強化人間物語 -Boosted Man Story-   作:雑草弁士

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今回、ヤザンやクリスの性格がこんなんじゃない、とか思う人がいるかも知れません。そのときは、解釈の違いということで、ご勘弁願います。

お気に召さない方、本当にごめんなさい……orz。←土下座


ボタンの掛け違えは、早目に直そう

 怒声が響く。

 

『ゲーブル少尉!!4-1!!ちゃんと指示に従いなさい!!フォーメーションを崩さないで!!1人で突出するなんて、何考えてるの!?』

 

 罵声が響く。

 

『女は黙ってろ!!中尉・さ・ま!?俺は好きにやる!!お前らは俺のケツを持ってろ!!それが一番効率的なんだよ!!』

 

 涙声が響く。

 

『ふええぇぇん!4-0、4-1、喧嘩しないでくださ~い。』

 

 ……とりあえず、3機まとめて撃墜判定をくれてやった。それでも俺の猛攻に最後まで耐えて残ったヤザンは、流石だったが。

 

 

 

 とりあえず実機演習終了後、俺は第4小隊全員に説教をくれてやった。説教と言うか、ボヤキに近いものだったが。

 

「おまえらな……。模擬戦中に口喧嘩とは、ずいぶん余裕だな?何か?俺たち第1小隊相手なら、喧嘩しながらでも勝てるってか?随分見くびられたもんだな……。」

「は、そ、そんなことは……。」

「口ごたえすんな中尉!!」

「失礼しました!!」

 

 俺はため息を吐く。

 

「……お前らの問題点は、旧来の小隊員と、新たに入って来たヤザン少尉との信頼関係の無さだ。お前らに命令する。なんとしても次の作戦までに、最低限の信頼関係を醸成しろ。そうしないと、作戦失敗はおろか部隊員の命に関わる。」

「……。」

 

 ヤザン少尉の頬が緩む。俺が作戦の成否よりも、部隊員の命を重視した発言をしたのに、気付いた様だ。俺はそれを気付かないフリをした。

 

「問題解決のためだったら、多少の事は目を瞑ってやる。以上、解散!」

「「「了解!」」」

 

 敬礼と答礼の後、俺はその場を立ち去る。ふと首だけ振り向いてみると、クリス中尉がヤザン少尉からプイと顔を背けているのが見えた。ヤザン少尉の方は面白そうな表情をしているが、目が笑っていない。オロオロとしているウェンディ伍長が、小動物の様だった。

 

 

 

 まあ、だけど俺が何もしないと言うわけにも行くまい。俺はヤザン少尉をPXに誘った。はちあわせしない様に、今頃はレイラがクリス中尉を私室で茶会に誘っているはずだ。

 

「……で、これですかな、少佐?」

「甘いもんは嫌いか?ヤザン少尉。」

「呼び捨てでいいですぜ、少佐。」

 

 俺たちの前には、最近PXのメニューに並ぶ様になったばかりの、チョコレートパフェが鎮座していた。俺、大歓喜。

 

「少佐、普通こう言う時は、酒じゃねえかと思うんですがね。」

「俺が甘いもの好きで、本来はまだ酒が飲めん年齢だし、その上に強くないんでな。」

「とほほ、なんてこったい。」

「んー、どうしても酒が良かったら、勝手に飲んでもいいぞ?無論俺のおごりで。

 それとこの場は無礼講だ。無理に敬語……丁寧語入れようとして、不自然になってる口調をなんとかしろ。」

「そうか?それじゃ遠慮なく。あ、いや酒の話じゃねえ。口調の方だ。」

 

 ヤザンはスプーンでちょっぴりクリームをすくって、口に運ぶ。

 

「……甘え。」

「そりゃ甘いだろうさ。なあ、ヤザン。クリス中尉と、上手くやれんか?」

「ああ、ちょっとな。女が戦場に出て来るのも正直腹立たしいが……。現実問題として、部隊員に大勢いるからな。仕方ねえ。パイロットの後輩として、面倒見てやるのもやぶさかじゃあ無え。

 だがなあ……。上から目線で、理屈にあわねえ命令をされるのは、納得いかん。」

 

 頭を掻いて、俺は息を吐く。

 

「理屈にあってないって事は無いんだがな。方法論の問題なんだよ。第4小隊は、今まであのやり方で生き残ってきたからな。入って来た小隊員が、隊のやり方に合わせるのが普通だと思ってる。あと、今まで上手く行ってた方法を無理に変えて、隊に犠牲が出るの怖がってる面もあるな。」

「個々人の個性ってもんがあるだろが。まあ、わかるぜ?奴のやりかたは、周囲に対し隙を作らんで、どんな状況下にも対応できるって点で優れてる。面白くねえし、楽しくねえがな。

 けどな、それは俺のやり方とは違う。俺の特性を殺してまで、選ぶもんじゃねえと、思うぜ。俺の個性を活かして、それをあいつらが支援した方が、多少とんがりはするが、隊の戦闘力は各段に上がる。」

「それで話は最初に戻っちまうんだよな。そのやり方は、お前さんとクリス中尉、ウェンディ伍長の間に、きっちり最低限でいいから信頼関係ができてる事が条件だ。まあ、ウェンディ伍長はなんとか……。だがクリス中尉との間がな。」

 

 俺もチョコレートパフェのソフトクリームをスプーンですくって食べる。美味い、甘い。

 

「ぐうの音も出ねえなあ……。」

「男同士、女同士だったら、こう言う時真正面からガンガンぶつけるんだがな。それでだめだったら、諦めるんだが。だがウチの隊で、お前さんを諦める事も、クリス中尉を諦める事も、したくはないんだが。どちらも惜しい人材なんだよ。」

「あれがかぁ?」

「まだ成長途中、発展途上だ。パイロットとしても、指揮官としても、人間としてもな。上手く成長してくれれば、かなりのもんになる。いや、今も片鱗は現れているんだぜ?」

 

 俺たちは、男2人、横に並んでチョコレートパフェをつつき続ける。

 

「美味いな、これ。俺も甘味が、好きになりそうだぜ。」

「お、そりゃ嬉しいな。」

「ま、酒の方がありがたいがな。はっはっは。」

「んじゃ、今度サバランでも食うか?って、ここのPXには入って無かったか……。」

「なんだ、そりゃ?」

「酒をた~っぷり使った菓子だ。かなりキツい。だが美味いぞ?」

 

 その後、馬鹿話を続けながら、俺たちはチョコレートパフェを食い続けた。ちなみに俺はお替りした。

 

 

 

 レイラが帰って来た。執務室で待っていた俺は、彼女の報告を受ける。彼女は流石に疲労の色が濃かったので、可能であればお茶と菓子で迎えたかったのだが、彼女はクリス中尉とお茶してきたばかりである。残念ながら、断念した。

 

「おかえり。」

「ただいま……。疲れたわ……。」

「クリス中尉か?」

 

 レイラは頷く。

 

「中尉は、最初から薄々気付いてたのよ。このタイミングで急にお茶会っていうのは怪しかったわね。だから堂々と「少佐がゲーブル少尉をPXに誘って話を聞いてるから、鉢合わせしない様にって頼まれたんで、お部屋でお茶会しましょ?」って言ったら、苦笑して同意してくれたわ。」

「む、やはり鋭いな。」

「ええ。で、最初は理性的だったのだけれど、そのうちゲーブル少尉に対する愚痴が少しずつ……。しまいには……。」

 

 そして肩を落として大きな溜息を吐く。なるほど、疲れただろう。

 

「そうか……。済まなかった。」

「いいのよ。中尉も最後は謝ってくれたし。ふふ。」

「むう……。しかし、どうしたものかな……。ヤザンの方は、歩み寄りを求めるにはちょっと我が強すぎる。だがクリス中尉は、あちらはあちらで責任感が強く、小隊の事を真摯に考えての結果だし。

 どっちも間違ってないだけになあ……。と言うか、どっちが正しくてどっちが間違ってるって問題じゃなし。普通なら上官であるクリス中尉の意見を押し通すんだが、ヤザンは一年戦争を潜り抜けて来たベテランて意地がある。どっちを押し通しても、小隊にしこりが残る。」

「難しいわね……。」

 

 俺とレイラ、2人そろって頭を抱える。

 

「だが……。いざとなったら、ヤザンに頼み込んで泣いてもらうしか無いかな。そうでなければ、軍隊の規律が保てんし。その場合、どこかで埋め合わせを……。」

 

 ため息が出た。ため息の数だけ幸せが逃げると言うが、そんな事いったら高級士官は皆、不幸なんだろうなー。

 

 

 

 俺はブライト艦長と共に、ツァリアーノ大佐とレーザー通信で話していた。無論、次の作戦についてである。

 

「では、核弾頭の移送作戦、開始は予定通りだと?」

『おう。だがどうも情報漏れがまだ、どっかからあるみたいでな。エルランの奴、ルーパート少将の他にも連邦軍のどっかに情報ルートを持ってるみたいだな。物資が流れるほどじゃねえが。

 しかし、それが掴めねえ。憲兵隊本部も、諜報部も、苛立ってやがる。だからと言って、決めた作戦、ことに実動段階まで至った作戦は、そう何度も中止に出来ん。ただでさえ、「『茨の園』攻略作戦」を中止にしたばかりだ。』

「これだから……。」

「たしかに……。」

 

 俺とブライト艦長の渋面での言葉に、ツァリアーノ大佐は笑う。

 

『そう言うな。レビル将軍は、作戦を実行せざるを得ないなら、徹底して万全の用意を整えた上で、諜報部に命じて情報の漏洩ルートを確かめるおつもりらしい。

 地上ではマット大尉の第02独立中隊「デルタ・スコードロン」が、宇宙に上がったらお前らの第01独立中隊「オニマル・クニツナ」隊が直衛に就く。なんだったら必要ならば、もう少し部隊を増やす。』

「増やせるんなら、増やしてほしいです。」

「自分も、そう願いますね。」

 

 ツァリアーノ大佐は、にやりと笑って言う。

 

『んじゃあ、俺のとこの第2大隊から第1中隊と第2中隊を、核といっしょに宇宙に上げる。第3、第4中隊はマット大尉といっしょに地上での護衛だ。これなら文句あるまい?』

「第2、ですか?第1では無いのですね?」

「ああ、ブライト艦長。第1はプロパガンダ用の側面も持っててな?ちょっとこう言う極秘の作戦には使いづらいんだ。」

「な、なるほど。」

 

 それに第1大隊よりかは、第2大隊の方が腕がいいって、以前レビル将軍からちょっと聞いた覚えがあるんだよな。第3は知らんし、第4は今もまだ欠員多数だそうだが。

 でも、相手の第1中隊が上がって来るって事は、指揮官は少佐か、場合によっては中佐。指揮権を譲らにゃならんかもな。

 

『ま、そう言うことだ。と言うわけで、0082の1月3日、05:00に核を改ペガサス級強襲揚陸艦スタリオンとアルビオンに詰め込んで、打ち上げる。豪勢だろう、改ペガサス級を輸送艦がわりだ。

 それともう2隻、改ペガサス級が上がるからな。追加で打ち上げる第2大隊の第1中隊と第2中隊の分だ。ま、新年早々で悪ぃが、休日返上で頑張ってくれや。あとから特別休暇は約束するんでな。』

「「了解!」」

『んじゃあな。』

 

 通信は切れた。俺たちは顔を見合わせる。俺はにやりと笑った。

 

「改ペガサス級が合計5隻に、サラミス改が2隻、ネルソン級が1隻、ちょっとした艦隊じゃないか。」

「うち2隻は核を満載なんだぞ。戦闘に巻き込むわけにはいかん。」

「わかってるさ。」

 

 俺とブライト艦長は、ルナ2の通信室を立ち去った。

 

 

 

 ……あー、またやってるよ。なんかクリス中尉がヤザンに食ってかかってる。そこまで相性が悪いとは思わんのだけど、ちょっとボタンを掛け違えるとなあ……。しかたない、仲裁を……って、ヤザンが嘲笑う表情になって、クリス中尉の胸を、その、わしづかみに。おい、服務規程違反だぞ。

 いや、そうじゃない。ヤバい。クリス中尉の顔が、能面みたいになった。あ、ヤザンの顎を殴り上げて……さすがにヤザンは躱したが、手が胸から離れたな。その隙をついて、クリス中尉は足元にあった金属パイプッ!?まて、それはまずい!

 ……遅かった。ヤザン、金属パイプで殴られたよ。達人の動きだ、流石に宇宙軍士官学校主席卒業だけあるな、くりすちーな・まっけんじー中尉サン。崩れ落ちるヤザン。あ、クリス中尉、我に返った。泡食ってヤザンの様子を確かめてる。

 

「おーい、クリス中尉。」

「しょ、少佐!?も、申し訳ありません……。」

「いや、まだ生きてるから。救護室に運ぶぞ。」

「は、はい!」

 

 とりあえず俺がヤザンを背負って、救護室に運んだ。

 

 

 

 俺はクリス中尉とヤザンを前に立たせて、そのまま頭を抱えている。一言も喋らない俺に、クリス中尉は悄然としていた。一方のヤザンは、傲岸不遜な態度を崩さない。頭に包帯巻いてはいるが。俺は呟く様に言う。

 

「……お前ら減俸30%3ヶ月。」

「なっ!お、俺もか!?」

「そ、それだけでいいんですか!?」

 

 ため息とともに、言葉を吐き出す。

 

「まずはヤザンの方からな。そりゃそうだろ。元はと言えば、お前が中尉の乳をわしづかみにしたのが原因だ。それにセクハラは服務規程違反だ。見ろ、俺の副官を。お前を汚物の様な目で見てる。」

「見てます。」

「ぐ……。」

 

 続けて、俺はクリス中尉に言う。

 

「それだけって言うがな。お前さん今までせっかく人事書類キレイだったのに、きっちり賞罰欄に残るんだぞ?あと、ヤザンに非があったから、情状酌量したんだ。しかしだな……。

 ああ言う事やりたかったら、お前らな。ちゃんと格闘訓練の書類、俺に出してから好きなだけ殴り合え。それなら言い訳立つんだからよ。いざ出撃ってときに、お前らが営倉入りしてたら、こっちもたまったもんじゃないんだ。」

「そいつは申し訳ありませんでした、少佐殿!!うっかりしておりました!!それでは今か……。」

「申し訳ありませんでした、少佐!」

 

 何か言いかけたヤザンの台詞を、クリス中尉が遮る。

 

「おい、俺がしゃべ……。」

「更にお手数かけまして申し訳ないのですが、格闘訓練の申請を行いたいのですが、よろしいでしょうか!」

「「!?」」

 

 ヤザンは一瞬あっけにとられる。俺も同じく。ヤザンが言い出すかと思ってたんだが。と言うか、今言い出しかけてたろ、ヤザン。

 

「……ああ、かまわんぞ。レイラ、書類の準備を頼む。」

「あ……。はい、少佐。」

 

 そして格闘訓練と言う名の殴り合いが、決定した。

 

 

 

 と言うわけで、俺が審判。レイラが副審。場所は訓練場が一杯だったから、との言い訳を使って、小さな倉庫の1室。無重力だから踏ん張りがあんまり効かないんだよな。無重力格闘って、けっこう難しいぞ。

 

「勝敗の如何に関わらず、双方とも遺恨無し。いいな?」

「応。」

「少佐、少しだけ待ってください。」

「ん?いいぞ?」

 

 クリス中尉が、ヤザンを親の仇の様な目で見遣る。その唇が開かれた。どんな台詞が飛び出すか……。

 

「わたしが勝ったら、わたしの指揮に従ってもらうわよ。」

「ほう、なら俺が勝つとは思うが、そしたら俺の好きにやらせてもらうぜ?」

 

 なんだ、結構普通だった。

 

「では、双方ともいいか?……始め!」

 

 最初は地味に始まった。磁力靴で床に縫い留められた足を、ズリズリと動かして相手との間合いを計る。と、ヤザンが動いた。それはそうだろう。リーチはヤザンの方が長い。だがクリス中尉はそれを受け流す!

 

「ほおう!俺の拳を……!?」

「……。」

 

 クリス中尉は無駄口を一切叩かず、相手の上体がかすかに泳いだ隙を見て、全力の拳を放った。ヤザンは頬を軽くかすっただけで、それをぎりぎり躱すが、上体が今度こそ大きく揺らぐ。

 馬鹿な、あれは!?

 

「滝○、国○パンチ!?」

「え、何それ?」

 

 ああ、レイラは知らんか。クリス中尉はパンチを躱されたのではなく、躱させたのだ。そして相手の背後の壁を足場にして、態勢のくずれたヤザンの顔めがけてパンチ……じゃない、キック!?え!?○電キックなんて技、無いよね!?

 あ。ヤザン吹っ飛んだ。いや違うか。吹っ飛ぶ事で、衝撃を殺したのか。やるなあ。ヤザンの身体は、反対側の壁近くまで飛んだ。まあ、衝撃殺したと言っても、ダメージ無いわけじゃないだろ。完全に殺せたわけじゃなし、半分ぐらいの衝撃は受けたと思う。

 

「……!」

「く……!」

 

 あ。ヤザン何かやる気だ。右手でうかつに突っ込んだクリス中尉の腕を跳ね上げて、左拳を彼女の腹に押し当てて……あ、あ、あ。身体を180度ひねって、背後の壁に叩きつけた!?ヤザンの拳と壁のサンドイッチになって、クリス中尉の胴体は大ダメージ!あ、反吐吐いてる。美人さんがやる事じゃないよな。

 って言うか、胴体じゃ無しに頭だったら、これ城○内ゴールデ○・ビクトリ○・フ○ニッシュこと、殺虫パ○チじゃないかよ。まあ、随分ちがうから、いいか……。

 

 

 

 しばらく時間が経って、勝敗は明らかにヤザンの方に傾いていた。そらそうだろう。いくらクリス中尉が士官学校を首席卒業してて、双方技量的には拮抗してても、身体能力ではヤザンが思い切り有利だ。しかも戦闘経験も、ヤザンが圧倒している。それがわからないクリス中尉じゃないはずなんだがなあ。

 2人は、もう派手な大技は使わずに、足を止めて至近距離でひたすら殴り合いをしていた。それしかもう、できる体力が残っていないのだ。ここまでヤザンを削ったクリス中尉を褒めるべきだろうか。

 

「……たいした女だぜ。だがよ、地力が違うんだよ!」

「……!!」

「おうっ!?」

 

 ぎりぎりでクリス中尉が、躱してカウンターを叩き込んだ。だが、威力が……。低い……。

 

「ふう……。ここまでか?」

「……くっ。」

「少佐、もうとめた方が……。」

 

 レイラの声に、だが俺は首を横に振る。完全に決着をつけさせないと、遺恨が残る。クリス中尉が息を整えると、最後の一撃に全てをかけて殴りかかった。

 

「あ、ああああああああああああ!!」

「面白い!!だが……!!……ム!?」

「決まったか?」

「……!!」

 

 どぐしゃっ、と嫌な音が響き、2人は壮絶なクロスカウンターを決めた。そして……。クリス中尉の身体から力が抜けた。無重力なので、床には倒れない。足元だけ磁力靴で固定され、ぐらぐらと身体が揺らめいている。俺たちのニュータイプ能力に頼らずとも、気絶しているのがわかった。

 ヤザンは、ため息を吐くとクリス中尉の後へ歩いて行く。

 

「やれやれ……。最後の一撃、っつーか、最後のあの眼、効いたぜ。

 これ、昔読んだ小説にあったんだよなあ。俺がやる事になるたあな。思ってもみなかったな。」

「……なんとなく、何やるか読めるぞ、ヤザン。」

「そうでしょ?少佐どの?ククク。」

 

 レイラがこっそり念話を送って来る。

 

(……ねえ、ゼロ?彼、何をする気なの?読める雰囲気や感情から言って、悪い事じゃないと思うんだけれど。)

(ああ、悪い事じゃない。予想が当たってればな。)

 

 

 ヤザンが、クリス中尉を座った姿勢にさせる。そして背中に膝をあてて活を入れた。しっぱい。クリス中尉は起きない。決まらない男だ。

 

「俺がやるか?」

「いや、これは俺がやってこそなんでね。」

 

 2度目は成功。クリス中尉は息を吹き返す。

 

「ぐっ……。あ。え?

 ……そ……っか。わたし、負け……。」

「おい中尉。俺を殴れ。」

「え?」

 

 ヤザンの言葉に、クリス中尉は唖然とする。

 

「殴れ。はやくしろ!全力で、だ!!」

「あ、はい!」

 

 クリス中尉はそのまま、立ち上がるその動作に全身のバネを乗せて、全力でヤザンの顎を殴った。ヤザンは吹き飛んで、そのまま慣性で天井に叩きつけられる。無重力だからこういう光景も見られるもんだよな。ヤザンはしばらく空中を漂いつつ、苦痛に呻いていたが、やがて言った。

 

「あんたの勝ちです、中尉どの。今後俺は、あんたを「良い意味で」女とは見ませんよ。あんたは俺に、二度と舐めた口は利かせない、いいですな?痛てて……。あ、本気で身体動かねえんでやんの。くっそ、昔読んだ小説の真似なんてしなきゃ良かった。」

「ふう……。了解よ、ゲーブル少……ヤザン少尉。ああ、それとね。フォーメーションの件だけど。」

「ん?」

 

 クリス中尉はボロボロの顔を歪めて……たぶん笑ったんだと思う。美人さん台無し。

 

「あなたを頂点にしたアロー・フォーメーションで、わたしとウェンディ伍長がそれをフォローするって事でいいわね?」

「な、おい!今更ソレか!そりゃ俺が最初から言ってたフォーメーションじゃ……。」

「口調に気を付けなさい、しょ・う・い?このフォーメーションは確かに効果的だけど、あなたを信頼できないうちは使えないもの。でも、ね?」

「……今なら、信頼できる、と?」

「少しはね。……少佐、申し訳ないのですが。医療室まで運んでくれる人を、呼んでいただけませんか?」

 

 うん、この展開は読めてた。ニュータイプ能力で、心がそう簡単に読めはしないが、感情の動きは比較的楽に読めるからな。俺はレイラに頷くと、ヤザンを空中から降ろして背中に背負う。レイラもまた、クリス中尉を背負った。

 

「しょ、少佐!?いえ、人を呼んでいただければ!少佐たちの手を煩わす事じゃ!」

「黙って運ばれろ、中尉。……ほんとにまあ、殴り合って親睦を深めるとはな。何処の少年漫画だまったく。」

「しかも片方は女性ですからね。ああ、お顔がはれ上がってますよ?中尉。」

「ふふ、ふはははは、はーっはっはっはっは。」

「何がおかしいのよ。ヤザン少尉。」

「おっと、こりゃ失礼、中尉殿。」

 

 何にせよ、作戦前に丸く収まってよかった。……だけどこいつら、作戦までに復帰、できるよな?俺は内心で、冷や汗を流した。




と言うわけで、今回の主題はヤザンVSクリスと言う。一見クリスに勝ち目はない勝負でしたが、やはり負けました。でもクリスの勝ちです。ヤザンはいい男ですから。
さて、いよいよ次は(たぶん)核弾頭の移送作戦です。はたして!

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