もう一度会いたいです by新田美波 作:練習大
計画もたてずに行動を起こすのは人間のすることではない。
祖父が戒めのように言っていた言葉だ。
当時、幼稚園に通う歳だった美波にはまったく意味が分からなかった。
しかし今、十数年の時を経て、ようやくその言葉の大切さが理解できた。
レトロな雰囲気を感じさせる喫茶店。店内には昭和の名曲が慎ましく流れている。
向かいに座っている恩人は、表情をピクリともせずに無言でコーヒーを啜っていた。飲む音が二人の間に空しく響いた。
ーー気まずい……。
心の中で嘆いた。
偶然にも講義の席が隣り合った時は、これを逃すまいと誘ってしまった。
しかし、衝動的な行動がうまくいくはずもなく。お店も、案内も相手任せにしてしまった。
そして今は、何を話していいか分からず、無言の間が続いていた。
踏んだり蹴ったりである。
そもそも会いたかった相手が、同じ大学で、しかも同じ講義で、席が隣り合うなんて漫画みたいな偶然を誰が予想しようか。
普通しない。しても妄想だ。
しかし現実だ。
会いたいと思ったけど、こんな叶えかたはないじゃない。美波は贅沢にも神に愚痴った。
「なぁ」
「はい、にんてんどうっ!」
「任天堂? ゲーム好きなのか?」
「あ、今のは違くて! 噛んだだけです……」
「違う、わざとだ」
「わ、わざとじゃないですよ!」
「わざとじゃない!?」
「そうですけど!?」
「知ってる」
「え……」
一瞬反応に困った。
だが、覚えがあるにやにやと嗜虐的な笑みを見て、すべてを察した。
「からかったんですか!?」
「あっはっは。だって取調室みたいなおっもい空気だったからさ。俺こういう空気苦手何だよ」
「うっ……」
自分の浅い考えが原因なので、耳が痛い。逃げるように紅茶を含んだ。
「そんで、今日はどうしたんだ? お前みたいな美人が、俺みたいな冴えないやつと一緒にいると面白おかしく言い触らされるぜ」
「また、からかってるんですか? 私別にそんなんじゃありません」
「そんなつもりじゃないんだかな」
信じられなかった。また、乗せられるのは悔しいのでごめんだ。
ところで、この人とあの人は本当に同一人物なんだろうか。
性別も同じだし、特徴的な切れ目も同じだし、声も一致する。間違いはないだろう。
しかし、印象はかなり違った。
あのときは助けてくれた正義感の強い人、今は何だかへらへらしてる人。
思い出は美化するものというが、少し残念な気持ちになった。
紅茶をもう一度口元に持ってきた。茶葉の香りが、心地よかった。
「まぁ、さっきよりいい顔になったな」
聞こえた言葉に美波は驚いて顔を上げた。
目に写ったのは男の笑った顔だった。しかし、先ほどのような不快感は感じず、慈悲に満たされた笑みだった。
そこで美波は気がついた。自分は彼に気を回されたらしいと。
恥ずかしさを通り越して、自分が情けなくなった。
1度大きく息を吐いた。
これ以上情けなくなることはない。
失敗してもいい、次成功すれば。
負けた数だけ強くなる。
美波は体育会系特有の開き直りで、心を持ち直した。
「あの時はありがとうございました」
「お、じゃあ無事貞操は守れたんだな。おめでとさん」
「セクハラですよ!?」
いい話では終わらせてくれよ。そんな気持ちが乗ったつっこみだった。
話によって短かったり、長かったりします。書く内容によるけど、基本落ちがついたら切ります。