「もうほんと信じらんないっ!!廉兄の馬鹿ぁー!!!」
その日、穂織の街に一人の少女の怒声が響き渡った……。
男には、負けられない戦いがある。
特に、身近のライバル的存在には絶対に負けたくないと思うものだ。
ゆえに全力。俺は遠慮なく右ストレートを放つ。
瞬間、全身を浮遊感が襲う。あれ?なんで俺、空なんか見上げてるんだ?
「いでっ!」
気がつけば地面に仰向けで倒れていた。
くそっ……これで10回目だぞ。
「ほら、立てるかい?」
上を見上げると、幸彦が手を差し伸べていた。
「まだまだ、絶対今日中にマスターしてみせるっ」
差し出された手に掴まり起き上がる。俺の言葉に幸彦も真剣な顔で頷き、すぐさま構える。そこに隙は見当たらない。
「じゃあ、もう一本。行くぞっ!」
俺と幸彦は、本日11回目となる組手を再開した。
◇◇◇
ムラサメちゃんとレナさんを会わせた次の日、俺は幸彦から朝武さんを付け狙う輩の存在を聞いた。俺に向けて花瓶が落ちてきたのも、その輩が関係しているかもしれないということだ。
いきなりのことで頭が追いつかないが、幸彦が嘘をつくとは思えない。深く考えず事実として受け取るしかなかった。
『……黙っていてすまなかった。本当なら君に危険が及ぶ前に処理するはずだったんだが、昨日の一件で自分の考えの甘さに気付かされた。全部俺のミスだ』
幸彦が深く頭をさげる。
その顔を伺うことはできなかったが、彼の両手は強く握りしめられていた。幸彦のやつ、相当まいっているらしい。どうやら俺の知らないところで色々あったみたいだな。
こいつの不器用さは朝武さんに似たところがある。
『今まで黙っていたのは、俺や朝武さんに余計な心配をかけたくなかったからだろ?』
『ああ。だがその結果、君を危険にさらした。それはまぎれもない事実だ』
幸彦は自分を許すつもりはないらしい。幸彦らしいバカ真面目さだ。けれど幸彦は下を向かず、俺を真直ぐ見据えて言った。
『恥を忍んでお願いする。有地、君の力を貸してくれ』
まさかあの幸彦から力を貸してくれなんて言われると思っていなかったので面食らってしまう。頼られたことが少しだけ嬉しいのは秘密だ。
『えーと、力を貸すって具体的には?』
『君には護身術を覚えてもらいたい。君自身を守るためにも、芳乃様を守るためにも。負担を増やしてしまい申し訳ないが——』
『わかった。護身術だな』
幸彦が言い終わる前に了承する。
じゃないといつまでも謝られそうだ。
『い、いいのかい?』
『いいに決まってる。朝武さんがつけ狙われてるかもしれない上に、俺も狙われるかもしれないんだろ?だったら護身術を会得するのは俺のためにもなる。デメリットなんかないじゃんか』
俺の言葉に今度は幸彦が面食らったらしい。そんなに驚くようなことかな?
珍しく驚いた顔をしていた幸彦だが、一度息を深く吐くと小さく微笑んだ。
『そうか。君はそういう人だったね』
『おい、それどういう意味だよ』
『ほめ言葉だ。……本当にありがとう』
相変わらず、幸彦にありがとうと言われるとむず痒い。
『それで、俺に護身術を教えてくれる人って誰なんだ?』
『俺だ』
『へ?』
『俺だ』
『幸彦?』
『ああ。悪いが、教えるからには全力だ』
やる気に満ち溢れた幸彦の顔。頼もしいが恐ろしい。
『は、ははは、ほどほどでおねがいします』
こうして、俺に新しい稽古相手が加わったのだった。
◇◇◇
あれから数日経ち、俺は毎朝少しずつ幸彦に護身術を教えてもらっている。そのための組手だ。幸彦曰く、口で説明するのも大切だが、体で覚えた方が早いらしい。おかげでこの数日間、何回幸彦に投げ飛ばされたことか……。
「それでは今日の朝稽古はこれまで」
「「ありがとうございました」」
俺たちはじいちゃんの言葉で稽古を終える。幸彦はお辞儀をし終えると帰りの準備を済ませ「お先に失礼します。有地、また学校でな」と足早にその場を後にした。
「わしも戻る。宿の仕事があるのでな。将臣、体が冷える前にちゃんと真っ直ぐ帰るように」
「わかってるって。忙しいのに付き合ってくれてありがとな、じいちゃん」
「なに、好きでやっていることだ」
じいちゃんはそれだけ言うと、志那都荘へと帰って行った。
その姿が見えなくなるのを確認すると自然とため息が出る。
「はぁ」
「どうしたのだ、ご主人。ため息などついて」
「いや、改めてさ。その……実力の差って言うの?そういうのを感じちゃってさ」
組手をする前、幸彦も俺と一緒にじいちゃんの基礎トレーニングをしている。それなのに幸彦は、全く息が乱れない。対する俺は今でも一杯一杯だ。一緒に稽古をしているとその差がいやでもわかってしまう。
「当たり前だろう。ご主人が穂織に来て毎日稽古を頑張ってきたように、幸彦は12年間休むことなく鍛錬を続けてきたのだ。まぁそれを言うなら芳乃や茉子も変わらんがな」
「そうなんだよなぁ……」
そう。俺の周りの人はみんな、普通では考えられないような努力を重ねている。自分が目指す先がとんでもなく険しい道だと再確認したのだ。少しぐらい落ち込んだって仕方のないことだろう。
だけど、このまま落ち込むだけでは幸彦に負けたと認めるようですごく悔しい。俺はこんなに負けず嫌いだっただろうか?……いや、相手が幸彦だからこそ、負けたくないんだ。
「……まぁ、あれだ。ライバルがスゲー奴だってわかったからさ。さっきのは、ため息じゃなくて感嘆符。俺もこれから頑張らなくちゃっ!ってね」
弱気な自分を奮い立たせるために、わざと前向きな言葉を口にする。幸彦に負けたくない男の意地ってやつだ。
「うむっ!それでこそ吾輩のご主人だぞ!」
どうやらムラサメちゃんは俺の態度が気に入ったらしい。ニッと笑いながらそう言ってくれた。応援してくれる声は俺の心を熱くしてくれる。
ただでさえ出遅れているのにへこたれてなんかいられない。俺にできるのは前に向かって突き進むことだよな。
「よっしゃっ!努力してれば幸彦にだっていつか追いつけるよね、ムラサメちゃん」
「……ご主人、早く帰って学校の準備をしたほうがいいのではないか?」
「ちょっ、ムラサメちゃん!この流れは力強く“そうだ!がんばれご主人”って言うところでしょ!?っておい!待ってって!ねぇっ!」
目をそらしその場から逃げるように立ち去るムラサメちゃんを追いかける。
今日はまだ始まったばかりだ。
◆◆◆
朝稽古を終えた俺はいつものように朝武さんたちと朝食をとり、学校に出かける。もちろん朝武さんも常陸さんも一緒だ。
毎日両手に花。穂織に来てしばらく経つが、いつまでたってもドキドキしてしまう。なんと言ったって学校でもトップクラスの美少女二人だ。
世の男どもが一度は夢見るシチュエーションを毎日堪能しているようなもの。このドキドキも仕方のないことだろう。だって男の子だもん。
だが、そのドキドキも学院の入り口前に佇んでいたある男によって打ち消される。
「まぁぁぁぁさおみぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
他でもない、俺の従兄弟の廉太郎によって。
廉太郎は俺の姿を見つけた瞬間、涙を浮かべながら勢い良く飛びついてきた。学院の入り口で男に泣きながら飛びつかれるとかなんの罰ゲームだよ……。周りの視線がやばい。
「将臣ぃぃーー!お前だけが頼りなんだよ〜〜!」
「わ、わかったから!離してくれっ!」
俺の肩をがっちり掴みながら前後に揺らす廉太郎。
助けを求めようと朝武さんたちに目を向けるが……。
「あは、お取込みのようなのでお先に教室に行ってますね♪行きましょうか、芳乃様」
「え?でも有地さんが……」
常陸さんが危険を察知。朝武さんを連れて行った。くっ、だがまだムラサメちゃんがいる!
「ご主人、強く生きろ……」
ムラサメちゃんにも逃げられた……。
誰か、誰か俺を助けてくれる人間はいないのか!?
ちょうどその時、カバンで顔を隠してコソコソと歩いている男子生徒を発見する。間違いない。ちくしょー、自分だけ逃げようったってそうはいかないんだからな!
「おーい!幸彦!お前も今きたところか?」
俺に声をかけられてビクリッと体を震わす男子生徒。もとい幸彦。
わざとらしく大声を出したおかげで廉太郎も幸彦の存在に気づいたようだ。目を光らせながら幸彦へ飛びかかる。
「ゆぅぅきひこぉぉぉぉ!!心の友よぉぉぉ!」
「うわぁっ!やめろ、くっつくんじゃない!これ以上面倒ごとを増やさないでくれぇぇぇ!!」
幸彦の悲しい咆哮が学院に響き渡るのだった。
……………………
………………
…………
「それで、いったい何があったんだ?」
学院の前で騒ぐのは悪目立ちすると考えた俺たちは、廉太郎を落ち着かせて校舎裏に移動した。幸い始業までまだ時間がある。俺たちは今のうちに廉太郎があそこまで取り乱した理由を聞くことにした。
「話を聞いてくれるのか?」
「聞くだけは聞く。悪いけど、今面倒ごとが立て込んでるんだ。くだらない話だったらもちろん手は貸さない。それが話を聞く条件だ」
幸彦がぶっきらぼうな口調で話を促す。
それでもいいと廉太郎は頷き、深刻な顔で話し出した。
「実は……小春と喧嘩したんだ」
「「………………はぁ」」
「あ!お前らバカにしただろ!今そのせいで家に居ても針の筵なんだぞ!お袋も親父もみんな小春の味方でさ」
あれだけ取り乱していたから何があったかと思えば、いつもの喧嘩。幸彦はもう呆れ果てて頭を押さえている。
「小春と廉太郎の喧嘩なんてよくあることじゃんか。今更なんでそんなに悩んでるんだよ」
「それが、今回ばかりは俺が悪いことしちまったなぁって思ってさ。なあ、俺どうすればいい?」
「素直に謝れ。以上」
「ままま待てって、話は最後まで聞いてくれって」
幸彦はそれだけ言うとその場を去ろうとする。慌てて廉太郎が止めにかかると心底面倒くさそうな顔をした。まぁ、その気持ちはわからなくもない。
「俺も謝ろうと思ったんだけどよ。あいつ態度でかいし、ムカつくこと言ってくるから俺もカチンときちまって、いつも以上に酷いこと言っちゃってさ。 目も合わせない口もきかない状態なんだよ。お袋も、ちゃんと謝るまで飯抜きとか言ってくるし。 さすがの俺も、この状況があと何日も続いたら参るっていうか。 だから早く謝ろうって思ったんだけど、いざ謝ろうとするとどうやって謝ればいいかわかんなくなっちまって……」
そこまで言うと廉太郎は深く頭をさげる。
「頼む!こんなこと頼めるのお前らしかいないんだ!この通り!」
家の居心地が悪いからか、本当に小春に悪いことをしてしまったと思っているからかはわからないが、謝ろうと本気で思っていることだけは伝わってきた。
俺としても、従兄妹が喧嘩したままの状態でいるのは心苦しい。
「わかった。俺でよければ協力するよ」
「おおっ、将臣!持つべきものは従兄弟だな!」
「幸彦はどうする?」
「……はぁ、仕方ない。乗り掛かった船だ」
「おおおっ、幸彦!いや、幸彦様ぁ〜!」
なんだかんだ協力しちゃう幸彦。ほんと、押しに弱いっていうか、根が優しすぎるんだよな。
「ただし条件がある。今日の昼休みにちゃんと小春ちゃんに謝ること」
「げぇ、それっていきなりハードル高くね?」
「自業自得だ。早いに越したことはない。有地、小春ちゃんに昼ご飯一緒に食べようって誘っておいてくれるかい」
「了解」
「それじゃ、どうして小春ちゃんを怒らせたのか詳しく聞かせてくれ。助言はそれからだ」
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今日の私はダメダメだ。教科書も忘れちゃうし、授業で先生に指されても気づかなかった。なんというか、やることすべてに身が入らない。
「小春、大丈夫?あんた今日ずーっと上の空だけど」
クラスの友達にまで心配されるほどとは。熱や体調不良というわけではないのでなんだか申し訳ない。私は普段の調子を思い出しながら返事をする。
「うん、大丈夫。なんだか今朝から調子でなくて」
「そう。具合悪かったら保健室行きなよ。あ、今朝といえばあんたの兄貴、なんだか校門前で騒いでたって話だけど……」
「廉兄のことはどうでもいい」
「おぉう。気持ちいいぐらいきっぱり拒絶するわね」
心配してくれてるのはありがたいが、今廉兄の話をするのはやめたい。だって私がダメダメなのは廉兄と喧嘩したことが理由だから。
「おーい、小春ー」
と、そんな状態の私を呼ぶ聞きなれた声がする。振り向いてみるとお兄ちゃんが手招きしていた。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「いや、よかったら一緒にご飯食べないかなって。朝武さんやレナさんたちも一緒なんだけど」
「巫女姫様たちと?」
急な誘いに驚いてしまうが、巫女姫様やレナ先輩たちとのご飯はとても楽しかったので魅力的な話だと思った。
「いいなー巫女姫様達とご飯なんて」
「一緒にご飯食べたいって言えば喜んでくれると思うけど?」
「そうだな。君も一緒に食べる?」
「無理です無理です!あの輪に入るのは恐れ多いです!あたしは後で感想を聞くだけで十分」
「あはは。じゃあ、おみあげ話用意しないとね」
「うん。小春、先輩方に迷惑かけるんじゃないよ」
この街で暮らしている人が巫女姫様のお誘いを受けたら尻込みしてしまう。なんたって幼い時から高嶺の花として認識しているのだから。私はお兄ちゃんのおかげで大丈夫になってきたけど。
こうして私はいつものグループを離れ、巫女姫様達とご飯を食べることになった。
◆◆◆
案内された席が廉兄の真ん前だったことによって、この食事の席は、廉兄が私に謝るために先輩方が用意してくれたものだと理解した。おそらく廉兄がお兄ちゃんか駒川先輩あたりに相談したのだろう。
相談するのは悪いこととは思わない。だけど、ちょっと頼りすぎだと思う。自分から謝ろうと本当に思っているのか疑問に思ってしまう私は、やっぱりひねくれているのかもしれない。
「なあ小春。昨日のことなんだけど——」
「わぁ。常陸先輩のお弁当おいしそう!この肉巻きってどうやって作ってるんですか?」
「なあ小春さ——」
「レナ先輩ってお弁当の具、どれが好きですか?私はシゲさんの作った厚焼き卵が好きなんですよね」
「なぁ小——」
「そうだ!駒川先輩。こんど新しいデザートを試食して欲しいって芦花お姉ちゃんが言ってましたよ」
廉兄の謝罪をことごとく躱す。
私も意地になりすぎているのかもしれないが、どうしてもまだ仲直りできる気持ちになれなかった。
そんなことを3回ほど繰り返した時だった。
「廉太郎、有地、悪いが一緒に来てくれないか。保健室の備品を運ぶのに男手が必要だって姉さんからご指名だ。」
駒川先輩が廉兄とお兄ちゃんを連れて席を離れる。私の反応から作戦を立て直すのかもしれない。なんだか、先輩方には迷惑をかけて申し訳ない。
廉兄の姿が見えなくなってから、私はこの場に残った巫女姫様たちに向かって頭をさげる。
「巫女姫様、常陸先輩、レナ先輩、すいません。空気を悪くするようなことをしてしまって」
「気にしないでください。事情は幸彦から聞きましたから」
巫女姫様は優しく微笑んでくれた。それだけでこの場の悪い空気も浄化される。
「そうですよコハル!むしろ私たちはコハルの味方です!」
「詳しい内容までは聞いてませんが、小春さんがここまで怒るのは理由があるからではないですか?」
巫女姫様に続きレナ先輩も常陸先輩も、私に笑いかけてくれた。
「ここはひとつ、人生の先輩に相談するのも手です」
「私たちでよろしければ話を聞きますよ?コハル」
「そうですよ。私たちはと、と、友達!なんですから。友達のために何かをしたい。それだけです」
「友達……?はわわ!私と巫女姫様がですか!?」
そんなことがあっていいのだろうか。思わず耳を疑ってしまう。
「嫌……ですか?」
「嫌だなんてそんな!むしろ私と友達なんてもったいないというか」
「そんなことありません。小春さんも鞍馬君も私の大切なお友達だと思っています」
「はぅぅ。巫女姫様……」
なんて尊いお方なんだ!お兄ちゃんのことは好きだけど、こんなお方と婚約者だなんてちょっと妬ましい。
ここまで言ってもらっているのだ。今話さなくてはバチが当たる。
私は先輩方に感謝しながら喧嘩の経緯を話し始めた。
「実は昨日、廉兄が私のマグカップを落として割ってしまったんです」
「マグカップ、ですか?」
「はい。幼いころ廉兄が誕生日にくれたカップだったんで、その……一応大切に使ってて愛着もありました。それなのにあの駄兄ったらひどいんですよ!人がせっかく大切に使ってあげてたのに『そんなボロっちいの割ったぐらいで怒るなよ』とか、『俺のおかげで新しいやつが買えるな』とかとか!大切にしてたのがバカみたいに言ってくるんですよ!もー腹が立って、あの駄兄が謝るまで口をきかないって決めたんです」
「それは鞍馬君が全面的に悪いですね」
一度愚痴や不満を吐くと止まらなくなってしまったが、巫女姫様はうんうんと頷いて同意してくれた。
「さっきのだって、お兄ちゃんや駒川先輩に頼りすぎです!自分から謝ろうとしているようには見えませんでした」
「確かにそうでありますね。まぁ、レンタロウの気持ちもわからなくもないですが」
「レナ先輩が廉兄の気持ちを?」
意外な人物が廉兄のフォローに入ったので驚いてしまう。
「私も昔お祖父ちゃんに叱られた時、どう謝ればいいかわからなくなってしまったことがあるですよ」
「レナ先輩が叱られるなんて想像できない。何があったんですか?」
私の問いかけに、レナ先輩は少し恥ずかしそうに頬をかきながら答えてくれた。
「恥ずかしながら、お祖父ちゃんの大切にしていた宝物を飲み込んでしまいまして」
「ええー!?大丈夫だったんですか?」
「はい。お医者さんに診てもらってレントゲンも撮りました。宝物、えーと、綺麗な石の欠片みたいなものだったのですが、その欠片らしい影も見当たらず、気づかないうちに排出したのだろうと」
大事なかったと聞いてホッと胸を撫で下ろす。そういえばお兄ちゃんも昔、川で溺れて川底の石を飲み込んで大騒ぎになったっけ。レナ先輩にもそんなやんちゃな時代があったとは意外である。
「レナさんが言うように、親しいものだからこそ、喧嘩した時どう謝ればいいのかわからなくなる時ってありますね」
「私も、お父さんと喧嘩した時は茉子と幸彦に助けてもらったっけ」
「そういえば、私も……」
言われて気づく。私が廉兄と同じ立場だったら、廉兄と同じようにお兄ちゃんやレナ先輩に助けを頼むだろう。
「ですので、コハル。レンタロウが次謝ってきたら、その時はレンタロウの声に耳を傾けてあげてください」
「そうですね。それでも許せない時はワタシたちがまた力になります。ね、芳乃様」
「もちろんです。安心してください、小春さん」
こんなにも頼もしい人たちは他にいないだろう。美人で優しくて頼もしいなんて、私もこんな女性になりたい。
先輩方のおかげで変な意地も消え去っていた。レナ先輩が言うように、今度謝ってきたら素直に聞いてあげよう。
だけどこの日、学校で廉兄と会うことはなかった。
◆◆◆
「小春ちゃん、お疲れ様。気をつけて帰ってね」
「うん。お姉ちゃん、お疲れ様」
結局学校では廉兄に会えなかったので、バイトにも身が入らずお姉ちゃんやおじさんにまで迷惑をかけてしまった。
「はぁ」
一人になるとため息が自然と溢れる。
『ですので、コハル。レンタロウが次謝ってきたら、その時はレンタロウの声に耳を傾けてあげてください』
レナ先輩に言われてせっかく話ぐらいは聞いてあげようと思ったのに。これだから女性にモテないんだ。お兄ちゃんと駒川先輩を見習ってほしい。
「はぁ」
帰り道二回目のため息が出たとき、前の方に見慣れた人影が目に入った。
「廉兄?」
私が声をかけるとビクッと体を跳ねらせる。声かけただけでその反応はちょっと失礼じゃないだろうか。
「よ、よお。今バイト帰りか?」
「うん。廉兄は何してるの。こんな時間にこんな場所で」
「いや、なに、たまたまな。買い物してたら遅くなっちまって」
なにやら様子がおかしいが、もしかして……。
「もしかして、私を待ってた?」
「おう。一応な」
「……だれのアドバイス?」
「……幸彦」
「駄兄のくせに素直じゃん」
「バカな妹を迎えるなんて、ガラじゃないからな」
しばらく沈黙が二人を包む。
その沈黙を破ったのは廉兄だった。
「その……小春。すまなかった!お詫びじゃないけど、これ」
廉兄から袋を渡される。何か入っているようだが?
「将臣にプレゼントなんてどうだって言われてさ。そっくり同じのはさすがに無理だったけど、昔買った店で選んでみた」
袋の中には、割れてしまったものと同じサイズのマグカップが入っていた。
「廉兄……あのカップが廉兄からも貰ったやつだって気づいてたの?」
「そりゃあ俺が買ったやつだからな。それなのにお前にひどいこと言っちまって。だから、今回は全面的に俺が悪かった」
そう言ってまた頭をさげる。
買った店までわざわざ買いに行ってたんだ。そっか。
「ほんと、廉兄ってバカなんだから」
「はい」
「もう救いようがないよね」
「おっしゃるとおりで」
「だから一生彼女できないんだよ」
「おい待て!それは言い過ぎだぞ!」
彼女の話になるとムキになるとか、バカみたい。でも——
「まぁ、今回は許してあげる」
「ほ、本当か?」
「これ以上お兄ちゃんや駒川先輩に迷惑かけるわけにはいかないからねー」
「おお!さすが我がまいらぶりーしすたー!」
「キモい」
このどうしようもなくキモくてバカな人が、私のお兄ちゃんなんだもんね。
少しだけ心のもやもやが晴れた気がした。
——————————————————————————————
廉太郎・小春喧嘩事件の翌日。
学院にはいつもの騒がしさが戻ってきていた。
「もう信じらんない!妹が兄の忘れたお弁当持ってきてあげたのになによその態度は!」
「だからあんがとさんって言ってるだろ。ほらほら、お子様はこどもの国へ帰りな」
「カッチーン!そんなだから女の人に嫌われるんだよ?」
「おまえ!それは関係ないだろ!」
「関係大ありりだよ!ああ、なんでお兄ちゃんが本当のお兄ちゃんじゃないんだろ」
「俺ももっと可愛くて気立てのいい妹だったらよかったのにな」
「なによ!」
「なんだよ!」
「バーカバーカ!」
「ブースブース!」
そうそう。これがいつもの騒がしさだよ。……従兄妹の喧嘩で落ち着くとは我ながらどうかとも思うが。
「やはりレンタロウとコハルはこうでないとですね♪」
「仲直りできたようでワタシも嬉しいです」
「あれは……仲直り、なんですか?」
「はは、元通りなのは間違いないですけどね」
「まぁ、
俺たちの生暖かい目線も気にせず、二人の喧嘩は昼休みが終わるまで続くのであった。
「「〜〜〜〜〜ふんっ!!」」
「駒川の者として」第十八話読んでくださりありがとうございます。
第十八話は廉太郎と小春の話でした。
物語の進行上、話を落ち着けたかったので廉太郎には頑張ってもらいました。
小春のピンチに颯爽と廉太郎が登場!なんて妄想もしましたが、そこまでカッコよくすると廉太郎ではないと思いこんな感じになりました。
実際小春のピンチには、小春ルートの将臣の次に早く駆けつけてくれると思います。
次回から少しずつ話が動いていく予定です。