あの頃の俺たちは、まだ何も知らないただの子供だった。
自分の使命も、朝武の呪いも、これから起こる運命も。
眠りから覚めれば朝が来る。それが当たり前だと思っていたんだ。
さて、どこから話したものかな。
あれは、そう。今から12年前。俺たちがまだ5歳のことだ。
夏の暑さがようやく鳴りを潜め、穂織の山の木々が紅葉し始めた10月。空は高く雲ひとつない、穏やかな日だった。
◇◇◇
その日、三日ほど風邪を引いていた芳乃様の体調が治ったと聞いた俺と茉子は、遊べなかった三日分楽しもうと、走って朝武家へ向かっていた。
「ユキー!はやくはやく!」
「ま、待ってよ〜」
「あはっ。はやくしないとおいてっちゃうよー!」
この頃から俺は幼馴染の茉子と一緒に芳乃様の家に行くのが日課だった。鈍臭かった俺は茉子についていくだけでも精一杯。芳乃様の家に着く頃にはヘトヘトになっていた。
そんな俺たちを迎えてくれるのはいつも秋穂様だった。
「いらっしゃい二人とも」
芳乃様の母親で先代の巫女姫、
とても綺麗な人だった。明るくて、優しくて、いつも俺たちを笑顔で迎え入れて。俺も茉子も、そんな秋穂様を母親のように慕っていた。
「少し待っててね。今芳乃を呼んでくるから」
「あ、今日は芳乃様の部屋に直接行ってもいいですか?三日ぶりなのでサプライズです!」
「あら。ふふ、ありがとう。きっと芳乃も喜んでくれるわ。二人が来るのを今か今かと首を長くして待ってたから」
「でも、ぼくたちがいきなり押しかけて大丈夫かな。芳乃様風邪が治ったばかりだし……」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。幸彦くんのお父さんとお母さんがちゃんと診てくれたし、幸彦くんたちの顔を見れば芳乃の風邪もどっかに吹っ飛んじゃうわ」
そう言って秋穂様は俺の頭を優しく撫でてくれた。
「あは!ユキ照れてるー!顔真っ赤ー!」
「て、照れてなんかないもん!」
「うふふ。じゃあ二人とも、芳乃をよろしくね。私は台所にいるから何かあったら声かけてね」
ほぼ毎日朝武家に通っているので家の間取りは俺も茉子も把握している。それを理解している秋穂様は「あとは三人で楽しんで」と自分の仕事に戻っていった。
「じゃあ芳乃様の部屋まで競争ね!」
「あ、ずるいよ茉子!」
今考えると、人様の家で駆けっこなんてやんちゃが過ぎるが、俺たちの頭の中は芳乃様と早く会いたいという想いでいっぱいだったんだ。
茉子は駆け出した勢いのまま芳乃様の部屋のドアを開けると、そのまま芳乃様目掛けて飛びついた。
「きゃっ!ちょっと茉子、びっくりしたじゃない!」
「えへへ〜♪芳乃様〜、すりすり〜♪」
「ひゃっ!ま、茉子、くすぐったい」
「ユキもおいでよ〜。すべすべだよ〜」
「い、行かないよ!ほら、芳乃様から離れてって」
茉子をなんとか引き剥がしひと息つく。今まで三日も芳乃様のそばを離れたことがなかったので暴走してしまったらしい。
「少し時間をロスしましたが、気を取り直して遊びましょう!」
「今のは茉子のせいだと思うんだけど……」
「ユキの着せ替えなんて如何でしょう♪フリフリのスカートなんか似合いそうじゃないですか?」
「ぼく、男なんだけど?」
「……たしかに、似合うかも」
「芳乃様!?」
あの頃はいろんな遊びをしていた記憶がある。
と言ってもお手玉やあやとり、おままごとなど、女の子の遊びがほとんどだった。まぁ、たまに俺が茉子や芳乃様の着せ替え人形にされることもあったが、三人揃って何かをすることが、ただ純粋に楽しかった。
そして部屋で遊びつくしたあとは、学園近くの山に作った秘密基地でもう一度遊び尽くすのが俺たちの決まりだった。
俺たちの秘密基地の存在は大人にも内緒だった。大人に知られたら秘密基地にならない、というくだらない理由で隠してきた。
だから秘密基地に向かう時も“公園で遊ぶ”だの“違う人の家に行く”だの適当に嘘をついて家を出ていた。
それはあの日も一緒だった。
俺たちはいつものように公園に行くと嘘をついた。
「行ってきます、お母さん」
「行ってらっしゃい。暗くなる前に帰ってきなさいね」
「秋穂様。芳乃様にはワタシがついてますのでご安心ください!」
「ぼ、ぼくだって芳乃様をお守りします!」
「ふふ、頼もしいわね。それじゃあ二人とも、芳乃のことお願いね」
「「はい!」」
思い出しただけで嫌になる。口先だけの『守る』という言葉。
だが、このあと嫌でも思い知る。
弱い自分に守れるものなんて何もないということを。
◇◇◇
「ユキ。昨日の話、芳乃様にも話してあげようよ」
「昨日の話って、あの本のこと?」
「うん。それのこと」
「なに?あの本って」
いつものように秘密基地の中で絵を描いて遊んでいた時、茉子が思い出したように話し出した。
あの本とは、駒川家の蔵で見つけた式神に関する本の話だ。
芳乃様が風邪の時、暇を持て余していた俺が蔵で偶然発見したのだ。本には駒川家が陰陽師だった頃に用いていたらしい式神との契約の仕方が書かれていた。
「式神って?」
「陰陽師が従える使い魔のことですよ。神力や霊力を捧げることの対価に力を貸してもらうんです」
「ほー……なるほど?」
「えーと……簡単に言えば、ペットみたいなものです」
「「ペット!」」
目をキラキラさせながら詰め寄ってくる。
朝武家も常陸家もペットの類は飼ってはいけないことになっている。
というのも、大昔の跡目争いの時、呪詛のために獣をたくさん殺したとされていたことや、イヌツキと周辺の地域から忌み嫌われていることから、これ以上恨みや呪いを生まないために動物の飼育は禁止されているのだ。
「ユキのことだから、今もその本持ち歩いてるでしょ」
「持ってるけど……」
「じゃあここで召喚してみようよ!」
「ええ!?無理だよ!ぼくまだ霊力の使い方下手くそなんだよ?」
「大丈夫!ユキって頭いいし、器用だもん。絶対成功するって」
「私も、その式神にあってみたい……かも」
「芳乃様まで」
「それに、茉子が言うように、ユキならできそうだなって」
「うう。失敗しても笑わないでよ」
茉子や芳乃様の押しに弱いのはこの時からだったようだ。
俺は仕方なく本を取り出し、準備を始める。
本に書かれた通りに召喚陣を書き、本に挟まっていた紙を使って依り代を作る。最後に依り代を二つ、召喚陣の真ん中に置いて準備完了。
「依り代を二つ置くのはなんで?」
「式神は二体で一つの役割を果たすんだって」
「じゃあ、成功すればモフモフが二倍なのね!」
「芳乃様、式神がモフモフとは限りませんよ?」
どうやらさっきのペット発言が尾を引いているらしい。
気を取り直して召喚に集中する。
「すぅ、はぁー」
息を整え、本に書かれている通りに呪文を唱える。
「告げる——」
呪文を唱えている間、不思議と頭の中がスッキリしていた。
周りの音が遮断され、聞こえるのは自分の心臓の音のみ。
自分の中の霊力が吸い取られている感覚がするものの、嫌な感じではなかった。
俺はそのまま最後の一節を読み上げる。
「——我が元に下り、契りを結べ!」
すると、あらかじめ式神の器として用意してた紙が薄く光り出し、姿を変える。一つは猫の姿に。もう一つは
「やった……成功した……あはは!成功した!やったぁ!」
「すごい!すごいよユキ!」
「ほ、本当に紙が動物になりました!」
喜ぶ俺に茉子が抱きつく。芳乃様も目を丸くしながら感嘆の声をあげていた。
俺は初めて召喚した二体の式神に顔を向ける。
呼び出した式神に名前をつけることで正式に契約は完了する。
「君は……決めた!君の名前は“猫丸”だ!」
「にゃー」
「それで君は……“
「ワン」
猫の式神“猫丸”と犬の式神“狛”。
それが俺の初めて召喚した式神だった。
「ぼくは幸彦。これからよろしくね。こっちがぼくの幼馴染みの茉子と芳乃様」
「初めまして、常陸茉子です」
「朝武芳乃です。よろしくお願いしますね」
俺たちの言葉に二匹はそれぞれの鳴き声で答えてくれた。
「にゃー」
「あは、猫丸は人懐っこいですね」
「本当だ。はわわ〜。モフモフです〜」
自ら茉子と芳乃様にすり寄っていく猫丸。それとは対照的に遠目からそれを眺める狛。
猫丸が腕におさまるぐらいの大きさに対して、狛は白い毛並みで大型犬ほどの大きさがあった。
俺は改めて狛に挨拶をする。
「狛も、茉子や芳乃様と仲良くしてね」
俺が手を差し出すと、狛は前足をポンッと俺の頭に乗せ
「フッ」
と見下したような声を出したあと、勝手に何処かへ行ってしまった。
「あらら。完璧に下に見られてますね」
「あの、ユキ、元気出して」
「はは、いいんですよ。どうせぼくなんて所詮その程度だったんですよ。召喚に成功したぐらいでいい気になって……ぼくなんか……」
「大変です芳乃様!ユキが膝を抱えていじけちゃいました!なんとかしてください!」
「ええ!?えっと……ゆ、幸彦。元気出してにゃー。幸彦はすごいにゃー(裏声)」
「芳乃様が必死に猫丸を演じていらっしゃる……!なんて健気で可愛らしいのでしょうか。でも、猫語ならワタシも負けないにゃ!」
「もう!茉子!からかってないで茉子もユキを励まして!」
俺たちの中で誰かが悲しんでいると、他の誰かが励ましてくれた。
俺が泣いたら茉子と芳乃様が
茉子が落ち込んでいたら俺と芳乃様が
芳乃様の元気がないときは俺と茉子が
そうやってお互いが笑顔でいれる毎日。それが今まで続いていた。
あの日だって、いつもと変わらない日常だった。
なんだかんだ召喚のあとも秘密基地で遊んだ俺たちは、日が暮れ始めたので家路についた。
「そういえば、狛がどっか行っちゃったままだけど大丈夫なの?」
「大丈夫だと思う。契約は完了してるからぼくが命令しない限り誰かに危害を加えることはないし、そのうち霊力が尽きてぼくの元に戻ってくるから」
「うう、狛もモフモフしたかったのに……」
「芳乃様、さっきからそればっかりですよ」
いつもと変わらない日常。
それは簡単に崩れ去る尊いものだった。
「お嬢ちゃんたち。こんな時間に子供だけで山の中を歩くなんて危ないじゃないか」
そいつらは突然現れた。
中年の小太りな男と背が高く少し痩せこけた男。
街では見かけない顔と上下黒い
俺と茉子はすぐに芳乃様を庇うように前に出る。見るからに怪しい連中だったし、秋穂様にも芳乃様を守ると約束していたから。
小太りな男が笑顔で語りかけてくる。その間も背の高い男の方は無表情だった。
「おじさんたちに送ってもらわなくてもワタシたちだけで帰れますから」
「あはは、頼もしいお嬢さんだ。おや、よく見ると可愛らしい顔してるね。なおさらおじさんたちは心配だよ」
小太りな男が舐めるように茉子を眺める。
その目線に腹が立った俺は茉子の前に出た。
「ぼくたちは大丈夫と言ったんです。急いでますので失礼っ——!」
息ができなくなる。
突然の出来事だったので背の高い男に鳩尾を蹴られたと気づくまでに時間がかかった。
うずくまる俺を男はもう一度蹴り飛ばし、馬乗りになって殴ってきた。
何度も何度も何度も何度も何度も殴られた。
思考が全然追いつかなかった。その代わり、このままでは殺されると本能が叫んでいた。遠のく意識の中で茉子と芳乃様の悲鳴が聞こえていた。
「やめろ。ったく、お前は荒っぽくていけねぇ」
「こいつの目が気に食わなかったんだよ。いつまでもガキに下手に出てないでさっさと連れてきゃいいじゃねぇか」
「わかったよ。さぁ、お嬢ちゃんたち、言うことを聞いてくれれば暴力はしない。わかってるね」
このままじゃ、茉子と芳乃様がさらわれてしまう。
最後の力を振り絞って俺は——
「まだ意識あるみたいだな。変な気起こすと本当に、殺すぞ」
俺は——逃げた。
情けない声をあげて、泣きながら、逃げた。
怖かった。本当に殺されると思った。俺の足は止まることなく、走って逃げた。
人に向けられる殺気。溢れ出る悪意。殴られる痛み。その全てを知ってしまった。
男の笑い声が聞こえた。それすらも怖かった。
俺は……茉子と芳乃様を見捨ててしまった。
そこからはあまり覚えていない。
山から出てきた俺は玄十郎さんに保護された。
俺はまともに話すこともできなかったらしい。言葉の端々から自体の重さに勘付いた玄十郎はすぐに町の自警団を収集。俺はそのまま駒川診療所で手当てをされたが、誰にも会わせる顔がないと思い部屋に閉じこもった。
部屋の外からは大人たちの慌てた声が聞こえて来る。街をあげて芳乃様たちの捜索を始めたらしい。
自分が許せなかった。惨めで情けなくて弱くて、茉子も芳乃様も守ることができなかった。涙が止まらない。悔しくて悔しくて仕方がなかった。
部屋の端で膝を抱えて泣いていると優しく声がかけられる。
「幸彦、ここにおったか。探したぞ」
「ムラサメお姉ちゃん」
「みんな心配してたぞ。ひどい怪我なんだ。ベッドで横になっていなくていいのか?」
「ねぇ、ムラサメお姉ちゃん。茉子たち死なないよね」
「安心しろ。今玄十郎たちが探しておる。無事すぐ見つかるさ」
「ぼく、逃げたんだ。秋穂様に守るって約束したのに。逃げちゃったんだ。茉子も芳乃様も見捨てて……ぼくは……ぼくっ……」
声を出すたび涙が溢れ出た。
「……一人にさせて」
「……」
ムラサメ様は何か言いたそうにしたが、そのまま姿を消してくれた。
◇◇◇
一体どれだけの時間が経ったのか、あたりはもう真っ暗になっていた。
外からは相変わらず大人たちの声が聞こえて来る。
もうこのまま石になりたいとさえ思った。自分という存在を消してしまいたいと、そう思った。
その時だった。
——おい、人間。貴様こんなところで何をしている——
どこからか声が聞こえてきた。
——あの娘たちはお前の大切な存在なのであろう?
それなのにいつまでこんなところで蹲っているつもりだ——
顔をあげて周りを見渡すが、誰もいない。
俺は部屋の窓を開けて外を見る。そこにいたのは……
「……狛?」
白い大きな犬。間違いなく狛だった。
狛は俺と目が合うと「ワンッ!」と吠えて何処かへ走っていく。
俺はなぜか「ついてこい」と言われたような気がした。
俺は狛を追って走った。ここで走らなければきっと後悔すると思った。
狛は夜の山の中に入っていった。
『夜の山には入ってはいけない。』子供の頃から言われてきた約束を、俺はこの日初めて破った。
山に入って数分。狛の姿は見失ってしまったが、代わりに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「くそっ!歩いても歩いても同じところをぐるぐる!どうなってんだよ!」
間違いなく小太りな男の声だった。とてもイラついているのがわかる。
俺は咄嗟に木陰に身を隠す。
あれからずっと歩いていたのだろう。よく見ると皆息が上がっていた。特に疲れているのが芳乃様だった。肩で息をして座り込んでいる。心なしか顔色も悪かった。
「おらっ!さっさと歩きやがれ!」
背の高い男が大声を上げる。さっきの恐怖が蘇ってきて手足の震えを止めることができなかった。
俺が恐怖に震える中、茉子は芳乃様の前に出て抗議する。
「やめてください!芳乃様は病み上がりなんです!もう少し休憩を・・・」
「うるせぇ!こっちは切羽詰まってんだ!ガキがどうなろうと知ったことか!別にすぐ死ぬわけでもねぇ」
「瀕死だろうがなんだろうが、要はお前たちがここにいるだけで大金が手に入るんだ。ここで捕まるわけにはいかねぇんだよ!」
目の前の大切な人を助けるためにここにきたはずなのに、動けなかった。喉が張り付いたように声も出せない。
「茉子……私は大丈夫、だから」
「いいえ。大丈夫ではありません。ワタシが不甲斐ないばかりにこんなことになってしまったんです。これ以上、芳乃様に何かあっては、安春様にも秋穂様にも顔向できません!」
「茉子…」
「ごちゃごちゃうるせぇガキが。おい。必要なのは銀髪のガキだけだろ?こっちのガキは殺してもいいんじゃねぇか?」
(殺す?誰を?)
一瞬で頭が真っ白になった。男は銃口を茉子に向けている。
「そんな!お願いやめて!」
「おうおう。さすがは巫女姫様だ。無駄な殺生は好まないかい?だがな、俺たちも余裕がないんだ。不確定要素は少ないほうがいい」
「ああ、そういうこった!」
「お願い!銃を降ろして!茉子を殺さないで!」
(だめだ。そんなの、だめだ!)
芳乃様の言葉でわかってしまった。このままでは茉子が殺されてしまうと。
「あばよ嬢ちゃん。あの世でたっぷり後悔しな」
「くっ・・・」
(動け、動け動け動け!)
歯が欠けるほど力を込め、自分の手足に命令を送る。そして
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ようやく俺は動き出す。火事場の馬鹿力だろうか、自分でも驚くほど速く銃を構える背の高い男に飛びかかる。
「っ!なんだこのガキ。どっから出てきた!?」
(間に合え!)
いきなり俺が出てきたことによって男は混乱する。
狙いは男が持っている拳銃。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!茉子と芳乃様に手を出すなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺の体当たりによって男はバランスを崩し、あさっての方向に向かって発砲する。そのまま小太りな男を巻き込み倒れこんだ。
「ユキ!?どうしてここに?」
「説明はあと!今は芳乃様を安全なところに!ぼくが囮になる」
「っ!?そんなことしたらユキが……」
「いいから早く!!」
芳乃様は無理をして意識が朦朧としている。
茉子は一瞬顔をしかめてから、諦めたように芳乃様の肩を持って木陰に避難した。
その間に男たちも起き上がる。
「このクソガキ……舐めた真似しやがって。殺す」
「おじさんたちを怒らせるとどうなるかじっくり教える必要がありそうだ」
相変わらず震えが止まることはないが、息を整えながら相手の出方を確認する。
「ほら、謝るなら今のうちだよ。おじさんたちも子供一人相手に暴力はふるいたくないんだ」
「おじさん、さっきと口調が変わってる。高圧的な態度の方があんたにはお似合いだよ。それに……一人じゃない。人数は互角だ」
「何を言って……っ!?」
油断していた小太りな男に白い影が襲いかかる。
他でもない、狛だった。
狛は容赦なく男の腕に噛み付いていた。
「ぎゃぁぁ、痛い!痛いぃぃ」
「このやろうっ!」
もう一人の男が狛に向かって発砲するが、狛は軽々回避する。
「こ、殺せ!早く撃ち殺せ!」
「やってるっつうの!」
何度も発砲するが狛に銃弾が当たることはなかった。
「狛っ!!ぼくのありったけの霊力を君に渡す!だから力を貸してくれ!」
「ワンッ!」
狛は「当たり前だ」というように男たちの元へと駆けていく。
その牙で、鋭い爪で、男たちにダメージを与えていく。
俺は石を投げて狛の援護に回った。霊力が狛にどんどん持って行かれて正直立っているのもやっとだったが、倒れるわけにはいかなかった。
いける!そう思った時、背の高い男が狛や俺ではない方向へ銃を向けた。
その先には茉子の姿があった。
「茉子っ!危ない!」
(先ほどのように男に体当たりすれば。)
(いや、この距離じゃ間に合わない。)
(じゃあ茉子を押しのけて回避すれば。)
(だめだ。茉子は男より遠くにいる。)
(だったら……。茉子が撃たれる前にぼくが撃たれればいい。)
俺は自ら銃口の前に飛び出した。弾は俺の右肩を貫通した。
そして……
「きゃあっ!!」
俺は茉子の元へ駆け寄る。男は狛が相手をしてくれた。
「茉子!茉子、しっかりして!!」
茉子の体に触れるとビチャッと暖かい液体に触れた。
茉子の血だった。頭が真っ白になった。
実際は肩をかすった程度で俺の方が重症だったのだが、その時の俺にそんなこと考える余裕なんてなかった。ただ、茉子が動かず、血が流れ出ている。それが事実だった。
「茉子……茉子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
自分でも驚くぐらい黒い感情が湧き上がってきた。
許さない。茉子を傷つけたこいつらを。
許さない。芳乃様を苦しめたこいつらを。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!
俺の気持ちに応えるように、山の奥から黒い泥の塊が集まってきた。
一体や二体ではない。十数体ものくらい塊だ。
それが、俺が初めて見た祟り神だった。
同時に狛の様子もおかしくなった。白かった毛が黒く染まる。まるで周りの祟り神を吸収しているように。
そしてついに、祟り神と狛は男たちに襲い掛かった。
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「俺が覚えてるのはここまで。気が付いたら診療所のベッドの上だった。男たちは形も残らないぐらいぐちゃぐちゃになっていたそうだ」
幸彦の口から語られた事実は、俺が想像していたよりひどい話だった。
「俺は茉子と芳乃様を見捨てた男だ。芳乃様に怖い思いをさせた。茉子を傷つけてしまった。そして、二人の人間を殺めた。そんな最低な男なんだ」
「……幸彦は、全然悪くないじゃないか……!」
「だが俺が原因で人が死んだのは事実だ。たとえそれが悪人だったとしても。……幻滅したかい?」
「……幻滅なんかするもんか」
俺の言葉に、幸彦は短く「そうか……」と言うと立ち上がった。
「さぁ、昔話は終わりだ。俺は芳乃様と茉子の様子を見てくるよ」
これ以上話を続けるつもりはない。おそらくそういうことなんだろう。立ち去ろうとする幸彦に俺は声をかける。これだけは伝えておきたかった。
「幸彦。俺はやっぱり、お前はすごいと思う」
幸彦は立ち止まり、小さく囁く。
「ほんと、俺には眩しすぎるよ、君は」
結局振り返らず朝武さんのところへ行ってしまった。
そんな幸彦の後ろ姿を見ながら、ムラサメちゃんが心配そうな顔をして俺の顔を覗いてくる。
「聞いたこと、後悔しておるか?ご主人」
「いや。むしろもっと朝武さんたちの役に立ちたいって思ったよ」
「うむ!ご主人ならそう言ってくれると思ったぞ」
俺の知らないみんなが、そこにはいた。
それを知ることができたのだ。
過去は変えられないけど未来は変えられる。
絶対朝武の呪いを解いてみせると、俺はもう一度心に誓ったのだった。
「駒川の者として」第十五話を読んでくださりありがとうございます。
とても難産でしたが、ついに12年前の事件を描くことができました。いかがでしたか?
どうでもいい情報を言いますと、ショタ幸彦の声のイメージは釘◯理恵さんです。
過去の話はまだ謎が多いので、今後の物語で明らかにしたいと思っています。
次回はレナのムラサメお友達大作戦になる予定です。