「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。
第十六話になります。
それではどうぞ。
穂織の夜はとても静かだ。
そもそも娯楽の少ない街であるから、夜中に出歩く者はいない。神社の境内に足を運ぶ者などいるはずがない。
今この場所にいるのは吾輩と、吾輩の友だけだ。
なんてことはない。ただ、今日は友と話がしたかったのだ。
吾輩はゆっくり夜空を見上げる。
「今日もお主は綺麗だな。……最近な、皆いい顔をするようになった。芳乃も茉子も幸彦も。ご主人が来てから明るくなった。さすが我がご主人だ。叢雨丸が選んだだけのことはある」
自分の声だけが暗闇に溶けていく。
「ご主人と芳乃たちが力を合わせれば、朝武の呪いも解けるかもしれん。そう思うようになってきた。だが……同時に考えてしまうのだ。呪いが解けたら吾輩はどうなってしまうのか。もちろん芳乃のためにも早く呪いを解いてやりたい。でも……吾輩は怖いのだ。ご主人たちと別れるのが、怖くて怖くてたまらんのだ」
口にして改めて思う。自分はどうしてこんなに我儘なんだろう。死から逃げ、大切な人たちの想いを裏切った自分に、今更できることがあるのだろうか。
「なあ、月よ。吾輩は一体どうしたらいい?」
吾輩の問いかけに、当然答えなど返ってこなかった。
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「こいつが捜査資料だ。お前が拾ってきた傀儡の欠片の出処や怪しい動きをしているアストラル能力者がいないか調べてはいるが、存外難航してやがる。どうやら相手は相当やり手だぜ」
有地に12年前の事件を話した次の日。
朝早く魚政を訪ねた俺は、魚海のおやじさんから例の傀儡使いについての報告を受けていた。
「たった数日でここまで調べられる特班も相当のやり手ですよ。事件に関わっているかもしれない企業のリストまで作ってもらえるとは。早速玄十郎さんと安春様に話して芳乃様のお見合い相手から洗ってみます」
「こっちも引き続き調べておく。といっても調べるのは榎本と隆之助だけどな」
引退したとはいえ、さすがは元特班の局長だ。仕事モードのおやじさんは、その場にいるだけで周りの空気を引き締めてくれる。
しばらく渡された資料に目を通していると携帯の着信音が聞こえてきた。
「お?茉子ちゃんからラブコールか??」
気がつけば魚海のおやじさんが後ろから携帯の画面を覗き込んでいた。毎回なぜこの人はこうも簡単に背後に回りこめるのだろう。とんだ才能の無駄遣いだな。
俺はおやじさんを無視して電話に出る。
「もしもし」
『あ、おはよう幸彦。もう準備できた?』
「しまった、もうそんな時間か。悪い、すぐ向かうから先に行っててくれるかい」
『はぁ、電話して正解でしたね。遅刻したら罰金だよ』
「そうならないよう急がなきゃな」
『もう、調子いいんだから。じゃあまたあとでね』
「ああ、それじゃあ」
俺が電話を切ると同時に魚海のおやじさんがグイッと顔を近づけてくる。なんだか目がキラキラして興奮してるようにも見えるが……。
「幸彦!やっと……やぁっっと茉子ちゃんとデートする日が来たんだな!」
「え?デート?」
「照れるなってこのやろう!お前さっきの電話、デートの待ち合わせの話だったろ?遅刻したら罰金だよ♥とか、またあとでね♥とかとか!いや〜若いっていいね〜」
どうやらおやじさんは壮大な勘違いをしているようだ。おやじさんのハートマークがついたような声なんて聞きたくないんだが。
というか、それは茉子の真似か?もしそうなら怒るぞ?
「デートがあるなら先に言えよ!ほら、早く行けって。茉子ちゃん待たせたら承知しねぇぞ」
否定するのは簡単だが、説得するのは骨が折れそうだ。茉子から電話があったように約束の時間が迫っていたので、俺はおやじさんを放置してその場を離れる。
今日はデートではなく、レナさんにムラサメ様を紹介する日。
俺はその足で志那都荘へと向かうのだった。
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今日はレナさんにムラサメちゃんを紹介する日。
この日のためにじいちゃんやみづはさんにも協力してもらった。あとはレナさんにムラサメちゃんが霊体である事がばれないように紹介するだけだ。心なしかみんな緊張しているように見える。
俺たちは志那都荘の前で幸彦と落ち合った。
「すまない、遅くなった」
「女性を待たせるなんて感心しませんね〜幸彦」
「うっ悪かったよ。今度埋め合わせはするから許してくれ」
「田心屋の新作スイーツで許してあげる」
「わかった。今度ご馳走するよ」
「あはっ♪約束ですよ」
「ほらそこ、イチャイチャするでない。今日はでぇとの日ではないのだぞ」
ムラサメちゃんがジト目で突っ込むと、幸彦も常陸さんも少し頬を赤らめながら「あはは」と笑ってごまかした。
「付き合ってないんだよね」
「そ、そのはず……です」
この前付き合ってないと断言した朝武さんも少し言い淀んむ。早く付き合えばいいのにと思うが、きっとこの二人には一歩踏み込めない何かがあるのだろう。“いつかそうなれればいいのだがな……”と前にムラサメちゃんが言っていた言葉もなんとなくわかるようになってきた。
ともあれ、常陸さんと幸彦のおかげで少しだけ緊張が和らいだ。あの二人の事だから、案外狙ってやっているのかもしれないな。
「それでは行きましょうか」
俺たちは志那都荘の中へお邪魔する。
ムラサメちゃんが俺たち以外に見えないことを考慮して、志那都荘の一室をじいちゃんが貸してくれたのだ。
「ムラサメちゃん、緊張してる?」
「何を申すか。そもそも本当に吾輩を見ることができるのか、甚だ疑問でもあるのだ。緊張する訳無かろう」
「じゃあなんで俺の後ろに隠れるの?」
志那都荘に入った途端、俺の後ろにぴったりくっついて移動するムラサメちゃんに目を向ける。そんなにくっつかれると歩きづらい。悪い気はしないけど。
「こ、これはあれだ!そのレナとかいう者が本当に吾輩を発見できるか確かめるためなのだ」
「心配しなくても、レナさんは優しくていい子だからきっと友達になれるって」
「……そういう心配ではないのだ」
「ん?なんか言った?」
「なんでもない。気にするなご主人」
何か言っていたように思ったが、ムラサメちゃんはそっぽを向いてしまった。その態度に少し引っかかりを覚えたが、部屋に着いたのでとりあえず思考を止める。
部屋に入るとレナさんが満面の笑みで出迎えてくれた。
「おお!みなさんいらっしゃいませ!もちを長くして待ってましたよ」
相変わらず惜しい感じで間違ってるんだよな。
しかし、レナさんの笑顔を見ているとこっちまで楽しくなるのだから不思議だ。そんなレナさんは朝武さんを見て一層顔を輝かせた。
「ヨシノも来てくれたでありますね!嬉しいです!」
「レ、レナさん。本日はお日柄もよく……」
「朝武さん?なんでそんなに緊張してるの?」
「だって、茉子たち以外の友達の家にお邪魔するのなんて初めてなんですもん」
今朝からなんとなくソワソワしてたと思ったが、相変わらずの箱入り娘な朝武さん。そんなところも可愛いのだが。
「ヨシノ、そんなに気負わなくていいのですよ。マコやユキヒコと接するみたいにすればいいんです。私とヨシノは友達なんですから」
「レナさんっ……!」
レナさんの手が朝武さんの手を優しく包む。本当にレナさんの優しさは俺たちを温かく包んでくれるようだ。俺より後に転校してきたのに俺よりも断然クラスに馴染んでいるのも彼女の人柄のおかげだろう。……俺に問題があるわけではないはずだ。
「それで、例の女の子はどちらにいるのでしょうか?」
「ああ、それなら——」
「じーっ……」
ふとどこからか視線を感じる。後ろを向くと、襖から覗き込むムラサメちゃんと目があった。なんで一緒に入ってこないんだよ……。
「およ?どこかから視線を感じます」
どうやらレナさんも感じ取ったらしく、襖に目を向ける。
「ささっ」
ムラサメちゃんは素早く襖の陰に隠れる。
「おかしいです。確かに誰かが覗いていた気がしたのですが……もしや妖怪もぐもぐメンですか!?」
「なにかを美味しそうに咀嚼していそうな妖怪ですね」
「“メン”ということは、性別はオスだろうね」
「目目蓮の事じゃないんです?」
朝武さんが冷静に突っ込んでいるが、あの二人に関しては楽しんでいるだけだろう。ていうか、早くムラサメちゃん紹介しないのかな?
「じじーっ……」
またもやムラサメちゃんから熱い視線が向けられる。
レナさん、今度は先程より早く振り返る。が……
「さささのさっ」
今日一番の速さで襖の陰に隠れてしまうムラサメちゃん。
いったいなにをやっているんだ……。
「もういいから出てきなよ、ムラサメちゃん」
俺の言葉でようやく襖から顔を出し、レナさんと対面する。
ムラサメちゃんが見えるならちゃんと反応するはずだけど。
「おお!ようやくしっかり顔を見れました。初めまして。レナ・リヒテナウアーです。あなたのお名前を教えてくれますか?」
ムラサメちゃんに目線を合わせるよう屈みながら微笑むレナさん。
「む、ムラサメ……です。よろしく頼……お願いします」
ムラサメちゃんは顔を赤らめながらも、病弱で人見知りな幸彦の親戚の子を演じていた。普通の敬語を使おうとするムラサメちゃんか……なんだか新鮮だな。顔を赤くしちゃって、恥ずかしいのかな?
と思っているとムラサメちゃんが小声で何かつぶやいた。
「くっ、なにを食べればそこまで大きくなるのだ。屈んだことでより胸を強調してくるとは、吾輩への挑発か!?」
ああ……憤りのせいで顔が赤くなってるのね。
大丈夫だよムラサメちゃん。レナさんは規格外だから。それに小さい方が好きな人間もいるから。うん。人間胸で判断するのはよくないよ。
さて、話が脱線しかけたが、どうやらレナさんにははっきりとムラサメちゃんが見えているようだ。幸彦も半ば確信していたのだろう、驚いた様子はなくなにか思考を巡らしている。だけどそれも少しの間で、すぐにいつもの調子でレナさんに話しかける。
「この子が俺の親戚のムラサメちゃん。人見知りだから、まだ恥ずかしいみたいだね」
「……うん」
頷きながら俺の後ろに身を隠す。今日の俺は壁役だ。唯一触れることができる俺の近くにいれば、霊体だと気づかれる確率が低くなる。レナさんと一定の距離を取るための苦肉の策である。
「大丈夫であります!これから徐々に仲良くなってみせますので!」
レナさんは自信たっぷりにそう言った。
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「それで、どうしてこうなった」
「仕方ないだろ、レナさんがもっと仲良くなるためにはウィンドウショッピングが一番だって言い出したんだから」
「だが吾輩は服も着替えられないし食事もできんのだぞ」
志那都荘で自己紹介を終えた吾輩たちは今、皆で街に繰り出していた。どうやら一緒に街を見て回ることで仲良くなるというレナの作戦らしい。
まぁ、吾輩も綺麗なものや可愛いものを愛でるのは嫌いではない。むしろ普段見れないものを見て多少興奮している。だが、物に触れることのできない吾輩にとっては気が休まらないのも事実なのだ。
「私たちもフォローします。安心してください」
「芳乃様の言う通りですよ。いざとなったら有地さんが一肌脱いでくれますから」
幸彦がレナの気を引いているうちに芳乃と茉子が小声で言う。そこまで言われては仕方がない。大船に乗ったつもりでやってやるかのう。
しかし、このレナという娘は想像以上にいいやつだな。多少強引なところもあるがしっかり吾輩に気を配って店を選んでいる。吾輩が退屈しないようによく話しかけてくれるし、表裏がないまっすぐな少女という印象だ。
ふとレナの足が服屋の前で止まる。なにやら店の中をうらやましそうに眺めている。
「レナさん?どうしましたか?」
「あ、いえ……私もヨシノたちが着ているような服が欲しいなと思ってしまいまして」
穂織に住む人間は、穂織で独自に発展した着物をアレンジした服を着ている。みづはや幸彦などはたまに普通の服を着ることもあるが、これは少数派だろう。
「ではせっかくですし、レナさんの私服を買いましょうか」
「ええ!?大丈夫でありますよ!みなさんの時間を割いてまでそんな」
「そんなこと言わないでください。今日は十分楽しい時間を過ごさせてもらってますから」
「芳乃様は昔から人の服を選ぶのが好きなんですよ。幼い頃は幸彦に似合う可愛い服を探しては着せていましたから。ね?幸彦」
「……ハハハ、オボエテナイナ」
あの頃を思い出しているのか顔を背けて冷や汗をかく幸彦。たしかに、芳乃と茉子が着せ替えた幸彦はなかなかに可愛らしかった。
「ですがムラサメちゃんもいますし」
レナが申し訳なさそうにこちらを見てくる。
周りに気を配るのもいいが、レナは
「気にするでな……気にしないでください。わがは……私も人の服を考えるのは好きですから」
ううむ。自分でしゃべって違和感がある。口調を変えるのはなかなか難しいのう。
「俺たちは店の外で待ってるから。女の子だけで見てきなよ」
「ダメですよ、有地さん。ムラサメさ……ちゃんは有地さんに一番なついてるんですから。一緒に来てください」
「でも、女の子ばっかのところに俺たち男子が行くのはちょっと……」
「よかったじゃないか。両手に華どころじゃないぞ」
「あは、もちろん幸彦も一緒に行きますよね」
「ア、ハイ」
ご主人も幸彦も半ば強制的に店の中へ入る。幸彦に至っては茉子に腕をがっしり掴まれていた。
店の中でいろいろ試着してみるレナだったが、けしからんことにほとんどの服が入らなかった。ふっ。胸が大きいのも考えものだのう。
サイズが合うのが数着しかなかったため、買い物が終わるまでそれほど時間はかからなかった。
「じゃんじゃかじゃーん!着替え完了でありますよ!」
とても嬉しそうに皆の前でくるりと一周する。さっきまで二つ結びだった髪型も服装に合わせて一つ結びに変えてきた。ふむ、なかなか似合うではないか。
肌の露出はそこまで変わらんが、へそはちゃんと隠れている。その代わりに、肩にはスリットが入っていて肩から脇にかけて肌があらわになっていた。
「すごく……可愛いと思う」
「ああ、とても似合っているよ。普段も綺麗だけど、今は華やかって感じかな」
「あはは、褒めすぎですよ二人とも。なんだか照れてしまいます」
「美しい女性は素直に褒めるよう榎本さんに言われてきたからね」
「俺も素直な感想だよ」
服を選んだ芳乃と茉子も満足げに頷いていた。
吾輩もご主人の後ろから手を出し親指を突き上げる。
「えへへ。ありがとうございます、みなさん!」
◆◆◆
それから一日中街をぶらつきながら、ウィンドウショッピングを楽しんだ。
歩き疲れた吾輩たちは公園のベンチで一休みをしている。
最初はどうなるかと思ったが、何とかここまでハプニングなくやってこれた。あとは帰るだけだが、最後まで気を抜くわけにはいかないだろう。帰るまでが遠足だ。
「飲み物買ってくる。みんなはここで待ってて」
「あ、ワタシも行く」
幸彦と茉子が自動販売機の元へ行く。
「有地さん!あの人お財布落として行っちゃいましたよ!追いかけなきゃ!」
「ちょっ朝武さん。一人でどっか行くのは危ないって!レナさん、ムラサメちゃん。すぐ戻るからちょっとだけ待ってて。おーい朝武さーん!」
芳乃とご主人も落し物を届けに行ってしまった。芳乃もご主人も人がいい。
と、必然的にレナと二人きりの時間ができてしまった。
「あはは、二人きりになってしまいましたね」
吾輩は頷く事で同意の意を表す。
「あの、ムラサメちゃん。今日は楽しかったですか?」
「うm……はい。久しぶりに街を大勢で散策できたので楽しかったです」
「……」
わずかな沈黙のあと、レナは優しく微笑みながら吾輩に語りかけた。
「口調、無理して変えなくてもいいでありますよ」
突然の事で目を丸くしてしまう。
「……なぜ無理していると思うのだ?」
「ムラサメちゃん、すごい喋りにくそうにしてましたよ。」
「ふふふ」とレナは面白そうに笑った。たったそれでけで看破されるとは吾輩たちの誰も予想しなかっただろう。
「はぁ、バレてしまっては仕方ない。お言葉に甘えていつも通りにさせてもらうぞ」
「はい♪そうしてもらえると私も嬉しいです」
ここまで言われて偽るのも悪いと思い、口調を戻す。
やはりこの方が話しやすい。
「しかし、見破られるとわな。恐れ入ったぞ」
「ふっふっふ。このぐらい朝飯前ですよ。ヨシノもマコもユキヒコもマサオミも、普段よりよそよそしい気がしました。それに、ムラサメちゃんのことを呼ぶときもムラサメ様と言おうとしてましたし、まるで何かを隠しているようでした」
ここまで言うとレナは少しだけ寂しそうな顔をした。
「だから……きっと、私に知られたくない秘密があのだと思ったですよ」
「すまない。だが、芳乃たちを恨まないでくれ。今は話せないが、これには訳があるのだ」
「わかってますよ。ヨシノもマコもユキヒコもマサオミも、理由もなしに嘘をつくような人ではないと知っていますから」
困ったように笑うレナ。その表情は寂しそうであり、どこか慈愛に満ちているようにも感じた。
「……疎外感を感じるのなら、ヨシノたちにちゃんと言うのだ。吾輩に言ってくれてもいい。レナを悲しませたなら、本末転倒だからな」
「ふふ、ムラサメちゃんはやっぱり優しいでありますね。今日会ったばかりの私の心配をしてくれるなんて」
「わ、吾輩はただ、思った事を口にしただけだ」
「ありがとうございます、ムラサメちゃん。ですが、聞くのはやめておきます。いつか話してくれるのを待ちますよ」
吾輩はレナの事をよく知らない。だが今日一日共に過ごしてわかったが、此奴は筋金入りのお人好しだ。
ふと、そんなレナがなぜ吾輩の事を気にかけるのか気になった。
「レナは、どうして吾輩の事が気になったのだ?」
吾輩の質問にレナは一瞬考え口を開く。
「……似ていたであります、私に。どこがと聞かれると困るのですが、なんとなくそう思ってしまって。それから何回か街中でムラサメちゃんを見かけましたが、なんだか泣きそうで、とても寂しそうな目をしているのを見て、あの子の笑っている顔が見たいって不思議と思うようになったでありますよ」
「……」
見ず知らずの吾輩を見てそんな事を考えるとは。此奴はやはり——
「やはりおぬしはご主人に似ておるな。気配だけでなく性格までそっくりとは。まったく、吾輩の周りはお人好しだらけで困る」
「ご主人が誰かはわかりませんが、それほどムラサメちゃんが愛されているという事ですよ」
「かもしれんな。少なくとも悪い気はせん」
吾輩が素直に頷くとご主人たちが戻って来る。
「ジュース買ってきましたよ〜。幸彦の奢りです♪」
「じゃんけんなんてするんじゃなかった……」
「財布を拾ったお礼にみかんもらっちゃいました!」
「無事に届けられてよかったね、朝武さん」
一気に場が騒がしくなる。やはりこのぐらいうるさい方が心地いいと感じるな。
「レナさん、ムラサメちゃん、お待たせ。あれ?二人とも御機嫌みたいだけど何かあった?」
「乙女の秘密です!ね、ムラサメちゃん」
「うむ、乙女の秘密なのだ!」
吾輩たちの様子を見て芳乃たちは顔を見合わせながら首を傾げた。
◆◆◆
日も暮れてきたので吾輩たちは帰路につく。とりあえずはレナを志那都荘まで送り届ける事にした。
霊体なので体の疲労はないが、精神的な疲れはある。神力を使うのとはまた違った疲れだ。
「また遊びましょうね、ムラサメちゃん!」
「うむ。今日は存外楽しかったからな。頻繁には無理だが、たまにはこういうのも悪くない」
「本当に、俺たちがいない間に何があったんだ?」
吾輩たちの前を歩くご主人たちが疑問の声を上げている。
「普通に話をしていただけですよ」
「うむ、それだけだな」
最初はあまり気がのらなかったが、悪くない一日だったな。
この疲れも嫌な疲れじゃない。今日は久しぶりに芳乃と風呂にでも入るか。
そう考えながらご主人たちのあとを歩き始めたそのときだった。
突然ゾワリとした感覚が襲う。何かの悪意、黒い気配だ。その気配を辿って上を見上げると、ちょうどご主人の真上に置いてある花瓶が落ちる寸前だった。
「ご主人!危ない!!」
とっさにご主人の背中を押す。物に触れることのできない吾輩であれば怪我をすることはない。合理的な判断だった。だが、その日は普段とは違い、吾輩が霊体だと知らぬ者がいた。
「ムラサメちゃんっ!!」
声と共に吾輩を柔らかくて暖かいものが
レナだ。
レナが吾輩をかばって抱きつくように覆いかぶさったのだ。
馬鹿者!今すぐ離れろ!おぬしが怪我をする!っと叫びたくても
「ふっ!」
「はっ!」
レナに花瓶が落ちる前に、茉子がクナイで花瓶を砕き幸彦が式神でその破片を防ぐ。
二人のおかげで誰も怪我をすることはなかった。
「ムラサメちゃん!大丈夫でありますか!?」
「大丈夫!大丈夫だから離れろ!苦しい!」
「おぉ、申し訳ないです」
「ぷはっ」とようやく息を吸うことができた。
……いや待て、この状況はおかしくないか?
確かに感じるレナの温もり。けしからんほど大きくて柔らかい胸の感触。
なぜレナは、吾輩に触ることができているのだ?
「レナ……おぬし、吾輩に触れられるのか?」
「?おかしなことを言いますね。当たり前じゃないですか」
ご主人も芳乃も茉子も、幸彦ですら困惑の表情を浮かべている。
それほどのイレギュラーなのだ。
今日はレナに吾輩を紹介する日。
レナの謎を解き明かすはずだったこの日に、奇しくも謎がさらに深まってしまったのだった。
改めまして「駒川の者として」第十六話を読んでくださりありがとうございます。
今回はムラサメとレナが軸になって物語が進みました。
原作をプレーしながら、ムラサメとレナってどこか似通っているなと思ってました。
余談ですが、作者はムラサメの「さささのさっ」が大好きです。
次回はまだ未定ですが、茉子を軸に物語を書きたいと思っています。