カミーユが女だったら鬱でもニヤニヤできる   作:Fabulous

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愉悦の輪が広がり嬉しいです。


地球圏へ

「みんな、ボクを虐めてっ ボクが何したって言うんだよ⋯⋯っ」

 

 薄暗い部屋の中でカミーユは独り悪態をつきながらパソコンとにらめっこをしていた。

 

「大尉も大尉だ。レコアさんをみすみす殺すような無茶な作戦を平然と⋯⋯どうかしてるっ。ボクがパイロットに成るって立候補したのにあーだこーだ言って挙げ句船を降りろだって? 冗談じゃない!」

 

 語気が強まると共にキーボードを打ち込む強さと速さも次第に高まってくる。正確無比に入力されるデータは画面に浮かぶ一機のモビルスーツを形作っていく。

 

「だいたいなんだよあの制服。わざわざ真っ赤な改造品なんか着ちゃって⋯⋯あれで格好いいと思ってるのかよ。袖も千切っちゃって⋯⋯バカみたい」

 

 クワトロの元から飛び出したあとカミーユは与えられた自室にずっと引き籠っていた。

 しかし怒りの炎に油を注ぎながら製作した設計図には何故か随所にクワトロのリック・ディアスの造形が組み込まれている。

 

「パイロットは無理? 心配? どうせ専用機がなくなってイラついているんだ。それに女のボクが活躍することが気に食わないんだ」

 

「その辺にしたら?」

 

 背中から掛けられた言葉に凝り固まった首をギリギリと回転させるとレコア・ロンド中尉が食事トレーを持ち立っていた。久しぶりの他者との出会いにカミーユの喉は低く唸りをあげる。

 

「ご飯よ。いいかげん食堂で食べなさい。籠りっきりで何をしているの?」

「モビルスーツの設計図を描いているんです。大尉のリック・ディアスはその、ボクが壊しちゃいましたから。せめて役に⋯⋯」

 

 自分の肩に手を置き画面を見るレコアの温もりをカミーユは密かに楽しんでいた。彼女の母とは似ても似つかないが女性共通の母性に、怒りの炎も静められすっかりしおらしくなる。

 

「私は専門ではないけれど本格的ね。アストナージに見せたら驚くんじゃない。ニュータイプは設計も出来るのか!? ってね」

「ニュータイプとか関係ありませんよ。戦争なんて、誰だって⋯⋯簡単に死ぬんです」

 

 カミーユがニュータイプであるとの認識は既にアーガマの船員たちの間では常識だった。元々一年戦争を経験していた兵士たちは超常の存在としか思えない敵・味方と遭遇しておりニュータイプを受け入れる土壌はあった。加えて、エゥーゴの代表的エースであるクワトロ・バジーナもまたニュータイプだと噂されているためカミーユもその同類だと見られていた。

 

「どうかしら。涙はもう止まった?」

「な、泣いてなんかいませんよ!」

 

 彼女は人前で泣くことが恥だと思っていた。なぜならそれは心の弱さの証明であり自らが弱者であると証明していることにほかならないからだ。

 

「⋯⋯泣いて同情を買う女は嫌いです」

「なら今はせめて気丈に振る舞いなさい。部屋に引きこもる女なんて誰も見向きもしないわよ」

「ボクはただ⋯⋯もういいです。お騒がせしました!」

 

 カミーユはパソコンに刺さっている記録媒体を乱暴に抜き床に叩きつけそのまま部屋を出た。2日ぶりの外出である。

 

「もうっ 乱暴ね。備品はもっと大事にしないと⋯⋯」

 

 古来より船乗りたちは船と言う外界から隔絶された空間で生きるために限りある資源を分配して長い航海に備える。このアーガマとてそれは変わらない。敵の勢力圏ならば尚更のことだ。

 それを考慮しない乱暴なモビルスーツや備品の扱い、集団生活を無視したカミーユの振る舞いにはクワトロに対して擁護したレコアも眉をひそめざるを得ない。

 

「これはカミーユが設計したデータね。何て読むのかしら⋯⋯ぜっと⋯⋯ゼータ?」

 

 そんな中、レコアは宙を舞うディスクの表面に『Ζ.GUNDAM』と記載されているのを見つけた。彼女は悪いとは思いつつもディスクを懐に入れ、このところ格納庫が家になっている整備士にお土産を渡すため部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 ティターンズ 巡洋艦アレキサンドリア 艦内

 

 

 アーガマの面々が着々とレコアの地球降下作戦の準備を進めている中で、バスク率いるティターンズたちもその足取りを必死に追っていた。

 そしてようやく補給を完了しアーガマを捕捉できた彼らは増援のボスニア部隊と合同でアレキサンドリアの作戦ルームに集まり参謀のジャマイカンによるミーティングを受けている。

 

「おっと、もう始まってましたか」

 

 遅れぎみに作戦室へ入ったジェリドは居並ぶ面々がほぼ全員ボスニアの船員であることに気づいた。地球連邦軍の正規服もそうだがジェリドの制服へ向けられる嘲りのような感情が部屋を支配していたからだ。

 

「遅いぞ、ジェリド中尉。先程も言った通りライラ大尉たちは彼の指揮で作戦行動するようにな」

 

 油を注ぐようにジェリドを指名してそそくさと作戦室を後にしたジャマイカンの背が消えた頃を見計らって早速周りの連邦兵たちに不穏な空気が漂い始める。

 

「これはこれは⋯⋯出戻りのジェリド中尉に指揮されるとは光栄だね」

「俺を知ってるとはありがたいね。だが、出戻り?」

「おや、出戻りのジェリド中尉と言えば有名だが本人はご存じないか」

 

 中でも並みいる屈強な兵士よりも先に一人の女性が居心地の悪い思いをしていたジェリドの後ろからちょっかいをかける。

 

「聞いてくれよ。中尉は何度も出撃したってのに一度も敵を倒せず自分は無事に帰還してきたエリート様なんだとよ」

 

 ティターンズの階級は正規兵に比べて一階級上として遇されるのが通例とされていることからジェリド中尉に対するライラ大尉の行為は侮辱に当たる。しかし周りの正規兵たちは彼女を咎めるどころか一緒になって冷やかしの嗤いをかけている。ここにジェリドの味方はいなかった。

 

「あんたがライラ大尉か?」

「ああそうさ、出戻りさん。言っとくがあたしらはお前の指示なんか受けないよ。宇宙には宇宙の戦い方がある。地球育ちのエリートにあれこれ言われて死ぬのはごめんだよ」

 

「待ってくれ!」

 

 資料を叩きつけて通路に出ていくライラをジェリドが呼び止める。

 

「おやおや、優秀な指揮官様は部下を修正するのがお早いようで。けどお坊っちゃんに戦いが分かるかな?」

 

 拳を握る両者だったが戦闘準備をするライラに対してジェリドは怒りを抑えるように必死に堪えているようだった。

 

「ライラ・ミラ・ライラ⋯⋯俺もあんたのことは少し知ってる。腕のいいパイロットだそうだな。戦争を心得ていると」

 

 その一言に飄々としていたライラの表情が鋭くなる。ライラはジェリドの胸ぐらを掴み廊下の壁に当たるまで詰め寄る。

 

「いいかい、何処の誰に聞いたか知らないが私は戦争狂じゃない。平和に暮らすには敵を倒す事が一番だと思っているから誰よりも行動してるだけだ!」

「あんたを怒らせたいわけじゃない。ただ、エゥーゴの船には民間人がいる。簡単には撃沈できない」

「聞いてるよ。おかげでボスニアがあんたらより先にエゥーゴを捕捉したのに手が出せなかった。ビダン大尉の関係者だそうだがバスクやジャマイカンのことだ、攻撃命令が出たってことはそいつの命は保障されないな」

 

「まさか! 彼女はまだ小さい子供だぞ」

 

「へぇ女なのかい。その口ぶり、何かあるね。唾でもつけたかい?」

「馬鹿を言わないでくれ。俺はただ、あの子を助けたいだけだ。だから頼む。俺に宇宙での戦い方を教えてくれ」

 

 ジェリドは頭を下げた。明らかに自分を馬鹿にしている相手に下手に出るなど彼のプライドが許さないが、その屈辱を被ってでも彼は人質の少女を助けたかった。そしてその為には宇宙戦の経験が圧倒的に不足していると評価せざるを得なかった。

 

「⋯⋯あんたみたいな男が頭を下げるなんてね。よっぽど白馬の王子さまになりたいようだ」

「なんとでも言ってくれ。俺は勝ちたい。勝てる兵士になりたいんだ⋯⋯!」

 

(この坊や、本気か?)

 

 ライラにしてみれば当初に予想していた気に食わない頭でっかちの歓迎会とは大きく違っていた。だがそれと同時に良い意味での裏切りであったと頭を下げるジェリドの見えぬ位置で笑った。

 

「あーわかったよ」

「本当か!?」

「子どもみたいに近寄るんじゃないよ! 言っとくけど私はあんたの母親じゃないんだ。手取り足取り教えるつもりはないよ。背中を見て覚えな。後ろにいる間は守ってやる」

 

「恩に着るぜ! じゃ、出撃の時に!」

 

 それまでの沈鬱な顔からパァーと少年のように明るい笑顔を見せたジェリドは元気に格納庫へと跳ねるように向かった。

 

「まったく、大人なんだかガキなんだか。馬鹿なエリート様かと思ってたが、少しは見込みがあるか?」

 

 

 

 

 

 

 強襲巡洋艦アーガマ艦内

 

「本当に出撃するんですか?」

 

 クワトロ率いる攻撃部隊がレーザー衛星施設の破壊に出向きアーガマが地球降下用ポッド『ホウセンカ』の降下地点に接近した頃、カミーユはレコアに出撃を思い止まって貰おうと最後の説得に来ていた。

 

「カミーユ、心配してくれるのは嬉しいけどハッチが開くわ。退避しなさい」

「でも⋯⋯ボクはっ──」

 

『ホウセンカ出撃スタンバイ! エアロック開きます! クルーは至急退避を!』

 

 だが考え抜いた説得を言う前に無情にもアナウンスなと警報サイレンがカミーユの声をかき消す。レコアはホウセンカに搭乗すると通信インカムを使えとジェスチャーする。

 

「聞こえる? みんなが自分のできることを必死にやっているのよ。私だけ安全圏にいるのは許されないし許せないわ。あなたはどうかしらね」

 

 閉じる隔壁を永遠の別れのように感じたカミーユにかけられた言葉は、彼女の心を泡立てた。

 レコアの言うとおり、カミーユは今のところエゥーゴに迷惑しかかけていないと自覚していた。無断出撃に始まり敵の母船に囚われ亡命した父親はクワトロの専用機を盗み裏切り自分はそれごと父親を殺した。加えて現在は船員としての義務も役目も果たさずただ部屋に引きこもっているだけ⋯⋯客観的に見てどうしようもない女だ。

 

『敵機確認! クルーは第一級戦闘配備を!」

 

「敵!? うわっ!」

 

 暗い思考に意識が沈みかけた瞬間、襲撃を知らせる艦内放送が鳴り響きアーガマは大きく回避行動をとりGの余波が伝わる。程なくしてアーガマに搭載されているメガ粒子砲や対空レーザー砲の迎撃が始まり戦闘の音が艦内に反響する。

 

「ほ、ホントに撃ってる⋯⋯」

 

 戦闘が始まってもカミーユは当てもなくアーガマの通路をさ迷いつづけることしかできなかった。そしてそれに構う大人も誰もいはしなかった。

 

「あら? 貴女は、カミーユじゃない」

 

 そんなカミーユがふらりと立ち寄った場所はエゥーゴに降り現在は保護観察としてアーガマの一室にて待機命令が出されているエマ中尉の部屋だった。

 

「今は戦闘中でしょ? 私になんの用かしら」

「用って程じゃ⋯⋯ただ、ボクを助けてくれたお礼を言いたくて」

 

 エマは呆れたようにため息を吐く。

 軍人とは何であるかを厳しく叩き込まれ自身も強い責任感と克己心によって律している彼女からすればカミーユの行動は失った両親の温もりを他人に見いだそうとしている甘えに他ならなかった。

 

「お邪魔なら帰りますよ」

 

「あなたは幸せよ」

「なんですって?」

「おめでたいと言うべきかしら? 生きるか死ぬかの戦闘中に貴女は何をしているのよ」

「よくそんなことが言えますね! 目の前で両親が死んだって言うのに!」

 

「少なくとも私は自分の乗っている船が撃沈の危機でもこの部屋で黙って震えていることしか今はできないわ」

「ぼ、ボクだってなんにも⋯⋯」

 

 カミーユはこの時、エマの悔しさに滲む心を見た。

 MS乗りとして高い適性を持ちながらその能力を使えない無念さと怒りが渦巻いていた。

 

 ──MSに乗れるのにどうして戦わないの? 

 ──自分が辛いからって責任を放り出すの? 

 ──私は今の貴女に命なんか預けたくないわ! 

 

 そしてそんな力を持ちながらそれをもて余すカミーユに対する非難も現実の言葉以上にしっかりと伝わっていた。

 

「ボクはただの、小娘ですよ」

「そうかしら? 私には貴女が無力の少女だとはとても思えないわね」

 

「エマさんはボクに外へ出ていって戦争をしろって言いたいんですか⋯⋯人殺しをしろってことですか?」

 

「レコアさんもクワトロ大尉も、自分が死ぬ覚悟を持っているわ。悲観的なんじゃない、全力を尽くしているからその結果の死も受け入れているのよ。貴女は今、死んでもいいの? カミーユ」

 

 結局、エマに門前払いされまたも行く場所を失ったカミーユはぐるぐると思考のスパイラルに囚われていた。

 母を殺したティターンズは憎い。だが父を撃ったあの感覚は二度とごめんだと言えるくらいに最低の経験だった。

 

「どうしたらいいんだよ⋯⋯ボクは」

 

 答えなどはなから期待してない。本当は自分で決断しなければならないと分かっていても、その踏ん切りがつかずにいた。

 

「あっ⋯⋯エゥーゴの船が!」

 

 大きな揺れと共に側面の窓が振動する。その先には至る所で火や煙を吐きながらも奮戦していたエゥーゴ所属の艦船『モンブラン』だった。

 その痛ましい様子に同じく近くで見ていたクルーたちも悲嘆に暮れる。

 

「このままじゃモンブランが墜ちるぞ! 退艦しないのか?」

「あの艦長は責任感が強いからな。最後まで残って戦うつもりだよ」

「クワトロ大尉はなにやってるんだよ!」

「しかたないよ。レーザー衛星を壊さなきゃならないし専用機のディアスはなくなっちまって不利なんだ⋯⋯あっ! カミーユ!?」

 

 その原因の大部分を担ってしまったカミーユがまさか隣にいるとは思わなかったクルーは慌てて持ち場に逃げていった。

 しかしカミーユの脳裏には半ば封印していた死の恐怖が目の前の戦争によって呼び起こされていた。

 

「爆発⋯⋯被弾したのか? 死ぬの? ボクは、死ぬ? レコアさんも、エマさんも、大尉も死んでしまうの?」

 

 カミーユはこの時ある種の悟りを得たと思った。

 復讐だとか、正義だとか、そんなものは関係ない。

 

 ──死にたくない

 

 その一心のみが、彼女の背を押した。

 

 

「アストナージさん! このリック・ディアス借りますよ!」

「えっ カミーユ!? ちょ、ちょ、ちょっとま────」

 

 多くのクルーで犇めくハッチで手付かずのリック・ディアスのコックピットに飛び乗ったカミーユは制止するクルーたちを振り切り強引に出撃した、

 

「手足で動かせるならMk-IIと変わらないはずだ。大丈夫、大丈夫、大丈夫!」

 

 初めてリック・ディアスの操縦をするカミーユだが自然と操縦桿は手に馴染む。華の十代を伊達に機械いじりで費やしてきたわけではない。

 

「クワトロ大尉たちはレーザー衛星を破壊しないといけないからボクらだけでここを守らなきゃ」

 

 遠方のアレキサンドリアから放たれる砲火に怯みながら最もアーガマに接近していた一機のハイザックに向けてビームピストルを構える。

 

「そこのモビルスーツ! アーガマから離れないと撃つぞ!」

 

 突然、敵から無線での警告を受け取ったハイザックは驚いたように振り向き一瞬たじろいだように動きを止めるも直ぐ様カミーユに発砲をする。

 

「どうして撃ってくるんだよっ このぅ──!」

 

 負けじとカミーユが放ったビームはハイザックの頭部に命中しその視界を奪った。図らずも敵の無力化ができ喜んだのも束の間、アーガマからの対空レーザーが無防備な背中を射ぬき呆気なく爆炎に包まれる。

 

「あぁ、殺してしまった⋯⋯また」

 

 一瞬でも不殺が成り立つのではと言う希望は其処にはなかった。

 

 いや、むしろカミーユのいる場所には絶望しかない。

 

 そこらかしこで散っていく命はレーダーではただの光点でしかなく、肉眼ですら流れ星のように儚く燃え尽きている。だがカミーユの脳内にはその命がまさに今、終わっていく過程を残酷なまでに投影されていく。

 

 直ぐにでも胃の中のものを吐き出したかったが、自分と仲間の命を守る使命を思いだしカミーユは前を見た。

 

 そしてそこには二機のMSが彼女目掛けて迫っていた。

 

 

「ジェリド! 二人で仕留めるよ。合わせな!」

「分かった!」

 

 ライラの駆るガルバルディβに置いてかれまいと必死で追随するジェリドは彼女に対してある種の信頼を感じていた。出会ったばかりではあるがライラは出撃前の言葉通りまだ宇宙に慣れていないジェリドを気遣い手の回らない部分をしっかりとケアしていた。おかげでジェリドもライラもまだ一度も被弾せず無傷でアーガマ一歩手前まで接近できていた。

 

「前方にMS一機確認。動きはトロそうだが油断するなよ」

「任せてくれ。俺が仕留める!」

 

 だがそういつまでも頼ってばかりではティターンズのプライドが許さない。ジェリドは手柄を立てようとアーガマを守るように立つリック・ディアスに狙いをつけた。

 

「なんだ⋯⋯さっきの敵とは違う? エースかっ」

「ガラ空きだぜ! 貰ったァ!」

 

 射程距離から撃たれるマシンガンは確実にリック・ディアスに当たるコースで突き進む。ビーム程ではないが回避することは容易ではない。

 

「うわぁ!」

 

 だが避けた。

 悲鳴を上げながらもカミーユは初めから知っていたかのように最適な回避運動を取り全ての弾道を躱し反撃のビームピストルを撃った。

 

「ぐわっ!? ライラ────」

「情けない声出すんじゃないよ! 落ち着いて避けな!」

 

「ボクは! 殺したくなんかないのに! お前達が向かって来るからぁぁ!!」

 

 サーベルを抜き放ちハイザックに斬りかかるリック・ディアスからは並々ならぬ気迫があった。ライラとジェリドはそれこそ殺気が視覚になって見えるような感覚に囚われる程であった。

 

「子供の声!? それも女じゃないか。エゥーゴは少年兵までいるのかい!」

「カミーユ⋯⋯? カミーユなのか! 俺だ、ジェリドだ!」

 

「ジェリド中尉? そんな、どうして⋯⋯」

 

「なぜそんな物に乗ってる。君はエゥーゴじゃないだろ!」

 

 ハイザックはサーベルを受け流し動揺するリック・ディアスに組み付く。アレキサンドリアで見逃したあの少女にこんな形で再会するとは夢にも思わなかったジェリドは任務を忘れた。

 

「アーガマには、大切な人たちがいるんです」

「奴等は反乱分子だ。君が守る価値なんてないさ!」

「勝手に決めないでください!」

 

「ジェリド!! 無駄話をするな! 今度こそ獲ったよ!」

 

 ハイザックに取り付かれ身動きのできない所を好機と捉えたライラはリック・ディアスのパイロットからは絶対に見えない死角からライフルを撃った。

 

(経験の浅い少年兵ならば全天型モニターとは言えこれは躱せないはずだ。かわいそうだがこれが戦争だよ!)

 

 予想通りカミーユはジェリドに気を取られロックオンの警告音にすら気づいていなかった。背後から迫る死の閃光はリック・ディアスを撃ち抜きカミーユもまた焼かれる運命になるとライラは疑わなかった。

 

「──後ろ!」

 

 しかしリック・ディアスは突然バーニアを吹かしハイザックを盾にするようにくるりと反転した。案の定ライラの放ったビームはハイザックの肩に当たり拘束が解かれる。

 その瞬間に展開した頭部バルカンがフレンドリーファイアの失態に戸惑うガルバルディのメインカメラを撃ち砕いた。

 

「そ、そんな!? あのパイロットは背中に目があるっていうのかい!」

 

 一年戦争でソロモンやア・バオア・クーを経験してきた歴戦の兵士であるライラも目の前のMSが取った行動には唖然とする他なかった。

 絶対に躱せないはずの攻撃を躱したばかりか完璧なまでのカウンターを二対一の状況でやってのけられてしまったライラの驚愕は計り知れない。これが敵でなく味方なら抱き付いてキスでもなんでもしてやりたい気分であったが敵では殺すか殺されるかしかない。そして今、決定的な両者の格付けが済んでしまった。

 

 そこからライラの決断は早かった。

 

「ジェリド、帰投するよ」

「まだやれるぞ! やらせてくれライラ!」

 

「黙りな! 被弾したのもレーザー衛星がやられた報告にも気づいてないのかい。直にそっちに行ってた敵の主力が戻ってくる。潮時さ」

 

 時を同じくして母艦のアレキサンドリアからも撤退信号が放たれると戦闘宙域からティターンズは一斉に退いていった。

 

 一帯の安全を確保できたこととタイミング良く降下ポイントに到達したことでレコアの乗る『ホウセンカ』が射出される。

 

「みんな、ありがとう。おかげで無事に降りられるわ。カミーユ、貴女もね」

 

「助かった⋯⋯のか?」

 

 去っていくジェリドたちの機影に胸を撫で下ろしつつも両手は操縦桿に接着されているかのように離れようとはしなかった。

 極限の命のやり取りの中でカミーユは夢中だった。

 

 死にたくないから⋯⋯ただその一点のみが彼女を突き動かしていたが、興奮の熱が冷めれば次第に湧き上がるのは人を殺してしまったと言う敢然たる事実だ。レコアの声すら聞こえていない。

 

 戦闘中、確かに感じた相手のパイロットの叫び。死への恐怖で救いを求めるかのように発した女の名前。引き金一つ引いただけなのにまるで目の前で殺したような感覚にカミーユは自分を欺くことができなかった。

 

 辺りにはバラバラになった両軍のMSの残骸が映し出されている。そこには善も悪もない。ただ一つの死のみがあった。

 

「ボクは悪くない⋯⋯悪くない⋯⋯悪くないんだ! しょうがなかったんだよぅぅ!」

 

 しかし何よりも、敵のモビルスーツにビームが当たった瞬間に感じた高揚、思わず口に出た歓喜の言葉。自分は戦争を、殺し合いを楽しんでいるのではないかという疑問をカミーユは否定することができなかった。

 

 

 

 地球 某所

 

 カミーユたちが宇宙で戦っているころ、地球で誰よりも早くその激闘に勘づいた者がいた。

 広大な土地に聳える豪勢な邸宅の庭で雲一つない快晴をまじまじと見るその男の名はアムロ。一年戦争の英雄にして世界一有名なガンダムパイロットだが今現在、かつての栄光はくすんでいた。

 

「アムロ様、お茶になさいますか?」

 

 ティータイムを促す使用人の言葉はアムロに聞こえていない。彼の意識は空に、その先の宇宙へと向けられていた。

 

「──ララァ?」

 

 なぜその名を出したのか、その時のアムロには分かりはしなかった。

 

 恋人では決してない。

 

 僅かに言葉を交わし別れたのみの関係。それでも彼の心には今も強烈にその女性の残り香が漂い、その魂に暗い影を落としていた。

 

「あ、あぁすまない。お茶だったね。此方で⋯⋯いや、リビングでとるよ」

 

 何もないはずの空から懐かしい女性を不意に思い出してしまったアムロは駆け足で空を遮る屋根の下へと逃げていった。

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