は、都合よく相手と同調や共振できるもんじゃない。それに俺の場合、ひどい頭痛と言うオマケまでついてくる。最近は短時間なら我慢と言うか、意識、精神から苦痛を切り離せる様になったけど。……都合よく、相手の心を読めたらいいのに。
そして予想通り、パナマの旧パナマ県が終わる辺りで、俺の人工的ニュータイプ能力は敵の攻撃の意思を読んだ。
「「オニマル・クニツナ」隊!第01独立小隊!全MSは出撃、降下せよ!地上に降下後、各小隊は小隊長の指示に従い、フォーメーションを整える!ミデア改各機はMS降下後、旋回し現空域を離脱せよ!
今回は、降下装備の無い戦闘指揮車0-0が戦闘に参加しない!ミデア改も空域を離脱する!戦術情報が限られる!その事を念頭に置いておけ!」
『『『『『『了解!』』』』』』
俺のアレックス3は、ミデア改1番機から大空へと飛び出す。部下のMSも次々に空中へ飛び出して降下した。はるか下の地上から、ビームや実弾が撃ち上げられて来る。だが、滅多にあたるものでは無い。……そのはずだった。瞬間、殺意が走る。
「なにっ!?躱せ、カレン少尉、ダミアン曹長!!」
『うわぁっ!』
『くうっ!』
「損害報告!!」
俺の叫びに応えて、第01独立小隊のカレン少尉と、第4小隊のダミアン曹長が損害を報告する。
『こちらカレン少尉、ちくしょう!頭を撃ち抜かれた!メインカメラが!』
『こ、こちらダミアン曹長!左腕とビームキャノンを1門もってかれました!』
「くそ……。予想しておくべきだった……。」
それ以上の損害は無く、俺の中隊と第01独立小隊のMSは地上に降り立った。そして俺のアレックス3の前には、1機のズゴックEがいる。奴も俺の事を感じ取って、俺の降下地点に急行してきたのだ。こいつがカレン少尉機とダミアン曹長機を撃ちやがったんだ。
「強化人間、か……。」
つや消しの黒で塗装された、いかにもカスタマイズしてますと言う雰囲気のズゴックEは、無言で両手のクローを構えた。
あとちょっとでジャブローだと言う、パナマ上空あたりで、海から上陸してきたと思しきMS部隊に捕捉されてしまいました。しかも相手には強化人間が!おまけに戦闘開始前に、味方にダメージ!あげくに今回、戦闘オペレーターなし!
さあ、どうなる!