駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

第二十四話になります。
それではどうぞ。





第二十四話「辛い時には漫画でも」

 

 

 

 綺麗に瞬いていた星たちが姿を隠し、穂織の山々を朝日が照らす。春もそろそろ終わりに近づいてはいるものの山の朝はやはり冷える。うっすらと朝靄(あさもや)を纏う山の中はどこか神秘的な魅力があった。

 夜と朝の間の時間。朝日を浴びた山の木々が呼吸を繰り返す、とても静かな時間だ。

 

 木々とともに俺も深く息を吸い、肺に空気を取り込む。血液に酸素が行き渡る感覚。目を閉じて雑念を取り払い、呼吸に集中し自分の体と対話する。

 

「……よし」

 

 目を開け開始するのは師匠たちに骨の髄まで叩き込まれた体術の型。一つ一つの動作を確認しながら大胆に()つしなやかに体を動かしていく。体に違和感は感じられない。強いてあげるなら腕がまだ重く感じるが、それでも微々たるものだ。念のため包帯は取らないでおくが、これなら日常生活に支障はないだろう。

 

 

 俺が退院してから二日が経った。鈍った体を鍛えなおすため、今朝は早くから山に入り体を動かす。一週間も寝ていたので相当なリハビリが必要かと思ったが、思いの外体は好調だった。姉さんたちがきつく休むように言ってくれたおかげで体が休まり超回復でも起こったようだ。

 

「あとは……猫丸!」

 

 懐から猫丸を召喚するための霊符を取り出し霊力を込める。比較的低燃費な猫丸は俺の呼びかけに応え目の前に姿を現した。霊力も順調に回復しているらしい。この調子なら狛を呼び出せる日もそう遠くないだろう。

 

「にゃー!」

「うわっと、いきなり飛びつくなって」

「にゃ〜♪」

「あはは、心配してくれてありがとな、猫丸」

 

 嬉しそうにすり寄ってくる猫丸を撫でてやる。茉子たちの話では俺を助けるために猫丸が色々してくれたようだ。イレギュラーの多い猫丸だが、俺の一番信頼出来る式神でもある。今日の晩御飯は約束通りご馳走をあげないとな。

 

「さてと、今朝はこのくらいにしておくか。今日は用事があるから無理だけど、明日は久しぶりに遊ぼうな」

「にゃ〜!」

 

 猫丸との遊びはもっぱら追いかけっこなのだが、茉子からは激しすぎる追いかけっこと言われている。確かに普通の人にはきついかもしれない。猫丸の運動能力は高く、式神なので息がきれることもない。木と木の間を飛び、野山を風のように駆け抜けるのだ。

 これが結構いい特訓になる。猫丸の運動不足の改善にも繋がるし一石二鳥だ。まぁ捕まえられるかは別の話だが。茉子なら頑張れば捕まえることができるかもしれないな。ちなみに俺は今まで全敗である。

 

「っと、そろそろ学院に行かないと。猫丸はどうする?」

「にゃー」

 

 猫丸は山の中へと入っていった。久しぶりの現界だし、ゆっくり散歩もいいだろう。

 

「夕飯までには戻ってこいよー!」

 

 俺は猫丸に声をかけその足で学院に向かうのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 退院して初日の登校時はみんなから心配の嵐を食らったが、二日目ともなるといつも通りの日常が訪れる。特筆することもなく一日の授業を終えた俺は一度深呼吸をして気持ちを切り替え、そのまま魚政へと向かった。入院時言っていた話を聞くためである。

 

「おう、待ってたぜ。まあ上がってくれ」

「お邪魔します」

 

 魚海さんの家に入ると既に榎本さんが座って待っていた。

 

「来ましたね。どうです?あれから体の方は」

「休んだおかげで絶好調ってところですかね。とはいえもう入院なんてこりごりですけど」

「今回はまぁ巫女姫様や茉子ちゃんを守るためだし仕方なかったが、次からはあんまり無茶するんじゃねえぞ。ほら、退院祝いだ」

「……退院祝いがジュース一本ですか」

「わがまま言うなら返せ」

「冗談です。ありがたくいただきますよ。……それで、そろそろ本題に入ってもいいんじゃないですか?」

 

 退院を祝ってくれるのはありがたいが、俺が今日ここにきたのは傀儡使いについて新しく入った情報を聞くためだ。

 

「そう怖い顔すんな。焦らずともちゃんと話すからよ」

 

 魚海さんが一瞬で仕事モードの顔に切り替わる。それだけ重要な話ということだ。

 

「今からお前に話すのは、傀儡使いと思われる男の身元についてだ」

「っ!身元が分かったんですか!?」

「落ち着け。まだ確定したわけじゃない。容疑者とも言えない段階だ」

 

 思わず身を乗り出すように詰め寄ってしまった俺を魚海さんは右手を前に出し制する。

 

「こいつが今掴めてるの情報だ。榎本、説明してくれ」

「ええ。まずここ数年で穗織を訪れたアストラル使いを調べたところ、十四人ほど候補を絞り込むことができました」

 

 榎本さんは淡々と説明しているが、穗織を訪れたアストラル使いだけを探すのは決して簡単なことではない。俺一人だったら調べ上げるのに半年はかかるだろう。

 

「そのうちマネキンを操作できるようなアストラル能力を持った人間はただ一人。斎賀 義満(さいが よしみつ)。デベロッパーで有名なあの斎賀財閥の一人息子です」

 

 想像以上の相手に思わず息を呑む。斎賀財閥といったら都市開発や数多くのテーマパークを手がける大財閥だ。手渡された資料にも斎賀の情報が詳しく書かれていた。

 

「斎賀財閥はアストラル研究にも協力的でな。毎年多額の投資をしている。そして斎賀家の一人息子は品行方正で有名だ。慈善活動にも積極的に参加し、アストラル使いへの偏見をなくそうと行動してきた。正直こんなことをするような人間には思えんぐらいだ」

「ですが調べていくうちに妙なこともわかってきました。半年前を(さかい)に表に姿を見せなくなったこと。それどころか斎賀家に仕える者たちからこんな話まで出てくるようになりました。『義満様はご乱心なされた』とね」

 

 何を持ってご乱心と言っているのかは分からないらしい。これ以上の捜査をするにはまだ証拠が足りないという。相手がアストラル研究に協力している財閥というのも慎重にならざるを得ない理由だろう。

 

「斎賀義満の能力は『パペット』。人形やマネキンを操るのに特化したかなり特殊な能力だ。傀儡使いもそれに似た能力だろう。偶然とは考えにくい。だがこればっかりは慎重に捜査をする他に手がねえんだ」

 

 魚海さんの言っていることは理解できる。特班も組織だ。いくらカリスマ性の高い魚海さんや榎本さんでも、引退した人間が組織を自由に動かすことはできない。今ある組織のためにも危険をおかすわけにはいかないのだ。

 そう、わかっている。仕方のないことだ。むしろここまで調べてくれた特班や師匠達に感謝するべきだ。

 それでも思ってしまう。もどかしいと。一度湧いてしまった感情はふつふつと湧いて出てくる。もどかしさはやがて苛立ちとなって俺の心を揺さぶってきた。

 俺は感情をこらえながら魚海さんたちに話しかける。

 

「……わかりました。これだけの情報を短期間で集めるなんて、流石特班ですね。あとは——」

「あとは俺がなんとかします。なんてバカなことは言いっこなしだぜ」

「——!?」

「へっ、なに驚いた顔してんだよ。何年お前の面倒見てると思ってんだ」

 

 魚海のおやじさんが腕を組みながら呆れた顔を向ける。

 

「お前が巫女姫様や茉子ちゃんのことを大切に思っていることはよく知ってる。でもな、だからって全部背負い込むなんざ最善策なわけがねぇ。少し落ち着け」

 

 俺の気持ちを知ってかしらずか、おやじさんはいたって冷静に語りかける。その姿を見て俺の心から湧き出た黒い感情が、体だけでなく思考にまで靄のように広がっていく。

 

 

「落ち着け、ですって?落ち着いてなんかいられるわけないじゃないですか!?十二年前、なにがあったのかおやじさんたちも知っているでしょう?」

 

 愚かな人間は何がきっかけで牙を剥くかわからないのだ。

 十二年前のあの事件だって、『穗織の山には財宝が隠されている』なんて馬鹿げた噂を信じる輩がいたから起こったんだ。人は欲望を前にすると正常でいられなくなる。

 そんな愚か者のせいで芳乃様や茉子の日常が壊される可能性があるんだ。考えるだけで(はらわた)が煮えくり返る。

 

「可能性があるなら一刻も早く取り払うべきだ。跡形もなく。たとえこの手を汚すことになっても……」

「幸彦っ!!」

「!?」

 

 喝を入れるような大声にハッと我に返る。同時に自分の口からでた言葉に戸惑う。俺は今、誤魔化すことのできないほど黒い感情、殺意を抱いていた。

 

「俺がお前に教えたこと、覚えてるか?たとえ誰かを守るために拳を振るおうが、そいつは正義なんかじゃない。暴力は暴力だ。相手がどんなクズだろうが正当化なんか出来やしないってな。ましてやその拳を私怨だけで振るうなんざ絶対にあっちゃならねぇ。そいつは正義でもねぇ、悪でもねぇ。クズ以下の最低の奴に成り下がっちまう。俺の弟子をそんな奴にするわけにはいかねぇよ」

「………」

「わかっていると思いますが、巫女姫様を狙われて腸が煮えくり返っているのはあなただけではないのですよ。今回の件、私も魚海もこんなところで終わらせるつもりは毛頭ありません。それに特班も本腰を入れて捜査する必要があると判断したようです。時間はかかるかもしれませんが、必ず尻尾をつかんで見せますよ」

「そういうこった。お前は一人じゃない。もう少し俺たち大人を信じちゃくれないか?」

 

 尊敬する師匠達ががここまで言ってくれているのだ。こんなにありがたいことはない。

 わかってる。わかってるんだ。俺の周りには俺にはもったいないぐらい頼りになる大人たちがいるんだって。

 

「……すいませんでした」

 

 感謝の言葉も反論も胸のモヤモヤに飲み込まれてしまう。結局俺の口から絞り出した言葉は謝罪の言葉だけだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 帰り道。

 魚政から直接家に帰ることもできたのだが、どうにもそういう気分にはならなかった。気分が晴れないとき、その気晴らしの方法は人それぞれだ。俺の場合、適当になにも考えず、ただブラブラと歩き回ることにしている。

 

 俺はやはり焦っていたのだろうか。

 何に対して?決まってる。自分自身の不甲斐なさにだ。自分を律することすらままならない。黒い感情に呑まれるなんて、茉子や芳乃様を傷つけたあいつらと何にも変わらない。こんなんじゃ有地に勝てるわけがない。

 

「かっこ悪いよな、俺」

 

 休憩がてら公園のベンチに腰をかけ一人愚痴る。入院のせいで独り言の癖がついているのかもしれない。

 

「なんて、こんなんじゃまた茉子に注意されちゃうよな」

 

 あの幼馴染は変なところで鋭いから。俺がいくらポーカーフェイスでいようが必ず気づいてしまう。最近慰められてばっかりだったし、俺も反省しているのだ。

 

「傀儡使いのことは師匠たちがなんとかしてくれるんだし、これはむしろありがたい状況なんだ。俺には俺にできることを精一杯やるしかない。よし!」

 

 自己暗示じみた言葉を口に出し気持ちを前向きに持って行く。うん。ポジティブな言葉を口にするだけで元気が少しだけ湧いた……気がする。

 

「なに独り言言ってるんですか?」

「……いつからそこにいた?」

「かっこ悪いよな、俺」

「もうわかったから、忘れてくれ」

 

 気がつけば茉子がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでいた。今一番顔を見せたくない人物に一番最初に出会ってしまったわけだ。それにしたってタイミングが良すぎるだろう。レーダーでもついてるんじゃないだろうか。

 

「なーんか暗い顔してたから話しかけようと思ったんだけど、その調子なら大丈夫そうですね。偉い偉い」

「あ、頭を撫でるんじゃない!子供じゃないんだから」

「あは、照れてる♪」

「当たり前だ!」

 

 まったく、心臓に悪い。高校生にもなって女の子に頭を撫でてもらうなんて。そういうのはこう……男からしてあげるのが普通だろう。

 

「それで、こんな時間に珍しいじゃないか。いつもなら夕飯の準備の時間だろう?」

 

 大きく咳払いをして話題を変える。じゃないと永遠にいじられるような気がした。

 俺の質問に茉子は決まり悪そうに頭をかいて笑った。

 

「あは、じつは芳乃様に『今日は私がご飯作るから茉子は休んでて』と言われまして……。せっかくなので有地さんと買い物に行ってもらって、ワタシはその様子をこっそり覗き、じゃなかった。陰で警護していたんです」

「本音が漏れてるぞ?」

「初々しいお二人は見ていて飽きませんでした♪」

「本音を隠せ」

 

 芳乃様の従者が聞いて呆れるよ。

 ……いやまあ俺も見てみたいと思ったけども。

 

「幸彦こそどうしたんですか?こんなところで一人なんて。確か魚海さんのところに用があるって言ってたよね」

「え?あー、まぁな。用事が早めに終わったから散歩でもしてのんびりしようかなーって」

 

 思わず目を逸らしながら適当に話を濁す。傀儡使いのことは茉子も知っているので話してもいいのだけれど、なんとなく(はばか)られた。

 茉子は俺をじっと見つめたかと思うと「そっか」と俯きがちに微笑んだ。

 

「……ねぇ幸彦。この後時間ある?」

「この後か?特に予定はないけど」

「だったら、約束守ってもらおうかな」

「約束?」

「うん。ハーゲンビッツ買ってもらう約束」

「ああ、あれか」

 

 お見舞いの時貸してもらった漫画のお礼。漫画が面白くてすっかり忘れていた。

 

「別にいいけど、今手持ちがな……。入院でバイト出れなかったし」

「仕方ないですね〜。パプコで許してあげます。それなら二人でシェアもできるもんね」

「まぁ茉子がそれでいいなら」

「そうと決まれば早速買いに行きましょう!」

「あ、ちょっと!引っ張るなって!」

 

 

 半ば強引にコンビニに連れて行かれてパプコのチョココーヒー味を購入。茉子は宣言通り半分を俺にくれた。

 

 

 

「——それでバンパイアのルークが結衣を庇うシーンなんてすごくキュンとしちゃって!」

「確かに。あそこはルークが初めてデレた場面でもあったし面白かったな」

「わかってくれますか!?」

「あ、ああ。だけどちょっと落ち着こうな」

 

 そのまま帰るのも勿体無い気がしたので公園に戻った俺たちは、パプコ片手に茉子に貸してもらった少女漫画の話で盛り上がっていた。特に茉子が。

 

「あ、あはぁ。ごめんね。誰かと漫画の話題で盛り上がるなんて久しぶりだったので」

「芳乃様にも進めればいいじゃないか。こんなに面白いんだし」

「芳乃様には今探偵モノの一押しを貸しているので」

「……あんまり変な影響与えてないよな?」

「……おそらく」

 

 芳乃様はあれですごくのめり込みやすいタイプだから少し心配だ。嬉々として聞き込みをする芳乃様の姿が容易に想像できた。

 

「まぁ、芳乃様は大丈夫だと信じて。印象深いシーンといえばあそこもだな。伯爵に操られた結衣をルークが助けるところ」

「おお!さすが幸彦、わかってますね。操られた結衣に刺されながらも強く抱きしめ、そこで——」

 

 

「「『嫌ならよけろ』」」

 

 

 示し合わせたかのように声が重なる。ルークが結衣に口付けするときに放ったセリフである。

 

「あれがファーストキスなんて……どれだけ私たちをキュンとさせれば気が済むんですかね、ルークは」

「キザったらしい言葉も、ルークが言うとしっくりくるんだよな。実に興味深い」

「どこに興味を持ってるんですか」

 

 呆れた顔の茉子。そんなに変だろうか?キザな言葉ほど自然に言うのは難しいモノだ。今度榎本さんにも漫画を見せてじっくり語り合いたい。

 

「それにしても、こういうセリフって容姿が整った生き物しか受け入れられないよな。俺なんかが言っても寒気がするだけに思えてならないんだよ」

「わかってませんねー幸彦は。こういうのは好きな人に言われるからこそキュンと来るものなんですよ」

「そういうものか?」

「そういうものなんです。乙女心は複雑なんですから」

 

 まあ茉子が言うのだからそうなのだろう。男の俺にはまったく理解できないものだが。

 

「ワタシ思うんです。このルークって幸彦に似てるなーって」

「……俺こんなに無愛想なのか?」

「そうじゃなくって、性格の話。つんけんしてるのに優しいところとか、意外に子供っぽいところとか」

 

 それは喜んでいいのだろうか?もっとカッコイイところが似てる!と言われた方が嬉しいのだけど……。

 

「それから、なんでも背負い込んで一人で解決しようとするところとか」

「………」

 

 思わず茉子の方に目を向けると、まっすぐこちらを見つめる茉子と目が合ってしまう。吸い込まれてしまいそうなほど真っ直ぐな眼差しから目を逸らすことはできなかった。

 

「何を隠してるか知らないけど、ワタシはいつだって幸彦の力になりたいって思ってますから」

 

 そう言って優しく微笑む茉子。

 

 

 そうだ、俺はこの笑顔にいつも救われてる。

 だから俺はこの笑顔を守りたい。

 

 

 俺は努めて小さく笑う。

 

「そういう茉子も結衣にそっくりだけどな」

「え!本当ですか!?」

「ああ、お節介なところとか、意外にいたずら好きのところとか」

「む、そう言われるとあんまり嬉しくない」

 

 優しくて笑顔が素敵なところとか。……は言わないでおこう。別に恥ずかしいとは思っていない。

 

「なるほどのぅ。つまり茉子も幸彦もお似合い同士ということだな」

「ええ、そういうことに……ってムラサメ様!?」

「どどどどうしてここに!?」

 

 いかにも「面白いものを発見した!」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべるムラサメ様が俺たちの背後から顔を出す。

 

「いやなに、ご主人と芳乃が揃って買い物に出かけると聞いてな。こっそり覗き……いや、陰で見守っていたのだがな」

 

 俺の記憶が正しいなら先ほど同じことを聞いた気がするのだが?出歯亀(でばかめ)は一人ではなかったらしい。ちらりと茉子の方を伺うが、顔を真っ赤にした茉子はそれどころではないみたいだ。

 

「そしたらたまたま二人を見かけてな。ほれ、吾輩は隠れておるからチュッチュしても構わんのだぞ?」

「い、いえ!これはそういうことではなくて!」

「なにが違うのだ?話を聞くにその“るーく”と“ゆい”は書物の中では恋人同士のだろう?それならその二人に似ている茉子と幸彦の相性もバッチリ!なのではないのか」

「そ、それはそうかもしれませんが!そうではなくてぇえだからその〜〜〜〜〜〜!——っ!」

 

 恥ずかしさが限界を超えたのだろう。

 次の瞬間には茉子がいたはずの場所に丸太が転がっていた。

 しまった!逃げ遅れた!お、俺を置いていかないでくれ!

 

「わっはっはっは。ご主人や芳乃もそうだが、茉子や幸彦もなかなか面白い反応をするな!」

「……かんべんしてください」

 

 愉快に笑うムラサメ様を前に肩を落とす。

 ああ、これであと一週間はからかわれるんだろうな。確定した未来に、俺は盛大にため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 日が傾き始めたこの時間。夕飯の買い物をする主婦や宿へと戻る前に食べ歩きをする観光客で商店街が賑わう。混雑とまではいかないが穂織にしては人が多くなる時間帯でもある。

 その中を俺と茉子は並んで歩いていた。

 

「とんだ災難だったな」

「ワタシ、今度からは芳乃様をからかうのもほどほどにしようと思う」

 

 ムラサメ様がいい反面教師になってくれたのだろう。茉子の頬はまだほんのりと朱に染まっていた。

 

「はぁ、芳乃様の家に向かう足がこんなに重いなんて」

「俺も一緒に行くんだからしっかりしろって」

「……なんで幸彦は平気そうなんですか?」

「何でって、隣であたふたされると逆に落ち着いてしまうあの現象のせいじゃないか?」

「むぅぅ、なんだか負けた気分です」

 

 もちろん嘘である。本当はめちゃくちゃ恥ずかしい。ポーカーフェイスでなんとか(しの)いでいるけれど。とりあえず帰るまでは我慢できそうだ。

 しかし意外だ。暗い気持ちを隠そうとしてもバレるのに、こういうポーカーフェイスは見破られないんだな。

 

「とにかく!ワタシがさっき言いたかったのは、なんでも一人で抱え込まないでってことです!わかった?」

 

 悔しそうに唸っていた茉子は一変、俺の方を振り向くとグイっと顔を近づけ人差し指を俺の胸に当てる。身長差からか若干の上目遣いだ。思わず仰け反ってしまった俺は観念するように両手を挙げた。

 

「わ、わかった。今日の帰りにでも話すよ。それでいいかい?」

「約束ですからね」

 

 満足げな表情を浮かべた茉子はそのまま後ろを振り返り歩いていく。なんだかうまく乗せられた気がしないでもないが、そもそも俺が茉子に素直に話さなかったのがすべての始まりである。反省してます、はい。

 

 気持ちを切り替え茉子の後を追いかけようとした、その時だった。

 

 

『お前は一生、黒い感情からは逃れられない。俺と同じさ』

「っ!?」

 

 

 知らない男がすれ違いざまにかけた言葉。同時に感じる背筋が凍るようなゾッとする感覚。俺は思わず振り向いた。しかし……。

 

「……いない」

 

 ほんのわずか目を離しただけなのに、男の姿は人混みに消えてしまった。

 

「幸彦?どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 

 あの感覚はただならない。危険だ。普段なら相手の顔が確認できるまで警戒を解くことはないだろう。それなのに今は、何故か追いかけようとは()()()()()()

 

「なら芳乃様の家に急ぎましょう。早くしないとお二人のほうがワタシ達より先に家に帰ってしまいます」

「ああ、そうだな。早く行こう」

 

 不審に思ったのは一瞬だ。自分の行動に違和感を覚えながらも、俺はその場を離れる。見ず知らずの男の言葉はねっとりと俺に纏わりつき、いつまでたっても耳から離れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————

 

 

 

 

 

 人も獣も木々さえも眠りにつく丑三つ時。穂織の山を一人の男が歩いていた。街灯などある訳もなく、星の明かりだけが山を照らすのみで辺りは真っ暗である。それなのに男はまるで見えているかのように迷いなく山道を進む。

 

 どこか嬉しそうに笑みを浮かべ歩く男の前に一輪の杜若(かきつばた)が咲いていた。暗い山の中でもその姿は凛として美しく思わず見とれてしまうほどだ。

 

「ほう、美しい花だ」

 

 男もその存在に気がついたのだろう。迷いのなかった足を止め、ゆっくり花に近寄ると、次の瞬間には思いっきり杜若を踏みつけていた。

 一度や二度ではない。何度も何度も男は杜若を踏みつける。何度も何度も何度も何度も、男は一心不乱に踏みつけた。

 

「はぁ、はぁ、悪く思わないでくれよぉ。お前が綺麗すぎるのが悪いんだ」

 

 男は花だったものにねっとりと(ささや)きかける。

 跡形もなくなるまで徹底的に踏み続けた男の表情は愉悦(ゆえつ)で満ちていた。

 

「ケヒヒッ!!嗚呼!楽しいねえ!楽しいねえ!!体が疼いて疼いて我慢できねぇよ!!っと、汚い言葉が出てしまった」

 

 大声で笑ったかと思えば、感情のない能面(のうめん)のような顔に早変わり。常人が彼のことを見たら気が狂った男にしか思えないだろう。

 

「父上、母上、そして弟よ。見ているか?俺は今幸せだ。なんたって——」

 

 男はその目でギョロリと空を見上げる。

 

「この手で再び、貴様らに復讐する機会が与えられたのだからな」

 

 

 男、幻術使いは頬を釣り上げ狂った笑みをその顔に浮かべる。その瞳に光はなく、暗く深い闇が幾重(いくえ)にも重なったかのようだった。

 

「朝武芳乃、有地将臣、叢雨丸の守護者の小娘、それに常陸茉子と駒川幸彦。じっくりじっくり楽しませてもらうぞ。ケヒッ、ケヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 

 男の笑い声が闇夜に包まれた穂織の山に響き渡る。

 絡みつくように、ねっとりと。

 

 

 

 

 






改めまして「駒川の者として」第二十四話を読んでくださりありがとうございます。

今回の話は共通ルート終わりに向けた助走と、その先の話の前置きのようなものになりました。
傀儡使いは名前が出てきましたが、幻術使いは一体誰なのでしょう?(呪詛の元凶といっても過言でないあの人です。)
さて、予定通りあと二話で共通ルートは終わるのでしょうか(汗



以下どうでもいい情報
オリジナルキャラクターのCVイメージですが、斎賀義満(傀儡使い)は神谷◯史さん。幻術使いは藤◯啓治さんで書いてます。


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