帰って来たカルネ村は、アンデッドの出現によって阿鼻叫喚の地獄絵図、とはいかないまでも、当然結構な騒ぎになり、俺の家周辺に人影は一切無くなっていた。
まぁ当然の反応だな、村人総出で滅ぼされてもおかしくはないと思っていたから、まだマシと言えるだろう。
「ただいまー。」
いつもなら明るい声で迎えてくれる2人も、今は青い顔で問いただすような視線を向けてくるだけだ。この状態で〝アンデッドと一緒に暮らしてくれ〟と言うのは、正直言って気が重い。
しかし原因が俺自身にある以上、やらねばなるまい。
「母さん、父さん。リグリットの隣にいるアンデッドなんだけど、実は僕が魔法で召喚したものなんだ。召喚主である僕には絶対服従だから、2人や村の人達に危害を加えることはないよ。
……それでね。その、そいつはすごく特別なアンデッドで、壊しちゃうわけにもいかなくて…。うちに置いとくことって、出来ないかな?」
それから1時間程の説得で、なんとか両親の了解を得ることができた。休憩いらずで費用もかからないから、農作業の手伝いには使えるというのを重点において話だが、ちゃんと出来るだろうか?
帝国の研究室では単純な作業ならできていたし、大丈夫だとは思うが…。
取り敢えず、必死で説得する俺の隣でニヤついてたリグリットには、いつか何かしら仕返しをしなくてはな。
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翌朝、俺は召喚したスケルトンを連れて畑に来ていた。
とにかく今は、俺自身がスケルトンを使って農作業を行い、その有用性と安全性を理解してもらうしかない。
時間はかかるかもしれないが、第二位階魔法を習得するにはある程度第一位階の習熟が必要らしい。スケルトンだけでなく他にも何体か出して行えばいい訓練になる。アンデッドを指揮する経験も積んでおいて損はないだろう。
「よーし、それじゃあボーン、鍬を持って土を掘り返せ。」
このスケルトンには、ボーンというなんとも安直な名前をつけた。
なお、原作のアインズ様は思念だけでアンデッドに指示を与えることができたし、膨大な数のアンデッドを同時に動かすことも出来ていたが、俺には出来ない。召喚の時は俺の気持ちに応えたらしいのだが、何故なのだろう。
とにかく、ひよっこネクロマンサーの俺は、まず単体のアンデッドを口頭で指揮、慣れてきたら思念で、次に数を増やして、という感じでいく予定だ。因みに今召喚できる最大数は三体だ。ボーン合わせて。まだまだ先は長い。
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突然だが俺の名はルディス。最近の悩みは一人息子のアディの事だ。昔から変なとこがあるアディだが、今回はなんとアンデッドを連れてきたのだ。
最初家において欲しいと言われた時には、流石の俺も背筋を冷たい汗が流れたもんだ。しかしまぁ、息子可愛さと必死さに根負けして早1ヶ月。俺は以前ほどアンデッドに対して恐怖心を抱かなくなっていた。
「おーい、ボーン。この辺りの雑草むしっといて貰えるか?」
俺の言葉を聞いてアンデッド、もといボーンは草むしりを始めた。
息子の話を聞いた時は眉唾物だと思っていたが、実際に使ってみてその有用性を痛感した。
どれだけ働かせようと文句は言わないし、疲労も無ければ食費も人件費もかからない。理想の労働力と言えるだろう。
まぁ、アンデッドと仕事をするとか、アンデッドが作ったものを食べるとか、そういったことに忌避感が無ければの話だが。
その息子はと言えば、ボーンの他に2体のアンデッドを召喚して違う作業をしている。家庭教師のリグリット監修の下、ネクロなんとかとしての実力を高めているらしい。もっと力の強いアンデッドを使役できるようになったら、村の防備を固めるための工事も行うという話を聞いた。
とまぁ、村としてはいいことだらけの現状で、何が悩みなのかと聞かれれば、アンデッドは優秀過ぎるのだ。というか、うちの息子が優秀過ぎる。世の親たちにとっては贅沢な悩みなのだろうが、親としての威厳が保てない。そのうちあの子は、村の人たち全員を1人で養ってしまいそうだ。息子の活躍は嬉しい。成長も嬉しい。嬉しいのだが…複雑だ。
「お、終わったか。それなら次はあれをやってもらうか。」
自分であれば2日はかかったであろう作業を、ボーンはその日の午前中に終わらせていた。
…アンデッドは便利だな。負けたよアディ。
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ボーンを初めて畑に連れて行ってから一年が経った。
現在の進歩状況としては、召喚魔法、強化魔法共に第二位階には到達している。第一位階を1日で使えた割に次の段階まで時間がかかり過ぎだと思うかもしれないが、これでも相当早い方なのだ。
アンデッドの運用に関しては随分上達したし、みんなもその存在を受け入れつつある。
ボーンに関してだが、父に預けたまま放ったらかしにしてる。
仕事はうまくやっているようで、この前ボーンに会釈してる人を見かけた。あれを見た時は驚愕したな。
さて、現在俺はカルネ村を絶賛要塞化中だ。
とは言っても、原作でゴブリンの皆さん主導でやったもののパクリでしかないが。
いくら俺が強くなったとしても、村を囲む形で襲撃してくる騎士を1人で全員相手取るのは難しいだろう。それに、丁度俺が村を離れている時に起こるかもしれないのだ、堀や塀、櫓などがあるのとないのとでは大きく被害が違うはず。
それと、多少の自衛訓練を始めた。俺の村への貢献度を鑑みて、参加してくれている大人も幾人かいるが、大抵は子供だ。
流石に6歳児の声をまともに受け止める人は少ない。これに関しては、今後も信頼を得ていくことで解決するしかないかと思う。
「アディ、もう着くぞ。」
「ほんとですか!どれどれー………おおおぉぉぉお!スゲーー!」
俺が今向かっているのは『エ・ランテル』と呼ばれる、三重の城壁に守られた堅牢な城塞都市だ。資材と時間と人手があればカルネ村もこんな風にしたいなぁ、なんて。ずっと寂れた村にいた人間としては、なんだか遊園地にでも来た気分になる。
一緒に来た村の大人が検問所で手続きをしたり、中に入って薬草を売ったりしている間中、俺はキョロキョロと都市を見ていた。
今回の俺の役目は馬車番だ。子供に大事な収入を任せるわけにはいかないとのこと。だから馬車にさえいれば何しててもオッケーなのである。
『おいガキ。護衛もなしで一丁前に馬車番でもしてんのか?
この辺は治安が良くねぇんだぜ?俺らみてぇな物盗りが出るからよぉ〜。』
ボンヤリしてたら剣を持った男が5人程集まってきていた。
「はぁ。油断していたとはいえ、こんな近くに来るまで気づかなかったとは、最近狩してないから鈍ったかなぁ。気をつけなくちゃ。」
反省しつつ馬車を降り、龍翔に手をかけると、
『…え?』
声をかけてきた男の手首を切り落とした。
『ギャァアアアア!やめてくれ!俺が悪かった!』
「油断し過ぎだよ。」
『て、てめぇ!ちょーしにのんじゃねぇぞ!』
残り4人のうち1人が突っ込んでくる。男のゆっくりとした振り下ろしを躱しつつ背後に回り、首筋にピタリと剣を添える。
「そんなに死にたいのか?」
感情の抜けた底冷えするような声に、5人は悲鳴をあげて我先に逃げ出した。後には、放り投げられた数打ちの剣と、血塗れの手首と、剣を持つ手をカタカタと震わせるアディが残った。その目には先程までの冷酷な色はなく、はっきりとした恐怖が宿っている。
両手首を切り落とされた人間が生き残れる確率など、ゼロに近いだろう。
自衛のためとはいえ人の命を奪ったかもしれないという事実と、ぬるりとした生暖かい返り血が、彼に少なくない動揺を齎していた。
(何を今更、今までゴブリンとか散々殺してきたじゃないか。
あんな野蛮なやつ、モンスターと変わらないさ。)
自分を落ち着かせるように心の中で呟くと、馬車にあった布で返り血を拭き取り、忌々しそうに視線を街中へと向ける。
「存外、嫌なもんだな。せっかく楽しかったのに。……チッ。」
硬く握り締められた拳は、まだ僅かに震えていた。
普通の日本人に殺人はしんどいです。