カミーユが女だったら鬱でもニヤニヤできる   作:Fabulous

6 / 12
好感度アップイベント


父と子と⋯2

 フランクリンが自分のリック・ディアスを奪い脱走したと聞いたクワトロは深いため息を吐くもそれほど焦りはしなかった。窮地に陥ったフランクリンがアーガマを出て駆け込む先はアレキサンドリアのバスクであることは目に見えていたからだ。加えてアレキサンドリアまでの航路はそれなりに距離があるため十分追い付けると判断しそれなりに余裕を持っていた。

 一年戦争時代に木馬ことホワイトベースを何度も追っていた経験を持つクワトロにとって技術者一人捕まえることはそう難しくないミッションなのだ。

 

「フランクリン・ビダン⋯⋯厄介なお人だよ。捕縛には私が向かう。アポリーとロベルトも────!?」

 

 通常カラーのリック・ディアスへ乗り込もうとハッチへ伸ばした手が止まった。肌が粟立つ感覚にクワトロは即座にカミーユの居場所とその芳しくない状況を察知していた。

 

 クワトロにはニュータイプとしての才覚がある。

 

 それは彼自身も自覚するところだが胸を張れるものではなかった。人類が平和と調和を手に入れ新たなる段階に進むためのドクトリンがニュータイプならば戦争にしかそれを使えない自分は低レベルなニュータイプだと自己評価する。だがカミーユの深く強い激情はそんなクワトロの鬱屈としている脳を強く刺激した。

 尋常ではない精神の動揺は空間を越えてダイレクトにニューロンへと伝わりカミーユの身にとんでもないことが起きたと察知した。彼はトレードマークのサングラスを乱暴に放り投げ予備のリック・ディアスへと向かった。

 

 その気配を辿った先の宙域で佇むどす黒い精神波を放ちながら佇むガンダムMk-IIを発見するのはそれほど時間はかからなかった。

 

「カミーユ、無事か?」

 

 無線で話しかけるも応答は無し。見ればコックピット付近が酷く損傷しておりパイロットの安否が気にかかるがニュータイプの感応波が彼女の生存を示している。

 

「クワトロ大尉、フランクリンの乗ったリック・ディアスが見当たりません。既にティターンズへと向かったのでは?」

「いや、それはない。それよりもカミーユを連れてここを離れるぞ。いつまたティターンズが来るかわからん」

 

 クワトロは敢えて周囲に浮かぶ赤い塗装が塗られた僅かな金属片について指摘はしなかった。後でアーガマにて報告すればいいし、わざわざ本人が聞いているかもしれない状況でその結果を告げる必要は無しと判断したからだ。

 仕方なく随伴のアポリーたちと共にティターンズが嗅ぎ付けるより早くガンダムMk-IIを牽引してアーガマへと帰還した。その間、カミーユは驚くほどに静かであった。

 

 

「おいおい⋯⋯嘘だろぉ~~」

 

 開口一番、アストナージは帰還したガンダムMk-IIを見て準備していた作業機材を取り落とした。出撃前は左腕を取り外していたMk-IIはコックピットが被弾し全身の装甲もビームを掠めた影響でそこかしこで融解が起こりドック内には塗装剤が気化した鼻を刺す独特な臭気が漂う。重力下では果たして直立姿勢を保てるのかも怪しいほどボロボロの状態にこれから夜通し作業に追われることを考えアストナージは大きく肩を落とした。

 

「直せそうか?」

 

 これからの工程に頭を抱える状況でクワトロの無遠慮な質問は酷く技術屋の神経を逆撫でる。

 

「無茶言わないでください大尉! 整備士は錬金術士じゃないんですよ。エマ中尉が持ってきてくれたガンダムMk-IIは二機だけなんです。その一機がこれじゃあね⋯⋯」

「グラナダのアナハイムで解析に最低一機は回さなければならんからな」

「残念ですがこれはもう乗れません。使える部品だけ取り外してアナハイム行きです」

「苦労をかけるな。そうヘンケン艦長に伝えよう。ところで私のリック・ディアスだがな」

 

 リック・ディアスの単語にアストナージはまたもや頭を抱え苛立ち紛れに工具のスパナを振り下ろす。

 

「その先は言わんでください! 映像を見ましたが粉々に吹き飛んでましたから回収も修復も無理です」

「やはりそうか。グラナダに着くまでは別のリック・ディアスを使うしかないな」

「あのリック・ディアスは大尉専用のチューンナップでしたから同じ機体でも違和感は拭えません。それに他の艦からリック・ディアスを搬入しなければならないのでしばらく待ってもらいますよ」

 

 芳しくない状況に二人揃ってため息を吐く大人たちの背後で元から小さな体を更に縮めながら申し訳なさそうに俯く少女がいた。

 

「⋯⋯すみません」

 

 既にガンダムMk-IIから降り力無く二人の話を肩身が狭まる思いで聞いていたカミーユは憔悴しきりながらも謝罪する。

 元はと言えば自身の無断出撃と油断によってエマ中尉が命懸けで奪取してきた大切な兵器を壊してしまった。帰投時にガンダムMk-IIを見上げたアストナージたち整備士の悲痛な悲鳴も彼女を大いに反省させるものだったが、憔悴の理由はそれだけではない。

 

「あぁ⋯⋯いやぁ~~ま、まぁ敵に解析されないから回収する手間が省けたよ! うん! ねぇ大尉!」

「ん? あぁ、そうだな。わたしも赤は少々子供っぽいと思っていたよ」

「⋯⋯すみません」

 

 未だ眉間の瘤が疼くアストナージだったが少女のしおらし気な姿に絆され慌てて取り繕うも更に少女を責める結果となり、どうにか挽回しようとクワトロになんとかしてくださいと合図する。

 本人は知らないが名誉か不名誉か、エゥーゴで女の扱いと言えばクワトロ大尉だと男女ともに認めるところとなっている。だがそんな無敵のプレイボーイも突然の無茶ぶりに気の効いたセリフはとてもではないが吐けない。

 

 フォローになってないよ、と伝えてくる視線を掻い潜り今にも消えてしまいそうな少女に寄り添う。

 

 

「来なさい。少し話をしよう」

 

 力なく項垂れるカミーユをエマやレコアのいる談話室へと連れて行こうとする。同じ女性とならば少しは安心するだろうとの気遣いだったが多感な少女にとってはこれから慰められるのだと露骨に感じ言葉にできない反感を抱く。

 

「慰めは要りませんよ!」

 

 クワトロの手を振り払うと抱えていた黒い感情がすぐ喉元まで押し寄せてきた。言いたくないことだったが止まりはしなかった。

 

「そうやってっ! 上辺だけの慰めなんてまっぴら御免ですよ! 大尉、ボクは、ボクはね! あんな奴でも親だったんですよ! 父親だったんですよ! でも⋯⋯ボクはアイツに撃たれたっ⋯⋯だ、だからっ ボクはアイツをっ⋯⋯アイツを!」

「自分をあまり責めるな。君の状況では致し方なかった」

 

 激しい戦闘の後があるガンダムMk-IIに大破したリック・ディアス、大方の事情はクワトロも想像が付いてはいたがカミーユにとってはそのあまりの残酷な運命の仕打ちに一種の錯乱に陥っていた。

 

「いいえ違います! ボクは父を殺したんです。戦争なんかじゃない。ボクは父が憎かったから引き金を引いたんです。ボクは父を殺してやりたいと思ったんだ!」

 

「カミーユ、それ以上は⋯⋯」

「分かってますよ! ボクも母さんもアイツにとって仕事以下だって! 世間体の為だけの家族だってことも! 母さんも母さんで、ボクの味方のフリをして、アイツと正面から向き合いたくないからボクにすがってたんだ!」

 

 涙と共に溢れる怨嗟の声は口にする度にカミーユを傷つける。その嘆きは誰かに聞いてほしかったのか、それともただ感情を吐露したかったのか訳も分からないまま全てをぶちまけ続ける。

 

 その間、クワトロはただ待った。物を撒き散らし暴れまわる少女を止めることはしなかった。

 ようやくカミーユが泣き止み床に崩れ落ちた所で漸くクワトロはそっと近寄り肩を擦り重い口を開く。

 

「⋯⋯私の父も家庭的な父とは言えなかった」

 

 側で見守っていたアポリーとロベルトが息を飲んだ音が聞こえた。

 

「偉大な人だったが、愛された記憶よりいつも憔悴していた父の顔の方が目に焼き付いている。そんな父が死んでからは母と別れ父の友人に引き取られた後に母は間もなく故郷で独り死んだ」

 

「まるでシャア・アズナブルみたいですね」

「ずいぶんと赤い彗星は有名だな」

「コロニーにだってシャアやアムロ・レイのことを扱ったアングラは沢山ありましたから」

 

「つまりその彼らの言葉なら聞けるわけだ。どうだ?」

 

 何を言っているのだと言いたくなる気持ちを抑えカミーユはそのサングラスの瞳を見る。

 

「ボクは英雄なんかじゃありません。家族を殺されたってシャアのように成れる訳じゃないんです。だってボクの家族はとっくに壊れてました。そしてもう二度と直りません。⋯⋯ボクのせいで」

「自分を過剰に責める必要はない。子が親に親であることを期待して何が悪い。自然な欲求だ」

「同情ですか?」

 

 慰めに心を落ち着かせていることにカミーユは恥ずかしくなる。クワトロの態度はまるで駄々をこねる幼い子供に接するかのように酷く優しかったからだ。

 

「私には妹がいる。唯一の肉親だ」

「妹って──」

 

 死に別れた偉大な父と母、そしてたった一人の妹……それらの要素はカミーユの中でパズルのピースのように一人の英雄を形作る。

 

 ───シャア・アズナブル

 

 一年戦争を経験していない者でもその名と功績は知られている。

 ジオン公国軍のエースパイロットでありキャッチーな赤い彗星と言う異名、人前でも仮面を被り颯爽と真っ赤な軍服とモビルスーツに乗って戦場を駆けるその大胆不敵な男は本来辛酸を舐め続けられたはずのアースノイドたちからもファンが多い。

 カミーユもその例に漏れず父のパソコンからこっそり抜き出した機密データで彼の事をよく知っていた。

 

 シャア・アズナブルがあのジオン・ダイクンの実子、キャスバルであることを。

 

「まさかアルテイシアだなんて言わないですよね?」

 

 探りを入れようとキャスバルの妹の名前、アルテイシアを出すもクワトロの表情に変化はない。

 

「さてな。その人は今、地球にいる。と言っても殆んど絶縁に近いから近況は分からんが」

「会いたくはないんですか?」

「会いたいが必要はない。ちゃんと繋がっていると確信しているからな」

「本当に?」

 

 そこだけカミーユは言葉とは裏腹の感情を察知した。美しい兄妹愛を語っている筈のクワトロは、なぜだかとても悲しげに見える。

 

「本当さ。妹も私も無我夢中で駆け抜けた。そこに迷いはあったが結局は自分で選んだ道ならば、成功も失敗も甘んじて受け入れるのが人の道理だ。現に、君の人生は今や岐路だ。進む道次第で間違いなく人生が変わるだろう」

 

 改めて指摘されカミーユは自分の服装と目の前の軍服を交互に見る。

 クワトロは軍人だ。このアーガマにいる全ての者も軍人なのだ。カミーユ以外は⋯⋯。

 

「大尉、ボクはこれからどうしたら⋯⋯」

 

「それは君が決めることだ。他人に決められた人生を生きることほど不幸なことはない。だがアーガマに残る以上は軍属に入り何らかの仕事はしてもらう。戦争を幇助する仕事をな」

「でも、でもボクは」

 

 戦争の一言にカミーユの手が震える。突然、平和に暮らしていた日常を壊され気づけばモビルスーツに乗り父を殺した。未だに実感が湧かない。たちの悪い冗談なら今すぐに覚めて欲しいと思う一方で、鬱屈していた日常が劇的に変わったことに喜ぶ自分がいることに混乱していた。

 

「私でよければ相談には乗ろう。多くの考えや価値観を知りながら最終的に君が君の意思で決定すればいい」

 

「分かりました。では大尉、大尉の意見をボクに聞かせてください」

 

「カミーユ、君は艦を降りた方がいい」

 

 だがクワトロの無機質な答えはすがる思いで尋ねたカミーユをずーんと深いところに叩き落とした。

 

「そんなっ! どうしてですか! ボクだってモビルスーツは扱えますよっ」

 

 見捨てられたような感覚に陥る。自分を連れ去った男ではあるが、パイロットとして、人間としての頼もしさを抱いていたからだ。

 

「カミーユ、君には二つの選択肢がある。一つはこのままグラナダへと向かいそこでアーガマを降りることだ。避難民として月での生活はエゥーゴが保証する。贅沢ではないがそれほど不自由はないはずだ」

「そんな明日も見えない暮らしに何があるって言うんですか。あなた方が負けたらいつかは月も侵略されるに違いありません」

 

 カミーユの為を思い一先ず現状もっとも安全な選択肢を勧めるクワトロだがそれは反って反感を買う行為だった。少女とて殺し合いをしたい訳ではない。だがこのままこの船を降りれば本当にただの親殺しとして生きてかねばならなくなることに焦っていた。

 

「これは決してお奨めはしない。もう一つはこのアーガマに残り正式なパイロットとしてエゥーゴと共にティターンズと戦う──」

「やります! ぼ、ボクはパイロットの才能がありますよ」

 

よく考えもせず、生半可に考えるな! 

 

 突如として豹変とも言えるほどに声を荒らげたクワトロの叱責にカミーユは面食らった。

 

「パイロットとなれば君は兵士だ。軍人になる。戦争を幇助するどころかその当事者となる。出撃命令が下れば人殺しの兵器に乗って敵を殺してもらう。命令に背けば銃殺だ」

 

「で、できますよ! ティターンズは、あいつらは母さんを殺したんだ!」

「復讐か⋯⋯なら止めておけ。()()()()()()()()。特に、女の君に銃は似合わない」

 

「女は関係ないでしょ!!!」

 

 議論の場に性別を持ち出され思わずカミーユは怒鳴り散らす。あまりの剣幕に近くで携行飲料を飲んでいたアポリーが喉を詰まらせ咳き込む程だった。

 

「二人とも何してるのよ。私を地球に降ろす気が無いのかしら?」

 

 ロベルトがむせるアポリーの背中を擦り誰もが遠目で睨み合う両者を眺めるしかできない中、レコアが険悪な二人の間に割って入った。

 

「レコアさん⋯⋯地球に降りるってどういうことですか?」

「レコア中尉、民間人に作戦機密を漏らすのは……」

「今さら何言ってるんです。ジャブローに降りるのよカミーユ」

 

 ─────ジャブロー基地

 

 地球連邦軍の指令部があると同時に宇宙世紀における地球連邦軍の象徴的意味合いを持つ巨大基地。

 一年戦争ではジャブローへのコロニー落としがジオンの当初の目的であることからその戦略上政治上の重要性は言わずもがな。月面からのマスドライバー攻撃にも耐え戦争中盤ではジオン軍によるジャブロー降下作戦が乏しい戦力であるにもかかわらず敢行され地球におけるオデッサ作戦と並ぶ激戦を経験してなお遂にその地にジオンの旗がたなびくことはなかった。

 

 名実ともに連邦軍最強の要塞だ。

 

「ジャブローに味方がいるんですか?」

 

「違うわ。むしろティターンズの巣窟よ。偵察なの」

「ジャブローをですか?」

 

 決死のジオン軍の突撃を無数の対空砲火と核攻撃すら耐えうる堅牢な岩盤によって凌いだことでジオン敗北の序章が始まったことは戦争教育で誰でも知っている事実だ。

 

「死にに行くようなものです。無茶ですよ」

「確かにジャブローは強い。ジオンも大船団を率いて戦ったが殆んどが地上に降り立つ前に迎撃され敗走した」

「そうでしょ? それにジャブローには何百って迎撃ミサイルや対空砲が備えているんです。蜂の巣にされるのが落ちですよ」

 

 劣勢だったとは言え一国の軍隊をも返り討ちにした堅城にレコア一人を送り込むなどカミーユにしてみれば自殺行為以外のなにものでもない。そんな危険な場所に憧れの女性を行かせるわけにはいかなかった。

 何とかして引き留めようと知るうる限りのジャブローの恐ろしさを伝えるもレコアに迷いはない。

 

「心配しないで。何もジャブローの真上に降りる訳じゃないわ。ずっと離れた場所に着陸するのよ」

「それだって危ないです! だいたいそれで何になりますか。それでティターンズに勝てるんですか? 戦争が終わるんですか?」

 

 カミーユとて少しは情勢も理解している。ティターンズもエゥーゴも連邦軍と言う大きな母体の中の勢力だが両者の戦力差は圧倒的だ。ジオンの残党狩りを名目にグリプスまでその勢力を伸ばしているティターンズはその名の通り強大な巨人なのだ。現状ではとてもエゥーゴに勝ちの目は見えない。

 

「軍人にはやらなきゃいけない使命があるの。とても重要な任務なのよ」

 

「これが君の入りたがっている軍隊と言うものだ、カミーユ。軍人は一個人の生命よりも全体を優先する。ヒューマニズムやフェミニズムを尊重して貰いたければ人を殺そうなどと考えないことだ」

 

「~~~~っもういいです! 勝手にしてください! 大尉はレコアさんがどうでもいいと仰るんですよね!? エゥーゴだろうがティターンズだろうが、やっぱり貴方みたいな大人は⋯⋯大っ嫌いです!!」

 

 カミーユは何も反論できず情けない捨て台詞を吐き捨て立ち去った。正論に対抗するだけの弁舌もなければ、確固とした信念も今の彼女にはありはしなかった。ただ悔しさに滲む瞳を閉じながらいつかあの澄まし顔を殴ってやる、そう心に刻み込んだ。

 

 

「泣いてましたよ? 大尉のことを嫌いになってしまいますね、カミーユ」

「複雑な子だよ」

 

 面と向かって堂々と『嫌い』などど言われる経験はクワトロの人生においてあまり類を見ないものだった。

 彼自身の青春時代に出会った同年代の者たちは不安定な情勢もあってかカミーユくらいの年頃にも関わらずそれぞれの大義や理想を持っていたし、最低限の規律があった。軍学校にいた者たちがまさにそれに当てはまる。

 自身の妹や傍らに置いた少女も淑やかさと慎ましさを持ちあのように大声で喚いたりもしない。

 

 ただ一人だけ思い当たる人物としたならば、常に彼を意識し自らのコンプレックスに押し潰されまいと必死に足掻いていたかつての親友だ。

 カミーユの剥き出しの感情を爆発させる行為は、クワトロにとって何処か見覚えがある反応である。

 

「そうでしょうか。色々とショッキングなことが重なっただけで、多感な思春期の女の子ですよ」

「君にもあんな時期が?」

「あら、興味がおありですか?」

 

「⋯⋯場所を変えよう。ドックでは人が多い」

 

「カミーユの才能は本物よ。意思も強い。きっと強い子になるわ」

 

 さらりとクワトロの側に体を近づけながら共に肩を並べて歩くレコアをぼーっと眺めていたアストナージはトーチの出力を誤った。

 内々で噂されていた二人の関係はやはり事実なのだと勘ぐったアストナージはこの世の不条理さを呪いながら当て付けに部下たちへ激を飛ばす。

 クワトロとレコア、美男美女のツーショットに並みの男が割り込む隙は無くただただ敗北感を抱くしかないのだ。

 

「いつものでいいか?」

「今日はブラックの気分です」

 

 レコアの自室へと促されたクワトロは何気なくコーヒーを淹れ始めた。女性の部屋に招待されたというのにその素振りは堂々としており勝手知ったる我が家のようにコーヒーカップを戸棚から二人分取り出した。

 

「続きだが、カミーユはあまりに直情的だ。あれでは軍隊と言う環境には耐えられない」

 

「だれしも最初は新兵です。成長するわ」

「どうかな。軍隊では精神を病みドロップアウトする者も少なくないがな」

「私たちが支えればいいんです」

 

「我々にそんな余裕があるかね?」

 

 淹れたコーヒーを一気に呷りクワトロは空にしたカップを乱暴にソーサーへ置いた。

 

「落ち着いてください。あなたらしくないわ。それにそれは私のコーヒーカップですよ」

「すまない。ただ、我々は非常に困難な戦いを挑んでいる。窮しているんだ⋯⋯君を単身敵地に、ジャブローへ送り込まなければならないほど」

 

 感情を昂らせる理由が自分にあると知ったレコアにとって、普段からクールに事を運ぶ男の醜態はむしろ嬉しいものであった。

 

「もぅ、貴方まで。私が自分で志願したのよ。それにこれは予感だけど、彼女はきっと私たちの役に立つわ」

「根拠は?」

 

「女の勘よ」

 

 女特有の感受性の強さを表す言葉に反論しようとしたクワトロの口をレコアはするりと塞いだ。

 珈琲の香りが鼻腔を擽る感覚をぼんやりと考えていたクワトロはそのままソファーに押し倒されたが、どちらともなく二人は静かに互いの背に腕を這わせるとやがて一つの影となった。

 

 

 

 

 

 

 

「カミーユ・ビダン⋯⋯か」

 

 薄暗い部屋のベットで寝息を立てている女性の傍らでじっと天井を眺めながら頭の片隅から離れない少女とのやり取りを想起しているクワトロがいた。

 

 脱走した父親を失い恥も外聞もなく泣きわめく少女を彼は何らかの行動を促す周囲の視線に刺されながらもその間ただひたすら沈黙を守るつもりだったがあまりに哀れでつい要らぬ口を挟んでしまった。

 

 ───私の父も家庭的な父とは言えなかった

 

 思い付きだったが言葉にして初めて父に対して自分が意外にも感傷を持っていた事実に自嘲する。クワトロは自分で言っておきながらそれ以上父について述べることを控えた。

 ただ、これまで生活していた環境も、父も、母も、同時に全て失いながら尚も悲嘆に暮れ絶望の淵にいる少女が、かつての自分とどこか似ているデジャブを感じていた。

 

 

 彼にとって父は最後まで遠い父だった。大きな理想に燃えその為に身を粉にしながら家族を大事にしていたことは理解している。だがその家族の中に果たして息子である自分自身が含まれているのかは甚だ疑問を持っていた。妻として、娘として愛された母と妹と比べ幼き彼は父との距離を掴み損ね、時に反発めいた真似もした。

 

 だからだろうか。一人の娘として家族を否定する声は、どこか家族愛に餓えているかのように見えた。

 

 当然クワトロは自分の過去を打ち明けるつもりはない。元々決別の為に今の名を名乗っているのだ。ここではあくまでシャアもアムロも他人事でしかないが多少のむず痒さを感じた。

 

 或いは、捨て去った自身の過去に未練を持っているからかもしれない。それはこの7年間度々男を苛めたくだらない、つまらない悪癖だ。

 

 ───君が心配だ

 

 だからつい、彼は温い言葉をかけてしまう。大した展望も無いくせに。それがクワトロ、もしくはシャアと言うナイーブな男の無為無策の始まりだった。

 

 妹と繋がっている。聞こえのいい言葉だ。

 

 慈しみは同時に哀れみでもある。無邪気に笑い合い抱き合うには二人の兄妹は余りにも多くの哀しみと罪を積み重ねすぎていた。

 

 戦争から7年、失敗と敗北を重ねてきた己の人生を未だに心の奥では納得しきれてはいない。向き合いたくないのだ。

 

 カミーユを慰める言葉に、いつしか彼は自分で言っておきながら心底自身を軽蔑していた。

 

 不安に怯えながらも気丈に振る舞うカミーユに優しく甘い言葉を吐き続ける度にかつての恋人がフラッシュバックのように脳裏を過る。

 

 自分は同じことをしているのではないか? 

 

 優しさと言う毒で一人の儚い少女を宇宙の亡霊に仕立て上げたあの不遜でナルシストな青年と何も変わらない。

 

 怒っていた。自分に。

 

 涙を拭い前へ進もうとする少女に現実を見せることは辛い。だがそうでもしなければ自分を守れない。これ以上深くカミーユに関われば冷静さを保つ自信が彼にはない。

 

 ───カミーユ、君は艦を降りた方がいい

 

 自分は、子供ではない。大人なのだ。責任を取れることだけを選ぶべきなのだ。

 

 そう彼の心が訴えている。

 

 だからはね除けた。重要な存在ならば、巻き込むまいと。

 

 二度と──亡霊を宇宙に漂わせてはいけない。

 

 それが彼の結論だ。

 

 いつもの自分ではないと自覚しながらも少女のまっすぐ過ぎる姿はクワトロの目にとても危うく蠱惑的に映った。

 

 不安なのだ。

 捨て去った、過ぎ去ったと思っていた筈の過去と幻想が、カミーユの瞳を見続けていると何故だか無性に掻き立てられる。

 

 故にらしくないと思いつつも語気を強め冷たく接し怯えさせるような振る舞いをしてしまった。大人としてもう少し上手くも振舞えた。だが小柄な少女の瞳の奥に別の少女を映していた自分に嫌気が差した。我ながら女々しい男だと自嘲した。

 

 

「私は卑怯な真似をしているよ⋯⋯ララァ」

 

 

 絞り出した言葉に、答える者はいなかった。




Mk-Ⅱ君の出番はこれで終わり。  
好感度? ララァの好感度が下がりました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。