駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

お待たせして申し訳ありません。
第二十三話になります。
それではどうぞ。





第二十三話「病院は暇なんです」

 

 

 

 幸彦が目を覚ましたという嬉しいニュースを聞いたのが昨日の夜。そんでもって、俺たちも今日学校に復帰した。

 祟り神との戦いでまさに死ぬ思いを経験した俺たちは一週間ほど学校を休ませてもらった。安春さんとじいちゃんが療養と看病のためにと学校に掛け合ってくれたらしい。

 久しぶりの登校だったので、今朝は大変だった。

 クラスのみんなが押し寄せて喜びや心配の声をかけてくれた。朝武さんや常陸さんだけでなく、この春転校してきたばかりの俺にも声をかけてくれるんだから、本当にいいクラスメイトに恵まれたものだ。

 

 そんな日の昼休み。俺は最早お約束と言えるまでになったメンバーで昼食をとっていた。

 

「ということで、幸彦のお見舞いに行こうと思う!」

「相変わらず唐突だな」

 

 廉太郎からの突然の提案。心なしかテンションが若干高めな気がする。

 

「将臣にもお見舞いしに行ってやっただろ?それなのに幸彦にはしないなんて不公平じゃんか」

「それはそうだけど、そのテンションだと何か下心がある気がしてさ」

「馬鹿野郎!親友が苦しんでるんだ!下心ナンカアルワケナイダロ!」

 

 じゃあなんで片言になってるんだよ。ていうか目をそらすな。

 俺が廉太郎にジト目を向けると思わぬ方から助け船が出される。

 

「レンタロウの言う通りでありますよ。友達のためにお見舞いに行きたいと思うのは当たり前のことです。さすがのレンタロウも下心なんて抱くはずがありません」

「へ?そ、そういうこと!さすがレナちゃんわかってるね」

 

 冷や汗を額に浮かべる廉太郎。純粋で優しいレナさんを騙すなんてさぞ心苦しいだろうに。それとも本当に幸彦のことを心配してるだけなのか?

 どのみちこの場で白状しそうにないし、あとで小春あたりにこっそり聞いておこう。

 

 廉太郎は気を取り直して朝武さんたちに顔を向け直す。

 

「なあ巫女姫様も常陸さんもレナちゃんも一緒に行かない?」

「ちょっと、なんで私のことは無視するのさバカ兄」

「なんだよ、お前も来るのか?」

「当然でしょ?私だって駒川先輩にはお世話になってるんだから」

 

 膨れっ面になる小春と露骨に嫌な顔をする廉太郎。普通なら険悪な雰囲気になりかねない会話も、この二人がするとどうして微笑ましく思えてしまうのだろう。相変わらず仲がいい兄弟だ。

 廉太郎との兄弟喧嘩に一区切りつけると、小春は少し俯きがちに目線を下げ心配そうに俺と朝武さんを見つめる。

 

「でも駒川先輩が入院してる病院って隣町なんだよね。大丈夫かな?」

「小春?どうしたでありますか?大丈夫と言いますと……?」

「ええっと、あんまり言いたくないですけど……穂織って周辺の町からあんまりよく思われてないんです」

「なんですと!?こんなにいい人ばかりの素晴らしい街なのにですか!?」

 

 レナさんが驚きの声を上げる。

 その気持ちは痛いほどわかる。俺も最初は信じられなかった。だが実際、俺がここに来た時に乗っていたタクシーの運転手も露骨に穂織を嫌っていた。この街で生活した今、あのタクシーの運転手に一言物申しておけば良かったと思う。

 

「まぁ田舎ならではの風評被害ってやつ?昔から『イヌツキだ、疫病神だ』って言われて毛嫌いされてんだよ」

「イヌツキ、でありますか……」

 

 レナさんが悲しそうな視線を俺に送る。どうやら察してくれたらしい。俺もそれにそっと頷いた。

 

 この前の祟り神との戦闘に意図せずではあるもののレナさんを巻き込んでしまった。あの状況だ、ごまかせるレベルを超えている。俺が眠っている間に、安春さんと朝武さん、そしてムラサメちゃんがレナさんに朝武の呪いのこと全てを打ち明けたらしい。

 “イヌツキ”とはまさに朝武家にかけられた呪いの揶揄でもある。優しいレナさんのことだ。ショックは大きかっただろう。

 

「確かにまだ穂織を嫌う人は多いですが、お見舞いについては大丈夫だと思いますよ?あの病院は幸彦のお父様の知り合いが経営しているとみづはさんも仰ってましたし、医院長先生が個室を用意してくれていたので」

 

 みんなの心配を和らげるためか、常陸さんが優しく微笑んだ。俺と朝武さんもこの流れに乗ることにする。

 

「私も幸彦のお見舞いに行きたいと思っていたので、お父さんに聞いてみますね」

「それでも心配ならじいちゃんに相談すればいいんじゃないか?もしかしたら車も出してくれるかもしれないし」

「お、それありだな。んじゃあとはお見舞いの品だけど……おーいみんなー!幸彦のお見舞い行くけど渡して欲しいものがあったら持ってきてくれー!」

 

 廉太郎の掛け声でぞろぞろと人が集まってくる。それだけみんな幸彦のことを心配していたのだろう。しかしこういう時の廉太郎の行動力は本当に見習いたい。

 そうだ、今のうちに……。

 

「なあ小春。廉太郎がお見舞いに積極的な理由ってわかるか?」

「うーん、なんだかんだ言って駒川先輩のことすごく心配してたから、お見舞いに行きたいって気持ちに嘘はないと思うな」

「そこはまぁ、そうだろうな」

 

 廉太郎が友達想いなやつなのは長年の付き合いで把握している。

 

「……そういえば」

「そういえば?」

「昨日おじいちゃんと廉兄が話してたんだけど、隣町の病院に“三司(みつかさ)あやせ”さんにそっくりな白衣の天使がいるって」

「三司あやせ?」

「知らないかな?今日本で一番有名って言われてるアストラル使いの女の子」

「あー、あの子か!」

 

 三司あやせ。

 たしか1年前にアストラル研究のメッカ「鷲逗(わしず)研究都市」でおきたクレーン事故のとき、そのアストラル能力で建物の下敷きになっていた人の救助を行った女の子だ。アストラル使いがその能力で人を助けたということだけでも話題性があったが、その容姿がとても可愛らしく一躍注目の的になっていた。この前もどこかの学校の生徒会長になったって騒がれてたっけ。えっと、確か橘花(きっか)学院だっけ?

 小春の話によると、その三司あやせっていう子はネットでよく動画を配信しているらしく、自身が通う橘花学院のPRや歌なんかも発信しているらしい。

 廉太郎はそのあやせさんのファンで動画を見ていたところ、じいちゃんに見つかり、その動画を見たじいちゃんが隣町のあやせさんに似ているという白衣の天使について語ったと……。

 

「つまり廉太郎のもう一つの目的は白衣の天使か」

「なるほどそういうことでしたか」

 

 気配もなく常陸さんが俺の背後から会話に混ざる。心臓に悪いからやめて欲しい。

 

「ひ、常陸さん?いつからそこに?」

「ワタシ、忍者ですから」

 

 ドヤ顔で言われると何も言えなくなる。まったく便利な言葉だ。

 

「常陸先輩、すみません。うちのバカ兄がご迷惑をおかけして」

「迷惑なんかじゃありませんよ。幸彦って意外に寂しがりやですのできっと喜んでくれますから」

「えっと、不純な動機が混ざってるのはいいの?」

「構いませんとも。むしろ放っておいたほうが面白そうですので。あは♪」

 

 完全にこれから起こるであろうことを想像して面白がっている顔だ。いたずら好きだもんな常陸さんって。悔しいことにいい笑顔なんだよなぁ。

 

 

「さてと、こんなもんかな」

 

 と、ちょうどお見舞いの品募集も終わったようだった。

 

「綺麗な飾りですね!これはどういうものなんですか?」

「千羽鶴といって早く元気になりますようにというおまじないみたいなものですよ」

「ほらこの前レナちゃんにも折り紙で鶴折ってもらったでしょ?それを重ねて作ってあるんだ」

「おお、本当であります!これは私がおった鶴さんですね。ですが、どうして鶴なのでしょうか?」

 

 レナさんの鋭い質問に朝武さんも廉太郎も固まってしまう。助けを求める視線が俺と常陸さんに向けられる。……なんで鶴なんだろうね?

 

「そうですね。諸説ありますが、日本では昔から鶴はおめでたい鳥とされてきました。昔話でも鶴は幸福を運んできてくれますよね。そんな鶴が千羽もいるということは“良いことが来る前触れだ”と考えたみたいですよ。お見舞いだけじゃなくてただお願い事のためだけに作る人もいるそうです」

「ほー、日本人は昔から面白くて素敵な考えをしますね♪」

 

 目を輝かせながらメモをとるレナさん。日本が好きと明言しているレナさんにとって、日本の昔からの風習というのは珍しくも面白いものなのだろう。そういう彼女の感性も素敵だと思う。

 俺ももっと自分の国のことぐらい知っておかなきゃな。

 

「常陸さんよく知ってたね」

「昔、幸彦が教えてくれたんですよ。おまじない関係は詳しいですから」

「そういえば私も、幼い時に元気が出るおまじないを教えて貰いました。掌に元気って三回書いて飲み込むんです」

「あはぁ、芳乃様。可愛らしいので抱きしめてもいいですか?」

「なんで!?」

 

 朝武さんの可愛らしいおまじないの話は置いといて、幸彦がおまじない関係に詳しいのはきっと呪詛の研究の副産物なんだろう。幸彦が知るおまじないか。本当に効果がありそうだ。今度何か教えてもらおうかな。……いや、やめておこう。おまじないにもいろいろあるからな。触らぬ呪術に祟りなしだ。

 

「しっかし羨ましいぜ。お見舞いで千羽鶴とか、もし俺が入院しても誰もくれないだろ」

「廉兄人望ないもんね」

「事実だが実の妹に言われると結構心にくるな……」

 

 そっと胸に手を立てる廉太郎。哀れだ。

 

「廉兄と違って駒川先輩は働き者だもん。こう言ったらあれだけど、今回の入院で少しでも休めたらいいなって」

「そうだなぁ。案外休みができて本人も喜んでるんじゃないか?」

 

 確かに、幸彦はここ最近ずっと忙しそうだった。

 この前俺たちが山で釣りをしていた時も調べ物があると言ってこなかったし、それ以前だって……よく考えたらあいつほとんど休んでないんじゃないか?

 朝は俺との稽古。学校が終わるとバイト(本人曰く週5を目安にしているらしい)。休日は祟り神の研究。あれ?よく考えなくてもほとんど休んでないな、あいつ。

 

「そうですねー。ちゃんと休んでればいいのですが……」

「茉子?なにか気になることでもあるの?」

「いえ、そういうわけでは。ただ幸彦は忙しくないと死んじゃう病ですから。案外暇と退屈を持て余して死にそうになっているのではないかと」

「……確かに」

「ま、まさかー。二人とも考えすぎたって。いくら幸彦でも、幸彦でも……」

 

 思わず言葉に詰まってしまった。

 いくら幸彦でも休みが苦痛だなんて思わない、よな?

 

 

 

 

 

 

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「あー……暇だ。暇すぎる。死ぬ。俺は退屈に殺されるんだ……」

 

 自分の声が虚しく病室に響き渡る。

 俺が入院することになっているのは三日間。今日はその一日目なのだが……暇すぎる!!初日からこんなに退屈に悩まされるなんて。

 姉さんや主治医の先生からこの三日間は念のため絶対安静だと言われた。筋トレはもちろん禁止。小説や雑誌、漫画の類は読んでもいいが、呪詛に関する研究のノートや資料の閲覧は禁止。もちろん入院中にバイトはできないし、病院の手伝いもさせてもらえない。

 こんなに暇になったのはいつぶりだろうか。

 俺はなんとなく天井に手をかざし、シミまで数えつくしてしまった天井と包帯でぐるぐるに巻かれた腕をぼんやりと眺める。

 両手を握ってはまた開く。明らかに昨日よりもスムーズに動くようになっていた。

 

 この包帯は穂織の湯で清め安春様に祝詞を捧げてもらった特別なものだ。

 祟り神との戦闘で穢れを吸収した影響か、俺の両腕は霊感がない人でもわかるぐらい真っ黒に変色していた。医学上問題はなくても穢れは身を蝕むものである。俺の両腕は鉛のように重くジンジンと鈍い痛みが伴っていたのだ。

 その穢れを取り除くための応急処置として提案したのがこの特殊包帯である。これを巻いていれば少しずつだが穢れを祓うことができるのだ!……理論上は。

 

「狛もあれから呼びかけても出てこないし。いやまあ単純に俺の霊力が回復してないからだろうけど。猫丸も現界解けちゃったし。とにかく!やることがない!」

 

 もういっそのこと筋トレしてしまおうか。体鈍っちゃうし。腕立てぐらいなら大丈夫だろう。

 

『……だめ。忘れないで。恥ずかしいけど、みんなにどれだけ心配かけたか分かってもらわないといけませんから』

 

 ……いや、やめよう。これ以上心配をかけるのは良くないよな。たった三日の辛抱だ。

 幼馴染の悲しそうな顔が脳裏をよぎり、俺は頭を振って考えを改める。と、ちょうど病室のドアが開き俺担当の看護士さんがやってくる。

 

「幸彦くん。検温の時間ですよ」

「あ、よろしくお願いします」

 

 この人は柏木(かしわぎ)さんといってこの病院の看護婦長だ。母さんの知り合いということもあり、入院中もお世話になっている。親切丁寧で一部の人には白衣の天使と呼ばれていたらしい。

 

「熱はなさそうね。でも油断しちゃダメよ。みづはちゃんにしっかり見ておくように言われてるから」

「は、はい」

 

 さすが姉さん根回しが早い。

 

「あ、それからね。今朝女の子が来て『幸彦くんが暇してるだろうから渡してください』って」

 

 柏木さんは手に持っていた紙袋を俺に手渡す。手に取ると以外とずっしりした重さを感じる。中を覗くと、そこには漫画が数冊入っていた。

 おそらく茉子が気を使ってくれたのだろう。

 思わず顔が緩んでしまう。

 

「随分と可愛らしい子だったけど、彼女さん?」

「違いますよ。ただの幼なじみです」

「あら、ふふ、じゃあそういうことにしておいてあげる」

 

 何かあったらいつでも呼んでと言い残し柏木さんは病室を出て行った。

 

 早速紙袋から漫画を取り出してみると手書きのメモが出てくる。

 

『幸彦が気に入りそうな漫画を厳選してみました。お礼はハーゲンビッツ一個で許してあげるね♪ 茉子より』

「ははは、ちゃっかりしてるよな、茉子のやつ」

 

 俺が暇を持て余していることなどお見通しというわけだ。

 俺が気に入りそうな漫画か。いったいどんなのが入っているのだろうか。

 改めて茉子が貸してくれる漫画を確認する。そこには——。

 

「これって、少女漫画じゃないか」

 

 茉子のやつ。厳選したって言ってたけど自分のお気に入りを勧めてきたな。少女漫画は男子高校生には敷居が高すぎると思うぞ?

 どうする、読んでしまうか?個室だし、部屋に来るのも柏木さんぐらいだ。茉子が勧めるぐらいだから面白いことには間違いないが……。

 

「せっかく貸してくれたんだしな。読まないのも悪いか」

 

 試しにと手にとってページをめくる。

 少し癖があるけど純粋に絵が上手い。

 背景の描写も細かくペンが入っている。

 ふむふむ…

 ………

 ……………

 ……………………

 ………………………………っは!

 

 気がつくと日が傾き始めていた。

 悔しいが、面白いじゃないかこの漫画。

 

 

 

 

 

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「それでは榎本。巫女姫様を頼んだぞ」

「よろしくお願いします、榎本さん」

「玄さんの頼みですからね。しっかりやりますよ。安春くんも安心してください」

 

 お見舞い当日。じいちゃんと安春さんに相談したところ護衛を兼ねて古本屋の榎本さんが車を出してくれることになった。万が一に備えて朝武さんも帽子を深くかぶり伊達眼鏡をかけている。朝武さんの眼鏡姿。可愛いです。

 車はワゴン車で、助手席に常陸さん、真ん中の列に朝武さんレナさん小春。後部座席には俺と廉太郎が座っている。ちなみにムラサメちゃんはお留守番を買って出てくれた。代わりに今度プリンを食べさせてくれとお願いされてしまったのだが。あれ恥ずかしいんだよな〜。

 

 車が走り出したところで廉太郎が小声で話しかけてくる。

 

「なぁ、あれって商店街の古本屋さんだよな。幸彦のバイト先の」

「そうだよ。ついでに言えば幸彦の師匠でもある」

「なるほど。だから車も出してくれるんだな。じいちゃんの舎弟なのかと思ったぜ」

「二人とも、聞こえてますよ?」

 

 榎本さんに声をかけられビクッとする。魚海さんは最近慣れてきたけど、榎本さんと会話する機会なんてあまりなかった。こ、怖い人じゃないよね?

 

「残念ながら舎弟ではないですよ。昔からの腐れ縁みたいなものですかね」

「榎本さんは穂織の出身ですから玄十郎さんとも仲が良かったってお父さんから聞きました」

「ははは、巫女姫様の言う通り、確かに他の人より目をかけてもらっていましたね。玄さんはね、私たちの世代で知らない人はいないぐらい強かったんですよ?」

 

 榎本さんは朗らかに笑う。

 

「大旦那様やエノモトさん若い頃の話でありますか!ちょっと聞いてみたい気もします」

「あ、俺も聞きたいっす!」

「おじいちゃんって昔のことあんまり話してくれないもんね」

「わ、私も……聞いてみたいかも」

「俺も聞いてみたいです」

「ワタシもよろしいですか?」

 

 満場一致だ。俺らの反応に榎本さんも嬉しそうに頷く。

 

「おやおや、頼まれてしまったら話すしかありませんね。といっても特別な話はありませんけど。私たちが中学生ぐらいの時ですかね。玄さんはね、穂織に玄十郎ありと(うた)われるほど、畏怖(いふ)と憧れの存在だったんですよ」

 

 鞍馬家長男の玄十郎は穂織一の剣の達人。じいちゃんはそう言われていたらしい。規律に厳しく、弱きを助け悪しきを挫く。なんだか聞いてて恥ずかしくなるぐらい有名だったようだ。

 

「で、うちのバカ、ああ、魚海のことですけど、『そんなに強いなら戦わないと』と言い出しましてね。決闘を申し込んではボコボコにされました。そんなのが数十回続いた頃、玄さんが決闘の後にご飯をご馳走してくれたんですよ。元気なやつは嫌いじゃないなんて言ってね。腐れ縁はそこからです」

「くっ、じいちゃんのくせにカッコイイじゃんか」

「榎本さんも玄十郎さんと決闘したんですか?」

「ええ。あの頃は私も若かった」

「なんだか意外です。魚海さんなら想像できますけど」

「若気の至りですよ、巫女姫様。決して誇れることではありませんからね」

 

 榎本さんはそれからも目を細めて昔を懐かしむように語った。じいちゃんと魚海さんと熊を倒した話。じいちゃんとばあちゃんの話。昔の鵜茅学院の話。幸彦の話。他にもたくさん。

 寡黙で恐い人の印象があったが、実際は気さくで話し上手な英国紳士だった。話してみるものだな。気がつけばあっという間に病院に着いていた。

 

「さて、病院に着きましたよ。受付を済ませてきますからみなさんはロビーで待っていてください」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「あの人か?いや違うか……。お、あの人は!?……むぅ、可愛いけど俺の天使じゃないな」

「もう、何キョロキョロしてるのさバカ兄」

「少しは自重しろよ」

「わかってるって。あ、あの後ろ姿そうじゃないか!?」

「って、言ってるそばからどこ行くんだよ!」

「安心しろって。さすがに病院内を走ったりしないからさ。ちょっと話しかけてすぐ戻るから」

「そういうこと言ってるんじゃないんだけど……」

 

 ナンパ慣れしているからか行動が速い。行くと決めた瞬間に行かなきゃナンパなんてできないと前に言っていたが、その行動力をもっと別のところで生かしてほしい。

 

「おや?彼はどこに行くのですか?」

 

 榎本さんが受付から戻って来る。事情を話すと意外にも納得したような顔をした。

 

「綺麗な人に声をかけるのは男の(さが)ですからね。しかし彼は幸彦の病室を知っていなかったはずですね」

「すいません、うちの兄が……」

「構いませんよ。私が連れて行きますから。小春さん、お手数ですが一緒に来てください。常陸さん、有地くん。大丈夫だと思いますが、巫女姫様とリヒテナウアーさんを宜しくお願いします」

 

 榎本さんは小春を連れて廉太郎を探しに行った。

 

「たく、廉太郎の奴」

「相変わらず鞍馬くんは欲望に忠実ですね」

「私は慣れてきたですよ」

「あは、とりあえず先に幸彦の病室に行きましょうか」

 

 

 

 常陸さんに案内されたのは病院の端っこの病室だった。人通りもほとんど無い。確かにここなら穂織出身者がいても何も言われないだろう。

 ドアをノックすると「どうぞ」と声がする。

 中に入ると幸彦がベッドの上で出迎えた。

 

「みんな来てくれるなんてな。ベッドの上で申し訳ないが感謝するよ」

「幸彦こそ、無事でよかった。とっても心配したんだから」

「ご迷惑をおかけしました。あっと、芳乃様と有地は迂闊に近寄らないようにしてください。穢れがまだ完全に祓えてないので」

 

 ホールドアップしてみせる幸彦。その両腕は包帯でぐるぐるに巻かれていた。

 

「それってお父さんに頼んでた包帯?」

「はい。これでゆっくり穢れを取り除いてます」

「本当にそんなんで穢れが祓えるのか?」

「多分な。前例がないからなんとも言えないけど、少なくとも巻く前よりは腕が楽になった」

 

 大げさに腕を振り回す幸彦。常陸さんが言っていたように腕以外はほとんど完治しているらしい。

 

「ユキヒコ。これクラスのみんなからです」

「お、千羽鶴か。ありがたい」

「えへへ。僭越(せんえつ)ながら私も鶴さんを折らせていただきました。改めて、あの日は助けてくれてありがとうございました」

 

 レナさんが丁寧に頭をさげる。あの日とはもちろん祟り神と戦った日のことだろう。

 

「お礼を言われるほどのことじゃないよ。俺はできることをやっただけだから。それに祟り神を倒せたのは有地がいたからだしね」

「それでもです。マサオミもユキヒコもマコも、体を張って助けてくれました。あの時のマサオミとユキヒコ、かっこよかったであります!」

「あ、ああ。かっこよかったか。レナさんに言われるなんて光栄だな」

「あは、幸彦ったらどうしたんですか?鼻の下なんか伸ばして、や〜らし〜」

 

 いつの間にか幸彦の隣にいた常陸さん。ニヤニヤしながら半目で幸彦を見つめている。

 

「べ、別にいいだろ?褒められたら嬉しいものだ。レナさんみたいに綺麗な女性に言われたら尚更な」

ワタシが褒めてあげても伸びないくせに……

「ん?何か言ったか?」

「なんでもありません。幸彦には関係ないことです」

「そう言われると気になるじゃないか」

「むっつりスケベな幸彦には教えませーん」

「なっ!誰がむっつり助兵衛だ!」

 

 この常陸さんと幸彦のやりとりを見るのも約一週間ぶりだ。ようやくいつもの日常に戻ってきたような、感慨深い気持ちになってくる。

 

「ふふ。マコがなんだか嬉しそうであります。この一週間ずっと元気がなかったので心配していたでありますが……。幸彦のおかげでありますね♪」

「ぅえ!?」

 

 常陸さんが素っ頓狂な声を上げる。

 確かにレナさんの言う通り、ここ最近の常陸さんはどことなく元気がないように見えた。ぼんやりしているような、心ここに在らずみたいな。でも今はいつも通りの常陸さんに戻っている。

 

「い、いやですよレナさん。ワタシの元気がなかったのは怪我のせいで芳乃様のお世話に支障が出ていたからで、決して幸彦の目が覚めなかったのが理由では……」

「茉子が一番心配してましたからね。幸彦が目覚めた日もですね、茉子ったら私の部屋に飛び込んできて——」

「わーわー!芳乃様!それ以上は恥ずかしいので言わないでください!」

「どうして?ぬいぐるみを抱えながら涙ぐむ茉子すごく可愛かっムギュ」

「ですから!それが恥ずかしいんですってば!!」

 

 慌てて朝武さんの口をふさぐ常陸さん。

 常陸さんがうろたえながら頬を紅潮させ、耳まで同じ色になっている。すごくレアな光景だった。

 

「とにかく!この話はなしです!」

「うぅ。可愛かったって言いたかっただけなのに」

 

 話を止められシュンとする朝武さん。どうやら本人にからかう気は無かったらしい。さすが朝武さん、相変わらずの天然である。

 

「で、幸彦。お前はなんで紙袋を頭からかぶってるんだ?」

「……放っておいてくれないかい?今心を鎮めている最中なんだ」

「あ、そう……」

 

 入院して頭がおかしくなったかと思った。まぁ俺が幸彦の立場だったら間違いなく顔を真っ赤にさせてるだろうし、幸彦も恥ずかしいんだろう。そっとしといてあげよう。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「これは商店街の方たちからです」

「ありがとうございます榎本さん。小春ちゃんも廉太郎も、来てくれてありがとう。嬉しいよ」

 

 あれから数分後、榎本さんが小春と廉太郎を連れてやってきた。どうやら白衣の天使は見つからなかったらしい。露骨にがっかりしていた廉太郎だが、幸彦の顔を見て機嫌を取り戻したようだった。

 

「まじで心配したんだぞ。『幸彦と将臣が崖から転げ落ちた』って聞いた時はさすがに血の気が引いたぜ。小春なんかまじ泣きしてたんだからな」

「だ、だって!お兄ちゃんも駒川先輩も意識不明だって聞いたから……」

 

 さすがに、『祟り神との戦いで怪我をしました!』なんて他の人に言えるわけがない。なので『山で落石にあい、俺と幸彦が朝武さんと常陸さんをかばい崖から転げ落ちた』という設定になっている。普通に死んでもおかしくない設定だが、あの幸彦を意識不明に追いやるにはこのくらいの設定でないと不審に思われるらしい。みんなの中で幸彦=不死身みたいになってるのかな。俺は心の中でライバルをそっと憐んだ。

 

「あの、これ。田心屋のプリンです」

「おお!ありがとう。そろそろ田心屋の味が恋しいと思ってたんだよ」

「いえ、喜んでくれて良かったです!」

「あの、これ。クラスの男子からです」

「焼いて捨てろ」

「ちょ!さすがに辛辣すぎるだろ!?」

 

 小春からは田心屋のプリンが入った紙袋を嬉しそうに受け取った幸彦。逆に廉太郎には冷たい目線を送っていた。まあ、廉太郎のお見舞いの品はどうせエロ本だろう。俺も渡されたし。

 だがしかし、エロ本を受け取らないなんて男としてどうなのだろうか。

 

「冗談だ。貰ったものは大切にしないとな」

 

 そのままみんなの死角に貰ったものを隠す幸彦。

 幸彦もやはり男だった。

 

「それでだ、幸彦。ここからが本題なんだけどな?」

「お見舞いが本題じゃないのかよ」

「ちっちっち、わかってないな将臣。それも本題だがこっちも大変重要なんだよ。なあ幸彦、白衣の天使について知っていることはないか?」

 

 廉太郎はキメ顔で幸彦に尋ねた。小春は軽蔑の眼差しを、朝武さんとレナさんは苦笑いを、榎本さんと常陸さんは面白そうに笑みを浮かべている。

 

「白衣の天使って、柏木さんのことか?」

「知ってるのか!?」

「知ってるも何も、今の担当看護師が柏木さんだからな」

 

 まさか本当に知っているとは思わなかったのだろう。廉太郎が大きくガッツポーズをとる。こんな偶然もあるんだな。

 幸彦はというと、何を喜んでいるのかわからない様子だったが、常陸さんがそっと耳打ちすると悪そうな笑顔を浮かべた。

 あ、これは悪戯を思いついた子供の顔だ。

 

「そうか、廉太郎は彼女みたいなタイプが好みだったんだな。良かったら紹介するけど?」

「い、いいのか!?是非とも頼むぜ!」

「ああ、いいとも。だけど彼女は俺から見ても素敵な女性だ。廉太郎じゃ相手にされない思うが」

「ばっか、お前。俺だってそこそこスペックいいんだぜ?万が一があるなら当たって砕けろってな」

 

 完全に舞い上がってやがる。廉太郎には悪いが、まだ春が来るとは思えない。だって常陸さんも幸彦もすっごくいい笑顔なんだもん。

 朝武さんもこの二人の笑顔には見覚えがあるらしく、小声で注意する。

 

「ちょっと二人とも。あんまり鞍馬君をからかわないの」

「大丈夫ですよ、芳乃様。聞けば廉太郎は、勤務中の看護師さんにナンパなんて業務妨害をしたらしいですね」

「そうですよ、芳乃様。これは鞍馬君へのペナルティーです」

「それに柏木さんもこういう悪戯が昔から好きな人ですから、悪いようにはなりませんよ」

「で、でも……」

 

 さっきまでの気まずさはどこへ行ったのやら。阿吽の呼吸で朝武さんを説き伏せにかかる二人。朝武さんが折れるのも時間の問題だった。

 

「——というわけですよ」

「そう言われると……反論できません。むぅ、うまく言いくるめられた気がします」

「あの二人に勝つのは難しいって。むしろ頑張った方だと思うよ?」

「なんだか悔しい。有地さん、次は負けませんから見ていてくださいね」

「そうそう、その意気だよ朝武さん」

 

 ただ話の趣旨がだいぶ変わっちゃってるけどね。ディベート大会じゃないんだから。

 

「なぁその柏木さんっていつ来るんだ?」

「そう焦らずとも、そろそろ検温の時間だしもうすぐ来るんじゃないか?」

 

 そわそわと落ち着かない様子の廉太郎が我慢できずに幸彦へと問いかける。

 と、ちょうどその時病室のドアがノックされた。

 

「幸彦くん、検温の時間ですよ」

「友達からでいいので俺と連絡先を交換してください!!!」

 

 まさかのどっ直球。俺はこの瞬間を一生忘れないだろう。それほどの痛い静寂が病室を包んだ。初対面でとる行動じゃないだろ。

 

「お兄ちゃん。私を本当の妹にする気ってない?」

「諦めろ。あれが小春のお兄ちゃんだ」

「うぅ、頭が痛いよ……」

 

 今回は小春に同情せざるを得ない。

 かわいそうなので頭を撫でてあげた。

 

「あらあら、こんなに若い子に言い寄られるなんて、私もまだ捨てたもんじゃないわね」

「……え!?」

 

 顔をあげた廉太郎が間の抜けた声を上げる。それもそうだろう。目の前にいる女性は俺らよりもはるかに年上の風貌をしていたのだから。

 

「ゆ、幸彦?これは一体?」

「紹介するよ、廉太郎。こちら柏木悦子(えつこ)さん。この病院の看護婦長を務めている方だ。確か玄十郎さんと同い年で、俺の母さんも昔からお世話になってるんだ。ここいらの医療関係者で知らない人はいないんじゃないかな?白衣の天使ってあだ名まであるんだから」

「昔の話よ。昔の話。今じゃすっかりおばあちゃんになっちゃったから」

 

 じ、じいちゃんと同い年!?確かに俺らよりもはるかに年上だと思ったけど、それでもせいぜい60歳届くか届かないかぐらいだと思ってたのに。お若い方だな〜。それにきれいな人だ。若いころ三司あやせさんに似ていたと言われるのも納得してしまう。

 

「柏木さん。こちら玄十郎さんの孫の廉太郎です」

「玄十郎くんのお孫さん?まぁ大きくなったのね。こんど玄十郎くんに会ったら自慢しなくちゃ。お孫さんに連絡先を聞かれたって♪」

「へぁ?え?ぇえ!?」

 

 まだ理解が追いついていないのだろう。廉太郎は幸彦と柏木さんの顔を交互に見渡しながら困惑している。このことがじいちゃんに知れたら恐ろしいことになるだろうが、ショックでそこまで気が回らないのだろう。

 そんな廉太郎の様子を見て幸彦はニヒルに笑い、廉太郎の肩に手を乗せる。

 

「ま、これに懲りたら次からはもっと慎重に、周りの迷惑も考えて行動することだな」

「は、ははは……。はは……」

 

 廉太郎は真っ白に燃え尽きるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 お見舞いを終えてみんなが穂織へと帰っていくのを見送ると、部屋はいつもの静けさを取り戻す。あれだけ賑やかだったので少しだけ寂しさを感じた。

 

「いいお友達ね」

「ええ。自慢の友人たちです」

 

 これだけは胸を張って言える。彼らの前では絶対に言わないけどな。

 

「柏木さん。その、すいません。なんか巻き込んじゃって」

「いいのよ。若い子に言い寄られるなんてこの歳になるとなかなかないもの。むしろ若返った感じがするわ」

「あはは、柏木さんは十分お若いですよ」

「お世辞でも嬉しいわ。ありがとう。ああそうそう。そういえばまたあの女の子から預かり物があるんだけど」

「あの女の子って、茉子のことですか?」

「そう、その茉子ちゃんから。はい、これ」

 

 手渡されたのは、この前と同じ袋に入った漫画だった。

 

「直接渡してくれればいいのに」

「女心はそういうものなのよ。私も若いころを思い出すわ。さて、私は仕事に戻るから、何かあったら呼んで頂戴」

 

 柏木さんが病室を出ていくのを確認したのち改めて袋の中身を確認すると、あの少女漫画の続きの巻が入っていた。

 

「茉子のやつ。いいところで終わったと思ったら、わざとだったな」

 

 昨日渡された漫画はヒロインの女の子がピンチになるところで終わっていた。この後どうなってしまうのか内心悶々としていたのだが、布教活動の作戦だったとは。まんまと策にハマってしまったわけだ。

 袋から漫画を取り出していると、漫画以外にも何か入っていることに気がつく。また何かのメモだろうか。

 

 取り出してみると一匹の折り鶴が出てくる。丁寧に折られたその鶴の羽根には茉子の字で何か書いてあった。

 

 

『どうか一日も早く、

    幸彦が元気になりますように』

 

 

「………」

 

 ほんと、不意打ちは卑怯だってあれほど言っているのに。

 今だけはみんなが帰っていてよかったと心から思う。

 顔が熱い。頬が緩む。

 

 こんな顔、誰にも見せられないよ。まったく。

 

 

 

 






改めまして「駒川の者として」第二十三話を読んでくださりありがとうございます。

今回すごく長くなっちゃいました……。書きたいこと詰め込みすぎたと反省はしております。
共通ルートも残り3話の予定です。予定です…。お楽しみに。


補足ですが、この物語はリドルジョーカーの一年前設定です。将臣たちは暁やあやせの一年先輩にあたります。
この先リドルジョーカーのキャラクターもたまに出てくるかもしれませんが、はたして幸彦たちの物語に絡んでくるのでしょうか?


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