カミーユが女だったら鬱でもニヤニヤできる   作:Fabulous

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ジャブローの嵐

 南米 ギアナ高地 ロライマ山 地下 地球連邦軍総司令部ジャブロー

 

 カミーユたちが大気圏を突入する少し前、既にジャブローでは敵機襲来の警報が鳴り響いていた。鬱蒼と生い茂るジャングルの風景に溶け込むように偽装された出入口からは敵を迎え撃つべくMSや航空機が続々と発進されていく。

 

 しかしその規模はかつて一年戦争当時の激戦を耐え抜いたジャブローとは思えぬほど散発的で小規模だった。そもそも出撃している連邦軍パイロットたちは、自分達がどんな敵と戦うのかろくに知らされていなかったのだ。

 

 ジャブロー司令センター

 

 レーダーや監視衛星から送られる敵機の反応が、ジャブロー内部に雪崩れ込む事を如実に表す危機に司令部は対応に追われていた。

 だがティターンズのバスク大佐からエゥーゴ襲撃の情報が入電してきてから間もなく、大気圏を突き破りMSが襲来してくるなど誰が予測出来るだろうか。

 

 宇宙にいるバスク艦隊は地球連邦軍のエリート中のエリートだけを集結させた泣く子も黙る実力部隊だ。部隊の思想や荒さは連邦内部でも悪評は絶えないが潤沢な予算と最新鋭の兵器に最高の人員を持つ彼らの手を逃れて連邦の心臓部に降り立つエゥーゴもまた、生半可な覚悟ではない。

 

 司令部のオペレーター達の額には快適なエアコンが効いた空間にはそぐわないじっとりとした汗が滲んでいた。

 

「監視衛星や迎撃衛星が我が方の艦の攻撃で殆どが撃墜された穴をエゥーゴに突かれたな。エゥーゴの根は深く広いな」

 

 司令の漏らした一言に周囲の兵士たちは固唾を呑んだ。本来はバスク艦隊と共同して宇宙でエゥーゴを叩く筈の連邦軍艦隊までもが裏ではエゥーゴに共鳴していた事実、それは最早一部の反抗勢力ではなく内戦とも言える規模にまでこのティターンズ・エゥーゴの戦いが拡大していると言えた。

 

「司令、エゥーゴの攻撃に対して此方はMSの数が圧倒的に不足しています。これでは基地を守りきれません」

 

 有効な手だても打てぬままに状況が悪化していく光景を眺めることしか出来ぬ司令部で、ただ二人だけはどこか平然としていた。その一人である女性がもう一人の男である司令官にそっと耳打ちをする。

 

「問題ない。バスク大佐からの命令通り当初の作戦を実行するための足止めにさえなればいいのだからな。君は早く脱出しなさいマウアー少尉。作戦は既に起動シーケンスに入った」

 

 マウアーと呼ばれた女性はチラリと周囲を警戒する。この会話は本来、存在してはならない物なのだ。もし誰かに一人にでも知られれば腰のホルスターに装備している物で、処理をしなければならない。それほどまでに重要かつ機密事項だった。

 

「いいえ、システムの起動・停止ができるのは貴方だけです。司令が脱出しなければ私も脱出は……な、なにを!?」

 

 司令官は唐突に自身の拳銃を取り出した。反射的に見構えるマウアーを余所に司令官は達観した表情で銃口をこめかみに押し当てる。そこに恐怖や、後悔の色はない。

 

「これで、戦争が早期終結に向かうことを望む」

 

 言い終えると司令官はマウアーに背を向け躊躇いなく引き金を引いた。乾いた破裂音の後に糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちた司令官に司令部の兵士たちも何が起こったんだとマウアーを見つめるばかりだ。

 

「っ……! 司令官は戦況の不利を悟り自決した! 全員持ち場を離れ速やかにジャブローから撤退せよ! これは司令官の最後の命令です!」

 

 一瞬の間を置いて司令部の兵士たちは我先に出口へ走り出した。皆、戦力の殆どを移設した現在のジャブローでは勝ち目はないと薄々分かっていた。分かってはいたが軍人の責務として任務についていた。しかしその頂点とも言うべき司令官が部下を残し一人自決してしまえば最早任務がどうこう言っている場合ではない。

 

 誰もいなくなり計器類の音がなるばかりの司令部でマウアーは基地全体に退避命令を発令するコンソール画面とひたすら対峙していた。バスクの命令を素直に聞くならここにいる者は全て抹消されなければならない。下手をすれば自分自身も。

 

「私は軍人……正しい選択をしたはずよ」

 

 ニュータイプ研究所出身のマウアーにとって軍人とはなんたるかと問われれば任務に忠実であれとしか教わっていない。だがその根底には平和や、命の大切さを望む慈愛が確かにあった。彼女は一人でも多く助ける為に退避命令を発令し自らも生還するべく駆け出した。

 

 

「ここがジャブローか……本当にすごいジャングルだ」

 

 マウアーの決断より少し遡り、大気圏を突破し地球の大気に包まれたカミーユの眼前には地平線の彼方まで続く程の緑の大地が広がっていた。かつてジオン軍の決死の攻撃を易々とはね除けた理由が、理解できた。

 

 とにかく広い。

 

 42万平方㎞あるとされる総敷地面積には連邦軍の指針を決める参謀本部、40万人を超える人員を許容する居住施設と長期の籠城にも耐えうる莫大な物資保管庫、人の手を借りずオートメーションで絶えず量産されるモビルスーツ生産工場、艦隊クラスが悠々と停泊できる宇宙戦艦ドック、及びそれを複数同時に宇宙へと上げられる簡易マスドライバー施設等々が地上ではなくベネズエラ・ガイアナ・ブラジルに股がるテーブルマウンテンの地下深くに建造されている。

 

 軍事都市とも言えるこの要塞はプレートテクトニクス活動の回転軸に位置しており火山活動や地震の影響をほぼ受けず、標高2,810mの巨山は遥か太古の時代に存在していたゴンドワナ大陸の頃よりある固い岩石で構成されその地下に広がる岩盤も通常兵器はもとより核攻撃すら耐え抜く。

 

 そして地上部分は360°全てを覆う分厚いジャングルが地上の目標を隠している。

 

「このままじゃ狙い撃ちだ! 早く降りないとっ」

 

 早速見えない砲台からの火砲が雨のように下から突き上げてくる。事実、一年戦争のジャブロー攻防戦でも投入された多くのジオンMSはその数に反して地上にたどり着けた者は数える程度で殆どが対空兵器の餌食となったとハイスクールの戦後教育でカミーユは教わっていた。

 

「なんだいなんだい! これが天下のジャブローかよ!?」

 

「やはり情報通り戦力と言えるものはからっきしだな。これなら行けるぞ!」

 

 しかし、カミーユの動揺とは裏腹にジャブローからの迎撃は最盛期と比べ極めて脆弱だった。無論、対空兵器やMSも展開されていたが一年戦争を知るアポリーやロベルトたち旧ジオン派閥にとっては拍子抜けにも程があるお粗末さだった。

 

 焦るカミーユを尻目に戦争を知るロベルトたちは火砲やミサイルを潜り抜け難なく予め予定していた侵攻ルートに繋がる河川スレスレに落着した。

 

「慌てるなよカミーユ! 敵の攻撃は散漫だ。よく見て躱していけ!」

 

「は、はい。分かりましたロベルトさん」

 

「ロベルト、新人教育もいいがこっからが本番だぜ。早いとこ中を制圧してジャミトフを拘束しなきゃならん。カミーユ、お前は無理せずいつでも脱出できるように深入りするな。こっからは別行動だ」

 

 既に侵入口に突入したロベルトたちを追うためスロットルに手をかけたカミーユに話しかける者がいた。

 

「だ、誰です? この声は……レコアさんだ!」

 

 正確にはカミーユではない誰かと話しているレコアの声だった。あり得ない事だとカミーユも分かっているが、彼女はそれが単なる直感や幻聴の類のような不確かな事象ではないと理解していた。

 

 いるのだ。レコアがここ、ジャブローの何処かに。

 

 

「今助けに行きますよ。レコアさん!」

 

 カミーユは脳内に伝わる声を頼りにジャブロー基地内部へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 地上での抵抗の弱さを逆に警戒していたロベルトたちMS部隊はジャブローの内部を慎重に進んでいった。しかし内部での迎撃やブービートラップは殆どなく順調にジャブローの最深部まで進めてしまった。

 むしろ厄介なのは大気圏から追ってきたティターンズの方であり度々基地内に轟音が反響していた。戦闘は今や乱戦になり至る所で爆発と炎が上がる。

 

 基地を進むカミーユと、その後をずっとつけてきたジェリドたちもその例に漏れず戦闘の火ぶたが切られた。

 

「待てカミーユ! カクリコンの仇、取らせて貰うぞ!」

 

「またあなたですか!? ジェリド中尉!」

 

 

 後方から迫るジェリドはマラサイのサーベルを抜き仕掛けた。カミーユも逃げるのを止め初めての重力下での戦闘を感じさせないスラスター捌きで機体を反転させ迎え撃つ形を作る。

 アポリーもロベルトも、クワトロも、頼れる味方は周りにいない。一騎討ちが始まる──そのはずだった。

 

「そんな攻撃っ──え!?」

 

 カミーユなら避けられる攻撃だった。

 だがスラスター出力を上げた瞬間、スラスターノズルがショートし機体は勢いよく背後の岩壁に叩きつけられた。

 

「っ……! さっきの大気圏突入で無理しすぎたせい?」

 

 大気圏突入からジャブロー降下までの目まぐるしい戦闘で気が向いていなかったが改めてコンソールで乗機のリック・ディアスの状態を確認すると至るところで赤信号が出ていた。

 

 関節部は錆び付いたようにぎこちなくセンサー類は軒並みミノフスキー粒子のプールに浸かったようになっていた。中でも深刻なのは今の衝突で融合炉が停止しかかっていることだ。

 無論、核爆発を起こして原子レベルで焼却されるよりはマシだが敵のビームで焼却されようとしているこの状況では同じようなものだ。

 

「運がないなカミーユ。年貢の納め時ってやつよ」

 

「くっ! どうするって言うんだよ! 母さんみたいに殺すのか!」

 

「お前はカクリコンを殺した! 親友だったんだ!」

 

 吐き出すように怒りをぶつけるジェリドは、カミーユと同じように失っていた。カミーユはここで初めて認識した。自分が奪った命がただの敵でなく、誰かの大切な存在なのだ。

 

「──どうしろって言うんだよ! 目の前で親を殺されて! 殺した奴が自分を殺そうと襲いかかってきたら! 貴方はどうするんだよ!」

 

 だが譲れない。ハイそうですかとジェリドに仇を取らせ死んでやる選択肢など端からカミーユには無かった。

 第一に、殺す殺されたを言うならば自分こそ被害者だとカミーユは激情する。母を殺したのは間違いなくティターンズだ。この事実と怒りは誰が何と言おうとも、正当であり許してはいけないことなのだ。

 

「なら投降しろ。今すぐコックピットから出てくれば殺しはしない」

 

「くっ、だったら殺せよ!」 

 

「強がっている場合じゃないぞ! ぐずぐずしてたら本当に撃つぞ!」

 

 切迫した状況の中、基地内に突如アナウンスが響き渡る。

 

 ──ジャブロー基地は放棄されました。ジャブロー基地は放棄されました。各員速やかにジャブロー基地を脱出せよ。各員速やかにジャブロー基地を脱出せよ。

 

 サイレンと警報で尋常ではない雰囲気が漂うなか、本来敵の侵入を阻む隔壁が次々と開放されていく。それはアナウンスの言う通りこの基地の目的が消失したことを意味していた。

 

「バカな! 守備隊は何やってやがるっ ここはジャブローだぞ!」

 

「ジェリド中尉。貴方こそ投降したらどうですか? ボクらの勝ちですよ」

 

「生意気言うな。エゥーゴだって少数だ。奴らが占拠していないドックから脱出すれば済む話だ」

 

 ──聴こえるか!? 此方はエゥーゴのアポリー・ベイ中尉だ。基地は我々エゥーゴが占拠した! だがそれよりも優先すべき重大な情報がある。ティターンズも正規連邦兵も聴いてくれ! このジャブロー基地の地下には核爆弾がセットされている! しかももう間もなく爆発してしまう! 

 全員今すぐ出来るだけ遠くに避難するんだ! いいか、これは罠じゃない! 我々も退避する。とにかく逃げるんだ!! 

 

 尚も勝ち誇るジェリドだが流れてきた放送にその誇らしげな表情が凍りついた。

 

「核だと!? 見え透いたエゥーゴのデマだ!」

 

 しかし、とジェリドは言葉とは裏腹に思案する。

 

 ジャブロー基地のこの有り様はどうだ? 

 

 新たな本拠地への引っ越し作業中だから手薄な警備だと上官から聞かされてはいたがそれにしても抵抗が温すぎる。本来なら何ヵ月も籠城できる自力を持つ要塞がエゥーゴのMS数十機相手にむざむざ突入を許すこと自体、あり得ない。

 まるで敵をわざと深入りさせ一網打尽にするかのような意思が取れる。

 

 核ならそれも可能だ。エゥーゴは全滅する。ジェリドたち連邦兵を道連れに。

 

 一度懸念が湧けばもう止まらない。脱出、の二文字が頭を過る最中、相対するジェリドたちへ叫ぶ女が現れる。

 

「あの! そこのMSたち! 早く脱出しなさい!」

 

 集音マイクが捉えた悲痛な警告はジェリド・カミーユ双方に呼び掛けられたものだった。

 

「貴様は? 脱出とはどういうことだ」

 

「ティターンズのマウアー・ファラオ少尉です。時間がないので詳細は省きますがこの基地は核爆発で跡形もなく吹き飛びます。ですから早く脱出してください」

 

「あんたもあの放送を聞いたのか? あんなのは──」

 

「デタラメではありません! 司令官は自決し司令部はもぬけの殻です。地下の核爆弾も起動して猶予はありません!」

 

 疑惑が確信に変わった瞬間であった。上官であるジャマイカンやバスクは一言もそんな計画を言ってはいなかった。ただエゥーゴを追い叩けとしか命令されてはいない。

 あの二人が、特にティターンズNo.2のバスクが知らない訳がない。嵌められたのだ……敵も、味方も。

 

「クソッ! バスクの野郎……何処までもバカにしやがる! あんたも乗れ! 一緒に逃げるぞ」

 

 コックピットハッチを開放し同乗を促すジェリドに、マウアーは伏し目がちに首を振る。

 

「……私はこの基地の機密が守られることを見届けるのが任務です。一緒には──」

 

「あんたのようなイイ女が爆弾で死ぬなんて黙ってられるか! 乗れ!」

 

「…………!」

 

――よく、そんなことが言えるな。この人……。

 

 マウアーは驚いたようにジェリドの差し出した手を見つめていた。彼女からすればジェリドはきっと窮地に現れた男らしい男に見えただろう。

 カミーユにしてみてもちょっと格好いいと思った。ライフルを向けられたMS内でなければの話だが。

 

「その代わりしっかり脱出させて貰うぞ! 案内しろ!」

 

「……分かりました。第7ドックに輸送機のガルダがあるはずです」

 

「ガルダか。ならなんとか基地内の兵士も乗り込めるな」

 

「カミーユも乗れ! それともここで死ぬか!?」

 

「……分かりましたよ! 乗ればいいんでしょ」

 

 コックピットから何とか抜け出しジェリドのマラサイにマウアーと三人で何とかギリギリ乗り込む。死ぬよりはマシな選択だと考えるが懸念もあった。レコアのことだ。

 

 

 カミーユはレコアの存在を強く感じていた。間違いなく自分がいるエリアからそう遠くない所にレコアが確かに存在していると。だが、今の自分はレコアを探し救助することは出来ない。

 

 万事休す──

 

 

 

 

 

 

 ────大尉、聴こえますか? 

 

 ────その声……カミーユか⁉

 

 

 

 

 

 

 ──ではない。

 

 

 カミーユにはそれが出来る確信があった。クワトロ・バジーナと言う男に何らかの親近感のような繋がりを感じていた。それが今、リンクしたのだ。

 

 ────レコアさんがここに……ジャブローにいるんです。ボクのすぐ近くなんです。座標を言いますから探しだして助けてあげて下さい! 

 

 分かった。だが君はどうするんだ? 核がもうじき爆発するぞ。

 

 ――――ボクは大丈夫ですから。レコアさんをお願いします。

 

 

 むろん大丈夫ではない。だがティターンズの捕虜になったことをクワトロに告げ、見捨てられしまうことがカミーユは怖かった。当然、覚悟も出来ている。それにこの状況で助けに来てくれと言う方も無茶だ。それでもクワトロやこれまで一緒に戦ってきて自身の最後の拠り所であるエゥーゴから失望されたり切り捨てられることが堪らなく恐怖だった。

 

 

 

 

「クソっ! 邪魔だ! 踏み潰されたいのか!?」

 

 

 

 マウアーの案内のもと、輸送機のあるドックに辿り着いたジェリドたちは同じく避難しようとする連邦兵士たちをMSで半ば無理やり押しのける。逃げ惑う連邦兵たちを虫のように蹴散らしていくジェリドにカミーユは堪らず口を開いた。

 

「なんてことするんですか! 仲間なんでしょ⁉」

 

「力の無いものは死あるのみ……」

 

「そんな道理がっ!」

 

「やめて。いくらガルダでも時間が足りな過ぎて全員は乗れないわ。残念だけど……」

 

 なだめるマウアーを振り払い暴れようとしたカミーユはジェリドの表情に気づく。

 

「力の無いものは死あるのみ……力の無いものは死あるのみ……力の無いものは死あるのみ……!」

 

 

 暗示をかけるようにひたすら自分を鼓舞するジェリドの顔は滝のように汗が流れていた。子供でも動かすだけなら簡単なMSの操縦を歯を食いしばり必死の形相で彼は前に進んでいた。

 

 ティターンズも同じ地球連邦軍。平気な訳がない。それでもジェリドは進む、生き残るために。

 

 何とかガルダに搭乗できたカミーユたちはマラサイから降りるが既にキャパシティーを大幅に超えている艦内の為ハッチから先には進めなかった。程なく発進のアナウンスが流れ、ブースターに火が入る。

 

 だがそれはまだ乗員出来ていない兵士たちにとっては死刑宣告も同様だ。彼らの叫び声が嫌でも耳に入ってくる。

 

 諦めきれない兵士が決して開くことのない搭乗口に殺到し次々とタラップから転落していく。

 

 取り残された者たちは絶望で泣き喚く者、無駄と分かっても徒歩で逃げる者、恐怖に堪えられずその場で拳銃自殺する者、阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだった

 

 負の感情に晒されたカミーユはその場で頭を押さえ倒れる。視界の端では自分たちが乗ってきたマラサイの脚部に血がこびり付いているのが見えた。

 

 ――何が酷いだ。さんざん罵っておいて……あの人がいなかったらボクは死んでた。結局、ボクは嫌な役目を押し付けただけだ。嫌だ……なんて女々しい!

 

 強烈な自己嫌悪だった。カミーユが何より嫌っているのは女として見られる事より、女の立場、弱者として強者の男に頼ることが許せなかった。

 

「辛いのは分かるけど今は生き残ったことを喜びましょう。ここは危ないわ。奥に行きましょう」

 

 マウアーの指摘通りゴタゴタの発進でハッチが開いたままの格納庫内は強風が吹き込んでいた。ハッチの先にはまだジャブローが見える。まもなくあれは核で消え去るだろう。どれ程の威力かは分からないが、まだ危険な距離だ。

 

「さぁ俺と来るんだ」

 

 ジェリドは一緒にガルダに乗り込む過程でカミーユを殺す気は当に失せていた。カクリコンに対して薄情過ぎるのではないかと引け目を感じるが、驚くほどすんなり殺意が消えていた。

 

「嫌だ! 離してくださいっ」

 

「何処にも逃げられはしない。おとなしく投降してエゥーゴの情報を洗いざらい言えば命は助かる! なんならティターンズのパイロットとして戦う道もある!」

 

「ボクは⋯⋯ボクはティターンズと一緒になんかなれませんよ!」

 

 捕まれたジェリドの手を払いのけ走り出すカミーユの逃げ道はなかった。格納庫は人で溢れ通路にすら出られない。開口したハッチの向こうは既に地上から遠く離れた空の上。落ちれば命はない。

 

 

 吹き荒ぶ風の中、カミーユは壁づたいに進み緊急脱出用に備えられているパラシュートを掴み身に付けた。

 

「ボクは⋯⋯ボクはあなたの事は嫌いにはなれません。でもティターンズは嫌いです! ボクは行きます。自分で選んだ道ですから」 

 

「ま、待ちなさい貴女! パラシュートで飛び降りてもジャブローの核の威力なら爆発に巻き込まれて死ぬわ!」

 

「マウアー少尉の言う通りだ! 死にたくなければこっちへこい!」

 

 

「助けてくれて……ありがとうございます。ジェリド中尉、マウアー少尉」

 

 ジェリドは考えるよりも早く、ゆっくりと背から倒れるカミーユに追い縋ろうと駆け出していた。背後からマウアーの制止する声も無視して飛び込んだ。

 あと一歩、もう一歩でその体に触れられる瞬間、ドン! と大気が震えた。

 

 それが核爆発の衝撃波だと分かる頃、ジェリドは落下ギリギリの所でマウアーに腕を掴まれた状態で輸送機の外にぶら下がっていた。その右手はただ虚を掴んでいる。

 

 眼下ではパラシュートを開いたカミーユの姿が見える。衝撃波で姿勢を崩しているが何とか降下をしている。

 

「そんな、そんな! どうしてだぁ!」

 

 爆発の衝撃は恐ろしい勢いで迫っている。黒い土煙を巻き上げ周辺の木々を薙ぎ倒しドーム状に広がる死の灰はガルダに乗っているジェリドたちは安泰だが、飛び降りたカミーユは逃げ切れない。

 

「くそぉぉ! カミーユゥゥゥゥ!!!」

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 

 ガルダから飛び降りパラシュートを開いたカミーユからジェリド達はもうすっかり遠ざかり、逆に大気を震わす程の爆音と爆風がドーム上に迫っていた。

 

「本当に、爆発してしまった。あれが核爆発……」

 

 眼前に迫る人類の叡智の炎は、容赦なく空を裂き、大地を砕き地球を破壊していく。これが人の産み出した力なら、同じ人が使ったことがにわかには信じがたく、涙が頬を伝う。

 

「なんて、ことを……!」

 

 だがそれは絶望ではない。純粋な怒りなのだ。いとも簡単に、母なる水の惑星で核を使ったティターンズに対して、少女は命ある生命として怒り、その名を胸に刻む。

 

 必ず、倒さねばならない敵──ティターンズを。

 

 

「絶対に、生きてやる。こんな所で、死んでられるか!」

 

 

 カミーユは大きく息を吸い込む。吐き出す言葉は決まっていた。

 

 

 

 

「ボクはここです! クワトロ大尉!」

 

 呼応するように一機のMSが閃光のように空から現れる。

 

 

 黄金。

 

 

 太陽の光すら霞む目映い黄金の装甲が、パラシュート降下中のカミーユをマニピュレーターがその常識を超越した速度とは相反し優しく包み込む。

 

 そのままMSは一気に高度を上げジェリドのいるガルダを追い抜き彗星の如く消え去った。

 

「黄金のMS!? エゥーゴか! カミーユは、助かったのか?」

 

 格納庫に引き上げられたジェリドはカミーユを受け止めたMSが離脱していった方向の空を呆然と見つめる。ガルダでは対空警戒のアナウンスだけが虚しく鳴り渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……君は少々、無茶が過ぎるな。レコア君達を救助したあと私も一緒に脱出していたら死んでいたぞ」

 

 百式の手の上に乗り続け、漸くジャブロー基地も見えなくなり核爆発の驚異から逃れたカミーユはクワトロのコックピットへ場所を移していた。

 ハッチが開くとクワトロは顔をしかめ怒っているように見える。流石に今回ばかりは修正されることも覚悟していたが彼はただ静かにカミーユの肩に手をポンと置いた。

 

「すみません、でも感じたんです。大尉がいるって。絶対に大尉もボクに気づいているって。どうしてでしょうか?」

 

「そうだなぁ、君とは相性が良いのかもしれん」

 

「……?」

 

 クワトロはクスッと笑いながら疑問の表情を浮かべるカミーユの頭を優しく撫でる。

 

 

「えっ ちょっと──!?」

 

「帰ろう。皆が心配して待っている」

 

 常にミステリアスな上官が初めて見せた自然な笑顔。

 

 カミーユは不覚にも頬がサッと熱を帯び、急いでそれを隠すようにプイっとそっぽを向けた。だけども狭い機内で激しく脈打つ鼓動が聴こえてしまうのではと、両手で胸を押さえつけ小動物のように丸くなってしまう。

 

「どうした。 具合が悪いのか?」

 

「し、知りませんよ! ちゃんと前を向いて操縦してください!」

 

 二人を乗せた百式が黄金の輝きを放ちながら青い空の中を突き進んでいく。

 

 遮る雲もなく、航路は実に順調であった。




ジェリド、早速覚悟がブレる。
カミーユ、受け止めなさい、クワトロ!
ジャブロー、核には勝てなかったよ……

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