駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

第十九話になります。
それではそうぞ。


※3月15日13時20分ごろ 加筆修正あり





第十九話「乙女な忍者」

 

 

◇◇◇

 

 

 

 小京都と呼ばれるほどの美しい街並みを持つ穂織の街。

 ワタシはこの街で、忍者として育ってきた。

 

 本格的に忍者としての厳しい訓練を始めたのは、あの12年前の誘拐事件の後。右肩の怪我が治ってからのことだった。

 周りの同年代の子達が遊んでいるときも、ワタシは訓練を続けた。

 正直、毎日が地獄のようだった。

 忍者としての身体能力や精神力を得るには生半可な訓練など許されない。気を抜けば大怪我では済まない訓練だってある。あまりの辛さに、訓練が終わると陰でこっそり泣いていたこともあった。

 

 そんなとき、いつもそばにいてくれたのは幸彦だった。

 自分だって呪詛の研究を引き継いで大変だというのに、ワタシが泣き終わるまでずっと隣に座っていてくれた。

 

 

 ある日のことだ。膝を抱えて泣いているワタシに幸彦は言った。

 

「昨日、玄十郎さんが言ってたんだ。都会に出ていたすごく強い人たちが穂織に戻ってくるんだって」

「……?」

 

 突拍子もない話題にワタシは思わず顔を上げた。幸彦はこちらを見ず、ただまっすぐ前を見つめて話を続ける。

 

「ぼく、その人たちに弟子入りしようと思う」

「な、んで……?ワタシが頼りないから?」

 

 泣いていたせいだろう。情けないほど(しゃが)れた声しか出なかった。

 ワタシの問いかけに幸彦は首を横に振る。

 

「ぼくがやりたいこと、できることを考えたんだ。茉子も芳乃様も強いし頼りになるよ。でもぼくは、そんな二人を守りたい。祟り神に対しては何の役にも立てないぼくだけど、せめて普段の生活だけでも守りたい。この前みたいな思いは……もう二度とごめんだ」

 

 幸彦は泣きそうになっていた。でも涙は流さなかった。

 あの弱虫な幸彦が拳を強く握りしめ、涙を我慢していた。

 

「だから……ぼく、強くなるよ。強くなって二人を守るんだ」

 

 

 涙をこらえながら力強く宣言する幸彦の姿は、すごく情けないように思えたけれど、少なくともワタシには格好よく見えた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「おー……思っていたよりも狭くて浅い川ですね。レンタロウ、魚はちゃんといるのですか?」

「いるよ。ところどころ深くなってるところがあるから。ほら、泳いでる陰も見えるでしょ」

「おお〜本当であります!」

 

 ワタシたちは山の中にある沢に来ている。土曜日だし、息抜きを兼ねて遊びに行こうと有地さんと鞍馬君に誘われたのだ。

 芳乃様、ワタシ、有地さん、レナさん、鞍馬君のメンバーで釣りをすることになった。ちなみに幸彦は調べ物があるため不在。小春さんはバイトのため残念ながら来れなかった。

 

「私、釣りをするのは初めてです!」

「にゃー」

 

 初めての釣りに興奮気味の芳乃様。その隣では釣れた魚が目当てなのだろう、猫丸が楽しそうに鳴いていた。

 ご覧の通り、護衛として猫丸が幸彦の代わりに同行してくれている。幸彦曰く、猫丸の索敵能力は凄まじいので何かあれば役に立つ、だそうだ。山の中にも幸彦の式神が多く放たれており、警戒に抜かりがない。

 心配性の幸彦らしい。そんなに心配なら一緒にくればいいのに。

 

「茉子?ぼーっとしてどうしたの?」

「なんでもありません、芳乃様。今晩のメニューを考えていました」

 

 幸彦のことを考えていたとは言えないので、それっぽいことを言ってごまかす。

 うん。我ながらうまい言い訳だと思う。

 

「だったら、今日釣れた魚を晩御飯にするっていうのもいいんじゃない?」

「おお!それは名案ですね、マサオミ。私も板長にお願いしたら作ってもらえるでしょうか?」

「シゲさんなら大丈夫だって。昔小春がつくし採ってきたときも天ぷらにしてくれたから」

 

 有地さんの提案にレナさんも賛成する。

 釣れた魚を晩御飯に……確かにいいアイデアだ。うまくいけば晩御飯の買い出しに行かなくて済むかもしれない。

 

「それではせっかくなので、ワタシは山で山菜を採ってきます。芳乃様、有地さん。たくさん大物を釣り上げてくださいね。でないと晩御飯が寂しいことになってしまいますよ」

「げ、責任重大だな……」

「有地さん、頑張りましょう!それで、この後どうすればいいのでしょうか?」

「ああ、まずはその針にミミズを——」

 

 芳乃様があんなに楽しそうにはしゃいでいる。普通の少女のように笑う芳乃様を見ているとやはり嬉しくなる。幸彦が期待したように、有地さんは芳乃様の冷たく凍ってしまった心を溶かしてくれた。その様子が観れただけで今日は満足だった。

 

 

 森の中に入ったワタシは、早速食料調達を開始する。

 

 つくしの季節は終わってしまったが、森の中にはまだまだ山菜が沢山ある。忍者としてのサバイバル知識を活かし、食べられる山菜を採っていく。

 

「これは天ぷらにすると絶品なんですよね〜。あ、こっちは煮物にするのもアリかな。そういえば焼いてマヨネーズをつけて食べると美味しいって幸彦が言ってたっけ。試してみよっと♪」

 

 今日の献立を考えながら山菜を採っているこの時間が一番楽しいとワタシは思う。食べた時の芳乃様たちの笑顔を思い浮かべるとなお良し。家事はワタシの息抜きの一つになっている。

 

 それから数分経った頃のことだった。夢中になって山菜を採っていると、どこかでチュンチュンと鳴き声が聞こえてくる。気になって鳴き声のする方へ見に行くと、巣から落ちてしまったらしい雛を見つけた。

 

「あそこの木から落ちたんでしょうか?……よし」

 

 このままでは雛が死んでしまうと考えたワタシは雛を優しく拾い上げる。

 

「すぐにお家に帰してあげますからね」

 

 そのまま勢い良く走り出し、木の幹を垂直に駆け上がる。忍者なので木登りなんてお茶の子さいさいなのだ。

 

「これで良しっと。もう落ちたらダメですよ?」

 

 雛を巣の中に戻し、はたと気づく。自分が犯した失態に。

 

「……ふぁぁぁぁぁ高いっ……めっちゃ高い……っ」

 

 木登りなんてお茶の子さいさいだが、ワタシは高所恐怖症なんだった。雛を助けることに夢中でそのことを失念していた。

 忍者でも苦手なものぐらいある。特に高いところは昔から苦手だった。

 

(どうしましょう!どうしましょう!!大声で助けを呼んでも芳乃様たちがいる沢まで聞こえるとは思えないし……もしかして、ワタシこのままずっとこんな高いところで……!?)

 

 恐怖で頭が働かない。周りに使えそうなものがないか探すが、高くてとてもじゃないが見渡せない。

 情けないことに泣きそうだ。足の震えが止まらない。

 

「だ、誰かぁ。助けて……」

「何してるんだ?そんなところで」

 

 弱々しい声で助けを求めた瞬間、聞きなれたとても安心する声が聞こえてきた。勇気を振り絞って下を見下ろすと、幸彦が呆れた顔でこちらを見上げている。なぜここにいるのか疑問にも思ったが、いまは問いただす余裕はない。

 

「幸彦ぉ。おおおおりおりおりりりりr」

「お、落ち着けって。経緯は兎も角、なんとなく現状は理解したから」

 

 壊れたロボットのような言葉しか出なかったが、長年の付き合いのおかげか理解してくれた。幸彦はそのまま少しだけ考え込み、何かを閃いたようだった。

 

「そういえば茉子、いつも鉤縄(かぎなわ)持ち歩いてなかったか?」

「それです!!」

 

 私の持ち歩いている忍者道具の一つ、鉤縄があれば地上に降りる事ができる。怖くてそこまで頭が回らなかった。

 

「慌てるなよ。落ちても俺が受け止めるから」

「お、落ちないから!縁起でもないこと言わないで!」

 

 幸彦の忠告に従い深呼吸をして心を落ち着かせ、懐から鉤縄を取り出す。慎重に木の幹に括り付け、なんとか無事地上に降りることができた。

 

「は、はぁ……はぁ……はぁ……」

「大丈夫か?って大丈夫じゃないよな。立てるかい?」

「待って。まだ足に力が入らなくって……」

 

 安心したせいか腰が抜けて立つことができない。

 当分動けそうになかった。

 

「もう少しだけここで休ませて」

「わかった。無理はしないほうがいいからな」

 

 それだけ言うと、幸彦はワタシの隣に腰掛けた。

 

「えっと、幸彦?」

「朝から歩き回ったせいで疲れたんだ。ちょうどいいから少し休憩させてもらうよ」

 

 どうやらワタシが動けるようになるまで一緒にいてくれるらしい。不器用な彼らしい行動だ。ワタシの隣に腰掛けて一息ついた幸彦は、一度大きく伸びをするとジト目で問いかけてきた。

 

「それで、どうして高所恐怖症の君が木の上にいたんだ?そもそも芳乃様達と遊びに行ってるはずだと思ったんだが」

「あは、まぁ色々ありまして……。幸彦こそ、どうしてここに?調べ物があるって言ってたよね」

「その調べ物が終わったから、ついでに欠片を探してたんだ。そしたら聞き覚えのある声が聞こえてきてね。来てみたら木の上にいる茉子を見つけたってわけさ」

 

 つまり休日返上で働いていたわけだ。相変わらず何かしていないと落ち着かないらしい。休めと言っても聞かないのは問題だが、今回はそれで助かったので良しとしよう。

 

 考えてみれば、昼間に幸彦と二人っきりというのはかなり久しぶりな気がする。ワタシは家事があるし、幸彦はバイトや研究があるので昼間は基本別行動だ。

 

 だからだろうか。毎日顔を合わせているはずなのになんとなく小っ恥ずかしいく感じるのは。ワタシ達はしばらく山の音に耳を傾けることにした。

 穏やかな風が草木を揺らし、音を立てる。今日はいい天気なので枝葉から差し込む日の光が暖かい。

 何も言葉にしていないのに、幸彦が隣にいるだけで安心するのはなぜだろう。そう考えたとき、ふと幼いときの記憶が蘇ってきた。

 

「こうして二人で並んで座ってると、なんだかあの頃を思い出します」

「あの頃?」

「訓練が辛くて泣いてた頃、幸彦はずっと隣にいてくれたよね」

「ああ、随分と懐かしい話だな」

「あの頃はまだ口調が幼かったな〜。ねぇ、なんで口調変えたの?」

 

 なんとなく気になっていたことを聞いてみる。

 幸彦が自分のことを「俺」と言い出したのは小学校に上がる少し前だ。

 

「単純な話さ。その方が強そうに思えたから」

「本当に単純ですね」

「男なんてそんなものだよ。あの頃は強くなりたいって想いが強くて必死だったからね」

 

 自分を強く見せる方法が一人称の変化とは、とても可愛らしくて小学生らしい考えだ。幸彦のことだから、精一杯考えた結果なのだろう。

 

「もやしっ子で泣き虫だった幸彦が立派になっちゃって」

「その泣き虫だった俺も、もう高校生だ。長かったような、あっという間だったような」

「なんだかジジくさいよ?」

「たまにはいいじゃないか」

 

 幸彦は楽しそうに微笑んだ。

 つられてワタシも笑顔になる。

 

 幸彦との会話で落ち着きを取り戻したのだろう。気がつけば、先ほどまで力が入らなかった体が動かせるようになっていた。

 幸彦は頃合いを見て立ち上がりワタシに手を差し出す。

 

「どうだい?そろそろ立てるかな」

「うん。大丈夫そう」

 

 差し出された手につかまり立ち上がる。軽く屈伸をしてみたが、どこにも異常はなさそうだ。

 

「ワタシはそろそろ芳乃様達のところに戻るけど、幸彦はどうするの?」

「俺はもう少しだけ欠片を探してみるよ。ムラサメ様と合流できたら一緒に探すつもりさ」

 

 幸彦ならそう言うと思っていたが、少し残念でもある。どうせなら一緒に遊びたかったけど、ワタシのわがままに付き合わせるわけにもいかない。

 

「そっか。……たまにはちゃんと休まないとダメですからね」

「わかってるって」

「本当にわかってる?」

「おいおい、信用ないな」

「普段の行いの成果です」

「うっ……」

 

 ワタシの言葉にたじろぐ幸彦。自覚があるなら反省してほしい。

 

「わかった。茉子がしっかり休むなら、俺もちゃんと休むよ」

「ワタシは今日休んでますけど」

「一人で夕食のために山菜採ってる時点でアウトだと思うが」

「むっ……」

 

 一理あると思ってしまった。楽しいからそれでいいと言い返そうとも思ったが、幸彦なら仕事も楽しいと言いかねない。

 

「じゃあ、そういうことで。俺は失礼するよ」

「あ、逃げるんですか!?」

 

 どう言えば幸彦が休むか考えているうちに、幸彦はそそくさと山の中へ逃げていく。

 

「もう木に登るんじゃないぞー!」

「もうっ!過労で倒れても知りませんからねー!」

 

 ワタシの言葉に幸彦は振り返らず、手だけをひらひらと振って応える。あっという間に幸彦の背中は見えなくなってしまった。

 

 

「やっぱり、一緒に行こうって言えばよかったかな……」

 

 なんて、未練がましい自分が少しだけ恥ずかしかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 山菜も十分に取れたので沢に戻ると、芳乃様が笑顔で今日の成果を見せてくれた。それだけで十分楽しめたことが伝わって来る。

 

「茉子、見て見て!こんなに大きい魚が釣れたの!」

「すごいじゃないですか!芳乃様、お見事です♪」

 

 数こそ多くはなかったが、なかなかに立派な魚が釣れたようだ。素直に褒めると芳乃様は誇らしそうに胸を張った。その動作一つ一つが可愛らしい。

 

「初めは魚を外すだけで大変だったけどね」

「仕方ないじゃないですか。ヌルヌルして、ビクンビクンって動くんですもん」

「朝武さん、さっきも言ったけどその表現はきわどいからやめよう」

 

 有地さんも色々苦労したようだ。芳乃様の天然さは秋穂様譲りだと思う。有地さんにはこれからも頑張ってもらいたい。

 

「私もレンタロウに教わったおかげで大漁でありますよ!」

「いやー女の子に囲まれて、今日は実にいい一日だった!」

 

 レナさんも鞍馬君も満足した顔をしている。猫丸に至ってはレナさんの胸の中で気持ちよさそうに眠っていた。

 

「ネコマルは賢い猫さんですね。さすがユキヒコのペットです。私に魚が多く泳いでいるところを教えてくれたんですよ!お礼に釣れたお魚をおすそ分けしたら満足して寝ちゃいました」

「俺にはぜんぜん懐いてくれませんでしたけどね……」

「あは、猫丸がワタシ達以外の人に懐くのは珍しいですから。落ち込まないでください、鞍馬君」

 

 ワタシ自身レナさんに懐いた猫丸に驚いているのだ。式神だし、ムラサメ様に触ることのできるレナさんに何かを感じているのかもしれない。あとで幸彦にそれとなく伝えておこう。

 

「ところで茉子、何かいいことでもあったの?なんだかご機嫌に見えるけど」

「ふえぇ!?あ、あは、芳乃様の気のせいですって。ワタシはいつもと変わらず平常運行ですよ?」

「……なんか怪しい」

 

 幸彦に会えて嬉しかったが、もちろん顔に出ないようにしていたはず。こういうことには鋭くなるから芳乃様は侮れない。

 

「そ、それでは暗くなる前に帰りましょう!色々と下ごしらえをしなければいけませんから」

 

 芳乃様に深く聞かれる前に家に戻ることにした。

 先ほど幸彦に逃げられたワタシが、今度は芳乃様から逃げるようにその場を去るなんて。これでは幸彦のことを悪くは言えませんね。

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

 茉子と別れてからも欠片を探して山を歩き回った結果、一つだけ同じ欠片を見つけることができた。やはり、欠片は複数存在すると考えていいだろう。

 帰り際にムラサメ様にもあったが、どうやらムラサメ様も欠片を見つけたらしい。明日有地と取りに行くと言っていたので任せることにした。

 

「ただいま」

「おかえり、幸彦。随分と帰りが遅かったね」

 

 家に入ると姉さんが出迎える。ちょうど診療所の方もひと段落ついたのだろう。

 

「調べ物ついでに例の欠片を探してたんだ。ほらこれ」

 

 そういって拾ってきた欠片を姉さんに渡す。

 

「見つけてきたの?我が弟ながらおそるべきオーバーワークね」

「これくらい平気だって」

 

 俺の言葉に呆れたのか、姉さんはやれやれと肩をすくめた。

 

「それで、肝心の『()()()()()』について何かわかったのかな?」

 

 俺が今日していた調べ物。それが駒川の秘術についてだ。

 

 三日前のことだ。

 榎本さんに譲ってもらった土地神に関する本。その中に描かれていた絵が穂織の山の地図であることが判明した。

 解読した内容によると、その地図の場所には駒川家がまだ陰陽師だった頃に作った祠があるらしい。その中には駒川が使っていた『()()()()()』に関する書物が隠されているという。

 祠までなかなかの距離があるため、休日の今日を利用して調査に出ていたというわけである。

 

「この通り、書物は見つけることができた。使えるかどうかは解読してみないことにはわからないかな」

 

 カバンから古びた書物を取り出す。見た目はかなりボロボロなのだが、不思議なことに中身は腐食や虫食いの跡がなかった。もしかしたら、これも守りの秘術が関係しているのかもしれない。

 

「なら、幸彦はしばらくそれの解読に専念しなさい。欠片の調査は引き続き私がやろう。新しい欠片も見つかったことだしね」

「ありがとう、姉さん」

 

 ここは姉さんのお言葉に甘えさせてもらおう。この秘術がどこまで役に立つかはわからないが、傀儡使いや幻術使いに対しての保険にはなるかもしれない。

 休むよう言ってくれた茉子には悪いが、今日も徹夜になりそうだ。

 

 

 

 

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 ワタシが忍者として育った穂織の街は、観光地として有名だ。毎年多くの観光客が穂織を訪れている。

 観光客はこの街の貴重な収入源の一つであるが、中には迷惑な観光客というのもいる。

 中でも女性の敵とも言えるのが、ナンパ目的で穂織を訪れる輩だ。

 穂織に住む女性は魅力的な方ばかりだ。それはワタシの周りを見れば一目瞭然だろう。そのためか、最近ではしつこくナンパされて困るという相談が町内会で取り上げられることもあるらしい。

 

 なぜ今こんなことを話しているのかというと、ワタシが今まさにナンパされているからだ。

 

「君ほんとにかわいいね。ねぇ、いいでしょ?ちょっとだけでいいからさ。俺と一緒にお茶しようよ」

 

 なぜだろう。この殿方に褒められてもまったく嬉しくない。

 もっと魅力のある方がたくさんいるので、ワタシがナンパされるなんて思ってもなかった。話には聞いていたが、ここまでしつこくついてくるなんて。正直買い物の邪魔である。

 

「先ほどから申し上げている通り、用事があるのでお断りします」

「え〜、そんなのサボっちゃえばいいじゃん。俺と一緒にいた方が楽しいに決まってるって」

 

 なぜこの殿方はこんなに自信満々に根拠のないことをいうのだろうか?もしかしてバカなのでは?

 

「あまりしつこい方は嫌われますよ?」

「なに?俺のこと心配してくれてるの?そんなに俺のこと好きなの?」

「………」

 

 どうしたらその結論に至るのだろうか。呆れて物も言えなくなる。

 

「本当に迷惑なので、失礼します」

 

 付き合っていられなくなったワタシは忍者の運動神経を駆使して男から離れようとする。しかし。

 

「おっと、逃げなくたっていいじゃないか」

 

 ワタシが走るより早く男が壁に手をついて道を塞いでくる。これにはさすがに驚いてしまった。まさかワタシよりも早く動くなんて夢にも思っていなかったのだ。

 

「どいてください!これ以上しつこくするなら——」

「するなら?」

 

 男の目を見た瞬間、ふいに頭がぼーっとしてくる。何かがおかしいのになにも考えられなる。

 

「ねぇ。俺と一緒にお茶してくれるよね」

「………」

 

 断ろうと思うのに言葉が出ない。

 男はニヤリと笑いゆっくり手を伸ばすが、その手がワタシに触れることはなかった。

 

「悪いが、軽々しく彼女に触れないでくれないか?」

 

 幸彦が男の手を掴んでいた。瞬間、先ほどまでぼーっとしていた意識がはっきりしてくる。あれ?ワタシは一体なにをしていたのでしょうか?

 

「な、なんだよお前」

「彼女の連れさ。すまないが彼女と約束があってね。行こうか、茉子」

「ひゃっ!ちょ、幸彦!?」

 

 そう言ってワタシの手を握り歩き出す。突然手を握られて心臓が飛び出すかと思った。だが男も簡単には引き下がらない。

 

「おいおい。待てよ。その子は俺とお茶を——」

「そうそう、言い忘れてたけど……」

 

 ナンパ男が何かを言う前に幸彦は立ち止まり振り返る。

 

「次はないぞ」

 

 短く発したその一言には明確な敵意があった。

 

 

 

 

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 幸彦たちが去るのを確認した男は、先ほどまでとは別人のように表情がなかった。

 

「『あと一歩のところだったのだがな。まぁいい。またの機会を待つとするか。せいぜい気をつけることだ、駒川の者よ』」

 

 男はそこまで言うとそっと目を閉じる。一瞬脱力したかと思うとパッと目を開けてあたりを見回した。

 

「あ、あれ?俺なにしてたんだっけ?」

 

 どうやら今までの出来事を覚えていないらしい。男は困惑しながらもその場を去るのだった。

 

 

 

 

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 まるで少女漫画のワンシーンのようだった。ヒロインのピンチに現れる王子様のような。漫画の中では割とべたな展開だが、実際に体験するなんて思ってもみなかった。

 ワタシはそのまま幸彦に手を引かれて商店街を歩く。握られている手から幸彦の体温が伝わって来る。大きくて暖かい手だ。

 殿方に手を握られたのはお父さんを除けば初めてかもしれない。こんなにドキドキするものなのか。商店街の皆さんの目線が暖かすぎて恥ずかしい。

 耐えきれなくなったワタシは堪らず幸彦に声をかける。

 

「幸彦っ。もう、大丈夫だから」

「あっ。……すまない」

 

 幸彦もようやく現状に気づいたのだろう。慌てて手を離した。

 

「あ、あは。ありがとね、幸彦。あのナンパしつこかったから」

「いやお礼を言われるほどのことじゃ……。俺も少し熱くなりすぎたしな。騒ぎにならないでホッとしたよ」

 

 幸彦は照れたように笑う。少しだけ疲れたように見えるその顔の目の下にはクマがあった。

 

「……また徹夜ですか?」

「調べなきゃいけないものがあったからね。でもちゃんと二時間は寝たぞ」

「基準がおかしいんですよ」

「そうか?」

 

 幸彦に悪気はないようだ。いや、悪気がないのが問題なのだが。しかも今はバイトの休憩時間らしく、これからまた戻るという。

 

「おっと、もう休憩時間が終わるな。また夜に迎えに行くから」

「うん。ありがと。幸彦もバイト頑張って」

「ああ。それじゃあ」

 

 走ってバイト先へ向かう幸彦。確かにその姿には疲れた様子は見えなかった。

 昨日忠告した時から予想はしていたけど、幸彦にとって二時間睡眠は十分休んだことになるようだ。みづはさんもあんな弟をもつと色々大変だろう。

 

 みづはさんで思い出す。今朝がた有地さんが欠片について電話したところ、報告があるから診療所が終わった頃に来るよう言われていたのだった。詳しい内容まではわからないが、もしかしたら欠片についてなにか進展があったのかもしれない。

 それなのに幸彦からその話題が出なかったということは、研究に夢中で話を聞いていなかった可能性がある。

 

 念のため幸彦の携帯電話にメッセージを送り、夕飯の買い物を再開することにした。

 

 

 

 

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 バイトを終えて帰路につく。

 日も落ちて辺りはすっかり暗くなっていた。茉子と手をつないでいたことが商店街で話題となっていたらしく、帰り際にいろんな人にからかわれたせいだ。

 

 家の前に着いたところでふと違和感を覚える。暗くなっているにもかかわらず診療所も自宅の方も電気がついていない。

 

「姉さん、出かけてるのかな?」

 

 仕方がないので家の鍵を出そうと鞄を探る。すると携帯にメールが入っていることに気がついた。

 

(茉子からメール来てたのか。あとでお詫びのメール出さなきゃな)

 

 そんなことを考えながら鍵を回すが、どうやら鍵は開いていたようで軽い感触がするだけだった。

 不審に思いながらも玄関のドアを開ける。

 

「不用心だな。鍵閉め忘れた……」

 

 玄関に一歩踏み入れた瞬間、どろどろと渦巻く嫌な気配にゾワリと全身の毛が逆立つ。

 この前の幻術使いの時と似ているようで異なる気配。それが診療所内に充満していた。

 

「この気配……っ!まさかっ!?」

 

 嫌な予感がする。俺は土足のまま駆け出し診療所の奥に向かった。

 

 勢い良くドアを開けるとその先には、信じられない光景が広がっていた。本棚が壊され、本は散らばり、床や壁も傷だらけだ。

 その中でも異様な存在感を放つ存在に、頭をハンマーで殴られたような強い衝撃を受ける。

 

 

 

 そう。俺はその存在を知っている。

 

 

「嘘、だろ……」

 

 

 この禍々しくどす黒い感情の塊を。

 

 

「なんで……」

 

 

 殺意にあふれ復讐に溺れた感情の塊を。

 

 

「なんでこいつがここにいるんだ!?」

 

 

 俺の目の前には、本来ここにいるはずがない祟り神の姿があった。

 

 

 

 





改めまして「駒川の者として」第十九話を読んでくださりありがとうございます。

ようやく原作共通ルートの話を進めていこうと思います。
今回は茉子視点中心に話を進めました。あの身体能力の裏にはきっとこんなことがあったんだろうなと妄想が止まりませんでした。

次回、祟り神と幸彦の話になります。


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