「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。
第十四話になります。
それではどうぞ。
むせかえるような血の匂い
『ば、化け物!?来るな!く、来るなぁぁぁ!!』
人の骨が砕ける音
『グギャァァァァ!!やめてくれ!助けてくれぇぇ!!』
人の肉がちぎれる音
『頼む!俺たちが悪かった!だから命は!命だけはっ!!』
耳をつん裂くような断末魔
『痛てぇ……痛てぇよ……は?おいおいおいおいおいまてまてまてまてまてまて死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅぅ!!!!!!!』
そんなものを目の前にしている男の子。その子の顔は……
『……早く死んじゃえ』
笑っているように見えた。
◆◆◆
「っっっ!!かぁっはぁはぁ。今のは……夢?」
目が覚めても手の震えは止まらなかった。汗もひどい。なんてひどい夢だったんだろう。そして、なんてリアルな夢だったんだろう。
いつものように呪詛の研究に夢中になってしまい、布団の中に入ったのが深夜の3時。時計を見るとまだ4時をまわったばかりだった。太陽もまだ出ていないようで辺りは暗闇と静寂が支配している。
人が、何か得体の知れないものに惨たらしく殺される夢。
思い出すだけで吐き気がした。
夢とは眠っている間に脳の中で記憶を整理していることで起きるものと言われているが、あそこまで匂いも音も再現するものだろうか。
そもそも、俺にあんな記憶はない。ないはずだが……最期に見た幼い男の子。
あれは……俺?つまり、あの夢は、あの時の……。
寝起きで頭が働かない上にまだ一時間しか寝ていない。
とてもじゃないが思考がまとまらなかった。
だからと言ってもう一度寝直そうとも思えなかった俺は、仕方なくベッドから降りる。
「最悪の目覚めとはこのことだな。……シャワーでも浴びてスッキリするか」
まだ寝ているであろう姉を起こさないように静かに部屋を出る。
今はとにかく、少しでも早く汗を流したかった。
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「う〜ん」
今日は休日。
朝武さんたちとの朝食を終えた俺は自室で頭を悩ませていた。
「どうしたのだご主人。朝っぱらから難しい顔をして」
ムラサメちゃんが物珍しい目でこちらを伺う。
「うん。ちょっと悩み事」
「またエロいことでも考えているのか?」
「たしかに思春期男子は四六時中エロいことを考えているかもしれないけど……ってムラサメちゃん?人聞きの悪いこと言わないでくれないか?」
「人の胸を触って硬いとぬかした者が何を言う」
ムラサメちゃん、まだあの事気にしてたんだ。
誤解を招かないように言っておくが、あれはムラサメちゃんにも非があるのだ。出会ったばかりで「吾輩には触れられない」なんて言うから、胸の辺りに手を伸ばしただけなんだ。
真っ先に胸に手を伸ばしたのはなぜかって?
……まぁそんなことはどうでもいいじゃないか。
「それで、一体何に悩んでいるのだ?」
冷や汗を流しながら目をそらす俺に、ムラサメちゃんは呆れながら問う。
「大したことじゃないんだけどさ、俺ってまだ知らないことの方が多いなって」
「それはそうだろう。ご主人が穂織に来て幾分か経つが、それでも半年と経ってないのだからな」
ムラサメちゃんの言うことはもっとものことで、俺もそう思ってきた。それでも一度気になってしまったら知りたくなってしまうのが人の性か……。
「よし決めた!わからなければ調べるに限るよね!」
「なんだか妙に心配なのだが……ちなみに何を調べるのだ?」
「幸彦と常陸さんが付き合っているかどうか」
「ご主人……」
「じょ、冗談だよ」
ムラサメちゃんが冷めた目で俺を見てきた。いや、その気持ちはわかるけどね。それもこれも廉太郎が悪いんだ。うん。
俺は一度咳払いをして気を取り直す。
「と、とにかく。今日はいろんな人に話を聞いてまわろうと思うんだ。ムラサメちゃんはどうする?」
「吾輩もついていこう。放っておいたら何があるかわからんからな」
「だから、さっきのは冗談だって」
思い立ったが吉日。俺はさっそく行動を開始した。先ずは身近な人から聞いてみるべきだろう。
俺はジト目で見てくるムラサメちゃんを連れて自室を出る。するとタイミングよく朝武さんが居間から出てきた。幸彦と常陸さんの幼馴染であり、二人を間近で見てきた朝武さんなら何か知っているかもしれない。
俺は思い切って朝武さんに声をかけた。
◇◇◇
「幸彦と茉子について、ですか?改めて聞かれると難しいですね」
「なんでもいいんだ。例えば付き合ってるとか」
「付き合って……!あの二人ってそんな関係だったんですか!?」
「いや、俺が聞いてるんだけど……」
顔を真っ赤にした朝武さん。初心で可愛らしいが、この様子では二人が恋人関係であることはないのであろう。
「取り乱しました……」
「相変わらず芳乃は面白いのう。くっくっく」
「ムラサメ様ぁ!」
「そう怒るでない。愛い奴め」
ムラサメちゃんにからかわれる朝武さん。可愛い。
朝武さんは軽く咳払いをして話を戻す。
「コホン。たしかに二人は昔から仲が良かったですが、私から見て二人がこ、こ、こい、恋人関係、であるとは思えませんね」
「そっかぁ〜。そうだよなぁ〜」
俺から見ても、あの二人は彼氏彼女ではなくまさしく相棒といった方が今はしっくりくる気がする。朝武さんのおかげでその考えが正解である確率がぐんと上がった。
「有地さんはどうしてそんなことを聞くんですか?」
「いやさ、俺って幸彦のことも常陸さんのこともあんまり知らないなーって思ってさ」
「それなら本人たちに聞けばいいじゃないですか」
「それもそうなんだけど、幸彦とかってそういう話が出るとうまく躱してどっか行っちゃうからさ」
「ああ、たしかに」
思い当たる節があるのか朝武さんも納得してくれた。
でも朝武さんが言うように、俺がいきなり幸彦たちについて聞きまわる行為は周りの人に疑問を抱かれるかもしれない。せめて一緒に聞き込みを手伝ってくれる人がいれば事情も説明しやすいのだが……。
まてよ。朝武さんが一緒にいればその問題も解決するんじゃないか?
「朝武さん。今日これから予定ある?」
「今日ですか?特に神社の手伝いを頼まれているわけではないので勉強や舞の練習をしようと思ってましたが」
「じゃあさ、俺と付き合ってくれない」
「ふぁい!?」
突然変な声を上げる朝武さん。
「なななななななにをいきなり言い出すんですか!?」
「え?ダメかな?」
「だ、ダメといいますか、そりゃ私たち婚約者ですけどそれはまだ一時的なものであって付き合うのはまだというか、心の準備もありますし、これからのこととかも考えたいですし、だからそのあの!」
顔を真っ赤にしてあたふたする朝武さん。可愛い。いや、そうじゃなくて、俺なんか変なこと言ったかな?この慌てっぷりはただ事じゃない。
「ご主人。もう一度自分が芳乃に言ったことを振り返ってみろ」
「俺が言ったこと?」
えーと、俺一人だと怪しまれるかもしれないから、今日一日一緒に聞き込みをしてもらうために「俺と付き合ってくれない」と言った。
はは、俺と付き合ってなんて告白みたいだな。
……こくはく?
朝武さんの顔を改めて見る。相変わらずトマトみたいに真っ赤な顔でもじもじしている。
はは〜ん。つまりは……そういうことか。
自分の顔が一気に赤くなる。
「ち、違うんだ!今日一日聞き込みに付き合ってという意味で、こ、告白というわけでは!」
「え、ええ!わかってます!わかってますとも!」
「……」
「……」
だめだ!恥ずかしくって朝武さんの顔が見れない!
そんな俺たちを呆れた様子で眺めるムラサメちゃんとニヤニヤしながら見つめる常陸さん……
「って常陸さん!?」
「あはぁ、随分お熱いですねぇ。今日は赤飯を炊きましょうか」
「ままま茉子?いつからそこに?」
「俺と付き合ってくれないか、の辺りからですね」
「ぅっ……ぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
頭を抱えてうずくまってしまう朝武さん。俺も正直穴があったら入りたい。だが、常陸さんたちのことを聞いて回っていることを知られなかったことは不幸中の幸いか。
「どうやらお邪魔みたいなので、私は家事に戻りますねぇ♪お二人とも、お幸せに。あはっ♪」
弁明の猶予もなく、常陸さんは姿を消した。
「有地さん。聞きたいのは幸彦と茉子について、でしたよね」
「うん」
「茉子について、一つだけ思いつきました。茉子はいたずらが大好きです」
「うん……知ってた」
◇◇◇
常陸さんの件で出鼻をくじかれたが、気を取り直して聞き込みを再開していた。ちなみに朝武さんも一緒である。少しだけ気恥ずかしいが、聞き込みを手伝って欲しいと正直に伝えたところ「それって探偵みたいですね!」と目をキラキラさせていた。やっぱり、ちょっと子供っぽいんだよね、朝武さんって。そこがまた可愛いところなのだが。
そんな俺たちが次に訪れたのは建実神社で働いている安春さんのところであった。
「幸彦君と茉子君について、かい?そうだね、二人とも真面目でとてもいい子たちだよ。本当にあの二人にはお世話になりっぱなしだよ」
「二人とも昔からあんな感じだったんですか?」
「根っこの部分で言えばそうだね。幸彦君なんかは随分とたくましくなったけど」
「幸彦が小さい頃はとても可愛らしかったんですよ」
「それみんな言ってるけど本当なの?」
未だに信じられないが、幸彦が幼い頃は引っ込み思案で泣き虫で、朝武さんたちの後ろをついて行っていたという。
「あはは、たしかに今の幸彦君からは想像できないかもしれないね。でも、心配性や集中すると周りが見えなくなるところなんかは昔から変わってないよ」
「変わっていないと言うか、むしろその二つに関してはひどく……いや、成長している気がするな」
安春さんの言葉にムラサメちゃんが苦笑いをする。
「じゃあ、幸彦と常陸さんが付き合ってる何てことは」
「お似合いだとは思うけどね。僕自身、そうなってくれたらいいな〜とは思っているよ。僕も秋穂、芳乃のお母さんとは幼馴染でね。高校に入る前にはもう意識してたから。いや、僕もあの頃は若くてね。告白の時なんか——」
安春さんの恋愛話か。おもしろそうだ。
なんて考えていると朝武さんが俺の袖をクイッと引っ張り小声で話しかけてきた。
「朝武さん?」
「次のところに行きましょう。この話、真面目に聞いていたら一時間以上かかりますから」
「吾輩も賛成だ」
うんざりした顔で言う朝武さんとムラサメちゃん。
どうやら安春さんの惚気話は長いことで有名らしい。しかも聞いていて恥ずかしくなるものばかりらしく、娘として逃げ出したくなるレベルだそうだ。
俺らが目の前からいなくなっても語りをやめない安春さん。そんな彼に静かに一礼して俺たちは神社を後にした。
◇◇◇
「もう、お父さんったら」
「ま、まぁいいじゃないか。俺は羨ましいと思うけどね。いつまでも惚気られるなんて、それだけ朝武さんのお母さんを愛してたってわけでしょ」
「それはそうかもしれないですけど……。その惚気話を聞かされる娘のみにもなってください」
「あー……たしかにそれはきついかも」
そんな会話をしながら商店街までやってきた俺たち。ここでなら多くの人から話を聞けるだろうと朝武さんが提案してくれたのだ。
商店街の人に片っ端から声をかける朝武さん。なんだか俺より気合が入ってる。
商店街の方々は『幸彦は生真面目すぎる』だの『茉子ちゃんは商店街のアイドル』だの好き勝手言っていた。どうやら二人は相当商店街の方々に可愛がられているようだ。
一通り聞きまわったので、最後に幸彦の師匠でもある魚海さんに話を聞こうと魚政に近づく。すると店の前には“陽成清掃”と書かれた軽トラックが止まっていた。
魚海さんはその清掃業者のアルバイト職員らしき人と話している。
帽子を深くかぶってその顔はよく見えないが、俺と同い年ぐらいの男の子と背の低い金髪の女の子。あとは軽トラの中に運転をするであろう大人の男性がいた。
「——わかったご苦労。しっかし、ずいぶん大きくなったじゃねぇか。どうだ?彼女はできたか?」
「それ、今の時代セクハラになりますよ」
「野郎なら問題ねぇだろ」
「相変わらずですね……」
「お兄ちゃん、そろそろ」
「そうだな。それじゃあ魚海さん。俺たちは戻ります」
「おう。また何かあったら教えてくれ。それと、隆之介によろしくな」
清掃業者一行は軽トラに乗り込み去っていった。
ずいぶんと親しげだったが、常連なのかな?
魚海さんはそんな俺たちに気づき、いつものごとく元気に声をかけてきた。
「ん?おう!巫女姫様に坊主じゃねぇか。二人揃ってデートか?」
「「違います」」
「おお、息ぴったりじゃねぇか」
折角意識しないように頑張っていたのだから、余計な詮索はしないでほしい。幸彦がここにいたら「魚海のおやじさんにそんな器用な真似できるわけないだろ」って言いそうだな。
「実はですね。今、聞き込み調査をしていまして」
俺がボーとしている間に朝武さんが質問している。メモとペンを持参して、すっかり探偵になりきっている。
「幸彦や茉子ちゃんについて話を聞きたい?巫女姫様、そいつぁなかなか面白い質問ですねぇ。なんだか凄腕の探偵さんに話を聞かれているみたいだ」
「本当ですか!」
なんだかとても嬉しそうな朝武さん。
「ねぇ、ムラサメちゃん。朝武はなんであんなに嬉しそうなの?」
「おそらくだが、今茉子に借りている漫画が探偵物なのではないか」
「あー。そゆこと」
常陸さんも朝武さんも漫画読むんだ……。たしかにこの街の数少ない娯楽の一つとも言えるしな。今度おすすめの漫画がないか聞いてみよう。
俺が小さな発見に思考を傾けていると、魚海さんが腕を組み大げさに唸った。
「ううむ。たしかに俺は二人に関しちゃガキの頃から面倒見てるからな。巫女姫様の知らないことを話せるかもしれません。ですが、そういうのは本人に聞くのが一番手っ取り早いんじゃないですかね」
「それはそうなんですが……」
「案外、話したがってるかもしれないですよ。なぁ幸彦」
魚海さんはそういうと俺たちではなく俺たちの後ろに向かって声をかける。
「適当なこと言わないくださいよ、魚海のおやじさん」
その問いかけに反応する人間は一人しかいない。
気がつけば幸彦が後ろにいた。
ほんと、常陸さんも幸彦も、どうして気配を消して近づいてくるのだろう。心臓が飛び出るかと思った。
◇◇◇
幸彦に見つかった俺たちは一度朝武家に連行された。
「俺と茉子のことを嗅ぎ回っている者がいるって話を聞いてやってきたが、まさか芳乃様と有地だったとは」
「ごめんなさい」
「面目ない」
強制されたわけではないが、俺も朝武さんも正座をして幸彦の説教を受ける。幸彦の後ろでは常陸さんがニコニコしながらお茶を啜り、その隣でムラサメちゃんが我関せずという顔で座っている。
「とにかく、今後は軽率な行為は避けること。いいですか」
「「はい……」」
俺と同様、朝武さんもしょぼんとしていた。俺から朝武さんを誘っただけに、一緒に叱られると罪悪感を感じてしまう。
「あは、なんだか三人でみづはさんに叱られたときのことを思い出しちゃいました」
「うぅ、幸彦に叱られる日が来るなんて」
「俺も芳乃様を叱る日が来るなんて思いませんでしたよ」
「それもこれも、ご主人のおかげだな」
「勘弁してよ、ムラサメちゃん」
どこからか笑いが漏れる。常陸さんとムラサメちゃんなりのフォローなのだろう。正直ありがたい。
「そういえば、芳乃様。先ほど安春様が手伝って欲しいことがあると言ってましたよ。用事が済んだら社務所に来て欲しいって」
「本当?有地さん、ムラサメ様、幸彦、すみませんが少し失礼します」
「あ、ワタシも一緒に行きます」
朝武さんと常陸さん、部屋を出て行く。
幸彦は二人を見送りながら俺に問いかけた。
「さっきの件だが、どうせ廉太郎にでも焚き付けられたんだろ」
「……正解」
「はぁ。まあ、煮え切らない返事をした俺にも非はあるか。それに俺も有地のことは徹底的に調べたからな」
「まじ?」
「当たり前だろ。何処の馬の骨とも知らない奴に芳乃様の婚約者なんか務まらないからな」
衝撃の新事実。朝武さんのこととなると本当に心配性なんだなと改めて思った。
「そういえば、どうして幸彦は俺たちが商店街で聞き込みしてるってわかったんだ?」
「ああ、それはこいつらのおかげだよ」
そういって幸彦が取り出したのは動物の形に切り取られた紙だった。
「有地は、俺が陰陽師の末裔だって知っているよね」
「うん、みづはさんに聞いたけど。えーと、その紙は?」
俺の疑問に答えるように、幸彦は呪文を短く唱える。するとただの紙だったものがたちまち猫の姿に変わっていく。
「式神。俺たち陰陽師の相棒みたいな存在さ。ちなみにこいつは猫丸って言って、俺が初めて召喚した式神なんだ」
「にゃー」
この街に来てもう驚くことはないと思っていたが……どうやら考えが甘かったみたいだ。式神か。漫画とかではたしかにお約束の存在だよな。
猫丸と呼ばれた式神は、綺麗な黄金色の毛に透き通った宝石みたいな青い目をした猫だった。とてもじゃないがさっきまで紙切れだったとは思えない。
「他にも昆虫や鳥の姿の式神を町中に配置しているんだ。怪しい者の情報はそいつらから俺に送られてくる。生きた防犯カメラだと思ってくれると分かりやすいかもね」
「それってすごくないか!?町中の情報が手に取るようにわかるじゃないか」
「式神も万能なわけじゃない。召喚しているだけで神力を使うから疲れも溜まる。まぁ、警備に使ってる式神は比較的省エネの奴らだけど」
話には聞いていたが、実際目にすると本当に陰陽師なんだなと実感する。
巫女に忍者に幽霊に陰陽師か。去年の俺に話したらラノベ作家になれって言われるレベルの人間関係だな。あ、ムラサメちゃんは幽霊じゃなくて叢雨丸の管理者か……。いかに今まで狭い世界で生きていたかがわかるな。
「やっぱり凄いな、幸彦は」
「俺はすごくもなんともないよ。いまだに大切な人を救うことのできない、ただの役立たずさ。俺なんかより君の方がずっと凄いと俺は思うよ」
「相変わらず捻くれておるな、幸彦は」
「……しまった。努力はしてますが、性格はそう簡単には治らないみたいです」
幸彦は困ったように笑った。自分を卑下する発言は無意識のうちに出ているらしい。つまりそれは、心の底から自分はダメな人間だと思っていることに他ならなかった。
「でも、有地が凄いのは事実ですよ。有地が来てから芳乃様たちが明るくなったし、欠片のことだって有地がいなかったら誰も気づかなかったでしょうからね」
「それには吾輩も賛同するぞ」
「おお、珍しく褒められた」
「ご主人は自分から突っ込んでいくようなやつだからな。そんなご主人だからこそ芳乃の壁を破り、祟り神に対しても活路を見出せた。どうだご主人……そろそろ幸彦に直接聞いたらどうだ」
ムラサメちゃんが優しく諭すように言った。
「聞く?俺と茉子は俺が言った以上の関係じゃないですよ」
「いや、違うのだ幸彦。ご主人が本当に知りたかったのは12年前の誘拐事件についてだ。そうだろう、ご主人」
「……あはは。ムラサメちゃんにはかなわないよ」
そう。俺がここまで悩んでいたのは、誘拐事件について踏み込んで行くべきかどうかだった。いろんな人から聞いてきた、幸彦は昔からずいぶん変わったという話。おそらくそれに関係しているであろう事件。
下手をしたらトラウマを抉るだけになってしまうかもと考えたが、それでも知っておくべきだと考えたのだ。
「改めて、幸彦。俺に教えてくれないか。12年前、幸彦たちに何があったのか」
「……ただの興味本位というわけではなさそうだな」
幸彦は大きく深呼吸する。
そして覚悟を決めたように口を開いた。
「わかった、話すよ。いつかは話さなければならないと思っていたしな。ただし俺が話せるのは、俺が見聞きしたことだけだ。それでもいいかい?」
「うん」
まっすぐ目を向ける幸彦に俺は頷く。
幸彦はまたゆっくりと、昔を思い出すように話し出した。
「12年前のあの日。忘れもしない、自分の無力さを実感したあの事件。俺はあの日、初めて……人を、殺したんだ」
改めまして「駒川の者として」第十四話を読んでくださりありがとうございます。
頭の中では第十三話として一緒に投稿しようと思っていたネタでしたが、書いていて無理だと気付き、分割一日2回投稿にさせていただきました。
今回の第十四話は過去編への助走のようなものです。これから鍵になっていくかもしれないことをちりばめましたが、後々自分の首を絞めないか今から心配です。。。
次回はようやく過去編です。ショタ幸彦が頑張ります。歴史は変わりませんが応援してあげてください。