駒川の者として   作:マルチビタミン

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「駒川の者として」読んでくださりありがとうございます。

第二十九話になります。
それではどうぞ。





第2章
第二十九話「始まり」


 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 街を覆う炎の海。

 まるで生きているかのように猛り狂う炎は、家を、田畑を、人の命までをも軽々と呑み込んでしまう。

 死を前にして、人というものはなんと無力なのだろう。

 抗いようもない理不尽な死。そんなものを目の前にして、人々は嘆き、悲しみ、恨み、怒り、後悔し、絶望する。

 そして負の感情は街全体を支配し、人ならざるものを呼び寄せる。

 

 

 神々や魑魅魍魎がまだ人の営みの近くにあったこの時代。

 餓えや疫病、果ては戦で命を落とすことなど珍しくはなかった。

 けれども、そんな時代にあっても、この光景を目にした者はここが地獄であると言うだろう。

 

 その地獄を高みから見下ろす男がいた。

 男の瞳には光ではなく怒りがやどり、般若の如き面持ちでありながらも、歪な笑みを浮かべている。

 

「あぁ、素晴らしい!この力があれば、俺は何者にも負けはしない。父上にも、秀頼(ひでより)にもだ!」

 

 普段であれば緑豊かなこの穂織の地。

 男はこの地で生まれ育った。

 男はこの土地が嫌い(好き)だった。

 男はこの土地の人が嫌い(好き)だった。

 だからこそ、男はこの地を破壊(救済)した。

 

信祝(のぶとき)様!本家の軍が城内を突破したとの報告が!ここも危険です。直ちにお逃げ下さい!」

 

 妖に急ごしらえで作らせた城。

 その天守に飛び込んできた知らせに信祝と呼ばれた男は眉をひそめる。

 

「なに?妖どもはどうした!?彼奴等(きゃつら)がいる限りいくら本家の兵だろうと敵うはずがない!」

「それが……叢雨丸という妖刀を振るう者が現れ、其の者を中心に他の兵士も妖に対抗する力を得たと思われます」

 

 臣下の言葉に、信祝は瞬時に思考を巡らせる。

 

「たった一本の妖刀にそこまでの力があるとも思えん。となれば、駒川の者達が動き出したか。しかし……叢雨丸とはな」

 

 妖刀の名を怨めしく口にした男は、素早く決断を下した。もはや、この地に残っていては自分の野望は叶えられないと。

 

「撤退だ。本家の兵は妖どもに押しつけろ。彼奴等であれば変えはいくらでも用意できる。大伴(おおとも)、貴様は兵を集め先に北東へ向かえ。あそこには彼奴等の巣がある。そこで体制を立て直す。内藤(ないとう)は俺とともに来い。俺の行く手の邪魔をする奴は容赦なく切り捨てろ」

「はっ」

「御意」

 

 大伴と呼ばれた家臣は急ぎ部屋を後にし、内藤と呼ばれた大男は主人の退路を作り上げる。

 しかし、男の野望はここで潰えることになる。

 男の目の前に現れた一人の女によって。

 

「……なんのつもりだ。そこをどけ、お幸(おゆき)

 

 お幸と呼ばれた女は琥珀色の瞳を男に向ける。

 凛と佇むその傍らには二匹の美しい白狐(びゃっこ)が控えていた。

 女はただ一言、鈴のように響く声で言った。

 

「この先には行かせない」

「そこをどけと言っている!!」

「いやだ!!」

 

 その女は威圧に負けることなく男を睨みつける。

 

「貴方はワタシが止める。もうこんな……馬鹿げたことを終わらせるの」

「馬鹿げたこと、だと……?」

 

 女の発言に男の瞳は淀み、顔に影がさす。

 

「ハハ、ハハハハハ!……そうか。お前もか。お前も父上たちと同じなんだな。なんで俺のことを認めてくれない?なぜ俺のことを見てくれない?なぜ?どうして?お前ならわかってくれると思っていたのに……。お前ならっ……なのに、どうしてだっ!!!」

 

 

 男は力を欲した。

 なぜなら男は非力だったから。

 大切なものを守るには力が必要だと知ったから。

 

 男は手柄を求めた。

 なぜなら男は認めてもらいたかったから。

 父に、弟に、目を向けてもらいたかったから。

 そして何よりも、目の前の女に認めてもらいたかったのだ。

 

 そして男は手に入れた。

 己の魂と引き換えに。

 

 男から湧き出る黒い感情。

 そこにいるのは人であって人ではなかった。

 例えるのであれば、そう。

 男はまさに、()()()()()()()

 

 女は一度強く瞳を閉じて、覚悟を決めたように見開き男を見据える。

 

()()()()()()()、ワタシは貴方を……退治する」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 さて、どうしてこうなったのだろうか?

 外はようやく日の出を迎えたのか、薄っすらと明るくなっていた。朝が来たぞ、と言いたげな鳥たちの囀りが穂織の街に響き渡る。

 そんな中、俺は彼女と二人きり。

 本当にどうしてこうなったのか……。

 早朝ということもあり、聞こえるのは鳥たちの声と、幼なじみで仕事仲間である茉子の息遣いだけだった。

 

「ふふ、こうやって二人で一緒に寝るなんて、なんだか懐かしいね」

「え?あ、ああ。そうだな」

「あは、幸彦緊張してるんですかぁ?もしかして、なにか変なこと考えてる?やーらしー」

 

 部屋の電気は点いておらず直接顔をうかがうことはできないが、その声色から俺をからかってニヤニヤと笑っている彼女の表情が容易に想像できた。

 

「いや、緊張はしてないし変なことも考えてないけど……あとやらしくない」

「またまたぁ。こんなに可愛い幼なじみが一緒に寝てあげるんだから、多感な年頃の幸彦には少々刺激が強いんじゃない?」

「一緒に寝るねぇ。間違ってはないけど少し語弊がないか?まぁ、茉子が可愛いのは認めるけど」

「ひゃいっ!」

 

 ビクンッと彼女の体が跳ね上がる。

 

「い、いきなり何を言い出すんですか!わ、ワタシが可愛いなんて、幸彦の趣味を疑います!」

「自分で言い出したんじゃないか!」

「そ、そうだけど……そんなに真面目に返答されると恥ずかしいというか」

 

 前から思っていたが、彼女は褒められることに免疫を持っていないらしい。

 町内会の人たちに褒められた時は簡単にあしらっているくせに、俺が褒めるとすごく恥ずかしがるのだ。

 しかも本人は本気でお世辞だと思っている節がある。自己評価が低いのも考えものだな。

 

「なんだよそれ……。それに可愛いのは嘘じゃないし、君を可愛くないなんて言うやつがいたら、そいつの方が趣味悪いと思うぞ?」

「ま、また可愛いって言った……。そんなにワタシを辱めて楽しいんですか?」

「褒めてるはずなのにこの言われよう……」

「もう可愛い禁止!禁止ったら禁止です!」

「あ、でも確かに最近は可愛いより綺麗になったってほうがしっくりくるかも」

「きっ!?ききききききっ……!もう!やめてって言ってるのに!幸彦のバカ!」

 

 そう言って彼女は布団に体を埋めてしまった。

 もちろん。からかっているわけではない。

 事実を言ったまでだ。

 茉子はもっと自分に自信を持つべきだ。今度限界まで褒めまくってやろう。

 と、俺が計画を考えていると、彼女が布団から少しだけ顔を出す。

 

「うぅ、幸彦に傷物にされました」

「人聞きの悪いこと言うな。……似たような会話前にもしなかったっけ?」

「そうだっけ?……そうだったかも」

 

 なんてことはない、いつも通りの会話。しかしその端々に彼女の緊張が伝わって来る。

 確かに、この状況で落ち着けるはずもない。

 それは俺も同じだった。

 だからと言って、慌てたって仕方がない。とにかく、ここは男の俺がしっかりしなければ。

 俺は茉子に優しく声をかける。

 

「少しは落ち着いたか?」

「うん……。あ、あは、ごめんね、幸彦。こうして冗談でも言ってないと落ち着かなくて。こういうこと、ワタシ、初めてだから」

「気持ちはわかるさ。俺だって初めてなんだ」

 

 いつかは経験するとは思っていたが、こんなに早く実現するとは。

 逸る気持ちを落ち着かせながら、不安そうな茉子を落ち着かせるように声をかける。

 

()()()()()()()なんて。姉さんの態度からして、今回これ以上無理したらきっと一ヶ月は何もさせてくれないだろう。焦る気持ちもわかるけど、今は一回落ち着いて、体を休めることに専念しよう」

「うぅ……わかってはいるんだけど。芳乃様たち、大丈夫かな?」

 

 俺たちは現状を思い出しため息をつく。

 嗅ぎ慣れた薬品の匂いがする部屋。

 その部屋の中には、患者さんのために用意されている二つのベッドが並んで置かれている。急患用にと置かれたそのベッドには、現在、俺と茉子は横になっている。

 

 本当、こんな大切な時に、どうして俺たちは診療所でベッドに寝かせられているんだか……。

 もどかしい気持ちを抱えながらも、数日前の祟り神との戦いでのダメージは確実に俺たちの体を侵食していた。

 

 

 

 

 

 

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 早朝。

 まだ日も昇りきっておらず、神社の神殿の中はどこかひんやりとした空気に包まれている。

 その中央に鎮座している宝玉は、暗闇の中でもほのかに光を帯びているように見えた。

 

 矛鈴がリンと鳴る。

 神殿に響き渡るその鈴の音は私の心を落ち着かせてくれた。

 

 数日前に行われた祟り神との戦い。

 残りの欠片が全て祟り神になるという、想定していた最悪の展開を迎えながらも、なんとか退けることに成功した。

 集めた憑代の欠片は()()()()()()()()()()()()()()()()()()、もとの宝玉の姿を取り戻していた。

 それはつまり、数百年にも渡り続いてきた祟り神との戦いに終止符が打たれた証拠だった。

 

 私はもう一度矛鈴を鳴らす。

 軽く目を閉じ呼吸を整え、そしてゆっくりと開く。

 全身に意識を張り巡らせ、私は舞いを開始した。

 

 無我の境地とまではいかないが、舞いを踊る間は頭の中がスッキリする。自分の内へ内へと意識が沈み、私の世界が出来上がる。

 

 なぜこんな早朝に舞いを始めたのか。

 それは、気持ちの整理をしたかったから。

 

 私はきっと、戸惑っているのだろう。

 呪いの一つが解けたことは大変喜ばしいことだ。もちろん私だって嬉しい気持ちはある。

 それでも、私はお父さんたちのように心から喜ぶことができないでいる。

 そんな自分に戸惑いを感じていた。

 

 ——リン

 私はもう一度矛鈴を振り下ろす。

 

 実感がわかないというのもあるかもしれない。

 だって、私は()()()からずっと戦ってきたのだから。

 祟り神や呪い、そして自分自身の運命と……。

 

 ——リン

 矛鈴の音色が私の思考を深淵へと誘う。

 

 有地さんは言ってくれた。

 私のやりたい事をして、これからの生活に期待を持って欲しいと。

 『今まで頑張ったね。お疲れ様、朝武さん』

 その言葉は私の心にすっと入ってきて、思い出しただけで胸が温かくなる。

 

 この気持ちに名前をつけるのであればきっと——

 

—— ごめんね、芳乃 ——

 

 ——リン

 強く振り下ろされた矛鈴。

 気がつけば舞いの最後のひと振りを終えていた。

 

 堂々巡りだ。

 心のモヤモヤは完全に晴れることはなく、今日はまた始まる。

 せめて、今日を楽しめるように。

 私は私のやりたい事をしよう。

 

 

 

 

 

 

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「すまなかった」

 

 もう日課になった祖父ちゃんとの特訓。

 祖父ちゃんはこれまでのことについて頭を下げた。

 叢雨丸を抜いたからといって、孫である俺に苦労をかけてしまい、怪我まで負わせてしまったと。

 だけど、これは俺が決めたことだ。祖父が謝ることじゃない。

 むしろ祖父は俺を鍛えてくれた。祖父に鍛えられなかったら命を落としていた可能性だってある。感謝こそすれ、怒るなんてありえない。

 そう伝えると祖父ちゃんは

 

「そうか……。そう言ってくれるか。謝罪を受け入れてもらうよりも、お前に感謝されるほうがワシとしても喜ばしい」

 

 祖父ちゃんはありがとうと頭を下げた。

 同年代なら兎も角、祖父ちゃんみたいな立派な人にお礼をされるのはなんというか、むず痒かった。

 

 その後、この街で暮らし続けることと、婚約について朝武さんと話し合った上でどうするかを決めることを告げる。

 祖父ちゃんは静かに耳を傾け、口を開いた。

 

「わかった。お前と巫女姫様がそう決めたのなら、ワシは何も言わん。頑張れよ、将臣」

「うっす!」

 

 と、まあ、その後俺の発言で張り切りすぎちゃった祖父ちゃんにボロボロになるまでしごかれてグロッキーになった有地将臣です。

 え?自己紹介まで長すぎるって?

 苦情は祖父ちゃんに言ってくれ。

 ちなみにムラサメちゃんは笑いをこらえながら「ファイトだ、ご主人」と言い残してどこかへ行ってしまった。裏切り者め!

 

「そうだ伝え忘れていた。駒川くんと常陸さんだが、面会の許可が出たらしい」

「ぜぇ、ぜぇ……。ほ、ほんと!?」

「ああ。この後直接向かうならこれを持って行きなさい」

 

 息を切らして倒れている俺。祖父ちゃんもさっきまでさすがにバテているようだったがすぐにいつも通りの祖父ちゃんに戻った。相変わらず化け物じみた体力だ。

 祖父ちゃんは田心屋(たごりや)の紙袋を俺に渡して志那都荘へと帰って行った。

 俺は少し休憩した後、体を起こしストレッチを始める。運動後のストレッチも忘れずするよう幸彦から言いつけられてから、いつしか朝のルーティーンになっている。

 

 

 

 あの祟り神との戦いから三日。怪我をしていた二人は検査のため診療所に運ばれこの二日間は面会謝絶になっていた。

 面会謝絶なった理由は大怪我をしたからというわけではなく、他人と居ると気を使いすぎる二人を完全に休ませるためらしい。

 けれども三日も会わないとさすがに心配になる。

 様子も気になるし、帰り際に祖父ちゃんが買ってくれた田心屋のどら焼きを渡しに寄ることにした。

 

 駒川診療所はこの時間でも結構な人がいた。

 祟り神がこの場所にいたことを考えるとなんだか不思議な感じがした。

 

 みづはさんは俺を見かけるとすぐに幸彦たちの居場所を教えてくれた。どうやら先に祖父ちゃんから連絡があったそうだ。

 お礼を言って俺は階段を上がり2階へ向かう。

 

 幸彦たちがいるであろう部屋のドアに手をかけようとしたその時だった。

 部屋の中から男の子が出てきて危うくぶつかりそうになる。

 

「おっと。す、すいません」

「……いえ、こちらこそ」

 

 俺が謝ると、男の子も軽く会釈を返す。

 ここら辺では見た事ない顔だった。

 身長は俺と同じぐらい。男としてはやや長めの黒髪で、前髪が目にかかっている。おそらく同い年ぐらいだろうか。

 

七海(ななみ)、帰るぞ」

「あ、うん。幸彦さん、茉子さん。お大事になさってください。ほら(さとる)くんも挨拶……ってもういない!?待ってよ、お兄ちゃん!」

 

 七海と呼ばれた小柄でレナさん並に綺麗な金髪の女の子が男の子を追いかける。男の子のことをお兄ちゃんと言っていたけど、正直兄妹には見えなかった……っと、この考えは失礼だな。

 俺は気を取り直して病室へ入る。

 

「やあ、有地。二日ぶりだね」

「こんにちは、有地さん」

「うん。二人とも元気そうでよかったよ」

 

 病室に並べられたベッドに腰掛ける二人はいつもと変わらぬ様子だった。

 

「はは、まあね。気持ち的には元気なんだが、やっぱり体はまだ本調子とは程遠いかな」

「ワタシは幸彦ほど重症ではなかったので、ほぼいつも通りなのですが……」

「一週間は絶対安静。それが姉さんからの命令だからね。破ると後が怖い」

 

 幸彦が珍しく怯えていた。

 俺からすればみづはさんが怒る姿なんて想像できないが……。

 なんて考えているとと、常陸さんがベッドから体を乗り出し興奮気味に話しかけてきた。

 

「有地さん!芳乃様はちゃんとご飯食べてますか?朝はちゃんと起きれてますか?部屋のお掃除や洗濯もだいじょうぶでしょうか!?」

「だ、大丈夫だよ。交代制でご飯も作ってるし、レナさんもお手伝いに来てくれるからなんとかね」

 

 正直な話、すごく大変ではある。が、それは本人には言わないと朝武さんと約束している。

 ほんと、あの量の家事を一人でこなしていたなんて。もっと常陸さんを労わってあげたいと思うようになった。

 

「そうですか……よかったぁ」

 

 俺の返答を聞いてホッとしたようにつぶやく。

 そんな彼女を見て幸彦の表情も少し柔らかくなった気がした。

 

「だから言ったろ。少しは芳乃様たちのことを信じろって。これで今度から茉子も気兼ねなく休めるな」

「それとこれとは話が別です」

「頑なだなぁ」

「幸彦だって、祟り神の一件が落ち着いいたんだからしばらくはゆっくり休めるんじゃないんですか?」

「それとこれとは話が別だ」

 

 うんうん。いつもの光景だ。それにしても、この二人のやり取りも慣れてきたなぁ。なんて、感慨深く感じてしまう。

 とてもいい雰囲気だ。

 だからというわけではないが、何とは無しに問いかけた。

 

「常陸さんなら夜中こっそり抜け出して家事の手伝いに来れたんじゃない?」

「……今回に限り、それはできませんでした。ワタシも命は惜しいので……」

 

 常陸さんが目を逸らしながら乾いた笑みを見せる。

 常陸さんも珍しく怯えていた。

 いい雰囲気はどこに行った……。何てことをしてくれたんだ!数秒前の自分!

 

「そんなに怖いの?みづはさん」

「………」

「………」

 

 二人の空気が凍りついた。

 あの幸彦と常陸さんがここまで怯えるということはつまり……。

 よし!考えないようにしよう!

 

「そ、そういえば、さっき来てた二人組って知り合い?」

 

 俺は話題を変えることにした。

 

「ああ。前に話したことがあったと思うけど、魚海のおやじさんに紹介された運送業社でバイトしたことがあったんだ。あの二人はそこで一緒に働いてた仲間さ」

「ワタシは幸彦経由でお知り合いになりました。特に七海ちゃんとは同じ趣味を持つ者同士、仲良くさせてもらってます」

「へ〜、どおりで穂織じゃ見たことない顔だと思った」

 

 たった一瞬だが、男の子の方はすごく印象に残っている。

 うまく言葉に表せないが、なんとなく他人とは思えなかった。

 

「そういえば……」

 

 幸彦は俺の目を見て少し笑う。

 

「君と(さとる)ってどこか似ているような気がするな」

「そうなの?」

 

 暁とはさっきの男の子のことだろう。

 ぱっと見じゃそんなに似ているとも思えなかったが。

 

「外見の話じゃなくてさ。なんていうか、雰囲気?心の奥底にある一本の芯がぶれることなくあり続けるところとか。自然と人を惹きつけるところとか。話してみれば、きっといい友達になれるんじゃないかな」

 

 唐突に褒められ思考が止まる。

 幸彦さん?褒め過ぎじゃありません?

 

「あは、有地さん、顔真っ赤ですよ?」

「へぁっ!いやいやいやいや!だってめっちゃ褒めてくれるじゃん!俺そんなにできた人間じゃないぞ!」

「そうでしょうか?ワタシも幸彦と同じように感じますが」

「えぇ……二人とも俺への評価高過ぎじゃない?」

「それだけ頑張ってくれたじゃないか。ああ、そうだ。まだお礼を言ってなかったな」

 

 二人は俺をまっすぐ見据える。

 

「ありがとう有地。芳乃様を守ってくれて」

「ワタシからも。ありがとうございました、有地さん」

 

 同い年なのに俺とは比べ物にならないほどの努力を続けてきた二人。そんな二人に感謝されるのはなんだかとてもくすぐったい。

 

「……俺は本当に大したことはしてないよ。朝武さんが頑張って俺はそれを少し手伝っただけだ」

 

 同じことを朝武さんにも言ったっけ?

 でも、間違いなくこれが俺の本心で事実だ。

 

本当に、君はとても眩しいね

「え?」

「なんでもないよ。とにかく君がしてくれたことは簡単なことじゃない。だから俺たちの感謝も素直に受け取ってくれ」

「えっと……じゃあ照れ臭いけど、受け取っておく」

 

 なんとも言えない雰囲気に成ってしまった。

 俺はまたまた話題を変える。

 

「そ、そういえば!朝武にかけられた呪いって——」

「有地、君は穂織に残るのかい?」

 

 あからさまに、だがごく自然な調子で幸彦は話題を変えた。

 あまりにも自然すぎて頭が混乱したが、何とか答えを用意する。

 

「え!?あ、うん。残ることにしたよ。せっかくだし、卒業まではここにいようって」

「そうか。芳乃様との婚約はどうするつもりだい?」

「それも、朝武さんとゆっくり話し合っていこうって二人で決めた。安春さんやじいちゃんにも話はつけてある」

 

 どのみちこの話はするつもりだったけど、幸彦の行動に疑問が残る。

 呪いの話を避けるなんて、幸彦らしくない。

 そうする理由が何かあるのか?

 とにかくここは幸彦に話を合わせることにする。

 

「ちゃんと考えてもらっているようで嬉しいよ。年頃の男子を婚約の条件もなしに朝武家に置くわけにも行かなかったからね」

「応援しますね♪有地さん」

「えっと、二人はそれでいいの?俺が朝武さんの婚約のままで」

 

 俺の問いに二人はキョトンと目を合わせる。

 

「いいに決まってるだろ」

「いいに決まってるじゃないですか」

 

 見事にハモった。

 

「え!?本当に?」

「当たり前だ。俺も茉子もとっくの昔にそうなることを望んでたからな」

「だいたいですよ?幸彦が婚約を認めない人間を芳乃様のそばに住まわせると思いますか?」

「……たしかに」

 

 朝武さん専属のセ●ムがそんなことを許すわけがない。

 盲点だった。

 

「君には芳乃様にふさわしい男になってもらわないとな。俺の怪我が治ったら、玄十郎さんと一緒にビシバシ鍛えていくから覚悟しておけよ」

「げぇ!まじかよ……」

「あは、頑張ってくださいね♪……と、そろそろ帰らないと学校に遅れてしまいますよ?」

「え?あ、本当だ!」

 

 気がつけば時計の針が7:00を指そうとしていた。そもそもお見舞いのお菓子を渡すだけの予定だったのに、結構話してしまった。

 

「そうだ、これ。祖父ちゃんから田心屋(たごりや)のどら焼き預かってたんだ。よかったら食べて」

「田心屋のどら焼きだとっ!」

「幸彦、よだれ出てる」

「おっと」

 

 幸彦は相変わらず甘味に目がないらしい。

 常陸さんに呆れ顔で見られている。

 

「ありがとう有地。恩にきるよ」

「今まで週3回は通ってたもんね。糖尿病になっちゃうよ?」

「疲れた体に糖は必要なんだ」

「はいはい。でも気をつけなきゃだめだからね」

 

 喜んでもらえたようだ。

 俺は常陸さんにどら焼きが入った袋を渡して部屋を出て行こうとする。

 

「有地」

 

 ドアに手をかけた時、後ろから幸彦に呼び止められる。

 その声色は、仕事モードのそれだった。

 

「また学校で話そう」

 

 何を、とは聞かなかった。

 ここまできて話すといったら、あとは言葉にしなくても理解できた。

 唐突に話題を変えた呪いの話。

 謎の呪術師の話。

 朝武さんを付け狙う傀儡使いの話。

 どの話も短時間で済ませられるものではない。

 

「ああ。そうしよう」

 

 俺の回答に幸彦は真剣な表情で小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

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 有地が帰るのを見届けてから俺は布団にもたれかかる。

 少し強引だったが、どうやら分かってくれたようだ。

 

「だんだん息が合ってきましたね」

「短くない間柄だからな。むしろ、ここで察してもらわないと困る」

 

 彼にはまだまだ頑張ってもらうつもりだ。ただでさえ厄介事はたくさんあるのだから。使える駒は多いほうがいい。

 俺は手にした紙に書かれている内容を再度読み直す。

 見慣れた乱暴に書きなぐるような書体。魚海さんからの手紙だ。

 この手紙を持ってきてくれたのが暁と七海ちゃん。つまり特班も関わっているということだ。

 茉子は布団から抜け出し、俺の隣から覗き込むように手紙の内容を確認する。

 

「今回はワタシも最初から協力するから」

「頼む。この件については俺一人でどうにかできるとは思ってないよ」

 

 その手紙にはこう書かれていた。

 

『一ヶ月間、三司あやせを護衛しろ』

 

 突拍子もない一文。もはや手紙でもないな、これ。

 

 そもそも三司あやせとは、()()三司あやせなのか?

 彼女が穂織に来るのか、それとも俺たちが彼女の元へ行かなければならないのかすらわからない。

 期限だって、いったいいつから一ヶ月なんだ?

 

「詳細は榎本さんに確認するしかないか……」

「だね。でもどうして三司さんなんでしょう?」

「わからない。けど、入念に準備しておいたほうがよさそうだ。意味もなくこんな手紙をわざわざ特班まで使って寄こすような人じゃないからね」

 

 差し当たっては自分の体を治すことに専念するしかない。

 俺は考えをまとめつつ、頂いたどら焼きにかぶりついた。

 

 

 







改めまして「駒川の者として」第二十九話を読んでくださりありがとうございます。

投稿が遅くなり申し訳ありません。もう12月ですね。。。

第2章からリドルジョーカーとのクロス要素が強まります。
全キャラは出せませんが、あのキャラやあのキャラが出てくるかもしれませんのでお楽しみに。
念のためタグにRIDDLE JOKER追加しておきます。

これからも幸彦たちの物語をお楽しみいただければ幸いです。


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