カミーユが女だったら鬱でもニヤニヤできる 作:Fabulous
月面人口都市アンマン
レコアの乗る地球降下用機ホウセンカが無事軌道に到達したことで目標を達成したアーガマはレーザー衛星を破壊したクワトロたちも合流しティターンズ部隊を撃退。一応の平穏を取り戻したアーガマは今後の方針を決める為と破損した艦艇や補給も兼ねて月面へ秘密裏に入港していた。
アンマンの整地された道路をジープが走っている。ハンドルを握る女はエマ・シーン。ようやく危険はないと判断され拘留の解かれたエマが、エゥーゴ最大の支援者『アナハイム・エレクトロニクス』の代表に会うため車を飛ばしているのだ。
「あら? あれは⋯⋯」
見覚えのある人物を見かけ車を止める。そこには勢いよく跳び跳ねているボール状の物体に追い回され困り果てているカミーユがいた。
「ハロ! ハロハロ! カミーユ ゲンキカ?」
「元気だよ。もう何度も何度も聞かないでくれよ⋯⋯あっ、エマさん!」
「こんにちは、それはハロね? 貴女のペットかしら」
ハロは宇宙世紀において大衆向けとして販売されている電子ペットだ。正式にはカミーユの足元を跳び跳ねているハロは『ハロTHEⅡ』と呼ばれる後期型である。
初めは売れているとは決して言えない製品でありいずれは忘れ去られる電化製品となる筈だったが、一年戦争の英雄ホワイトベース隊のマスコット・ロボットとして一躍その人気に火が点き今では子供たちのクリスマスプレゼントの筆頭候補になるまで出世を果たしていた。
「違いますよ。補給物資の中に紛れてて、電源を入れてみたらこのありさまです。四六時中周りをピョンピョンして迷惑です。それにしてもエマさんはもう出歩いて大丈夫なんですか?」
「それはこっちの台詞よ。検査は済んだの? スケジュールではこの時間もまだラボにいる筈だけど」
カミーユの元から険しい表情が更に沈鬱な物へと変わった。なぜならこの月面において本来の彼女の役目はハロと戯れることではないからだ。
アーガマの船内からアンマンが見えた時、月面は最先端の都市が連なる大都会でありグリーン・ノアから戦闘続きであったカミーユは羽休めできると期待していた。しかしそこで待っていたのはアナハイム・エレクトロニクス社による謎の検査、検査、検査の連続であった。
見知らぬ研究員にジロジロ観察されながら質問に答え意味不明な実験に付き合い採血までされればカミーユでなくとも嫌気が差すのは当然だったが、ブレックスやクワトロの説得もあり渋々従う日々を送っていた。
「今日は休みですよ!」
「嘘、抜け出して来たのね」
カミーユと生活を共にしてきて徐々に理解を深めていったことでエマは彼女の子供っぽい部分が大方判明していた。
カミーユは子供扱いを嫌い大人として扱われることを望んでいた。しかし自分にとって都合の悪いことが起きたり問題に直面すると逃げ出す傾向が多々見られた。取り分け『子供』や『自閉症』と言う盾を言い訳に使う所などエマの神経を余計逆撫でた。
「いい? 貴女はMSに乗って戦ったわ。今の貴女はとっくに軍人と同じよ。そして研究所での検査は貴女に課せられた任務なの。軍隊では命令は絶対よ」
「そうやって! 軍隊なんて嫌いです! だいたい入隊した覚えはありませんよ!」
カミーユはカミーユで連日の検査や実験で疲労し元々の不安定な精神が益々エキセントリックになりヒステリー気味だった。精神的支柱であったレコアの離脱も彼女の心にすきま風を送っている。
「わがまま言わないで! これからジャブローを攻略するのよ。そんな気構えで戦えるの?」
「ジャブロー!? だってレコアさんは彼処には偵察しかしないって⋯⋯どういうことですかエマさん!」
「どうもこうもウォンさんとクワトロ大尉が決めたことよ。嫌なら命令違反になるわ」
「おかしいじゃないですか! 大尉たちアーガマの人ならこんな馬鹿な作戦考えませんよね。そのウォンって人が横槍ですか?」
「私に何か文句があるのカ。小娘」
往来で騒ぐカミーユの前にもう一台のジープが止まる。運転しているのはクワトロだがもう一人のアジア風のビジネスマンには面識がない。
「小娘呼ばわりしていきなりなんですか。あなたはっ」
「お前の言う馬鹿な作戦を行うよう横槍を入れた者ダ。言いたいことがあるならこのウォン・リーに言エ!」
「じゃあ言わせてもらいますけどね! 民間人が軍に口を挟むなんておかしいですよ。それにアナハイムは変です! 毎日毎日ボクを検査して、ボクはモルモットじゃあないんだ!!」
「文句とは一端の責任を果たしている者が口にできる権利ダ。お前のはくだらん子供の言い訳だナ。なぜ素直にごめんなさいと言えんのダ!」
鋭い張り手が頬に叩き込まれた。
気づいたときには血の味が広がり道路に倒れていたカミーユは奥歯を噛みしめる。飛び上がりそのまま反撃に上段蹴りを見舞うもウォンは見かけによらない俊敏な動きで躱しカウンターの肘を鳩尾へと叩き込んだ。
「ゲゥッ!?」
横隔膜が肺を押し潰すように競り上がり道路で悶えるカミーユを見下ろすようにウォンは立っていた。やせぎすな男とは思えない気迫を放つ出で立ちは何かの拳法の構えだ。
「目上の者に対する敬意がないガキは修正が必要だヨ」
「ぼ、暴力反対⋯⋯だ!」
「自分が殴られる理由も分からんカ。だからガキなんだヨ!」
ウォンは倒れ伏すカミーユに目掛け足を振り上げ追撃の構えを取るもそこでようやく今までただ無言で立っていたクワトロが間に入った。
「その辺で。ウォンさん、後で私がきっちりと教育させますので今日の所は⋯⋯」
「フンッ 今日は大尉の顔を立てよウ。小娘、また礼を失した行動をしたら今度こそ私の拳法が火を吹くヨ」
カミーユはデジャブを感じた。グリーン・ノアでジェリド中尉に助けられた時と同じように、クワトロに救われた。
だがどちらも感謝など抱いてはいない。あるのは腹から込み上げる屈辱だけだ。差し出されたその手をカミーユは絶対に掴むものかと自力で立ち上がり、そして嘔吐し、また倒れた。
「ボクが殴られるのを黙って見てた」
やっと内臓の混乱が収まると今度はカミーユのクワトロとエマに対する怒りが沸々と沸き上がった。未だになぜ自分が殴られた意味が分からないカミーユは医務室で手当てを受けながら八つ当たりとばかりに部屋を跳ね回るハロをベッドに投げつける。
「えぇそうよ。だってあそこで助けたら貴女の為にならないと思ったもの。軍隊は理不尽なものなのよ」
「理不尽!? こんなのは犯罪ですよ! いきなり人を殴り付けて尤もらしい講釈を垂れてっ」
「ウォンさんが殴らなければ私が君を殴っていた。アーガマでは君に甘過ぎたと反省している。エゥーゴとして戦うならば民間人の少女ではなく一兵卒として扱う」
「カミーユ ゲンキカ ゲンキカ」
「うるさい!」
ここに自分の味方はいないのだと悟ったカミーユはハロを蹴り上げあれほどうんざりしていた研究所へ走り去った。
またしても何もまともに言い返せない自分が心底情けなく恥ずかしかった。
「中途半端ですね大尉」
「なにがだエマ中尉」
「堪らずウォンさんを止めましたよね? カミーユがあれ以上殴られるのを見たくなかったから」
「いけないか?」
「いいえ。やっぱり大尉も男性だと思っただけです」
エマはサングラスの奥で揺れる瞳を見逃さなかった。そして、仕事人間と思っていた男が意外にも俗であってどこか安心した。
アナハイム・エレクトロニクス社は一年戦争終結後にジオン公国のジオニック社やツィマット社などの有力企業を吸収合併しモビルスーツ事業をほぼ完全に独占。表向きは一民間企業となっているが実質はそれを遥かに上回る権力と財力を併せ持つ巨大勢力に成長してしまった。
そもそも現状では地球連邦軍の反乱勢力でしかないエゥーゴを支援するメリットとは何か。
情や理想ではない。企業の行動理念は常に利益に裏打ちされている。
アナハイムが死の商人と揶揄されているのはやっかみではない。地球連邦に協力する一方でジオン残党軍やその他の反地球連邦組織とも関わりを持ち両方の勢力から利益を搾り取るのが彼らの常識でありそれが公然と見逃されている事実が宇宙世紀におけるアナハイムの持つ力なのだ。
ティターンズによる過激なスペースノイドへの弾圧は当初こそ、新兵器の開発や補給物資の増量などで一年戦争終結後に沈静化した戦争市場を刺激し潤いをアナハイムにもたらした。だがいつからかその余りに残虐で徹底した蛮行は一方的なワンサイドゲームへと変わった。
これでは利益が上がるどころか減収の一方。しかもティターンズはスペースノイドの多くが属するアナハイムと地球連邦との癒着を快く思ってはおらず近々その関係を解消させようと画策もしていた。一番のお得意様から手を切られるなどアナハイムにしてみれば堪ったものではない。だからこそ更なる戦争経済の活性化と業務上の支障であるティターンズ打倒の為にアナハイム・エレクトロニクスはエゥーゴを支援している。
そんなアナハイムを代表するウォンからの要求はジャブロー攻略。カミーユに対しては毅然と対応したクワトロも会議の場ではブレックスやヘンケンらと共に難色を示した。
言うまでもなくジャブローは難攻不落の要塞。奇襲とは言え、一年戦争でまさに奇襲の最前線で戦ったクワトロですらその嫌になるほどの縱深性には圧巻の一言だった。
しかし最大のスポンサーに財布と命綱を握られているエゥーゴからすれば乗り気はしないが乗るしかないのも現実だった。
戦況のエゥーゴ不利はアナハイムとしてもなんとかしたいところだが、ブレックスたちとしては堅実に戦略的に動きたいと思い、アナハイムとしては大々的な結果を期待していた。
結局、悶着はあれどブレックスはジャブロー攻略を正式には次の任務とし会議は終わった。両陣営共にその足取りは重い。
「すまんなクワトロ大尉。スポンサーには逆らえん」
「お気になさらず」
「どうだ。君の新しい機体が届いたらしい。気晴らしも兼ねて飛ばしてみるといい。新型だぞ」
「新兵ならば新型も喜びましょうが、ベテランは信頼性を重視します。極端な話ですが私は最新鋭機よりもザクの方が安心できますよ」
「ははは。そう言ってやるな。スポンサーもムチばかり振るう訳ではない。ちゃんとアメをくれているんだよ」
アンマン市内 アナハイムモビルスーツ試験場
「よ、ようやく終わったよ。何が羽休めだ。少しも楽しくなかったよ」
「カミーユ ゲンキカ ゲンキカ」
カミーユの研究所でのお勤めの任を解かれたのはアンマンに到着して何日も経った後のことであった。結局アナハイムの研究員たちからは検査や実験の詳しい理由は聞けずじまいで終始機嫌は悪くなってしまったが、この日はクワトロが新たなMSを受領してのテスト操縦があると聞き同都市にあるアナハイム管轄のドックに来ていた。
最近、クワトロと会う度に口論になり逃げ出している気がするカミーユだったが新たなモビルスーツやエゥーゴのエースの実力を間近で見たい衝動には敵わなかった。
「ここ、だよな。もう試験は始まっちゃったかな?」
ドック内に目当てのMSはなく既に宇宙空間での試運転が行われているようで、クワトロの操る様をモニター越しにアストナージやエマが食い入るように見つめている。
カミーユも宇宙空間を光のように縦横無尽に突き進んでいるクワトロのモビルスーツに目を奪われる。
「お、カミーユも来てたか。検査おつかれさん」
「あら、検査が終わったのね。お疲れ様」
「黄金⋯⋯これがクワトロ大尉のモビルスーツですか?」
二人への挨拶もそこそこにモニターで煌めく黄金のモビルスーツが気になって仕方がなかった。カミーユが驚くのも無理はない。クワトロの新たな専用機は戦闘用の兵器とは思えない全身黄金色のド派手な彩飾がなされていた。これでは真っ暗な宇宙空間では目立ってしょうがなく狙ってくれと言わんばかりの主張である。
「驚いたろ? あれがアナハイムから贈られた新型モビルスーツ『百式』だよ。ビームコーティングが全身に施してあってな、二・三発くらいならビームに当たってもへっちゃらって代物さ」
「なるほど。コーティングですか⋯⋯だから金色なんですね?」
「え?
カミーユは頭を抱えた。
通常、つまりクワトロがあの馬鹿みたいな配色にOKを出したと言うことだ。
常時着用のサングラス、勝手に改造した真っ赤で袖無しの軍服、赤いリック・ディアスから黄金の百式⋯⋯改めてカミーユはクワトロのセンスを疑った。
訝しげに百式を眺めているとクワトロから通信が入った。
「確かにいい機体だ。だがリック・ディアスより繊細だな。気を抜くとバラバラになりそうだぞ、アストナージ」
「そう言わんで下さい。百式の性能を出しきれるのは大尉だけです。そろそろ戦闘データも取りたいので模擬戦を行います」
「戦闘するんですか?」
「ただの模擬戦よ。データ上に入力された敵と戦うの。でもコックピットの中からでは本当に目の前に敵がいるように感じられるほどリアルよ」
キーボードを操作してアストナージがなにやらデータを打ち込むとモニターにMSがいきなり現れた。
「それではこれより戦闘訓練を開始します。終了の合図が出るまでお願いしますよ」
一年戦争でジオン公国が使用したザクⅡが電脳空間に現れる。
現在では戦争博物館でしか見られない旧式だが装備のマシンガンは口径120㎜の死の砲口であり戦車や航空機を蹂躙しMSにも大きなダメージを与える代物だ。飾りではない。
「フッ、懐かしいものだな。だが──」
ザクⅡがマシンガンを構え引き金を引くのを合図に模擬戦が始まると、百式は瞬時に射線から外れライフルでコックピットを射ぬいた。一切無駄のない最適な行動だ。
その後も次々に現れる敵機を相手にクワトロは鮮やかに勝利を重ねていく。ザクに始まりジムやゲルググ、果ては戦艦に至るまで難なく打倒し複数が相手でも数の差を感じさせない圧倒的技量で見事にねじ伏せた。
これにはMS乗りのエマもカミーユも思わず感嘆の声を漏らす。
「さすがはクワトロ大尉。エゥーゴのエースは頼りになるわね」
「⋯⋯まぁ腕は確かですよ」
模擬戦は難なく終わる。誰もがそう思っていた中、アストナージだけは意地悪な考えを思い浮かべながら最後の敵データを入力した。
「これは⋯⋯!」
「エマさん! あれって」
「冗談が過ぎますね、あれは」
そのMSは頭部と四肢を白、胸部を青、腹部やその他を赤と言う大胆な三色トリコロールカラーの配色。頭部から生える独特な一対のブレードアンテナ。いわゆる目の部分には斬新なデザインのデュアルカメラが取り付けられ見るものに極端に擬人化された印象を与えた。
そこに現れたのは一年戦争の傑作中の傑作機、RX-78-2『ガンダム』。連邦政府からは戦争を終わらせた英雄として、ジオン公国からは白い悪魔の異名で今も恐れられる誰もが認める宇宙世紀最強のモビルスーツだった。
「さぁ大尉。最終ラウンドですよ!」
「たしかに遊びは過ぎるが、面白い⋯⋯!」
ガンダムの目に火が灯ると、いよいよエゥーゴのエースと大戦の伝説との戦いが見れるのだと固唾を呑んだカミーユたちの期待を背負った二機は、彼女らの視界から消えた。
「えっ⋯⋯え? エマさん、今何が⋯⋯」
「うそ、いくらなんでも速すぎるっ」
モニターに映る映像ではどちらが撃ったのかも分からないビームが飛び交うだけで両者の機影は見えない。辛うじて百式の推進材の燃焼が僅かに追えるだけでありガンダムは不気味なまでにその姿すら現さない。
「アストナージさん数値を弄りましたね? いくらガンダムでもあのデタラメな性能はなくってよ」
「ははは! ところがどっこい。あのガンダムは正真正銘一年戦争のスペック通り! モデルはア・バオア・クー戦の最盛期ですよ」
「す、すごいですよ。データ上ではロックオンしてクワトロ大尉が撃つ前にはもう射線から外れています。こんなのを当たり前みたいにアムロ・レイはやっていたんですか!?」
「そんな⋯⋯あんなのに、勝てるわけないわ」
良くも悪くも何故ガンダムの名が宇宙世紀で半ば伝説の存在になっているのかエマは理解した。これではジオンがどれだけの兵器やエースを投入しようとも勝てる訳がない。
「えぇい!」
一方、データだけの存在とは言えその性能はまさに宿敵と対峙している感覚をクワトロは味わっていた。
パイロットの戦闘データを元にしている為に不気味なまでその挙動はまさしくガンダムなのだ。それもア・バオア・クーでの命懸けの死闘を演じた時のガンダムだった。これでは意識するなと言う方が無理だとクワトロは舌打ちをした。
懐かしくも苦々しい過去の記憶、それが思い起こされるのだ。
初めて『彼』に出会った時、まさかあれほどのパイロットに成長するとはクワトロは思いもよらなかった。
初めてガンダムと戦った時、破格の性能に驚きはしたが自分が負けるとは、ましてやジオンが追い詰められていくとは思ってもいなかった。
「これも躱すか!」
何度もガンダムを追い戦っていくと、いつしか自分はガンダムではなくそのパイロットに恐れを抱いていた。そして同時に強い憧れを持った。
この感情はなんなのか。本懐であったはずの復讐よりもいつしか多くの時間をガンダムについて考え始めまるで恋にも似た衝動にも駆られたが、それもかけがえのない愛を喪失して分からなくなってしまった。
同志になれと手を差し出したこともある。もしあの時に彼が手を握っていてくれたならば、今の世界はどうなっていただろうか──そう考えざるを得ない。
ア・バオア・クーでの最後となった戦いは、MSでも生身でもクワトロ自身負けたと思っていた。何度も機体を変え戦法を変え挑み続けたが逆に彼はどんどん成長していき当初の頃にあった技術や経験の差すら意味をなさなくなっていくのを肌で感じていた。
ならばと爆炎をあげるア・バオア・クーの基地内で白兵戦の経験のない生身の彼に剣を振るう卑怯じみた戦いを挑んだが、その姿はかつて幼い自らを殺そうと迫った暗殺者と同じであり後に激しく羞恥の念に駆られた。
結局、シャア・アズナブルと言う男は彼に勝てなかった。
そんな幼稚な敗北感も、シャアの名を捨てた一因だ。
クワトロは改めてガンダムを直視する。
データが作り出した無機質な幻影と分かっていても、あそこに彼は乗っていないと分かっていても、手が震える。それは怒りか、恐怖なのか⋯⋯二人の激闘がつい今しがたまで続いていたかのように。
「震えているのか? 私が⋯⋯」
スロットルを全開にして一直線にガンダムへ進む百式へ更なるパワーをクワトロは送り込む。思いを受け止めた百式も呼応するように本日最高の性能値を叩き出しながら悪魔を討つべく突き進む。
「だが今日は──勝たせて貰う!」
サーベルで果敢に接近戦を仕掛ける百式に同じくサーベルで迎え撃つガンダムは二刀流。ガンダムが接近戦を得意としていることはクワトロが最もよく知っていたがそれでも勝利を得るためには進むしかないことも理解している。
百式の動きを初めから分かっているように一切動じず構えを取るガンダムに死角はない。それでも真正面から突貫する百式にも迷いはない。
互いに防御を捨てた一瞬の攻撃に小さな悲鳴をあげるカミーユ。
数秒遅れてモニターにはdrawの文字。時間にしてみれば五分も経っていない短期決戦は、両者の引き分けと言う玉虫色の決着となった。
通信機からなにやら称賛の歓声が上がっていたがクワトロの意識は別にあった。仮にも自分はガンダムと共に死んだと言う事実が妙に心地が良かった。
「そうだ。あの頃の私は死んだ。死んだのだ」
あの仮面の騎士は幻影でしかない。
ハロ「ありがとうございます!」