駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

第十話になります。
それではどうぞ。




第十話「幸彦と茉子」

 

 

「ご主人ー!朝だぞー!」

「ぐぇっ」

 

 毎朝恒例になっているムラサメちゃんの伸し掛かり。初めの頃は朝から胃液が逆流しそうになったり、男の朝の生理現象に大打撃を受けたりと大変だったのに、最近では慣れてしまったのか何も感じない。

 ……慣れって恐ろしいな。

 

「おはよう。ムラサメちゃん」

「うむ!おはようなのだ、ご主人」

 

 朝の挨拶を終えると、ムラサメちゃんが何やら期待した目でこちらを見てくる。俺はすぐに、ムラサメちゃんの頭に手をやり、優しく撫でてあげる。

 

「えへへぇ〜〜♪」

 

 嬉しそうに目を細めるムラサメちゃん。なんだか甘えん坊な子犬みたいで可愛らしい。

 いつの頃からか、ムラサメちゃんが頭を撫でることをお願いするようになり、今ではすっかり朝の習慣の一つになっている。ムラサメちゃん曰く、我慢するのをやめたらしい。何かきっかけがあったらしいが、何はともあれ、素直に甘えてくれるのは俺にとっても喜ばしいことだった。

 

「もうよいぞ、ご主人。ありがとう」

 

 この笑顔を毎朝見れるんだ。もうずっと撫でてやりたい。

 ムラサメちゃんに元気をもらった俺は一度大きく伸びをして布団から出るのだった。

 

「んん〜!っよし!今日も頑張るぞ!」

 

 昨日、朝武さんと本当の意味で友達になれた。

 今度こそ失望されないように気を引き締めてじいちゃんの稽古に挑むんだ。

 

 着替えを済ませてリビングに顔を出すと、寝起きの朝武さんと遭遇する。

 

「おはよう、朝武さん」

「んにゅ……おはようございます……」

 

 どうやらまだ完全に目が覚めているわけではないようだ。

 俺を見つめること数秒。朝武さんは目をパチパチさせたあと、徐々に意識がはっきりしてきたのか、ようやく俺と目を合わせる。

 

「んぅー……あ、有地さん……?」

「うん、そうだけど。眠気覚ましにお茶でもいれてこようか?」

「————ンッ!」

 

 いきなり自分の頬を思い切り叩いた朝武さん。俺も驚いて思わずビクッとしてしまった。よく見ると頬には手のあとがくっきり赤く残っている。

 かなり痛そうだったけど、大丈夫なのかな……。

 

「うぅ……痛いれす……」

 

 若干の涙声。全然大丈夫じゃなかった。

 

 朝武さんは頬に赤い手の跡を残したままキリッとした顔になる。

 若干締まらないが、これが朝武さんの魅力でもある。

 

「おはようございます。有地さん」

「いや、固いって。もっと普通に挨拶しようよ」

「安心してください。昨日遅くまで調べてたんです。普通の友達同士の挨拶を」

「は、はぁ……そうなんだ?」

 

 普通の挨拶を調べるってなんだ?おはようじゃない挨拶ってことなのかな?

 俺の疑問をよそに、朝武さんは意を決したように小さく息を吐く。

 

「では、いきますよ」

 

 朝武さん……だから固いって……。

 

「有地さん、ちゃろー☆」

「………」

 

 これは……どうすればいいんだ?

 

「……です……」

「ちゃ、ちゃろー……」

 

 ちゃろーってなんだ?チャオとハローを組み合わせた何かか?

 

「どうですか?都会ではこの挨拶が流行っているとネットに書いてあったのですが……」

「え?そうなの?」

「え?」

「………」

「………」

「ぅっ……ぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!見ないで!こんな私を見ないでください!」

 

 朝武さんが頭を抱えて悶える。ここで笑ったら、まずいよなぁ。

 

「もう嫌です!普通ってなんですか!友達ってなんですか!若さってなんですか〜!?」

 

 朝武さんの叫び声が家中に響き渡る。

 元気で何よりだが、真面目すぎるんだよな〜。

 朝からなんだかほっこりした気持ちになった。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

「幸彦、朝から呼び出してすみませんね」

「いえ、それは平気なんですが……どうしたんですか?」

 

 時刻は早朝。榎本さんから電話で呼び出された俺は、彼が経営している古本屋を訪れた。

 

「いやなに、興味深い資料を見つけましてね。幸彦の研究に役立つんじゃないかとおもったんですよ」

「興味深い資料?」

「ええ。これなんですが」

 

 榎本さんが見せてくれたのは、とても古い書物だった。

 

「これは、どこで見つけたんですか?」

「隣町の骨董商が持っていたのをたまたま見つけましてね。彼もいつ手に入れたのか分からないそうですが……こちらを見てください」

「っ、朝武の印章……ですか」

 

 仕事柄、何度もその模様は見てきたのでわかる。大昔、穂織をおさめていた時代に使っていた印面と同じだ。

 

「はい。本物の可能性が高く、信ぴょう性もある資料ではないですか?」

 

 俺はその書物を手に取ってページをめくる。保存状態はお世辞にもいいとは言えないが、読めないわけではない。内容は解読してみないと分からないが、ザッと目を通してみたところ、穂織の土地神について書かれているようだ。

 

「榎本さん、この資料ですけど——」

「お金は取りませんよ。なかなか話のわかる店主だったので、譲ってもらっただけですから。初めからそのつもりで幸彦を呼んだわけですし」

「ありがとうございます。助かります」

「しっかり研究なさい。彼女たちを救うためにも」

「はい」

 

 穂織周辺の人たちからは、『イヌツキ』の地として忌み嫌われているが、どうやら榎本さんは独自の繋がりをもっているらしい。でないと交渉どころか、話すら聞いてくれない人間もいるのだ。

 新しい資料が見つかるのはずいぶん久しぶりになる。正直行き詰っていたため、本当にありがたかった。

 お誂え向きに今日はちょうど開校記念日で休みだし、一日研究に費やせる。資料の読込みに過去の資料との比較、考察やまとめなど、やることはたくさんある。一応後で芳乃様や安春様に報告をしに行って印面だけ確認してもらおう。

 

「また何か見つけたら教えてくれると助かります」

「わかっていますよ。幸彦も何かあったら相談しなさい。私も魚屋さんも、幸彦や巫女姫様、茉子ちゃんのためならいつだって力を貸しますから」

 

 心強い言葉をかけてくれる榎本さん。頼ってばかりはいられないが、本当に困った時には頼らせてもらおう。俺は榎本さんに感謝の言葉を言って足早に家へと戻るのだった。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

 じいちゃんとの稽古を終えて家に戻り朝食も済ませた俺は、特にすることがなくなってしまった。今日は開校記念日らしく、授業はない。

 前の学校にいた時は、開校記念日には、ほとんどの生徒が千葉にある夢の国や近くの映画館などに行っていた。俺はそんな活発な方ではなかったが、友達とカラオケなんかに行った記憶がある。

 

「有地さん、洗濯物はこれだけで大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫。あ、俺も手伝うよ」

 

 まぁ、そんな娯楽施設が穂織にあるわけもなく、常陸さんの手伝いでもしようかなと考えていたわけだ。俺の周りの人たちは休むという行為をしないからなぁ。今度機会があれば一緒に遊びに行くのも楽しそうだな。

 

「では、神社の境内のお掃除をお願いできますか?」

「まかせて」

 

 ちなみに朝武さんは今朝のこともあり、自分の心を落ち着かせたいということで舞の練習に行っている。舞の練習で心が落ち着くとは、なんとも朝武さんらしい。

 俺は常陸さんが洗面所の方へ向かうのを見届けてから神社に向かうことにする。

 

 いつものように箒を持って境内に移動する。

 なんだか境内での掃き掃除をしていると落ち着くんだよなぁ。そういう性分なんだろうなぁ。

 

「ご主人、向こうから来るのは幸彦じゃないか?」

「ん?お、本当だ。おーい。幸彦ー」

 

 ムラサメちゃんが指差す方に目を向けると、確かに、幸彦が歩いてこちらに向かって来ていた。その手には風呂敷に包んだ何かと紙袋を抱えている。

 

「休日に掃き掃除なんて、感心じゃないか」

「他にやることなくってさ。幸彦は何しに来たんだ?」

「安春様か芳乃様に確認したいことがあってね。社務所にいるかな?」

 

 幸彦は風呂敷を軽く掲げて言った。確認してもらいたいものとは、風呂敷の中のものらしい。

 

「安春さんならいるんじゃないかな。朝武さんなら舞の練習をしてるよ」

「そうか、舞の練習を邪魔しても悪いから社務所に寄ってみるか…。ありがとう。後で差し入れも持っていくから食べてくれ」

 

 紙袋の中身は食べ物か。幸彦の差し入れなら期待できそうだ。

 

「だからしっかり働いてくれよ」

「わかってるって」

 

 幸彦は手をひらひらさせながら社務所へ向かっていった。

 

「さぁ!差し入れのためにもさっさと掃除を終わらせちゃおうか!」

「手を抜いたら後で茉子と幸彦に叱られるぞ?」

「やだなぁ〜、ムラサメちゃん。手を抜くなんて一言も言ってないじゃないか〜」

「本当か〜?目が泳いでいるぞ?」

 

 ムラサメちゃんがジト目で見てくる。くっ!感のいい子は嫌いだよ!

 仕方なく丁寧に掃除を始める。毎日常陸さんや安春さんが掃除しているし、穂織の人はポイ捨てもしないので綺麗になるまで時間はかからなかった。

 

 

 

 

「ほう、ちゃんと綺麗になってるね。感心感心」

「俺にかかればこんなもんだよ」

「手を抜こうとしてた者の発言には聞こえんな」

 

 確認とやらが済んだ幸彦とともに家に戻る。お昼前で小腹が空いてしまったので、幸彦の手土産が楽しみだ。

 

「ただいまー!」

「ただいま戻ったぞ」

「お邪魔します」

「おかえりなさい。あら、幸彦も来たんだ」

 

 朝武さんが出迎えてくれた。どうやら俺が掃除をしている間に舞の練習を終えていたらしい。すでに巫女服ではなく私服に着替えていた。

 

「芳乃様、お土産を持ってきましたよ」

「ほんとっ!?」

 

 朝武さんの目がキラキラと光る。

 

「芳乃は甘いものに目がないのだ」

「なるほど、それでか」

 

 ムラサメちゃんが小声で教えてくれる。

 朝武さんの反応からして、幸彦はいつもお土産として甘いものを買ってきてくれるのだろう。親戚のおじいちゃんみたいだな。

 

 居間まで行くと常陸さんが昼食の準備に取り掛かろうとしているところだった。

 

「有地さん、おかえりなさい。おや、幸彦も一緒でしたか」

「うん。お土産を持ってきてくれたんだ」

「そうでしたか。では先にお茶でも淹れます……ね?」

 

 幸彦は常陸さんが言い終わる前に、手に持っていた手土産を机に置き、彼女の目の前に歩み寄っていた。

 

「えっと……、幸彦?」

「失礼するよ」

 

 幸彦はそう言うと常陸さんの額に手を伸ばす。

 常陸さんの額に手を当てること数秒、幸彦は大きなため息を吐いた。

 

「いつからだ?」

「えーと……今朝から?」

「はぁ……全く、君ってやつは」

 

 なんのことだかさっぱりわからない俺と朝武さんは顔を見合わせ、首を傾ける。そんな俺たちに向かって幸彦は言う。

 

「申し訳ありません、芳乃様、有地も。茉子は早退させてもらいます」

「ちょっと幸彦!ワタシは平気——」

「平気なもんか。確実に38℃はこえてる熱さだ」

「ええ!?茉子、体調悪かったの!?」

「あ、あは。ばれちゃいましたか……」

 

 朝から一緒にいたのに全く気がつかなかった。言われてみれば少し顔が赤みを帯びているような。いや待て、38℃って普通に高熱じゃないか!

 

「大丈夫ですよこのくらい!すぐにご飯作りますから」

 

 幸彦の制止を振り切ってでも台所へ向かおうとする常陸さん。しかし体がよろめき倒れそうになる。すかさず幸彦がその体を支える。

 

「あ、あれ?おかしいな」

「我慢がバレて張り詰めていた気が抜けたんだろう。無理するんじゃない」

「ど、どうしよう!救急車呼んだ方がいい?」

「落ち着いてください有地さん!先ずは人工呼吸を……」

「人工呼吸をしてどうするというのだ……」

 

 ムラサメちゃんの冷静なツッコミが入る。

 

「二人とも、落ち着いて。芳乃様、申し訳ありませんが姉さんに連絡を取ってもらえますか?後で茉子の家に来てもらえるように」

「は、はい!」

「有地は水を一杯持ってきてくれ」

「わかった!」

 

 幸彦からの指示に従ってそれぞれが行動を開始する。

 常陸さんを一旦座らせる幸彦は、俺が持ってきた水を飲ませ彼女に語りかける。

 

「歩けそうか?」

「あ、あは。まだちょっと無理そう」

「そうか」

 

 そう言うと、幸彦は常陸さんに背中を向けしゃがみこんだ。

 

「ほら」

「恥ずかしいからおんぶは……」

「自業自得だ、我慢しろ。それともお姫様抱っこのほうがいいのかい?」

「むぅ」

 

 幸彦の言葉に若干不満そうにしながらも、常陸さんは幸彦の背中に身を乗せる。

 幸彦め……かっこいいじゃないか!頭の中で同じセリフを言ってみるが……だめだ!俺には到底真似できそうにない。

 

「みづはさんに連絡とりました!」

「ありがとうございます、芳乃様。申し訳ありませんが、あとの家事はお願いできますか?」

「任せて!幸彦は茉子をお願いね」

「うぅ。芳乃様…申し訳ありません」

「気にしないでいいから。茉子はゆっくり休んで」

「お大事にね、常陸さん」

「芳乃たちには吾輩がついておる。心配するな」

 

 俺たちの言葉に、常陸さんは少しだけ照れたように笑うと、そのまま自宅へと帰って行った。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

「うぅ。やっぱり恥ずかしい」

「これに懲りたら、ちゃんと休むことを覚えるんだな」

「くっ。幸彦に言われるのが一番悔しい」

 

 茉子をおんぶしながら常陸家へ向かう。当然、その姿はいろんな人に見られているわけで、商店街を通った時にはちょっとした騒ぎになってしまった。

 多くの人がこれ食べて元気出せだの、風邪に効くからこれ持って帰れだの、茉子のことが心配なのはわかるが、手がふさがっているのにいろいろ持たせようとしないでほしい。

 それだけ茉子が商店街のみんなに好かれているという証拠なので、嬉しかったのはたしかだけど。

 

「今日、智代(ともよ)さんはいるのか?」

「うん、いるはず」

「そうか、ならよかった」

 

 常陸智代さん。茉子のお母さんであり、おっとりしたやさしい女性。彼女も昔はくノ一として朝武に仕えていた過去を持っている。

 俺は急ぎながらも、なるべく揺らさず、負担をかけないように気をつけながら茉子の家を目指す。

 体調が悪いのに我慢をしていた茉子は、家に着く前に俺の背中で寝てしまった。相当無理をしてたんだな。

 

 無事茉子の家までたどり着きインターホンを押す。

 茉子が言っていた通り、家にいた智代さんが出迎えてくれる。

 

「あらあら。ごめんなさいね、幸彦くん。うちの子が迷惑をかけて」

「気にしないでください。これくらい迷惑のうちには入りませんから。ほら茉子。家に着いたぞ」

「んん……」

 

 茉子はかすかに反応して身じろぎしたものの、起きることはなかった。

 

「まったくこの子は。幸彦くん、申し訳ないんだけど、茉子を部屋まで運んでくれるかしら」

「お安い御用ですよ」

 

 智代さんに案内され家に上がらせてもらい、そのまま茉子の部屋を目指す。昔は毎日のように茉子の部屋で遊んでたけど、あの誘拐事件を境に、家の前まで送るだけで、部屋に入ることはしなくなった。

 

「今お布団を敷いちゃうから、少し待っててね」

 

 茉子の部屋は相変わらず綺麗に整頓されていた。本棚には多くの漫画が置かれている。少女漫画から数は少ないがバトルものの少年漫画まで幅広く取り揃えてある。昔から茉子は漫画が好きだったよな、と自然と顔が緩んでしまう。

 っといけない。女性の部屋をジロジロ観察するのは良くないな。

 

 智代さんが敷いてくれた布団に茉子を横たわらせる。少し熱が上がってしまったのか息が乱れ汗もひどい。

 茉子の症状を確認していると、智代さんは少し電話をしてくるといい部屋から出て行こうとする。

 

「何かあるんですか?」

「今日の町内会の会議には出られないって連絡を入れるだけよ。すぐ戻るから」

「それなら……俺が茉子の看病をしますんで、智代さんは会議に出てください」

 

 なにか役に立ちたい一心で智代さんに提案する。

 

「でも……」

「これでも医者の息子です。それにこのまま帰っても、茉子のことが心配で何も手につきそうにないので」

 

 今朝方、榎本さんからもらった資料。今日はその研究をすることに専念しようと考えていたが、資料よりも茉子の方が大切だ。

 

「そうね……幸彦くんがそこまで言うならお願いしようかしら。私もなるべく早く帰ってくるから、それまでよろしくね」

 

 どうやら俺たちは、智代さんが出かける直前に訪問してしまったようだ。俺の打診を受けた智代さんは急いで家をあとにした。

 

 智代さんを茉子の部屋で見送った俺は、冷やしたタオルを用意するために一度立ち上がろうとする。その時、茉子が俺の服の袖をつかんできた。

 

「行かないで、幸彦」

「……起きてたのか?」

「………」

 

 茉子は目を瞑ったまま頷く。

 

「わかった。ここにいるから、安心しろ」

 

 改めて茉子の隣に腰掛けて、頭を優しく撫でる。茉子は少しくすぐったそうに笑うと、安心したのか数分後には規則正しい寝息をたてて眠ってしまった。

 茉子が寝たのを確認してから水とタオルを用意し、彼女の額に乗せてあげる。

 まだ顔は赤いが、先ほどのように苦しそうではない。この調子なら明日には良くなるだろう。

 

「働きすぎだからこんなことになるんだぞ。あんまり心配かけるなよ」

 

 いたずら心で頬を突っついてみるが起きる気配はない。どうやら熟睡しているようだ。

 頼り甲斐があってしっかりした女性に成長したけど、寝顔は昔のまんまだな。

 いつだったか、俺の布団に茉子がもぐりこんできた時のことを思い出す。……だめだやめよう。恥ずか死ぬ。

 

 そういえばお昼ご飯がまだだったことを思い出す。智代さんには後で報告するとして、台所を少しだけ借りることにする。

 茉子並とは行かないが、俺も一応料理はできる。風邪をひいた時はやっぱりたまご粥が一番。ちょうど材料も揃ってるからな。

 15分ほどで出来上がり、茉子の部屋まで持っていく。

 

「茉子、たまご粥作ったんだけど、食べれそうか?」

「んん……食べる……」

 

 茉子の肩を優しく揺すって声をかける。目を覚ました茉子は手を上にあげる。

 

「ん」

「はいはい」

 

 茉子の手を掴んで体を起こし支える。

 

「食べさせて」

「はぁ。わかったよ。ほら、あーん」

「ふぅふぅして」

「子供か君は!?」

 

 寝起きの茉子はものすごい甘えん坊になる。普段しっかりしている分、ほとんどの人がギャップに驚くだろうが、俺は茉子と古い付き合いなので慣れたものである。

 仕方なくふぅふぅして余熱をとってから一口ずつ食べさせる。食欲はあるようで残すことなく食べてくれた。

 

「ごちそうさま。美味しかった」

「お粗末様でした。他になんかしてほしいことあるかい?」

「汗かいちゃってちょっと気持ち悪いかな」

 

 確かに、風邪の時は汗をなるべく拭き取った方が体も冷えないな。

 

「じゃあ、お湯とタオル用意するから、少し待っててくれ」

「拭いてくれるの?」

「バカ言うなよ。さすがに自分で拭いてくれ」

「でも背中まで届かない」

「うまくやれ」

「ぶー」

「ぶーたれてもダメ」

「お願い」

「ダメだ」

「お願い」

「………」

 

 結局なかば押し切られるかたちで茉子の体を拭くことになった。もちろん背中だけという約束はしたが、俺も男である。緊張しないわけがない。

 茉子はどういうつもりなのだろう。うら若き乙女が男に裸を見せるなんて、恥ずかしいに決まっているのに。

 考えてもわからないことは仕方がない。俺は無心になることにした。

 

「じゃあ服脱ぐから、あっち向いてて」

「おう」

「見たら怒るからね」

「わかったから、早くしてくれ」

 

 じゃないと俺の心臓がもたない。

 

「あは、幸彦ったら照れてるの〜?や〜らし〜」

「からかうな。茉子がお願いしてきたんだろ」

 

 どうやらだいぶ調子がよくなってきたらしい。いつものからかうのが大好きな茉子に戻ってきた。

 

 俺の後ろで茉子が服を脱ぐ。衣擦れの音だけが聞こえてくる。

 

「もういいよ。お願い」

 

 茉子の声で振り返ると、絹のようになめらかで白く透き通った美しい茉子の背中が目に入る。だが、俺の目に入ってきたのはそれだけではなくて……。

 

「右肩の傷、跡残ってたんだな」

「うん」

「……ごめん。俺のせいで」

「いいから、早く背中拭いて。体冷えちゃう」

 

 言われた通り、茉子の背中についた汗をタオルで拭き取っていく。

 

 茉子の右肩の傷は、あの日、あの誘拐事件の日にできたものだ。俺が弱かったから、茉子は傷ついた。こんなにも綺麗な体に、傷をつけてしまったのだ。

 俺の気持ちを感じ取ったのか、茉子は前を見ながら俺に語りかける。

 

「ワタシにとってこの傷は、大切なものなんだ」

「大切?」

「うん。だってこの傷は、幸彦がワタシを助けてくれた証だから。あのとき幸彦が身を呈してワタシを守ってくれたから、この傷だけで済んだ」

 

 俺はただ黙って茉子の言葉に耳をかたむける。

 

「幸彦が助けてくれて嬉しかったけど、同時に悲しかったんだ。ワタシのせいで幸彦が傷ついちゃったから。あのとき心に誓ったの。幸彦に守られるんじゃなくて、隣に並び立てる大人になるんだって。だから厳しい訓練にも耐えてこられた。だってワタシは、幸彦のことが——」

「茉子。その先は言わないでくれ」

「……あは。ごめんね幸彦。ワタシちょっと熱でおかしくなってるのかも」

 

 茉子はそれ以上何も言うことはなかった。

 

 茉子が抱いている気持ちに、俺は多分気付いている。

 その気持ちはきっと、俺と同じだから。

 でもその気持ちを受け入れてしまったら、もう後戻りはできないだろう。

 俺たちにはまだ、やらなければいけないことがある。解かなければいけない問題を抱えている。

 

「いつか……」

 

 俺は言葉を絞り出す。

 

「いつか必ず、全て解決してみせる。だからそれまで待っていてくれないか?」

 

 これが今の精一杯の気持ちだ。

 

 確かな目標と、それを実現させるための覚悟。有地が芳乃様に対して真摯に向き合ったように、俺も茉子と自分に向き合うべきだと考えるようになった。

 だからこそ、自分の気持ちを、言葉を絞り出せた。

 いつになるかはわからないけど、必ず、気持ちを伝えるのだと、その覚悟を茉子に伝えるために。

 

「うん。……待ってるから」

 

 言葉もなく、俺たちは二人だけの時間を噛みしめる。茉子は俺に身を任せ、俺は茉子の汗を優しく拭う。いつものように心地よい沈黙が続いた。

 

「ただいま〜」

「お邪魔します」

 

 玄関の方から智代さんと姉さんの声がする。

 予想より二人とも早かったな……なんて呑気に考えてる場合ではなかった。

 

 茉子は上半身をあらわにして、その背中を男の俺が拭いているのだ。

 成り行き上、仕方なかったとはいえ側から見ればどう思われるだろうか。

 まずいと思ったが時すでに遅く、無情にも茉子の部屋のドアが開けられる。

 

「お、おかえりなさい。早かったですね……」

「あら〜、お邪魔だったかしら?」

「幸彦、患者に手を出すとはいい度胸じゃないか……」

 

 智代さんが面白そうなものを見るかのようにニコニコしているのに対し、姉さんの笑顔は冷え切っていた。

 巷じゃ、幸彦は怒ると鬼になるなんて言われているが、鬼の姉もまた鬼である。正直、この鬼より怖いものないのではないだろうか……。

 

「ちがうんだ姉さん!これには事情が……!」

「そうなんです、みづはさん!汗を拭こうと思ったのですが背中まで届かなかったのでワタシがお願いしたんです!断じていいいいいいやらしいことをしていたわけでははは」

 

 茉子が顔を真っ赤にしながらも俺をかばってくれる。

 姉さんは茉子の言葉に耳を傾けると、俺の肩に手を置いた

 

「幸彦……」

「……はい」

「アウトだ!」

「理不尽っ!!」

 

 姉さんからの重い一撃。あの駒川みづはから殴られるのなんて、家族である俺だけの特権じゃないだろうか?全然嬉しくない。

 魚海のおやじさん並みのパンチをくらい意識が遠のく。

 

「あら残念。幸彦くんがお婿さんに来てくれたらおばさん嬉しいのに」

「もう!おかあさん!」

 

 智代さんがとんでもないことを言った気がしたが、それに反応する余裕はない。

 今だけは、なんだか有地の気持ちがわかる気がする……。

 俺の意識はここで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

「よし!洗濯物取り込み完了!」

 

 常陸さんがいない分、俺と朝武さんが分担しながら家事をこなす。

 洗濯物は常陸さんが帰る前に終わらせていたので、俺は取り込むだけで済む。ふと、洗濯物が干してあった場所の地面に光る何かを発見する。

 

「これって、たしか祟り神を倒した時に俺が拾ったやつか。ポケットに入れっぱなしだったんだな」

 

 何故だかわからないが、気になって拾ってきてしまった綺麗な欠片。

 この欠片が俺たちの運命を左右することになるとは、この頃の俺は知る由もなかった。

 

 

 




ちゃろー☆……失礼いたしました。
改めまして、「駒川の者として」第十話を読んでくださりありがとうございます。

今回は砂糖若干多めの幸彦と茉子のお話を中心に書かせていただきまいた。
茉子の寝起きに甘える描写を書きたいと思い、欲望のままに書き上げました。
十話まできましたが、先はまだまだ長くなりそうです。
これからも細々とマイペースに彼らの物語を紡いでいきますので宜しくお願いします。

次回は過去編までいけたらと思っております。



そして今後の展開を考えて、タグの方にクロスオーバーをくわえさせてもらいました。
ゆずソフト内のある作品とのクロスになると思います。
伏線とまではいきませんが、それとない描写を今までの文に混ぜています。
そちらの方も物語にどのように絡んでいくのか。見守っていただけたらと存じます。


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