駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

第十七話になります。
それではどうぞ。





第十七話「不穏な気配」

「ムラサメちゃん、あーん」

「あーん」

 

 幸彦が買ってきたプリンをスプーンですくい、ムラサメちゃんに食べさせる。確かに口に入るのを確認するが、ムラサメちゃんの表情は晴れない。

 

「……なんの味もしない」

「……だよねー」

 

 決してイチャコラしているわけではないと、先に言っておく。

 これは幸彦の提案だ。その証拠に、ここは朝武家の居間。周りには朝武さんたちもいて、じっとこちらを見つめている。半ば公開処刑といってもいいだろう。

 ちなみに安春さんもいるが、微笑みながら目を細めて話の流れを見守っている。

 

「ふむ、やはり物体を挟んでしまうと有地でも干渉することはできないか」

 

 先ほどのプリンが乗ったスプーンを観察しながら幸彦が呟く。

 さっきからどこか様子がおかしい幸彦。何か急いているようなそんな感じ。レナさんを送って家に帰ってきてからずっとだ。

 

「まだ何かやらされるのかな?」

「こうなった幸彦は止められん。納得するまで付き合ってやるしかない」

「そうなんだけど、なんとな〜く嫌な予感がするんだよね」

 

 というか、幸彦がこれから提案しそうなことが容易に想像できてしまったのだ。

 

「じゃあ次は、指でプリンをすくってやってみよう」

「ほらね!言うと思った!」

 

 得てして、嫌な予感というのは大抵当たるものである。

 

「つ、つまり吾輩にご主人の指をしゃぶれということか!?無理だ!そんなはしたない真似できるか!!」

「大丈夫です、ムラサメ様。有地には手を洗ってアルコール消毒もさせますので」

「そういう問題ではないっ!」

「私も、それはちょっとやり過ぎじゃないかと思う」

「そうですか?……では口移しの方が——」

「それはダメです!!」

 

 顔を真っ赤にしながら止めに入る朝武さん。まぁ口移しなんて言われても絶対やらないけどね。ましてや人前でやることじゃないでしょ。

 

「なんだか幸彦おかしくない?普段あんなデリカシーのないこと言わないよね」

「あれは研究者モードですね。自分の探究心が勝ってしまって人の言うことを聞かなくなります」

「なんてとって付けたような設定なんだ……」

 

 常陸さんが真面目な感じで説明してくれたが、この人も結構楽しんでるよな……。一方の幸彦だが、説得が難しいと考えたのか「わかりました」といって話を一旦区切る。

 

「恥ずかしいと思うから恥ずかしいんです。その証拠に……茉子、ちょっとこっちに来てくれ」

「ん?何?」

 

 幸彦は常陸さんを呼び寄せると、おもむろに自分の人差し指でプリンをすくい常陸さんの顔の前に持っていく。

 

「はい、あーんだだだだだだだだ!!痛い!指はそっちに曲がらない!」

「あは♪てっきり逆関節に曲げたいのかと」

「あだっ悪かったから!謝るから離してくれっ!」

 

 常陸さんのどす黒い笑顔、久しぶりに見た。あの幸彦が人差し指をあらぬ方向に曲げられて(うずくま)りながら謝っている。なんとも新鮮な光景だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 レナさんにムラサメちゃんを紹介し、俺たちが打ち明けるまで呪詛関係の話は聞かないと了承を得た俺たち。そこまでは予定通りだったのだが、レナさんは見えるだけでなくムラサメちゃんに触れる事もできる事が判明した。

 幸彦にとってそれはとても衝撃的だったらしく、研究者の血が騒ぎ出してしまったようだ。その結果がこの暴走。

 常陸さんの説教ですこし頭が冷えたのか、幸彦は一度咳払いをするとこちらに目を向け話し出した。

 

「すまない、取り乱した。レナさんがムラサメ様に触れることができるとわかった今、有地がどこまで干渉できるかを知っておきたくて」

「それがムラサメちゃんにプリンを食べさせることなの」

「食べれるか食べられないか。これはとても重要なことだよ。俺たちには、特に有地にとってはムラサメ様を見て触れられるから実感が無いかもしれないけど、本来霊体に触れたり、そこから温もりを感じるなんてありえないことなんだ。それなのにレナさんも有地もムラサメ様の体温を感じると言う。これでもし有地経由で物を食べることまでできるとなると、一つの仮説が成り立つ」

 

 興奮したように早口で説明する幸彦。その後一度気持ちを落ち着けるように息を吐く。

 

「だが、確信がないうえに混乱を招きかねないから君たちには話せない。今後確信を得るためにも、知っておきたいんだ」

 

 その言葉に邪な気持ちなど何処にもないように思えた。こんなにまっすぐな目で迫られると俺たちも断れない。

 

「はぁ。とっとと終わらせるぞ、ご主人」

「いいの?」

「幸彦がここまで言うのだ。それだけやる価値があるのだろう」

「ムラサメちゃんがそう言うなら」

 

 しぶしぶ人差し指でプリンをすくう。みんなの視線が俺の指に集まる。なんだかドキドキするな……。そんな事を思っているうちに、ムラサメちゃんは意を決して俺の指を咥えた。

 

「っ!!」

「……どう?ムラサメちゃん」

「あ、あああ、甘〜いっ♪」

 

 ムラサメちゃんは目をキラキラさせながら一心不乱に指を舐めてくる。れろれろと舌をつかい、ちゅうちゅうとしゃぶり付く。ムラサメちゃんが、俺の指を……だめだ!深く考えるな!

 そんな俺たちを興味深かそうに観察する幸彦と常陸さん。驚いたように目を見開く安春さん。朝武さんに至っては真っ赤になった顔を隠すように手で覆いながらも、その目は指の隙間からガン見である。

 

「安春様からはどのように見えますか」

「不思議な光景だよ。将臣君の指についてたプリンが溶けるように消えていく。マジックでも見ているかのようだ」

「普通の人はそんな風に見えるのか。参考になりました」

 

 幸彦は安春さんにお礼をいうとひとりで何やら考え始めた。

 

「味覚情報まで読み込めるのか。それに部質の転移?だとすると消えたプリンは一体……やはりムラサメ様の体は何処かに——」

 

 ひとりの世界に入り込んでしまったようでブツブツ何かをつぶやいている。小さくてよく聞こえないが、どうやらさっき言っていた仮説の実証に一歩近づいたのかもしれない。

 

「……ところで、俺は一体いつまで舐められなきゃいけないんだ?」

「ああ、すまない。考え込んでしまった。ムラサメ様、有地、協力ありがとうございました」

「むっ!?もういいのか?もう一口検証に付き合ってやらんでもないぞ?」

 

 どうやらムラサメちゃんはプリンが気に入ったみたいだ。それもそうだろう。だって彼女にとっては数百年ぶりの甘味なのだから。

 だけど、そんな事言っちゃうと幸彦が——。

 

「それでは、今度レナさんも同じ事ができるのか検証したいのですが」

「しかたないの〜!協力してやろう!なっご主人!」

「やっぱりこうなるのね……」

 

 こうして、俺の休日の予定が一つ埋まったのであった。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

「らしくなかったね。今日の幸彦」

「自分でもそう思う」

「安春様にまで気を使わせて」

「……面目無い」

 

 帰り道。いつものように茉子と並んで歩く。

 冷静になればなるほど、先ほどの俺はどうかしていた。仕える者の家で勝手に暴走。ただ知識欲を満たそうがためにムラサメ様や有地にも迷惑をかけてしまった。その上夕飯までご馳走になるとか、自分で自分を殴りたい。

 

「なにか悩み事?」

 

 茉子が心配そうな目でこちらを見てくる。

 もう何度めだろうか。全くもって不甲斐ない。茉子には心配されてばっかりだ。彼女にかっこ悪い姿は見せたくないんだけど。でもこの目を見ていると、弱い自分が出てきてしまう。

 

「悩み事とは違うかもな。ただ、少し焦ってしまったんだ」

「焦り?」

 

 そう。俺は焦っていたのだ。何もわからない、何も解決していないこの状況で、さらにわからない事が増えてしまった事に。少しでもいいから、回答が欲しかったのだ。

 

「有地が穂織に来てから、まるでピースが一つずつ揃うかのように呪詛を解決する糸口が見えてきた。それなのに俺は、あれから一つも真実にたどり着けていない。……なんて、悩んだって仕方ないようなことばかり考えてしまう。本当に俺は、昔から何も変ってない」

「ワタシは無理して変わらなくたっていいと思う」

「え?」

 

 思わず茉子の顔を見る。茉子はいつものように微笑んだ。

 

「無理して自分を変えようとして自分を見失ったら本末転倒だよ。こう言ったらなんだけど、自分のことで悩んだり、ワタシたちのことになると心配性になったりするのが幸彦だもん。そしてワタシたちは、そんな幸彦に支えられてきた。忘れたの?前にも言ったけど、ユキが自分を否定してもワタシがユキを肯定するんだって」

 

 いつかの夜に言われた言葉。それは俺にとってとても心強い言葉だった。

 

「ワタシが信じてるんです。もっと胸を張ってもらわないとね。それでも自信が持てなかったら、ワタシの信じるユキを信じればいいの」

「……どっかで聞いたような言葉だな。漫画の影響か?」

「あはっ、本心だよ♪」

 

 あざとくウィンクしてみせる茉子。

 

 本当に不思議なことだ。茉子が隣にいてくれるだけで俺の心は温かくなってしまう。単純な男だな、俺は。

 だがなんとなく、このまま話を終わらせるのは負けたような気がするのでせめてもの意趣返しで茉子の鼻をつまんでやる。

 

「いたた、ちょっ何するんですか!?」

「気にするな。……ちょっとした照れ隠しだ」

「照れ隠……そっか。うん。なら許してあげる」

 

 にやにやした視線が鬱陶しかったので顔をそらす。茉子は俺の反応に満足したのか、そのまま歩みを進める。

 

「それじゃあ、さっさとやること終わらせて帰ろっか」

「そうだな……って、ついてくるのか?」

「当たり前でしょ?ユキはワタシの相棒なんですから」

 

 有地目掛けて落ちてきた花瓶。ムラサメ様やレナさんのおかげで有地に怪我はなかった。だけどあの一瞬、僅かだが悪意の塊のような気配がしたのだ。茉子を家まで送り届けたあとで調べようと思っていたのだが、俺の相棒は逃がしてはくれないようだ。

 

「わかった。一緒に来てくれ、茉子」

「あはっ。もちろんです!」

 

 予期せぬ助っ人だが、その存在はとても頼りになる。これなら調査も捗るだろう。

 

「ムラサメ様、いますか?」

「ここにいる。このまま呼ばれずに忘れられるかと思ったぞ」

 

 暗闇に向かって声をかけると、ムラサメ様が姿を表す。もとよりムラサメ様と二人で極秘に調査する予定だったのだが、もはやその必要はなくなった。茉子も薄々感づいていたようだしな。

 

「まぁ、いいものを見せてもらったから許してやるがな。わっはっは」

「やましいことはしてないけど、面と向かって宣言されると恥ずかしくなってくるね」

「だな」

 

 ムラサメ様がそばに控えていることは知っていたが、こんな話をするとは考えていなかったので、多少顔に熱がこもる。

 でも今は恥ずかしがるより、ムラサメ様には先に言っておかなければならないことがあった。

 

「ムラサメ様、改めて謝らせてください。申し訳ありませんでした」

「それは、先ほどの検証のことを言っておるのか」

「はい」

 

 検証のためと言って、俺はムラサメ様に甘味を食べさせた。その残酷さに気づかず行動してしまった。

 数百年食事を必要としなかった、いや、したくても食べられなかったムラサメ様に味覚を思い出させてしまったのだ。下手をすればそれは麻薬ほどの依存を生みかねない。

 

「気にするな、と言っても無理なのだろう?おぬしは」

「はい。ですので責任を取らせてください」

「責任?」

 

 俺は頷くと、一度茉子に目を向ける。

 茉子がさっき俺に言ってくれたこと。少しでも彼女の想いに近づける俺になるためにも、醜く足掻くのが俺の道なのかもしれない。

 だからこそ、やったことの責任はすべて背負う覚悟が必要なのだ。

 

「俺が必ず、ムラサメ様を救う方法を見つけ出します」

 

 俺はまっすぐムラサメ様を見据える。俺にできるのは逃げずに向き合うことらしいからな。

 

「面白い。ではその時は、田心屋のすいーつをたらふくご馳走になろうじゃないか。吾輩が満足するまでな」

 

 俺の言葉にキョトンとしていたムラサメ様だが、すぐにニカッと笑う。

 俺にしては明るい宣言だったかもしれないな。

 

「幸彦も有地さんの影響を受ける一人ってことですね」

 

 たしかに有地の影響もあるが、茉子のおかげでもある。

 ……照れ臭いから口では言ってやらないけどな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ここだな。ご主人目掛けて花瓶が落下してきたのは」

「ええ。どうやらこの建物の二階、あの窓のあたりから落ちてきたみたいです」

 

 例のごとく、この時間に外を出歩いている人は見当たらない。花瓶の欠片は危ないのでその場で回収したが、特に変な点は見つからなかった。ここに住んでいる方にも会い謝られたが、それだけだ。

 

「あの気配は一体何だったんでしょうか」

「わからんが、祟り神の気配に少し似ておる気がした。悪意や嫉妬、そういった悪い感情の集まりのように思えたな」

 

 悪い感情の集まりか。有地を恨む誰かの仕業とみていいかもしれないな。となると、例の傀儡使いと関係があるかもしれない。

 俺とムラサメ様が気配について考えていると、家の様子を探っていた茉子が神妙な様子で語りかけてきた。

 

「幸彦、ちょっとおかしいよ」

「ん?なにがだ」

「花瓶が落ちてきた後、ここに住んでる人が謝ってきたよね?」

「ああ。それがどうした?」

「人が住んでる家なのに、この時間明かりがついてないのは変じゃない?それどころか、今この家からは人の気配が全くしない」

 

 言われてみれば、たしかにおかしい。娯楽の少ないこの街で、この時間に家に帰っていないなんて旅行中でもない限りほぼありえない。それどころか人の気配が全く感じられないなんて。

 

「調べてみよう」

 

 俺はすぐにこの家のチャイムを鳴らす。だが反応は返ってこなかった。

 次にドアに手をかける。すると、ギィィと鈍い音を立てながらドアは簡単に開いてしまった。

 

「鍵がかかっていない」

「いくら田舎でも鍵は閉めるよね」

 

 茉子とムラサメ様に目を配ると二人とも無言で頷いた。俺はそのまま家の中に入っていく。中を探すが人の姿は見当たらない。

 

「誰もいませんね」

「そ、そのようだな」

「二階に行ってみよう」

 

 若干一名怖がっているが、調べないことには始まらない。慎重に階段を登り、(くだん)の花瓶が落ちたと思われる部屋にたどり着いた。

 窓から月明かりが入るだけで、部屋の中の視界は悪い。電気もつかなかった。ますますきな臭くなってくる。

 

「ここから下に落とされたんですね」

「な、なぁ。なにもないみたいだし、そろそろ帰らないか?」

「ムラサメ様、怖いのでしたらワタシのそばを離れないで下さい」

「うむ。わ、わかったのだ」

 

 窓際に茉子とムラサメ様が集まった時だった。

 

 突如、身の毛がよだつほどの異様な気配を感じて振り返る。

 誰もいなかったはずのそこには見知らぬ男が立っていた。

 部屋の出口の前に立っているため月明かりが届かず、その顔ははっきり見えない。それどころか男の存在自体が朧げに感じる。

 ただ、そいつがまさに悪意の塊だということだけは本能が告げていた。

 

『ここまで調べにくるとはな。その疑い深さ、血は争えぬということか』

 

 男の声にまるで生気が感じられない。抑揚のないその声は、鼓膜でとらえているのか脳に直接話しかけられているのかわからなくなるほどだ。不気味な存在を前に冷や汗が額を伝う。

 

「お前は何者だっ!あの傀儡使いの仲間か?それとも本人なのか?」

『傀儡使い?……ああ、あれか。そうだな。あれのおかげで俺はここにいるが、あれは俺ではない。仲間でもない。あれも俺のことは知らないだろうからな』

 

 男は興味がないのか、つまらなそうに語った。男の話を鵜呑みにできるのか考えているとムラサメ様が小声で話しかけてくる。

 

「幸彦、この男只者ではないぞ。吾輩の姿をしっかり捉えておる」

「ワタシと幸彦に気づかれないだけでも、十分厄介者です」

 

 有地が来てからイレギュラーだらけで困る。いや、有地のせいにするのはお門違いだな。ムラサメ様が言うように、この男は普通ではない。逃げようにも部屋の出口に男が立っているので逃げられない。

 

『ふはははっ。得体の知れない者に恐怖を覚えるのは正しいことだ。だが安心しろ。今はまだ手はださん。だが……ふむ。叢雨丸の守護者と、そこにいる娘はもしや……』

 

 茉子に目を向けた男は興味深そうに笑うと、一瞬で姿をくらます。そして次の瞬間には茉子の目の前に姿を現した。

 

「っ!?」

『これはこれは!よもやまだ途絶えていないとはな!』

 

 目を見開き不気味な笑みを浮かべる男。

 顔がくっつくのではないかと思うほど、男は茉子に顔を近づける。

 

 俺の中で何かがブチ切れる音がした。

 男が茉子に触れる前に、全力の回し蹴りをお見舞いする。男は避けることもせずにそのまま壁まで吹き飛んだ。

 

「茉子に触れるんじゃねえ。ぶっ殺すぞ。……茉子、大丈夫かい」

「う、うん。ありがと」

 

 しかし男は何事もなかったかのように立ち上がる。魚海のおやじさんでも今の蹴りを食らえばしばらくは動けなくなるのに。

 

『……まったく、生身の人間なら死んでもおかしくないぞ。相変わらず野蛮な一族だな、駒川の者よ。そなたはやはり使えそうだ』

 

 男はニヤリと笑うと自分の姿形を変える。数秒もたたずに、見覚えのあるマネキンの姿になってしまった。

 

「マネキン?……まさかっ!?茉子!窓を開けてくれっ!」

 

 あれが傀儡使いのマネキンであるなら自爆する可能性がある。ここでいつものように自爆でもされたらひとたまりもない。よって取るべき行動は一つだった。

 

 俺はすぐさまマネキン……もとい、傀儡に掴みかかる。そのまま勢い良く体をひねり窓の外目掛けて傀儡の体を放り投げた。

 ぐしゃりと気味の悪い音が聞こえて来る。窓から外を覗くと、ギギギと人間ではありえないような起き上がり方をしていた。あれは十八禁だな。

 

「あれは一体なんですか!?人なのか人形なのか」

「わからないが、とりあえず自爆に巻き込まれる危険は無くなった。急ごう、逃げたらなにをするかわからない」

「無駄だ。もう遅い」

 

 ムラサメ様が窓の外を指差す。そこにはもう男の姿も傀儡も見当たらなかった。

 

「幻術の類か……。おそらく夕方の人間もあやつが化けていたのだろう。吾輩にまで作用する幻術使いとは、あれは本当に人間か?」

 

 ムラサメ様の言葉に、俺たちは言い知れぬ恐怖を感じるのだった。

 

 

 

 後日玄十郎さんに調べてもらったところ、あの家の住人は旅行中であることがわかった。つまりはあの日謝ってきた人間は、ムラサメ様の言う通りあの男だったのだろう。

 さらに家の中を調べさせてもらったが、俺と男が争った形跡は見当たらなかった。

 あの日起きた出来事は現実だったのか。

 今ではそれもわからない。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親が用意した見合いを終え、自宅に戻る。

 今日もつまらない、無駄な時間を過ごしてしまった。

 父上も母上も、どうしてあんなに婚約者をつけたがるのか。理解ができないな。お見合いの相手も相手だ。用意するならもっと僕にふさわしい女性を連れて来るべきだろう。まぁ、どんな女性も彼女ほどではないけどね。

 

義満(よしみつ)様。本日のお相手ですが……」

「却下だ。あんな下賤の者に興味はない」

「ですが義満様」

「くどい!僕に意見を言うのか!」

「……申し訳ありませんでした」

 

 まったくわかっていない。父上も母上も爺も。僕にはすでに心に決めた人がいるのだ。それなのになぜ、かたくなに僕の邪魔をするのだ。

 

「部屋に戻る。間違っても僕がよばない限り部屋には入らないように」

「かしこまりました」

 

 うるさい爺を下がらせ僕の部屋に戻る。

 

 やはり部屋は落ち着く。

 部屋の一面に貼られた、彼女の写真。彼女に見られながら、僕も彼女を見つめる。片時も目を離したくない。

 

「ただいま、僕の芳乃。寂しかったかな」

 

 芳乃は恥ずかしいのか返事はない。相変わらず男に免疫がないのだから。

 僕はクローゼットから宝物を取り出す。彼女がくれたハンカチだ。あの時から、僕の心は彼女でいっぱいになってしまった。僕はそのハンカチに顔を埋める。

 

「すぅぅ、はぁぁ。芳乃の匂いは落ち着くな。はぁはぁ。僕の芳乃。僕だけの……」

 

 芳乃は僕の女神。芳乃は僕のお嫁さん。芳乃は僕のフィアンセ。芳乃は僕のもの。芳乃は僕のもの。芳乃は僕のもの。芳乃は僕のもの。芳乃は僕の。芳乃は僕の。芳乃は僕の。芳乃は僕の。芳乃は僕の。芳乃は僕の。芳乃は僕の!芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃芳乃!

 

 

 待っていてくれ芳乃。もうすぐ、もうすぐ迎えに行くから、待っていてくれ。今すぐ会いに行って君の唇に触れたいけれど、僕にはまだ準備がある。

 君の周りを飛び回る汚いハエは僕が消して見せる。だって芳乃は僕だけのものなんだから。僕のこの力があれば、あんなハエなんて一捻りだから。

 

 

 僕は近くの写真に、そっと熱い口づけをした。

 

 

「待っていてね。僕のかわいい芳乃」

 

 

 

 




改めまして、「駒川の者として」第十七話を読んでくださりありがとうございます。

前回のあとがきに書いた予告通りにいかなかくて申し訳ありません。

今回の第十七話では、原作にない、この物語のオリジナルキーマンを登場させました。基本全ルートのハッピーエンドを目指しているので、彼らが今後どう動くかも頭の片隅に置いておいてください。


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