駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

第二十八話になります。
それではどうぞ。





第二十八話「決着」

 

 

 

 時間は少しだけ遡る。

 茉子たちを見送った俺は、いつものように山の前で彼女達の帰りを待っていた。

 

「幸彦、家の中で待ったらどうだい?」

「いいんだ、姉さん。俺はここにいる」

「……そうか」

 

 姉さんが心配して声をかけてくれたが、ここから動く気はなかった。そんな俺の気持ちを察してくれたのだろう。無言で上着だけ俺にかけて神社へと戻っていった。

 正直な話、芳乃様たちを山へ行かせたくなかった。

 できることはやったつもりだ。あらゆる対策を考えた。

 だがやはり1日そこらでは出来ることに限界がある。

 何より嫌な胸騒ぎが収まらないのだ。

 きっと、今日は何かが起こる。それも悪いことが。そんな考えが頭から離れてくれないのだ。

 だからこそ、まだ俺にはやらなければいけないことがある。少しでもこの不安を払拭するために。

 

 

 芳乃様たちが山に入って10分ほどが経過したときだった。

 憑代の気配が大きな波となって押し寄せるのを感じた。それからしばらくして、山のあちらこちらから、よくない気配も強まった。

 想定していた最悪のパターンだ。思わず山へ駆け込みそうになるがなんとか踏みとどまる。奥歯を噛み締め、山を睨みつける。

 奴らの気配が強くなっている。こんなにも強い邪念をもった祟り神が出てくるなんて。やはりあれだけの準備ではたりなかった。もっと対策を練るべきだった。後悔がどれだけ押し寄せても、それでも俺は山へは向かえない。なぜなら()()()()()()()()()()()()なのだ。

 きっとあいつは現れる。そう信じて待ち続ける。そして数分後、()()()()()()()()()()

 

『いつまでそうしているつもりだ?』

 

 脳内に直接響き渡るその声は、どこか苛立ちを含んでいた。気配のする方に少しだけ視線を送ると、待ち望んでいた姿が眼に入る。

 白銀の毛に身を包んだ山犬。

 伝承において祟り神の源となったと言われている犬神の生まれ変わりであり、現在は俺の式神として現界している狛が、感情の読み取れない眼でこちらを睨みつけていた。

 

『貴様はいつまで傍観者でいるつもりなのだ、人間』

「……別に、好きで傍観者になっているわけじゃない」

『ならば何故、貴様はここにいる。何故、貴様が守りたいと願う小娘たちのもとに向かわない』

 

 その問いに皮肉は感じなかった。真っ直ぐで純粋な疑問。それを投げ掛けれられている。そう感じた。

 俺は穂織の山を見つめながら背後の狛へ向けて答える。

 

「賭けをしていたんだ」

『賭け……だと?』

「ああ。今の俺じゃ山に入っても彼女たちの邪魔にしかならない。俺は臆病者だから、俺のせいで彼女たちが傷つくのが、たまらなく怖かったんだ」

『……』

 狛は訝しげに俺を見る。

 そんな視線に構わず俺は話を続ける。

 

「方法がないわけじゃない。ただ必要なピースが揃わなかった。そのピースは俺が話しかけてどうにかなるものじゃなかった。だから、そのピースが自分から出てくるのを待っていたんだ」

 

 そう。待っていた。

 確証はなかったが、そいつは姿を現すと信じていた。

 そして、そいつはここに現れた。

 

 俺は狛へ振り返る。同時に隠し持っていたナイフで自分の手のひらを切り裂いた。自分の手から血が地面に滴り落ちる。

 瞬間、俺の仕掛けた術式が作動し、狛を中心に五芒星が地表に浮かび上がる。

 

『……ほう』

 

 突然のことに僅かに驚いた様子を見せた狛だったが、すぐに口元に笑みを浮かべた。

 

『つまり、この私がここに姿を現すまでが貴様の作戦だったということか』

「ああ、お人好しの君なら俺たちのピンチに姿を現すと思った。君を信じて正解だったよ」

 

 我ながら酷い作戦だ。

 相手の好意を踏み躙り、利用する。

 有地や芳乃様が知ったらきっと怒るだろう。茉子も、きっと良くは思わないかな。みんな優しい奴らだから。

 

「本当ならこんなことしたくはなかった。俺たちのことを恨んでいるはずの君が、どうして俺たちを助けるような行動をとったのか。正直まだわからない。もっと話をして君と分かり合いたかったが、そんな悠長なことを言っていられる余裕はなかったからな」

 

 茉子や芳乃様を助けるためだ。

 俺はそのためならなんだってする。

 それがどんなに汚いことでも。誰かを貶める行為であったとしても。

 

「悪いが無理やりにでも言うことを聞いてもらうぞ」

『そのための術式か。だが、そうやすやすとやられると思っているのか?……!?』

「動けないだろう?逃すわけにはいかないからな。君を召喚した12年前から俺も成長しているんだ」

 

 これから行うのは式神との契約。だが、幼い頃に俺が行った儀式とは全く異なるものだ。あれは自分の霊力を分け与えることで力を貸してもらうだけだが、今回の儀式は魂レベルで相手を縛り付け、使役する。代償は小さくないが、今の俺には安いものだ。

 

『いいのか?私が祟り神を喰らえば、神だった頃の記憶も力も取り戻すかもしれん。このような契約を破ることも容易い。そうなれば貴様ら人間の寝首を掻くのも簡単だぞ?』

「させないさ。万が一そうなっても、俺が君を殺す」

 

 思いの外すんなりと口から出た言葉。それが俺の本心だった。

 俺はそのまま印を結ぶ。地表に浮かび出た五芒星が紅く輝く。輝きは強さを増し、俺と狛の魂を結びつけていった。

 

『ふふふ、ふははははははははっ。ようやくお前という人間が垣間見れた気がずるぞ。面白い。ならば使役してみろ。せいぜい背後には気をつけることだな、()()

 

 目の前が光に包まれる瞬間聞こえた狛の笑い声が耳に残った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 山に入った瞬間まとわりつくような悪寒を感じる。どうやら奴らの気配が山の中に充満しているようだ。

 このままだと手遅れになる。そんなことあってたまるか!

 山の中を一心不乱に駆ける。

 もっと速く。もっと、もっとだ。

 

『遅いっ!乗れ小僧!』

「小僧って言うな!」

 

 隣を駆ける狛がしびれを切らしたかのように叫ぶ。小僧呼びは気に入らないが、正直ありがたい提案だった。

 俺は狛の背中へと飛び乗った。風のように駆ける狛に振り落とされないようにしがみ付く。

 目指すは山の中腹。一段と大きく感じる気配の元へと俺たちは向かった。

 

 

 

 目の前の光景を見て頭に血が上っていくのがわかった。茉子も芳乃様も、有地までが地面に倒れている。

 まさか、俺は間に合わなかったのか?

 黒い感情で心が満たされていく感覚。以前にも似たことがあったなと冷めた頭で思考する。

 

『落ち着け小僧。感情に、力に飲まれるなと前にも教えただろう。それに、小娘らはまだ生きている』

 

 狛の言葉でなんとか自分を保つ。こんなところで暴走なんてしてみろ。救えるものも救えなくなる。

 深く深呼吸をして心を落ち着かせ状況を素早く確認する。

 巨大化した祟り神が二体。憑代によって引き寄せられた祟り神が合体したのか?どうにかして二体を引き離し、連携を取らせないようにしなくてはならない。

 そして地上に横たわる茉子たちに目を向ける。

 狛が言っていた通り、彼女たちはまだ生きていた。

 最初に立ち上がったのは茉子だった。そんな彼女に向けて、見たこともないようなどす黒い祟り神が、その尻尾を振りかぶる。

 このまま走っていたら確実に間に合わない。

 斯くなる上は……。

 

「狛っ。俺のことを尻尾で思いっきり押し出してくれ。タイミングは俺が合わせる」

「……正気か?」

「いいから早くっ!いくぞ!」

 

 狛はやれやれと勢いよく尻尾を振るう。尻尾の勢いに自分の脚力を合わせ、ミサイルのように祟り神へと飛んでいく。

 

「させるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そのままの勢いで祟り神へと拳を振るう。自分でも驚くほど祟り神は吹き飛んで行った。

 俺の両腕に巻かれている包帯。狛との契約で傷つけた手の応急処置でもあるのだが、安春様が清め、俺が神力を込めたその包帯は祟り神の穢れにも有効のようだ。

 

「狛は有地の方の祟り神を頼んだ。絶対、芳乃様と芳乃様の大切な人に怪我をさせるなよ」

『指図するな!小僧』

 

 文句を言いながらも、狛は有地の方にいたもう一体の祟り神へと飛びかかっていった。

 

「ゆき……ひこ?どうしてここに?あれは……狛なの?」

 

 いきなり現れた俺に混乱しているのだろう。茉子は目をパチパチさせながら俺と狛を交互に見ている。

 茉子が無事だったことにホッとして笑みがこぼれる。しかし、安心するのはまだ早い。

 俺がこの場にいて狛を召喚している以上、奴らの力は強くなる可能性が高いのだ。短期決戦で決着をつけないといけない。

 

「説明はまた後で。ここは俺に任せて。それから——」

 

 俺は茉子に目を向ける。見送った時よりボロボロの姿。気がつけば無意識に、俺は彼女の頭を撫でていた。

 

「遅くなってごめん」

 

 ここまで頑張って芳乃様を守ってくれた幼馴染に感謝と決意を込めて声をかけ、俺は俺が殴り飛ばした祟り神に向かって駆け出す。

 力を使うことを恐れるな。俺のせいで相手が強くなるのなら、俺はその上をいくまで。茉子や芳乃様を守る為に鍛えた俺の全てを以ってこの危機を乗り越える。

 

 

 

 

 

 

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「有地さん!有地さん、しっかりしてください!」

「ご主人!目を開けるのだ!」

「ん……」

 

 朝武さんとムラサメちゃんの声がする。起きなきゃいけないのに、体のあちこちが痛んでうまく動けない。とりあえず目だけでも開けないと、朝武さんに心配かけちゃうな。

 そう思い目を開くと朝武さんの顔が視界を埋め尽くしている。こんな近距離で女の子の顔を見たのは生まれて初めてかもしれない……って近い近い!

 

「うわぁぁ!」

 

 慌てて起き上がるが、そういえば身体中痛めていたのを忘れていた。

 

「痛ったたた」

「だ、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫、大丈夫」

 

 とりあえず笑ってごまかす。

 こんなことで慌ててちゃ男として恥ずかしいだろ俺。そもそもどうして俺は朝武さんに膝枕してもらってたんだ?

 深呼吸して今の状況を必死に思い出す。たしか、祟り神の動きを止めて、俺がトドメを刺そうとしたら、もう一体別の祟り神が出てきて……。

 

「朝武さん!怪我はない?祟り神に吹き飛ばされてたけど……」

「はい。茉子がかばってくれたのでなんとか」

「人の心配より自分の心配をしろ、ご主人。至近距離であの祟り神の攻撃を食らったんだぞ?」

「……どおりで身体中痛いわけだ」

「い、痛むんですか!?」

 

 朝武さんがグイッと身を乗り出す。

 だ、だから近いって朝武さん。

 

「えっと……動けないほど痛むわけじゃないから」

「本当ですね?戻ったら絶対みづはさんに診てもらってくださいね」

「わかってるって。それより、祟り神は?」

「……あれをみろ」

 

 ムラサメちゃんが指差す先には、俺たちを背に祟り神と戦う、大きな白い山犬の姿があった。

 

「あれって……」

「あれは幸彦の式神です」

 

 俺たちを庇うように立っていた常陸さんが答える。その視線の先には、一人でもう一方の祟り神と戦っている幸彦の姿もあった。

 

「幸彦!?あいつなんでここに」

「吾輩たちを助けにきたようだ。救われたのは事実だが、無茶しおって」

 

 見ると幸彦はなんの武器も持たずに素手で戦っていた。その腕には包帯が巻かれているが、それだけである。今も尻尾に狙われながらも紙一重で避けて攻撃を食らわせている。

 鬼気迫る表情で戦う幸彦。冷静に相手の攻撃を見極め、的確に守りと攻めを使い分けている。一歩間違えれば大怪我では済まないかもしれないのに。そんなことを臆する様子はどこにもない。

 あれが幸彦の本気。

 改めて自分のライバルが遠い存在であるのかを実感した。

 一進一退の攻防。いや、幸彦の方が若干押しているまである。

 でも、それもいつまで持つかはわからない。少しではあるが幸彦の息が上がり始めているのだ。

 

「有地さん、まだ動けますか?」

「もちろん。俺も幸彦の加勢に——」

「いえ、有地さんは芳乃様の護衛をお願いします」

 

 常陸さんは幸彦から目を離さない。

 

「幸彦のところにはワタシが行きます。いえ、行かせてください」

「茉子……」

 

 心配そうに声をかける朝武さんに常陸さんは優しく笑いかける。

 

「申し訳ありません、芳乃様。ワタシの我儘をお許しください」

「ううん。謝らないで。だけど約束して。絶対、絶対幸彦と一緒に——」

「戻ってきます。ワタシたちが芳乃様を置いてどこかに行くなんてありえませんよ」

 

 慈愛に満ちた表情に思わず見とれてしまう。

 その顔を見るだけで、常陸さんがどれほど朝武さんを大切に思っているのか理解できた。何年も一緒にいたからこその信頼関係。たまに三人の関係が羨ましく思える。

 その時だ。

 まるで二人の会話を理解でもしていたのか。祟り神が行かせまいと黒い尻尾を常陸さん目掛けて伸ばす。

 当たればひとたまりもない一撃だが、その攻撃は幸彦の式神である狛によって防がれる。

 

『人間の小娘よ。行くなら今だ』

「ありがとう。狛も芳乃様をお願いします」

『ふん。本来であれば朝武の者を守るなど虫唾が走る行為だが、悲しいことに小僧に命令されてしまったのでな。死なせない程度には守ってやるさ』

 

 そんな短いやり取りをした後、常陸さんは幸彦の元へと駆けて行った。

 

『さて、ではこちらもそろそろ終わらせるとしよう』

「グルァァァァァァァァ」

 

 狛が祟り神の尻尾を簡単に切り裂く。

 悶える祟り神。耳を塞ぎたくなるような唸り声を上げる。

 狛はそんなことに動揺することはない。祟り神の頭に容赦なく自分の尻尾を叩き込む。

 

『苦しいか?憎いか?貴様は今何を感じている』

「グルァァァァ!コロス!コロシテヤル!オレノフクシュウハマダオワラナイ!」

『俺の復讐?違うな。悪いがその感情はもともと私のものだ。貴様は私からこぼれ落ちた残りカスのような存在。だから、返してもらうぞ』

 

 狛は大きな口を開けその鋭い牙で祟り神の喉元に齧り付く。

 悲痛な声を出しながら必死にもがく祟り神。しかし狛は離さない。

 捕食。まさに今、目の前で祟り神が喰われていた。

 思わず俺は目を逸らし、朝武さんの目を自分の腕で覆う。

 再び目を向けたその場にはやや不満顔の狛と大きな憑代の欠片だけが転がっていた。

 

『ふぅ……妙だな』

「な、何が妙なんだ?」

『……気安く話しかけるな。人間風情が。貴様が気にすることじゃない』

 

 殺気の籠った視線。

 本当にこれが幸彦の式神なのか?人懐っこい猫丸と大違いだ。いや、猫丸も特定の人にしかなつかないんだっけ?

 狛はそのまま不機嫌そうにその場に丸くなる。

 

「おい!幸彦を助けに行かないのかよ」

『小僧からの指示はこの祟り神を倒すことだけだ。後のことは知らん』

「な、そんなのって」

『勘違いしているようだがな、私は契約上仕方なく行動を共にしているだけだ。そして命令は遂行した。私の休憩を邪魔するなら、そこの朝武の娘を食いちぎってもいいんだぞ?』

 

 狛の言葉に息を飲む。これはきっとハッタリじゃない。

 俺は黙って叢雨丸を構えた。たとえ幸彦の式神だろうと、朝武さんに手を出させるわけにはいかない。

 俺の様子を見て狛はチッと舌打ちする。

 

『貴様を見ていると気分が悪くなる。小僧も哀れなことだ。ではな、人間』

「あ、おい!」

 

 そのまま狛は姿を消してしまった。

 

「なんなんだよあいつ」

「有地さん。今は幸彦たちのところへ行きましょう」

「吾輩も芳乃様の意見に賛成だ。まだ吾輩たちにもできることがあるかもしれん」

「……そうだね」

 

 俺は落ちていた憑代の欠片を拾い上げる。その欠片の大きさにどこか違和感を覚えたが、今は幸彦たちを助けるのが先決だ。俺たちはまだ戦っているかもしれない幸彦たちの元へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

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 大きな尻尾を鞭のように叩きつける祟り神。その攻撃をギリギリで去なしつつ、俺は祟り神との距離を詰めて、一撃、また一撃と、祟り神へと拳を叩き込む。

 勢いをつけた尻尾の打撃は強力で、叩きつけられた地面はひび割れ、木々をも簡単に砕いてしまう。真正面から受ければ骨の一本や二本簡単に折れてしまうだろう。少しでも集中を欠けば命取りになる。

 それでも俺は近づくしかない。この戦いを長引かせれば、それだけ俺自身に不利になる。一撃でも多く、こいつに叩き込む。

 

『ガウッ!』

 

 祟り神もやられっぱなしというわけではない。奴の懐に入り込むと、鋭い爪を持った前足で俺を切り刻もうとする。その動きは予想以上に早く避けることは難しい。

 

「っ!?吹き飛べっ!」

 

 懐から取り出したのは破魔(はま)の札。

 俺のご先祖様から代々伝わるその札には俺の霊力が込められていて、その名の通り、魔を打ち払う力を持つ。

 破魔の札が祟り神に触れた瞬間、祟り神は後方へと弾かれた。

 

「はぁ、はぁ。くそっ、このままじゃまずいな」

 

 普通の穢れであれば今の破魔の札で祓えていただろう。

 しかし、ことこの祟り神には微々たる効果のようだ。

 吹き飛んだ先に目をやると祟り神はむくりと起き上がる。吹き飛ばされたことに苛立ちを覚えているのか殺気立っていた。

 俺の拳や破魔の札では、やはり決定打に欠ける。打つ手がないわけではないが、その隙を作れる保証はない。

 

『グルァァァァァァ!!!!!』

「くっ!」

 

 触手のように伸縮自在に尻尾を操る祟り神。

 離れれば尻尾による遠距離の攻撃。近づけばその鋭い爪を持つ前足での攻撃。まったく、厄介なことこの上ない。

 だけど俺だって、伊達に12年もの間師匠たちに鍛えられていたのではない。血反吐を吐きながらも、いつかこの手で彼女たちを守るためにと、ひたすらに鍛えあげてきたんだ。

 拳に霊力をこめて穢れを祓っていく。運がいいのかわからないが、俺が霊力を使っても、まだ祟り神の力が強まった感じはしない。この調子なら手数で押し切れる。

 そう考えた矢先、祟り神が振るう尻尾が俺の背後、芳乃様たちがいる方へと放たれる。

 この距離だ。当たるはずはない。

 冷静に頭で判断するが、同時に芳乃様を狙った祟り神に対して強い苛立ちを覚える。当然、芳乃様たちがいる場所のはるか手前に尻尾が叩きつけられた。

 一体何がしたいのか。怪訝な視線を祟り神に向けると、そいつ(祟り神)は不気味に口角を引き上げた。

 

『オマエノアルジハ、ドンナコエデナイテクレルンダロウナ』

 

 祟り神が話しかけてきたことに僅かに驚きはしたが、すぐに戦闘に集中する。

 それにしても安い挑発だ。そんなことで怒りをあらわにする人間なんて……()()()()()()()()()()

 魚海のおやじさん直伝、火事場の馬鹿力。

 強制的に脳のリミッターを一つ外し、筋肉の限界まで動かすことが可能になる。俺は猛スピードで祟り神の懐へと駆け寄り、ありったけの力をこめた拳をその体へとめり込ませる。

 殴り飛ばさないように祟り神の尻尾を踏みつけながら二発、三発と殴りつける。

 こいつは言ってはいけないことを言った。俺の大切な人を傷つけてなお、彼女たちに危害を加えようというのか。許さない。許してなるものか。

 

 怒りに思考を奪われた俺は祟り神の変化に気づくことができなかった。その変化に気づいたのは、俺のすぐ横に()()()()()()()()()()()祟り神(ヤツ)の尻尾が視界に入ってからだった。

 尻尾が増えている!?

 まさかこのタイミングで力の影響が出たというのか!?

 まずいと思ったが、今からでは回避行動も破魔の札で距離を取ることも間に合わない。

 

「させませんっ!!」

 

 突如として現れた幼馴染(茉子)が俺と祟り神の間に入り尻尾を受け流す。しかしその小さな体では軌道を少しずらすことが限界だった。ハッと我に返った俺は僅かにできた隙に目の前の茉子を抱え込み、破魔の札で祟り神から距離を取ることに成功した。

 

「茉子!一体何を考えてるんだっ!」

「それはこっちのセリフ!もっと集中してよ!それより助けてあげたんだから先にありがとうじゃないんですか?」

「っ……」

 

 正論すぎてぐうの音も出なかった。

 

「……すまない。助かったよ」

「あ・り・が・と・う でしょ」

「……ありがとうございました」

「うん!どういたしまして」

 

 満足そうに頷く茉子を見て俺の心も少し落ち着きを取り戻す。目の前の祟り神を見れば尻尾の数が増え、濃い穢れを発している。明らかに俺の力のせいで強化されていた。

 

「茉子、君は芳乃様のところへ——」

「幸彦」

 

 戻るんだ。その言葉が口から零れる寸前、茉子は俺の瞳をじっと見つめながら俺の名前を呼んだ。

 きっと俺の言おうとしていることを先読みしたのだろう。

 茉子はただまっすぐこちらを見つめる。悲しみでも怒りでもない、ただ純粋な感情を両目に秘めて、もう一度囁く。

 

「ワタシも戦う」

 

 毅然と言ってのけた茉子。その姿に少々見惚れてしまったが、直ぐに頭を振りその瞳を見つめ返す。

 

「相手はいつもの祟り神じゃない。それでもか?」

「あは、おバカさんですか?ワタシがなんのためにここにいるのか忘れないでよ。ワタシは芳乃様の護衛。主人の危機を取り除くのもワタシの役目なんだから。それに——」

 

 茉子はいたずらっぽく微笑む。

 

「芳乃様から、絶対に幸彦と一緒に帰ってきなさいって言われちゃいましたから」

「……ははは。なら仕方ないな。芳乃様の命令じゃ逆らえない。全く、無鉄砲な幼馴染がいると苦労するよ」

「あは、ワタシも、格好つけで無茶するのが癖になっている幼馴染には手を焼いています」

 

 茉子と並び立ち、祟り神と向きあう。

 悔しいが、茉子が隣にいるだけで心強いと感じてしまう。祟り神を前に軽口を言い合う余裕なんてないはずなのに。

 ゆっくりと起き上がる祟り神はまるで物語に出てくるゾンビのようだった。

 

「それで、作戦はあるの?」

「ひとつだけな。協力してくれるかい?」

「何を今更」

 

 相棒の頼もしい返事に思わず笑みが零れる。山の中で茉子と共闘なんて、昔を思い出すな。

 俺は茉子にだけ聞こえる小さな声で作戦を伝える。先ほどの祟り神を見ていると、どうやらこちらの話を理解しているように思えたからである。

 

「……というわけだ。できそうか?」

「なめないでよね。これでもワタシ、忍者なんだから。この前は室内で動き辛かったけど、山の中の常陸茉子は一味違うんですよ?」

「知ってるさ。頼りにしてるよ」

 

 俺は懐から数枚の霊符を取り出す。俺の力で祟り神が強化されるなら、俺はそれ以上の力で穢れを祓うしかない。

 

「出し惜しみは無しだ。茉子、行くぞっ!」

 

 一枚の札を祟り神めがけて放る。

 普通の紙であればその場に舞うだけだが、俺の放った札は一本の矢の如く一直線に祟り神へと向かっていく。

 祟り神は警戒したのか触手のような尻尾で俺の放った札を払い落とすが、瞬間、眩い光が炸裂し祟り神の動きが止まる。

 ムラサメ様が神力を散らして祟り神の動きを止めたことから発想を得た、俺特製の霊符が役に立つとは。この隙に茉子が素早く行動を開始する。

 

 俺では茉子の速さについていくことはできない。

 茉子は忍者で俺は陰陽師だ。

 だから俺は陰陽師らしく、茉子のサポートに回ることにする。

 人間離れした速さで動き回る茉子へ目掛け祟り神が飛びかかる。だが茉子は動じない。ただ一瞬だけこちらに視線を送るとそのまま飛びかかる祟り神の方へと向きを変える。

 彼女が何をしたいのか解った俺は茉子のサポートに適した霊符を取り出し、放つ。

 

 晴明(セーマン)の描かれた霊符。

 かの安倍晴明がルーツとも言われている星を象った紋章は五芒星と同じ形状をしている。この霊符は御守りにも使われることがあるように、何かを守護する力が強いのが特徴だ。

 俺の放った霊符は祟り神の鼻先に当たると障壁を作り出す。

 穢れは通さず、数秒動きも鈍くなる。当然、その隙を茉子が見逃すはずもなく、祟り神の増えた尻尾の一本を切り落とす。

 

『ガルァァァァッ!』

「先ほど芳乃様を吹き飛ばしたお返しです!」

「ドヤ顔のところ申し訳ないが、思いつきで行動しないでくれ。心臓に悪い」

「幸彦ならワタシの気持ちを汲んでくれるって信じてたから」

「そう言われると、悪い気しないが……とりあえず作戦優先で頼むよ」

 

 茉子は「了解!」と返事をすると再び走り出す。

 先ほどの攻撃で怒りをあらわにした祟り神は、尻尾を切られた復讐とばかりに茉子へ狙いを定める。

 だが、そんなこと俺が許すはずがない。

 戦闘用に改良した式神を出そうとも考えたが、狛の召喚で少なくない量の霊力を持って行かれたので思いとどまる。

 手数が足りないなら補うだけだ。

 俺は人型の式神を数体召喚し、茉子に気を取られている祟り神を取り囲む。

 

 祟り神が俺に気を取られれば、茉子がクナイを投げ、祟り神が茉子に気を取られれば俺の拳が体にめり込む。そんな俺たちの攻撃は、徐々にではあるが祟り神を翻弄し始めた。

 

「幸彦!」

「わかった!」

 

 祟り神に近づき俺の視野が狭くなれば、少し離れた位置にいる茉子から的確な指示が飛ぶ。

 

「させるかっ!茉子っ」

「了解!」

 

 茉子へ攻撃しようものなら、手刀で祟り神の尻尾を叩き落とす。茉子もその隙をついて臨機応変に対応してくれる。

 何より、俺が心を落ち着けて冷静に行動ができるのは、抽象的な言葉を叫んだだけで瞬時に俺の考えを理解し動いてくれる茉子のおかげだろう。

 

「これで終わりです!」

 

 そう叫びながら投げた茉子のクナイは祟り神の真横を通り抜け地面に突き刺さる。どこを狙っているのだと言わんばかりに気味の悪い笑顔を向ける祟り神。そしてお返しとばかりに大きな尻尾を茉子へ向けて放つ。

 しかしその尻尾は茉子に届くことはなく空中で固定されたように動かなくなる。

 

「茉子の言葉が聞こえなかったかい?悪いがもう終わりだよ」

 

 そう。茉子のおかげで準備は整った。

 祟り神の殺気のこもった視線の先には、やつを取り囲むように四角く張られた光の柵。その光の柵の四隅には、茉子が投げたクナイが刺さっていた。

 今の俺が使える一番の大仕掛けだ。ありったけの霊力を捻り出し俺は目の前で横5本縦4本からなる格子状の印を結ぶ。

 同時に苦しそうに呻き暴れ出す祟り神。だがその光の柵から逃れることはできない。

 

()()()()。本来は結界の一種だが穢れを祓う力は相当高くてね。使い方によって色々なことができるんだよ。君みたいな穢れの塊には相当苦しいだろう」

 

 茉子が投げたクナイ。それらには「青、白、赤、黄」の特殊な勾玉が括り付けられていた。その神具は四神を宿すと言われている。

 といってもこれは俺の手作りだ。祓う力はとても強力だが、俺の力では一時的な効果しか得られない。さらには、それぞれ神力を込めるのに数年単位かかるため実用性はなかった。

 それが今こうして役立つなんて。何かあったらいけないと作っておいてよかったと昔の俺を褒めてやりたい。

 

『ガァァァァァ!!』

 

 穢れが祓われ、どんどん小さくなっていく祟り神の様子を、俺と茉子は隣り合って眺めていた。

 悲痛な叫びとともに、恨み、憎しみ、悲しみといった負の感情が溢れ出ては浄化されていく祟り神。

 その姿を悲痛な表情で眺める茉子は、一体何を思っているのだろうか。それは茉子にしかわからないものだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 祟り神が普段通りの大きさになりあと数秒で消えかかる時だった。祟り神が最後の抵抗とばかりに鋭く尖った触手を俺たちに向かって放ってきた。俺も茉子も気が緩んでしまっていて反応が遅れてしまう。

 俺ができた行動といえば、茉子の前に庇うように立ち、彼女の壁になることだった。

 

「ぐっ」

 

 右肩に走る激痛。どうやら触手に貫かれたらしい。茉子に怪我がないことを素早く確認し、俺は残っていた破魔の札を消えかけている祟り神へと放る。

 破魔の矢に触れた祟り神は、あっけなく霧散していった。

 

「幸彦!?ごめんなさい!ワタシが隙を作ったから……」

「大丈夫。少しかすった程度さ」

「そんなことないでしょ!いいから傷を見せてください!」

 

 半ば強引に右肩を見せる羽目になったが、次の瞬間、俺も茉子も目の前の光景に目を見張る。

 俺の右肩には、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「幸彦、これって……」

「……だから言っただろ?少しかすった程度だって」

「でもっ——」

「茉子っ!幸彦っ!」

「二人とも無事かー!?」

 

 茉子が何かを言う前に、有地たちがこちらに駆けつけた。

 どうやら狛も約束を果たしてくれたようだ。主人の無事にホッと胸をなでおろす。

 

「芳乃様!ご無事で何よりです」

「それはこっちのセリフ!茉子も幸彦もあんなに無茶をして。二人が大けがでもしたら、私……わたし……」

 

 芳乃様に抱きつかれた俺と茉子は、泣き出しそうな芳乃様にあたふたしてしまう。それでも芳乃様の涙は暖かく、今俺は生きてここにいると実感させてくれた。同時に疲れと痛みがドッと襲ってくる。今日は色々無理をしたからな。

 

「うむ!何はともあれ大団円でよかったよかった。ところで肝心の欠片の回収も忘れるでないぞ。皆満身創痍なのだから、さっさと安春のところに帰ろうではないか」

 

 ムラサメ様の言う通り、早く山から降りた方がいいだろう。そして一刻も早く憑代を一つにして祀る準備に取り掛かるべきだ。

 俺たちは軋む体に鞭打って立ち上がる。

 

「本当に、終わったんですよね?」

「ああ」

 

 茉子が俺の体を支えて心配そうにこちらを見ている。きっと先ほどのことを気にしているのだろう。

 祟り神の細く鋭い触手は確かに俺の肩に刺さったはずだ。それほどの痛みだった。だが、俺の肩には傷跡すら残っていなかった。

 だとしたら、あの痛みは一体何だったのか?

 それに……。俺は祟り神の最後を思い返す。

 俺が祟り神を祓う瞬間見せたやつの反応が心に引っかかっていた。

 俺の破魔の札がやつに当たる瞬間。あの泥のような祟り神が笑っていたのだ。まるで、何かを楽しみにしているように……。

 

「……え?」

 

 俺が思案を重ねていると、有地が素っ頓狂な声を上げた。

 

「ご主人、どうしたのだ?」

「いや、これ……」

 

 有地が指差す先にあったのは、俺と茉子が倒した祟り神から出た憑代の欠片だった。小指の第一関節ほどもない小さな欠片。それは正しく()()()()()()()()()()()だった。

 

「こ、こんなに小さな欠片だったんですか!?」

「……確認するが、有地。君たちの方の祟り神から出た憑代の欠片はどのくらいの大きさだった?」

「手のひらサイズ。というか、ほぼ残り全部ってぐらいの大きさだったぞ」

 

 そう言ってポケットから欠片を取り出す有地。なるほど確かに、その欠片は俺たちが集めた欠片と合わせればちょうど一つになる程の大きさだった。

 当然だろう。多数の祟り神が合体して大きくなったのだから、その祟り神の核となる欠片も一つになっていなければおかしい。

 だが目の前の欠片はどうだ。

 たった一個の、しかもこんなに小さな欠片から、あれほど大きな祟り神が生まれるものなのか?

 

 作戦を見事に成功させた俺たち。喜びも安心も感じていないわけではない。しかしながら、最後に胸に沸いた言い知れぬ不気味さは、しばらく拭うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 穂織の山奥。

 暗闇のなかから幸彦たちを見つめる男が一人。

 

「ふむ……。()()()()()()にしては上出来だと思ったんだがな。やはりまだ調整が必要か。腕の一本や二本無くなる彼奴等の姿を楽しもうと思っていたのだが……。つまらん」

 

 男は光のない瞳で幸彦たちを無下ろしながら悪態をつく。

 吐き捨てるよう言葉を発した男は、しかし、次の瞬間には愉悦に顔を歪めていた。

 

「だが計画に支障はない。むしろ彼奴等の目をそらすことには成功した。焦らずじっくり料理をした方が、出来上がった時の高揚感は高くなる。ふふ、ふはは、ふはははは」

 

 高らかに笑う男はそのまま身を翻し、穂織の山、その闇の中へと歩みを進める。

 

「やはり、いつの時代も邪魔をするのはお前なんだな。……駒川の者よ」

 

 吐き捨てた言葉は誰に向かって発した言葉なのか。男に似合わず寂しさを含んだその言葉は、男とともに人知れず夜の山へと消えていった。

 

 

 

 







改めまして「駒川の者として」第二十八話を読んでくださりありがとうございます。

二十七話書いて、気が付いたら二万字超えてたので二話に分けての投稿になりました。
今回は狛との契約と幸彦の戦闘を書かせていただきました。陰陽師の戦闘といえば護符を使ったり印を結んで呪文を唱えたりだろうと思い、妄想に妄想を重ねました。やはり戦闘シーンは難しいですね。

さて、今回で原作の共通ルートはひとまず終了です。
次回からは各ヒロインのルートを交えながらオリジナルキャラとゆずソフトのあの作品とのクロスオーバーの物語を広げていきたいと思います。
いったい誰が出てくるでしょうね。全員はでてこない予定ですが……予定は未定と同義ですからね。計画通りうまくいかない。番狂わせは面白い。と、どこかのルキーニさんも言っていますから。。。

遅筆ですが、大団円をめさして書いていきますので、これからも彼ら彼女らの物語を見守ってください。


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